★第10回★


田植えの季節

5月になって、あちこちの畑や田んぼが俄に忙しくなってきました。
このところ毎週末を米子市で過ごしているのですが、滞在先のマンションの前をトラクターが走りすぎていきます。
市内の新興住宅地にあるマンションの周辺には、沢山の農地が残っています。
4月中は空地のように見えていた農地に、連休あたりから手が入れられ始めました。
先週あたりが田植えのピークだったようです。
これまで人も車も少なかった道を、軽トラやら、台車を押したお婆ちゃんやらが、慌しげに行き来しています。
見ていると一家総出で、長ぐつ姿の兄弟が何やら嬉しそうに、畦道を行ったり来たりしています。
苗を積んだ軽トラの周りで集まっているのは、多分作戦会議でしょう。

こうして、みるみる景色が変わっていきました。
畑に黒々とした畝が作られると、急に景色に生命感が感じられるようになります。
田んぼに水が張られると、水面に空と景色が映って、俄然あたりの光線が複雑になっていきます。
新しいマンションの横の田んぼで、農家の主人が注意深げにトラクターを操り、その向こうに富士のような山姿の大山(伯耆富士)がそびえるという図。新興住宅地、農業、大自然という、3題噺というか笑点のお題のような組合せが、僕はとても気に入りました。
同時に、この景色に懐かしさも覚えました。
懐かしさと言っても、別に日本の原風景を感じ取ったからではありません。
この景色、70年代の社会の教科書に出てきそうな構図なのです。

米子市の人口が急増しているとか、経済が好調などという話を聞いたことはありません。
多分、実際はその逆でしょう。
それでも、こうして農地が次々と住宅地に変えられていくということ。
離農というのは理解できても、農地跡に建てられる住宅への需要はどこから生まれるのでしょう。
古い教科書にあるような、周辺農業地域での大家族の崩壊や市内中心部から周辺部へ向かうドーナツ化が、今ごろ起こっているのでしょうか。
近所でアンケートでも取って回れば理由がつかめるかもしれませんが、いずれにしろ東京など大都市の「都心回帰」とは異なる現象です。
他愛の無いことですが、鳥取暮し1年生の目には何もかも新鮮です。
こんな素朴な疑問を、これからも感じ続けていければ嬉しいことです。

2002年5月26日(日)

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