ズンバ釣り

日本から来豪された友人、知人と食事を何日も続けてするという機会が時折ある。
そんな際にはたいてい、さて今夜はどこにご案内したものか、と思案にくれることになる。とりあえずは中華料理なら無難であろうということで、初日はうまくいく。さてその後が続かない。
神戸牛だ、松坂牛だ、飛騨牛だ、などと和牛の美味しさを力説するような方にはオーストラリアビーフのステーキを食べましょうなどとはとうてい言い出せない。それに、自分自身、わざわざレストランでステーキを食べる気にもなれない。
もちろん、和食がある。しかし日本から来られたばかりの人、しかもそうとう口のこえた人を、材料に限りのあるこちらの日本レストランにお連れしても結末はしれている。
勘定こちら持ちの場合はおとなしく食べてくださる。だが、時にはむこうのご招待で出かけることもある。遠来の客にそういう心配をかけないようにはしているが、今夜だけは私の方で、などと重ねて言われるとつい気弱になって受けてしまうこともある(というのはウソで三回に一度ぐらいは向こう様で持ってもらった方が助かるんだけど)。
そしてその客がたまたま大阪あたりの口うるさい人だとやっかいである。
「なんやねん、この寿司は。シャリがぐちゃぐちゃやがな。こんなんで、ようゼニ取れるな。それにこの揚げだし豆腐、塩辛いだけやんか」
皿を下げに来たウエートレスがこてんぱにやられておろおろする。
さらにその店の経営者かつ板前が私の親しくしている人でウエートレスが実はおかみさんだったりすると、客と店側の間に立った私の方もおろおろしてしまう。
もっとも、イセエビ専門店だとか、Kビールの直営店だとかかなり高級な店もあるが、私の限られた予算では手に負えない。
あれやこれやで結局、和食は後まわしになる。いや、和食は最後に残しておいた方がいいのである。
私は旅慣れていますから、一週間やそこいら和食なんて食べなくても平気の平左ですよ、とおっしゃる方が多い。ところが三日めあたりになると、いやあどうもホテルの朝食には閉口します、今朝は日本から持ってきたインスタントの赤飯と福神漬けですませました、などということになる。
旅程の最終日近くになると、むやみに醤油味が恋しくなる。熱い味噌汁もすすりたくなる。女の肌に久しく触れていない若い男がせっぱつまった気分に追い込まれる、それに似た状況になってくる(たとえに品がないかな)。
そこではじめて和食にお連れするのである。ありきたりの料理でも、ああやっぱり日本食はいいですなあ、と平気の平左氏は感激してくださる。
さて、初日は中華として、二日めである。
最近はためらわずイタリア料理にしている。ラッサーニアやパスタの類はパスして、まず、パース自慢のチリー・マッスルの大盛りを注文する。ムール貝のことをこちらではマッスルと言う。ニンニクのたっぷり入ったチリソースでムール貝を煮たものである。激辛、中辛、甘口の選択ができるのもいい。
この料理はまず例外なく日本人に喜ばれる。たいていこのチリ・マッスルとガーリック・ブレッド,サラダの組み合わせで満腹してしまう。

チリ・マッスルを食べると、私は少年時代にやったカラス貝釣りを思い出す。
カラス貝のことを私たちの地方ではズンバと呼んだ。カラス貝は大きいものは殻長二十五センチ、殻高十二センチにもなる淡水の二枚貝である。ムール貝や日本のイ貝を大きくしたものと思えばまちがいない。あまり美味とはいえないが、醤油で煮付けたものが結構食卓に出たものである。
パースのイアタリア料理店のようにニンニクとトウガラシを入れて、このカラス貝を料理すれば案外美味いのではないか、と思うのだが、今ではそれを試す機会はない。私の故郷ではタニシと同様、このカラス貝も絶滅してしまった。


カラス貝を釣るには細い竹竿があればいい。竿を使うので「釣る」と言っていたが、これは「取る」の範疇にはいる。糸も針も餌も使わないのだから。
まず竹薮で二メーターほどの細い竹を切ってくる。先端がマッチの軸より細いものでなければならない。先端は竹の小さな節がある所で切り落とす。ちょうどマッチの頭がついている形状である。
カラス貝はチョウツガイの部分を斜め下、水管を上にして泥底に埋まっている。貝そのものは見えないが、小さくて細長い穴が二つならんで見える。
小川や池の縁を歩いて、この穴を見つけるのである。穴の大きさと、二つの穴の間隔で貝の大きさの予想がつく。
この穴の一つにそっと竹の先端を差し込むと、貝は驚いて口を閉じる。さらに竹竿をゆさゆさ軽く動かしてやると、貝殻はますます堅く閉じられる。
そこでおもむろに竹竿を抜けば、節の部分がトメになった先端をくわえた貝がすっぽり泥底から出てくるのである。
手元が震えて、竹が穴にうまく入らないと、もちろん貝は口を閉じてしまう。こんなときは、いさぎよくあきらめて、次の穴をさがす。数分後もどってくれば、貝はまた口を開いて、待っていてくれるのである。★★★

2002年05月03日 19時14分03秒

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