「朝か…」
早朝、池田は目を覚ました。
ひびきの沼が、侵略されてから悪夢を見続けていた彼は、いつの間にか心地よく
眠りにつくことが出来ていた。
精神治療に、自然の溢れる山里などで生活するということは、効果的である。
ウナギ沼周辺に見られる自然は、いつの間にか彼の心の傷を癒してくれていたのである。
「風が気持ちいい…」
窓を開けると、そよ風で池田の髪は、ふわふわと揺れた。
清浄化された朝の冷たい空気にあたり、池田はいつの間にか安らぎを感じていた。自分がいつ死ぬか分からない状況だということも忘れて…
窓からは、太陽の光で山際が輝いて見える。
そして鳥のさえずりに惹かれるかように池田は、外に歩き出した。
「…そういえば、本部の前の林道を歩いたことがなかったな…散歩してみるか…」
就任してすぐに敵との戦闘に遭った彼は、のんびりと周りの自然に酔いしれる時間などは、あるわけがなかったのである。
彼は、霧が出ていて視界がはっきりしない林道に進んだ。
林道はまっすぐに伸びていた。
「…墓!?」
林道の最後にあったのは、大きな墓だった。そして墓石に書かれた名前が、彼を震撼させた。
「メカドキア大佐の墓がなぜこんなところに・・・!?」
メカドキア…かって、池田がひびきの沼保護軍に所属していたころの指揮官の名前であった。
「池田少尉か…おまえには、まだここのことは話していなかったな。」
人の声がして振りかえるとそこには、大黒大佐が、花束を持ちながら立っていた。
大黒は、花束を墓の前の花瓶にさすと数分間黙とうし、池田もならって一緒に黙祷した。
「墓といっても彼の遺骨があるわけではないがね。誰かが弔ってやらなくては、やつがあまりにもかわいそうだからな。」
黙とうが終ると、大黒は静かに言った。
池田は、サングラスで顔が覆われながらも大黒が、寂しげであることが分かった。
「とても優しい人でしたよ。兵士として彼の優しさは、仇になるくらいに…」
「ああ…そこを抜けばやつは、一流の兵士だった。」
メカドキアは、負傷した敵の兵をかばい傷の手当てをしたが、一瞬のスキを見て逆に
その敵に刺されこの世から去っていたのである。
「私は、ENKOが憎くてたまらんよ。しかし弔い合戦や復讐と言った殺意は、冷静さを狂わせ逆に
早死にするぞ。肝に銘じておくんだな。池田少尉…」
「…そうでしょうね。でも俺は戦いますよ。弔い合戦でなくてもウオーラルは殺らなくてはならないでしょう?」
「ふっ…それが私達の仕事だからな。しかし、戦争というもの皮肉なものだ。ドンパチを始めた輩は、のん気に
机上の戦略を立てるだけで、実際に殺されるのは、俺達のような下っ端の兵士や民間人たちだからな。 」
「…確かに。しかし連邦は分かりませんが、ENKOのボスのラトレピア家が一枚岩というわけではありませんよ。」
風が強く吹き、周りの木が揺れ始めていた。
「何が言いたいんだ?」
そよ風に当たりながら、池田は胸に秘めていたことを話し始めた。
「隠そうかとかと思ったんですけどね。ここのドンであるあなたには、知っておいてもらいたい。メカドキア大佐にも知らせましたが…」
「いってみろ…」
二人に重い緊張感が走る。
「信じられないでしょうが、俺はラトレピア家の次男、サイビスター:ラトレピアなんです。ウオーラルの実弟です。」
「な…なんだと…!?そんな奴がなぜこんなところに…!?」
「俺は、兄と違って出来そこないでしてね。
嫌気がさしていたんです。それに地球に憧れがあったんです。コロニーでは限界のある自然背景など…
そして戦争が始まる前に宇宙から地球にこっそり移り住んだんです。
地球に来ればきっとなにか発見があるかと思って…
ここに来たとき俺は正直言って失望しましたよ。写真で見たような美しい景色は、ほとんどありませんでしたからね。
でも、ひびきの沼は例外でしたね。」
「ひびきの沼は、SNPだからな。しかしメカドキアがひびきの沼を厚く保護していたかいもあるがな。」
「ええ。メカドキア大佐は、もともと生物工学を専攻していた科学者でしたからね。人殺しをするにはあまりにも似つかわしくなかった。」
「…お前さんは、セミという生物を知っているかね?」
「ええ、夏に鳴く昆虫ですよね?それがなにか?」
「…セミは幼虫時代、7年ほど土の中で暮らし、成虫になればたったの1週間ほどで命を落としてしまうのだ。
私は、時々思うのだよ。成虫にならないで幼虫のままならもっと長生きできるのではないかとね。 」
「なにがいいたいんです?」
「私がもし君と同じ立場の人間なら、きっとENKOの傘下に入ったままにするだろうってことだ。」
大黒はそう言うとデザートイーグルの銃口を池田に向けた。
「たっ大佐!?」
「今のお前の生殺与奪は、俺にある。もしお前がほざいていることが事実なら、私はお前を撃たなくてはならない。」
池田は、焦ったが再び口を開いた。
「大佐、セミは幼虫でいる方が確かに長生きできるのかもしれません。でも、成虫になることで
セミは、大空に羽ばたけるんです。わずかな時間ですが彼らは、その時間の中でかけがえのないもの
を手にいれらるんだと思いますよ。俺もそうです。ENKOという土の中にいるくらいなら、例え勝てない戦いであっても
義のある方と戦いますよ。」
「命が惜しくないのか?どんなに英雄的な功績を残しても死んでしまっては、なんにも残りはせんぞ?」
「俺も普通の人間ですよ。そりゃあ死にたくはないです。でものん気にダラダラ生きていくよりも
自分の信じる道を少しでも歩んでいきたい…そう思うだけです。こんな風に考えるようになったのも
蘇る緑という本を読んでからですが。」
「蘇る緑?」
「人がまだ宇宙に行く前の昔の本ですがね。その本の著者が池田源五狼という名前の科学者なんですよ。」
「その名前は適当に決めたというわけではなかったのか。」
「ええ。それでその本によるとあの沼は、ENKOが侵略する前に一回、埋められてしまうはずだったらしいです。
まだ当時、高校生だった池田博士は、死にもの狂いであの沼を守ったんだそうですよ。
一人の少年との約束だったとか。」
「一人の少年との約束?」
「ひびきの沼によく遊びに来ていた少年がいたんだそうです。その時、心の病になりかけていた池田博士は
彼と出会いそして打ち解け、一緒に遊ぶようになったんですが、沼を埋め立てる計画が上がりその当時、病を患っていた少年は
倒れてしまったんだそうです。 」
「それでどうなったんだ?」
「池田博士は、協力者のおかげもありひびきの沼を救うことができたのだそうです。しかし少年は
そのことを知る前に息をひきとってしまったんだそうです。」
「そうか…」
「その後、高校を卒業した彼は、結婚することもなく全てをひびきの沼や他の自然の恵みを取り戻すことに
捧げたんだそうですよ。俺は、深い感銘を受けましたね。全ての人類が地球に住んでた頃は、地球環境なんか
なんにも考えてなかったと思ってましたからね。」
「池田少尉・・・」
大黒は、池田の真剣なまなざしを見ると彼を、不思議と信じるようになっていった。
そしていつの間にか彼に向けていたデザートイーグルをホルダーにしまっていた。
「俺は彼の意思を引き継ぎたい。それで今までのラトレピア家の人殺しの罪が消されるとは思いません。
しかしあの沼は昔から、人に希望を与えてくれた宝なんです。絶対にENKOから取り返します。
それまでは俺は…まだ死ねないんですよ。」
「…そうか。ひびきの沼を取り返すまでおまえの命は、預けておこう。今のことも俺の胸の内にしまっておく。」
「ありがとうございます・・・。」
「しかし、お前に少しでも妙な素振りがあれば俺がお前を撃つからな。」
「了解です…」
池田は、大黒に敬礼した。
「ぎゃああああああ!!!!殺される〜!!!」
「待てぇ!!!訓練から逃げたから、この硫酸入りの水鉄砲でおしおきじゃいぃい!!!!」
早乙女とTOPの訓練が過激になったのか、池田たちの耳にもよく彼らの声が届いていた。
「では、俺も訓練に参加しますよ。ウナギがきっとこの戦争を終らせる鍵になりますからね。」
池田はそう大黒に言うと走っていった。
「メカドキア、お前はいい部下をもっていたようだな。」
大黒はいつもの葉巻を吸いながら、メカドキアの墓にそう言った。
To be contined