人魚姫

人魚姫:小説バージョン 

 
 深い深い海の底に、人魚の国がありました。人魚達は海の底に生える海藻や海の底の砂に住む貝を食べて暮らしていました。人魚の国のまんなかには人魚の女王の御殿があり、そこには、5人の人魚のお姫さま達が住んでいました。
 ある日、人魚の女王が言いました。
「おまえたちは、15の歳になったら、海の上に浮かび上がって暮らすのです。海の上は青い空が広がり、緑の島があり、とても綺麗で明るいところです。そこで若く逞しい人魚の若者を見付けて結婚し、子供たちを産みなさい。子供たちは生まれると、この人魚の村に戻ってきます。」
「はい。」「は−い。」4人の人魚たちは素直に返事をしたのですが、一番下の人魚が尋ねました。
「ねえ、子供を産んだら子供たちと一緒に戻ってくればいいのね。」
「それは旅立ちの日に教えてあげましょう。」
人魚の女王の瞳には小さな涙が光っていました。
 5人のお姫さまはうなずいて、その日が来るのを待っていました。


 その日がやってきました。女王様は言いました。
「人魚は子供を産むと死ぬのです。海の底に沈んでくるものを栄養にして育ったおいしい海藻や貝を食べて大きくなった人魚の体は、死んだあと、海の浅い場所に住む魚たちの餌になるのです。人魚がこうして暮らしているので、海の魚が死んで底に沈んでも、また魚達は増えることができるのです。」
「ねえ、子供を産まなかった人魚はどうなるの。御殿に戻ってきてもいいの?」
「いいえ、死んで魚の餌になるだけです。人魚の仕事は子供を産むこと、体を魚にさしあげること。この二つです。」
「ねえ、おかあさんは、なぜここにいるの?」
「私は本当のおかあさんではありません。人魚の中には稀に男でも女でもない者がいます。その者は長生きしますが、決して子供をつくることはできません。そのような人魚はずっと海の底にいて、他の人魚が産んだ子供たちを大切に守るのが仕事です。それが私です。私はおかあさんではないのです。本当のおかあさんは、皆さんがこれからそうなるように、子供を産んだあと亡くなりました。」
 突然、大きな網がが襲ってきました。人魚の女王は、必死で網を切ろうと戦います。
「かあさん!」
「私にかまわず海の上に行きなさい。今日は旅立ちの日、皆さんの命の輝きはあと僅かです。素敵な人魚の若者と出会い立派な赤ちゃんを産むのですよ。」
 人魚の女王は網が首に絡まって死にました。網は人魚達に迫ってきます。そこに大きな鯨があらわれ、網を食い破り、助けてくれました。
「さあ、おいき、明るい世界へ。この網は人間が仕掛けたものだ。人間は海の生きものを次々捕まえて殺す。決して人間に近寄ってはならない。俺は今から女王様の仇を取りにいく。」鯨は人魚に言うと静かに去っていきました。

 
 人魚姫たちは生き延び一人づつ美しい青い空と緑の島の間に浮かび上がりました。そして、若者の人魚と出会い恋をしました。でもいちばん下の人魚姫は、人間の町の目の前に浮かび上がってしまいました。
 なんという美しさでしょう。光り輝く町並み、ランプで飾られた大きな船。きれいな花火。人魚姫は、港を出てきた一艚の船に近付いてみました。デッキには着飾った王子さまの姿。なんと美しいのでしょう。人魚姫はうっとりとして王子さまを見つめながら一緒に沖へと泳いでいきました。
「こんな綺麗な方が、悪いことをするはずはないわ。きっと何かの誤解なのよ。」人魚姫はそう思いました。
 そのうちに海は波が高くなりました。さっきの鯨があらわれました。人魚は声をかけようとしましたが、鯨には聞こえなかったようです。鯨は真っすぐに船に向かっていきました。鯨はそのまま船にぶつかり、船は大きく軋み、真っ二つに折れて沈んでしまいました。
 「あ、王子さまも沈んでしまう。」
 人魚姫は沈んでいく船を追い掛け潜っていきました。そして、溺れて沈んでいく王子を見付け、小さな手で抱え海のうえに浮かび上がりました。嵐の中を人魚姫は一晩中王子さまが沈まないように抱え続けていました。
 朝になりました。人魚姫は王子さまを浜辺に下ろしました。大丈夫。息はあります。人魚姫が岩陰に隠れてそっと覗いていると、綺麗な女の人が王子さまを見付けました。
 人魚姫は気づかれないようにそっと海に戻りました。

 人魚姫は王子さまが忘れられなくなりました。「もうすぐ私は死んでしまう。そうなったらもう二度と王子さまに逢えない。人間になりたい。人間になれたらもっと長生きできて、人間として暮らせばいつかきっと・・」そう思った人魚姫は、魔法使いのところに行きました。
「魔法使いさん、どうぞ私を人間にして下さい。」
「よろしい、薬をあげましょう。これを飲めばしっぽは縮み足が生える。だが、歩くたびにナイフで刺されるように痛むがそれで良いか。これを飲めばおまえの短い人魚の寿命は人間のように長くなる。しかし、おまえの思う人間の男の真実の愛を得られず、男が人間の女と結ばれたなら、おまえは、その瞬間に水の泡になって消えるのだぞ。そうそう、薬のお代におまえの舌を抜き、綺麗な声をもらうぞ。」
「はい、人間になれるのなら、なんでも耐えます。王子さまはきっと私を愛して下さいます。」
「さあ、薬ができた。」
 人魚姫はこくりとうなずき、かわいいくちもとを魔法使いに差し出しました。舌を抜かれる激痛で人魚姫は気を失ってしまいました。
 気が付くとそこは王子さまのお城の近くの海岸でした。手にはちゃんと薬が握られていました。人魚姫は薬を飲み干すと、また倒れてしまいました。

 人魚姫が再び目覚めると、そこは綺麗なお城のふかふかのベッドの中でした。隣には王子さまが立っています。
「あなたは、今朝、浜辺に流れついて城の者に助けられたのです。どこから来たのですか、名前はなんですか。」人魚姫は答えられません。
「かわいそうに、口がきけないのか。」
「じゃあ、ここに書いて下さい。」人魚姫は字がかけません。
 王子さまはかわいらしい人魚姫を大変大事にしました。宴会の度に人魚姫と踊りました。
けれど、人魚姫はステップを踏むたびに、刺されるような痛みに耐えなければなりませんでした。それでも人魚姫は幸せでした。
 そこはとても素敵な国でした。国の人々は皆いつも楽しそうです。
「この国は一番税金が安いんだ。王子様のおかげだ。」
「この国には立派な港がある。王子様のおかげだ。」
 どこに行っても国の人々は王子様を褒めたたえていました。人々が王子様を誉める度に
人魚は自分のことのようにうれしく思いました。

 ある日、お城の裏を散歩していると、大きなクジラが引きずられていました。まだ息があります。あの大鯨です。
「今日は大漁だ。この大鯨を見てみろよ。ランプの油が山ほどとれるぜ。」
「こいつが王子さまの船を沈めたんだ。おれの友達もあの時死んだんだ。この野郎、苦しめ。苦しみながら死んでいけ。」お城の人たちはまだ生きているクジラに斧を振るい、油を絞り始めました。人魚姫と目があいました。鯨は最初は驚き、そしてすぐにとても悲しい目をしました。人魚は思わず目を伏せてしまいました。人魚姫がもう一度鯨を見たとき、鯨はもう死んでいました。
 人魚姫の心は痛みました。綺麗だと思っていたお城や船を飾るランプの油は鯨を殺してとっていたのです。皆楽しそうで素敵に思えたこの国は、鯨を殺してとった油をまわりの国に売って豊かな暮らしをしていたのです。
 間もなく王子さまは頻繁に外出されるようになりました。何日もお帰りにならない日が続きました。お城では王子さまのお妃になるという隣の国のお姫さまの話でもちきりでした。自分を助けてくれたと信じているあのお姫さまです。
 その日、王子は人魚姫も船に乗せて、隣の国に行きました。そして晴れやかな婚礼の式典。舞踏会。式がおわると、王子さまとお姫さまは船に戻ってきました。楽しそうにしゃべっています。


 人魚姫が一人淋しくデッキで海を見つめていると、4人の人魚の姉さんの声がしました。そして、キラリと光る短刀が船にに投げ込まれました。
「このナイフで王子を殺して。そうすれば、魔法は解けてあなたは人魚に戻れるわ。お母さまを殺し、くじらを殺した人間なんて八つ裂きにすればいいのよ。」
 人魚姫はナイフを持って王子の寝室に向かいました。部屋では二人が仲よさそうに抱きあっています。
 人魚姫は迷いました。「私はなんのために生きているのだろう。私のこの手の中のナイフで何をしようとしているのだろう。でも、ああ、なんて幸せそうな王子さま。私は王子さまが幸せならそれでいい。」
 人魚姫は海に飛び込みました。まもなく王子は姫と結ばれたのでしょう。人魚姫は海の泡と消えました。他の人魚のように魚に食べられることもなく。
 人魚姫の魂が天国へ登ったのかどうか、それは誰にもわかりませんでした。

作品館へ戻る

HPに戻る