060212 オオタカ かすみがうら市 明日はオオタカの撮影をしようと、決めて風呂に入る。髭を綺麗に剃刀であてる。剃った頬を指で撫でる。すり残しがあるかどうか 入念に鏡の前で調べる。まるで恋人とデートする前夜と同じだ。明日こそオオタカの勝子が飛来して欲しい。勝子の為に用意周到な準備をする。もう一度カメラバックの中のカメラやテレコンそして電池などの点検をする。300ミリのレンズを念のため磨きなおす。レンズを斜めの光にあてる。レンズは冷たく澄んだ輝きを呈し、塵一つ付着していない。レンズをジラルミンのケースに静かに収め、蓋をする。 翌朝、まだ薄暗いうちに起きた。昨夜少し小雪が舞ったのか車の屋根が少し白い。ガラスが凍って窓がオートで開閉できない。かなり気温が低下したようだ。フイルドに行く途中、道路が凍結しているかも知れない。 ブラインドは北西の筑波下ろしの風がまともにあたり、ブラインドの布端がパタパタ音を立てている。早朝から風が吹き荒れることは珍しい。 遠くの竹山の梢が大きく浪打ち、強い風に翻弄されている。そのあたりからオオタカの甲高い鳴き声が伝わってくる。ブラインドに入って オオタカを待つのは20日以上である。 暫くぶりのため気持ちが高揚し、隣に置いた文庫本のエベレスト登攀史を読む気にならない。目を瞑る。 風の吹き荒れる音と、時々啼くオオタカの声。今日は必ず来る!20日以上時間を空けたのは必ず勝子が来ることを期待したからだ。これだけの間隔をあければ、勝子はこれまでの疑心と恐怖感を拭い去り、僕の目の前に必ず飛来する筈。 勝子が飛来する時はそれほど僕を待たせないで、杉山の梢から一直線に飛来してくる。電柱にとまってあたりの様子を伺うようなことはしない。思い切りのよい飛行である。 しかし思い切りの良い飛行で遠くの左側の仲間から外れたドバドをしとめたのは勝子でなく、今年初めて見るオオタカの幼鳥だった。ドバトの上にまたがって、こちらのブラインドの中の僕を、爛々と輝く双瞳で、炯炯と睨みつける。僕は思わず呟く。 「お前じゃない!待っていたのはお前じゃない」 しかし追い払うことは出来ない。もしかしたら、勝子やギンその他のオオタカが奴の一挙手一投足を何処からか見ているかもしれない。其処に不自然さを感じたら、黙って他へ飛び去ってしまう。従ってこの幼鳥をデカ言葉で言う {泳がす}ことが必要である。 奴は生意気に警戒心だけは一人前だ。食べることよりも、あたりをキョロキョロ眺めまわし、時には上空のトビに威嚇するように両側の風切羽(かざきり羽と呼ぶ)を膨らませ、尾羽を広げて自分が如何に大きいか誇張する。 やがて、空腹に耐え切れず、ドバトを食べ始める。僕は300ミリのレンズに1.4倍のテレコンバージョンレンを装着して、ブラインドの窓穴から突き出し、幼鳥の横顔付近にピントを合せる。いつも感じるのだが幼鳥とは言っても、自ずからオオタカの風格は自然に備わってきており、カメラの目に耐えられる風貌だ。餌をあさっているだけの光景では陳腐な写真になってしまうので、次の動きを待つ。だが、その動きは緩慢で長々とした食事風景だ。殆ど顔と嘴を下に向け、時々思い出したように周りを見回す。そしてこちらのブラインドの中の カメラレンズを睨みつける。その正面の厳しい形相に、レンズのピントを合せ、カメラのシャッターを切る。表情一つ変えず、奴は再び餌に嘴を差し込む。暫く静かな時間が流れる。 突然、奴は飛び上がった。本当に何の前触れもなく飛び上がった。僕は本能的にシャッターを切った。急いでテントの穴から外の光景を見た。奴とメスのオオタカが同じ方向に遠く飛び去っていく後ろ姿が目に入った。メスのオオタカは勝子らしい。 勝子が突然、天空から降りてきたので奴は驚き、飛び上がった。そこを僕が夢中でシャッターを連写したため、勝子はシャッター音に驚愕して飛び去ったらしい。いつもの僕ならノンビリと餌の争奪戦の繰り広げる光景を眺めてしまって絶好のチャンスを逃してしまうのだが 逆に本日はシャッターをせっかちに切ったことが、勝子を逃す要因になってしまった。そこまで状況を理解するまで僕は数分かかってしまった。 食べ残されたドバトの屍骸を眺めながら、本日の不運を嘆いた。もしかしたら、勝子が戻ってくるような気がして、女々しくテントの中で待っていた。相変わらず北西の風が横殴りに吹き抜けていく。太陽はテントの上近くあがったが、それほど気温は上がらない。奴も、そして本命の勝子も飛来するような気配はない。 僕が勝子の飛来をどれほど待ち焦がれたか、理解できますか? 待つことに関して僕は憔悴し、疲労困憊し、半ば絶望的な境地になっていた。そしてとうとうその姿を垣間見ることができた。しかし、果たして勝子の姿を見たと言えるだろうか。後ろ姿の逃げていく姿だけが僕の脳裏に残像として焼きつく。もしかしたら、勝子でなく別なオオタカということも有りえる。後ろ姿から勝子だとは断定できない。だが幼鳥より一回り大きいオオタカは勝子以外この付近にはいない。 あの飛びぬけた警戒心が勝子である何よりの証拠だ。普通獲物を強奪したなら、その獲物にむしゃぶりつく、それが並みの猛禽である。 しかし勝子は獲物を強奪する瞬間に僕のブブラインドの中の僕の動きを同時に認め、そこで異様な連続のシャッター音を耳にして飛行する進路を急にユータンさせたに違いない。勝子は抜け目がない! 本日も勝子に負けた。あと少しでカメラに収められるとこまできたが、僕の初歩的なミスで逃げられて慙愧の念に耐えない。しかし、今の環境が不可抗力な結果を生んだこととして、次回にベストを尽くす。人一倍警戒心の強いオオタカをターゲットにしてしまったことは 残念だ。勝子が神経質になり、回りのオオタカもその雰囲気が伝播して人一倍神経過敏なオオタカ集団になっているのかも知れない。しかし反面、定点観測から色々なことを学ばせてもらった。もう2月も中旬、オオタカの動きが変化する中で、ノンビリは出来ないが、焦らず待つことに徹する。 ![]() 上空を飛ぶ猛禽が気になってしばし食事を中断するオオタカ幼鳥。 レンズキャノンEF300プラス、テレコン1.4 シャッタースピード2400分の一 開放絞り優先 |