★第7回★


鳥取の朝日は西から昇る

鳥取に引越してきた直後の10-11月は、毎日のように雨が降り続いた。
雨が降らない時でも、どんよりとした雲が常に空を覆っていた。
やがて寒波が到来し、雪起しと呼ばれる雷とともに山陰の冬はやってきた。
雨が雪に代わることで、ますます陰鬱になるものと覚悟していた。

しかし12月が過ぎ、1月も終わりまで過ごしてみて、むしろ冬は秋よりも明るいという印象が残った。
確かに、雪が降る時は暗い。黒い空から無数の雪片が舞い降り、数メートル先も見えなくなる。
だが、そんな雪が何日も降り続く訳ではない。
また、雪が降る前後には太陽がのぞくことが多い。だから、雪が突然やってくるように感じる。
青空が見える空を、白い雲が流れている。それが急に黒い雲に変わり、雪になる。
そして、翌日はまた晴れ間がのぞく。陽が差せば、反射光で周囲は普段よりも明るくなる。
冬は思いのほか明るいというのが、初めて冬を越す我々の印象だ。
ただし地元出身者によれば、この2ヶ月の天候はおかしい―つまり雪が少ないそうだ。
したがって、我々の感じ方も2月以降、変わってくるのかもしれない。

この季節、家人を街中の職場に送った後、街の内陸側にある我が家に戻る途中で、ちょうど朝日が昇る。
雪をかぶった山に向かって車を走らせていると、左手の空に浮かぶ雲が、朝焼けでほのかに染まってくる。
晴れた日は空気が澄んでいるので、兵庫との県境にある山も見えて美しい。
しかし、美しいこの景色も、私には今一つ座りが悪い。
朝日というのは、山に向かってではなく、海に向かって左手の方角から昇るものではないか?
富士山頂からご来光を見た時も、相模湾を見下ろし、左手に三浦半島を見ながら、その先から太陽は昇った。
日本海側に来たのだから、位置が逆になるのは当り前のこと。
しかし、太平洋側にしか住んだことのない私の身体には、山=北、海=南という感覚が染み付いてしまっている。
朝日が西から昇るような不思議な錯覚を覚えてしまう。

出掛けても、よく混乱する。
海沿いの都市は、山が平地に変わるところに列車の駅があることが多い。
太平洋側では、その駅の南側に商店街やビルが拡がり、やがて海に行きつく。
見知らぬ駅で列車を降りたとしても、山を見て方角の見当をつければ、街歩きはたやすい。
こちらでは、南北が逆になる。当り前だが、山に向かえば南に進んでいることになる。
車を運転中に、自分が東西南北どちらに進んでいるか知りたくなった時など、まず日本地図の中の鳥取を思い浮かべることから始めなければならない。

思えば、大陸の文化が日本に伝わったところからスタートして太平洋側(特に東京)への集中に至るまで、時代が日本地図の上から下(そして左から右)に向かって流れているような印象を、子供の頃から抱いていたような気がする。
そして、その流れの先、広々とした太平洋の向こうに憧れのアメリカがあるという構図。
オーストラリアやNZなど南半球の国で作られているという、南北を逆転させた地図を、日本に当てはめてみたらどうだろうか?
下から上へと、単に流れが逆転するだけなのか?
それとも、上から下、左から右へと動きやすい我々の目は、時代の流れを日本海側や大陸に見出すようになるのだろうか?


2002年1月25日(金)

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