ミーラの愛は,
完璧な人間の愛だ
彼女にはどんな要求もない
クリシュナから何かを望んではいない
彼女はただ与え続けている

唄う歌があり、彼女は唄う、
踊るダンスがあり、彼女は踊る

もらうものは何もなく、彼女は与えるだけだ
が、彼女はその千倍も得る--それはまた別のことだ

もしミーラになりたければ、貴方はまず、人間の愛の欲求を満たさなければならない
まず人間の愛の喜びと、人間の愛の惨めさを経験するがいい
それを通して自分を成就させることだ

欲することから、無欲の境地、無欲の蓮の花が生れる


Sufis:The people of the path, vol 2



ミーラは500年前インドに生れた神秘家だ
ミーラほど心の底から敬虔で在った人は居ない
他にも敬虔な人々は居たが、ミーラはその中でも群を抜いている
ミーラの星が一番明るい、この星に向けて旅をしてみよう

たとえ2,3滴でも、ミーラの甘露が降り注げば、貴方の砂漠に花が咲くだろう
たとえ2,3滴でも貴方のハートにミーラのような涙が浮かんだら、

そしてたとえほんの少しでも、ハートにそのメロディが脈打ち始めとしたら--
ほんの少しでいい、それがたとえ1滴でも貴方は新しい色に染まり、生まれ変わることだろう

だからミーラの話はマインドや論理で聞くものではない、ミーラはマインドや論理とは無縁だ
ハートから敬虔な気持ちになって、ミーラの言うことを聴きなさい
信頼をもって彼女を観なさい、論理は脇に置きなさい
しばらくの間、ミーラと共に気が狂うのだ―

―これは狂人達の世界の話だ、そうして初めて理解できる話だ
さもなくば、貴方は取り逃がすだろう

ミーラについて語る機会は何度もあったが、私はいつもそれを延ばしてきた
ミーラについて語るのはむつかしい、マハヴィーラについて語るのはとても簡単だ
仏陀について、パタンジャリについて語るのは簡単だ
だがミーラのことを語るのはとても難しい

それは語られるようなものではない、そういう類のものではないのだ--
ミーラを口ずさむことはできる、だが彼女について何が語られよう
ミーラをうたうことはできる、だが彼女について何を語り得よう
ミーラを踊ることはできる、だが彼女について何を語り得よう

だからあなたにこう言うのだ、このエヴェレストを、愛の高峰を共に登ろうと !
この高みに私達の羽を広げよう! 論理の重荷を全て降ろした者だけが、飛ぶことができる
ミーラから得るものは多い、ミーラはあなたの上に雨を降らして祝福する雲だ

ミーラと共にいるとき旅は一歩から始まる
論理は1つ1つ手順を追っていかなければならないので、色々な段階が必要となるが、
ミーラの場合は飛翔だ、だからあなたにこう言うのだ
さあ、この旅はたった一歩で終わる、と

ミーラは歓喜のワインを携えて、そこに立っている、飲みなさい
ミーラはワインだ――飲みなさい! 理解する必要など無い―
― 飲みなさい ! 彼女の歌は、愛の詩だ

しばらくの間、貴方のハートのヴィーナを奏でさせて欲しい
そうすれば分るだろう、私達が耳にし、語り、口ずさみ、歌う、ミーラの言葉は、
一見、何のつながりも無い、それは帰依者の言葉だ
だが、その奥には、ちゃんとつながりがある

表面的には彼女の言葉のどれにも何のつながりも感じないだろう
ミーラは子供時代のエピソードに始まり、それから順を追って話しが展開していく
それは感情の混沌とした表現だ、歌いたいときにミーラは歌った、感じたままを詩にした

そしてそれは聴衆の前で歌うような歌ではない
それは最愛の恋人の前で歌われる詩だ、そしてその詩には何の手も加えられていない
詩人が詩を書くときは、多くの手を加えてそれを磨き上げるものだ
ミーラの詩は、鉱山から掘り出されたダイヤモンドの原石だ!

ミーラは間違いがあろうが、詩の作法が守られていようがいまいが構わない
そんな事はまるで気にしていなかった

恋する人の前で歌うのに、そんな事はどうでもいいことだ、恋人は審査員では無い! 
恋人のために歌うのに、言葉や文法が完全であろうがなかろうが、どうでもいいことだ

問題は精一杯、心を込めて歌っているかどうかだ
なみなみと注がれたワインがあるというのに、誰がカップの形など気にするだろう?
それは飲んで初めて理解できるものだ、そのとき、つながりも分るだろう
だが、ちょっと見ただけではそのつながりは分らない

それはまるで、バラの繁みに沢山の花がついているが、
それらがつながっていない様に見えるのと同じだ


小さなバラもあれば大きなバラもある、そしてもし庭師がそのみちの達人なら、
白い花や赤い花や黄色い花や、ことごとく違った色の花を咲かせるだろう
だがその花々は同じ根っこでつながっている、その根が観えたら、
貴方はミーラと共に歩み始めるだろう

ミーラの言葉に入って行く前に彼女について少し理解しておくことが必要だ
まず最初に、ミーラのクリシュナに対する愛が、突然芽生えたのではないということだ、
あれほど大きな愛の感情はそうたやすく始まるものではない、それには古い因縁があるのだ

ミーラはクリシュナの古くからの牛飼い女(ゴピー)の一人だった、ミーラ自身そう言ったのだ
だがパンディット達(インドの社会制度の最上層部を占める神官や神学者)は、
歴史的な証拠がないという理由でこれを認めていない

ミーラ自身はクリシュナの時代に自分はゴピーの1人でラリタという名前だったと言っている
神学者達はその言葉を退け、それはただの神話だと言っている

だが私はそれに同意することはできない、私は神学者ではない
何千もの神学者達はそう言うが、言わせておけばいい
私にとっては彼らの言明など無に等しい
私はミーラ自身が言ったことを認める

それが正しいか正しくないかはどうでもいいことだ、それが歴史的事実である必要はない
ミーラがそう言ったのなら私はそれを認める、ただそれだけのことだ

ミーラはこう言った「私はラリタだった、クリシュナと共に舞いクリシュナと共に歌った」

これは古いロマンスだ、新しいものではない
そして事の始まりを観れば、神学者が間違いで、ミーラが正しいことは明らかだ

ミーラがまだ幼い時、4つか5つぐらいだったろう、
1人のサニャシン(インド古来の出家遊業の求道者)が家に招かれた
そして朝になると、持っていた袋からクリシュナの像を取り出し、それを拝んだ
すると突然、ミーラが狂ったようになった

デジャヴ(既視体験)が起こり、ある記憶が戻ってきた
その像のおかげで、次から次へと映像が立ち現れた
その像が媒体となって、物語りが再び始まった
ミーラは再びクリシュナの顔を思い出した

再びあの端正な顔、大きな眼を思い出した
クリシュナは王冠に孔雀の羽を飾り、横笛を吹いていた
ミーラは何千年も記憶をさかのぼった

彼女は泣き出し、サニャシンにその像が欲しいとせがんだ
だがサニャシンもそれに惚れ込んでいた為、頼みを断り、立ち去った

ミーラはその時から食べる事も飲む事も忘れた、たった4、5才の女の子だというのに!
確かに子供が玩具をねだって泣き叫ぶ事はあるが、
少し時間がたつと、全部忘れてしまうものだ

丸一日経ってもミーラは何も食べず、何も飲まなかった
涙が眼からこぼれ落ち、泣き続けた、彼女の両親は途方に暮れた
どうしたらいいのだろう、サニャシンは行ってしまった、どこを探せばいいのだろう
それに、たとえ彼が見つかったとしても、あの像を自分達に譲ってくれるかどうかも分らない

そしてそのクリシュナの像はとても美しいものだった
ミーラの両親さえそう感じた程だった、像は沢山見てきたがあの像には何かが生きていた
人を揺り動かすものがあった、誰かがただの仕事としてでなく、
愛を込めてその像を創ったに違いない

あらん限りの祈りを込めたに違いない
あるいはクリシュナに会ったことがある人が創ったのかも知れない
だが、そこには何かが、ミーラに他の全てを忘れさせる程の何かがあった
その像を手に入れるか、死んでしまうかの、どちらかだった
それはミーラがほんの四歳か五歳の時のことだった

その晩そのサニャシンは夢を観た
彼は別の村を訪ね、そこに泊まっていた
その夜、彼はクリシュナが自分の前に立っている夢を観た

クリシュナは夢の中でこう言った「像を持ち主に返しなさい、
お前はそれを長い間大事にしていたが、それはお前の物ではない、
他の人のものだ、もう持ち運んではならない、引き返してあの女の子に返しなさい
お前の役目は終わった、お前の役目は持ち主を探し出して返す事だったのだ」

その像は本当にそれを愛している人の物だ、他の誰の物と言えるだろう
サニャシンは恐くなった、かつてクリシュナが彼の前に現われたことはなかった
何年もその像を崇拝していたのに、いつもその像を持ち運び花を供え鐘を鳴らしたのに
クリシュナが現われたことはなかった、サニャシンは恐くなり、真夜中に急いで引き返した

ミーラの両親を起こして許しを請うた
そして幼い少女の足に触れ、像を渡し立ち去った
四歳か五歳の時のこの出来事から、ロマンスは再び始まった

このようにして、ミーラとクリシュナの今生でのロマンスが始まったのだ
だが、この関係は古いものだった、そうでなければ、とてもそんな事は起こるものではない

クリシュナに会ったことがなく、クリシュナのことを知らず、
彼の香りを感じたことがなく彼の手を取って踊ったことがないのなら
何をしたとしても、生きているクリシュナを感じることはできないだろう
それゆえに生きたマスターだけが、貴方を助けることができるのだ

貴方もまたクリシュナの像を手元に置き、
その前に坐る事はできようが、内側に特別な感情は湧かないだろう
それが起こるには、貴方の内側でクリシュナと何らかのつながりが無くてはならない
貴方がクリシュナと対応する存在でなくてはならない

貴方も又、ミーラの歌を歌うことはできる
だがクリシュナと内側で何らかの関係を持たない限り、
その詩は只の歌にすぎない、彼とつながることは不可能だ、
ハートとハートに橋が架かることはない

この4さいか5さい頃のちょっとした偶然から、革命が始まった
ミーラはまるでワインを見つけたかのように、恍惚となった
この出来事から2年後、近所で結婚式があり、
この7,8歳の少女は母親にこう尋ねた

「皆結婚してしまうのね、私はいつ結婚するの、私のおむこさんは誰?」
その時ミーラは、胸にしっかりクリシュナの像を抱えて立っていた

そこで母親はほんの冗談のつもりで言った「お前のおむこさんかい?このクリシュナだよ
この人がお前のおむこさんだよ、他に誰がいるっていうんだい?」
母親はほんの冗談のつもりで、こう言ったのだ

時には冗談でさえ革命を起こすことに、彼女は気が付いていなかった
そして革命は始まったのだ!

大抵の場合、人が心から何かを言ってくれたとしても、
貴方のハートに触れなければ何も起こらない、岩の上に種を播いても芽は出ない
ふさわしい土壌があれば芽は出るものだ、ミーラはふさわしい土壌だった
母親でさえそれに気が付いていなかった

ただの子供の遊びだと思っていたからだ
母親にとってはクリシュナはミーラの持っている玩具だった
それが美しいから、ミーラはクリシュナと踊り、その虜になっているのだと思っていた
別に問題はないと思っていた

だからクリシュナがミーラのおむこさんだとからかったのだ
だがミーラは満足だった、時には偶然が偉大な旅立ちの始まりとなることがある
ミーラはその冗談を真に受けた、何と清新な、無邪気なハートだろう !

ミーラはクリシュナを自分の夫として受け容れた
そして1瞬たりとも迷うことなく、1瞬たりとも忘れることはなかった
事実、子供の頃に根付いた感情は、思いがけない程の影響を及ぼすものだ
その想いはミーラのハートに根を張った

彼女はありったけの愛をクリシュナに注いだ
愛を注げば注ぐほど、クリシュナは生きつ"いてきた
最初はミーラが独り言を言っているだけだったが、今やクリシュナも語り出した

最初はミーラひとりで踊っていたが、もはやクリシュナも共に踊っていた
今やそれは帰依者と像の関係ではなく、神と帰依者の関係だった

ミーラについて本を書いた者は皆,
ミーラがまだ若いとき「不幸にも」母親が亡くなったと書いている

その後、祖父がミーラのめんどうをみたが、彼も亡くなった
ミーラは十六、七の時に結婚したが、夫も亡くなった
そして彼女の義父が面倒を看たが彼も亡くなった

そしてミーラは父と一緒に暮らすようになったが、
彼も亡くなった、この様に5人の死があった

ミーラが33歳の時には、彼女の人生で大切な人が
みんな亡くなっていた、愛した人が全部死んでしまった

だからミーラについて書いた者は、不幸な事が起こったと書いたのだ
だが私にはそうは思えない、これは幸運だった

不幸だと言うのは、誰もが死を不幸なことだと考えているからだ
だがこれがミーラの本当の誕生の引き金となった

彼女の愛がどこまで広がったとしても、それはただ一つの点に戻ってきた
彼女の愛は全てクリシュナへと向かっていった

だから私には不幸だとは思えない、幸福だ、私にとって死は必ずしも呪いではない
全てはあなた次第だ、ミーラは死を上手に使った

彼女の愛が根こそぎにされたとき、ミーラはいつもそれをクリシュナの足下に捧げたのだ

最後の綱は父親だった、だが彼も死んだ、夫は死にそして父親も死んだ
続けて5人の死があった、世間との繋がりは全て断ちきられた
ミーラはそれを上手く使った、世間を超えるために使った

そして全ての愛を神に捧げた、クリシュナへの愛に完全におぼれた
この5つの死が5つのはしご段となった

そして死を迎える度に、ミーラは世間に背を向けるようになった
世間が後退してゆき、やがてクリシュナだけが彼女の前に残された

最初ミーラは自分の家の、クリシュナの像の前でだけ踊っていたが、
やがて愛が洪水の様にあふれ出し、家の中だけでは納めきれなくなった、
そしてミーラは村にある寺の聖人やサニャシンの前で踊り始めた

すると愛はまるで大洪水のようになり、彼女の手に負えなくなった
ミーラは酔い、クリシュナの色に染まっていった

彼女は王族の名家の出身だったから、当然のごとく皆が心配した
家族とはいつも心配するものだ、千と一つの噂が世間に広まり出した
というのも、ミーラの振る舞いが世の常識を超えていたからだ

わかるかね、500年前のラジャスタンでは、女がヴェールを取ることはなかった
顔を人に見せる事はなかったのだ、王家ではそれがことさらに厳しかった
だがミーラは通りで踊りだし、民衆の前で踊りだした

それは神に捧げる踊りではあったが、ミーラの親族にとっては、ただの踊りだった
彼らには違いが分らなかった

やがて、ミーラに一番近い人々は皆死亡し、義理の兄弟が王位に就いた
その義理の兄弟はヴィクラムジット・シングといった
彼は荒々しい若者で、邪悪な男だった

ミーラの事は、彼には耐えられなかった、彼はミーラの評判を妬んでもいた
ミーラはだんだん有名になり、人々が遠くから見物にやって来た
一般人だけでなく名の知れた高僧サニャシンもやって来た

芳香は広がっていった、それはまるで麝香の香りの様だった
この香りを少しでも嗅いだ事のある者は皆、やって来た

これは実に驚くべき事だった
人々が国中からやって来たが、愚鈍な家族達には事の真意が見えなかった
彼らは押し寄せる群衆に頭を痛め、彼女の名声にプライドが傷つけられるように感じた

王位に就いていたラナは、他の人間が自分より尊いと見られる事に、耐えられなかった
そして彼の耳に何千もの苦情が入り始めた、それらはもっともと思える物ばかりだった――

ミーラは平民達と一緒に居た、ヴェールをまとっていなかった
通りで踊っていた、しかも服を乱しながら踊っていた

これらは不謹慎な事、王家の女性としてふさわしくない行為ばかりだった

これから話すことをよく聴きなさい
ラナはミーラに毒を贈ったが、彼女はクリシュナを想いながらそれを飲み干した
すると、毒は蜜に変わったそうだ! 変わらざるを得なかったのだ

大きな愛と受容の心を持つ人が毒を飲めば、それは蜜に変わるのだ

覚えておいてほしい、私には、これが歴史上の事実かどうかはどうでもいい
私はこの話に隠された、心理的な真実だけを貴方に語りたい
何故なら、唯一それだけが語るに値するからだ

貴方の内なる容れ物が完璧にきれいで、しみ1つ無く、無垢であるとき、
そこに入れれば、毒でさえも蜜になる

貴方の入れ物が汚れ、虫だらけで、何千生もの間、ほこりを溜めているとしたら、
蜜でさえも、毒となる

全ては貴方次第だ、毒を贈られるか、蜜を贈られるかは、決定的なことではない
最終的には、内側の状態で決まるのだ

ミーラには毒は観えなかった、ラナが毒を贈ったとは想いもしなかった
彼女にとって、何が贈られて来てもそれは神からの贈り物だった

ラナを通して働きかけているのは、神だった、神のほかには考えられなかった

だから、蜜でしかあり得なかった
そしてミーラはあたかも蜜であるかのように、それを飲み干した

この世をどう受け取るか、その受け取り方によって世界は姿を変える
貴方の抱く考えによって、世界は創り出される
この世は貴方の抱く考えの延長に過ぎない

ラナは、かごに入れた毒蛇を送った
ミーラがそれを開けると、そこに愛するクリシュナの姿を観た
そして蛇を抱きしめた、その蛇はミーラを噛まなかった
蛇は人間ほど野蛮ではない

蛇は人間ほど鈍感ではない
ミーラに抱かれたとき、その蛇は彼女が敵ではなく、友達だと分かったに違いない
蛇は敵だけを、自分を傷付け、攻撃しようとする相手だけを攻撃するものだ
蛇は自分を守る為に攻撃するのだ

だがミーラに抱かれたとき、その蛇は愛の波動を感じて、その愛に溺れたに違いないー-
この女性を噛むなんて事はできない

このような事が起こり、ミーラは村に留まっている事が難しくなった
そこで、彼女はラジャスタンを離れ、ヴリダーバンに行った
愛する人の町に行く方がいいと想ったからだ
ミーラはクリシュナの村に行った

だがそこでも問題は起きた
クリシュナはもうそこには居なかったからだ
今やクリシュナの居た村は聖職者達の、僧侶達の手中にあった

これは美しい話だ
ヴリダーバンの1番有名な村に着いた時、
ミーラは門の所で入るのを止められてしまった
なぜなら、その寺は女人禁制だったからだ、その寺の僧侶は女を見る事はなかった

独身者は女を見てはならないと、その僧侶はよく言っていた
ミーラは女だったから、入れてはいけない決まりになっていた

だが門番は当惑した
ミーラが手にエクタラを持ち、後ろに帰依者の1群を従え、
あたりに彼女のワインの歓喜をふりまいて、踊りながらやって来たとき、
門番でさえも息を呑んだ、自分達がミーラを止めなくてはならない事を忘れてしまった

それを思い出した時には、ミーラはすでに寺の中だった
彼女はそよ風の様だった――彼女は寺に入りその中の聖堂にたどり着いた

僧侶はあっけに取られた
クリシュナを拝んでいたところだったが、そなえ物の皿を手から落としてしまった
何年も僧侶は女を見た事がなかった、その寺は女人禁制だった
どうやってこの女は中に入ったのだろう?

ところがどうだ、門の所に立つ門番でさえ感動したというのに、
この僧侶はまるで何も感じなかったのだ、駄目だ、僧侶は世界で1番観る眼がない
そして僧侶より鈍感な人種を見つけるのは難しい

門番でさえ、その恍惚その波動に、おぼれたというのに
しばしの間、仕事も忘れたというのに、気が付くとすでにミーラは寺に入っていた
彼女はまるで稲妻の光のようだった、手に持ったエクタラが、
門番のハートに響いている間に、従者達も中に入った

ミーラがクリシュナの前で踊っているのに、その僧侶は心を動かされなかった
彼は言った「おお女よ、この寺は女人禁制なのだがね」
ミーラはそれを聴いて言った

「クリシュナのほかに男の人は居なくて、世界中の人は皆クリシュナの愛人で、
彼のまわりで踊っているものだとばかり想っていました、貴方も男の方なのですか?
男の人が2人も居るなんて想いもよりませんでした、貴方は彼の競争相手なのですか?」

僧侶はあっけに取られた、ミーラに対して答える事ができなかった
僧侶とは決まった質問にしか答えられないものだ
誰もその様な質問をした者は居なかった

ミーラの他に誰も「他に男の人など居るのですか?」と尋ねた者はいなかった

この女性は何て奇妙なことを言うんだろう!
何故クリシュナだけが男で、他の人は全て彼を愛する者だと想えるのだろう?
だがこの後、困った事が起きた、ミーラはヴリダーバンに留まる事を許されなかった

人は常に神秘家の扱いを誤るものだ
神秘家は死んでから崇拝されるが、生きている内はひどい扱いを受ける
そしてミーラはドワリナに移った

何年か経ってラジャスタンの政情が変わり、新しい王が決まった
ラナ・サンガの1番下の息子ウダイ・シングが王となった
ウダイ・シングはミーラを愛していた

彼はミーラを連れ戻す為に、使者を送った「これは我々には屈辱だ、
これはラジャスタン全体の恥だ、ミーラが村から村へさ迷わなければならないなんて
我々は必ず非難されるだろう、彼女を呼び戻そう、帰って来てほしい、
我々の過ちを詫びたい、過去は忘れよう!」と王は言った

多くの人がミーラを連れ戻そうとしたが、いつもミーラはこう言って、使者を返した
「この期に及んでどこへ行けと言うのですか、愛する人の寺を出てどこへ行けというのですか」
ミーラはその時ドワリカのランチョールダスジという寺に居た

ウダイ・シングはあらゆる手をつくした、王は百人の部下を送って、
彼女を連れ戻すように命じた、そのために必要な事は全てするようにと
王はその人達に寺のすぐ外で断食をして訴えるように言った

彼らはそこに坐り、一緒に帰らなければ、ここで死ぬとミーラに伝えた
するとミーラは言った

「もしそうなら、私が戻らなくてはならないのなら、私の愛する人に相談させて下さい
彼のお許しが無いなら、私は一緒に行けません、クリシュナに相談させて下さい」

ミーラは中に入って行った
そして、この話はとても美しい、とてもユニークな、とても貴重なものだ
彼女は中に入って行ったが、2度と戻って来なかったそうだ!
彼女はクリシュナの像の中に消えて行った

これも史実ではあり得ない
だが、そうだったに違いない、ミーラにできなくて、
他の誰にクリシュナの像の中に消えるなどということができるだろう?

ミーラがあれほどクリシュナにのめり込んでいたというのに、
クリシュナの方はそうでは無いということがあり得るだろうか、
だとすれば、帰依者の信頼というものはどうなるだろう

ミーラがあそこまでクリシュナに没頭していたのだから、
クリシュナにも少なくとも責任の一端はあっただろう

その最後の瞬間、超える瞬間がやってきた
ミーラはこうたずねたに違いない

「わたしをあなたの中に入れて下さるか、わたしと一緒に行って下さい
人々がお腹を空かせて外で待っています、一緒に行かなくてはなりません」

最後の瞬間が訪れ、
帰依者は神となった、ミーラは2度と見つからなかった

ここが肝心だ……

最後に、帰依者は神の中に消え去っていった



和尚

Pad Ghunghru Bandh 

( はこう聴く)