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Zaki-zakiのスペインMBA留学日記のページ!
マドリッドより様々な情報をお伝えします!

2005年8月1日 (月)  出発前日

 昨日のバルセロナ→マドリッドの1時間のフライトでも疲れたので日本までの15時間以上のフライトに耐えられるか本当に不安になってきてしまった。しかも関空で友人と合流後休み無く観光地を転々とする予定なのである。
 やはりマドリッドは乾燥している。日差しはとても強いが日陰に入ればとても涼しく汗がすぐに引く。夜になると窓を開けて寝ると寒いので閉めて寝た。午後には珍しく雨が降った。

 今日は部屋の中でのんびりとした。しかしずっと部屋にいたためか頭が痛くなったので市街に散歩する事にした。町は観光客でにぎわっている。

2005年8月2日 (火)  ジャパンツアーに行って来ます。

こんにちはマルコ・ポーロです。
黄金の国「ジパング」に行って来ます。
どんな宝が待っているのかワクワクドキドキです。

 これから日本へ。という事で極力毎日更新を目指したこの日記も多少更新の遅れはあるかもしれないがご了承を。

2005年8月3日 (水)  ジャパンツアー:京都

 マドリッドからアムステルダムを経由し飛行機は一路関空へ。実は関空は初めてであったが、朝だったためか成田よりは寂しく無機質な感じがした。しかし島全体が人工というのは人類の英知を感じる。
 着けど合流するKさんら3名(ラインハルト、ヘンリー)の姿が見当たらない。結局携帯に電話すると「京都まで来い」との事。バスで行く事にした。

 日本の夏は予想していたのがもっと凄かったので、勿論汗はでてくるがそんなに暑くは感じなかった。今日だけで京都の金閣寺、竜安寺、仁和寺を周った。特に飛行機の中は寝れなかったので途中から眠くてしょうが無かった。

 彼らに話を聞いたら前日に日本一綺麗と思う「姫路城」に行ったらしい。そこでラインハルトが侍の鎧を着たらしい。

なかなか似合っている。他の写真も見たが目がかなりいっている。

2005年8月4日 (木)  ジャパンツアー:京都2日目

 今日は「京都の良さ」を伝えたくてしょうがないのである。
実際京都に来るのは人生で初めてであった。日本国内は寺なんてどこも同じだと思い、あまり期待していなかったのである。

 今日は清水寺(写真)、銀閣寺、平安神宮、二条城、西本願寺を昼間に見た。このそれぞれの建物も蒸し暑くてとても辛かったが行った甲斐があった。
 そしてそれ以上に良かったのが大文字山(夏に「大」の字の火が見える山)から見た日の入りと京都市の夜景であった。さすがに麓から30分汗だくになって登ったのは辛かったが登って本当に良かったと思える程の夜景であった。隣にはヘンリーでなく女性と一緒にいたい程素敵な町であった。

その後にも下山途中に蛍を見ることができた。
 その帰りに行った祇園の八坂神社も綺麗であった。中央にあるいくつもの提灯の光がまたロマンチックであった。
 という事で京都という町は歴史があるだけに本当に見る所が多い町で、それと同時に「日本人」である事に誇りを持った時であった。本当にまた来たくなってしまった。(夏を除く)まあ色々と質問されて分からなかった自分は情けなかったが・・・。

2005年8月5日 (金)  ジャパンツアー:奈良

 今日は朝一番に京都御所に行く事にした。この京都御所は事前に予約しないといけない。Kさんが外国人向けの英語のツアーを予約していたので参加。今日はもう朝から暑くて汗が出てきてとても大変であった。
 その後大急ぎで京都駅に戻り奈良まで行った。所要時間は40分くらいである。ここで興福寺、東大寺の大仏、春日大社に行く事にした。
 ここでの圧巻は大仏のある東大寺。高さは100Mあるのではないかと思うほど高いし広い。この大きさは行ってみると本当に圧倒される。やはり地方の小さなお寺、神社にしか行っていない自分にとってはかなりのショックであった。外人の友人はなおさらであろう。

写真で見るよりも大きくとても迫力を感じた。上記の写真の人を見ればその建物の大きさが分かると思う。

この写真ではその大きさは表現できていないが、大仏も半端なく大きかった。本当に昔の人の偉大さを感じてしまった。
 東大寺では他の建物も含め屋根を修理する必要があるらしい。そこで売店では屋根の瓦に記念の文字を書かせる商売をしている。自分の書かれた瓦が東大寺のどこかに置かれると思うと嬉しくて4人で寄せ書きを書くことにした。「来日記念 平成17年8月5日 以下名前〜」と書いた。(右上写真)
 
 今回はかなり歩いたが昨日同様に充実した日を過ごした。しかも体力もついたし、体も絞れてきた感じがする。今回のこの関西ツアーは充実した疲労感と共にかなり満足できた。

 最後にホテルに関して。現在京都駅近くのAPAホテルという所に滞在しているがとても快適である。京都駅からすぐ、清潔な部屋、無料でLAN接続可能(それ故にこの日記が毎日更新できている)、屋上の浴場等シティーホテルとしてはかなり設備がいい。しかも1泊5,400円という値段。現在色々とチェーン展開しているようである。女性社長がなんか怪しそうだが、是非このような低価格、高クオリティーのホテルには頑張って欲しい。ちゃんとコストをカバーできているのか疑問であるが・・・。

2005年8月6日 (土)  東京へ

 京都から7時間かけて一気にKさんの車で帰ってきた。久しぶりの運転も問題なく思ったより早く帰って来る事ができた。しかしやはり運転後には疲れがどっとでた。

 今回は色々と東京でする事が多いので滞在の1ヶ月はマンスリーマンションをネットで予約していた。ネットで探してみると色々とあるが結構月10万円以上するものが多い。そこでバス、トイレ共同で部屋にはベッドとエアコンのみの寝るだけで4万円の部屋を見つけたのでそこにした。もともとどこかの社員寮らしきところである。

 今日は大学時代の友人との飲み会があったので荷物を置いてすぐに新宿に出かけた。このページで焼肉を食べたいと書いていたので美味しい焼肉屋に連れてってもらった。皆は10年来の友人で言いたい事を言い合える仲なので、気を遣わないのが嬉しい。このホームページは見ているらしく、書いている事が本来の自分には似つかわしくすごく「マジメ」と言われてしまった。彼らに対してはいつもオチャラケテばかりいたので印象が違うようである。まあこのページでつまらないギャグばかり書いても余計引かれてしまうと思って書いていないのである。
 確かにどちらも自分であると思う。誰に対して書くかに対して書き方が違ってきているようである。今後自分をもっと出せるようにしていきたい。

2005年8月7日 (日)  帰国第一戦

 今日は大学時代のサッカーチームが練習試合をするとの事で行った。まあこの試合に合わせて東京に戻って来たのでもある。それにしても日本はもう蒸し暑くて不快指数がいつも針をはちきれてる状態だ。

 今日の相手は20代前半の体力のありそうなメンバー。対する我々はオーバー30歳。しかもメンバーが集まらなかったので他の人にも助っ人を頼んで何とか11人集まった。FW陣が少なかったので、自分は久しぶりにFWで出場できた。

 という事でかなりの苦戦が予想されたがまだまだ若い連中には負けられない気力で4-0の完勝であった。自分も1得点1アシストとFWの役割を果たす事ができた。皆もかなりいいパフォーマンスであった。個人的には最後は多少疲れたがまだまだ若手相手にも通用する事ができた。欲を言えばもう少し得点を決めたかった。

 その後の旧友との語らいの中で、皆家族の話をしている事に時の流れを感じたのであった。変わってないのは自分だけ? 

2005年8月8日 (月)  就職活動+軽井沢

 それにしても暑くて外にでるのも億劫になってしまうほどの日本である。そんな中今日はある転職斡旋の会社へスーツを着て面接を受けに行った。ちょっと歩くだけで汗がにじんでくるので会社のある新橋まで行くのがとても辛く、長く感じた。
 
 今回は自分の履歴の確認と案件の紹介であった。職務経歴書に関しては書き方のアドバイスをもらい、2社の案件を紹介してもらった。2社とも外資系の会社の日本のマーケティングのマネージャーである。しかし会社はすぐに働ける人が欲しいようで、自分のように来年の1月からという人を募集している会社は日本には無いようである。興味があったので応募する事にしたが、1月からの就業という前提になったので確率は低いと思う。
という事で日本で職探しをする場合は卒業後(12月)になりそうである。

 帰宅後Kさんとドイツ軍団でKさんの親戚の別荘のある軽井沢に行く事にした。今回の「ジャパンツアー」はKさんのお陰で車、宿代がかからない事が多く懐へのダメージも甚大ではない。感謝感激である。軽井沢に着くとまさに「避暑地」と呼ばれるだけのことはあって涼しかった。気温が20度前後であり、Tシャツではちょっと寒いくらい。もう東京へは帰りたくない気分。

2005年8月9日 (火)  草津温泉

 Kさんの別荘であるマンションは居心地最高であった。しかも軽井沢駅から近いので夜中は2時間近く町を一人で散歩してしまった。
 一夜明け、軽井沢を一路北上し草津温泉に行く事にした。外人の彼らに日本の「温泉」を見せようとしたのである。ちょうど草津も涼しかったのでいい温泉日和であった。

 軽井沢から草津までは思ったより早く1時間ちょっとで着いた。そして草津で有名な「大滝乃湯」(写真)に入ることにした。彼らは思ったよりも楽しんでいたようである。
 昼食後に東京に向けて帰ってきた。帰りの車の中では自分が日本に戻って買った携帯電話で遊んだ。この携帯はボーダフォンで1円にもかかわらずデジカメは200万画素、TV、ラジオ、位置情報付きの豪華な携帯である。ヘンリーは物珍しく携帯のTVをしきりに見ていた。

 東京に戻ると以前よりは涼しくなってきたが、まだジメジメ感があった。その後今まで食べたかったリストNo.1の松屋の「牛焼肉定食」を食べた。本当に日本に帰って来て良かったと思う瞬間である。

2005年8月10日 (水)  面接

 今日は会社の面接。月曜日ほどは暑くなかったのでスーツを着ても何とか凌ぐ事ができた。しかし今の仮住まいから駅までが15分なので駅に着くころには体が熱くなり汗が出てしまう。

 今日伺った会社は日本の会社。数年前にTVで見たのだが社員の方が成績により社長よりも給料が貰えたり、社員が新規案件に関して提案でき、プロジェクトチームを作れ、チームメンバーも会社から選ぶ事ができるという面白そうな会社であった。しかし現状はメインの業務に集中しており、この新規プロジェクトに関しての提案はもうやっていないようである。

 面接で会社を良く知る事により業務内容がちょっと自分のやりたい方向とは違っている感じがした。またやはり日本の会社な為なのか、最初から責任を与えるような仕事はやらせないらしい。この点は月曜日に求人のあった外資系とは違う所である。個人的には失敗してもいいのでできるだけ責任あるポジションで働きたいと思っている。別に給料がいいとか、肩書きがいいという訳ではない。上の人の決めた内容を遂行するのではなく、自分で決めて実行したい。その方が自分で納得したプランなので自分で責任が取れると思う。その上失敗したのであれば責任を取って会社を辞めてもいい。あまりリスクをとらないでずっと会社にいたいという気持ちは今のところは無い。特にMBA卒業後数年は自分にとっても一番得る事が多い年になると思うので様々な責任のある仕事をし自分を高めたいと思っている。

 また今日の面接では「なぜスペイン語?」という事を聞かれた。仕事のためだけにスペイン語をした訳では無い。個人的に将来いい人生経験を送る上で言葉はできればいいと思っただけである。今日の面接では仕事とスペイン語の関連性を強調され質問されたので答えるのが難しかった。とまあこの面接の結果がどのようになるのかは分からない。

 その後旧友との昼食。彼とは数年前のベンチャー会社での友人。最近上場した会社の社員なのでストックオプションを貰って億万長者になっていると思ったら、ストックオプションはもらえていなかったらしい。お互いの近況を交え、キャリアについても話し合った。やはり今が自分のキャリアに関して色々と感じる時期のようである。
 
 今晩も松屋で「豚焼肉定食」を食べた。これまた上手かった。今夜は涼しくなった。

2005年8月11日 (木)  東京案内

 今日はKさんが都合がつかないため、ドイツ人2人を連れて東京案内をした。まずはお目当てのデジカメ、MP3を買うために秋葉原へ行ったが新宿のビックカメラの方がかなりの価格差で安かった。もう秋葉原は安いという神話は無いようである。その代わり彼らが興味を持ったのが、アニメ、プラモデル等のおもちゃであった。秋葉原の町も着実に「電気の町」から「お宅の町」へと変革している事を感じた。新宿では税抜+15%のポイントがついたので彼らはとても満足であった。

 午後にはお台場を見せたのだが、これは予想通りかなりの好印象。トヨタのショールームに行き、レースのシュミレーションをやった。ラインハルトの運転は直線的で開始10秒後には彼の車がクラッシュし宙を舞っていた。ヘンリーもまあまあの運転であった。下記は運転するヘンリー。

その後は都庁に登り東京の夜景を見たのであった。もうそのころには疲れてしまった。

 今日の東京案内にはとても感謝された。それにしても今になって気づいたのであるが、日本ほど様々なものに富んだ国は無いのではないか?京都のように日本的な歴史建造物が所狭しと立ち並び、東京のように近代的なビルや、様々なショッピングビル、アミューズメントスポットがあるのは自分の知っている限り他の国では全く無い。海外の人間に自分の国を紹介する事に自分の国の良さを再発見するのであった。

2005年8月12日 (金)  電車男

 映画館で「電車男」を見た。スペインにいるときにネットであらすじを読んでいたので映画ではどのような感じなのか興味があった。
 自分は少年期であるがアニメ好き、ガンダム好き、ゲーム好きだった。しかも独身男。もしかしたら主人公と同じような境遇だったので何か他人の感じがしなく気になってたのかもしれない。まあ30過ぎのおっさんが一人で映画を見ていたので他人も「お気の毒に」と見ていたのかも知れない。アニメソングはいろいろと知っているし、よく漫画喫茶にも行っているが念の為に言っておくが「お宅」ではないと思う。

 夕方はKさん、ドイツ軍団と合流し焼き鳥屋へ行った。焼き鳥はちょっとドイツ軍団の舌には合わなかったようである。Kさんの友達も来たが、ほんとパワーある人ばっかりである。夜はとてもすごい雷雨であった。

2005年8月13日 (土)  面接結果

 先日行った会社の面接の結果が返ってきた。結果は「将来何がしたいのか明確に見えないため見送る」との事だった。

 確かに面接に関しては経歴等自分に関して話すことが多く、会社への志望動機等の話があまりなかった。就職活動の頃の事を思い出してしまった。何故この人を採りたいのか会社の気持ちを考えずに自分の言いたい事だけを話してしまったようだ。「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」で言えば敵を知らなさすぎたようだ。いい勉強になった。

 今回の会社は前回も述べたが仕事内容としての魅力はあまり感じなく、会社の知名度で選んだのが問題だったと思う。そのためその会社に関してもあまり調査しなくて、熱心さが伝わらなかったのではないかと思う。
 いくら外聞がいい会社でも自分がやりたい仕事でなければ意味がない。会社名なのか、給料なのか、ポジションなのか、働く場所なのか、何にプライオリティーを置くのか再度考えさせてくれるいい機会となった。

2005年8月15日 (月)  Good bye my best friends

今まで日本に滞在したドイツ軍団(ラインハルト、ヘンリー)がジャパンツアーを終えて帰国の途についた。彼らは学校での一番の友達である。最後の秋学期は2人とも優秀な為UCLAに交換留学に行き、12月の卒業式まで会う事が無い。次回は卒業式前に「日本料理+カラオケ」を約束した。
 最初の日本旅行にしてはかなり充実したのではないかと思う。個人的には春及び秋が日本に来るベストシーズンと実感した。

2005年8月18日 (木)  日本の夏満喫中

 日本に帰って来て「見えないストレス」から開放されたのか毎日が充実している。特にご飯。毎日6時に起きては朝ごはんを食べに行っている。ご飯が本当に旨い!
 また暑い夏。5分も歩けば汗がにじんでくるのでかなり厳しい。しかしその不快感を押しての観光の中で見る事、感じる事が後になっていい思い出になると思う。

 これが1ヶ月夏休み限定なのでいいのだと思う。もうあと10日しかない。やりたい事リストは結構できている。しかし勉強関連は全くやっていない。そろそろリハビリが必要である。

2005年8月19日 (金)  気球

 あまりにも過ごしやすい日本の生活にすっかり慣れきってしまい、9月に授業に戻れるか心配になってきた。もう10日しかない。それにしても本当に日本は色々と面白い。TVも面白い番組も多いし、政治関連も目が離せない。ああヤバイ・・・。

 さて今夜は昨年のクリスマスのポルトガル旅行で会った女性とM田さん(1月4日参照)と食事に行った。彼女は気球をやっているようで、その面白さを教えてくれた。チャンスがあれば気球に乗ってみたい。様々な人との話は自分の幅を広げるので楽しい。所詮は自分の経験は一人分。人と話すことによりより多くの経験を共有できる。

 また日本での小さな変化も垣間見る事ができた。今週ちょっと静岡迄遊びに行った。そこではブラジル等南米人が出稼ぎで働きに来ているようで、町で彼らをよく見かけた。こっちの工場では彼らが多く働いているらしい。東京では感じなかった事だが、地方では結構労働移民は受け入れているようである。どこに行っても色々と発見がある。まだまだ日本に関しては知らない事が多そうである。

2005年8月20日 (土)  ダブルヘッダー

 今日は午前と午後のサッカー三昧。午前は来週サラリーマンズカップに行くメンバーとの大会1週間前の最後の練習。大会はオーバー30ではなく、通常の大会に参加。よって目標は優勝から勝ち越しにしておこう。

 午後は自分が最初に勤めていたNECのサッカー部の練習試合に参加。今日は珍しく暑くなかったので思ったように動けたが、グランドが広いので走るのに疲れてしまった。大会1週間前なのでできるだけ動き体をいじめたので、これでいい感じで大会にいけると思う。このチームは離れてから5年以上経つがまだ5年前のメンバーも残っている。そうなので行きやすいのであろう。日本に帰って来ても行くところがあるという事は嬉しい事である。

 その後しゃぶしゃぶを食べた。これもまたうまかった。その後は写真でお尻を出しているK原さん宅に一晩お世話になった。正に男の部屋であった。

2005年8月21日 (日)  日本若者動向調査

 今日は「若者の動向調査」を建前としてカップリング・パーティー(通称:ねるとんパーティー)に行った。

 7月にバルセロナでインターンした際に同じ宿に泊まった高校教師森田君と夕食をしていた際に「ねるとんパーティー」の話になり、興味をもったので帰国時に是非行こうという事になったのである。決して自分の希望ではない(という事にしてください)。数年前に友人と興味本位で行った事があるので大体の内容は分かっているので先導役として行った。今回は場所や時間は知らなかったが、前に行っていた京王プラザホテルに行くとちゃんとパーティーの掲示があった。「出会い」ビジネスはいつでも需要が無くなる事は無いであろう。来る人も合計で50人はいたと思う(男女比:6:4)。一人参加費5,000円で、コストはこの部屋の貸しきり料金と雑費なのでこの2時間でかなりの儲けである。

さて「ねるとんパーティー」というとちょっとどんなものかいぶかしく思われる方もいるかも知れない。今回の森田君もそうであった。彼の行く前のイメージは「もてないちょっとお宅っぽい人」であった。しかし来るメンバーは本当に普通の人である。女性もおしゃれだし、綺麗な人もいる。「なんでこんなところに来るの?」と思う程綺麗な人もいる。やはり日本では出会いが少ないのであろう。その為このようなパーティーは至る所で行われている。このパーティは週末は勿論平日も夜に行われている。情報誌(じゃらんやHot pepper)にも様々なパーティの情報が載っている。

 知らない事を探求する心はどこに行っても必要である。「食わず嫌い」よりも「食べた上で嫌いなら嫌い」が自分のモットーである。

さて結果は森田君がカップルになり、自分は撃沈した・・・。
今回の目的はあくまでも「実態調査」である。お忘れなく!

2005年8月22日 (月)  Dreams come true

 暑い中、今日もスーツを着て行ってきました面接に。今回は写真にある大きなビルにある会社。スペインでのインターン先の本社である。大きすぎて迷ってしまった。

 7月のインターンの際にバルセロナで2週間働いており、日本での責任者もその際に来て2日一緒に働いたので気さくに話せた。また他の部署のトップの方とも話をし、会社全体の概要を掴む。その後は具体的な業務、条件等に関しての話し合い。バルセロナの子会社での業務になるのだが、管轄は日本の本社での採用になるようである。

 という事で来年からスペイン・バルセロナで働く可能性がかなり高くなってきた。正にスペインに行く前に「スペインで働ければいいなぁ」と憧れていたが、それが現実味を帯びてきたのである。これにも運がかなりあると思うが、それと同時にやってきた事が報われたのだと思う。

 まずはスペイン語。これを勉強していたので少なからず、今回のインターンでも役にたったのだと思う。勿論スペイン語を使う業務の募集なんて本当に少ないが、そのスキルをもっている人も少ない。よってもし募集があればかなりの確立で有利なポジションにいる事ができる。
 また行きたい土地に行く事も重要である。行けばチャンスも日本にいるよりも多い。その為に自分はスペインのMBAを選択した。
 熱意も重要であると思う。本当に働きたければ会社の住所を調べる事も可能だし、履歴書を送りタイミングがよければ働く事もできる。
 ネットワークも必要。それは転職斡旋会社であったり、MBAの友人であったり、現地の日本人であったり、クラスメイトである場合がある。しかし常に自分でやりたい仕事の情熱を発信しておく必要がある。そこから「あいつこの仕事したいって言っていたな」と紹介してもらえたりする。

 今回の件はまだ流動的な内容で途中で駄目になる場合もある。勿論卒業の12月まで他の話もあると思うのでそれも加味して自分にとってベストな選択をしていきたい。

2005年8月23日 (火)  帰郷

 1年ぶりの仙台への帰郷。早朝新宿発仙台行きのバス「正宗号」に乗り5時間ちょっと、着きました仙台(写真)。
 東京では29℃であったが300km北にある仙台での気温は23℃というとても過ごしやすい天候であった。駅に着くとメインの通りである中央通りを歩き昔の若かりし日々を思い出すのであった。店も昔あったものが潰れて違う店になっていたりしてやはり時代を感じさせた。

その後自宅のある「多賀城市」へ!いつも仙台と言っているのだが実は仙台市の隣にある多賀城市が実家なのである。みんな、嘘ついてゴメンネ。この多賀城市は「歴史の町」として有名である。西暦800年頃に坂之上田村麿が蝦夷征伐の際に宮廷より「征夷大将軍」の称号を受けこの地に「多賀城」を建てたのが由来らしい。まあ何も無い田舎という事である。

本邦初公開「Zaki-zaki」の実家。

ちなみに田舎では一軒家が普通です。別にお金持ちではありません。

2005年8月24日 (水)  行動読まれたり!

家に帰ると机の上に「Zaki-zaki日記のまとめ」という分厚いバインダーが置いてあった。親がこの「Zaki-zaki日記」を全てプリントアウトしてバインダーに綴じていたのである。しかも誤字脱字に関しては赤字で訂正してあった。

 毎日の行動が読まれていたのである!
また日記の内容をより詳細にまとめていたのである。まず各タームの授業内容及びグループメイトの名前。次に驚いたのが出ている登場人物をリストアップし、出身国、名前がまとまっていた。
その情報を基に色々と指摘・助言された。全部の情報を出しているだけあり反論できないのが悔しかった。

 ホームページ、ブログ等はある意味近況報告という点では家族を安心させる事がある。しかしそれと同時にいつも見られているという気持ちがいつもある。全ての事を書くことをこの日記のモットーにしているので悪い事を書く際にはちょっと気が引けてしまう。

2005年8月25日 (木)  Zaki-zaki家の一員

 写真は我が家の一員であるミニュチュア・シュナイザーという種類の犬2匹。手前はラッキー、奥はマック。ラッキーはちょっとおでぶちゃんです。自分を見るといつも吠えてきます。なのであまり実家に帰らないのです。

実家での滞在は2日のみで今日東京に戻った。

2005年8月26日 (金)  面接2

 今日は日系メーカーの面接。ここは将来的にはバルセロナ等海外での営業ができるポジションとの事。勤務地はいいが業務内容がメーカーの営業ということでちょっと気が引ける。また最初は日本で働いて適正をみてから海外へ派遣するらしい。よって日本で働いている際にあまりよくなければ海外赴任もないとの事。

 面接は人事の人と3名の海外関連の部長さん。「英語、スペイン語で経歴を紹介して下さい」と言われたときは焦ってしまった。しどろもどろになりながらなんとか説明を終えた。その後スペイン語での質疑応答もあった。

 質疑応答に関しては概ね問題なかったが、転職している点に関して否定的に質問された。よく言われる「ジョブ ホッパー」に見られているらしい。外資系の会社の面接とは全く反対の反応であった。まだまだ日本には「就社」の考え方が大きいのだと実感。今回はわざとそのように意地悪な質問をしたのかも知れないが・・・。これは今後会社により見せ方を変えていこうと思う。

 今回の面接で個人的に感じた点は、まだまだ固くて自分でリスクをとる範囲が狭い感じがした。またやはり自分はメーカーでの営業は向いていなさそうである。

 結果としては先方から「見送ります」の返事が来た。理由は営業力とスペイン語に関して疑問があるという理由らしい。しかし本当の理由は「本心から行きたいという情熱が無い」のが分かられたのであると思う。しかも一度メーカーで働いていて、そこでメーカーでの文系人間の限界を感じ、キャリアチェンジを変えようとしていると説明した。しかしこの会社はバリバリのメーカーの営業である。自分もここに矛盾点を感じていた。結局は「バルセロナ」で生活できるという仕事以外の面が優先事項になり受けてしまったのである。
 今後は本当に行きたいところのみを受けようと思う。そうでないといたずらに時間を過ごすだけで双方にいい事はない。しかも紹介してくれたエージェントにも悪い。

2005年8月27〜28日 (土,日)  サラリーマンズカップ

 今回の夏休み帰国のメインイベントであるサッカーの大会「サラリーマンズカップ」に行ってきた。前職の日本サムスンのサッカー部で毎年恒例で行っている社会人向けのサッカーの大会である。通常は9月の3連休に行くのであるが、今回は無理言って8月に調整してもらった。
 金曜日の夜に東京を出、大会の地「嬬恋高原」へ行って来た。東京と違い涼しくてかなり過ごしやすい。

 大会は土曜日に予選、日曜日に順位決定戦。予選は0-3,0-1で負けて翌日はCリーグの順位決定戦に行く事になった。(要するに最下位決定戦)。勿論チームの高齢化による運動量の低下もあるがどのチームもかなり手ごわい。

 翌日の試合は必勝の気持ちで挑んだが2-5,3-3と勝つ事は結局できなかった。特に2試合目は3-0となっていたのだが、最終的には追いつかれてしまった。個人的には4試合とも全試合出場させてもらい、しかもトップ下のポジションながらも成績は1得点1アシスト(4試合目のみ)であったのは悲しいところである。
 また2日目の試合前には右腿は筋肉痛、左膝は強度の捻挫と歩くのもままならなかったが、試合になると痛みを忘れて思いっきり走る事ができた。「火事場のバカ力」といったものであろうか?

 この大会には是非とも毎年参加していきたいと思う。(できればオーバー30歳の大会で)。今でも歩く事が困難だが、いい夏休みの経験となった。

2005年8月29日 (月)  買出し

 スペインに戻るのがもう明日。色々と買う予定のものを買っていない。今日はあわただしく買出しに行った。

まずは本。色々と興味のありそうなビジネス関連の本及び雑誌。1万円分、10冊程度になった。次には以前も紹介したが「野菜のドレッシング」。お目当ての叙々苑のドレッシングを含め3つ調達。本当はシャツ等服類も買いたかったが時間が無くなり買えなくなった。

2005年8月30日 (火)  スペインへ帰国

 1ヶ月いたマンスリー寮を朝の5時半に出て、10時15分成田発のKLMの飛行機に乗りアムステルダム経由でマドリッドに同日19時に着いた。
 飛行機で席を選ぶ際には、出入口近くの席があるかをいつも聞いている。この席は前の座席が無いので足を伸ばせるのである。今回はあったのでそこに座れた。疲れた場合は前の空間で伸びができるので、他のエコノミーの席に比べると格段に快適である。

 途中でマドリッドの行くという関西外語大生2名がいたのでホテルまで案内し、その後いつも行く「パエリアの店」で食事をした。ここのパエリアはいつ食べても美味しい。彼らも大満足であった。

 とはいいながらもやはりフライトは疲れる。飛行機の中ではほぼ寝ていたにも関わらず帰宅後には疲れがどっとでてソファーで寝てしまった。もう日本食が恋しい。

 今回の「ジャパンツアー」は本当に充実した1ヶ月であった。お金もかなり使ったが・・・。

2005年8月31日 (水)  朝日新聞国際版(欧州版)掲載

 現在海外留学生向けの就職斡旋会社に登録している。この会社が朝日新聞の国際版(欧州)と一緒に海外で勉強するMBAの学生の記事を毎週金曜日に載せている。
 以前その記事の依頼があったので快諾した。私費留学生なのでただでできる広告はしておきたい。その記事が8月19日(金)付けの朝日新聞国際版に載ったとの事でその新聞1部を送ってきた。新聞を見るとテレビ欄の横のいいポジションである。

 原稿の内容は下記のリンクとほぼ同じである。
朝日新聞:「大航海時代ーフロンティアを拓く人々ー」
 送った職務経歴書と電話でのインタビューが基にこの文章が構成されている。内容はほぼ合っているがやはりプロ、文章を上手く書いている。