「ほっとはす・さめがわ」のある葉貫地域
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都市交流施設「ほっとはうす・さめがわ」の所在地は、鮫川村大字赤坂東野字戸草の葉貫(はぬき)地区である。葉貫の名称は、この地域に多いハンノキ(榛)に由来している言われている。ギリシャ神話の風の神であるミドリシジミは、このハンノキの葉を食べて育つ。事実、「ほっとはうす・さめがわ」の裏手にある谷地には多数のハンノキが林立し、多数のミドリシジミが棲息している。この谷地は、葉貫の住民が国有林を借りあげて田んぼにし、かつては稲を育てていた場所である。
葉貫地域は、標高600〜650mの高地にあるが、「ほっとはうす・さめがわ」の裏手の谷地などの植生は、本州中部では亜高山帯の高原・高層湿原に見られる植物(例えば、オタカラコウやバイケイソウ)などが見られる。このことは、この地域の気温、特に冬期間の気温が低いためと推測される。また、この地域は、「やませ」と呼ばれる低温の霧がたちこめ、農作物被害を受けることがある地域としても知られている。
葉貫地域の歴史については、「鮫川村誌」にもその詳細が書かれていない。現在の東野牧場のある戸草地域の村道近くに、「東堂山」といる石碑が立っており、その石碑の裏面には、小林姓を先頭に数名の姓名が刻まれている。建立されたのは、明治33年とあるため、おそらくこのこの時期に、はじめて現在葉貫地域に居をかまえている農家が移住したものと推測される。当時、葉貫地域はそのほとんどが国有地であり、入居者らは国有地の払い下げを受けて住居を構え、田畑を開墾していったのである。
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