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1 昭和55年大分きのこ会会報 NO4
昭和55年3月30日 昭和54年度総会報告 大分オリエントホテル
ここで、報告・審議・決定された概要を記し各位のより一層の協力と支援を期待する。
<本年度の事業計画>
きのこ観察会(計画)
○昭和55年9月28日(日) 長者原きのこ観察会(第9回)
九州横断道路沿い九重町長者原旧料金所近くの広場(三俣山側の駐車場)に、9時30分まで
集合。長者原・自然観察道・雨が池方面。15時頃解散。
この日は熊本きのこ会と合流予定。
○昭和55年10月10日(金) 安心院きのこ観察会(第10回)
大分県宇佐郡安心院町五郎丸 町立津房中学校門前に10時40分までに集合。 ?時頃同町
内で解散。
大分交通北浜発安心院行き8時40分に乗車し安心院農協前で下車して津房中学校前へ。ま
た、土地不案内の方は、大分市都町4丁目2の共同バス停に8時までに集合すれば、道案内をしま す。この会の世話は、幹事の平島関一氏がする。
○昭和55年10月12日(日) 赤迫池きのこ観察会(第11回)
大分市金谷(大野側沿いにある大分市立川添小学校の南部で九六位山方面の広内行バス停があ
る三叉路に当る)に9時30分までに集合。
土地不案内な方は、日豊本線鶴崎駅前に8時40分までに集合すれば道案内をします。この日は、
一部大分生物談話会と合流する予定。14時30分頃解散。
*日時・場所・交通・世話人が決定できれば、会員の呼びかけによる観察会を前記以外でも開く。な
お、第9〜11回観察会については、あらためて案内をしませんので、お忘れなくご参集ください。 (小雨決行)
2 会報の発行
会報は、2回(NO4、NO5)発行
3 昭和55年度総会
昭和56年(1981)3月22日(日)
<昭和54年度事業報告>
昭和53年8月より昭和55年3月までの主要事業とその概要は、本会会報NO3に掲載したので省
略する。
<会計報告>
昭和53年8月より昭和55年3月17日までの会計を一括報告し、承認を得た。
・収入 ・支出(省略)
年会費 正会員 2,000円 学生会員 半額
<本会の運営について>
会則および会計年度を次のように変更した。
・会則 第15条 本会の会計年度は毎年4月1日に始まり3月31日に終わる。(旧9月1日から8月
31日)
*したがって昭和54年度は昭和54年9月1日より昭和55年3月31日まで
昭和55年度以降は4月1日より翌年3月31日までとなる。
<役員の改選について>
・会則 第9条(役員の任期は2年とする)及び 第8条(会長は総会で選出し、他の役員は会長が
依嘱する)に従って役員の改選を行った。また一部保留した面もあったが、会長に一任ということで 次のように決定した。
会長 遠藤 正喜氏
幹事 足立 浩三氏
平島 関一氏
吉富 清志氏
衛藤 慎治氏
伊井野政文氏
(田畑 武夫氏・・メキシコ在留)
*副会長は当分の間空席とする。また前年度までの会役員の方は相談役として必要に応じてご協
力をいただく。
大分きのこ会後援会(講演要旨)
1わたしのきのこ学(体験談) 平島 関一
入会して正味1年ぐらいです。その間にアカイカタケらしいものやキクバナイグチ・ナラタケなど
が、踏みつけるほど生えているのに出会った。また奇妙な形のアミガサタケや美しい赤いタマゴタケ も見つけた。タマゴタケは美味しかった。安心院ではクサウラベニタケを見つけた。毒のことを地元 の人に聞いたら「食べられそうだ」ということだったが、食べなかった。 エノキタケは、山というより 切り株に生えているので、木の位置を覚えておくといつまでも楽しめる。木が大きいほどきのこも大 きい。薄日の射す所のものは、もやしのように黄色で、明るいところでは濃い褐色で、茎にビロード 状の毛が生えている。同じ朽木には、キクラゲやニガクリタケも発生していることが多い。
2きのこ栽培のこころみ 足立 浩三
わたしはもともと化学出身の者だが、近年になって床飾りなどに広く使われているマンネンタケ
に興味を持っている。幾重にも枝分かれしたマンネンタケの姿や色には、限りなく魅力を感じる。マ ンネンタケは、姿だけではなく近年では薬学的な面でも注目されている。それで、このきのこの人工 栽培を試みている豊後高田の吉○さん宅にも伺い、ぼつぼつ研究を進めている。わたしの場合は、 自宅を少しずつ改造しながら、廃物をもとにたいていの器具は何とか自作しているのが特徴といえ るかもしれない。(それについてはスライドや実物を通して説明) 培地に鹿角芝が発生している。不 慣れで失敗したが、マンネンタケの菌糸は雑菌に強いので残っている。マンネンタケ栽培の成功例 ではなく、失敗なものを含めた経過を説明した次第だが、会員みなさんのご指導をぜひいただきた い。
3アカイカタケ 別府市で発見 遠藤 正喜
1980年6月13日に、別府市亀川のシイ林の断片が見られる雑木林で、落葉間に生えている
アカイカタケ(Aseroe rubra La Billard.)を確認した。アカイカタケ発見のきっかけは、1979年6月 12日に撮影したという平島関一氏のカラープリントである。引き伸ばした写真の中央に赤橙色らし い固まりがあったが、アカイカタケと断定することはおろか、種を確認する手がかりさえなかった。と ころが、1980年3月30日の総会には、さらに引き伸ばしたカラープリントを持参された。よく見ると アカイカタケ以外既知の近縁種にこんな姿はない。アカイカタケの可能性が予想された。その後、平 島氏の粘り強い探索により、ついに確認することが出来た。写真は、6月15日に卵からかさをひろ げたばかりのものを遠藤が撮影したものである。アカイカタケは国内でも発見されたものが少ない。 九州では福岡で見つかったことがある。
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