税収の「源泉」
「税収」の源泉は名目GDP(国内総生産の名目値)です。
名目GDPとは「日本国民全員の所得の合計」を意味しています。
「国民全員の所得」とは、家計の給与所得などはもちろん、企業の最終的な所得(税引き前当期利益)等も含まれています。
家計の所得(給与所得など)、企業の所得(税引き前当期利益)、さらに政府の所得(関税や消費税など)を総計したものが、まさに国民の所得の合計になるのです。
これは別に概念的な話をしているわけではなく、本当にGDPは国民全員(政府含む)の所得を集めたものになります。
とはいえ、「GDPとは国内総『生産』のことで、所得ではないではないか!」と言いたくなった方がいるかもしれません。
GDPとは一定期間(例: l年間)に国民が稼いだ(=生産面)付加価値の合計であると同時に、需要(=支出面)の合計でもあり、さらに所得(=分配面)の合計でもあるのです。
生産面、支出面、分配面のGDPは全て等しくなるのですが、これを「GDPの三面等価の原則」と呼びます。
橋本政権が1997年に「増税」「政府支出の削減」により財政健全化を目指し、逆に財政を悪化させてしまったのは、なぜなのでしょうか。
理由はもちろん、当時の日本が今と変わらず「デフレーション」の状況にあったためです。
「デフレ環境下の政府が増税や支出削減を実施すると、翌年以降の税収が減り、財政はかえって悪化する」ことは、国民経済の常識です。
とはいえ、橋本政権がこの「国民経済の常識」を知らなかったのかと言えば、必ずしもそうとは言い切れません。
どうも橋本政権は、「日本はすでにバブル崩壊後のデフレ局面を脱した」と誤った判断を下し、増税に踏み切った可能性が濃厚なのです。
何しろ、当時の名目GDP成長率は実質GDPのそれを上回り、数字だけを見れば「デフレ脱却」という状況に至っていたのです。
もっとも、名目GDP成長率が実質値を上回ったのは、結局は97年のみでした。
名目GDPの成長率が実質値を超えるのは、確かにデフレ脱却の「兆候」ではありますが、必ずしも「デフレ脱却確定」を意味するわけではありません。
橋本政権は、少なくとも、もう2年は経済状況を見据えなければならないところを、瞬間的な日本経済のデフレ脱却の兆候を受け、「すわ、増税!公共事業の削減だ!」とやってしまったわけです。
結果、日本経済はその後、長期にわたるデフレーションに苦しめられるようになり、租税収入の落ち込みも続いています。
橋本政権の例からも分かりますように、デフレ環境下の政府が増税で歳入増を、支出削減で歳出減を目指すと、翌年以降に税収減に見舞ねれ、財政は悪化してしまいます。
理由は明々白々で、実は「税収」の源泉は名目GDP(国内総生産の名目値)であるためです。
「政府のお金」と「国民の所得」の原則
税金とは国民全体の所得の総計であるGDPから「政府に分配された所得」になります。
すなわち、税金の出所はわたくしたちの所得以外には存在しないのです。
かつて、田中角栄が自著である『日本列島改造論』(日刊工業新聞社.1972年刊)において、「『福祉は天から降ってこない』一部の人びとは『高度成長は不必要だ』『産業の発展はもうごめんだ』とか『これからは福祉の充実をはかるべきだ』と主張している。
しかし『成長か福祉か』『産業か国民生活か』という二者択一式の考え方は誤りである。
福祉は天から降ってくるものではなく、外国から与えられるものでもない。
日本人自身が自らバイタリティーをもって経済を発展させ、その経済力によって築き上げるほかに必要な資金の出所はないのである」と述べています。
この田中角栄の言葉ほど、現在の評論家や政治家の頭の中に叩き込みたいものはありません。
全くもって、田中角栄の言う通りです。
「成長か福祉か」「産業か国民生活か」といった二者択一は成立しません。
なぜならば、社会福祉に必要な費用も、結局は税金(健康保険料などの徴収を含みます)から支払われるためです。
社会福祉を充実させるために政府を増収にしたいのであれば国民の所得の総計であるGDPを拡大するしかありません。
すなわち「経済成長」です。
名目GDPが成長すれば、政府は自然増収になり、社会福祉の充実も実現できます。
名目GDPの成長なし("政府の増収なし)で社会福祉によりたくさんのお金を回そうとする場合、成長のために必要な投資(公共投資など)を削り取るしかありません。
経済は投資なしでは成長しませんので、「成長のために金を使うのではなく、社会福祉に金を回せ」などとやっていると、社会福祉の原資(税金と国民所得)が先細りになっていきます。
しかも、昨今の日本はデフレです。
デフレ下では国民は消費や投資を増やさず、貯蓄を増やす傾向があります。
ということは、せっかく社会保障を充実させ、国民に政府から支払われるお金を増やしたところで、家計の銀行預金が増えるだけの結果に終わってしまいます。
くどいようですが、家計が銀行預金を増やしたところでGDPは1円も増えませんので、やはり経済成長率は落ち込んでしまいます。
日本国民はいい加減に「政府が支払うお金の源泉は、国民の所得以外にない」という原則を理解するべきなのです。
そして、社会福祉が充実している国があったとしたら、当然の話としてその国は「国民の所得から、より多くのお金が政府に分配されている」という当たり前の事実を押さえておくべきです。
税金、社会保障費用、あるいは公務員給与などは、全て国民所得である名目GDPと密接な関係があります。
国民が名目GDPとして所得を稼ぎ、そこから税金を徴収され、社会保障費用や公務員給与として支払われているわけです。
国民が政府から「より充実した社会保障」を受けたいのであれば、方法は二つしかありません。
すなわち、「現在の所得から、より多くの税金を政府に支払う」か、もしくは、「名目GDPを拡大し、政府を自然増収にする」の二つです。
もつとも、前章まで散々に繰り返した通り、デフレ下の政府が増税をすると、名目GDPがマイナス成長になります。
すなわち、政府は減収になってしまうのです。
また、日本政府がデフレを放置したまま社会保障である「所得移転」を拡大したところで、名目GDPの成長は望めません。
これまた繰り返しになりますが、生活保護や年金、子ども手当、農家戸別補償などの所得移転は、それ自体は単に政府から家計への「お金のプレゼント」にすぎません。
そのため、デフレでお金の価値が上がっていく状況で所得移転を拡大しても、家計の貯蓄を増やしてあげるだけの結果に終わります。
目指すべきは「増税」ではなく「増収」
税金の原資は名目GDP以外には存在しません。
政府は国民から税金という形で「所得を分けてもらい」、国民のために支出をします。
その支出は、主に名目GDPとなる「公的固定資本形成」「政府最終消費支出」、さらに所得移転である年金、生活保護などの社会保障として支出されます。
要は政府の「所得(税金)の得方」と「使い方」の話ですが、各国の社会保障支出や「社会保障以外の政府支出」を対GDP比で比べると、興味深いことが分かります。
実は、巷のマスコミが豪語するほど、日本はいわゆる「大きな政府」ではないのです。
なぜ政府の社会保障支出や「社会保障以外の政府支出」を名目GDPと比べるのかと言えば、くどいようですが政府の支出の源泉が、国民の所得の合計であるGDP以外にはないためです。
日本政府は少なくともOECD諸国内で比べる限り、別に大きな政府でも何でもありません。
特に、社会保障以外の支出が最下位なわけですが、先述の通り日本の公務員数が労働人口に占める割合はわずか5%です。
こちらの方も、OECD諸国で最も少ないわけです。
公務員給与の支払いは、もちろん「社会保障以外の支出」になります。
例えば、アメリカは社会保障の支出が15.5%と、日本よりも低くなっています。
それに対し、社会保障以外の支出は23.4%と、OECD諸国では上から7番目です。
すなわち、アメリカ政府は国民に対する社会福祉の支出が相対的に小さく、同時に社会福祉以外に多大なお金を払っているわけです。
理由は言うまでもないでしょうが、世界最人の軍箏支出になります。
社会保障が小さい代わりに、軍事費が大きく、アメリカ政府の総支出対GDP比率は日本よりも大きくなっているのです(それでも38.9%と、日本より一つ順位が高いだけなのですが)。
それに対し、日本は社会保障支出についてはアメリカよりも対GDP比で大きいですが、防衛費にお金をそれほど使っていません。
さらに、公務員の数が少なく公共事業を削減しまくっているわけですから、政府の総支出対GDP比率は、OECD諸国の中で下から数えたほうが早い状況になっているわけです。
ところで、日本の社会保障支出で、年金は代表的な「所得移転」であり、政府がお金を支払っても、それ自体にGDPの拡大効果はないという点です。
無論、年金を受け取った高齢者がお金を消費などに使えば、日本のGDPは拡大します。
所得移転である年金に対し、医療費の政府負担分はGDPの「政府最終消費支出」という需要項目の一部です。
政府が医療費の負担分を支払うとき、必ず国民の「誰か」が医療サービスを受けています。
すなわち、国民が医療サービスを受けた場合、GDPは国民の自己負担分だけ「民間最終消費支出」が、政府負担分として「政府最終消費支出」という需要項目が増えることになります。
今後、日本の高齢化が進むに従い、年金や医療費の支払いは増えていくことが予想されます。
そのために「消費税を上げよう」と、財務省などは主張しているわけです。
税金の原資たる名目GDPが増えていかない限り、結局のところ政府は減収になってしまいます。
政府が減収になると、長期的に年金や医療の維持が困難になっていくわけです (ここでいう政府の税収は、年金保険料支払いなど、国民の社会保障費の支払いを含みます)。
筆者としては、政府の「増収」により、将来的にも年金や医療費の支払いを維持しようという発想自体に反対するわけではありません。
とはいえ、年金や医療の維持のために必要なのは、あくまで「増収」であり、「増税」ではないのです。
例えば、現在の日本の名目GDPが堅調に増えている状況であれば、政府が増税すると税収が増えます。
税収が増えれば、年金や医療費の支払いも滞りなくできるわけで、筆者として別に反対したりしません。
むしろ、積極的に賛成します。
デフレが深刻化している現時点で政府が増税すると、名目GDPがマイナス成長になり、政府の税収は減ります。
年金や医療費に使えるお金の原資が減ってしまうのです。
すなわち、筆者は「年金や医療を長期的に維持する」ためにこそ、現在の日本政府が増税を推進しようとしていることに反対せざるを得ないわけです。
日本政府が目指すべきは、増税ではなく増収であるはずで、そのためには名目GDPを成長させるしかないのです。
日本政府の間違いだらけの経済政策
現実の日本政府は「名目GDPの成長」という点では、むしろ逆効果のことばかりをやっています。
政府の支出から年金などの所得移転系を除き、GDPとなる「政府最終消費支出」及び「公的固定資本形成」の推移を中期的に見てみましよう。
日本政府のGDP上の政府最終消費支出と公的固定資本形成の合計額、すなわち政府による有効需要(GDPのことです)の創出額は、2001年がピークとなっています。
名目GDPの成長のために必須である公共投資(公的固定資本形成)は、97年以降、容赦なく削減されています。
日本の公共投資は、橋本政権の緊縮財政開始以降、一部の例外(小渕政権、麻生政権)を除き、延々と削減され続けてきました。
結果、2010年の公共投資(厳密には公的固定資本形成ですが)は96年の42兆円というピークから、10年には20兆円にま
で減らされてしまったのです。
2010年の日本の公共投資は、何と30年前の1980年をも下回っています。
これはもはや、日本政府が、「私どもは、日本経済を成長させる気は全くありません」と、世界に宣言したのも同然です。
せめて69年時の水準を維持していれば、2010年の日本の名目GDPは公共投資分だけでも、現在よりも20兆円は多かった計算になります。
政府の公共投資は、当然ながら民間企業の投資を呼び込みます。
国民経済では、「最初に誰かが支出をすると、別の誰かの所得になる。
別の誰かはそのお金を別の支出に使い、さらに別の誰かの所得が増える」という現象が発生しますが、これを経済学上「乗数効果」と呼びます。
日本政府が96年時の公共投資の水準を維持していれば、乗数効果の働きで、最終的な名目GDPは60兆円以上増大したはずなのです。
名目GDPが増えれば、政府の税収も増えますので、日本の財政がここまで悪化することはなかったでしょう。
しつこいですが、名目GDPとは国民の所得そのものです。
政府が公共投資を96年と同水準で維持していたならば、日本国民の所得は全体で10%以上も大きくなっていたという話になります。
すなわち、皆さんの所得が増えていたはずというわけです。
97年以降、公共投資が減らされている中において、政府最終消費支出は増えていっています。
これは、先にも書いた通り、政府最終消費支出に含まれる医療費の政府負担分が増加していったためです。
政府最終消費支出の内訳をみると「保健」という項目が拡大していっています。
まさにこれこそが、政府による医療費負担分の支払いというわけです。
マスコミや一部の政治家が叫ぶように、公務員の給与が増えているわけではありません。
日本の公務員数対労働人口比率はOECD諸国で最低です。
「社会保障以外の政府支出」もOECD諸国最低なのです。
現実の数字を無視し、殊更に公務員の問題を取り上げ、肝心の社会保障費用についてほとんど触れようとしないマスコミの
報道姿勢には、問題があるとしか言いようがありません。
恐らく、社会保障の削減の話を始めると、国民に直接害が及ぶ(年金が削減される。
あるいは医療費の国民負担が増える)ため、政治家が選挙で当選しにくくなってしまうためだと思います。
「皆さん、わたくしは皆さんの年金を削減します。医療費の国民負担も吊り上げます」などと言った日には、その政治家は確実に落選することになるでしょう。
公僕であるため反論しにくい公務員批判の話に焦点を当てているのでしょうが、それにしても歪んでいます。
そもそも、国家が安定的に維持されるためには、公共サービスは必須なのです。
東日本大震災では、 何十万もの自衛隊員、警察官、消防官その他公的サービス従事者が懸命に被災地で働きました。
自らの身の危険も顧みず、被災者のために働いたあの方々の姿を見ても、単純に、「日本の公務員は多すぎる(これ自体が事実誤認ですが)!公務員を削減しろ!」などと主張できるのでしょうか。
無論、一部の自治体の職員の給与水準が、民間よりも「極端に」高くなりすぎているといった問題はあるでしょう。
その場合は、その地域の公務員給与を削り、浮いたお金を「雇用を生み出す」ために自治体政府が支出すれば済む話です。
雇用を生み出すとは、公共事業及び「失業者を公務員として雇う」のが手っ取り早いですが、新たに職に就いた元・失業者が消費を拡大し、政府(自治体政府含みます)の税収は増えます。
単に、公務員給与を削るだけでは、名目GDPが減ってしまう(政府最終消費支出が減る)ため、政府が税収減になり状況は悪化してしまいます。
奇妙なルサンチマンに基づき、「◎◎市の政府職員の平均給与は800万円だ!民間と比べて高すぎる!」と主張する人は、是非とも本書を理解した上で、国民所得(及び税収)を増やすためにどうすればいいのかを真剣に考えてほしいと思います。
出所:税金のカラクリ 三橋貴明 海流社 2012-03-14