「歌の翼にのせて・・・メンデルスゾーン」 (click)
「愛の夢・・・F.リスト」(click)
★★★ BGM by "Lei"of Paradise Cafe・・・ Refer to:素材リンク ★★★

南海の星音楽の世界

ちょっと大げさな言い方かもしれないけれども、私たちが青春を語る時、かならずついてまわるのは音楽ではないだろうか。少なくとも、ぼくに関してはそう言える。 音楽のない生活なんて、調味料やスパイスのはいっていない料理のように味気ないものにちがいない。 アメリカの物質文明がかつてないエネルギーで繁栄した1960年代、70年代には、当然のことながら、映画や音楽の分野もそれなりに花が開いた。ぼくはそんな時代に青春を過ごせたことをすごくラッキーだったと思っている。さて、ぼくは音楽に関してはズブの素人で、専門教育を受けたわけでもなく、バンドを結成したわけでもないし、ただ聞くのが好きだという程度。したがって、これから書くことも、思いつくことをアットランダムに書き付けるといったレベルにとどまる。



(No.1)

画像&壁紙byあずさ・・・Refer to:素材リンク


Dolly Parton

なぜのっけからドリー・パートンか?実はぼくもわからない。
なんとなく、気になる歌手は、というふうに考えてみたら、彼女の名前が頭に浮かんだ。カントリー・シンガーの大御所。すばらしく甘い声。かずかずのヒット曲。そして何よりすべての男性を虜にするあのダイナマイト・ボディー。いや彼女は女性の間にこそ圧倒的な人気があると言ってもよい。

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このアメリカ第一のカントリー歌手が何と、日本では以外と知られていないのだ。なんとなく気になる歌手というのはこれが理由だ。

映画「The Bodyguard」でケヴン・コスナーと共演したウイットニー・ ヒューストンが”I Will Always Love You"を歌って一躍ヒット曲にした。この曲も、もとをただせば、ドリー・パートンのアルバムでかならず最初にでてくる曲で、それを映画用にアレンジしたものである。
Louis Armstrong

大学時代の先輩で、ジャズバンドでトランペットを吹いていた男がいた。サッチモの熱狂的な信奉者でもあった。年に一度の大学英語スピーチ大会で、彼は "Sachmo, the Ambassador" というタイトルで優勝した。

ルイ・アームストロング、愛称、Sachmo。過去何十年かの間さる放送局がアンケートをとりつづけた結果、コンスタントに人気のある曲の一つがSachmoの "What a Wonderful World"であるということがわかった。
ほのぼのとした、心暖まる曲である。ウイスキーとタバコでつぶれたあのしゃがれ声で歌う雰囲気はやはり特異な存在である。彼のトランペットは黒人、白人を問わず多くのミュージシャンに影響を与えた。
What a Wonderful World

I see trees of green, red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself what a wonderful world

I see skies of blue, and cloud of white
The bright blessed day, the dark says goodnight
And I think to myself what a wonderfu world

The colors of rainbow so pretty in the sky
Are also on the faces of people going by
I see friends shaking hands, saying "How do you do"
They're really saying I love you

I hear babies cry, I watch them grow
They'll learn much more than I'll ever know
And I think to myself what a wonderful world (Yes)
I think to myself what a wonderful world (Oh, Yeah)



Paul Robeson

黒人霊歌といえばまず思い浮かぶのがポール・ロブソン。僕が持っている3枚のCDの一番上のを見てみると「ポール・ロブソン、カーネギーホールでのライヴ,1958年5月9日の歴史的なコンサート」というタイトルがついている。黒人霊歌、ロシア民謡、クラッシック、シェークピアの「オセロ」の朗読、中国の子供の歌、、、すごいレパートリーである。

学校を卒業して、ぼくはしばらく高校の英語教師をしていた。その時の同僚が体育系としてはめずらしいバリバリの共産党員で、「ポールロブソンを聞いてみてください。彼はすばらしい」と口ぐせのように言っていた。彼からこのアーティストを教わったことになる。
ポールロブソンは思想的に左寄りになり、やがてアメリカを去り、晩年再びアメリカに戻るが、不遇のうちにその生涯を閉じる。ぼくの同僚がポールロブソンに心酔していたのは、彼の歌のすばらしさだけではなく、思想的な面でも共通項があったのだ。
"Ol'Man River""Swing Low Sweet Chariot"など、よく知られた曲を歌っている。


ビゼー「アルルの女」組曲

学生時代同じ下宿でふすま1枚へだてた隣の部屋に住んでいた男がよくレコードを聞いていた。
「ブラームスか、重いな」と言うと、「うん、だけど、ブラームスはいいぞ。だまされたと思って、4,5回聞いてみろ」
ふすま1枚だからいやでも聞こえてくる。そのうち私はすっかりブラームスが好きになってしまった。
小学生のころは養母(叔母)が針仕事をしながらいつもNHKを聞いていた。「農村の時間」だとか「午後の何とか」だとかほとんどの番組の前後にはバックグラウンド・ミュージックが流れ、それらはすべてクラッシクだった。そんな、こんなで知らぬまにそれらの曲となじみになっていた。
一方、何かのきっかけで、ある曲と出会いその時のことをけっしてわすれないという場合もある。
中学一年のとき巡回映画(もちろんたいては面白みのない教育映画である)でオーケストラの紹介というのがあった。
これが第一ヴァイオリン、これが第二ヴァイオリン、ここがチェロ、コントラバス、その後に管楽器、その後にパーカッション、といった具合で各楽器の紹介があり、最後にいよいよ演奏が始まるのである。
その時の曲目がビゼーの組曲「アルルの女」であった。ファランドールとメヌエットの部分では感動のあまり胸がつまって息苦しいほどだった。

翌日、ぼくは音楽の先生のところへ行った。
「昨日の映画で聞いたビゼーの曲をこんどの音楽鑑賞の時、もう一度聞かせてください」
「そうね、印象が強いうちにもう一度聞くのもわるくはないわね。あの曲は私のところにはないけど、放送部のレコード・ライブラリーにあるからそれを借りましょうね。ああ、ついでに今たのんでおきましょう。いっしょにいらっしゃい」
私はその日からその若くて美人の音楽の先生のファンになってしまった。
その次の週、音楽鑑賞の時間の後、ぼくは放送部顧問の英語教師Y先生のところへ行った。
「先生、学期の途中ですが、放送部に入れてもらえませんか」
「おう、いいとも、今年できたばかりの部で部員が2年と3年の女の子が一人ずつしかおらんのや。ちょうどよかった。まだ部としては何もやとっらんけどな」
その時まではお昼弁当のときの「全校お知らせの時間」はY先生がやっていたが、つぎの週からは僕たち3人がアナウンサーになった。もちろん、「お知らせ」の前後に流す音楽の選曲も含めて!

スメタナ「わが祖国」よりモルドウ

出会いの忘れられない曲がもう一つある。
ポール・ニューマン主演の映画で"Exodus"というのがあった。日本語名は「栄光への脱出」である。
”Exodus”というのはもともとは旧約聖書中の「出エジプト記」である。モーゼがエジプトで奴隷としてはたらいていたユダヤ人たちを連れ出し放浪の旅に出る物語である。
「栄光への脱出」はこの現代版で、ナチの迫害を逃れて、約束された土地、イスラエルへもどってゆくユダヤの物語である。
この映画では映画と同名の「栄光への脱出」という映画主題歌が使われたが、その他にとても印象にのこる曲が流れていた。後、ぼくは、それがスメタナの 代表作、「わが祖国」という曲だということを知る。
「へえ、あの映画で使われていた曲がスメタナの曲だったのか!」ぼくは頭の回転がかなり鈍い方で、ずいぶん後になってからいろんなことに気づいて、わけもなく感心したりしている。
以来、その曲を聴く機会があるときはスメタナという作曲家よりも、まず映画のことを思い出してしまう。







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