自然保護といふもの


保護という言い方をすると、保守的な側面ばかりが強調されてしまうので良くない。
環境破壊の原因は、人間と自然との距離が遠ざかったことにある。
樹を切り倒してもかまわないし、生き物を殺して食べ物にしてもかまわないのである。
それは、人間が生き物として生きるのに絶対に必要なことだからだ。
ただ、今の世の中では、そうとは言えなくなってしまった。

自然を破壊する理由は、過度の欲望によるものだ。
先進国は、国が「肥満」の状態にある。
生きることに余裕がでてくれば、何か他の楽しみを求めるのはわかるが、求めすぎ。
自分の欲を満たしたいのなら、まず相手を理解して、施しをしないとマズイ。
車を使ったり電気を使ったりすると、それ相当の二酸化炭素を排出する。
(電気はクリーンだって? 電気をどうやって作ってるかわかるっしょ?)
二酸化炭素は植物にとっては、食料ともいえる・・・が、多すぎである。
もし車や電気を使いたいのなら、
「使った分を排出される二酸化炭素を消費するだけの森林が必要」なのだ。
ここでは「車・電気」と「二酸化炭素」を例にしたが、他でも一緒である。
「消費」と「老廃物」だと思っていい。そしてそれを処分するだけの自然が必要なのだ。
(ちなみに下水の関しては、下水処理施設内で細菌類によって汚物を分解し、川に流しているそーです)

人はこういう自然界の流れをちゃんと把握するだけの脳があるんだから、
環境保護を考えるなら、保護という「一点」に捉われず、自然界全体の「流れ」を理解し、
人がその一部として溶け込む方法を考えなければ、ね?


追記:動物保護団体の皆様へ。「人間も動物」です。


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