設立趣旨
設立総会資料より
●「百姓」とは●
「百姓」という言葉がマスコミにはあまり登場しなくなった。いつ頃からというと農業基本法が制定された1961年以降のことだと思う。大型化、機械化、産地化、単作化という量と効率を追い求めた近代農業によって、「百姓」は「農業者」にさせられた。 「百姓」という言葉は古く飛鳥時代にはすでに使われていた。その意味は一部特権階級に属する貴族などを除き全ての人民を意味していたのである。「百姓は農民」という思いこみが拡がり始めていた江戸時代においても、その中には漁民、製塩民、山民、商人、職人、金融業者、廻船人等いわゆる非農業的生業を営む人々がかなりいたことは明白になった。考えてみれば平地は少なく、多くは山と海で形成されていたこの国の社会においては純然たる農民というのはおそらく「百姓」のなかの半分くらいだろう。従って、「百姓」の暮らしというものは農・漁・山それぞれの交易によって自給が成り立っていたのではないだろうか、と考える。そして加えていうならば、それぞれの貢ぎ物(税)によって特権階級が成り立ち、中でも貯蔵性に優れ、栄養価も高く、主食となり得た米がその貨幣価値とも相俟って主流となっていったのであろう。
●自立●
都市から田舎へ、人の流れが変わってきている。それまで都市へ流れていた人の波が87年をピークに減少し、93年にはついに逆転した。青年たちや中年族の中で「農」が関心を高めている。自分の人生観とは裏腹に必死に求めてきた「モノ的豊かさ」だけでは幸せになれなかったことが分かり、その価値観を変えつつあるようだ。 一方、田舎の方では高齢化社会をすでに迎えたという現実があり、後継者不足は深刻である。農基法によって他産業従事者との生活格差がなくなり、豊かに暮らせることを夢見てきた結果がこれである。各地では、一村一品運動から観光農業、都市生活者との産直や最近のグリーンツーリズムなどと農基法では謳われなかった取り組みによって、その活性化と生き残りをかけている。 いずれも経済合理性という枠組みからの自立を目指しはじめ、「豊かさ」だけよりも「幸せ」になることを大事にしようという考えが動き始めたとみれる。この混沌とした現代の社会状況の中ではもはや何の「保証」もないことが分かった。もう自立して生きていくしかあるまい。
●自給●
1960年に始まった池田内閣は「国民所得倍増計画」をメインに据えた。5つある骨子の中で農業に関係することが2つ盛り込まれている。ひとつは社会資本の充実ということで、工業用の生産基盤のために道路、用地を整える、そのために農地を潰す。もう一つは、産業構造の高度化として、第二次産業の成長を中心として第三次産業をこれに付随させ、第一次産業については500万人減らすというものであった。この時点で日本は自給体制を放棄したのである。以後、輸入農林水産物は増加の一途をたどることになる。 田舎の方もその生活は一変する。新建材でできた家に住み、食卓の上には加工食品が並ぶ。味噌醤油もスーパーで買うといった光景も見られるようになった。安くて便利な都市消費を基準にした商品流通は百姓同士の互いの交易をも希薄にさせてしまったようだ。 今の時代、何も経済そのものを無視するつもりはない。なるべくなら、都市経済に依存するのではなく、百姓経済の交易を実践したいと思う。それが自給の道であり、人の自給にもつながるであろう。
●環境●
現代社会の最大の問題点は環境汚染そのものだといえる。その汚れの最大原因が都市と田舎とのアンバランスである。現代都市は消費を制度化させることによって大衆消費社会を実現させた。この国においてそれを成しえた裏には、アメリカが90年かかった都市化をわずか25年で成し遂げてしまったという異常なまでの早さがある。 生きていることの活動によって、必ず「汚れ」は出る。問題はその「汚れ」が自然界の中で循環されるかどうかである。地球という生命体が維持継承されてきたのは、水・大気・生物という3つの循環が行われてきたからに他ならない。地球上に生息する生き物は全てこの枠組みの中で生きている。人間とて例外ではない。ならば、人間社会で出た「汚れ」がこの枠組みの中で循環されている限りにおいては環境汚染は起きない。 大量生産・大量消費・大量廃棄という消費社会のシステムは、その殆どが自然界には還らない「汚れ」を出している。 生命を大事にする百姓が考える生命系社会は、この「循環」を基本に据えている。そしてその中で生きてこそ、百姓の意味がある。そしてこのことをもっとアピールしよう。実践している者のみが語れる言葉を意識して・・・。
●百姓として●
百姓同士で「百姓の話」ができる場がなかなかない。特に専業の少ない関西ではなおさらかもしれない。村で集まりがあっても「百姓の話」などほとんど出ない。それも当然かと思う。その席にいる多くは自分自身を百姓とは思っていないだろう。自身を百姓と呼んでいたのはすでに高齢化社会にはいってしまった人たちで、村の宴席に出てくる働き盛りの人たちは、たいていお勤めのサラリーマンなのです。 10数年前に有機農業をやり始めた人が、その当時農作業をしていると知り合いの近くのお巡りさんがやってきて云ったそうです。「ええ若いもんが何してるン」。そう云って帰るその後ろ姿に彼は叫んだ、「オレは百姓ダ!」 そうだ、オレたちは「百姓」だ!。おっと「田舎のヒロイン」もいるゾ。もう村の中だけにいるわけにはいかねぇ。「百姓の話」ができる場に出ていこう。これからは"百商"もするし、"百匠"にもなるぞ。また世の中に向かって"百唱"もする。たまにはみんなで"百笑"もいいじゃないか。 とにもかくにも、もっともっと百姓同士の交流・交易を深めなくちゃ、そのための合言葉が『自立・自給・環境』なのだ。 エェーイ「百姓百輝」だ!!