古着を扱っているお店 静岡地図 <調査員の感想>

<入江俊子>

 物品あふれたこの社会に、古着を売買している店があることすら認識外だった私には、あそこにも あれ、ここにもという感じで存在する店調べがおもしろく、だからこその商魂の一端にもふれたようで楽しかったです。

 ユニクロの千円のTシャツ対古着屋のブランド千円シャツ。勝負!ほんのちょっと着てみたい、ちょっと挑戦してみようかなと女心をくすぐるもの小遣いでは買えないけど、ほしいと思う中、高校生の衣服・靴などへの手頃なお値段感覚への誘いかけなどブランドと銘打つもので誘客し店の利用促進はかっているところなんかすごいと思いました。

 買って買って1,2回着てはまた買った自分の服をすてるには惜しい、なんとかならないかと考えた末始めたとか。東京のファション店に勤めた時、売れないで残る新品の衣服、金持ちが持っているほとんど着ていないに等しい服を目にして、何とかしたいと地元に帰って開店したとか。

 一見、利益を生み出そうと躍起になることから やや冷めた感じがするけど、人と人の交流の場となって欲しい、世間話しや近所情報はこうゆうところだとしやすいからという店主にも出会い、おしゃべりしてたら店主が水まきするので、めまいがするほど吊してある見ているうちつい、1枚頂きます。でした。

 と書くように、圧倒的に女性ものが多い。幼児服、子供服は、男女にかかわらず少ない。成長期の身体の変化に対応するには、いいのにとは勝手な言い分かな。少子化の社会で宝の子だからこそ新品を望む事の方が優る親心になるのだろうか。

 ほつれ、カギ裂き、穴かがり、ボタン付けなど小学校の指導内容からはずされてはいないだろうか?

 着古したり、破れたりして修理する必要が無い繊維縫製技術の発達からは無用なものと切り捨てかねない状況下の今は。

 つい先日ニットでフード付きの長袖のつなぎが瞬時に継ぎ目なしに機械から編み出されてくるのをテレビで見て驚愕しました。

 新しいものがどんどん出てきて益々欲望をかりたてんです。

 だから思いました。古着を求めると言うことは、産み出されたものにもう一度命を吹き込むことが前提だけれども、それを着ていた人の温もりを感じることなんじゃあないのかなあ、だからこそ顔の見える家族・友人・知人・そのまた知り合い・そのまた知り合いなどとの交換、売買が理想。

 究極は、地域通貨でやりとりできるのがいいのかなあ?と思ってしまった。

これじゃ 古着屋さんはなりたたないですね。

 

<鳥居千春>

楽しい体験でした。いかにも古着屋というのから、しゃれたブティックまであり、これからもっといろんなのが増えていくと良いなあと思いました。印象に残っているのは若いお母さんが、必要性を感じて、子供服の店をつくってしまった結果、子供を持つ母親同志の情報交換や会話を通してストレスがお互いに発散でき、一石二丁にも三丁にもなった、という話です。物を通しておしゃべりがしやすい、気軽な場が多かったです。

中高年方たちが気安く楽しんでいるお店もありました。何軒かの店で私自身も数点、母と自分用に買ってしまいましたし、家に眠っている服を提供することもできました。欲しい物といらない物がうまく交換できる場で、楽しく買い物ができる場で、面白い発想の店が、身近な商店街にできていくと、中古衣料の活用が広がり、物を大事にする風潮にもつながるのではないでしょうか。そのきっかけにこの冊子が活用され、さらなる情報が集まってくることを期待します。


 ☆この冊子を作るきっかけは

 ゴミを減らしたい。生かせる物は生かしたい。そんな活動の中で古紙、ビン、かん、ペット、は資源回収されているけれど、古着は回収されなくなっているという状況があること。またゴミゼロフェスタというイベントをやるたび古着が山のように集まり、持っていって再び着てくれる人よりも、要らないから役立てて、と持ってきてくれる量の方がはるかに多く、イベント終了後は残った古着の山を見て呆然としたことが古着問題に取り組むきっかけでした。あの古着の山、ほとんどが傷んでいない、十分着られる物ばかり。もったいないと思いつつ、これを古紙業者に引き取ってもらう。

これが何処かで役立てられていると思いたい。しかし静岡で追跡したかぎりでは、東南アジアへの輸出が30%、ウエスに裁断されるのが30%、残り40%がゴミとして焼却されている、ということです。この事を知って、私達に出来ることは何か?

* むやみに買わない。 * 長く着れる物を買う。* 中古衣料を利用する。

大量生産、大量消費ではない経済活動に転換していかないと解決しないことです。衣類の行く末とともに、衣類のこし方を知ることが必要です。綿花や蚕や羊を育てて木綿や絹やウールの生地ができ、服に作り上げる人がいて出来上がってくる、とてつもない時間と手間がかかってきていることを忘れてしまっている。

平気で使い捨てできるのは、物のこしかた、ゆくすえが見えなくなっているからではないでしょうか。


<佐野明子>

「古着マップ作成をちょっとだけお手伝いして」

 子どもの古着って、もらった時はちょっと得した気分。でもそれ以上に自分の子が以前着ていた服を他の子が着てくれているのを見かけた時って、何だか嬉しいんですよね。これって、リサイクルしたという満足感だけじゃない、プラスαの思いがあるんだと思います。

 古着のお店が、ちょっと雑然とした雰囲気のなかで、どこかノスタルジックで暖かいのは、いろんな人たちのそんなプラスαを洋服たちが放っているからじゃないのかなあ。

<石川紀子>

私が回ったところは、ほとんどが海外買い付け古着の店だった。お洒落な店内、きれいな(!)古着がずらりと並ぶところもあるくらい。今回の古着MAPとは方向性がずれているようだったが、お店の人の話を聞くと、服を大切に着てほしいという思いは同じだった。取材したほとんどの店がリペアをやっているのも、長く着てほしいという思いから。ただ、リサイクル古着と決定的に違うのは、「古着にも流行がある」ということ。リサイクル古着に流行は存在しない。だから大人には向かないのかもしれない。子どものものは、年代を感じることはあっても、流行には左右されないように思う。だからお古でも十分利用できるのだろう。大人の古着は流行に完全に左右されるのと、決定的な致命傷はパラゾール等の虫よけの臭いがしみついていること。リサイクル古着でこの課題を乗り越えるのはかなり厳しいかもしれない、というのが率直な思いだ。

 

<村瀬結子>

 時間をかけて、丁寧につくられたものはいのちが長いですね。古びない。「吉祥」さんで見た着物たちはなかなか見ごたえがありました。

 それにしても有り余るほどのものを持ってしまった今、どうしたらいいのでしょうか?模索している私です。

 ちょっと足りないくらいが、本当はいいんだよね。そう自分に話しかけながら、リユース、リサイクルのお店を活用していきたいと思います。

 

<三浦正枝>

 5軒調べたが、衣服をよく取り扱って経営しているのは「たんぽぽ」一軒。服の利用者減で2軒は衣服の買い入れを止めてしまったという。

 上記3軒とも店を拡充して現在地へ移店したという。やはり使える物はもったいないから大いに利用して欲しいとの思いがある。店内を見ている間にもどの店でもお客さんが来ていたし、会話も弾んでいた。店内を覗いたことで、まずは利用しない手はないと思った。

 

<近藤史子>

 今回「古着マップを創る」という事になって、もともとフリーマーケット、リサイクル大好き人間の私は、まさにそんなものが欲しかったのーという感じでした。人によって価値観は違いますから、服も新しい流行のものでなくちゃという人もいますが、古着だって捨てたもんじゃありません。とても素敵でしかも安いものを見つけた時は思わずほくそ笑んでしまいます。我が家の子供達の服もお古をいただいたり、リサイクルショップで買ったりして、ほぼ間に合っています。子供の成長はあっという間なので、すぐに着られなくなってしまうものだし。デパートなどには確かに魅力的な服がいっぱいで、子供に着せてあげたいという親心も分かり、それはそれでいいと思います。ただ気に入って買った服には思い入れを持って、子供にも大切に着てもらい、そしてまだ着れそうなら活かすことを考えてもらいたいです。ぜひこの「古着マップ」を活用してもらい、古着を通して、前の持ち主は思い出の服を再び活かせてうれしい、新しい持ち主はいいものに出会え得した気分になれる、そんな関係が生まれればいいなあと思います。そして「ものを大切にしよう」という意識が芽生え少しでも広がる事を望みます。

 

<佐野昌代>

 子供の古着はほんとにうまく社会を循環しているようです。我が家でもとっても御世話になりました。服(物)を大切にする心を育てていきたいです。しかし、大人の古着はというと私自身も買うということはありませんし、好みの古着に出会ったことがない。古着って次に着る人がいるかどうか考えていない。マーケット(市場)って気がします。ただ、自分の家にあるじゃまなものをなくしたいからという理由だけで、持ち込まれているみたい。私は食後のお皿やお鍋を古着(ウエス=細かく切って)と黒チリを使ってきれいにしています。着る人がない古着でいずれ燃やしてしまうなら、有効に使う方法、考えたいですね。

 

昔懐かしい黒チリは静岡でつくられています。新聞紙100%で作られている超すぐれたリサイクル商品です。