恋人のこと。


最近一人暮しを始めた。そしたら、今までよっぽど気を使っていたのか、胃潰瘍の症状が軽くなった。
最近恋人が欲しくて欲しくてたまらない。でも、もし恋人ができたとしたら、この今の気楽な生活がなくなってはしまわないか?と不安にもなる。
別に、同棲しなければなんの問題も起きない。と思うかもしれないが、相手がすごい寂しがりやだったとかなると、毎日電話する、寝る前に必ずおやすみコールをする、などと、結構、外にいられなくなる。こっちはこっちの用事があるのだが、向こうも向こうの気持ちがある。と考えると、結局縛られることになる。
なぜ、今自分は恋人が欲しいのだろうか?問題はそこにある。第一に考えられるのは、夜一人だと寂しいから。第二に、傷ついたときに癒してくれる人が欲しいから。第三にエッチがしたいから。しかし、作者は今、そーゆーことに全くと言っていいほど興味がないので、この三番目はとりあえず消えだろう。
この前、祭の準備で、連日、帰りが午前2じ過ぎになることがあった。このときは流石に家にだれもいないことが幸せに感じられた。相手を悲しませてしまうと思うと、絶対に同棲はできない。結婚も然り。
結婚することはいいことなのだろうか?自分は、これまで約20年生きてきたが、それまでに好きな人が何人変わったことだろう。そう考えると、結婚して数十年、ずっと好きでいることは無理に近い気がする。結局別れる、相手を悲しませるのなら、初めから結婚なんてしなければいいのに。
しかし、結婚する年齢になると、周りの環境が変化しにくい。小学校、中学校、高校と、3年間もしくは6年間でがらりと環境がかわってしまうため、長く一人のひとを愛することができないのかもしれない。
もしくは、相手が自分のことを好きになってくれないから長く好きでいられないのかもしれない。確かに、フラれてまでも好きでいることは、ストーカー行為とみなされ、豚箱行きにされる可能性もなきにしもあらず。
夫婦というのは、だんだん愛情が薄れていくものなのかもしれない。それが定説ではあるものの、なにか心がむなしい。やはり、ずっと共に生活する以上、愛情は保ちたいものだ。
話を元に戻そう。恋人は、まだ結婚のことまでは考えてはいない。結婚を前提にというのなら、ここでは「結婚を前提とした付き合い」として別扱いしよう。
自分が恋人に求めることは、寂しいときに一緒にいてくれて、自分のことを理解してくれて(仕事のこととか…)、ってそーゆー人が理想だ。しかし、これでは相手の気持ちなど、微塵も考えてないことに気づいただろうか?理想とはえてして、自分のワガママの塊なのかもしれない。
「大事にする」ということがどうゆうことなのか、よくわからない。相手にいつもくっついて、他の男がつかないようにすることが大事にしていることなのか、相手のことを尊重して、相手の行動にいちいち突っ込まないことが大事にすることなのか。前者の場合、邪魔くさく感じ、うっとうしく感じる可能性もある。また、後者の場合、自分にそれほど気が無いのかと誤解する可能性もある。
「それは、恋の発展と共に変えていくのだ」と言う人がいた。彼に言わせると、会って間も無いころは、相手に自分の愛の深さを伝えるために、他の男は寄り付かせない。だんだん慣れて、お互い完全に愛し合ったころに、相手の意思を尊重する。らしい。
しかし、それでは、第一印象が「うざったい人」となるか「自分を愛してくれる人」となるかで、その後が変わってくる。それを言ったら最後だが、結局はそういうことであろう。
つまるところ、自分のやり方で、自分を信じ、自分なりに動くのが一番なのだ。そうすることで、相手は私のことを知ることができ、それを元に、付き合うかフルかを決めるのである。もしフラれたとしても、自分を受け入れてくれない人とはどうせ長く続くわけがないのだから、フラれて正解。余計な憂いが1つ減ったと考えれば少しは気が楽にでもなろう。
ところで、フラれた後もまだ好きでい続けることは、相手を大事にしているといえるのだろうか?さきほど述べた「いつもくっついている」ことが大事にすることならば、それは大事にすることになるような気もする。そこらへんが心のメカニズムの難しいところなのかもしれない。