旅 順
 
ようやく外国人にも立入りが開放された旅順であるが、
軍港である旅順港一帯はまだ外国人禁止エリアである。
それで、黙っていればばれないからと中国人のツアーに
紛れ込んだ。でも見つかれば1万元の罰金らしい。

まずは港を一望できる灯台のような塔のある白玉山へ。
白玉山に登ると旅順の港の大パノラマが目前に広がった。
港の向こうに見えるのは港を守る砲台のある黄金山。
天然の良港であることがよく分かる。

唯一海に開いている旅順港口

大型船が航行可能な水路の幅は90mしかなく、
ここを塞がれると袋の鼠である。
日露戦争時に広瀬少佐(殉職後に中佐)らが老朽船を沈めて
湾口を塞ぐ閉塞作戦を行った場所。
港の背後に広がる旅順の旧市街地

デジカメが珍しかったらしく土産屋のおばさんが話しかけてきた。
日本人とばれて大騒ぎになった。ヤバイ逃げろ!
そそくさとバスの中に隠れてなんとか事なきを得た。

旅順港の様子
中国の軍艦が停泊していた。
水師営会見所
第3軍司令官乃木将軍と旅順要塞司令官
ステッセル将軍が会見を行った建物。
水師営での会見の四日後に旅順要塞の
ロシア軍は公式に降伏した。
中に入ってみる
会見室

会見時に使われたテーブルがおかれていた。
壁には乃木将軍とステッセル将軍を中心に
会見に臨んだ面々の写真が飾られている。
会見テーブルの上には何やら日本語の文字が。
「水師営の会見」に歌われた棗の木
203高地

映画にもなった熾烈な戦場跡
日本軍は頂上のロシア側堡塁に向けて突撃を繰り返した。
夥しい砲撃と塹壕構築でズタズタだった山腹も、
日露戦争終結後に植林されて、今では緑豊かな丘に
変わっている。

203高地の攻防戦だけで、死傷者は
日本側1万人、ロシア側5千人を数えた。
山頂にあるこの碑は、乃木将軍により砲弾の
破片を溶かして作られた。

中央の文字:爾霊山は「203」に通じている。
遥か遠くに旅順港が見える!

激戦の末203高地を攻略した日本軍はここに観測所を設置し、
旅順港内に引き篭もるロシア艦隊を砲撃して、その殆どを
撃沈した。
日本軍の攻めてきた方向
面々と続く山々の頂には堡塁が築かれ、日本軍の前進を
ことごとく阻んだ。
ロシア軍により掘られた塹壕
日本軍の掘った塹壕

今では樹木に覆われて静かな眠りについている。

乃木将軍の次男である保典氏が戦死した場所の碑
手を合わせて拝みました。



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