06.12.17  オオタカ    かすみがうら市


 しばらくぶりに映画を見た。「硫黄島からの手紙」と題する戦争映画だった。昨年、南硫黄島へ野鳥の撮影に,行ってきているので
懐かしさもあり、又、最近自分自身、緊張感が欠如しているので、自分に喝を入れる為に気軽に映画館に入った。

当時、ミッドウエー、サイパン、グアムと日本領は米軍に連続してドミノ落としされていた。そして硫黄島は孤立無援の中、迫り来る破竹の勢いの強力な米軍に対して、対抗したのが塹壕からの抗戦。

島の中に十数キロの塹壕を堀めぐらして、その穴倉から大砲や機関銃で迎え撃つ。海からの凄まじい艦砲射撃、そして上陸した米戦車軍から連続して打ち込まれ、炸裂する砲弾。臨場感ある大きな花火のような音が館内に響き今でも耳の鼓膜に残っている。

僕は今、塹壕の中でなく、ブラインドテントのなかにいる。握り締めているのは黒光りの機関銃でなく、500ミリレンズをセットしたデジカメ。
何と平和なことだろう。僕はこの平和な日常に感謝する。自分の意志で、今僕は塹壕の中でなく、テントの中にいる。
敵は米軍でなく、神経質で小心翼翼としたメスのオオタカ、勝子。

11月から3回、空振り、それから勝ち始めて、本日で3連勝。現に今勝子は、僕の目の前25mのところから僕のテントを窺っている。

このところ出現が良くなったがその原因はわからない。ただ今までの、失敗を、しないようにしただけだが、本当のところは分からない。
打率10割の撮影方法をいつも考える。

100m−200mほど離れたところからのリモコン撮影や無人カメラロボットを考えてみた。

ここの地形はちょうどお椀型のくぼ地にあたるところで、中央から距離が70mほどである。ただ1箇所東側が平坦で、直線コース、200mほど離れたところから、リモコンが使用できるところがあるが、その場所は地元の方の散歩コースにあたり、簡単に色々な方に僕が見つかってしまうので撮影どころでなくなってしまう

別に距離70mのところからリモコン撮影では、今の撮影方法と変わらずオオタカに警戒されるので出現率は変わらない。

無人ロボットカメラを考慮したがオオタカが飛行して来る方角が様々で、どちらから飛翔してくるか特定できない。これも確率の悪い撮影になってしまう。
無人ロボットカメラは常時赤外線が放射されている。飛行してきたオオタカの羽が赤外線にあたり、始めてシャッターが切れる仕組みなので、羽やオオタカの胴体が触れない限りいつまでもカメラのシャッターは下りない。何回か検討したが、オオタカには適切でない。(無人ロボットについては当HPの特殊撮影機材コーナーご参照ください)

従って今のところ、従来のテント撮影以外考えられない。

勝子は今、獲物を食べ始めた。食べるのが早い。僕は500ミリセットのカメラに持ち替えた。レンズから勝子の姿を見る。
本日は天空に略奪者がいないのか、上空を見ようともしない。こちらを睨むこともなく勝子は食事に専念している。

突然、勝子は低い声でヒユーヒユーと鳴いた。それは殆ど気がつかないほどの弱い鳴声だった。すると右側の頭上からオオタカの若鳥が地面すれすれに舞い降りてきたが迂回して上空に消えた。
僕の500ミリのレンズがその時、一寸動いたので、警戒して飛び去ったのかもしれない。一瞬目の前にオオタカの若鳥が入ったので、僕の右手が反応して若鳥を飛ばしてしまった。まだまだ僕の腕は未熟だ。もっと我慢して、落ち着いたところを狙うべきである。

前回述べたようにこの若鳥は勝子の子供と判断して間違いないようだ。
先ほどのなき声は親鳥が子供を呼ぶ声だった。 後ろの山間からオオタカの鋭い鳴声がした。若鳥の鳴声だ。

勝子は若鳥が去ったあとも、頭を下げたまま食事に余念がない。平和なひと時だ。悠久の昔からオオタカはここにいたような気がする。
そして僕も千古不易の昔からオオタカを眺めている。
そのような連続した時間を今は感じる。。オオタカにあるのは現在だけ。過去もなければ明日もない
現在の瞬間だけがある。瞬間が連続しているだけだ。僕はそのオオタカの瞬間と一緒に生きている。 オオタカの時間と共有している。    
何と貴重な時間だろう。平和な流れの中で歓天喜地の境地である。    06.12.16記



   

  オオタカメス成鳥  餌を隠しながら子供を呼んでいた。0612.16撮影

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