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【欧州訪問記2004年1月〜2月】

【はじめに】

さて皆さんは「今までグァテマラで遊んでいたZaki-zakiが今度はヨーロッパに遊びに行くの
か?いい年して放浪者してるな」なんて思っていたでしょう。半分は本当かもしれません。
残りの半分はというともう一度勉強し直したいということでした。大学ではあまり仕事という
実感が無かった為に全く勉強しませんでした。そこで仕事を通じて自分に無いところ等が見え
てきたので再度勉強し直そうと思いました。そこで海外の大学院に行くことを考えました。
  そこでアメリカの学校よりも国際色の強いヨーロッパの学校を受けることを決めました。
調べてみるとマンチェスターロッテルダム、パリ、バルセロナ、マドリッドとなぜかサッカー
の有名なチームのある都市が多いんですよね。
   準備はグァテマラにいた時に午前中はスペイン語、午後は英語と分けて勉強していました。
また試験は毎月5時起きしてバスで1時間かけて試験会場まで行っていました。テストのスコ
アがあまりあがらなくて最後まで勉強が大変でした。それと平行して出願する際のエッセイを
書き始め英語の先生であるKAYにいろいろと頼んでチェックしてもらいました。
 12月に何とか英語のテストが最低限ぎりぎりの点数が取れたので出願エッセイにとりかかり
クリスマス近辺にスペイン語学校に無理言ってプリンタ、インターネットを1月頭に出願しまし
た。大学側はテストスコア、大学の成績、社会人の経験、エッセイ等を基準に合否を決めます。
 この書類審査を行ってから実際に会うか電話での面接になるのですが、テストスコアがどの
学校も平均点よりもかなり低いために書類で落とされる可能性があるので「学校を見に行きた
い」というメールを出しプッシュしました。そうしたためか書類は全ての学校で通過し予定通
り学校訪問となったのです。スケジュールも自分で決めて「この日にしたい」と書いたのでう
まく調整できました。
 
前置きはこのぐらいにしてグァテマラから27時間のバスの旅を経てメキシコシティーで2日
滞在の後に目標の彼方「ヨーロッパ大陸」行きの飛行機に乗ったの でした。
それでは「欧州訪問編」はじまり はじまり!!


【倫敦(ロンドン)通信】1/18〜21日

メキシコを出発してアムステルダムを経由(KLMオランダ航空だったので)ロンドンに着いた
のは1月18日でした。夕方に空港に着いたので事前に教えてもらったユースホステルに直行
しました。ここロンドンは初めての海外旅行の地で、10年前に大学の友人と来たものの英語
が全く理解できずホテルにこもっていたいやな経験のあるところです。まあ10年前に比べる
と英語力がついているいるようで会話に関しては問題ありませんでした。
 しかしユースというのは10人位のドミトリータイプなので他のルームメイトとの会話をし
なくてはなりません(強制ではありませんが)。これが結構辛かったです。話す機会を減らそ
うと夜遅く帰ってきてもまだみんな帰って来ていません。外人は夜が好きな人が多いようです。
もう2日目からはマイペースでいることにしました。
 ここではロンドンにある大学院の説明会を聞きに行きました。面接も受けれると思ったので
すがちょっと出願が早すぎて対応できないとの事でした。後ほど面接(か電話面接)の日程を
教えてくれるとの事です。電話面接が嫌いなのに来たのにこれじゃ意味無いじゃんと思い帰り
ました。

【マンチェスター通信】1/22〜23日

ロンドンに4日滞在後マンチェスターに電車で行きました。航空会社でバージンエアってあり
ますよね。その会社は鉄道もやっているんですね。それに乗りました。こちらイギリスでは
早めに電車の券を買うと安くなるそうです。2週間前に購入していれば20ポンド(4,000円)
の切符が前日購入で50ポンドになっていました。かなり痛いです。まずホテルを探して荷物
を置いた後に事前に会う約束をしていた在校生の方とマンチェスタービジネススクールで会い
ました。このマンチェスター大学のビジネス専門の大学院でマンチェスター大学自身も地方の
有名国立大学で通っているようです。町の中心に大きなキャンパスがあります。
それにしてもこっちに来てますます寒く感じます。上着をひとつ多く着ました。
 さて2日目には面接がありました。初めての面接にしてはある程度うまくいったかなと思っ
ています。英語がうまくいかない点もありましたがそれがばれないようにと資料を用意してお
き、詰まったらそれを見せながら説明するという作戦が成功しました。
 2人による面接を終え、日本人の1年生2人と話をしながら学校、町、生活費等に関して
いろいろ聞きました。校舎がとても綺麗でとてもびっくりしました。また皆さんやさしくて
とても好感をもてました。しかもマンチェスターユナイテッドのホームタウン!今年の6月
に日本代表とイングランド代表との試合がここであるようですね。(会場はもうひとつの
チームであるマンチュスターシティーのホームグランドらしいですが)。

【イギリス→オランダ渡航通信】1/24日

イギリスからはフェリーで海を渡ろうと思いイギリス北西部のニューキャッスル経由で行こう
と計画していたのですが、冬のフェリーは本数が少ない、欠航が多い可能性があるとの事で
止めた方がいいと言われたので急遽飛行機の手配を前日にしました。
 前日になると飛行機も高くなんと隣町のリバプールアからムステルダムまでで120ポンド
(20,000円)しました。早めに買っていれば20ポンド程度で買えたものの今回も直前の予定
変更で無駄な出費をしました。(後ほどオランダの方に聞いたらフェリーは毎日運航している
との事でした)。まあ欧州では予定は早めに決めて全て手配するようにという教訓を得ました。

【和蘭(オランダ)通信】1/24〜26日

アムステルダムに着いてびっくりしたのはホテルでドラッグをやっている人を見たときです。
こっちではドラッグ、売春等合法の国でとても特異な感じがしますが、それでいて町が腐敗し
ているわけでは無いので面白いです。ホテルは売春街に隣接しており、売春街を写真で撮ると
罰せられるとの事です。行く方は気をつけてください。またこの国はほぼ全ての人が英語を話
します。
 さて翌日には目的地のロッテルダムに着きました。アムステルダムから電車で50分程度の
ところです。ここオランダもかなり寒いところです。
 ロッテルダムというと小野のいるフェイエノールトのある町です。行った時は小野は怪我で
出場不可との事でした。ここでも在校生の方をお会いする約束を
していたのでお会いしたところ4人の日本人の方が来て頂き大変有益な内容を得る事ができま
した。
 次の日(1月26日)の午前11時から面接で約30分位話した後に日本人の在校生と食事をし授業
を見学させていただきました。3時間の授業(途中30分の休憩あり)で来年やっていけるか、ち
ょっと不安になりました。まあそれは受かってから考えます。
 たまたまロッテルダムで国際映画祭が行われていたので「座頭市」を見ようとしたのですが
売り切れとの事で牛頭(コズ)という映画を見てきました。全く意味がわかりませんでしたが
外人がやたらと笑っていました。

【仏蘭西(フランス)通信】1/27〜30日

ヨーロッパの新幹線でロッテルダムからパリまでなんと2時間半でした。東京⇔大阪といった
感じでしょうか。しかもその中間にはベルギーがあります。パリはあまり英語が通じないとの
事でグァテマラ時代に会った人に教えてもらったパリの日本人宿に行くことにしました。
 何とか指差しで道を教えてもらい目的駅まで行き、その宿に行きました。宿といっても自分
のマンションを開放し2段ベットを置いているくらいのところです。オーナーは李さんという
韓国人のおばさんで日本語が話せます。韓国人も来るらしいですが、日本人が多いとの事です。
パリでは4日間の滞在期間がありましたが、フランス語ができないので外出が億劫になり部屋
にある漫画を乱読しました。大の大人が「CAT'S EYE」「BOY」を読んでしまいました。
 面接の前に日本人の方とお話をし面接に望んだのですが朝の9時から夕方の4時半までとて
もきつかったです。しかも面接は2人の人が各1時間、何か台を決めてのプレゼンをしなければ
なりません。質問も結構厳しく答えられない所もありました。
 この学校自体パリから1時間半の郊外にありしかも駅から30分歩かないといけない為着いた
時点で結果はついていたのかもしれません。1日かかりの面接で帰った時にはどっと疲れが出ま
した。

【パリ→ブリュセル→バルセロナ移動通信】1/31日

パリからバルセロナには夜行の新幹線があるとの事でしたが120ユーロと高かった為、ベルギー
のブリュッセルに一度戻りそこから飛行機で行くことにしました。ブリュッセル→バルセロナ
は80ユーロなので安いと思ったのですがパリ→ブリュッセルの電車が1時間しかかからないの
に50ユーロかかり自分の計算が狂ってしまいました。しかもブリュッセルでは探している安い
ユースが雨の中2時間探しながらも見つからず、40ユーロのTV、シャワー付の部屋で贅沢をし
てしまいました。(欧州での自分の宿の予算は最高30ユーロです)。
 しかも空港がローカルの空港でバス代が10ユーロでしたので素直にパリからバスでバルセロ
ナに行けばよかったです。
 ブリュッセルに1泊し、翌日の午後にバルセロナへ向けての飛行機に乗りました。

【バルセロナ通信】2/1〜4日

 いやーいいですねバルセロナ。空港に降りた瞬間今まで雲ばっかりの町とは打って変わり暖
かく雲の無い町です。まだ2月なのに昼はTシャツでも十分です。
なんといってもスペイン語が通じるのがとても心地よく感じる原因かもしれません。
 到着の日にも在校生と会う約束になっていたので会いました。しかし会う時間が9時という
のは本当にラテンタイムですね。ちょっとおしゃれなお店に入っていろいろと学校の事、バル
セロナの生活に関して聞きました。バルセロナというのんびりとした甘いイメージとは全く異
なる厳しい学校の話を聞かされてちょっと気を引き締めなおしました。
 翌日、翌々日と2校の面接を受けて3日目にはバルセロナ内を観光しました。
この欧州訪問で始めての観光になります。元々観光は興味無いのですがガウディーの作ったサ
グラダファミリア、FCバルセロナのスタジアム、オリンピックスタジアム、スペイン村、中心
地を回って来ました。


サグラダファミリア、バルセロナのホームグランド(カンプノウ)及び選手のロッカー。

左はバルセロナの宮殿から見下ろしたバルセロナの町(ちょっと曇っていますね。)右はバルセロナのオリンピックスタジアムです。


 3日目には通常の宿から日本人宿(ここも韓国人の方が経営している)に泊まりみんなで雑
魚寝状態で過ごしました。それで10ユーロだから文句は言えないと思いますが・・・。
 さて最終日の夜行でマドリッドへ行く予定でしたので夜にゆっくりしていたら他の宿泊者が
屋上で飲んでいたのでご一緒しました。ガウディーで有名な町の為か建築関係の方が多く見受
けられました。その中で40位の長髪のいかにも芸術系の人が話しをしていて、その際に若い人が
言っている意見に関していろいろと文句を言っているのを見て、海外に迄来て日本人同士でこ
のようなことをやっているのが哀しくなりました。なんか若者は聞いた話ばかり言うのがしゃ
くに触るとの事でした。そうなので自分は宿を出る前に文句を言って出てきました。
しかも夜行のバスでは高校生らしき連中が夜中中ずーと大きな声で話していたのであまり寝れ
ませんでした。ちょっと後味の悪いバルセロナになってしまいました

【マドリッド通信】2/5〜8日

  マドリッドは行くまではとても怖い町と思っていました。過去の話では皆マドリッドへ行く
人は首締強盗の洗礼を受けると聞いていたのでかなり用心していました。
  しかし来てみると全くそんな感じのしない他のヨーロッパの町と同じ所です。
逆に首都であるだけあって経済、文化の中心の匂いが漂っておりすごい好印象です。町もバル
セロナ同様暖かいし、人も親切だし。しかもバルセロナでは現地人はスペイン語と異なるカタ
ラン語を話すためにマドリッドの方がスペイン語の勉強になります。しかも世界最強のサッカ
―チーム「レアル・マドリッド」もあるし、生活には事欠かない場所ですね。
  さて学校に関して少々お話しましょう。上記の理由のようにスペイン語の環境、学校のコー
スがかなりの評価をもらっている(世界でもTop15位)とかなり興味あるのですが、面接には
がっかりしました。
 何故かというと面接を責任者の部屋でしたのですが、話している最中にメールが来たらしく
自分の話は上の空のようでそのメールを気にしていました。しかも面接が終わると自分を廊下
で待たせて携帯メールで返事を出していました。言い訳で同僚が日本にいてそのメールが緊急
なので返事をしたとの事ですが、「一期一会」の気持ちを大事にする日本人としてはちょっと
失礼に思いました。しかも彼はこの学校の卒業生でビジネスについて学んでいるはずなのに
倫理だけは勉強しなかったのでしょうか?ちょっと失望しました。
他の受験生に聞いたら別の人は面接の時間に現れなかったとの事でした。
  他はいいのですが学校の顔の面接担当者がこれじゃと思いました。メールしようかと思いま
したが合否を握っている人なのでやりにくいし、仮に不合格の後にメールしても負け惜しみで
やっているようで格好悪いし・・・。今まで面接の中で一番対応の悪いところでした。
このように最初の印象って大事ですね。今後自分もこれを反面教師に人との付き合いは特に最
初は気をつけたいです。

・ 観光情報
(初日)ミュージカル「CAT'S」を見に行きました。こっちでは25ユーロ(3,000円程度)と
    安いために見てきました。ミュージカルは初めてでスペイン語も良くわからなかった
    ですが雰囲気だけは掴めました。ちょっと海外だと安いためちょっと行ってみようか
    なという気持ちになりそうです。
(2日目)ロッテルダムで見損なった日本映画「座頭市」を見ました。こちらは日本語で話し
    ていたのでよく理解できました。現地人もよく見に来ていました。街ではあちこちに
         看板があったのでこっちでも力を入れているのでしょうか?隣のおばさんは人が斬ら
    れる度に顔を覆っていました。さて座頭市とはどういう人なんですか?また彼は何に
         恨みがあってあんなに人を切っているのでしょうか?
  (3日目)マドリッドといえば世界最強のサッカーチームであるレアルマドリッドのホームグ
     ランドのある所です。ちょうどリーグ戦がやっていたので観に行きました。
    レアルマドリーは現在スペインリーグの首位を走っており、世界の有名選手である
    ベッカム、ジダン、フィーゴ、ロナウド、ロベルト・カルロス、ラウルがいるドリー
    ムチームです。
     試合はロナウドとロベルト・カルロスのFKで2−1でマラガを下しましたが、やはり
    試合がとても面白く展開されていました。ジダンは随所に光るプレーをしていたし、
    ベッカムは思ったより走り回っていました。彼はあまり走るのが好きじゃないのかな
    と思っていましたが、そのイメージが払拭されました。
    しかもこのスタジアム「サンチャゴ・ベルナベウ」は82年スペインワールドカップの
    メイン会場として使われた歴史の深い会場です。ミーハ−ならずともこのチームが気に
    いります。なおチケットは会員らしきおっさんから50ユーロと言われたのを値切って
    30ユーロで交渉し1階席のいいところで見ることができました。
     是非来年も来たいです。

【グラナダ通信】2/9〜10日

試験の面接の日程も一応終了しあとは気軽な気分での旅行です。マドリッドからバスで5時間
のところにあるグラナダに行きました。ここグラナダは以前グァテマラにいた際に行った人か
ら薦められた場所だった行きました。世界史をやった方はご存知と思いますがイスラム支配か
らの「国土回復運動(レコンキスタ)」最後の砦アルハンブラ宮殿のある地としても有名です。
到着の翌日にアルハンブラ宮殿に行って来ましたが、今での教会および建造物と同じに見えて
中に入るの入場料が惜しくて入りませんでした。あまり美術とかには興味ないのがしみじみ感じ
ました。どちらかというと山、滝とか自然に感動するタイプと分かりました。
 ちなみに到着が日曜日でほとんどの店がやっていませんでした。スペインの地方への旅行は
気をつけましょう。



アルハンブラ宮殿の一部です。ここまではお金がかかりませんでした。(この中はお金がかかります)


【マラガ通信】2/10〜12日

グラナダの地を後にしてスペインのイベリア半島の南に位置するマラガに向かいました。
バスで3時間の所ですが着いた時にはシエスタ(昼休み)の時間に入っており店もやっていないし
安宿も返事が無いし、2時間くらい宿探しにさまよいました。挙句の果てには街からかなり離れ
たユースホステルになりました。しかも普通の宿よりも値段が高かったです。
 このマラガはロンドンに帰る際の飛行機に乗る為に来ましたが、ここは来て正解でした。
街が海沿いにあり比較的冬にしては暖かいし、街も大きすぎず小さすぎず、ピカソの生家が
あるなど多少歴史もあります。またバスで30分のところにはトレモリーノスというヨーロッパ
の金持ちの避暑地であるビーチがあります。海岸線に沿って何キロにも続く散歩道は爽快です。



左は地中海を西側に見ています。右側は東を見ています。綺麗な砂浜に歩道がずーっと伸びています。

 
またここでイスラム文化の置き土産にも恩恵を被りました。それは「アラブ風呂」というも
のです。要は低温サウナで大理石が暖かくその上に座ったり寝転んだりして汗を流すところです。
サウナ愛好家の私としては是非どんなものか見てみたくて潜入取材を敢行しました。
まずは更衣室に通され渡されたタオルを巻いて部屋に入ります。その際お椀と垢すり用のタオル
も渡されます。中は3つの部屋に分かれており、マッサージルーム、大理石の部屋、円柱の大理石
の部屋です。この大理石が暖かくお湯が脇にあるのでお湯を体にかけたりして体を暖かくします。
なんとここにはカップルで来ている人が多いことに気づきました。2人組みの男性はちょっとホモ
ぽかったので近づけませんでした。部屋自体は薄暗くまたアラビア音楽が流れ幻想の世界へ迷った
かのような錯覚に陥ります。1時間程いましたが出たときには体がほかほかして寒空にも関わらず
半袖Tシャツでも十分でした。
   とにかくマラガはスペインの中でかなり気に入りました。夏とかスペイン語の語学勉強に来よう
かなと思っています。海が近いので魚料理もおいしいし。

【再び倫敦通信】2/12〜16日

欧州訪問の予定も残すところロンドンのみになりました。ロンドンの空港に着いて事前に連絡して
いた韓国人の経営する宿(厳密に言うと1軒屋の部屋を旅行者向けに提供している)に行きました。
どこの宿に行っても10ポンド以上しますが、ここは10ポンド(ドミトリータイプ)で食事も安価で
日本食が食べれます。今までのヨーロッパの食事に飽きていたのでここの食事がメチャクチャおい
しく感じました。またここのおばさんが自分の元働いていたか会社と同じと聞いてびっくり!
 2日の滞在で別に移ろうと思っていましたが、ここが気に入って4泊してしまいました。食事が
とてもおいしかったです。
 メキシコに戻る飛行機の日程上5日間ロンドンに滞在しないと行けないのですがあまり金を使い
たくない私にとって入場料無料の美術館の多いロンドンはとてもよいところです。
大英博物館、自然史博物館、ビクトリア&アルバート博物館等入場無料(実際は寄付制度)の所
を狙って行きました。

 さてロンドンは物価が高いのですがいい機会と思いミュージカルを観に行きました。
「We will rock you」というクイーンの歌が主題のミュージカルですがかなり楽しく見させていた
だきました。結構ミュージカルにはまりそうです。
 翌日にはたまたま宿で知り合った日本人と別なミュージカルを見ようとしましたが、土曜日
であった為チケットが取れず見に行くことが出来ませんでした。また日曜日には日本の映画
(TOKYO STORYというもの。知っていますか?)がやっていたので見に行こうとしましたが
チケットが完売との事でしょうがなく「Big Fish」という映画を見ましたがかなり良かったです。

【メキシコ通信】2/17〜20日

 ロンドンからメキシコに戻ってきました。ちょっと疲れたのか飛行機の中で具合が悪くなってしまい
メキシコに着くまで大変でしたが何とか踏ん張りました。その後宿に入りすぐに寝たら翌日は元気
になっていました。ここでも日本人宿に泊まりました。日本人宿のいい所は日本人がいるのに加え
日本の漫画があることです。ここで久しぶりに「ハローハリネズミ」「右向け左」「Y氏の隣人」「北斗の拳」
を読み漁ってしまいました。そうそう利点として言い忘れましたが情報ノートと行って現地及び他の旅行地
に関してこの宿に寄った人が情報を残しています。これはかなり参考になります。ここでロスの宿も見つけ
ました。今回の旅行で感じましたが、宿は事前に予約しておくことがよいと思います。いままでの欧州
旅行でも見当はつけるものの直接行き満室ということもしばしばあり、重い荷物を持って別の場所を探さ
なくてはいけないのはかなりの苦痛ですし、不安です。是非安宿でも事前に予約して行く事が決まって
いれば夜遅くても心配しません。今後はそのようにしたいと思います。
メキシコではアメリカとの国境近くのティファナへの航空券を取りに行く以外予定
が無いのでのんびりしていましたが、宿で同室の日本人と一緒にメキシコシティーを観光し、
映画を見て(200円)食事をしました。韓国料理屋でユッケジャンを食べました。またちょっと同行人が
メキシコの夜の街を見たいということで近くの町を徘徊した所、売春婦らしき人たちがいたので突撃
インタビューをしました。なんと200ペソ(2,000円)との事です。

【メキシコ・ティファナ通信】2/20〜21日

アメリカとの国境にある街「ティファナ」に飛行機でメキシコシティーまで行きました。5時間の飛行機でした。
ここに来た理由はグァテマラで一緒にスペイン語を勉強していた韓国人の高さん(日本語話せます)が
働いているので彼に会いに行きました。
 このティファナはアメリカのサンディエゴの隣の町でアメリカのドルがどの店でもつかえます。
空港で高さんの仕事が終わるのを待って、夕方に迎えにきたので近場のホテルに荷物を置き、その後
韓国料理屋でおいしいご飯を食べました。当日はとても疲れていたのでホテルに帰りすぐに寝ました。
 翌日はティファナより車で3時間くらいの所のリゾート地であるエンセナーダ、及びラ・ブフォドラに行きました。
エンセナーダはビーチがありまたフェリーでの「ホエール・ウォッチング」の出来る場所でラ・ブフォドラは
半島で太平洋を一望できるところでとても眺めがよかったです。
 さて翌日にはロサンゼルス向けにバスに乗ろうとしたのですが雨の為、11時半に来るバスが全く来なく
来たのは1時でした。またすごい豪雨でティファナの街は水没しており車が水で沈んでいました。
その為に交通が麻痺しており道路が閉鎖されて大渋滞でした。なんとティファナからアメリカの国境は30分も
かからないのにアメリカに入ったのは5時頃でした。入国の際にもWTという紙が必要でそれをもらいお金を
払おうとしたら担当の人がいなくて1時間も待ちました。なんとロスに着いたのが夜の8時でした。
 厄介続きなのでホテルが無かったらどうしようかと思っていましたが、何とか部屋はあったのでほっとしました。

【ロサンゼルス通信】2/22〜25日

約4年前に来たことのあるロサンゼルス。ちょっと懐かしい気がします。まずは前にいた海岸で有名なサンタモニカ
に行きました。ロサンゼルスのダウンタウンからバスで1時間半ですが1ドル35セントととても安いです。
 サンタモンカはあまり昔と変わっていませんでした。昔行ったことのある「Fat Burger」というハンバーガー屋に行き
昼ごはんを食べサンタモニカの埠頭に行き、その後ダウンタウンに戻りリトル東京に行きました。久しぶりに日本の
店でほっとしました。また晩御飯は日本では今は無い吉野屋の牛丼を食べました。メチャクチャおいしかったです。
日本でこれが食べれないとは残念です。しかも2日連続で夕食は吉野家にしました。
 2日目には4年前にお世話になっていたロスのCGの学校に顔を出しました。以前はサンタモニカにあったのですが
昨年の冬に別のところに引っ越していました。事前に学校の人にメールを出したら返事が来たので会いに行きまし
たが午前中に行ったらいなくて、近くのショッピングモールに寄って午後にまた行きました。
 彼女は自分が4年前にロスに行った際に日本の会社から出向のような形でちょうど自分の着く1日前にロスに着い
たので思い入れがあります。しかも年も一緒です。今はアメリカ人と結婚し6ヶ月になる子供もいます。会社に子供を
連れてきていました。自分もこの4年にいろいろとありましたがやはり他の人にもいろいろとありますね。
この学校も知っている人がこの人ともう一人しかいませんでした。学校の事を聞いても以前の社長は独立したとか
日本法人の社長は別の会社に移ったとかです。
 また面白い話を聞きました。ここの学校はCGの学校でデジタルハリウッドといいますが今年から大学院としての
認可を取ったとの事です。企業が運営する始めての学校との事です。他に法律で有名なLECもとったようです。
今は4月入学用の試験問題の作成がピークになっているようです。また今後4年生の大学の申請もしようとしている
みたいで、その際に1年分はこのロサンゼルスの校舎を使って英語の勉強、更には他のアメリカの大学の授業を
取り単位を取るように調整しようとしているようです。学校も変わってきましたね。
 このロスの学校ですが4年前に比べると生徒の数も減っていたので上記の大学設立に関しての期待が高まって
いるようです。まあ大学院設立に関してかなり大変だったようです。
 その後はまたリトル東京に図書館があると聞いたので行きました。ここは日本の本が多く置いてありました。
さてロスで一番困った事はと言いますと、ネットカフェが無いことでしょうか?2時間かけてダウンタウンを歩きましたが
ぜんぜん見つかりませんでした。
 リトル東京も4年前にあった日本の店も今は閉店しており、ちょっとゴーストタウン化していました。景気が悪いので
しょうか?もしくは郊外に進出したのでしょうか?アメリカ最大の日本人コミュニティーの町にしては以前程の元気は
無いように感じました。ちょっと寂しくなりました。
 この宿にも漫画が置いてあり「SYOGUN」「ブラックエンジェルズ」「ハローハリネズミ」「スーパードクターK」「SLAM DUNK」
等を読みました。日本に帰ったらこの1年の不在分を取り戻したいです。

*後記
 その後ロサンゼルスから約9ヶ月ぶりに日本に戻りました。まずはのんびりしておいしい日本食を食べたいと思います。
今回の旅行は良い事も悪い事も含めて日本人である事を人一倍痛感させられた海外生活だったと思います。



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