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これよりジョン万アキ子のガーデンよもやま話をお届け致します。 なぜ、ジョン万アキ子なのか?? 今から遡ること6年、一人の日本人が、昔の栄光を未だに引きずっている大英帝国に流されて来ました。 その日本人は、イギリスの右も左もわからない上に、しかも人々の話している言葉がわからない。 これは、どうしたもんだ!!!と途方にくれました。 そんな時、大学生の時、高知の横波スカイラインでよく見たジョン万次郎の銅像を思い出しました。 彼は、昔、高知の漁師でしたが、台風で、流され外国に命からがら漂着しました。 彼は、生きるために、そこで苦労しながら英語を身につけました。 その当時日本は、鎖国の時代、英語のABCどころか、外国人すら見たことのない状況、彼の苦労と努力とストレス計り知れないものだったに違いありません。 ジョン万次郎は、その後日本に帰国し、幕府の通訳として活躍しました。 そんな、彼の姿を自分に重ね合わせ、願わくば彼のように英語がぺらぺらになりたいという思いを込めて、その日本人は自らジョン万アキ子と名乗ることにしました。 ジョン万アキ子は、ロンドンの北に位置するCapel Manor Collegeの BETC National Diploma Landscape Studiesという2年間のフルタイムのガーデンデザイン&コンストラクションのコースにギリギリで入学しました。 しかし、ジョン万アキ子は、札付きの流れ者。半年間で、学校を追い出されました。 実際社会で半年間働いてこいという厳しいお達しが出たのです。 ジョン万アキ子は、CV(履歴書)を作り、就職活動を開始。 しかし、こんな英語の喋れないアジア人どこの会社が雇ってくれるものか? 就職活動かなり難航!!!しかし、捨てる神あれば、拾う神あり、拾ったあなたは、幸せもの。(一人でそう思い込んでいる) Royal Botanic Garden, KewのInternship Programmeの 枠に入ることができました。 これは、要するにボランティアで働くことなんです。 しかし、朝は、7時50分始まり、夕方5時終了のバリバリの肉体労働がジョン万アキ子を待っていたのでした。 |
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続く
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