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先の3連休は、仕事のため休みなしとなってしまいました。 おかげで家事は全く手付かずで、すべてジョン万さんにお願いモード。 前回の『家事はラクダ?』で、家事は楽勝などと偉そうなことを書きましたが、ちょっと仕事とダブっただけでこの有り様。所詮、駆け出しシュフはこんなもんです・・・トホホ。 と反省しながらも、勇気を奮ってまたも無謀なシュフ噺の2回目。 内容は大したことないのに、タイトルだけは『世界を救う』なんて大袈裟にしてしまいました。 車を運転していると次々変なタイトルを思いついて、そのままタイトルだけ先行掲載してしまうので、自分で自分の首を締めているような気がします。 さて、駆け出しシュフが家事全般を引き受けたときから、ず〜っと気になっていたのが、ゴミのこと、食品添加物・農薬のこと、洗剤のこと、エネルギーのこと。 まずゴミから。 家から出るゴミの、何とまあ多いこと。特にプラスチック類と紙。 肉も魚も野菜も行儀良く食品トレイに乗せられてるので、料理のたびにゴミの山。 新聞の折り込み広告も、東京ほどではないが木・金・土曜日の量は相当なもの。 すべてリサイクルに回したとしても、リサイクルのためにエネルギーを消費するし、不純物が入るのでどうしてもヴァージン原料を使わざるをえず、結局は消費量そのものを減らさないと、環境への負荷を大幅に軽減することにはならないらしい。(これは、最近読んだ本の受け売り。) 次に添加物・農薬。 宮仕え時代は、多忙の余り下手すると週に7-8食コンビニ弁当のお世話になっていて、その時は明らかに「ヤバそう」という自覚があった。 でも、スーパーで買う色々な素材に使われている添加物については、あまり意識していなかった。 自分が料理をして初めて「ああ、こいつらが全部身体の中に入るんだ」と実感。 また、近くの農家直結の店で白菜を買うと必ず青虫が付いているのに、スーパーで買う白菜には虫喰いのあとが一つもない。 虫も喰わないものを、我は喰うなり・・・ってところか。 ああ手作り料理よ、君も決して安全ではなかったんだねえ。 そして洗剤。 結構きれい好きなもので(ただし、掃除は別)、すべての食器を洗うのに中性洗剤を使ってしまう。(これって当り前?) でもその行き着く先は、下水〜川〜海。 ということは、鳥取転居通知に嬉しそうに書いた「車で30分の美しい日本海」を泡だらけにしてるのは我が家? しかも、これまた嬉しそうに書いた「日本海の豊富な魚・カニ」を、自分で汚染して自分で食べてるってこと? 最後に、エネルギー。 雪国に移り住んだ我が家は、実は寒がり・・・。 なら、なんで引越したんだと言われそうだが、来ちゃったものはしょうがない。 冬支度で、石油ストーブ×1、電気ストーブ×1、電気カーペット×1を買い込んだが、いざ冬を迎えて、これがまた悩みの種。 仕事兼勉強部屋では電気ストーブと電気カーペットを併用しているが、冷え込む日は窓から寒気が染みて来て焼け石に水。 家の中でラクダ+セーター+フリースを着込んでも、震えが止まらず何もはかどらない。 しかも電気代が高くて、財布にも寒波が直撃っ! そんな日は、結局、一番暖かくて安い石油ストーブがフル稼働となる。 部屋を移動するたびに、我が家唯一の石油ストーブを抱えて行ったり来たり。 でも、再生不能資源の化石燃料(灯油)を燃やして、排気も出すから、環境には二重に悪そう。 それに、着火・消火のたびに煙でむせて、自分の身体にも悪そう。 う〜ん、ジレンマ。 こんな事を自分の問題として意識するようになったのも、シュフ経験のおかげ。 会社勤めの時も、「環境」は時代の要請だからもちろん意識はしていたが、生活経験に基づいた環境意識では全くなかった。 むしろ環境は、市場で競合していく際の「コスト」だったり、競合に負けないための「ツール」に過ぎなかったような気がする。 今は、例えば『この車の環境配慮はヨーロッパ基準・・・』みたいな車の宣伝を聞くと、「環境」を売り文句にして買換えをアピールしているだけじゃないかと感じてしまう。 環境対策が充実した車も大事だけれど、車の使用年数の短さ(買換えの早さ)が環境に与える大きな負荷(製造のための資源・エネルギーと廃棄物で)とのプラスマイナスは考えられているのだろうかと。 ただ、今の企業に環境配慮を最優先にしろと求めるのは順番が逆なのだろう。 世の中が求める価値観が「便利さ」「効率」「安さ」「新しさ」「カッコよさ」ならば、企業はその土俵で競争せざるをえない。 特に大企業は、ニッチ市場(つまり、まだまだ少数の環境派)を相手にするだけでは組織を支えられず、株主に対する業績責任を果たせない。 だからよく言われるように、消費者が環境に配慮された製品・サービスを選ぶように変わっていくことが、第一に必要なのだと思う―たとえ「不便さ」「非効率」「高価格」「古さ」「カッコ悪さ」に甘んじることになっても。 第二に必要なのが、企業行動を環境配慮型に誘導/強制するような法律と行政措置。 これらは二つとも、従来型の価値観・行動スタイルの一大転換を意味している。 前者は個人レベルでの転換。 消費者としては、配送回数や電気消費を抑えた暗くて欠品も多いスーパーで、食品トレイなしの不揃い・虫ありの野菜を買う・・・という程度で果たして済むのだろうか? 後者は社会・企業レベルでの転換。 従来型キーワードの「シェア拡大」「効率化」「大量生産」「大量消費」等々が時代遅れとなる程度で済むのか、「自由競争」「市場原理」が否定されるところまで行き着くのだろうか? また、「頑張らない」価値観が日本でも普遍的なものになるのだろうか? この『どこまで行けばいいのか』という問いに対する答を探すことを、これからの自分への宿題にするとして、少なくとも「できる範囲で環境に良いことをする」というのでなく、「したくないこと・できないことでも、環境のために必要なことはする」というレベルまで求められることを覚悟しておこうと思う。 技術の進歩が環境問題を一発逆転すべて解決してくれるという、甘い期待は捨てて・・・。 いずれにしても、シュフは「コスト」や「ツール」ではない環境問題の本質を実感できる立場にいること、シュフによる商品・サービスの選択が(法規制以外では、これだけが)企業行動を変えうること、シュフは有権者として政策に影響を与えうることから考えて、シュフが声を上げ、日々の行動を変えていく必要があると、新米シュフの私はつくづく思うのです。 最後に、正月の新聞記事(*注)の中で、ソニーの「アイボ」開発者が、「環境のため、自然に戻るような材料でアイボを作ること」についての会社の考えを問われて、『民間企業にそんな長期的な発想は無理です』と答えていたのが印象に残っています。 ここに企業の限界がある以上、繰り返しとなりますが、消費者・生活者・有権者としてのシュフの発想と力(行動)が、とても大切となるのでしょう。 (*注:2002年1月3日付 朝日新聞朝刊「ひと」欄) |
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2002年1月20日(日)
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