2001年度足尾町現地調査研究会報告

 

※以下は、日本環境学会編『人間と環境』VOL.28,NO.2,2002年6月からの転載です。

 

2001年度足尾町現地調査研究会報告

 

氏川恵次(東北大学大学院経済学研究科)

 

去る2001年10月20日(土)〜21日(日)、栃木県上都賀郡足尾町において、2001年度日本環境学会現地調査会が実施された(1)。参加者数については、日本環境学会から31人(うち宿泊者数26人)、足尾町から31人(うち懇親会には8人参加)であった。

以下、まず同年同地における現地調査開催に至った経緯および趣旨について記す2)

1)足尾町で現地調査会が開催された経緯

2001年は、田中正造が同地での鉱毒問題への救済を求めて明治天皇に直訴してから100年目、また製錬所の煙害により松木村が廃村してから100年目にあたる。

足尾町では「全町博物館化構想」を掲げ、自然や環境教育をキーワードとし観光を主とした地域活性化を目指している。この一環として、2000年5月松木村の入口にあたる三川合流ダムがある銅(あらがね)親水園内に足尾銅山の歴史と松木村の公害の歴史を紹介、自然の大切さと環境問題を学べる施設として足尾環境学習センターを整備した。2001年4月には銅山観光がリニューアルオープンされ、5月褐テ河により古河鉱業の迎賓館である掛水倶楽部の特別公開が開始された。

こうした動きに対応して同年5月、足尾町在住の方々および町外で足尾町に関心を持つ人々により、直訴百年・松木村廃村百年を記念し「足尾の環境と歴史を考える会」が発足、研究会が開催されている。

他方、エクアドルコタカチ市フニン地区に鉱山開発計画が存在し、JICA委託資源調査が実施されたが、地元住民の強い反対がおこった。同市は鉱山開発に代わる自然環境を活用した地域振興を目指し「生態系保全都市」を宣言した。1998年には、来日した同市アウキ市長が、日本・ブラジルネットワークなどを通じ足尾町に来町し、煙害による禿山が残る松木谷を見学した(3)。その後フニン地区では、日本が関与する開発計画は中止されたが、2000年頃から、チリの公営企業による新たな開発計画が持ち上がっている。

こうした中、アウキ市長や同地区での生態系保全開発を支援するカルロス・ソリージャ氏(インタグ生態系保全委員会(ECOIN)代表)が2001年10月に再来日を予定されたことを受け、日本・ブラジルネットワークから、上記の足尾町訪問等の経緯があるため、鉱山開発や環境問題に関する話し合いの場を設けてほしいとの依頼が利根川治夫氏(日本環境学会企画部部長)にあり、今回の運びとなった次第である。

2)現地調査会の概要

 次に、現地調査および研究会次第と概要について記す。1日目の20日は、11時30分に東武日光線東武日光駅集合、13時足尾町銅山観光に隣接するふれあい会館に現地集合した後、松木谷渓谷、龍蔵寺、掛水倶楽部、銅山観光の視察が、生沼勤氏(足尾の環境と歴史を考える会)の案内により行われた。現地調査終了後は、18時30分から国民宿舎かじか荘において懇親会が催された。

 2日目の21日は、10時からふれあい会館において、足尾の環境と歴史を考える会・日本ブラジルネットワークの共催、足尾町の後援を得、足尾町直訴百年・松木村廃村百年記念研究会が開催された。総合司会は満川常弘氏(日本環境学会)が担当し、同氏による開会宣言の後、斎藤重二氏(足尾町町長)から挨拶があった。これに引き続き以下の報告が行われた。

午前中は「第1部 足尾鉱毒問題の現代的課題を考える」と題し、上岡健司氏(元足尾町会議員)による報告「煙害で消された『松木村』が今に語ること」、(10時15分〜11時)、浅見輝男氏(日本環境学会会長、茨城大学名誉教授)による報告「足尾鉱毒事件と科学者の役割およびカドミウム汚染米をめぐる最近の動向」(11時〜11時45分)がなされた。

上岡報告では、親子三代で足尾町に在住と自己紹介があった後、松木煙害を中心とした足尾鉱毒事件の歴史が振り返られ、結論部分で、従来ともすると谷中村への注目度が高かったが、松木村も同様に公害から自然を守る大切さを、無言で語る「歴史の証人」であることが述べられた。

浅見報告では、公害問題に対処する科学者の挙動に関する考察、足尾鉱毒事件解決のために多大なる貢献をした古在由直を中心とする研究グループの調査研究に関する叙述、カドミウム汚染米をめぐる最近の国際的動向についての紹介がなされた。

 昼食では、足尾町在住の方々により茸汁・イワナの塩焼き・コーヒーなどが販売された。

午後は「第2部 エクアドルコタカチ市フニン地区における鉱山開発について」と題し、原後雄太氏(日本・ブラジルネットワーク代表)の通訳を介したカルソス・ソリジャ氏による報告「健全な社会への道」(13時〜13時50分)、坂巻幸雄氏(日本環境学会副会長、元地質調査所)による報告「エクアドルコタカチ市フニン地区の資格調査報告(JICA作成)の問題点」(13時50分〜14時20分)が行われた。

 ソリジャ報告では、天然資源の保全、住民による積極的な環境保全行為の育成・支援、エコツーリズムやアグロフォレストリー等クリーン産業の確立を主な目的としたエコロジカル・カウンティの創設に関わる、同氏が所属するDECOINのこれまでの取り組みについて紹介がなされた。

 坂巻報告では、標記報告が検討され、結論として、日本の非鉄金属工業各社が投資と事業展開を行うことは、リスクや経済的面からみて事実上無理であったことが明らかにされた。また問題のある上記報告を作成した日本が、将来的に起こりうる道義的責任の一端として、現地との運動の連携を共有してゆくことの必然性が提示された。

 若干の休憩の後、「第3部 総合討論」が約1時間行われ、久保田正亜氏(日本環境学会)による閉会挨拶で閉会となった4)

 今回の特徴として、日本環境学会のイベントとしては比較的若年層の参加が多かったこと、足尾町での学会イベントに多くの現地参加・協力者があったことが指摘されている。とくに後者は、同町の活性化、全町地域博物館化構想を進める第一歩として評価されるべきであろう5

 筆者も今回のイベントを契機として、同地域の内発的発展、国際的環境教育ネットワーク構築に貢献していくことができればよいと考えている。

 

1)1993年度の日本環境学会現地調査も足尾町で実施された。「ゴミの超巨大最終処分場の建設を問う-ゼネコン27社の足尾『ガイア計画』を検討する」と題したシンポジウムが開催され、その後の同計画の中止に多大な影響を与えた。詳細については、満川常弘「足尾町に新たに投げかけられたゼネコンの『ガイア計画』をめぐって(1993年度日本環境学会現地調査研究会報告)」(『人間と環境』Vol.20 No.1, 1994年4月, 38-47ページ)、斎藤重二「『ガイア足尾計画』をめぐる経過と、足尾町および周辺市町村の対応」(『人間と環境』Vol.20 No.1, 1994年4月, 48-52ページ)、満川常弘「『ガイア計画』について考える-いくつかの疑問-」(『人間と環境』Vol.20 No.1, 1994年4月, 52-73ページ)、坂巻幸雄「廃棄物処分場の立地と地質環境-栃木県足尾町の『ガイア計画』と、東京都日の出町の事例から-」(『人間と環境』Vol.20 No.2, 1994年6月, 119-130ページ)、利根川治夫「鉱害を逆手に取った地域振興を!」(『人間と環境』Vol.20 No.2, 1994年6月, 130-144ページ)、平田昭子「流域自治体・住民の団結でガイア足尾計画を止める」(『人間と環境』Vol.25 No.1, 1999年3月, 46-47ページ)などを参照。

2)経緯と趣旨について、利根川治夫「2001年度日本環境学会現地調査会第1報」(日本環境学会メーリングリスト宛電子メール0240)2001年8月20日参照。

3)詳しくは、利根川治夫「エクアドル・コタカチ市のアウキ市長に同行して」(『人間と環境』Vol.27 No.2, 2001年6月, 90-93ページ)参照。

4)同研究会での発表レジュメは、報告者で本学会長の浅見輝男氏らの了承のもとに、発行人利根川氏・管理者筆者のホームページ「環境談話室」に掲載されている。(http://www.geocities.co.jp/NatureLand/5081)

5)利根川治夫「足尾現地調査会の簡単な報告」(日本環境学会「企画部」宛電子メール009)2001年10月25日。

 

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