「人間の運命」

最近の環境問題として、人口爆発、地球温暖化、酸性雨等が挙げられるが、それらは全てある共通項をもっている。それが人間である。
そう言うと人間が全ての悪の根元であるかのように聞こえるかもしれないが、そういうわけではない。

最近は、医学の進歩のよって、死亡人口が減ってきている、つまり老齢人口が増加しているのである。すると年寄りを大事にするという思想から、老人福祉が中心の都市が生れる、その都市のことを考えてみよう。

老人は虚弱な人が多いため、労働にはまず参加しない。そのため収入は、年金や国の補助をあてにしなければならない。特に福祉センター等の公共施設は税金によって建てられる。そしてそれらの額は年寄りが増えるに連れて増加していくだろう。すると、若い人らの給料手取りは減り、家族を養うための費用が年寄りに強制的に向けられてしまう。

若い人らが子どもを産まない理由として、大変というのがあるが、お金があればいくらでも子どものわがままをきいてやれるのではないだろうか。そこで子どもを産まない理由を、「経済面で大変」といったものに変えてみよう。すると、年寄りに向ける費用が一番のネックであると気付くであろう。

昔は年寄りは60代で死んでいたので「老人福祉」等というものが無かった。いや、あったかもしれないが、50を過ぎたらもう年寄りであり、60を超したら大往生であった。しかし、現代では平均寿命が70を超している。ここにちがいがあり、ここに最大の問題がある。

もし、60以上の年寄りがいなくなったと仮定してみよう。世界の人口は減り、各国の都市では、高齢化も解消され、年寄りが消費していた全てのエネルギーが自然に戻ってくるかもしれない。しかしそこには、良い事ばかりが起きるわけでもない。例えば、年寄り向けの商品を開発、販売している会社は当然、倒産の危機にさらされるであろう。そして、社員は職を失うことになる。が、収入が増えれば消費が増える。消費が増えれば景気が好くなる。つまり、働くところはどこにでもあるわけだ。

一方、地球温暖化の原因となる二酸化炭素は、人間の吐息にも含まれる。つまり、世界の人口が減れば、空気中の二酸化炭素濃度の増加率は確実に減るといえよう。しかも、人口が減れば森林伐採も少しは押さえられ、二酸化炭素はますます減少するのだ。

しかし、今までに述べてきたことは、全てが、仮定の上のことである。いくらその世界が理想的であっても、年寄りを消し去るなんて。120%不可能である。そしてそれがもしかしたら、神の人間への試練なのかもしれない。そう、例え人間が破滅の道を歩んだとしても、例え生き延びたとしても、それが人間の運命だとしたならば、それに刃向かうことはできない。もしかしたら、ヒトを糧とする宇宙人がいて、その宇宙人が太古の昔にヒトをこの地球に放し、こうやって地球に溢れるのを見計らって食べにくるのかもしれない。

原始の時代に宇宙人が地球にやってきて、人類に文明を与えたという説がある。また、ノストラダムスは1999年に空から恐怖の大王が降りてくると予言している。もしこれらのことが、本当だとしたならばヒト食い宇宙人の話もまんざら嘘には聞こえなくなってくる。

未来のことを語ってもきりがないのでこの辺で止めるが、未来のことでも何でも、運命と割り切ってしまえば恐れる理由などないのである。つまるところ、ようは心の持ちようである。運命を信じないのならそれでよい、未来がどうなろうと私の命はあと数十年を余すのみである。