(アオリイカーその3)

パースに帰ると、徳島のTさんから手紙がきておりました。Tさんとはここしばらくお会いしておりません。
今年五月に「S誌」のK社長がクエ釣りに来られまして(そう、サンテレビでおなじみ「ハイッ、Kです」のひげのおじさんじゃ)、その時Tさんご夫妻の消息をおたずねしました。するとk社長、目を伏せて静かにおっしゃいました。
「Tさん、ふうむ、Tさんはな、その後ニュージーランド狂いになられましてな。ニュージーランド狂いです。ハイッ」

とにかく、手紙を開いてみますと、「xxのつり、特集号」に何か書け、というご下命です。
ニュージーランド狂のTさんが再び西オーストラリアにも目を向けてくだされた。自己の感情をむやみに面に表わすことなど野蛮人のすることなり、と常々思うとります愚生も、この時ばかりは飛び上がって喜びました。
息子に、「おい、ワープロ持ってこい。作文書かねばならん、ワープロじゃ」
シンガポールからの旅装もとかずに机に向かいました。
家内には、「おい、シャンペン買ってこいや。めでた、めでたやのシャンペンを抜くんじゃ」と、最寄りの酒屋に走らせましてな。もう、大騒ぎになりましたわい。
ところがこうして机に向かいますと、筆が進みませんなあ。思案投げ首、すでに小一時間。

海底にびっしりしきつめられた三十センチ級の白ギス、七十センチにもなるキングジョージホウィティングという世界一の巨ギス。オモリが底に着くまでに釣れてしまう「クエうようよの海、エキスマス」。こういうのはK社長がすでに雑誌、テレビで紹介しておられる。
しからば、かつて凝りに凝ったチヌ(黒鯛)釣りについてでも、と考えたんじゃが、チヌ釣りの本場、阿波の皆様にオーストラリアの原始的なチヌ釣りのことをお話してもこれはもう失笑を買うのみです。
数年前、K社長、Tさん、豊橋のSさんなどの名人が夫人同伴で来られまして、パースからさらに南に下り、エスペランスという田舎町のはずれにある塩水湖でチヌ釣りをやりました。湖でチヌが釣れるなぞ地元の小生も知りませんでした。

小生、持参のルアー竿、餌は釣りガイドがくれた冷凍エビ。小さなオモリで投げて、ススーッと走らせ、糸がぴーんとはったところでぐっと合せると巨大なやつがグッ、ググーン。糸鳴り、キューン、キリキリ。そういう予定じゃった。
わたしゃ、これで大釣りをしたことが何回もある。皆さんにもそういうふうに言いふらしていた。
大チヌを左手にぶらさげ、右手でVサイン、にっこり微笑む小生。その横で二まわりほど小さなチヌを持って、情けない顔で立っておられるK社長。こういう写真を「S誌」のおもて表紙にどーんと飾ってもらう。こういう腹積もりじゃった。
ところが、この塩水湖はだめでしたな。ス、スーッと走る。ぐいと合せると、ガキッと根がかり。この繰り返しじゃがな。
K社長、私の横でぼつぼつ着実に釣りながら、「ブランコさん、釣れんな、ヒッヒッヒ」と目を細めて笑っておられます。
そこへTさん夫妻が来られまして、細めの振り出しをひゅるひゅる延ばし、桐だか発泡だかのウキ仕掛け。
「ブランコさん、よう見ときいな。チヌはこうして釣るんや」と、奥様がおっしゃる(T夫人は雑誌に何回も紹介された女性アングラーです)。
「さあ、はじめるか」、とご主人。
「いざ」、と奥様。
呼吸ぴったり、人もうらやむオシドリ夫婦。
夫唱婦随。
いや、よくお見かけしておると、婦唱夫随の方が多かったようじゃがな。
やおら、ご主人がひしゃくでぱっとオキアミのコマセを打たれます。そしてコマセが入ったちょっとむこうあたりにウキが二つ飛びまして、二、三分後には、二人ともチヌをチャッ、チャッとあげられました。
「ひゃあ、もう釣れましたか」
「そうやがな、ちょっと小ぶりやけどな」
余裕しゃくしゃくたるものがある。
コマセがぱっと入り、チヌがちゃっ、ちゃっとあがる。
「ひゃあ、また釣れましたか」
小生、ただ、ただ、仰天するのみ。
コマセがパッ、のチヌ、チャッ、チャッ。これがはてしもなく続く。
わたしゃ、もう自分で釣るのがアホらしくなりましてな、
「コマセ、パッパッの、チヌ、チャッチャッ、赤子泣いても蓋取るな」、ぶつぶつ言いながら、案内人の車にもどってふて寝をしてしまいましたわい。
2002年03月01日 14時39分25秒

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