森からのたより
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夏の口三方岳―地獄そして天国
2001/7/22
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夏の低山は暑いと知りつつも口三方岳へ出かけた。
何年か前、やはり真夏の暑い時期に口三方岳に出かけ、
余りの暑さに逃げ帰ってきたことがあった。
それを忘れたわけではないが、
3連休の最終日、あまりの好天に誘われて出かけてみた。
連休の初日、ほかの山に遅くまで行っていたため
疲れがまだ残っていたのだが・・・。
家を出るのが遅くなり、
登山口に着いた時はもう9時をまわっていた。
夏の日差しは強く、光と影をくっきりと分けていた。
「暑いなあ」と言いつつ、
尾根に取りつく急斜面を歩き始めた。
風は全くない。
目もくらむような日差しの中、日陰のない道をひたすら登る。
尾根に出れば風もあるだろう、
両側に渓流の流れる細尾根なのだからと期待しつつ
ようやく尾根に出た。
しかしここにも風は吹いていなかった。
がっかりしながらうだるような暑さの中を歩いていると、
来たこと自体を後悔したくなった。
それでもせっかく来たのだからと、ゆっくり細尾根を登っていった。
心の中でこの暑さと無風状態に文句を言いながら・・・。
リョウブが暑さに負けず花をつけていた。
白く小さい5弁の花が房状に集まって咲き、
甘く濃い匂いを放っている。
もうリョウブの季節なのかと思いながら急になり始めた道を歩いた。
もう少し時期が早ければヒメシャラが咲いていただろう。
そのころに来た方が少しは涼しくて良かったかもしれない。
心の中では後悔の二文字が出たり入ったりしていた。
やがて道は杉の植林地を過ぎ、平坦なコナラ林にさしかかった。
いつかの椅子のある場所だ。
やはり椅子は空高く浮かんでいた。
それを見ると、そこに座っていた快適で心地良い一刻が思い出される。
今日とは何という違いだろう。今のこの暑さ。
しばし呆然とする。
その時、どこからか鳥たちの声が聞こえてきた。
声は急速に近づいてきて、
静かだった空間があっという間にその声でいっぱいになった。
賑やかに忙しく鳴き交わし、
瞬時も途切れることなく聞こえてくる声。
何だろうと双眼鏡で見たその声の主は幼い小鳥たちだった。
羽根の色も淡く、その種特有の色がまだ出ていない。
羽根は柔らかく膨らまず、体にくっついている。
ウブ毛らしきものが残っているものもいた。
それはヤマガラとシジュウカラの群れだった。
木々の間に小さな姿が見え隠れする。
幼鳥たちは飛び方も下手で、
枝から枝へとすばやく飛び移れない。
うまく止まれずに落ちそうになり、慌てて翼をばたつかせたりしている。
そのため離れた場所からでもどこにいるかがすぐ分かる。
群れの中には
何羽かのコゲラも混じっていた。
私たちは暑さも忘れて、その群れを見ていた。
しばらくの間
幼い鳥たちは互いに鳴き交わし、
あたりを飛び回っていた。
やがて幼鳥たちは賑やかにおしゃべりをするように鳴きながら
どこかへ行ってしまった。
彼らが去り、静けさが戻ってくるとともに暑さもどっと戻ってきた。
ため息をつきながら歩き出し、
再び植林地に出た。
この山にはこのような植林地が2ヵ所ある。
通り過ぎてきたコナラ林の下のものと、
これから足を踏み入れようとしているものと。
目の前に広がるそれはまだ新しく、
植林された当時の様子がありありと思い出される。
それは7年ほど前のことだった。
この場所へやってきた私たちは思わず立ちすくんでしまった。
そこにあったリョウブやマンサク、
ミズナラ、ウリハダカエデなどの木立がすっかり切り払われ、
何もない空間が広がっていたのだ。
よく見ると切られた後には小さな苗が植えられていた。
それは档の苗だった。
切られた木々はその場に転がり、無残とも見える光景だった。
今見る档はほとんど育っていない。
下刈りなどの手入れがされていないため
成長することができないのだ。
植林のときに切られた木々の傍芽が一斉に伸び、
それをかき分けないと
何を植えたのか全くわからなくなっている。
もつれ合い、低い藪になった場所に太陽が照りつけ惨憺たる状態だ。
日陰のない炎天下の植林地の急登をあえぎあえぎ登った。
暑さにふらつく足を踏みしめ歩くこと約5分、
やっとそこを通り過ぎミズナラの林にたどり着いた。
ここまでくるとミズナラのおかげで日差しもさえぎられ、
暑さも少しは和らいでほっとする。
しかしそれもつかの間、
このミズナラ林も無風状態で、歩きだすとすぐ
蒸し暑さが押し寄せて来た。
道は徐々に傾斜を増し、
急な登りに汗を流さなければならない。
単調な登りを黙々と歩き、いい加減うんざりしたころ、
「岩屋」と呼ばれている場所に出た。
そこは道をさえぎるように大きな岩がいくつも重なったところだ。
ここまでの間には岩などまったくなく、
どうしてここで突然大きな岩がいくつも現れるのか
不思議に思えてならない。
道は岩の間を縫って上へと伸びている。
岩屋の下は平坦になっていて一休みするのにちょうどいい場所だ。
今年の残雪期に来た時にも
一面の雪に覆われたこの場所で昼食をとったのだった。
あの日は風が強く
岩屋で風をよけるようにして寒さをしのいでいた。
お腹もすき、昼時も近いので今日もここで食事をすることにした。
しかしここまで来ても蒸し暑さは相変わらずで
あまり快適とはいえない。
あの日の寒さが懐かしく思えるほどだ。
おまけになぜかアリがたくさんいて食事中に手や足に登ってこようとする。
落ち着いて座っていることもできず、
いらいらしながら食事を済ませた。
そして
さてどうしようかと考えた。
もう上へ行くのはやめて帰ろうか、
それとももう少し頑張ってみようか・・・。
結局、時間もまだ早くここで帰るのも面白くないので、
もう一頑張りしてみることにした。
岩屋の先を一登りするとほとんど水平な尾根が続いている。
その尾根が終わり、再び登りになるあたりに
小さな沢が流れていて、
そこがこの山唯一の水場になっている。
できればそこまで行ってみようと決め、
私たちは出発した。
ここから上もまだ暑い道が続くのだろうか。
いよいよひどかったら帰るしかないなと思いつつ
岩屋を登り始めた。
ところが岩屋の上に出て思わず、ああという声が出てしまった。
そこは下のよどんだ空気とはうって変わって、
涼しい風の吹き抜ける別天地だった。
ここで食事にすればよかった、
失敗した
という気持ちと、
これなら来た甲斐もあるという嬉しさの入り混じった
複雑な気持ちになった。
しかし、心中に浮かんでは消えていた後悔の念は
涼風に吹き飛ばされ、
私たちは足取りも軽く水場を目指して歩き出した。
岩屋の上は、その下と比べると木々の様子も変わってくる。
ここまで多かった
リョウブやマンサク、まだ細いミズナラなどに替わって
大きなミズナラやイタヤカエデが多くなる。
そのせいなのだろうか。
ここには落ち着いた雰囲気があり、
風の通りもよい。
その雰囲気を楽しみ、大きな木々を見ながら足を進めた。
途中ミズナラの大木が何本かある場所を通った。
涼しい風が吹き渡り、
まるでここで休んでいったら・・・
と言われているようだった。
しかし休憩は帰りのこととし、私たちは水場へ急いだ。
水場の水はそう多くはなかったが
冷たくおいしかった。
水を飲み顔を洗うとすっかり生き返り、
ここまで来てよかったという気分になるから不思議だ。
今日はでここで引き返し、
さっきのミズナラの木陰で休むことにした。
木陰は思ったとおり風も涼しく気持ちのよい場所だった。
ゆったりとくつろいでコーヒーを飲み、
風に吹かれているうちに眠気がおそってきた。
ここまでの暑さの疲れが出たのか
眠くてたまらない。
勇治は斜面に突き出した太いミズナラに寄りかかり
気持ちよさそうに寝息をたてていた。
彼は山で休む時、居心地の良い場所を見つけるのが不思議とうまい。
どこの山へ行っても心地の良い場所に納まり
気持良さそうにくつろいでいる。
今日もその例にもれず、いい場所を見つけたようだ。
勇治の寝息を聞いているうちに、
私もいつのまにかうとうとと眠ってしまった。
ふと目が醒めると勇治も目を醒ましたところだった。
眠ったせいか
気分もよく体調もすっきりしていた。
しかし残念だがいつまでもここにいるわけにもいかず、
そろそろ帰り支度をしなければならなかった。
またあの暑い岩屋の下へ行かなければならないのかと思うと
がっかりするが仕方がない。
涼しい尾根道に別れを告げ、岩屋を過ぎて急な山道を下った。
気温は相変わらず高いが、
風が少し出てきたせいか思ったほどつらくはない。
細尾根の行き止まりでしばらく休んで一息入れ、
急斜面を登山口へと下った。
真夏の低山の天国と地獄を見た一日だった。
低い山は暑い季節に行くと
どうしてもこういうことになってしまう。
それを覚悟で登れば
どこかで涼しい天国が待っていてくれるかもしれない。
しかしどこまで行っても
焦熱地獄ということもあるし、
先を急ぐ余り
涼しさを感じる余裕もないということもある。
それもこれも山のご機嫌と私たちの歩き方次第なのだろう。
Sumiko