「負の遺産」を活用した環境教育と世界に向けた情報発信基地の整備

        〜足尾銅山の煙害で禿げ山になった松木渓谷の保全と活用〜

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■現状の認識

 足尾銅山による銅の生産は、銅の輸出による外貨の獲得によって、日本の近代化を支える大きな柱であった。しかしながら、その近代化のもとで、足尾銅山下流地域には広大な鉱毒被害地を創出し、地元足尾町には煙害による広大な禿げ山を創出した。その結果、下流地域においては谷中村が滅亡し、足尾町においては松木村が滅亡した。戦後、国と栃木県は、毎年2、3億円の税金を投じて緑化事業を行ってきたが、煙害から100年たったいまも公害の惨禍は消えず、破壊された自然は回復していない。390haの煙害激甚地は、環境を無視して利潤追求のみに走った開発を二度と繰り返すべきでないと、われわれに強く訴えている。

 1973年に足尾銅山は、巨大な「負の遺産」を残し閉山した。閉山後、足尾町は過疎化の一途を直進している。

 このようななかで、足尾町は、過疎化に対応する一つの対策として、「全町地域博物館化構想」の推進を図り、その一環として、2000年には松木渓谷の入口に「足尾環境学習センター」を整備した。

 一方、田中正造が明治天皇に直訴してから100年、松木渓谷に存在した松木村が廃村してから100年、この記念すべき2001年の5月、足尾町内外の人々によって「足尾の環境と歴史を考える会」が設立された。10月には、同会と日本環境学会と日本・ブラジルネットワークとの共催、足尾町の後援で、エクアドルで銅山開発に代わる「生態系保全都市」を目指す生態系保全委員会代表カルロス・ソリージャ氏を招き、「直訴百年・松木村廃村百年記念研究会」を開催し、煙害の歴史を学ぶとともに、生態系保全型の開発の重要性を議論した。

■重要性

 公害の原点と言われる足尾銅山による環境破壊の爪痕を目の前にし、さらに、足尾町の自然環境と歴史・社会環境を教材にして、環境教育を進めることは、その大きな効果を期待することができる。

■提 案

 ●松木渓谷の禿げ山の一部は植裁を行わずに「負の遺産」として保全する。

 ●「負の遺産」としての松木渓谷の禿げ山、優れた自然環境、足尾銅山の歴史的・社会的遺産を活用して、世界的な環境教育のメッカとして「全町地域博物館化構想」の推進を図る。

 ●世界の公害被害地・環境破壊地及び環境と開発をめぐり問題化している国内外のNGO/NPO等とのネットワークを形成し、世界的な環境教育の一つの拠点として、また、世界に向けた環境教育の情報発信基地として整備を図る。そのために必要な施設整備、人材育成等を行う。

利根川 治夫

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[アジェンダ21との関連]

 アジェンダ21は、「教育は持続可能な開発を推進し、環境と開発の問題に対処する市民の能力を高めるうえで重要である。」(第36章「教育、意識啓発及び訓練の推進」)としている。環境教育を進めるうえで、環境の保護・保全の重要性を五感をもって体験することは特に重要であると考える。

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[上記の文書は、2001年11月27日〜29日にカンボジアのプノンペンで開催された「アジア太平洋地域ラウンドテーブル及びアジア太平洋地域ハイレベル準備会合」に、「ヨハネスブルグ・サミット提言フォーラム」が提出した提言集に掲 載された文書です。]

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