しばつう日記 2001年01月〜 

2001年03月31日 18時55分53秒
九段、千鳥が淵、靖国神社
picture_20010331_Chidorigahuchi.jpg 準備中です(^-^)ゞ
 桜が平年より早めに満開になりました。土曜日。しかし今日は朝から ボタン雪混じりの雨。東京で、桜が咲く季節で雪が降ったというのは、 25年ぶりだそうです。だは。多分、私が降らせたのでしょう。
(^o^;)
 さて。家でゴロゴロしてるのもナンなので、午後から出かけてみまし た。新聞屋さんから山種美術館の券をもらってたので行ってみることに したのです。券の裏の地図を見てみると、おっ、ちょうど今年、行って みようと思っていた、桜の名所、千鳥が淵の近くですね。
 東西線の駅を出て、行先案内板を見る。えーと山種ヤマタネ...ん、 千鳥が淵戦没者墓苑というのが、すぐ近くにあります。ううむ。ちょっ と覗いてみることにしました。武道館の隣、お堀バタ沿いの道をボチボ チ歩いて数分。日中、雪混じりの雨で、うざったい酔っぱらいもいませ ん。おかげで、ホントの花見ができますね。さて、墓苑の入り口発見。 入ってみる。ああ。整然とした、落ち着く感じのところです、シバツウ 的には...しかし、門をくぐって、その裏手に、大きな、日本を含む 太平洋の地図があって、各地の戦没者数が書いてあります...数万人、 場所によっては十万人を超える単位の...日本本土、沖縄、小笠原、 硫黄島、台湾、中国、ロシア、フィリピン、グアム、サイパン、テニア ン、ロタ、ニューギニア、南太平洋...戦没者数の合計、約220万 人。一般市民を含まない、軍関係者だけの数です...ふうむ。考えさ せられてしまった。
 では、こちらを失礼して、山種美術館へ。すぐ近所です。桜の絵が中 心の展示でした。その後、またお堀ばたの道を通って戻ると、そしたら 靖国神社が見えます。行ってみましょう。靖国神社には東京の桜の開花 宣言に使う基準となる3本のソメイヨシノがあります。名物の白鳩が桜 の木の間をのんびり歩いています。
 外国人の人も結構いますね。中国語らしい言葉を話している、若い一 団もいました。中国の年配者の方だったら、靖国神社に対して非常に複 雑な思いを抱いていそうなのですが...少しずつワダカマリは解けつ つあるのでしょうか。しかし、展示館の案内の看板で、潜水艦回天とか、 ロケット機の桜花とかの写真を見ると...うーんコレまた考えさせら れてしまった。それがどういう潜水艦で、どういう飛行機か、というこ とは、興味がある方は調べてみてください。
 さて、行き帰り、道ばたに空き缶やらゴミやらが落ちていたので、い くつか拾って、コンビニのゴミ箱とかまで持っていって捨てたりしまし た。いえいえ、そういうのを見てしまったから急にイイ人になった、っ て訳ではないですよ。もう3年前から、自分が気が付いたら、拾うこと にしています。実はこのような行為は少し危険なのですが。お、この人 は霊能者なのではないか、って思われて、よくない、変な霊みたいのが ツいちゃうことがあるよ、と、ある霊能者の方に言われたことがありま す...でも、まあ、趣味ってことにするか、ちょっと大げさに言えば 私の使命なのかな、と思って、気が付いたら、やることにしています。 だから、あー、もおー、変なのつかないでちょうだいね〜オネガイ。


2001年03月22日 19時07分10秒
誰かのために、お祈りをするということ
 シバツウんちの近くでも、そろそろ桜が咲き始めました。あなたの街 ではどうですか。今年の冬は、雪もいっぱい降って、久しぶりの冬らし い冬でしたね。暑さ寒さも彼岸までというように、すっかり春です。う ん、やっと春がやって来ました。残酷な季節です。新しい出会いが始ま る時、そして、その一方で、別れの時でもあります...ショパンの「 別れの曲」が聞こえてきませんか...大丈夫ですよ。お互い、元気に、 生きていさえすれば、離ればなれになってしまった人でも、いつかまた、 きっと逢えます。
 ちなみに写真は去年の4月、東中野近辺、神田川沿いの桜です。ほら。 また今年も逢うことが出来ました。
picture_20000408_KandaRiv.jpg 準備中です(^-^)ゞ

 この数週間、平穏な日々なのでネタがないので、また何となく思い付 いたことを書いてみます。えー、シバツウ、今日でまる2ヶ月間、禁酒 中です。禁酒という言葉も変ですね。だって飲みたいのを我慢している 訳でもないもの。断酒、の方が近いかな。
 3年前にも1ヶ月ほど、お酒をやめてみたことがあります。しかも、 その時はベジタリアンもやってみました。動物性タンパク質は、カマボ コくらいは食べたかな。んー、その時のお酒をやめてみたきっかけも、 まあ心境の変化というか、特に何か理由があった訳ではないのですが。 ところで、それじゃ1ヶ月たって何か自分が変わったかというと、結局、 何も変わりませんでしたね。
(^-^)
 その時、ちょうど、私が大切に思っていた人が、1ヶ月間、仕事で遠 いところに行っていたのです。それは、ある高山地帯です。私は、どう かその人が無事に帰ってきてくれるように、というお祈りをしていたの を憶えています。さて、その人は、予定より1週間くらい伸びて、帰っ て来ました。その人から久しぶりに電話がかかってきたので、いっしょ に新宿にヤキトリを食べに行きました。
「すごいガケから、何十メートルも、ごろごろ転がりながら、落ちたの よー。その下は水の冷たい川。私、泳げないし。もうダメだった、かも しれない。ところが、偶然、転がった先のところにあった木に引っかか って、助かったのー。怪我もなかった。でも、その木のすぐ隣は岩場だ ったし。もし、ちょっとずれて叩きつけられていたかと思うと、危なか ったー」
 いやあホントに強運な御姫様なんです。もしかして単にオッチョコチ ョイなのかも?。まあ、その時、私のお祈りが効いたのかどうかは分か りません。そんなの私の自己満足に違いありません。でも私がお祈りし ていたのは正しかったのかな、と思って、私は私で満足しました。
 誰かの幸せのために、お祈りをするのは、気持ちがいいことですね。 今日も私は、ある人のために、お祈りをしています。あの人が幸せな人 生を送れますように、みんな幸せになれますようにと、お祈りしていま す。


2001年03月10日 18時32分16秒
星と、月と、人と、運の流れと
 だいぶ日が長くなってきましたね。ところで、東中野シバツウ邸、団 地みたいな感じの建物なんですが、今、壁塗りをしておりまして、そい で6Fまで足場を組んでおります。昨日の夜中、シメシメってことで、 その足場を使って、普段は入れない屋上に上がってみました。シバツウ 邸、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、そりゃ、もう、あなた、 素ん晴らしい夜景です。新宿高層ビルが一望。しかも金曜日の夜、快晴、 空には満月に近い月、オリオン座、もう高いとこマニアの人には、この 屋上の光景はタマランですばい。添付は参考写真であります。うーん、 デジカメじゃ多分、伝わらないなあ。そうすね、百万ドルの、とは言わ ないが、30万ドルくらいの夜景であります。
picture_20010311_Roof_Landscape.jpg 準備中です(^-^)ゞ
 さて、本日、土曜日になりました。今日は朝から自転車でかけずり回 っています。朝がた、池袋に行く用事があったんで、久しぶりにバイク さんに乗って行ってみよかなと思ったんですが、冬場で3ヶ月エンジン かけてなかったら、さすがにバッテリーが上がってしまっていまして、 セル回しても、スカッ、スカッ、なんて状態で...ほいで池袋の用事 が済んだあと、一番近くのスタンドでチャージャーにつないでもらって、 エンジンだけかけて、バイク屋さんに持って行きました。充電に一日か かるんで、バイクさんは店に置いてきて、と。
 その後、まあ、ちょっと風が強いけど、天気もいいことですし、渋谷 の東急文化会館に行ってみることにしました。8Fに、日本のプラネタ リウムのさきがけである「五島プラネタリウム」があるんですが、今年 で44年目なんですけど、ついに明日が閉館だそうなんで、見ておこう かなと思ったのです。んで、自転車でキコキコ30分、夕方3時頃つい たら、らららん、やっぱ皆さん考えることは同じ、最終週おなごりおし ゅう、ってことで、もう今日の分の整理券、朝の10時半に全部ハケま したなんて言われてしもうた...トホホな一日...ふうーっ。ま、 こういう日もあるか、ってね。

 てなことやっております。まあ、春だからね。少しずつ活動開始かな、 ってトコですかね。
 「春の宵は値千金」、という漢詩があります。ちょうど今頃、少しず つ暖かくなってきて、何となくソワソワするような夜ってありませんか。 そんな夜はつい、夜更かしをしてしまいますね。本質的に猫なシバツウ は、夜中に眠れなくなると突然思い立って、一人、自転車で神田川のほ とりを探索したり、新宿夜の街パトロールに繰り出したりしてしまいま す。おかげで次の日、仕事中に居眠りしたりしちゃうんですが...
(-_-)zzzz...
 そういえば、マリンダイビングさんのカレンダーによると、今日は土 曜日ですし、はい、ちょうど満月ですね。今夜あたりは、夜更かしan dウロつきに絶好のナイトです。ふんふん♪。ほんで、満月を見ると、 私はオオカミ男に変身したりもします。アオ〜ン。

 ところで、月とツキ、ツキのことを運っていってもいいのででょうが、 この2つは似ているところがあります。月には満ち欠けがあります。運 にも周期があります。特定の宗教など信じていない人、シバツウもそう なのですけど、そういう人でも、あー、最近ツイてないな、とか、おっ ♪今日は何だかラッキー、って思ったりすることがありますよね。運、 不運というやつです。よく分からないことを非科学的だとか、迷信みた いなものだとかっていって否定するような人でも、それは何となく感じ るのではないでしょうか。運ってやつは、確かにあるのです。

 持って生まれた運、というのもあります。そもそも日本という、こん な平和な国に生まれただけでも運があったといえるのでしょうが、しか し幸福感とは相対的なもので、すぐ隣の人が自分より幸せそうだったら、 実際はそうでないのだとしても、その隣の人も日々いろいろなことで悩 んでいたり、ものすごい努力をして幸せを手に入れていたのだとしても、 ただ結果的に自分よりも幸せそうに見えたら、妬みの心が起きてしまい、 つい自分も、と思って焦ってしまい、無理な背伸びをしてしまったりし ます。妬みの心はクセモノです。うまく利用できれば自分を成長させる 糧になりますが、しばしば悪い方向に行ってしまい、自分の心の中に魔 物を呼び込んでしまいます。その最たるものが国家間の戦争です。戦争 は、領地や植民地、相手の大事にしているものの奪い合いです。不毛な 争いが続き、そして、両者とも滅んでしまうことさえあります。

 それでは、持って生まれた運を強くすることは出来るでしょうか。出 来ます。さて、その方法は。へへん。教えない。自分で見つけるしかな いのです。ズルしてうまく事が運ぶはずはありません。王道は無いので す。さらに言うと、ズルして得たものは、結局、身に付きません。どう かすると、馬脚を表して、自分の身を滅ぼすもとになったりします。

 持って生まれた運を強くするには、先人の知恵を学ぶことが方法の1 つです。福澤諭吉「心訓」にヒントがあります。

一、世の中で一番楽しく立派なことは一生涯を貫く仕事を持つと云ふ事 です
一、世の中で一番みじめな事は人間として教養のない事です
一、世の中で一番さびしい事はする仕事のない事です
一、世の中で一番みにくい事は他人の生活をうらやむ事です
一、世の中で一番尊い事は人の為に奉仕して決して恩にきせない事です
一、世の中で一番美しい事はすべてのものに愛情をもつ事です
一、世の中で一番悲しい事はうそをつく事です

 それと、男の人にとっての運、女の人にとっての運は、少し違います。 男の運の方が大体、単純です。ところが女の人の運の場合は複雑です。 どういうことかというと、女の人の場合は、運さえあればいいというの でなくて、それをうまく使えるように賢くなる必要があるのです。
 たまに強運な女性の方がいらっしゃいます。しかし運と幸福は違うの です。例えば芸能人になるような人は、もともと強運といってよいでし ょう。しかし彼女らは幸せでしょうか。むしろ人間的に不幸な人の方が 多いのではないでしょうか。特に日本の芸能人の場合は、そうですね。 理由は簡単、チヤホヤされて、甘やかされて育ってしまったからです。 自分で努力して、自分の運をうまくコントロールする方法を見つける努 力を怠ったからです。また、使い方を間違ってしまった、ということも あります。自分が持っている運を使ってはいけない方向に使ってしまっ た結果、悪い方に悪い方に行ってしまい、不幸を呼び込んでしまったり します。
 もったいないことです。もう少し、ほんのちょっとだけ真面目に日々 を生きるだけで、自分のことをうまくコントロールできるようになるは ずなのですが。そして、自分も幸せに、他人をも幸せに出来るような人 になれるかも知れないのに。

 ということで、平凡な運の女の人よりも、強運な女の人の方が、幸せ になりにくいようです。自分より運が強い人か、お互いが持っている運 を上手にコントロールしあえるような人を見つけられるかどうかがカギ です。それがまた難しいのでしょうけどね。何となく付き合い始めたけ ど、相性が合わなくて、いっしょにいても何だか愉しく感じられなかっ たり、相手のことを疑い始めたり、そしてケンカばっかりしてしまうよ うでは、いつかはダメになるはずです。お互いのために、こういうこと では妥協しない方がいいです。
 運をうまくコントロールできるようになりたいものです。お互いの運 を、うまくコントロールしあえるような人たちと出会えて、そして幸福 な関係が築けるようになるといいですね。だって私たちは、自分一人で 生きているんじゃなくて、もちろん自分一人が良ければいいってもので もなくて、みんなで少しずつ助け合って生きているんですからね。


2001年02月26日 12時46分33秒
三寒四温
 先週後半は妙に暖かかったのですが、今日は寒さが戻りました。しか し、日差しは、もう完全に春ですね。春といえば、イースターです。復 活祭です。
 2001年のイースターは4月15日です。その47日前には、パン ケーキを食べたりするそうです。ちょうど今の時期です。キリストが荒 野で40日間の断食修行を行い、そして人々に代わって受難と死を受け たことを思い起こすためです。
 2月のパンケーキの日の前が、カーニバルこと謝肉祭です。これは断 食に入る前の、肉食との別れを惜しむ祭りです。もっとも最近は、ただ の派手で賑やかなお祭りという面のみしか知られていませんが。

http://nnh.to/easter/
HPよりのパクリ。
>イースター(Easter・復活祭)
>キリストが死後3日目にしてよみがえったことを記念し、春の自然の
>よみがえりを祝うお祭り。
>復活の象徴の卵を食べたり、ペインティングした卵をおくりあったり
>して、盛大に祝います。
>イースターの日どりは、325年の第1ニカイア公会議で「春分の後の
>最初の満月に次ぐ日曜日」と決定されました。ただし、これでは、時
>差の関係で春分の日が場所によって異なり、イースターの日付も異な
>ってしまうため、春分は3月21日に固定して計算されています。

 キリスト教徒でもないのに、クリスマスとか、キリスト教のお祝いの 日にかこつけて大騒ぎのイベントを組んだり、時には、そんな日に限っ て不誠実なことをしたりします。罪深い日本人の私たちです。
 知らない人が多いと思いますが、キリストは神様ではありません。神 様の子なのです。私たちも神様の子供です。
 キリストが、はりつけにされた時に言った言葉をご存じですか。
 「神よ、この者たちを、お許しください。彼等は知らないのです」

 ところで、お使いのPCはWindows系でしょうか。
 ほんでもって、エクセル97が入ってますか。
 仏教徒もイスラム教徒も、固いこと言わずに、イースターの卵探しを してみましょう。

1.新しいブックを開きます。
2.F5を押します。ジャンプのウィンドウが開きます。
3.「X97:L97」と入力し、[OK]を押します。
4.TABキーを押します。
5.CTRLキーとSHIFTキーを同時に押しながら、グラフウィザードボタ ンを押します。
 グラフウィザードボタンが見あたらない場合は、表示→ツールバーで
 標準のツールバーを表示させると、その中にあります。
6.あれれ。地平線が現れました。マウスで操作してください。
7.ESCキーを押すと、元に戻ります。

 最近、となりのトトロの、風の通り道という曲が、私の頭の中で鳴っ ています。
 あの曲を聞くと、子供の頃に見た、どこまでも続く晴れた青い空を思 い出します。
 あなたはどうですか。あの頃の気持ちに、あの頃のあなたに、戻れま すか。


2001年02月21日 20時50分31秒
情けは人のためならず、って言葉を知ってますか
 うんうん。少しずつ春っぽい感じになって来ましたね。ところで、ち ょうど1ヶ月前、1月20日の土曜日なんですが、新宿でダイバー仲間 の新年会をやりました。すごい雪の降った、あの日です。あの日からヒ ト月たちました。シバツウは、それ以来、お酒を一滴も飲んでません。 飲まなくなった理由は、そうですね、心境の変化というものでしょうか。 まあ、あえて理由を付けるとすれば、シバツウ的には、それ以前にも、 ずっと、いつでも、誰とでも、みんなで楽しくお酒を飲んでいるつもり だったのですが、それが嘘っぱちだったってことが分かったから、って ことです。もっとも、そんな一言で説明できることでもないんですけど。 とにかく、考え方が違う、というくらいでは済まされないようなことが ありまして...ということで最近、人ということについて考えてみた りしている今日この頃です。
 私はヤケ酒というものを飲んだことがありません。昔から日本人は、 神様と一体になるためにお酒を飲んでいたのです。ほんで、私のダイバ ー仲間との飲み会は、もう飲むたんびに、一体になる人が続出で... なりすぎ...だったんですが、それが、自分の中ではガラガラと崩れ てしまったのです。なので、自分の中で何か気持ちの整理が付いた、と 思えるようになるまで、二度とお酒は飲まないでしょう。はい。とにか く今は、お酒を飲む理由がないのです。
 そうですね、別に、飲みたいのを我慢している、という訳でもないの です。タバコを吸っていた人が、ある日を境に、ピタッと禁煙するよう なものでしょうか。シバツウは習慣としてタバコを吸ったことがないの で感覚的なものが分からないのですが、すごい悶々としながら禁煙に挑 もうとする人がいる一方で、ある時を境に、ほんとに、ピタッと辞めち ゃう人もいます。それに近いものかも知れません。

 タバコを吸わなきゃいけない理由なんてないのに、自分でもやめた方 がいいと思っているのに、何となく吸い始めたら、もうやめられなくな ってしまう、そのままズルズルつづけてしまう、そういう人がどうやら 時々いるみたいなのですね。それでいいのかなあ、大丈夫かなあ、と思 います。結局、自分を傷つけているのに。もしかしたら他人さえも傷つ けているかもしれないのに。でも、やめることができない...もっと 自分の気持ちに正直になれたらいいのに、自分にまで嘘をついてしまっ ています。
 もし私がそういう人を助けることができるなら、私の何かを犠牲にし てでも助けてあげたいと思います。でも、そのためには、その人も私に 対して心を開いてくれなければ何にもならないし...結局、私はその 人を助けてあげられません...理解し合えるというのは難しいもので すね。

 ということで、お酒も飲まず、どこかに出かけることもせず、おかげ で最近は、平穏な日々を過ごしています。あ、土曜日に東京ビッグサイ トのダイビングフェスタには行きましたが。まあ、かといって、シバツ ウ日記に書くネタもなし。ということで、最近なんとなく思い出したと ころの、タイトルの言葉、その意味でも説明してみます。情けは人のた めならず。よく意味を誤解されやすい格言の一つです。
 そんなことに情けをかけてあげていると、その人のためにならない、 だから情けをかけてやるのはやめなさい、みたいな意味と思っている人 が多いでしょう。ところが、本当の意味は違います。この言葉には、続 きがあるのです。

 人には情けをかけてあげなさい、あなたが、本当に真心で、その人の ために情けをかけてあげていたら、きっとその「情け」が、あなたのも とに帰ってきて、あなたのことを助けてくれます...という意味です。

 あーあ。生きていると、いろいろなことがありますね。とりあえず、 そうですね、自分の心に正直になることでしょうか。そうすれば、少な くとも、後悔はしない人生が送れるのではないでしょうか。


2001年02月15日 08時52分05秒
与論で見たもの
 2月も半分が過ぎました。本日は、大安吉日。快晴。朝、総武線から 見事な富士山が見えました。一陽来復。少しずつ日が長くなっているの が感じられます。
 えーと、この前の週末は3連休でしたが、最近は休みだからといって 外に出かけることもなく、なので、日記に書くネタがありません。そこ で思いだし話など書いてみます。鹿児島県の最南端、沖縄のすぐ隣、与 論島のことです。与論に行ったのは去年の10月なんですが、10月の 日記には、ただ行ったよ、ってことを簡単に、少しだけ書きました。そ の時はあまり書く気がしなかったのです。

 ところで、2月10日の朝日新聞に、相田みつを美術館の全面広告が 載っていました。ご覧になった方も多いと思います。宮本亜門さんが真 ん中に立っているやつです。
http://www.mitsuo.co.jp
相田みつをさんの略歴。HPよりパクリ。
1924年(大13)、栃木県足利市家富町に生まれる。 ・・・あれ?オラ の父ちゃんと同じ歳かな?
1942年(昭17)、旧制栃木県立足利中学校卒業。同年、生涯の師となる 曹洞宗高福寺の禅僧・武井哲応老師(故人)と出逢い、在家のまま師事 し仏法を学ぶ。 ・・・お。曹洞宗と言えば高祖道元禅師、大本山福井 県永平寺っす。3年前にバイクで行ったよ。柴田勝家さんとこだ。
1954年(昭29)、第一回個展を足利市で開催。以後各地で「自分の言葉 ・自分の書」による作品展を開催する。第六回毎日書道展入選。以後第 11回まで連続して入選を果たす。
1984年(昭59)、『にんげんだもの』(文化出版局)出版。後にミリオ ンセラーとなる。
1991年(平3)、12月17日、足利市にて逝去。享年67歳。

 相田みつをさんの詩を一つ紹介します。「憂い」

〜人にいくら説明したって
全く分かってもらえないから 語ることをやめて
じっとこらえているんです〜

 話を元に戻します。シバツウは、去年の10月に、沖縄と与論を旅し ました。特に、与論島(ヨロンジマ、と読むそうです)には、その半年 前から、何かに呼ばれるような気持ちがずっとしていました。そして、 与論に行くチャンスがやって来ました。初めは、9月に野郎3名で沖縄 に行こうとしていたのですが、1日だけ先行予定だったシバツウは、た またま出発日が台風直撃で全便欠航、あえなくキャンセルしました。し かし、それでも私はどうしても行きたかったので、その2週間後にこり ずに一人旅に出たのでした。
 最初に「与論」の文字を見たのは、2月のダイビングフェスタでした。 会場をプラプラ歩いていた私は、鹿児島県のブースの与論島全景のポス ターの前で立ち止まってしまいました。なぜか私はしばらくそこから離 れることが出来ませんでした。4月には、違う催しもので、与論ツアー を時々やっていて、現地ショップもある中野のシーロマンさんの話を聞 くことができました。またしばらくして、シバツウ本人は、そんなもの に入るはずは絶対ないと思っていたのですが、あるリゾート会員権クラ ブに入ってしまいました。そこの契約施設の一つ、プリシアヨロンが気 になったのであります。
http://www.pricia.co.jp/

 そして10月、ついに与論に行く日がやって来ました。与論には、沖 縄または鹿児島から飛行機で行くのが普通です。小さな空港が、島の西 側、サトウキビ畑の真ん中にあります。与論行きの便は鹿児島からのY S11か、沖縄からのそれよりもっと小さいボンバルディアなどのプロ ペラ機です。あー、そういう飛行機も乗ってみたいな、とも思ったので すが、その時はチケットが取れませんでした。なので、とりあえず沖縄 に一泊して、船で行くことにしました。朝の8時に那覇港から鹿児島行 きの船が出ます。チービシ、ケラマを左手に見ながら、最初の寄港地、 与論に進んで行きます。
 約4時間。やっと与論島が見えて来ました。島の南側の港に入ります。 桟橋から見える海の水が見事に透き通っていて、とても大型船が着くよ うなところとは思えません。与論。素晴らしい海です。
picture_20010215_Yoron_Port.jpg 準備中です(^-^)ゞ
 さて、ついに来ました、この島へ。上陸です。感動の一歩。あたりを 見回します。あれ。民宿のお迎えが来ていません。その日はプリシアさ んでなくて、中野のシーロマンさんに紹介してもらった汐見荘さんに泊 まる予定だったのですが。んー、ホテルや民宿のお迎えの車が、一台、 一台、港を出て坂道を上がる道路に消えて行きました。一人ぽつーんシ バツウ。近くに運送屋さんのワゴン車があって、オバチャンが荷札みた いのを取り扱っていました。そのオバチャンに聞いてみます。
 「あれー、汐見荘さん、来てなかったねえ。連絡してあげますよ。ち ょっと待ってて」
 無線のようなもので連絡してもらいました。港でぼんやり待ってみま す。天気は快晴。暑いのは暑いのですが、けっして不快ではありません。 そうこうするうちに、汐見荘のおかみさんが、軽自動車でやって来まし た。
 「あははー、あらあら、どうもゴメンなさいねー」
 私の方も、しょうがないなあ、って感じで、笑いながら車に乗り込み ました。サトウキビ畑の中の道を進みます。汐見荘のおかみさん、林シ ヅ江さんは、あー、福岡の方なんですかー、私の息子が、福岡の人にと てもいい印象を持っています、とても暖かい人たちだったって、結局、 東京の大学に進学したのですが、福岡の方が良かったなあと言っていま した、という話をしてくれました。
 汐見荘に着きました。玄関先にピンク電話があります。建物は決して 新しくはないのですが、清潔な感じです。ふーん、西伊豆あたりの民宿 のようです。というか、何か親戚のうちに来たような気がしました。食 堂に案内され、ウェルカムドリンクで、ハイビスカスの花飾りを乗せた グアバジュースを出していただきました。

picture_20010215_Yoron_Mykonos.jpg 準備中です(^-^)ゞ
 さて、まだお昼ちょっと過ぎたくらいです。その日は午後に1本、チ ェックダイブをする予定だったのですが、玄関先のピンク電話からシー ロマンの現地ショップであるマリンライフさんに2回電話をかけたので すけど、2回とも留守電でした。うーん、どうしようかな。部屋でゴロ ゴロしているのもナンだし。ということで、レンタルバイクで島巡りを することにしました。一時間もあれば一周してしまうような、小さい島 です。赤い、ちっこいスクーターが汐見荘に届きました。
 汐見荘は、島の西側、与論の中心部にあたる茶花地区にあります。南 の方に出てみました。ミコノス通り。与論はギリシャのミコノス島と姉 妹提携しているそうで、白と青を基調にしたモニュメントがあちこちに あります。普通、こういうのって、わざとらしい感じがしてシバツウ的 にはそんなに好きではないのですが、与論のそれは、あまり違和感があ りませんでした。この島と調和している感じがしました。美術的に、白 と青の建物って、何をイメージしているのかご存じですか。縁起ワルい んですが、実は死のイメージなんです。死と、再生、って言えばいいの かな。
 ミコノス通りを抜けて、しばらく行くと、次の日に泊まる予定のプリ シアさんを発見。潜入してみる。うわ、何だかカッコいいぞ。建物が、 やはり白と青で統一されています。部屋は2階建てのコテージが中心。 プライベートビーチには遊び道具も充実。ダイビング後にウェットスー ツのままでゆったりつかるようなジャグジーもあります。ふむふむ。グ アムとかサイパンにPICってあるじゃないですか。あんな感じですね。

 プリシアを後にして、また島の南側の道路を進みます。少しずつ上り 坂になって来ました。すると、右手の方に、沖縄本島の北部が見えて来 ました。坂道の途中に何かの記念碑のようなものがあったので、スクー ターを止めて、見てみました。その碑に刻んであったのは、戦争の記憶 でした。

 太平洋戦争。沖縄は、日本の本土で、唯一、本格的な地上戦が行われ た地です。米軍の猛攻撃を受け、時には味方のはずの日本軍からも追わ れ、何万人もの一般市民が犠牲になりました。鹿児島には特攻隊の基地 が置かれました。そんな戦いの仕方をやっていてはだめだということが 誰にでも分かっていたはずなのに、まだ戦争は終わりませんでした。若 者は、自分が愛している、信じている人たちを守るために、特攻機で次 々と飛び立って行きました。

 沖縄の人たち、鹿児島の人たち、優しい人たちばかりでした。しかし、 その優しさの根っこのところに、想像も出来ないような地上戦の苦しみ と、すぐ隣の島で起きていることを、引き裂かれるような気持ちで目の 当たりにせざるをえなかったという悲しみがあるのかと思うと、私は、 かの地の人たちの優しさに、簡単に甘えたりするわけにはいかないな、 という気がしました。

 ご存知のように、沖縄はアメリカの占領下に置かれました。沖縄の復 帰を願う人たちは、戦後しばらく日本の最南端となった与論の、この丘 に集まり、返還を願う碑を立てました。「沖縄よ、沖縄よ、」という呼 びかけで始まるその碑文は、決して格好をつけたりしているものではあ りません。魂の叫びを、そのまま刻みつけたような碑でした。私は、そ の碑を写真に撮ろうとしたのですが、なぜかシャッターを押してはいけ ないもののような気がして、撮るのを辞めてしまいました。

 私は、またスクーターで走り出しました。しばらく行くと、左手に、 徒歩で登るような山道がありました。城跡への道と書いてあります。私 はスクーターを止めて、その山道を登ってみました。亜熱帯の植物がお おいかぶさるように生い茂る山道の中を十分ほど歩くと、やっと頂上、 丘の上の広いところに出ました。与論の名物の山鳥の彫刻と、作家の森 瑤子さんの書による黒みかげ石の記念碑がありました。海の向こうには 沖縄本島が見えています。森瑤子さんは、偶然のきっかけで与論を訪れ、 この島のことをたいへん気に入り、永住することにしました。島の北側 に森瑤子さんの自宅跡と、彼女のお墓があります。
picture_20010215_Yoron_Sanchou.jpg 準備中です(^-^)ゞ
 ところで、その、丘の頂上にある碑文には、こうあります。
 「原始より紺碧 その色を変えず」
 与論の海のことを森瑤子さんが讃えた言葉です。
 ※.2002.1訂正。↑正確には出典は山口誓子でやんした。
 書が、森瑤子さん。確か。あれ?それも違ってるかも?えへえへ.. .(^-^;ゞ

 記念碑のすぐ隣が、与論の人たちの氏神様に当たる琴平神社と、サザ ンクロスセンターでした。
 琴平神社から何か歌のようなものが流れてきていました。私は、何だ ろうと思って、歌の方に近づいていきました。神社の祠のすぐ裏側で、 一人のユタのおばあちゃんを囲んで、地元にお住まいの家族と思われる 人たちが先祖供養をしていらっしゃいました。その歌は、ユタのおばあ ちゃんのお祈りだったのです。私は、邪魔をしてはいけないので、少し だけその、どういう意味なのかまるで分からないのだけど何だか気持ち のいい歌を聞かせてもらい、その場を離れました。
 後で汐見荘のおかみさんに、琴平神社でお祈りしている家族がいまし たよ、って話をしたら、ああ、そのユタの人は金城さんです、ちょうど 今、与論に来ていらっしゃいます、沖縄でも五本の指に入るというユタ です、いつもはうちに泊まってもらうのですが、今回は部屋がいっぱい だったので違うところに泊まってもらっています、と言われました。私 にはそれは、祈りというより、本当に歌のように聞こえました。素晴ら しい歌を聞けました。

 琴平神社とサザンクロスセンターには、与論の人たちの集団移住の歴 史を書いた文がありました。与論はサンゴ礁が隆起して出来た島で、川 らしい川は一本もありません。なので、農業生産力に限界がありました。 生活に困った与論の人たちは数百人単位で、長崎などに集団移住しまし た。移住先では辛酸をなめたそうです。しかしそれは、ほんの百年ほど 前までは、与論に限らず、日本の各地で見られていた光景なのです。

 センターには、奄美諸島と沖縄の位置関係の説明、与論の風土や生活 のようすを示す品々、歴史的な記録、与論は琉球王朝の三男坊にあたる 島であったこと、やがて薩摩藩に併合されたこととか、かってこの海で 活躍した巡視船あまみの操舵席の保存物などが展示してありました。と ころで、なぜサザンクロスかというと、与論は南十字星が見える北限の 島だからだそうです。

♪泣きなさい 笑いなさい
♪いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ

 ふー。いろんなものを見せられて、私もさすがにオナカいっぱいにな ったので、汐見荘に戻ることにしました。島を一周する道路なので、今 度は島の北側の道を走ります。そしたら、あらら、大雨が降って来まし た。しかし、何故か、とても気持ちのいい雨でした。何だか今までの私 の人生の中でモヤモヤと貯まっていたものを、全て洗い流してくれてい るような気がしました。私はびしょ濡れになりながらスクーターで汐見 荘に戻りました。

picture_20010215_Yoron_Yurigahama.jpg 準備中です(^-^)ゞ
 ダイビング的にも、与論の海は、もちろん素晴らしい海でした。もの すごい地形と、日本の北限南限の魚が入り交じる海です。
 私は、この島で夢のような5日間を過ごしました。虹を見ました。竜 巻を見ました。いつも昼間は天気が良かったのですが、夕方になると毎 日のようにスコールがやって来て、大雨が降りました。ナイトダイビン グが終わってボートで港に帰る途中に、夜の海に音もなく何本ものカミ ナリが光るのを見ました。プリシアで夕日を見ました。百合が浜で朝日 を見ました。その近くで大きな山鳥が歩いているのを見ました。朝市で 買い込んだのであろう、オジサンがバイクの後ろに体長1m半くらいの カジキを積んで走っているのを見ました。すべて本物でした。与論では、 たった5日間のうちに、本物をいっぱい見ることが出来ました。
 ああ、カジキ、海の中で見てみたいな。カジキは動きが速く、なかな か見れるものではありません。英語でカジキのことをマーリンといいま す。私はカジキのことを海の神様の化身のような気がしています。

 与論を発つ日、汐見荘のおかみさんが港まで送ってくれました。船は お昼過ぎに港を出て、少しずつ島から離れて行きました。私は、この島 に第2の故郷を見つけたような気がしました。与論には泥棒がいないそ うです。ここに住んでいる人たちは、心のまっすぐな人たちばかりです。 素晴らしい海を持ち、素晴らしい人たちが住んでいる島でした。
picture_20010215_Yoron_Goodbye.jpg 準備中です(^-^)ゞ
 とてもいい旅でした。私は、綺麗なリゾートホテルに泊まったな、海 も、とっても楽しかったな、というだけでは、与論のことは半分も分か らなかったと思います。私は、私にいくつもの本物を見せてくれた与論 の神様に感謝しました。
 与論、本当に心のまっすぐな人たちのみ、来てほしい島です。まがっ た心を持った人には来てほしくないです。これが、私が10月の日記で、 あまり与論のことを宣伝したくないと書いた理由です。

 船は夕刻に那覇港に着きました。沖縄名物、白タクのおっちゃんが荷 物と私を千円で空港まで運んでくれました。おっちゃんは私に、ここ、 知り合いがやっているところだよ、今度泊まってみて、と那覇市内の民 宿の名刺を渡してくれました。また来んさいね、と声をかけてくれまし た。私は、自分が、かの地の人たちに受け入れてもらえたのかな、と思 って、とても暖かい気持ちになりました。
 夜の那覇空港から、私が乗った飛行機が離陸します。飛行機の窓から、 斜めになって那覇の街灯りが見えます。街灯りは、だんだん小さくなっ ていきました。与論からみると那覇は大都会です。でも、東京とは全然 違います。沖縄や、南の島々は、優しい人たちがいっぱい住んでいる所 です。


2001年02月09日 17時51分54秒
昨晩、交通事故にあいました
 JAL機同士のニアミスとか、変な行き違いの事故が多いですね。あ なたの回りでも何か起きていませんか。現在、十一年に一度の太陽活動 の活発期で、高緯度地帯ではオーロラ出まくりだそうです。なので、人 間の心身にも太陽風や磁気嵐の影響が出ているのではないでしょうか。
 えーと、先週のことです。ある人に、最近落ち込んでるのー、てメー ル出したら、じゃあ、これ見て元気出せって、ビデオを送ってくれるこ とになりました。その人は何故だか数年前にも、私がちょうどゼツ弱っ ているときに現れて、たいへん精神的な助けになってくれましたので、 私は勝手に観音様扱いをさせていただいております。ほんで、そのビデ オが届きました。わーい、これ、宝物にしよー、と思いました。
 では早速、見てみるか。VTRにセットします。再生ボタン、ぽち。 あれ。回らない。早送り、う。巻き戻し、うう。動かない。おそるおそ る取り出しボタン押す。ヒリヒリヒリ、と弱々しいモーター音。うげ、 出てこない。ギャー壊れてしもうたーっ!宝物のテープなのにーっ! ...ってな感じで、夜中一人でパニクってしまいました。
\(@o@)/
 次の日、ヨドバシカメラの修理コーナーにデッキごと持って行きまし た。ビデオ直らなくてもいいから、テープだけ取り出してって、頼みま した。数日たちまして、おととい、留守電に修理完了の連絡が入りまし た。なので昨晩、早速、受け取りに行きました。いつも通り慣れている 道を、自転車で進みます。
 そしたらさ。路地から飛び出して来たスクーターと、接触事故を起こ してしまいました。私は自転車ごとコケて、シリモチをつき、ヒザを少 し打ってしまいました。幸い双方ともスピードを出していなかったので、 大事には至りませんでしたが、その後、また自転車で走り出したら、前 輪が少し曲がってしまっているのに気が付きました。

 車を運転される方ならご存じでしょうが、交差点での事故の場合、信 号無視などでない限り、過失割合10対0ということはまずありません。 たいがい双方に過失がある、ということになります。しかし今回の事故 の場合、私は三つカドの広い方の道を自転車で直進しており、スクータ ーの青年の方はその三つカドの狭い路地の方から右折、しかも逆方向ば かり見ていて、曲がる方向、すなわち私の方をまるで見ていなかったと いう決定的なミスを犯しています。そして彼は私の自転車の横っぱらに 突っ込みました。もし私に過失があるとしたら、無灯火だったことです が、そもそも彼は私の来る方向を見てなかったので、ほとんど関係ない でしょう。
 私は、それほどスピードを出していませんでしたし、ほんの数秒のこ となんですが、彼が私の方に突っ込んで来ている様子が見えていたので、 転倒はしましたが、なんとか体勢を整えながら転ぶことが出来ました。 特に怪我はありませんでした。

 しかし、この事故には、救いがありました。スクーターの青年は、直 ちに私に向かって、「大丈夫ですか、すいませんでした」、と、声をか けたのです。
 この数週間、私はある個人的な事情により情緒不安定な状態にありま した。もしスクーターの彼が、心ない言葉を発したり、自分の非を認め ようともしない態度を見せたら、私はその場でマジギレしていたに違い ありません。しかし、彼の表情は明らかに動揺しており、とっさに出た のであろうスイマセンという言葉も本心からのものと思えたので、私は、 怒る間もなく、ああ、まあ、しょうがないかと思い、冷静な気持ちに戻 ることが出来ました。
 私は倒れた自転車を起こして再びまたがり、彼と分かれました。分か れ際に、彼はもう一度、私の方にスイマセンでした、と声をかけました。 私は彼のスクーターのナンバーを控えなかったし、彼と会うことはもう 二度とないと思いますが、後味が悪いということが全くありませんでし た。むしろ彼のことを、ほんとはいいやつなんじゃないか、とさえ思っ ています。
 私たちは、スイマセン、すみません、という、素晴らしい言葉を持っ ています。私は日本人に生まれて良かったと思います。

 アメリカの話なのですが、かの国は訴訟社会なので、めったに他人に 対して謝罪はしない、と思われています。ところが実際は少し違うよう です。キリスト教には昔から聖職者に告白する形をとることにより懺悔 をするというシステムがあります。また、最近は、医療事故が起きた場 合は、その原因を正確に分析し、少しでも医療側に非がある場合は、直 ちに謝罪をするように教育を受けているそうです。そうすれば事故の再 発を防げるし、裁判など不易な争いを避けられます。そして何より、患 者本人やその家族の苦しみを取り除くことが出来るのです。
 アメリカのことを、歴史が浅いとか、多民族国家なのでお互いにいが みあっているとか、唯一の超大国なので近年、傲慢だなどと悪口を言う 人がいますが、実は意外にフトコロが深い国のようです。残念ながら、 この点では、日本の方が遅れをとってしまっています。

 今年になって私の身の上に、あまり良くない事の方が多いのですが、 いろいろ不思議な出来事が起きています。実はそれらのことが、根っこ のところで少しずつ、つながっているのではないか、と思えるようにな ってきました。神様だか仏様だか何様だか分かりませんが、誰かが何か を私に伝えようとしているような気がするのです。
 ある大変、ショッキングな事件がありました。今だに私は、その事件 を引きずっています。私は、人の好意というのを気にもかけない人、気 にはかけているが、真面目に応えようとしない人、偏見にとらわれて疑 いの目で人を見ている人、相手によって顔を使い分けることが当然だと 思っている人、人間同士の関係を携帯電話の機種変更くらいに思ってい るらしい人がいることを知りました。しかし、その一方で、他の人の悲 しみ苦しみを、我が身のことのように心配してくれる人たちがいること、 時には一緒に泣いてまでくれる人がいることを、知りました。
 私が他人を信用し過ぎたからひどい目にあった、というのでは悲し過 ぎます。そんなことはないと信じたいです。海で会った仲間たちです。 ダイビングは、とても楽しいスポーツですが、危険と背中合わせでもあ ります。大げさな言い方をすれば、お互いに命を預けあって潜った仲間 なのです。私はよく、お前は人が良すぎる、と言われることがあります が、それでも私は、仲間を信じたいです。
 たまたま、このシバツウ日記を御覧いただいた方に、私のメッセージ が少しでも伝われば、幸いです。

 東北より北の河川に、サクラマスという魚が住んでいます。サクラマ スのオスは、一生を川で過ごすものもいますが、川は全てのサクラマス を支えきれません。いくらかのオスは外海に旅に出ます。そしてさらに、 そのうちの何匹かのみが、故郷の川に帰って来ます。大きく成長して、 帰って来ます。
 私もまだ旅の過程、成長の過程なのだと思います。それにしても、今 回の旅は、ずいぶん長くて辛いのですが、実の所をいうと、私本人は、 結構面白がっています。もう、つまんない作り物のテレビドラマなんか 見ているより、私の旅の方が何倍も面白いです。今回ばかりは、だいぶ 疲れてきていて、仕事も遅々として進まないので貯まってきていまして、 そろそろ一休みしたいところなのですが、まだ、もうしばらく旅は続き そうです。
 ♪ボクはキミの瞳から 落ちた涙...ボクの旅は続く
 僕は君の涙by太田裕美。またしても著作権協会未承認(^^;)

 これが与論島の神様がくれた旅なのでしょう。ああ、あの島にもう一 回行って、ココロとカラダの洗濯をしてきたいな。本当に潔い島でした。 ああいう島に生まれると、人間がまっすぐに育つのでしょうね。絶対に、 もう一度は行きたいです。できれば今年中に。そして、もし行くとした ら、本当に信頼できる仲間とだけ行きたいです。でも、そうですね、や はり一人旅の方がいいのかな。
 それと、今年は何故か、バリ島が私のことを呼んでいます。バリは私 に何を見せてくれるのでしょうか。ある人は、あそこは大変に濃密な空 気を持っている島である、シバツウが、あの島、バリに行くと、もう帰 って来れなくなるよお〜、とまで言っています。うひ。ちょっと、コワ。 でも、うん、今年の目標です。しかし、もう、これだけ辛い旅は、しば らく勘弁してほしい気もするのですが...


2001年02月07日 17時52分33秒
北方領土問題について考える
 北海道のすぐ東に北方領土があります。この島々は、江戸時代に日本 人の手で発見され、開拓された土地であり、条約上も日本国の領土とな っていました。しかし、日本がポツダム宣言を受託し、8月15日に降 伏後、無抵抗状態になっているときに、隣国の軍隊が侵入し、占領され てしまいました。
 日本の関係者の方々は、隣国が平和裏に返還してくれるよう運動を続 けています。既に島にはロシア人の方々が多数生まれ育っているという 事実があるので、共同で生活しましょうと提案していますし、隣国に対 する経済協力も申し出ています。
 しかし、何か筋の通らない話のような気がします。隣国がやったこと は道義的に許されないことですし、他の国も日本に同情的です。でも現 実は違います。世の中には筋の通らない話がいくつもある、という例の ようにも思えます。そうしているうちに日本国の中で北方領土への思い が少しずつ小さくなっていくことは、とても寂しいことのような気がし ます。
 隣国の人や島に住む人々の考えを聞いてみたいものですね。宮沢賢治 が小説の中で問うていた「ほんとうの幸いは、どこにあるのでしょう」 という言葉を思い返してみています。
 本日、2月7日は、北方領土の日です。
http://www.namahage.ne.jp/ebina/ryodo.htm
http://www.aurens.or.jp/hp/chishima/


2001年02月03日 13時35分10秒
節分です 鬼は外、福は内
 大学の時の同級生の説。シバツウは10月生まれで、彼は翌年1月生 まれなのですが、干支が同じだと言い張るのです。みんな何でなの?と 聞くと、彼の答によると、節分が区切りなんだって。ふーん、そうなん だ。そういう話を聞いたことある人、他にいますか?
 ということで本日は節分です。
 最近、シバツウの身の回りに、変な事件が多くてさ。ビデオが壊れて、 大事な宝物のテープが出てこなくなったんで、あわてて次の日にヨドバ シ修理コーナーに持っていったり、自分ちと隣の水道管のメーターが入 れ替わっているので確認させて、なんて水道局の人が言ってきたり。
 それと、シャワーヘッドが壊れて、水が漏れるようになってしまいま した。んで土曜日なんで開いてないだろな、と思いつつ、以前に自分と このリフォームをしてもらったことがある水まわり設備のお店に行って みます。山手通りです。あららん、やっぱり閉まってました。まあ、気 を取り直して、今日は暖かくて天気もよい気持ちいい日和ですので、す ぐ近所の氷川神社にお参りすることにしました。ここは、この近所の氏 神様のような神社です。
 氷川神社の神様は、お願いを聞いてくれたような気がしました。
 帰りにプラプラ歩きながら、これまた何となく、トンカツ屋さんに入 ってみました。この店に入るのは初めてです。そしたら、お店の入り口 の入ってすぐのところに、新宿は花園神社の熊手がありました。その熊 手も私の方を見ていたので、花園神社の神様にもお願いすることにしま した。その店ではメンチカツ定食をいただきました。感じのいいお店で した。ごちそうさまでした。
 鬼は、鬼のことを魔物と言い換えてもいいのですが、人の心の中に住 みます。人は自分の欲望を実現させるために魔物の力を借りようとさえ します。そしてそれは時々、うまくいきます。しかし人は、やがてその 魔物から逃れられなくなり、最後には魔物に飲み込まれてしまいます ...そのような魔物を自分の心から追い出すために、私たちは節分に 豆撒きをします。鬼はー外、福はー内。鬼はー外、福はー内。


2001年01月29日 11時50分30秒
ほんとの仲間っていいね
picture_20010128_EchigoYuzawa_Shibachu.jpg 準備中です(^-^)ゞ
 先日の土日で、ダイビング仲間と越後湯沢にスキーに行ってきました。
 シバツウは、つねづね、スキーとゴルフは、ニッポンの国土を破壊す る罪深いスポーツと考えておりまして、また、寒がりなもんで、誘われ てはいたんですが、一度は、エエ〜いいよお〜と断っておりまして、も ともと行くつもりではなかったのです。しかし、何故か数名の方に再度 強くお誘いいだだき、そこまで呼んでいただけるならいくかあ、とOK 返事しました。そしたら、その数日後、ある事件が起きまして、もう具 合悪くなる程ショックで落ち込んだのです。その余韻を引っ張ったまま、 ずるずるスキーに行ってみました。はあー。
 ...そしたら、たいへん癒されました。ほんとにいい仲間だと思い ました。このような人たちこそ、一生付き合っていける仲間だと思いま す。まっすぐな人たちです。
 NHK生き物地球紀行のエンディングのテーマ、Believe、ご 存じですか。
♪たとえば君が傷ついて くじけそうに なったときは
♪必ずボクがそばにいて ささえてあげるよ その肩を
 (著作権協会未承認) ひゃーMMさん勘弁して (^^;)

 シバツウはスキーそれほど興味ないのですが、とりあえず1日目は宿 でスキーセットを借りて神立高原に行きました。やっとこさボーゲンで、 ずるずるズルズルすべりました。ふう。まあカラダを動かすというのは、 ストレスの解消にはなりそうです。2日目は、スキーには行かず、越後 湯沢の街並みを探検してみました。白旗史朗さんていう、山岳写真とか 撮る人の写真美術館を見つけたので入ってみました。お客さん他にほと んどなし。ヒマラヤやアンデスの山岳地帯、尾瀬の風景を眺めます。
 モノクロの滝の写真がありました。隣にソファがあったので、しばし その写真の前で瞑想してみました。ああ、やっぱオレ、仏門に入ろうか なあ。
 その美術館を出て、もうしばらく歩くと、川端康成の雪国の記念館が ありました。あれって湯沢の話なんだって。ここにも入ってみます。雪 国の生活の道具や、駒子の部屋などがありました。
 で、また、しばらく街を歩いてみます。寒いのは寒いのですが、天気 は良く、風も穏やかな日中。少しずつ癒されていきます...うん、納 得いかないことはまだいくつか残っているのですが、少し整理が付きま した。私は私が信じる道を歩むしかないと思いました。
 さて、泊まった宿も、いい感じでした。特に、玄関上がってすぐの、 荷物置き場兼休憩所の部屋が良かったです。シバツウには分かるんです。 動物に近いから。うーん、何かこっちにあるぞお、って気がして、開け てはいけないんだろうなあ、と思いつつ、でも開けてみたら、やはりそ うでした。そこには神様がお祀りしてありました。きっとあの宿のご主 人は、信仰心の厚い方です。なので罪深い私のことを受け入れていただ けたものだと思います。
 いやあ、とにかく、癒されました。行って良かったです。私のことを 誘っていただいた方々に感謝します。ほんとうに心のまっすぐな人たち に感謝いたします。


2001年01月21日 10時12分09秒
雪を見るとココロが洗われます
picture_20010121_SnowMorning_Garden.jpg 準備中です(^-^)ゞ
 この数年、毎年のように、今年は暖冬だ、とか言っているような気が しませんか? でもシバツウ的には今年の冬はちゃんと寒いように思い ます。あっしは本来ネコなんで寒いのダメなんですが、冬はちゃんと寒 いのとか、梅雨にはちゃんと雨が降るのとかが、いいことだとも思いま す。
 日曜日。雪が積もりました。でも天気ピーカン。日差しは春です。本 日は21世紀の最初の21日、ついち記念日とさせていただきます。← myブーム的思考
┌|∵|┘ズンチャ └|∵|┐ズンチャ

 昨日はダイバー仲間の新年会をやりました。この数日シバツウは珍し く、ちょしブルーだったので、いまいちノリ悪かっかも。すんません。 もうじき復活予定。お日様といっしょにさ。ああ大日如来様でも辛いこ とはあったんだろうねえ。そうだ、お遍路さんの続きでもやってみるか な今年は。3年前の夏にバイク、シバツウ号で日本横断して、そのまま 四国に入って、5カ所までくらい回って、時間切れになったんで徳島か ら船で東京に帰ってきたんですが、ちょうどその日は浅草の観音様、四 万八千日の日でした。そうなんです、観音様に会うために帰って来まし た。観音様にもう一回は会ってみたいものだな。
 信じる、信じないは、人の勝手なんですけどね、いるんですよ観音様 が。ちなみに世間的には観音様って女性のイメージなんですが、実はど っちでもないそうです。そういうのを超越した存在。少なくともシバツ ウは、また観音さまに出会えるように、出来る限り、まっすぐと、いき たい。

 そして、まっすぐでない者を神様は罰することがあります。バチって やつです。今回、シバツウはバチを受けました。私の思い違いにより、 ある人を傷つけてしまいました。んー、何も言いようがないのですが、 全て私の弱さが引き起こしたことです。実は、今現在も、どうして、こ ういうことが起きてしまったのか、よく分かっていないのですが、とに かく、私の弱さが、他人をも傷つけてしまったようです。
 私、ただ今、大変動揺しております。ほかの人は、私のことをおおら かだとか、めったに怒ったりしない、ゆったりしている人間だとか評価 してくれることがあるのですが、そんなことはないです。私は大変に弱 い人間です。今、私は、精神的に大変、情緒不安定な状態にあります。
 傷ついた人には申し訳ないと思っております。私には神様から試練が 与えられたのでしょうが、他の人には全く関係ないことなので、本当に 申し訳なく思っております。こんなところに書くことでもないのですが、 人間の弱さで、ここに逃避するしかないのです。すいません、許してく ださい...なのに、何でこんなとこに書くのか、というと、私に人に 知らせたいという欲求があるからです。私のやった同じ過ちを他の人に おかしてほしくないという思いがあって、もっとも、そんな頭のおかし いようなことをするのは、私だけだとは思いますが、とにかく私のやっ たことは非難されて当然なのです。

 神様は、とっても辛いと思います。悲しんでいると思います。だって 神様は、こんなに、一方的に、人間のことを愛しているのに、なのに人 間はみんな、勝手なことをしてしまいます。簡単に、自分の欲望に負け てしまいます。
 人間は、歩きながら煙草を吸って、吸い終わると当然のように道端に 捨てます。中にはわざわざ下水の入り口を探して放り込むオッサンがい ます。それで解決しているつもりになっているのでしょう。自分が飲ん だ空缶を、人のうちの壁の上にわざと置いていく若者がいます。片づけ てくれってことでしょう。いや、記念に置いているつもりなのかも知れ ません。その空缶を置かれた人が不愉快に思うだろう、ということを、 なぜ彼等は考えもしないのでしょうか。自分より弱い者を見つけて、い たぶる人たちがいます。自分の身を守るためだけに、嘘をつく人がいま す。人を傷付け、だます人がいます。妬みます。裏切ります。大切にし ているものを奪う人がいます...みんな神様がその様子を見ていると も知らないで。
 そして私の人生もいつか終わります。その時、神様が現れて、私に問 います。どうでしたか、あなたの人生は。楽しい人生でしたか。後悔し ていませんか。満足のいく人生でしたか。他人に、残した人たちに、胸 をはれるような、人生でしたか...私は私の人生を振り返り、その後、 私が私を裁きます。神様ではなくて、自分で自分の人生を、裁きます。
 私は、まだまだ、自分の人生に自信が持てません。

 うん...ということで、今年はマイペースで行くことにします。自 分が自分で思っていたよりも、全然弱い人間だったということを、私は 神様に知らされました。これはバチってやつです。自分のペースを守れ なかったために、不注意のために、交通事故を起こしてしまったような ものです。ただ、それに他人を巻き込んでしまったことは、本当に申し 訳なく思っています。私一人の試練だったら、ただ私が、耐えるだけで よかったのですが...
 なので今年からは、自分のペースで生きることにします。今でもキミ はマイペースなヤツだって、よくそう言われるんですが、去年は実は確 かにペースがおかしかったようです。過信をしていたようです。反省し ています。だから、今年はペースを落とします。なので、去年よりかは 付き合い悪くなったりするかも知れないんですけど、勘弁してください。 喉元過ぎれば熱さ忘れるというやつで、また昔のケロっとしたお調子者 の私に戻ってしまうのは確実ですが、それでも今回の出来事で、ほんの ちょっとだけ成長できたと思います。
 とにかく、嘘っぽいのはもういいや、回りの人たちを見てても、ほん とにそれでいいのかなと思うことが私には時々あります。それは薄っぺ らい作り物なんだよ、そんなのは本物じゃないんだよ、本物が見たくな いの?って。私はなるべく本物を見ようと心がけてきていました。自分 では、だいぶ本物が見えるようになったと思っていたのです。ところが 私が見ていたものも、まだまだ全然、本物では、なかったようです。
 おととい珍しく早く帰ってテレビなんか見ました。普段めったにテレ ビなんか見ません。テレビつけない日の方が多いかも。見るのは、天気 予報とニュースくらい。んで、何を見たかというと、みのもんたの奇跡 がどうのこのってやつ。うん。結構良かった。シバツウくんちに昔いた、 犬のジローくんを思い出しました。これは本物だと思いました。本物は やはり素晴らしいです。
 その後は、タケシの誰でもピカソっつうのを初めて見ました。ふむ、 テレビも、たまに見ると面白いですね。誰でもピカソ、見てる人います か? 先月くらい、CM作る人で、中島信也さんて出てたでしょ。あっ しの従兄弟さんです。もう何十年も会ってないですが。彼は社会的に大 変活躍している方といっていいでしょう。彼と私の違いは、こういう私 の弱さにあった訳です。

 あー、すいません、以上、長いグチでした。それでもシバツウはこり ずに、これからも、とにかく本物だけを見たい、本物を見ることができ る人間になりたいです。そうだな、とりあえずの課題は部屋掃除ですか 。←実は世紀またぎの課題だったり...意味不明...まあいいかオ レの日記だもん。
(^-^;)
 みんな幸せになれたらいいのに、と願っているのだけは事実なんです 。あなたの場合もそうだとは思いますが。ただ、私に関していえば、ま だまだ人間の成長が足りなかったようです。とにかく今回、大変貴重な 経験をしました。2度と繰り返したくないです。もう立ち直れないかも ...
(-_-)とにかく反省。


2001年01月18日 08時26分55秒
猫ちゃんに捧げる詩
にゃ〜
   ∧ ∧
○ヘ(^エ^=)

猫ちゃんがいなくなってしまった
冷蔵庫にキャットフードを残したままで
ご主人はとっても心配しています
猫ちゃんが
お腹を空かせてないか
どっかで泣いてないか
幸せに暮らしているか

ご主人は猫ちゃんが大好きで
猫ちゃんもまんざらではなかったのですが
ほんのちょっとだけ すれ違いがあったようです

...てな詩を思いついてみました。3年後くらいに公開しよかな。 ポエマーしばちゅう


2001年01月10日 19時22分36秒
2001年っ!ついに21世紀っ!
picture_20010106_Yufuin_Makibanoie.jpg 準備中です(^-^)ゞ
 んー。その記念すべき世紀変わり目なんでしたが、結局シバツウ実家 @福岡県でごろごろゴロゴロしてしまいました。
ヽ( ´ー`)ノ
 えーシバツウ本日から社会復帰も午前中はメール見てたら終わって、 午後はCDR焼いてたらもう夕方で全然生産的労働してないぞ、デモ今 日と明日は1m後ろの席のカチョー氏が出張中だからいーか、いや、 ソウイウ問題ではないっす。マスマス仕事たまってこりゃ土日出勤か? うききーっ!

 前世紀、12月30日は東京にて20世紀ホントのファイナル忘年会 やりまして、ほんで次の日は超早朝から移動、5時50分羽田発福岡行 き。
ねむ。(-_-)。zzzz
 スカイマークのネエチャン、朝一番の電車なら間に合うよオホホとか 言ってたんで、山の手線始発に乗ったんですが、品川に着いて乗り換え 切符買ってる間に、その間に合うっていう京急臨時便は発車してやんの ドヒーっ!
 しかも次の羽田行きは30分近く無いのドヒヒーッ!
 んで京急羽田空港に着いて走ったらコレまたスカイマークのカウンタ ーがビッグバードの一番端っこなのヒエーッ!
 だだだだって走ってる最中、♪場内アナウンス。
「スカイマークエアライン××便、ただ今、搭乗手続きを終了いたしま した♪」
ウヒョーッ!
 とりあえずカウンタに聞いたら「手続きは終了していますが、ジャン プインしますか?走れます?」って言われました。んで走った走った。 しかもそんな時に限って検査のところで♪キンコンカンコン。あーもう カンベンして〜。
 乗ったら乗ったで、その日は台風よりスゴい時速300kmという強 烈な西風が吹いてまして、超向かい風の中、飛行機30分くらい遅れて やっと福岡に到着しました。ふう〜。
 でもスカイマークって安いんすよ。2ヶ月前に予約すれば福岡まで1 万円だもん。それに最近西鉄バスが値下げしてまして、福岡空港から 北九州や久留米まで千円で行ってくれます。うーんこれぢゃ近隣の 北九州とか佐賀空港とかは困っちゃうだろなあ。だって半額以下だよ 多分。それに福岡空港って、都心からメチャ近くて便利なんですよ。 地方の空港って、山を切り開いたようなところにあって、バスで何十分 みたいなとこが多いじゃないすか。ところが福岡空港、なんと地下鉄で 行けるんです。博多駅までも10分くらいです。高速道路もすぐ隣。

 ふう〜。ということで10日間も休みあるんで、沖縄に船で行こうか なとか、福岡空港から石垣島に遠征しようかなとか、韓国までジェット フォイルで上陸しようかなとか、イロイロ考えた割りには結局実家で ゴロゴロしてしもうた。うーデカダンスな日々でした。
 寝てばかりいるのも腰が痛くなるんで、取りあえずどっか行ってみる かあ、ってことで、そうすね、しばつうハハを連れて温泉三昧してみま した。近場とか近県とかのやつですがね。
 温泉中の温泉、The King of spa、湯布院@大分県も行って来ました。
 車で移動したんですが、途中の山すそみたいなところからポツポツ、 白い湯煙らしいのが上がっています。シブいのう。大分県といえば温泉王 国、いやあいかにものんびりしてていいですね。
 写真はその湯布院、「牧場乃家」の露天風呂です。写真ではちょっと 分かりづらいですが、湯船から由布岳がドーンと見えて、なかなか風情 あります。♪ハハン。大分県つーのは、どこ行ってもひなびた感じで エエところですね。




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