光と闇の始まり
現在、日本…というかアメリカを中心とした世界全体が戦争ムードにある。
構造的には「テロリスト 対 資本主義」といったところだろうか。
時代を問わず人は争いを続けているが、果たして何時の頃からこうなったのだろうか?
人類の歴史を戦争のない時代まで遡ってみよう。
人々が動物と同じ程度の存在として生きていた時代。
これは戦争のない時代と言えるだろう。
同じ人間同士で争うそうなことをすれば、たちまち自然界の猛威に呑み込まれ、
共倒れになってしまうような時代だったはずだ。
この時代が終わったのは、
農畜ができるようになったころ、すなわち「食糧生産革命」以降だ。
最初におこった争いは、土地の所有権をめぐっての争いだったと考えられる。
言い換えれば「個人」や「所有」という概念が生まれたときから、
人類の戦争の歴史が始まったと言えるだろう。
それ以前の時代には「土地は自然界から借りているもの」
あるいは「全員の共有物」という考えが一般的だったと思われる。
現在でも文明の未発達な地域…というと語弊がある。
現代的社会が進出していない地域に住む人は、
かならずと言っていいほど、こういう発想を持ち、それを当然だと考えている。
すべての戦争は「個人」と「所有」の概念が生まれた時から始まったのだ。
しかし「個人」と「所有」、そして「戦争」は、
必ずしも人類にマイナスにだけに働いているかといえば、そうではないと言えるだろう。
こんなことを言うと平和主義者からお叱りを受けそうだが、
事実、戦争によって医学や科学技術が発達したという事実はある。
「所有」を増やすための競争は、人類に様々な恩恵をもたらしたとも言える。
今、戦争をなくすために「所有」の概念を放棄し、
人が動物同等の状態に状態に戻るということは、賢い選択だとは思えない。
もし戦争をなくしたいというのならば、
「所有」という概念が様々な悲劇や恩恵をもたらしたという事実、
「戦争の光と闇」を客観的に受け止める必要があるのではないだろうか?
もっとも、これを理解して利用できるようになったとしても、
その反動がなんらかの不幸として、人類に降りかかってくるかもしれない。
だが、それでも良いだろう。
戦争によって生じた光と闇に支配されるよりは、
一歩先にすすんで、新たな光を闇に支配されるほうが。
その時にまた、客観的に事実を受け止め、
新たな光と闇を理解し、次の時代に歩みを進めることができるのならば。
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