★第4回★


地方に住む自由

20年近く勤めた会社を退職して、鳥取に移住してきた。
「なぜ、鳥取なのか?」−私が退職と鳥取への転居を告げると、友人・知人は退職理由を問うた後に、必ずこう尋ねてきた。
そして「鳥取で何をするのか?何ができるのか?」とも。

なぜ、東京や大阪じゃなかったのだろう?
簡単に言えば、自然とゆとりへの憧れということ。
東京ではマンションを借りていた。東京としては悪くない環境だった。
周囲に畑が残り、窓からは多摩丘陵が見渡せた。
冬には、その先に遠く富士山の白い姿を望めた。
しかし、もっと自然豊かで静かな場所に住みたかった。
週末に何時間も掛けて自然の中に出向くのでなく、自然を身近に感じていたかった。
庭も欲しかった。

以前、ロンドンで暮らしていたことがある。
その頃の夏の楽しみの一つが、庭で取る夕食だった。
夏の日没は9時すぎと遅く、勤めから戻った後でもたっぷりと時間があった。
また、週末には、あちこちの庭や公園を見て回った。
朝食を食べながら、天気と気分次第でその日の目的地を決める。
昼前に出発して、車で1時間も走れば到着。渋滞も少ない。
そんな生活を日本で求めるとしたら、東京を離れるしかなかった。

さて、鳥取。
山に囲まれた新興住宅地に家を借りた。
秋には、窓から紅葉が眺められる。
庭もある。粘土質の土の入れ替えをしながら、草花を育て始めた。
車で10分も行けば、懐かしい日本の農村の景色が広がっている。
一方で、スーパー、ホームセンター、家電量販店は何軒もあり、生活に不自由はない。
県立図書館や市民病院は、設備が充実している上に混雑が少ない。
テーマパ―クはないが、映画館はいつも座れる。(ハリー・ポッターも、並ぶことなく座って観た。)
東京では、人ごみや電車の乗り換え、車の渋滞から、外に出ると必ず疲れ果てて帰宅したものだが、ここでは違う。
移動時間や待ち時間が少なく、1日が有効に使えてストレスも少ない。
こうして、我が家は時間のゆとりと空間のゆとりを取り戻すことができた。

しかし、鳥取で何をするのか?何ができるのか?
幸い私はあまり苦労せずに再就職先を見つけることができたが、これはたまたま運が良かっただけ。
実際には、市内でも仕事や会社の選択肢は少ない。
求人票を見た限り、専門技能が役に立ちそうなのは建築・土木や経理関係。
IT関連も思ったほど求人はなく、国際関連は予想通り皆無・・・ただし「駅前留学」系の教員になる手はある。
観光関連も、予想以上に求人が少ない。鳥取らしく、砂丘の観光用ラクダの世話というのがあったが。
大学(院)で専門知識を学んだ若い人や、豊富な実務経験・専門知識を持つ人の受け皿は、残念ながら乏しい。

それではどうするか?
農業や林業、ログハウスの喫茶店、もしくは染物などの芸術系職人を志すのが一つの手。いわゆる『田舎暮らし』のパターン。
もう一つがSOHO。インターネットの発展で可能性は広がるが、まだ分野は限られている。
どちらも合わない人は、大都市に残って生活環境は我慢するしかない。
農業の経験しかない人がいきなり大都市で就職できないのだから、その逆も無理で当然という考え方もあるだろう。
いずれにしても、こうした意味で「地方に住む自由」はすべての人のものではない。

でも、仕事と自然やゆとりの、両方を望んではいけないのか?・・・人にとってはどちらも大切なものなのに。
世界には、大都市周辺でも比較的環境に恵まれていたり、地方都市への機能分散・企業分散が進んでいる国がある。
日本もそんな国になれないのだろうか。
山が険しい、国土が細長い、そんな自然条件は確かにある。
しかし、意思を込めて通信網と交通網を整備し、行政・経済の地域分化を進めない限り、仕事と自然とゆとりのニ者択一、あるいは「究極の選択?」は永久に続いてしまう。

そんな訳で、通信網の整備とともに、行政改革で槍玉にあがった地方高速道路網の整備についても、徐々に推進派に傾きつつある。
県庁所在地鳥取市には高速道路が通っていない。
県一番の商都と言われる米子までは、海沿いをクネクネ曲がる片側1車線の国道だけ。
同じ日本海側の例えば福井市に行くのは、大阪か京都経由が一番早い。
また、立派な飛行場はあるが、定期便は1日3便の羽田行きだけ。福岡にも札幌にも仙台にも行けない。
「どれだけの利用者があるのか」「経済効果は」という議論もあるだろう。
しかし、これは国造りの話だ。経済論議だけで決めるべきではないと思い始めた。

たまたま日本で最も人口が少ない(60万人足らず)鳥取県を選んだから、こんなことを考えさせられるのか、それとも地方都市共通の問題なのかは判らない。
ただ、大都市の刺激とスピードを好む人がいるのと同じように、地方(都市)の生活を好む人も、年齢や出身地を問わず世の中には沢山いるはず。
その人たちの地方への移住を促進することが、大都市集中の弊害を取り除く道となる。
そのためには、実際に地方で生活していける基盤を提供することが必要だ。

大都市の活性化中心に公共事業を進めることが、本当に日本の将来像、日本人の生活像に合うとは思えない。
地方の交通網整備と就業機会創出は、今まで以上に真剣に取り組むべき課題と言える。
「地方の時代」が謳われて久しいが、都市から地方に実際に人が移動するようになるには、まだまだやるべき事があると思う。

2001年12月27日(木)

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