昭和56年度きのこ会報

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キノコとの危険な出会い  福丸 忠男

 昭和53年10月の某日、前日の雨が残り少し曇り空ではあったが、今日は疎遠になっている母や
弟妹を久しぶりに誘って藁蓑(ワラミノ)〜国道213号線より文殊仙寺へ12Kmくらい〜へキノコ狩
にいった。 池の側に車をとめて、早速山中へと入る。母が言うには、この山は、ハツタケとアミタケ
の宝庫ということであった。胸がわくわく・・・・。
 昼なお暗いスギ林を抜けると、手入れの行き届いたマツ林が目の前に開けた。なるほど、20年か
ら30年生のマツ林で、ジャカキ(サカキ)やトキワ(トキワススキ?)がほどよい状態に生えていた。さ
がすこと1時間30分あまり、ついに昼おしらせるサイレンが聞こえてきた。 「いくらとれたかえー」と
母の声。「アミタケが少しあっただけじゃ。あとはなんもねえなあ」4人とも日の当たる所に集まり、昼
食を食べた。「今日はもうだめじゃなあ」と、妹が言う。 帰る途中、雨のため少し湿ったマツ林をのぞ
くとホンシメジ(?)があたり一面群生しているではないか。キノコはまたたく間に大きな籠いっぱい
になる。 家路に向いた足は急に軽くなる。途中母の家に立ち寄り(富来浦)、今採ったばかりのホ
ンシメジ(?)を庭先に広げて選別していると、近所の人が2〜3人集まってきた。しばらく見ていた
が、開口一番「こらあーあんた、食われんわあー。毒キノコじゃ。こげなホンシメジがあるかえ」と異
口同音。こうなっては母に食べさせるわけにも行かず、私の研究材料として全部持ち帰る。 全色キ
ノコ全科や他のキノコの本と照合してみると、ホンシメジ若しくはクサウラベニタケのようである。若
し、後者の場合食べると食後1時間から3時間ぐらいで発病し、激しい嘔吐、下痢、腹痛を伴う。食事
量によっては、このような症状が数時間続くという。死ぬとは書いていないので私一人がこのキノコ
に挑戦することにした。 5個ほどゆでこぼして、適当な味をつけてもらい、神妙な気持ちで胃袋のほ
うへ収めた。特別なくせもなく、舌ざわりもよく、歯切れのよいキノコであったが、1時間2時間と経つ
につれて、なんとなく胸が締めつけられるよう苦しくなった。−10分−20分・・・1時間と時間を気に
しているせいであろうか。タイムリミットはあと2時間ちょっとだ。 妻も心配して病院に行ったらという
が、別に吐き気があるわけでもないので「何か変化があったら119番してくれ」と頼み、一足先に寝
ることにした。少し後悔しながらも、「あとはどうにでもなれ!」と、床にはいる。 翌朝は、普通に目
が覚めた。
 どうも無かったではないかと思い、布団の中でニヤーッと笑った。その日のうちに、残りのキノコを
家族みんなで食べたことは言うまでも無い。これは、3年余り前の出来事である。今思えばあのキノ
コは、ハエトリシメジであったようだ。 あらためて、キノコの知識を豊富にしなければと思っている。
 国東町

大分きのこ会よりお願い。 「疑わしきは食さない。」


昭和55年度 大分きのこ会 総会抄
 すでに総会資料は、お手元に届いているわけですが、本会報を通じて概要をおしらせします。
1.55年度決算 省略
2.56年度予算 省略
3.56年度事業
◎ 会報 NO.6、NO7の発行
◎ きのこ観察会
◎ きのこ展示会(総会当日)
総会予定 昭和57年3月28日(日)
きのこ観察会 1981−1
 本年度主要事業の一つであるきのこの観察会が予定にしたがって、順調に開かれています。次
に、終了した第12・13・14回の観察会について報告します。

第12回 梅林のきのこ観察会     <5月10日>

 今回の観察地は、当初別府市堀田5組の 蒲池 明さん方のブンゴウメ林を予定していた。しか
し、発生日がその年の気象状態により一定しないと予想したので、ご案内(会報号外1981.4.1)
にただし書きをつけた。「この回に限り場所を変更することがある。 参加者は、前日までに電話で
確かめてほしい」と。
 5月7日の夜、蒲池さんより「ハルシメジは、すでに発生も盛りを過ぎて、枯れてしまいました。も
う、見るほどのものがありません。」という電話をいただいた。そこで、5月8日9日に問い合わせの
あった会員には、大分市吉野天満社駐車場に午前11時までに集合するように変更通知をした。し
かし、変更を知らない会員のいることを予想して、別府市観海寺スギノイパレス前で予定の9時30
分まで待つ。 集まった会員と共に、蒲池さん方を訪ね、ハルシメジの発生地と乾燥したきのこを見
せてもらった。そのあと、大分市吉野の梅林へ出かけたが、きのこは数本しか採れなかった。

特別措置をとった臨時きのこ会<4月26日>
 じつは、4月半ばに別府の蒲池さんより「きのこが生えてきました。今年は大分早いようです。」と
言う連絡をもらいました。緊急の連絡網がなく、会員の全員に連絡することができず、取り敢えず前
年度よく参加された方に電話で通知した。それが、4月26日10時から11時までのハルシメジ(シメ
ジモドキ)観察の臨時きのこ会である。

 蒲池さんの話
1 昨年5月に生えてからほぼ1周年になる。昨年より早く、4月10日ごろから生え始めた。最終的
には1ケ月間位生え続けた。
2 昨年より発生面積が広くなり、周囲が2m幅ほど広くなった。
3 雨が少ないせいか、昨年のものより小型で形が整っている。
4 発生量は三桁台の数。さて○○Kg?
5 とてもおいしいですよ。
* とくに食欲を覚える人へ

ハルシメジ(シメジモドキ)Rhodophyllus clypeatus は、いっぽんしめじ科の食用きのこで、味番付も
上位にランクされているが、毒キノコのクサウラベニタケによく似ている。手元の図鑑類で一つ一つ
照合しても、形や色合いで区別するのは難しい。
・ ハルシメジは、4月〜6月頃果樹園やウメ・モモ・ナシなどバラ科植物の樹下に生える。
・ クサウラベニタケは、夏から秋(6月〜11月)の雑木林によく生える。

第13回 赤迫池コジイ・コナラ・マツ林のきのこ観察会<7月19日>
 午前9時30分に、大分市赤迫バス停近くに集合した会員は10名。
晴天で朝から暑く、日中の気温は34℃を上下していた。子供連れやご夫妻揃いの参加も見られ、
汗をかきながらもなごやかな観察会であった。この日観察したきのこは次のとおりである。
・ コジイ林
チチタケ、カレバハツ(白っぽい)、クロタマゴテングタケ、コガネヤマドリ、カワリハツ、キクバナイグチ
・ コナラ・アラガシ林
キクバナイグチ、アカカバイロタケ、オキナクサハツ、ツチカブリ、カレバキツネタケ、ウコンハツ、クロ
タマゴテングタケ、シロオニタケの一種、アンズタケ、ニオイコベニタケ、ミドリニガイグチ、キヒダタ
ケ、クリイロイグチ、オニイグチ、アイタケ、コウジタケ、クロハツ、クサハツ、ヤブレベニタケ、ホコリタ
ケ *コナラ及びマツだけの林には,きのこを見かけなかった。
 心配していたマムシには出会わなかったが、○○さんが足首を少しいためられたのが気がかりで
ある。

第14回 黒岳山麓の秋のきのこ観察会<9月20日>

 午前10時20分大分郡庄内町白水の白泉荘入り口に集合した8名は、曇り空の下で観察活動を
はじめた。白水のコナラ・クヌギ・アカマツなどの林で、食用になるナラタケの群生に出会い喜んでい
ると次に大形のハツタケやアミタケにも巡り会え幸先のよさを思わせた。他にはオウギタケ、ヌメリ
ササタケ、アカアザタケ、カラカサタケ、ホコリタケなどを見ることができた。男池一帯では、ブナの枯
れ幹上のツキヨタケを見上げたり、倒木上のツキヨタケの特徴を学習したりした。ミズナラの枯れ幹
のマイタケ、やぶの地上に広がるナラタケなどは、幸先のよさを実証するのに十分なものであった。

 その他は、ヌメリツバタケ(白色)、ヒメベニテングタケ、ニガクリタケ、ヒロヒダタケ、カバイロツルタ
ケ、サクラタケ、ウラベニガサ、ツチナメコ、ヘラタケ(?)、ズキンタケ、スエヒロタケ、クヌギタケ、マ
スタケ、コフキタケ、ツリガネタケ、ツヤウチワタケなど。

 会の終了前に、冬虫夏草のカメムシタケとススキセミタケ(珍品)−清水大全:冬虫夏草、ニューサ
イエンス社昭和54年−と思われるセミタケを見つけた。なお、不明種を5種ほど見つけた。

予告!!

 第15回は、安心院のきのこ観察会<10月11日>

 第16回は、由布山麓の晩秋のきのこ観察会<11月8日>です。
(略)

☆ 遠藤正喜氏は、本年9月13日に大分大学で行われた日本動・植物・生態の三学会 第18
2・183地区例会で、「大分県新産種アカイカタケについて」と題して講演をした。

☆ 会計年度を4月1日から3月31日に変更。


<<<<<この間の文章がみあたりません>>>>>省略


 こうして、落葉や土に潜むかすかな香りをたよりに「きのこ掘り?」を楽しみ、夕暮れのきのこ山を
あとにした。安部氏は、「1979年の秋にシモフリシメジを初めて採取した。このきのこは、その昔シ
モタケと言って食べていたきのこによく似ていた。そこで、ある古老に尋ねたら、「シモタケは食べら
れる」と言うので食べたらおいしかった」と話してくれた。 清水大全氏(原色きのこ全科・1968)
は、重厚な歯ざわりと口当たりは食菌中のエリート族だと称しているが、確かにおいしい。シモフリシ
メジの生える林は、大分県では今のところコジイ林である。しかし、既刊の図鑑類やきのこの地方出
版物を調べてみると、少し違う。マツのような針葉樹、コナラ・ミズナラ・カシワ・ブナのような広葉樹ま
たはこれらの混生林がふつうのようである。なお、シモフリシメジの山家町での方言名はシモタケ
(霜茸)とわかった。松川仁氏(キノコ方言原寸原色図譜・1980)によると新潟ではアラレボウズ・オ
クシメジ、青森ではギンタケ・シモフリモタセ・ナラタケモタセ・ナラノキ、その他にフユシメジ・ユキノシ
タなどの方言名が知られている。終わりになったがシモフリシメジに関する情報を提供くださった高
瀬達之助・安部貞江両氏に厚くお礼を申し上げる。

第15回安心院(あじむ)のきのこ観察会<10月11日>
 五郎丸の津房中前に集合した参加者10名。案内は、岩尾末男氏夫人。午前中は、地元の人々
がシメジと称しているウラベニホテイシメジ狩をした。マツ・アラカシ林に入る。至るところでクサウラ
ベニタケを見つけたが、食用きのこは少なかった。主なきのこは、トキイロラッパタケ、ナラタケ、ヒロ
ヒダタケ、カバイロツルタケ、ハツタケ、ドクベニタケ、クロタマゴテングタケなどであった。 昼食後
は、マツ・クヌギ林に入り、ハツタケ、アミタケ、トキイロラッパタケ、ヌメリイグチ、シロカノシタ、オオキ
ツネタケ、オウギタケ、チチアワタケ、テングタケ属の一種、カブラマツタケなどを見つけた。 カブラ
マツタケは成熟したものではなかったが、完全な形であった。昨年見つけた林と同じ観がある。

第16回由布山 晩秋のきのこ観察会<11月8日>

 由布山自然観察路のきのこは、ニガクリタケ以外に目立つものがなかったので、黄葉の始まった
カラマツ林に入った。林内では、ハナイグチ、モリノカレバタケ、ホコリタケ、アセタケの一種を見つけ
たが、いずれも量は少なかった。気象条件は、12月下旬または1月のように寒く、由布山頂部には
雪があった。きのこの発生量が少なかったので、参加者10名のうち8名は、解散後黒岳へ足を伸ば
した。九重連山はみな雪に覆われ、冷気が身にこたえたが、凍結したムキタケ、ヒラタケ、ヌメリツ
バタケ、アカチシオタケが見つかった。また、最盛期を過ぎていたが、凍結せず生気のあるフチドリツ
エタケの群生に出会い、一日の労が報いられたようだった。

◎ 朝鮮半島でのきのこ狩り 平島 関一

 私は小学校6年までを、朝鮮半島南部の港町である全羅南道の木浦(モッポ)で過した。
 木浦を囲む無数の小島の中の無人島には、おとなたちがきのこ狩りに行っていた。採れるのは主
にハツタケであった。木浦の人口が約6万人、そのうち日本人は  人ぐらいで、そのほとんどが本
州・四国・九州出身者であったから、きのこに関する情報(知識)は豊富であったように思う。交通不
便な時代で、朝早くからグループできのこ狩りに出かけていた。目的地はマツを主体にした広葉樹
の混じった林であった。当時木浦に住む土地の人たちは、オンドル用の薪採りや葉かきをしていた
ので、どの山も入りやすかった。また、赤土山や禿山も多かった。きのこ狩りの人たちは、山の付近
の農家の子供たちにきのこ狩りをしてもらい、お礼にキャラメルなどを与えていたようだ。子供たちが
採ってきたきのこのうち、何種類かを選び取り、残りを返していた。山の近くに住んでいる人たちと、
日本人の好むきのこは,種類が違うと言う話も聞いていた。今思えば、土地の人はベニタケの仲間の
きのこをよく食べていた。私の少年時代で、最も印象に残っているのはクロタケ(ロウジ?)という大
型きのこだ。薄く切り、付け焼きにすると赤黒く焼け、少し苦味のある味は忘れられない。昭和12年
の秋に、一家は別府市へ引き揚げた。ちょうど秋だったので付近の山へきのこ狩りに出かけたが、
木浦近くの山々でみかけたきのこと同じ物が多かった。特にハツタケ、シメジ、アミタケ類やセンコタ
ケ(ホウキタケの仲間)が多かったがクロタケはみないままだ。引き揚げて40年余りに成るが、今で
は裏山に中部中学が建てられ、山の木々も一変し、きのこも少なくなった。

大分のきのこ方言名 その2

D トキイロラッパタケ = ササナバ(安心院地方)

E シロカノシタ    = ヌノビキ(三重町地方)

F ベニヤマタケ    = ササナバ(別府市亀川地区)

G シモフリシメジ   = シモタケ(山香地方)

その1〜4は会報NO5 P3に記載

 

会報に一筆(原稿募集)

 土と緑が好きで自然やきのこに接しているとだんだん詳しいことが知りたくなる。時にルーペを片
手にきのこらしいものの絵を描いたりしている。また塗り絵をしながら自己満足に浸っていると、知人
がきて「なんてまあいい大人が怪しげなこけしなんぞ描いて!!」と言われてめげる始末・・・。」これ
は、第16回観察会に参加された玉井俊子さんからいただいたお便りの一部である。みなさんもいろ
んな形できのこを楽しみ、遊び、利用していると思います。あなたときのこのお付き合いのひとこま
を、葉書に書いてぜひお寄せください。

「冬虫夏草・中沢実」抄

 冬虫夏草(天覧品の解説 大分県 1959年)は資料として入手しにくい。そこでここに抄録として
お伝えする。

 私は医業のかたわら、冬虫夏草を研究してきた。昭和33年4月8日には、天皇皇后をお迎えして
別府市志高で植樹際が行われた。そのおり、私は冬虫夏草の出品を依頼された。 天覧に供した
キノコの種類や産地などは,次のとおりである。

1 コメツキムシタケ 中沢の標本に基づき、川村清一博士が命名したもので、別府市青梅台で針
金虫に寄生していた。

2 アリタケ     クロオオアリに寄生していたものを、東国東郡妙見上で採集した。

3 イモムシタケ   イモムシに寄生していたものを宇佐市で採集した。中沢の標本に基づき川村
博士が命名した。

4 サナギタケ    さなぎに寄生していたものを宇佐市で採集した。

5 テッポウムシタケ テッポウムシに寄生していたものを宇佐市で採集した。川村博士は中沢の最
終標本に基づいて調べ、昭和10年に新種と認めた。その発表は昭和30年に出版された原色菌類
図鑑第8巻である。

6 ミミカキタケ   ツマキヘリカメムシに寄生していたものを大野郡の祖母山で採集した。

7 セミタケ     ニイニイゼミに寄生していたものを宇佐市四日市で採集した。

8 ハチタケ     スズメバチに寄生していたものを宇佐市で採集した。他に、キイロオオスズメバ
チやアシナガバチにも寄生する。

9 スズメガタケ   下毛郡耶馬溪で種名不明のガに寄生していた。

10アワフキムシタケ コミヤマアワフキに寄生していたものを宇佐郡院内町で採集した。他にヒメモ
ンキアワフキにも寄生する。

11コサナギタケ   サナギに寄生していたものを宇佐市で採集した。

12ハナサナギタケ  サナギに寄生していたものを宇佐市で採集した。