2005年6月1日 (水)
不意打ち
コールドコールの授業は1つと思っていたので、そればかりに気を取られていたが今日は他の授業の冒頭で突然コールドコールされた。この先生は以前「授業のクオリティーを落とすのであれば来るな」という先生で、授業の発言も単に話すだけでなく色々と突っ込まれるので話にくかったのであった。 しかも昨日は加瀬先生と夜まで飲んでしまい、この授業のケースに関しては唯一やらなかったのである。 授業がはじまるなり「昨日やったケースと今回のケースの違いは?」と問われてもう目の前が真っ青状態。なんとか隣のパトリシアが小さい声で教えてくれて逃れる事ができた。その後はこのままでは気が収まらないので何とか別の時に発言することができ面目躍如といったところであろうか? 実際にこの「コールドコール」を経験してみると、「まあこんなものか」という変な安心感が生まれるようになった。また今までだれていたのでいいモチベーションになった。ということで今日は3つ全ての授業で発言する事が出来た。やはり慣れがあるのか発言回数が以前にもまして増えた。しかしいまだに何を言うかを事前に考えてまとめないと話せない。
昨日の加瀬先生との話の中で、日本の成功の一要因が分かったような気がした。今の日本の大企業が生まれたのは戦後の何もなかった時代である。ソニーもホンダもそうである。 その時はもう年上の人が戦争でいなく自分で何事もしなくてはいけなかった。但し自分達でやらなくてはいけない反面、自分のやりたい事に追求できるという自由闊達な風土があったのでないかと思う。今の日本のように上司の言うことをそのままするのではなく自分で何かしないと先にはいけないというハングリー精神・起業家精神が今以上にがあったのだと思う。そこで彼らが色々と研究しいい製品を立ち上げた。 その後高度成長の時代になり皆が一丸となった。その頃には数々の起業家の生み出した優秀な製品をいかに上手く、効率的に作るかが必要であった。良質な労働力である。日本にては戦時中の子供を増やす政策で生まれた人が成人し豊富な労働力として日本の成長を担った。 製造業のような業界ではトップダウンが向いており、「年上を敬い」「終身雇用」の日本では皆が会社の為に尽くした。その結果世界に名だたる企業になったのではないか。
まとめると戦後の環境は多くのリーダーシップを持つ経営者・技術者を生み、その後の高度成長時の環境が皆が協調し同じ目標に向かって切磋琢磨し今の日本の成長を作ったのであると思う。 問題点としては現在の協調して目標に向かっていく仕組みの日本はある意味で真のリーダーシップを持つ人を生みにくい社会になっているのである。会社という環境が新人社員でも徐々に個性を奪っていくのではないか?よく言われる上司に「お前は生意気だ」とか「お前は会社というものを知っていないな?」等と無意識に自分の扱いたいように社員を変えてしまうのである。最終的に皆「右へならえ」の社員が出来てしまうのではないか?
戦後の時代は皆上司というものが戦争でいなくなったので自分で色々と出来たのではないか?と推論できる。その点では今よりも戦後の方が起業家が生まれやすい環境にあったと思う。 日本の成長もいい製品を作ったからこそ、それを製造して売れたのである。今は「いい製品を作る」という点で疑問点が残る。この点での起業家というものが必要である。現に過去の有名な経営者の話はよく聞くが、現在の有名な経営者ってそんなに聞いたことは無い。もう日本は既に過去の遺産で生きているのかも知れない。
そういう意味で起業家を育てるという土壌は今の日本は向いていない気がする。会社の中では勿論、自分で起業してもやり取りする相手がそういう人達なので「出る杭は打たれる」のではないか?今の日本を変えるには極論すると中年層の人にいなくなってもらわないと変わらないのではないか? 高度成長時に合ったマインドを若者に強要していけばするほどそのような起業家は育たない気がする。今の成長を支えたマインドが今では足かせになっているとはなんとも皮肉な事である。 但し現在の人の状況を考えると可哀相な面もある。現在は今までの成功したものが前提になっているので失敗が許されない。よって会社の伝統を傷つけないようにし大きな改革ができない。まとまりのない文章であるが少しでも意図を読み汲んでいただければ幸いである。
パリでの大会は終わってもサッカー好きが集まって今日もサッカーをした。自分はちょっとハッスルしすぎでボールをクリアしようとしたらゴールポストに顔から激突した。気分は「キャプテン翼」の岬君だったが練習での激突はちょっと間抜けである。幸いゴールが軽い鉄で出来ていたので大怪我にならなかった。 |
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2005年6月2日 (木)
不正
通常9:00〜10:00はグループワークの時間なのであるが学校から緊急な話があるとの事でこの時間に皆教室に呼び出された。 学校のプログラムディレクター2人が来ていた。3タームの期末試験に不正をした生徒がいたとの事である。Human resourse managementの試験問題の回答をSection1の誰かがSection2の誰かに渡したらしい。試験の問題は全く同じでSection2はSection1よりも遅い試験だったので回答をもらった人は回答はそのままコピーして提出したらしい。これではばれるはずだ。 噂では2人とも単位は無し、回答を渡した人は授業は受けれるがMBAの学位は取れないらしい。 自分は自分の回答に自信がないので人に教えなかったが、十分に当事者になっていた可能性がある。特に今回の件はかなり判断がグレーである。Section1の試験終了後に「試験どうだった?」とSection2の人に聞かれる可能性は十分ある。逆にその方が普通である。それに質問の内容だって教える事だって十分ありえる。その点で先生はそれを見越して「他のクラスに話すな」とか「別の問題を作成する等でこの様な問題を未然に防ぐことができなかったのか?」という話でクラスは騒然とした。今回の問題は全く同じ回答をコピーしたとの事だが、それと試験問題を口頭で教えると言う事に関して「情報を提供する」という点では同じ不正に入るのではないか?
最近は犯罪に関しての意識が薄くなっている気がする。日本でも痴漢等は犯罪であるが、そんなに犯罪意識を持っている人はいない。捕まってはじめて感じるのである。その他にも最近は談合に関しても30年間もやってきたと言っていたが、もう長年の習慣なので犯罪意識を感じなくなるのであろうか? |
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2005年6月3日 (金)
疲れた1週間
先週のMBAトーナメントで実質休みが無く今週も過ごした。その為か毎日授業が終わるとぐったりとして家に帰ると爆睡していた。そして夜中に起きケースを読むという事を繰り返していた。木曜日位になると風邪気味になり学校に行くのも辛かったが何とか金曜日まで行き通せた。 今日もコールドコールをされた。最近は慣れたものである。対策としては色々と考えるのだが、想定していない質問の場合の対処方として (1)席が左隣のパトリシア(ベネズエラ)に助けてもらう。もしくは (2)席が右隣のアントニオ(イタリア)に助けてもらう。 今日はパトリシアが休みだったので作戦(2)で対処できた。その後もこのままでは恥ずかしいので他のところで発言した。 それにしてもこのGeneral Managementの先生はよく自分をあてる。日本人に恨みでもあるのであろうか?まあその分Class Participationのポイントも獲得できるし、授業も集中できるのでよしとしよう。
リヨンのIさんがこの週末にマドリッドに友達と遊びに来ているとの事で夜飲みに行くことにした。Iさんは日本にいる際に同じ欧州MBAとの事で一度だけ面識があった。リヨンから交換留学でIEに来ているハビエルと会った。またその他友人の友人で10名以上になった。リヨンではもう授業は週に2回と羨ましい。 写真は左からIさんのメキシコの同級生、その友達のマドリッドで働いている友人+彼女、自分、Iさんである。 まずバルに行き飲み、その後食事(既に11時)、またバルで帰宅が1時半過ぎになった。今日はシエスタができなかったので途中から眠くなってしまった。まだまだ体がスペインに適応できていない。というか歳のせい? |
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2005年6月4日 (土)
グループメンバー、今後の予定
今回のタームの新グループのメンバーはスペイン3人(Luis,Gonzalo,Mapi)、コロンビア2人(Natalia,Felipe)、メキシコ1人(Ricardo)、イギリス1人(Fernando)と日本という完全にスペイン語グループである。たまに皆スペイン語で話すときも多い。いい勉強になるが込み入った話になると分からない。いまだに皆に頼ってしまう傾向は変わらない。
WEBサーフィンをしていたら自分の通っているInstituto de Empresaの日本語版の紹介があった。日本スペイン協会という所がやっているのであるが、これでは単にスペイン語留学の学校と同じクライテリアにおかれており、のりが「スペインでMBA留学」という感じである。
さて学校の授業も半分折り返したところなので自分もボチボチと色々と将来の事を考えていかないといけない。前も言ったようにできれば卒業後もスペインに数年はいたい気持ちがある。 幸い夏休みの始まる7月中旬からの2週間であるがバルセロナの小さい会社でインターンをする事ができた。ここで会社およびスペインの仕事の文化を感じようと思う。 勿論バルセロナに来たのでトップレスビーチにも行く予定である。 昨日の飲みすぎで頭ががんがんする。二日酔いと風邪のミックスのようだ。 |
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2005年6月5日 (日)
Fさん
疲れ気味の体に金曜日の飲みが響いたのか結局昨日はダウン。頭痛に悩まされながら終始家で寝ていた。今でも体がだるく喉が痛い。明日までには治さなくてはいけない。
そんな中昨日はちょくちょく遊びに来るFさんがまた来た。ちょうどカレーを作ったのでご馳走した。今回のカレーは今までの日本のルウからのものではなく中国の食材店に置いてあった本場タイのカレーの素を使った。言葉がタイ語らしく読めないので適当にルウを入れ、野菜や肉を入れたところ激辛になってしまった。ルウを多く入れすぎたらしい。鍋いっぱいに水を入れてもまだまだ辛く結局は汗をかきながら食べる事になった。まあ風邪気味の自分にはちょうどいい発汗作用になったと思う。その後夕食には水も十分足したのでいい辛さに落ち着いた。
さてFさんは何度もこの日記に出ているが、日本語教師をして生計を立てているのだが収入が不定で大変のようである。3年スペインにいて今年念願の労働ビザを手に入れたので働ける可能性はより高くなったのだが50歳後半という年齢で仕事を手に入れるのが難しいようだ。しかもパソコンも触ったことが無い為、パソコンが必須の事務処理の仕事も無理。 自分が足元を一つずつ固める性格であるのに対して、Fさんは正に「一攫千金」を目指すタイプで毎度「今回の食事は将来10倍にして返してやる」と言う。まあ期待していないが5倍でいいので返してもらいたい。Fさんは歴史が好きで個人の興味深い見解を述べる事がある。また話がよく飛ぶので話についていくのが大変である。スペインにいる日本人というのはある意味個性の強い人が多い気がする。まあ海外に行く人ってそんな人が多いのだろう。 そのFさんが「秘密のルート」(本人談)から入手したというDVDを持ってきた。(本当にどこから持ってきたのであろうか?)内容は9.11に関しての現状とは異なるという衝撃的な内容のDVDであった。3時間に及ぶ内容はさすがに衝撃的であった。勿論全てを鵜呑みにはしないが今まで持っていた情報を加味して考えていきたい。 |
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2005年6月6日 (月)
欧州MBAメーリングリスト
風邪は結局週末では治らず持ち越してしまった。特に喉が乾燥した感じがして辛い。クラスの数人も風邪で休んでいる人がいる。流行っているのかな?それにしても今タームは大変と言われた2ターム以上の忙しさかもしれない。しかもコールドコールの授業があるので個人的な予習も手を抜くことができない。
現在「欧州MBAメーリングリスト」なるものを作っている。昨年に渡欧前に会った欧州MBAへ行く日本人との連絡の場として作ったものである。 そして今年欧州MBAを決めた人、交換留学で欧州MBAに来る人、受験を考えている人等が参加し現在は70名を越えたリストになっている。
昨年受験の際に感じた疑問(学校の校風等)、留学の手続き(ビザの申請)、家探し等現地にいる人にアドバイスが欲しかった気持ちがあった。しかし知り合いがいなかったので結局自力でやった。 今年の入学の人には少しでもこの試行錯誤した中の経験・情報を色々と共有してもらえればと思っている。また同じ狭い欧州なので気軽にお互いの町を訪問できればとも思っている。そこで現地に住んでいる人に穴場のお店を教えてもらう。こんな使い方もあると思う。 このメーリングリストに興味がある人がいたら連絡ください。別に参加に条件はありません。 |
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2005年6月7日 (火)
まだ体調が・・
最近やけに暑くなってきたなと思ったら町の温度計が「41℃」を指していた。もう夏本番である。でも日本に比べて湿気が低いので日本のように死ぬ程暑いという感じは全くしない。また日陰に行けば冷たい空気が来るのでどこに行っても汗がだらだらの日本と違って過ごしやすい。部屋でも全く蒸し暑くなく窓を開けてると気持ちいい風が入ってくる。でも日差しはかなり強い。日射病になりそうである。
週末からこじらせた風邪であるが、まだまだ治らない。ただでさえ平常時の授業でも力を使うのに、こんな中での授業はかなりこたえる。 そういいながらも今日の「Country Economics」のトピックは日本であった。過去最高の1授業で5回の発言をして面目躍如。でもよく日本を勉強するたびに「本当に大丈夫かな?」とますます思ってしまった。その後はその調子に乗って他の授業も発言する事ができた。今日のコールドコールの授業では何人かが餌食にあっていた。自分は冒頭に自主的に発言してコールドコールから逃れたのである。本当に毎回ハラハラの授業だが結構面白い。 もう期末まで1ヶ月ちょっとしかない。期末に様々な提出物があるのだが、気持ちばかり焦り全く進めていない。 |
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2005年6月8日 (水)
スペイン語をやるきっかけ
スペインのMBAに来たのも伏線がある。左のメニューの「MBAへの道」でも書いたのであるが、将来のビジネスでMBAの知識の習得ともう一つ「語学」の習得というものを目標においていたのであった。 以前韓国の会社で働いていた際に韓国人の上司が日本のお客さん、韓国の本社を相手に日韓語を巧みに使い上手くビジネスをリードしていたのである。情報が彼に集まり両者からいなくてはならない存在になる。 ここから感じたことはビジネスの出来るのは前提で言葉も重要になってきたのではないかと思う。
そんな思いから単純に言葉をやりたいと思っていた。中国語が真っ先に出たがもう既に日本語を学習している中国人、中国語を学習している日本人が多い。そこに一から語学留学しても正直遅いと思った。そこで国で言えば世界で一番使われている「スペイン語」に興味をもったのである。 最初は全くの興味であったが、銀座にある「ローランド」という月謝制の語学教室に通ってみることにした。このローランドは生徒が2人以上集まれば都合のいい日からコースがはじめられる。英、仏、露、中、韓、伊等様々な言葉が勉強できる。(一時期中国語をやったが挫折した)そこで会った先生、友人がよかったので毎回が楽しくてスペイン語が好きになった。特にこのような語学って最初の印象で決まるので、その点厳しくも無く勉強を楽しくやろうという先生のお陰でスペイン語が好きになった。
まあ仕事をしながら片手間で1年やってもあまり伸びなかった。またMBAに関しても本気で行こうと思ったのである。ここで一念発起し会社を辞め海外に行く事にした。そこで立てた作戦は1年目はMBAの受験勉強+スペイン語の習得。2年目はスペインでのMBAである。上司が日本語+韓国語なのに対し自分は日本語+スペイン語を強みにしたいと思ったのである。ということで1年目は自費であったのでとにかく安く済むところにしたかった。 そこでインターネットで「スペイン語 格安」と検索したところグァテマラという国にあるアタバルというスペイン語学校がヒットした。日本ではスペイン語の授業が1時間3,000円前後なのだが、グァテマラのスペイン語学校では300円程度。しかもマンツーマン。とにかく迷いはなかった。 アタバルの経営者はMAKOTOさんという日本で有名な女優さん(皆さん知っている人です)の弟さんが経営している。基本的には生徒は日本人が多かった。メキシコから南に下り、ここで数ヶ月スペイン語を勉強しその後南米へ行く人や世界一周に行く途中で寄った人。中には世界一周のつもりが居心地が良くてそのまま長期滞在している人もいた。ここでは今までの社会人時代には会わない人と会う事ができた。スペイン語に興味のある人はこのアタバルはお勧めです。ここでの7ヶ月は色々な意味で勉強になった。勿論スペイン語もかなり身についたはずである。この期間があったので現在スペインでの生活で最低限に関しては不自由していないのであると思う。
よく言葉とかできる人を見ていて「あんな風になりたいなぁ」と思っていたが彼もかなりの努力の末に今があると思う。やはり感じるのは何事も「コツコツ」やらないと結果が出ないことである。何度自分の言葉ができないもどかしさに「明日になったら英語ペラペラになっていないかな」と思ったであろう。しかしそれは無理である。特に語学は長年の積み重ねが必要である。 |
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2005年6月9日 (木)
勉強量増加傾向
今までのタームでは何か手を抜いても大丈夫な科目があったのだが、今回は基本的に手を抜く事ができない。その理由の一つとしては2科目(Business Gov & Society,General Management)がコールドコールの授業。十分にケースを読まないと授業が大変な事になる。またNegotiationは基本的に毎回ケースを読んでロールプレイをするので事前の予習が不可欠。Country Economic Analysisはそれ程厳しくないが様々な国についてやるので個人的に興味があるだが毎回一つの国をやるので読む量が多い。更にManagement Control Systemsは2回に一度は課題の提出である。必然的にケースを読まないといけない。しかもこの授業は先生が生徒を当て、そのケースに関しての説明をさせる。いくら発言に自信を持つようになったからといっても人前に立って延々と説明する自信がないので事前に先生に簡単に言うと当てないでくれという「SOSメール」を送った。すると理解ある先生で「不安な点を教えてくれてありがとう」との返事が。これで何とか当てられない事を願うと同時に他の生徒に比べフェアじゃないとの自責の念も多少ある。でもこればかりは自分の限界を超えているので無理である。 ということで今タームは手の抜ける授業が無いのである。その為全てに全力を尽くさないといけない状態である。昨日なんて今日の3つの授業の予習で合計で50Pのケースを夜遅くまで読んだ。正直5時間程度はかかった気がする。効率よく勉強しているはずなのにこんなに時間がかかる。一番勉強している気がする。その為体調が戻らない。特に喉が痛く夜も良く寝れない。空気が思った以上に乾燥しているのであろう。 |
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2005年6月10日 (金)
半導体業界
昨日のFinancial Timesにて半導体の売上高の世界ランキングが載っていた。 過去にNECの半導体部門で働いていた事があるので興味深かった。会社に入社した当時は「NECの半導体は過去に世界でNo.1であり今でもインテルに続いて世界No.2の会社である」と言われていた。何もよく分からない新入社員の自分は「世界でもトップの会社で働いているんだな。カッコいいな」と思っていた事があった。まあやっている仕事はかなりドメスティックであったが。 その後時が経ち、自分は会社を辞めた。会社もバブル崩壊後の厳しい状態の中で劇的に変化した。メモリ部門がまず日立のメモリ部門と合併し「エルピーダメモリ」になった。その後半導体の部門も「NECエレクトロニクス」と分社化し本社も川崎に移った。その中で「早期退職制度」という名の下で多くの人が会社を去ったらしい。日本企業の象徴である「終身雇用」が崩れたのである。その後株式公開をし業績を上げているらしい。もともと技術のある会社なので自力はあるので当然といえば当然であった。 メモリ部門をはじめとした部門の売却があったので以前のNECの半導体部門と単純に比較してはいけないが昨日見たFinancial Timesの世界ランキングでは2位から8位まで落ちていた。逆に90年代初頭にはトップ10にもいなかったSamsung電子が2位になっている。半導体メーカー売上げランキング(1980〜2004) たった10年であるが会社というものは本当に色々と変わっているのである。
今日は夕方に珍しく「夕立」が降った。やっと週末である。今日は明日の事を考えずにシエスタが出来る。本当に小さいが自分的には「大きな幸せである。」 |
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2005年6月11日 (土)
ユーロ
今日はマドリッド郊外のアウトレットモール(写真)に行ってきた。マドリッドからバス(Moncloa駅から628番か629番のバス)で30分程度の所にあるラスロサスという所にこのモールがある。ここにはスペイン代表およびレアルマドリッドの練習場があるが今日は休みであった。もうバカンスに入っているのであろう。このアウトレットモールは欧州でのチェーンらしいが日本に比べると店の数が少なかった。ここで38ユーロのシャツを買ったのだが高いのか安いのかはよく分からない。
そういえば最近ユーロが安くなっている。2〜3ヶ月前は1ユーロ137円とかであったのに今は131円である。日本の口座からちょうど135円の時に送金したのでかなりの為替ロスになってしまった。ユーロ安はEU憲章にフランス、オランダがNOと言った事が大きな要因であると思う。今回の「EU憲章」に関しての事前の情報が分かっていればユーロが安くなることは見越せていたのであったのだが・・・。やはり情報を多く持つ事は重要である。
今回のEUにおいての仏、蘭のEU憲章への反対という事に関してよくよく考えればもっともである。EUに加盟して恩恵を受けるのはある意味発展途上の国が多い。スペインも補助金を受けたりして今まで恩恵を受けられていた。逆に仏、蘭等の先進国はEUに関してのメリットよりもデメリットの方が多い。例えば他国労働者の流入等で既存の労働者が働けなくなったりする。もともと様々な国の基準が違う。民族も違うし、経済格差も大きい。それを一定のものにするのは難しいのかもしれない。
2012年オリンピックの候補地決定が7月の頭にある。先週末に候補地であるマドリッドでは町を挙げて大きな旗を持ってマドリッドの中心にあるカスティジャー通りを行進したが、パリはもっとすごいことをしていた。シャンゼリゼ通りを使い様々な競技の展示をしていたのである。最近の調査によるとパリ、ロンドン、マドリッドの順であるようだ。
 上記が現在選考に残っている5都市(ニューヨーク、ロンドン、マドリッド、パリ、モスクワ)の候補であるがマドリッドもデザインだけで言えばなかなかいいと思うのであるが・・・。 なんとその次の2016年に日本も「福岡」もしくは「札幌」で立候補しているようである。 |
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2005年6月12日 (日)
継続は力なり
スペインでの日記も9ヶ月間書いてきた。グァテマラからを入れると2年間になる。スペインに来てからはPCが壊れたり、旅行に行かない限りは毎日更新を目指して来た。こうやって積み重なったものを見るとよくもまあこんなにネタがあるなと思う。まあ過去の日記を読み返すと「あんなことがあったなぁ」と昔の事を思い出せるのでいい。そういう意味で日記を書く事をお勧めします。
それにしても感じるのが「自分の思っていることを文章にする難しさ」である。まあもともと大学受験の時も国語は偏差値50いったことが無いので感じていたのだが、海外に来て国語力の無さを痛感するとはなんと皮肉な事であろうか。また最近引きこもりのせいか、文も長いしちょっと堅い話が多くなってきたのでちょっと注意しようと思う。まあ今まで通り気負わないで書こうと思う。基本的には毎日更新を目標にしたいと思う。
最近他のMBAの人はもう夏休みに入っているところが多い。中にはもうインターンをしてる人もいるのにはビックリした。今でも勉強をしなくてはいけないところが1年制MBAの悲しい所であろうか。
授業に関してKさんと話したらKさんのセクションはそんなに大変ではないらしい。やはり先生によってかなり違ってくるのだろうか? 個人的にはモチベーションが下がってきていたので、厳しい授業もある意味気持ちの切り替えになっている。しかしそれにしても大変すぎるのもいかがと・・・。 |
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2005年6月13日 (月)
クラスメイト救済
先日HRの試験で不正を働いたクラスメイトの措置は成績に「C」を与えることらしい。MBAを与えないという点に関しては分からない。また後から試験を受けたSection2は再度試験を受けるかも知れないらしくSection2のカルロスが嘆いていた。 今回の内容は以前も説明したが結果でいえば「不正」であるが、様々な点でそういうことを起こし易い環境であった為にクラスからも同情の声が上がり彼の救済の為に署名をしようとミゲールが提案した。やはりここは友人思いである。今日は当の本人がいなかったが、単に休みだったのか。もしくは自宅謹慎だったのか?
実は今週末にオランダ、ドイツに行く。さて何のためでしょう? |
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2005年6月14日 (火)
留学の適齢期
「後悔」とは正に書いて字のごとく「後で悔やむ事である」。先には後悔はできないのである。ここスペインに来てインターナショナルの環境で勉強していて後悔する事がよくある。一番大きく感じるのは「英語をもっと若いうちに勉強しておくべきだった」ということである。現在授業もインプット(聞くこと)に集中するので精一杯でアウトプット(話したり発表したり)に関してはできる範囲でしかしない。様々な職業経験で色々なアイデアや考え方があるのであるが英語の問題でそれを全て出すのではなく、出せる事しかできない。今MBAという様々な面で貴重な場で全ての知識、知恵を十分に使えない事がもったいない気がしてならない。 まあ今までの人生はいついかなる時も自分でその時々の選択肢を選んで来たので、もう一度同じ人生を歩んだとしても同じ事しかしていないと思う。仮に間違った判断を下していたとしても、それはその時の自分がある情報内で判断した事なので全て納得している。よって現在の自分に関して何の不満もない。しかし人間とはゲンキンなもので現在何か問題にぶつかると「あれしておけばよかった」と思ってしまうのである。過去は振り返ることしかできない。変えることができるのは未来だけである。 また語学と同時に「海外適応力」も弱いと感じた。以前話を聞いたのだが20才前後までに海外経験があるかでその人の「海外適応力」が決まってしまうようである。まだ柔軟な10代等に海外留学していると色々な海外の生活に対応できるが、20才過ぎてある種の自分の形ができてからの海外生活は大変のようである。 確かに自分も思い当たる節がある。食事は完全に日本食が好きになってしまったし、夜11時頃から始まる飲み会も未だに慣れない。12時になると眠くなってしまう。
そう考えると大学留学の人は卒業後もその国で働く人が多い中、MBA留学は就職の厳しさもあると思うがその国に留まるよりも日本の良さを感じ日本に戻ってくる人が多い気がする。それにしても日本に帰って「焼肉」を死ぬほど食べたい。 |
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2005年6月15日 (水)
留学生と駐在員の違い
昨日の留学に関しての第二弾として留学と駐在に関して考えてみたいと思う。同期のKさんのお父さんは商社の海外駐在員だったらしい。その駐在員間では特殊な事情があるらしい。まずは旦那さんの身分によりその上下関係が決められている。またその中で支店長の奥さんが奥さん連中では一番権力があるらしく、その人の号令で他の奥さんも集まらないといけないらしい。外務省派遣のMさんに聞いても海外の大使館にも同じようなしきたりがあるらしい。日本人の団結と言ったらいいのか、しがらみと言ったらいいのか・・・。 駐在員というのは特殊である種、海外でも日本にいるのと変わらないことが多いらしい。日本の本社と連絡をとり休日は日本人の友人と遊ぶ。安全の為もあり家がセキュリティーがいいところになりあまり現地の人と付き合うことが無い。 そういう意味では現地の人と同じ目線で生活をする留学という経験を先にして良かったと思う。会う人間の幅も仕事上の関係ではないし、様々な交友範囲が持て現地の文化を知ることができる。中には「将来本当に社会人として大丈夫なの?」と首をかしげるような行動をとる者もいるが・・・。
駐在員のいい面としては金銭面の待遇がいい事である。日本の給与水準に海外赴任手当てもつく事があるらしい。数年海外にいて帰国すれば家が買えると言われたことがある。これが理想的であるが、最近は会社の仕組み見直しでこういった待遇も少なくなったり、現地で社員を採用する方向にきているらしい。 |
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2005年6月16日 (木)
3タームの成績
昨日3タームの成績が返ってきた。もう4タームも後半に入るのでかなり遅い成績発表である。しかもKさんのセクションは手紙で成績をもらったのにうちのセクションはOn-lineで確認するとの事。スペインらしい。 3タームはいままで以上に頑張ってきてたつもりでも、先生からの評価は分からない。よって見るまでは結構ドキドキものであった。
学校のWebでの成績を恐る恐る見てみた。まだ肝心のFinancial Management2の成績が出ていないが、それ以外は全て平均であった。今回は落とした科目がなかったのに一番ほっとした。一応ガイドラインでは4ターム終了時点で7つ科目を落とすと退学になる。現在落としたのは1科目で、今タームは6科目を履修中である。これで余程の事が無い限り卒業は可能になってきた。今回は「イエローカード」からも開放されそうである。このストレスからの開放はかなり気を楽にしてくれる。 今まで5月で無いのによく感じていた「5月病」には、今後悩まされることは無いと思うと嬉しい!
卒業と言えばSpanishMBAにいるMさんは来月卒業である。7月から念願の在スペイン日本大使館での勤務が決まったらしい。また奥さんが妊娠したと事でWの幸せらしい。という事で今後もマドリッドにいるとの事で嬉しい限りである。 |
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2005年6月17日 (金)
アンヘルとの再会
昨日授業終了後にラインハルトとオープンカフェで昼食をとっていた時のこと。2タームを終えた時点で退学になったアンヘルが目の前を通り過ぎた。 現在は以前から続けていたBOSS(ファッション)のインターンをやっているらしい。来週に終わるのでその後は就職活動に入るらしい。思っていた以上に元気だったのには安心した。あの頃はアンヘルと変わらない状態にいたのでとても人事には思えない。
結局それ以来、うちのセクションからは退学者が出なかった。 |
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2005年6月18日 (土)
海外での日本戦の楽しみ(ワールドユース U-20)
海外で見れる日本代表戦は日本で見れる以上に得した気分がする。まずは日本からの応援者よりも安くいける。またスペインからドイツ、オランダは2時間のフライトなので強行日程も無い。 という事で 6月18日(土)ワールドユースU-20 対豪州戦
6月19日(日)コンフェデレーションズカップ 対ギリシャ戦 を見ることに数ヶ月前から決めていたのである。これは欧州に住んでいるメリットである。しかも来年のワールドカップの時期にはどこにいるか分からないし、お金もかなりかかるので個人的には「1年早いワールドカップ」の観戦と思っている。
さてドイツには「Germanwings」というドイツの格安航空会社がありそれを使ってドイツのケルンに行くことにした。往復では100ユーロ程度と国内旅行と変わらない値段である。ちょうどラインハルトも同じ便でケルンに里帰りするとの事でケルンの空港からホテルまで送ってもらった。 今日のワールドユースが行われた場所はオランダのケルクラーデという小さな町。ケルンからまずはAachenというところへ行き、乗り換えhereenという町に来た。スタジアムはこの駅からバスで15分程度の奥地にあった。 試合に関しての感想はメディアに任せて、観戦しての面白さを紹介したい。 (1)TVに写る可能性あり 海外の試合なので日本戦といえども観客が少ないのでTVに写るチャンスがあることだ。今日もユニフォームを来てTVの右奥の方のフェンスギリギリに立っていたがTVに写っていただろうか? (2)試合後が楽しい 試合後に帰ろうとした所、正面玄関にバスが待機していた。選手を乗せるバスである。今日は時間があったので「即席追っかけ」をしてしまった。様々な選手がバスに乗り込む時の行動が見れるのは楽しい。
 上記は平山である。サインに対して恥ずかしながら応対していた所がまだ若者の感じがした。それにしても今の日本の選手は皆「イケメン」である。
また今日はあの「川渕」キャプテンがいたのである。
 取材陣に対してコメントをしていた。その後子供相手に気さくに写真撮影をしていた。いい人そうである。 日本国内の試合であればファンでごった返しているところである。しかしここオランダまでユースの試合を見に来る人はそんなに多くない。その為バスの前には20人程度の日本人サポーターが待っていた。この集まっていた連中はやはり濃い人たちであった。 その中で結局自分が握手したのは日本サッカー協会技術協会員の「田嶋幸三」(参考:下記写真)であったのは寂しい。
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2005年6月19日 (日)
日本代表 対ギリシャ戦
今日は日本代表の観戦にドイツ・フランクフルトへ。朝宿泊地へーレンを後に一路フランクフルトヘ。途中で同じく日本代表の試合を見に行く日本人の人がいたので話していたので3時間半の旅もあっという間に着いた。 ホテルにチェックイン後スタジアムへ。一昨日まで涼しかったドイツも自分が着てから急に暑くなったらしい。
スタジアムはとても綺麗。しかも中央の天井に大型TVがあり試合のリプレイが観れる。
内容は基本的には日本ペースだがチャンスが決められない悪い展開。しかし後半に大黒が決めて1-0で勝った。内容が押していたのでそれを反映して勝った事がとても嬉しかった。個人的には中村、中田がかなり効いていた。中村はこの試合の「Man of the match」に選ばれたがそれ相応の実力を発揮したと思う。ギリシャサポーターが大半を占める海外で応援している我々にとってはより「日本人」である事を意識される試合であった。初めて試合で国歌を歌ったし、「ニッポン」コールもした。それで勝ったので嬉しい。これで自分が応援した海外での日本代表の試合は1勝1分で負け無しである。好都合であるが自分を「勝利の男神」と呼ぶことにしよう。 今日も昨日同様「即席追っかけ部隊」として正面玄関前で陣取っていたがやはり日本代表。別のバスで既に去っていたらしい。 |
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2005年6月20日 (月)
新ユニフォーム?
この週末の試合観戦は有意義であった。チームが負けなかったのもあるが海外という通常ではない状況で必死に頑張っている彼らを見て熱いものを感じた。
今回のもう一つの目標である日本の雑誌購入に関してはフランクフルトにOCSという日本の本屋があったので行ってみた。すると値段が全て日本の2倍以上。これには買う事ができなかった。
帰りの空港のワールドカップのオフィシャルショップで面白いものを発見した。写真にある日本代表のユニフォームである。偽者と思ったが、オフィシャルショップで置いてあるしAdidasのマークもついている。本来の国旗からすればこんな感じだと思うがちょっとダサイ。皆こっちの人はこれが日本代表の本当のユニフォームと勘違いしないといいが・・。 今回の旅を総括すると、ちょっとお金はかかったが正に「PriceLess」な旅となった。やはりこの雰囲気を味わうと来年の「ワールドカップ」で日本を応援したくなってしまう。
それとドイツはやはり生活しやすい感じがした。多くの日本人の駐在員もいるし日本の店が多い。町も綺麗だし緑も多い。夏もそれ程暑くないらしい。スペインの次に住んでみたい国である。 |
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2005年6月21日 (火)
エレクティブ決定
秋からのタームはElective(選択科目)で好きな授業が選ぶことができる。現在決まっているのはビジネスプランを作るAve Projectでそれ以外は好きな科目が選択できる。
選択科目は110〜145セッションのうち好きなだけ取れる。(1セッション=90分)Ave Projectでは35セッションあり残りは最低75セッションである。大体1科目15〜20セッションなので最低5科目の履修である。今迄で十分勉強したので今回は最低の5科目をとることにした。
IEではこの選択科目にBiddingを採用している。各自1000ポイントを与えられており自分で希望する科目にポイントを配分する。各科目には定員があるのでそのBiddingのポイントが高い人順に決まるということである。もし定員になってしまい自分がもれてしまった場合には次回のBiddingに再度Bidするのである。人気のある科目は平均が300ポイントだったりするが、定員割れする科目は1ポイントでも取れる。今回は自分の興味のあるものだけ取った。
先週に締め切ったこのBidding。昨日に結果が出た。科目は下記の通り。全て希望通りである。 (1)Sport Marketing (2)The Entertainment Industry (3)Leadership, Power and Influence (4)Asia:present Business Directions&future Challenges (5)Television, Movil, Internet . y lo que Viene(スペイン語) 1科目のみがスペイン語の教科である。
(1)Sports marketingは1タームでMarketingの授業を教えたレアルマドリッドのマーケティング(バスケット)をしていたエドワルドの授業。 (2)Entertainment Industryは今コールドコールをする先生だが、馴れてくると結構面白い。結構過激な事を言うがそのズバズバ言うのが逆に面白い。この科目は人気があってBiddingの平均が350であった。 (3)Leadershipに関しては先生が学校の看板らしいのでとることにした。この先生も癖があるらしい。これも平均350。 (4)Asiaはもう少しアジアに関して勉強しようと思い取ることにした。 (5)Television, Movil〜はスペイン語の授業だがこっちの通信業界に関してももう少し深く知りたいのでその点ではいいと思う。
科目の組み合わせでは9月を丸々休みにもできたのであるが、上記の結果9月の頭から授業がある。しかし1日2コマ程度なので今ほど大変ではないと思う。中には授業には夜の20:30〜22:00の授業もある。のんびりした秋学期にしたいのであるがどうなることやら・・・。 |
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2005年6月22日 (水)
U-20大熊監督
オランダで行われているワールドユースU-20の大会はロスタイムでの失点で負けたようである。今まで精一杯に頑張って来たのだがここで力尽きたという感じだと思う。
以前行ったオーストラリア戦での大熊監督の一コマ。 試合はオーストラリアが先制するも日本が追いつき残り試合時間もあと10分。情報では引き分けでも決勝リーグに行ける事が分かったらしい。とにかくこのまま引き分けで終わらせたいつもりである。
試合中にGKの西川が相手選手にぶつかりうずくまってしまう。チームのスタッフが状態を見たところ、大丈夫のようでOKのサインがスタッフから出された。
すると大熊監督は皆が聞える程の大声で叫んだ。「もう少し 寝ていろ!」
ワールドユースのような声援の少ない場所ならではの出来事であるが、これには笑ってしまった。
その後従順なGKはちょっとの間グランドに寝そべっていた。 |
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2005年6月23日 (木)
恵みの雨
今まで30℃後半の暑い天気から今日は久しぶりの雨が降った。何ヶ月ぶりであろう。これで温度もかなり下がり25℃程度の過ごしやすい気候になった。昨夜のサッカーの練習の際にも小雨が降ったのだが今日はザーと雨が降った。雨好きの自分としては気分がいい。
今までマドリッドが暑いといっても乾燥しているので40℃であっても日本ほどの不快感は無い。やはり日本は湿度が高い為に汗が出やすい環境がかなりの暑さを感じさせると思う。スペインはまさにカラカラした熱さ(字の間違いで無いです)。日本はジメジメした「蒸暑さ」の違いと思う。よって単純に日本の温度とスペインの温度を比較しても日本で感じる40℃と違いまだまだ過ごせる。しかも陽が落ちる(と言っても22時頃)とかなり涼しくなってくる。
この前ドイツに行った際に日本レストランに行こうとしたが休業だった為、今日は授業終了後Kさんと日本料理屋へ。ドイツで食べたかった「チラシ寿司」を食べる事ができ満足。しかもチラシ寿司に続き、メニューには無いネギトロ丼も食べてしまった。たまたま座ったカウンターには年配の日本人の板前さんがいて色々と話を聞くことができた。やはり日本食が一番!! |
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2005年6月24日 (金)
ゲーム
このクラスでやる最後のタームとの事で皆も遊び心を持ってきた。今クラス内でゲームをしているのである。
今までの半年間のクラスの中で爆笑の起きたコメントを集めそれを「キーワード」として今後のクラスの発言の際に入れた場合にポイントが加算される。今タームの終わりに誰が一番ポイントを集めたかを競うのである。 面白いコメントとしては「I totally disagree since the beginning」である。
早速今日の授業から皆エンジン全開でキーワード付きのコメントを発言する度に皆大爆笑。何も知らない先生だけがきょとんとして真面目にコメントをする。しかも発言する生徒も真面目な顔をしてコメントするので余計面白い。ちょっと先生を馬鹿にしている気もするが、ここに来てクラスも一体感を感じるようになって来た。
今日は金曜日なのに夕方に「AVEプロジェクト(ビジネスプラン)」のキックオフイベントがあった。12月が締め切りなのでのんびりできると思ったが最初の締切りが7月15日なのでちょっとそろそろ本腰を入れないといけない。 |
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2005年6月25日 (土)
郊外探索
スペインに来て以来観光という意味でマドリッドを周った事がない。友人が来るからその時一緒に行けばいいやと思っていたが皆都合がつかず来る事ができないようだ。そんな事していたらスペイン滞在が終わってしまうという事で個人でもどこかに行ける時は行こうと決めた。 そんな中今日最寄の駅であるPricipe Pioに行った際に「Aquopolis」というマドリッド郊外のウォーターパークへ行くバスを見つけたのだ。早速荷物を家に置いて行くことに決めた。バス(Principe Pio 821番)で約1時間で町に着いた。バスを降りた後、そこでそれらしき人の後を着いて歩く事20分。やっと着いた。
最初は雲が差してちょっと寒かったが、気温も午後には暑くなって来たのでちょうど良かった。個人的にはウォーターパークとしては昨年の夏に遊びに行ったクアラルンプールにある所が最高であった。それに比べると格は落ちるが家族の楽しめるいいところだと思う。それにしても交通の便が悪い。(入場料17ユーロ) |
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2005年6月26日 (日)
ブラジル人で日本人の祖父を持つ同じセクションのケイが黒澤明の最後の作品となった「まああだよ」(写真)という映画のDVDを貸してくれたので今日見ることにした。彼女は日本語はできないが家庭環境からか日本のものが好きなようである。日本食が食べたいといつも言っている。自分も日本食が食べたくて金曜日にまたもやカレーを作ってしまった。もうかなりのコツを覚えた。 スペインの映画だが、ちゃんと日本語の音声付。日本語で聞くことにした。ちょっと古い映画(1991年作成)の映画だったのであまり期待しなかったがなかなか楽しむ事ができた。
それ以外は予習で1度も家を出ないという寂しい1日を過ごしてしまった。期末に向けてのグループプロジェクトも課題が発表されているのでやっているのであるが全く歯がたたなそうである。しかも自分は4つもプロジェクトに参加している。これはちょっとオーバーワークでかなり不安である。
また欧州のビジネススクールに強いビジネスパラダイムにこのページがリンクされる事になった。このサイトはとにかく多くの欧州のMBAを網羅している。 これを機にIEの人気も少しでも上がって欲しいし、この日記で学校の雰囲気を分かってもらえればと思う。 |
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2005年6月27日 (月)
新聞が読める
学校にFinancial Timesが置いてあり、授業料を払っているのでたまに読むようにしている。今日は日本に関しての特集があった。なんと「美川憲一とみのもんた」の写真が出ていた。内容は最近話題になったLivedoorの買収に関して戦うという内容らしいが写真のみのもんたはニヤニヤしている。 そういえば最近新聞が読めるようになった気がする。英語が読めるということではなく世界情勢や経済の事について理解できるようになったのである。例えば最近欧州で話題になっているEUの予算の話、イギリスに対しての農業の補助金に関して他国が非難している件等々。 特に「Economics」の授業は学習した内容がそのまま反映され、すぐに実社会でも使えるので面白い。ニュースの内容を中心に自分なりの見解ができる。今まで学問とビジネスは別と思っていたが、ことビジネススクールに関しては勉強したことが実社会でも使えるんだとちょっと感動。 そういった意味で一つ予言をしたいと思う。
「将来中国はバブルになる!!」
もしかしたら皆さんにとっては当たり前なのかもしれないが、自分には新鮮な考えである。これも授業で中国に関して勉強した時に感じたものである。中国のGDPはUSドルに換算するのだが、そこで中国の「人民元」がDevaluation(低く見積もられている)されているらしい。その原因は中国の為替制度にあるのであり、中国政府が管理している「変動相場制」なのである。実質としては固定相場制である。輸出には都合がよい。その為最近は中国市場のメカニズムに関して新聞で様々と掲載されている。いくら中国といえども世界からの批判を受けたまま対応をしないことにはいかないと思う。 となると変動相場制に変わった時に何かしらのひずみがでてもおかしくない。一説には北京オリンリックまでは無いという話もあるらしい。 さて自分の予言は当たるだろうか? |
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2005年6月28日 (火)
行く人
今タームも残す所わずか2週間。秋から交歓留学に行く人はスペインもあとわずか。その為今タームは様々な飲み会、旅行が企画されている。できるだけ参加しようと思う。でも週中の飲み会だけは未だに行けない。英語の授業はただでさえ集中力がいるのに、飲んだ翌日になんて自殺行為である。
以前フランスのEM LYONから来たIさんの学友のハビエルがIEにて交換留学としてSpanish MBAの授業を受けている。以前の飲み会を機にサッカーの練習に誘い、来るようになった。アルゼンチン出身だけにとてもサッカーが好きなようだ。そんな彼も再来週にはフランスに戻ってしまう。そんな彼と練習をするのも来週が最後と言っていた。
日本では春が定番の別れの季節であるが、海外では夏が定番のようだ。特にアメリカは卒業が5,6月である。個人的には妙な感じのする別れの季節である。 |
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2005年6月29日 (水)
逆転の発想
面白い記事を見かけた
********************************************************************* ●猪木流「逆転の発想」解決法
貴乃花の擁護派と否定派に分かれて各界の著名人が意見を述べているが、その中でアントニオ猪木の意見が異色だ。猪木曰く、「兄貴が謝るのが一番だね。『俺が全部、悪かった』と言えばいい。そうすれば、兄貴の株も上がるからね。丸く収まるだろう」要は、勝が余計な言い訳をせず、あえて弟に白旗を掲げる。そうすれば世間の同情を一身に集める。貴乃花も溜飲を下げて、騒動は収まるという寸法だ。さすがスキャンダルに強い猪木だ。言われてみるとこれしかない(?)と思えてくる。 ********************************************************************* さすが様々な経験をしている猪木の発言である。
逆転の発想というのは自分もたまにする。 自分がサッカーで負けていて残り時間が少ないときによく「焦るな!」という人がいる。自分も言っていた。しかしこれを言うと逆に慎重になり失敗を犯すようになってしまう。その為自分が取ったのは反対の行動であった。極端に言えば逆に焦りまくる事である。例えば慎重になりすぎミスパスするのであれば強引にドリブルした方がいい。こうやってある意味「焦りまくって」無我夢中にやった方が結果は上手くいっている事が多いような気がする。プレッシャーから逃げるのではなく、プレッシャーにぶつかった方がそれに慣れ、そこから何か見出せるのではと思う
しかし・・・今回のタームのファイナルのプロジェクトはいくら焦っても対処できる気がしない。
PS:月曜日の中国の件で中国政府の見解で為替の自由化をしないと言う意見を述べた。しかしある意味他国にとってもメリットがあるためにあまり強く中国に言っていないようである。もし変動相場制にし中国元の価値が上がると中国製品が高くなってしまう。そうなると中国からの輸入に頼る多くの国はものを今までのように安く買えなくなる。日本やアメリカ等はそれで大打撃である。その為に現行の方がいいと思っている国もおおいのである。そういう意味で今日の新聞に「Pressuring China could hurt US」と載っていた。 |
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2005年6月30日 (木)
マズローの欲求の階層論【留学編】
マズローの欲求の階層論をご存知だろうか? 生理的欲求、安全への欲求、所属と愛の欲求、承認欲求、自己実現と段階的に自己の欲求を満たしていくのであるが、海外留学にも似たような感じがある。
名づけて「Zakiローの海外留学欲求階層論」 英語の勉強を例にその階層を紹介していこうと思う。
(1)コミュニケーションの欲求 ・海外旅行に行った際に、現地の人と話ができる事で得る満足。ここでの喜びでもっと勉強をしたくなる。海外留学をしたくなる。
(2)海外の英語学校で勉強したい欲求: ・海外に行き英語の学校に通って勉強をする。日々の勉強の中で自分が英語が少しずつ出来るようになる事に充実感を感じる。
(3)海外の大学等で勉強したい欲求: ・英語学校に行く中で感じてくる事。それは自分はその国から呼ばれた人間では無いという事。自分の行っている学校はお金を払えば誰でも入れる。そういう点で学校が「欲しい」(入学許可証)という所に入りたいという欲求が出てくる。大学なり大学院なり学位を出す学校に入ることは大きく捕らえるとその国が必要な人材であると認めた事になり「招く客」になる。
(4)海外で働きたい欲求: ・海外の学校でいかに学位を取ろうにも所詮は自分がお金(学費)を払っている。その点ではまだその国に対してお客さんなのである。次の欲求はそれからの脱却=その地で働いてお金をもらう=という欲求である。労働ビザというのはその国が「お金をあげるほど欲しい人材」という位置付けにも考えられる。
さて皆さんはどう考えるだろうか?(内容はかなりの独断が入っているのでご了承を) *海外で働くという点に関しては語学等の問題があるので皆が思うわけではないと思う。 |
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