意見交換会記録/国際交流
PHDの活動報告
今、エディーさんの村で起きていること
●今回、(財)PHD協会研修員 エディーさん(フィリピン)、同協会職員 谷朱子さんがこの交流会に参加されました。今、エディーさんの村の農業にどんな問題が持ち上がっているか、谷さんから報告していただきました。
はじめに、PHDという組織についてお話します。PHDとは、Peace(平和)、Health(健康)、Human
Development(人作り)の頭文字をとったもので、平和と健康、そしてそれを作る人を育てようという団体です。
1981年に始まり、アジア南太平洋の107の国から、これまでに170人を超える研修生を日本に迎え、勉強していただいて来ました。設立者は岩村ノボルというお医者さんです。彼は1960年代から20年にわたってネパールを中心にアジア諸国の村を回り、診療に携わって来ました。彼は自らの活動をこう振り返りました。「この20年自分はいったい何をして来たんだ。病気を治しては来たが、なぜそんな病気に罹るのか、根本のところは何一つ変えられなかった。」アジアで見られる病気は、もう少し保健衛生や栄養の知識があり、もう少し上手く農業をすることができれば、その70%は防げるものであったのです。そこで、彼は、アジアの人々に学ぶチャンスをもってもらい、自分たちの生活を自分たちの手で変えていくということを助けていこうと決めました。
ではなぜ気候も文化も生活習慣も違う日本にわざわざ呼んで来て勉強してもらうのかといえば…。岩村先生は、その20年の活動の中で帰国する度にどんどん日本がおかしくなっていくのを感じておられました。日本がどんどん失っていくものが、まだアジアの村々には残されているはず、研修生を日本に招くことで、お互いに学び合うことを目的にPHDの活動が始まったのです。
今、研修生の村の中では、いろいろな問題がすごいスピードで起きているのです。それは日本の農村で起きていた問題とそっくり同じなのです。若い人が学校に行けば、すぐ町へ出てしまい、村に残らない。残った人たちで農業をやっていく。その時、例えば、町から商人がやって来て、「商品作物を作らないか?そうすれば買い取って日本へ輸出する」という。ここで、それまで自分たちの食べる物だけを作っていれば回っていた村の生活が変わる。買ってくれるのなら作ってみようかとなる。同時に農薬・化学肥料が、「これを使うとよくできる」と入ってくる。使うと最初はなるほど良くできるので、すぐに広がる。そして何年か経つと、土が硬くなって農業ができなくなっていく。今まではなかった病気や虫が出てくるといった具合です。どうしたらいいのか。その時、これらを持ち込んだ人は、「この村はもうダメだ」と次の村へ行ってしまう。そんな村がいくつもあるのです。
また、これは農薬のブーメラン現象と言っているのですが、すでに日本では使用・販売禁止になっている農薬が、研修生の村で平気で売られているのです。DDTやBHCなど、家の草屋根の殺虫、お米を作る時、大豆を作る時、大量に撒かれています。研修生はそんなに危ないものだとは知らなかったと言います。
エディーさんは、フィリピンの首都マニラのあるルソン島からやって来ました。3年前までの社会福祉団体のスタッフとして、今のままでは村の農業はダメになるので、農薬・化学肥料はやめて有機農業をしようと呼びかける仕事をしていました。でも、村の人は、口で呼びかけるだけではなかなか変わってくれません。今、彼の村は、タマネギを作って売ってその現金で生活をしています。自給用の食物はもうあまり作っていません。日々食べるものはタマネギを売ったお金で買ってきて生活をしているので、現金収入がなくなるとすごく困るのです。日本と違って基本的には貧しいので、1、2回収穫がなくなると自分の家族が食べていけなくなるので、なかなか新しい取り組みに踏み切れないのです。エディーさんは自分がやると言い、3年前からスタッフを辞め、農業だけをしています。
研修生の国では日本のようになりたい、追いつけ追い越せと研修生を送ってくるのですが、決して真似をしてもらいたくないところもあります。単に技術や知識を得るだけでなく、何のための技術なのか、それを使ってどういう村を目指すのかを、1年の研修期間の中で考えてもらいたいのです。
PHDの研修成果も、村に帰ってすぐに役に立つものではありません。今までやってきた農業を少しずつ変え、少しずつ工夫を加えて、5年、10年たって上手くいくようになり、そこではじめて村の人たちも一緒にやろうということになります。今までの研修生を見ていても、何らかの成果を出せるようになるまでに、最低5年位はかかっています。そういう意味で長い目で見てこの活動に取り組んでいきたいと思います。
●以下に交わされた意見の一部をご紹介します。
◆ODAで政府援助の額としては、日本は世界第2位。すごく貢献しているように見える、実はそれは日本の製品を買ってもらうためであったり、日本の会社が村にダムを作るためであったり…。
◆いま、日本の食料自給率は40%で、あとの60%は海外から。これでは日本の農民は困る。では、海外の農民は嬉しいのかというとそうではない。嬉しいのは真中に立つアグリビジネスと呼ばれる商社や企業だけ。国際交流には、直接会ってお互いに自分の周りを大切にしながら相手のことを思いやるというような考え方が不可欠。
◆アメリカにも家族農業があり、それを守ろうとしている人々もたくさんいる。その実状は言わずして、安い農産物を日本に送って我々百姓を困らせているというような見方に偏るのは、問題。
◆海外の有機農産物を日本の消費者が買う。でも、海外の環境を守りながら地元の農家をつぶし、地元の環境も乱れるので意味がない。やはり「地域でできたものは地域で消費する」という形が望ましいと思う。
◆日本には産消提携など地域を支える流通のしくみがある程度育っているが、アジア各地ではまだ難しい。日本やNGOがいろいろな形で有機農業の指導を行っているが、有機農業がいいことはわかっていても、それを消費するところがないことがネックになっている。マレーシアやインドやフィリピンでも一部、消費者が生産者を支えるシステムを作りつつあるが、なかなか浸透していない。一方、農産物の消費地である都市部、マニラや韓国の消費者には、環境問題や農薬の問題自体が知らされてない。なかなか前進しないが、そういう問題を通り抜けるには何ができるかを考えていきたい。