森からのたより
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イヌワシと白き攻撃者
2001/9/29
9月最後の土曜日、秋を求めてチブリ尾根に登った。
山の空気はヒンヤリと冷たく、いかにも秋めいた感触がする。
しかし登山口付近の木々は青々とし、
紅葉には程遠い様子だった。
秋というにはまだ早いのかと思いながら登っていく。
しかし登るにつれ、
木の葉がどことなく黄色くなってきた。
もう少したてば山には紅葉の季節が来るのだろう。
初めは曇っていた空も次第に晴れ、昼過ぎにはすっかり青空になった。
ブナ林上部では気の早いブナが何本か、
葉を黄色く染め始めていた。
尾根のもう少し上のダケカンバもそろそろ黄葉を始めたようだ。
ようやく見えてきた秋の気配に誘われ、
やがて笹つきに出た。
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沢を一つ挟んだ吹向尾根には秋が訪れようとしていた。
尾根の頂上付近では、
オオシラビソの常緑の中に
タカネナナカマドらしい木々の紅葉がちりばめられていた。
足を止め、吹向尾根のその秋の色を眺めていた時、
私たちの周りをすばやく飛び回る数羽の鳥に気がついた。
鎌のように長く反った翼を持ち、
スピードも速く自由自在に飛ぶ鳥たち。
それは飛翔の名人、
アマツバメだった。
彼らの生活は飛翔のなかにある。
飛びながら食事をし、水を飲み、睡眠さえもとってしまう。
交尾をするのも飛びながら、
唯一止まるのは子育ての時だけといわれている鳥だ。
今は、間近かに迫った渡りに備えて虫をとっているのだろうか。
それとも飛行訓練なのだろうか。
何羽もが笹つきの上を猛スピードで乱れ飛んでいる。
久しぶりに見るアマツバメの飛翔に
つい目を奪われ、しばらくはその場を動けなかった。
そうこうしながらも笹つきを登りきり、
避難小屋に着いたのは昼を少し回ったころだった。
目の前には
御舎利山、別山、大屏風がそびえている。
澄んだ青空を背景にどっしりとした姿を見せる峰々。
その背景に浮かぶ雲はすでに秋のものだった。
細い筋のような雲、
綿菓子のごとく丸く柔らかく浮かぶ雲。
形は様々だが、どれもが秋の空を演出していた。
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暖かい陽だまりの中でしばらく心地よい休息のときを過ごし、
そろそろ別れを告げようと
御舎利山を見上げた時だった。
御舎利山の肩口からイヌワシが1羽姿を現した。
翼を広げ、悠然と旋回しながら飛ぶ鳥。
ゆったりと舞うその姿を双眼鏡で捉え、
上昇気流に乗って高度を上げていく様に、帰ることも忘れ
見とれていた。
ところがその時、
双眼鏡の視界の中にもう1羽の鳥の姿が入ってきた。
白く小さな鳥、というのが最初の印象だった。
猛禽類特有の体形だが体は太めで翼も短い。
身を翻すと、腹部と翼の裏が日の光を反射し純白に輝いた。
背面も少し灰色を帯びた白。
その鳥は白く光りながらイヌワシに近づいていった。
そして見つめる私たちの目の前で一場のドラマが展開された。
白い鳥はイヌワシのすぐ近くまで行くと突然身を翻し、
その上方に昇った。と思うと
イヌワシの背中めがけて体当たりするようにぶつかっていった。
これにはイヌワシも驚いたのか、
少し羽ばたいて場所を移動し、再びゆっくりと上昇を始めた。
一方、その鳥はイヌワシから遠ざかっていったが
再び近付いてきて、また体当たりを始めた。
しかしイヌワシは
もう意に介さぬといった様子だった。
余りにも大きさが違いすぎるのだ。
攻撃している鳥はイヌワシの半分あるかなしの大きさだ。
彼にとっては相手にするほどのものではないのだろう。
何事もないかのように飛び続けている。
だがその鳥の攻撃は執拗なものだった。
イヌワシをここから追い払わずにはいられないという様子で、
何度も何度も体当たりを繰り返している。
何度目かにイヌワシもうるさくなったのか、
反撃する様子を見せた。
相手は身をかわして飛び去り、
これでこの出来事も終わったかと思われた。
ところがその鳥はすぐに戻ってきて
再び体当たりを始めた。
イヌワシにうるさがられ、軽くいなされながらも
何度もぶつかっていく鳥。
両者の様子は対照的なものだった。
もつれ合いながらも2羽の鳥は上昇を続けていった。
しばらくの後、
白い鳥は攻撃をあきらめたのか、何処ともなく去っていった。
そして残ったイヌワシはなおも上昇し続け、
ついに青空の中へと消えてしまった。
それは10分ほどの間のことだった。
それは今まで見たことのない鳥だった。
全身が白に近い猛禽というものがいるとは知らなかった。
少なくとも、私たちがよく行く山ではこれまで見たことがない。
家に帰ってから、何という鳥なのか調べてみた。
しかし該当するものはなかった。
唯一それに近いものはシロハヤブサだったが、
2000メートル以上もある山岳地帯にいる鳥ではなかった。
渡りの途中にでも迷い込んだのだろうか。
疑問は解けなかったが、
この出来事はめったにないこととして私の心に残った。
夕暮れも間近か、
避難小屋にも誰も人はいなかった。
どうやら、私たちはそのドラマの
唯一の目撃者だったようだ。
Sumiko