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小学二年生で叔父の寺院に引き取られた私は、風邪を引いたりお腹をこわしたりする回数が急に増えた。実家の母によると、叔父夫婦は子供を育てた経験がないので必要以上に私の衣食住に気を使いすぎるからだとのことであった。たとえば、漬物には寄生虫の卵がついているから、私の食べる分だけは熱湯にさっと浸してからでないと食べさせないという具合だった。 三年生になってから一年間、毎日放課後、私は近くの町の開業医のところへ通うことになった。虚弱体質を治すため栄養剤を注射してもらうのである。 田舎の子供にとって電車に乗って隣の町まで毎日通うのは、急に大人の仲間入りをしたような気分で、楽しい日課であった。 電車は名鉄のローカル線で、二両編成であった。後ろの車両には車掌が乗っていた。時折乗り合わせる車掌で十七、八歳のハンサムな若者がいた。私はいつしかこの車掌と口をきくようになった。 ある土曜日の午後、医者からの帰途、村の駅に降りるとこの若い車掌が駅のトイレの軒下にかけた蜂の巣を竹箒で取っているところであった。 「兄ちゃん、その蜂の巣、どうするんや」 「魚釣りやがな」 「どこで」 「そこのサイガワや」 「いつ」 「まだ日が高いからもうちょっとたってからや」 「ぼくも連れてってくれへんか」 「おまえ、釣りできるんか」車掌はおどろいたように私を見下ろした。 「毎日、やっとる。でも、今日はバケツ持ちでいいから」 「よし、ほんなら、一時間ぐらいあとにもどって来いや」 駅から家までは子供の足で往復40分ぐらいであったが私は駆け足で家に帰った。 「車掌さんと釣りに行くんや」 叔母は、私の唐突な言葉を一瞬理解できず、縫い物の手を休めて私を見守った。 私の村の駅には駅長が一人詰めていた。医者のあるK町には住人ほどの駅員がいた。中間の三つの駅は無人駅であった。電車が無人駅のプラットフォームに滑り込むと、このわかい車掌は手動式のドアを開け、身体を半分外に乗り出して、電車が止まる直前にフォームに飛び降りた。惰性でとっとっと、と走り、そのまま前部車両まで駆けていき、乗降客の切符の処理をした。 私はこの若い車掌に一種あこがれににた感情を抱いていた。開けたドアから半身を乗りだし、プラットフォームに飛び降りるこの粋な車掌の真似がしたくてたまらなかった。 で、ある日、私はこれを実行した。年配の車掌にみつかり、当然であるが、こっぴどく怒られた。しかしその後も、フォームに立って電車を見送る駅長と、ドアから半身をのりだした車掌が挙手を交わしているのを見たりすると、よし、ぼくも大人になったら車掌になるんだ、と真剣に考えていた。 さて、その若い車掌と釣りに行けるのだ。あまり迷惑をかけては駄目よ、という叔母の言葉を後にして私は家を飛び出した。 駅に着くと、車掌は平服に着替えて、駅長と二人でお茶を飲んでいた。 「なんや、おまえ、もう来たんか。まあ、こっちへ入れ」 車掌は駅長室の窓を開け身を乗り出し、改札口を開けた。改札口を通り、構内から駅長室に入ると、駅長が菓子箱から栗饅頭を一つ出して、私にくれた。 「おまはん、どこの子や?」 「M村のxx寺や」 「なんや、お寺の子が釣りするんか」 「悪いか?」 「別にわるないけど、、、かわっとるな、おまえ」 待合室にいる二人の老婆が駅長室で栗饅頭を食べている私に驚きのまなざしを向けていた。この特別待遇に私は内心、有頂天だった。 車掌の釣り竿は4本継ぎの竹竿であった。仕掛けは私がふだん使っているものと変わりなかった。自転車の虫ゴムに通した唐辛子ウキ、袖型の金針、針の上十センチほどのところに噛み潰した仁丹シズ。 ただ竿だけは私のものより長かった。私の竿は小学生が扱える限度の3本継ぎだった。 彼は駅から川下に向かって釣り歩いて行った。私は片手に水を張ったバケツ、もう一方の手には蜂の巣の入った缶詰の空き缶を下げて、彼に従った。ムツを十匹ほど釣ったところで蜂の子がなくなった。 「もう餌がないよ」 「蜘蛛を使うからだいじょうぶや」 「クモ?」 「そうや、蜘蛛でも釣れるんや」 彼は釣り竿を土手に置くと、岸辺に生えた葦に巣を張っている蜘蛛を集め出した。それは家にいる蜘蛛とは別種のもので、小さくて、腹の色が黄色と黒の縞模様になっていた。 彼はこの餌でさらに数匹のムツをバケツに加えた。私にとってそれは新鮮な驚きであった。 やがて私たちは駅の南の村落にある堰に着いた。彼は仕掛けを糸巻きにしまうと、別の仕掛けを取り出した。 「兄ちゃん、何やそれ」 「カガシラや。知らんのか」 「うん、知らん。どやって、釣るんや」 「見とったらわかるわ」 仕掛けには蚊に似せた色違いの毛鉤が6本むすんであり、振込み易いように先端に玉ウキがついていた。 いわゆる「テンカラ」であるが、私の地方では「カガシラ」と呼称していた。 彼は席の下手の急流に仕掛けを振込み、ラインを張って、川下から川上に向かってさびいた。竿に近い部分の針は水面の上にぶらさがっているので、さびくたびに小さな蚊が空中から水面に落ちるような動きをした。 「毛鉤に食うのは夕まずめの三十分ほどや。ここで食わんようになったら堰の上手の深いところでその後また十五分ぐらいは釣れる」 彼は竿先をさびく動作を辛抱強く繰り返した。 「それ、あそこで魚が跳ねたやろ。もうそろそろ水面近くで餌をあさる頃や」 彼のことばが終わらないうちに、水面がパシャ、パシャッ、と割れて、二匹のオイカワが毛鉤に飛びついた。そのうち、一匹は、あげる途中、針からはずれて岸辺の水草の間に落ち、水中に逃げた。 「毛鉤にはモドシがついとらんから、よう落ちるんや」 彼は次々にオイカワを釣りあげた。餌を使わないで、毛鉤をたくみに操り、オイカワやムツを釣り上げる。それは私にとってマジッシャンが帽子の中から兎や鳩をつかみ出すのを見るような驚きであった。 翌、日曜日、私は貯金箱からお小遣いを出してM町の「種屋」釣具店へ自転車で走った。 「おじさん、カガシラある?」 釣具屋の爺さんは老眼鏡を下にずらして、眼鏡の上から私を見つめた。 「カガシらって、おまはん、毛鉤使って釣りやりんさるのか?」 爺さんは古風な箪笥の引き出しからテンカラ釣りの仕掛けを取り出してきた。 「仕掛けが長いから、竿よりちょっと短かめにした方が振込みやすいからな」 爺さんはそう、念をおすように忠告してから、また眼鏡越しにこちらを見た。 「ふうん、おまはんがカガシラやりんさるのか」 2002年03月29日 23時40分08秒 |