04.9.10−15 VoL1 小笠原航路ー南硫黄島ー硫黄島ー北硫黄島特別航路 小笠原航路を航海している、おがさわら丸の最後の探鳥ツアーに今回は参加しました。今年は台風の当り年で台風が心配で8月になっても行くか行かないか決めかねておりました。アシナガシギのときお会いした尊敬する写真家のHさんにも薦められやっと重い腰を上げましたが、既に母島の旅館等は予約を取れず、ダメモトで締め切れの過ぎているY社のツアーに電話をして、無理に入れてもらいました。しかし無理にいれてもらってもその後台風18号の動きが心配で毎日天気図とにらめっこでした。心配は重なるもので、18号に続き19号が発生.。この台風が硫黄島近くに小さい点となって日本列島を窺っているでは有りませんか?今夏にも北海道の撮影旅行で散々痛められている台風には僕もいささか厭き厭きしており、この2つの台風の動きが心配でなりませんでした。しかし18号は日本海に出て東北から北海道の西側で大暴れしたあと熱帯低気圧になり、19号は台風として大きく育たず消滅しました。台風の心配事は胡散霧消しました。竹芝桟橋から定刻10時に出たときは皆さん台風の通過した話で持ちきりでした。甲板ではHさんはじめプロの方たち、それにセミプロの方たち、鳥見のお歴々方々、これだけ一同に揃うのは伊良湖岬の鷹の渡りのピーク時以上ではないでしょうか。大半の方々が3週間前のアシナガシギの時会った方達でその後のアシナガの状況を話したりしながら挨拶を交わしました。房総半島を過ぎたあたりからオオミズナギドリばかりでしたが御蔵島付近からアナドリがポツポツ出てきました。僕は視力が弱く遠くの海鳥を見つけるのが苦手ですが隣のHさんやSさんに其のつど教えてもらうことが多くいつも助かります。シロハラミズナギドリは何とかカメラのレンズに入れることは出来ましたが、オオシロハラになると、見つけるのが遅いのか、それとも相手が早いのか、この日、2回のチャンスが有りましたが、いずれもレンズの中に入れることが出来ませんでした。どうもこの鳥は波と波の間を飛んでいるのではないかと思うくらい飛翔間隔が狭いようです。午後3時頃から波が高くなってきました。舳先の近くに僕たちはレンズ三脚を並べていたのですが水しぶきが襲ってくるようになり場所を後方に移動しました。反対側のデッキに移動したKさんは10分も経たないでニコニコしながら戻ってきました。そしてデジカメの画面を我々に見せました。そこにはセグロミズナギドリが水面すれすれを飛翔している姿でした。Hさんは間違いない!セグロだと叫びました。それからHさんは反対側のデッキに急いで移動しましたが僕は同じ場所にその日終わるまでおりました。甲板が濡れていることもあり下手をすると転倒する危険がありました。それに10分ぐらいで移動してとんでもない珍鳥を撮影できたKKさんのツキに完全に脱帽しておりました。 夜は大変でした。寝るスペースが通常の布団の半分。四角い羊かんのような黒いビニール枕に頭を乗せて、天井を見ると、隣の人の肩がこちらに触れるので横向きに寝なければなりません。自分の足の爪先が何かに触れている感じなので良く見ると足先に寝ている方の頭なのです。僕はビールをNさんやKさん達と飲んだ後、直ぐにこの簡易ベッド?に入って10時ごろ横になったのですが疲れているところに酔いもまわり直ぐに眠りました。しかし、いつもそうなのですが2時間も過ぎると目が覚めて、其の後は全然眠れないないのです。この時は20人ほどの部屋でしたが、それぞれのイビキが合唱し、ウメキが聞こえたり、歯軋りがベースになったりして中々眠れませんでした。羊が1万匹2万匹と数えたり、ヤイロチョウが1羽、2羽と数えたりしましたが頭ははっきりするばかりです。早朝近く少しまどろみましたが完全に睡眠不足でした。 翌日はオナガミズナギドリが多くなってきました。アナドリも近くにくることもあり、小さい鳥ですがレンズ越しでも背中の模様が見えるときがありました。東京から1000km、それが父島です。 父島に着いてから南島クルーズに参加しました。このときのお話は別途用意します。 2日目南島から戻ってお昼近く南硫黄島ー硫黄島ー北硫黄島の特別航路に乗り込みました。南硫黄島付近には3日目の朝方着きました。甲板からカツオドリのコロニーが見えます。カツオドリが時々甲板の上まで飛んできたり、2度ほどアカアシカツオドリが近くを飛翔。上空高くアカオネッタイチョウが島の方から飛んできました。しかしかなり遠いためレンズを構えることすらしませんでした。クロアジサシかヒメクロアジサシが遠くを飛んでおりましたが確認は出来ませんでした。近くを飛んでいた黒い鳥はレンズでクロアジサシと確認できました。硫黄島は平らな島で自衛隊の施設があり数百人の自衛官が現在は駐屯しているそうです。終戦近くこの島は3万人近くの兵員が玉砕された島ですがこの島を甲板から正視することができないくらい悲しみの籠もった島です。島を一周した後、離れる時長い汽笛を船は鳴らして僕たち全員1分間の黙祷を捧げました。平和だからこそ、自分の趣味を持ち続けることができるのです。 北硫黄島付近ではアナドリとクロアジサシ、それにカワリシロハラミズナギドリ(僕は確認出来ませんでした)が出たりしました。この3島を廻っている間、カツオドリが船を常に追ってきて南の海上にいることがよく分かりました。南硫黄島から戻って父島で下船。やっと3日目の夜にして地面の上に立っている宿に泊まることが出来ました。地面に立っていても身体がグラグラし困りました。4日目は母島で撮影。このお話は2日目の南島とあわせて別コーナーを設けました。 そして5日目いよいよ父島から東京に戻る帰りの航路に入ります。父島の出港の際の甲板の人たちと港の岸壁から見送る送別の光景はとても印象的でした。船が出て行く30分前からそれぞれ沢山の方が千切れるほど手をふり別れを惜しんでいるのです。それから僕らを乗せた船が港からゆっつくり出て行くのですが港からモーターボートが10隻も出て見送ってくれるのです。その舟には若者が沢山それぞれ乗っておりこちらに向かって大きく手を振っております。港を出たあたりまで送ってくれるのかと思ったのですが30分以上もこちらの大きなおがさわら丸と併走して母島が眺望不可能な沖迄来ました。圧巻はこの送ってくれた若者たちが走行していたボートを止めて海上に飛び込むのです。そのたびにこちら側から大拍手が起こります。こんなに派手な送別の儀式を見たことがありません。世の中が進化していくと別れの儀式は風化していくものと思っていましたがこれはどうしたことでしょうか。僕の一期一会の想念が頭の中を走り始めます。 帰路のコースは往路より海上は荒れており、海鳥の珍しいものがでる気配は濃厚でした。事実、オナガミズナギドリは団体さんで飛翔を重ね、アナドリも群れて船舶のまわりを併走することがありました。クロウミツバメが僕らの前から後ろに移動して暫らく船尾で追走していたようなこともありました。飛沫が時々飛び散ってきますのでレンズやカメラは防滴のビニールで包みますが、三脚は塩水にかかりベタベタ。防水のジャンバーを着込むと暑いのですが海鳥の撮影のためには我慢です。 「出た!セグロだ!!」Hさんが叫んだ。見ると前方遠くですが、海面すれすれに飛翔を重ね、直ぐ姿が消えてしまう海鳥を見つけました。動きが今までの海鳥と違って早く、辛うじてレンズで狙うだけで精一杯。シャッターを3枚切れただけでした。Hさんは5枚位連写したようでした。Hさんに直ぐ画像を見せて、セグロであることを確認。Hさんも今回の航海の最大の目的であったのでそれは大変な喜びようでした。それを最後に次第に海上は風が強くなり僕らはカメラセットを外しにかかりました。セグロミズナギドリはデッキの最前列にいた3−4人が確認できたぐらいでその他の方は飛んでいることすら分からなかったようでした。 そのくらい早く飛び去っていったようでした。6日目の朝は海上は風が強くカメラは一度も出さないで双眼鏡で海上を眺めるだけにしました。しかしカメラマンは撮影できないとなると、もうそこに気力はなく、沢山の知人と饒舌の世界に入り、秋のヘクラや北海道はどうか、キンメはその後どうかなど情報交換で一杯でした。 今回も沢山の方にお世話になり、楽しく撮影が出来ました。心から御礼申し上げます。今回は沢山の方に出会いこのページに書けないくらいの方とお話が出来ました。登場された方々は出来るだけFネームで記しました。 確認種 オオミズナギドリ、アナドリ、シロハラミズナギドリ、オオシロハラミズナギドリ、カワリシロハラミズナギドリ、 オナガミズナギドリ、セグロミズナギドリ、カツオドリ、アカアシカツオドリ、オーストン海燕、アカオネッタイチョウ、シラオネッタイチョウ、クロアジサシ、オガサワラノスリ、アカガシラカラスバト、ハハジマメグロ、イオウトウメジロ、オガサワラノスリ、エリマキシギ、キョウジョシギ、イソシギ、ムナグロ、トウゾクカモメ、イソヒヨドリ、 クロコシジロウミツバメ、シロハラトウゾクカモメ、ツメナガセキレイ、オガサワラヒヨドリ、アシナガウグイス、トラツグミ、ハジロコチドリ、 セグロミズナギドリ040914 小笠原航路にて撮影 ![]() メモリーが足りなくYBIRDさんのHPに一部掲載させて頂きました。 http://www.ybird.jp/journal/findex.htm 添乗日記に写真が 戻り 掲載されています。 |
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