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68 京都の知恵「千年の治水」に学ぶ 投稿者:管理人  投稿日:11月 5日(日)22時58分24秒

      皆さま
      本日まで、京都で「世界をむすんでひらく展覧会 京都府この百年」が開催されてお
      りました。それを見てきた人物から、京都の治水に関するレポートが届きましたので
      皆さまにご披露いたします。

      **************
      京都は、昭和10年に大水害に見舞われました。これの対策を、個々の治水ではなく
      、京都の都市計画全体に位置づけたため、「千年の治水」と呼ばれたそうです。
      昭和10年11月発向の、『鴨川未曾有の大洪水と旧都復興計画』には、「京都市百
      年の大計のために、府市並びに軌道会社相協力して軌道を疎水に潜入せしめ、その上
      部に都市計画道路を築造し、疎水は鉄管によって通水し、その落差を利用して発電所
      を建設すること」とありました。
      また、室戸台風でも大きな被害を受けたのですが、東山の風致林をなぎ倒し、被害地
      は1628万5000坪に及びました。特に、清水寺の背後にそびえる音羽山の檜林
      は、地肌を表す荒廃ぶりで、大阪営林局、京都府、京都市が一体となり、東山の景観
      保存のあり方を議論し、景観が修復されたということでした。
      このように、我々の先達は、先見の明をもって「京都」という土地を守ってきたのだ
      なあと感慨深く思いました。バブル期、多くの町屋が壊され、ビルや駐車場へと変化
      しましたが、でも、ここは「京都」です。再生は大丈夫。
      おそらく今の人口の半分以上は京都以外の生まれだと思いますが、「京都の心」は受
      け継がれていっています。
      だから、平泉も、平泉を愛する人々の気持ちを結集して、がんばりましょう。
      きっと気持ちは藤原氏に届くはずです。
      ***************
 

67 平泉高館に関する歌を14首 投稿者:佐藤  投稿日:11月 5日(日)17時22分20秒

      高館に登れば見ゆる日高見の川の流れそ奥羽の絵巻
      高館は悲しからずや日高見の流れに抗す堤となりぬ
      蕉翁が涙こぼさむ高館に我一人来て草木を撫でむ
      蕉翁は藤原三代いかに見む一瞬の光陰流星の如し
      判官は小さき堂の中に居て木に刻まれて凛と坐すなり
      高館に一人登りて目を瞑り判官自刃の一時(ひととせ)思う
      判官の無念を思う高館に登りし人はいつの世なりと
      風吹きて須川の山に雲往けば雨を呼ぶなり高館山に
      ふる里の高館山に登り来て山河を拝むただありがたき
      日高見の国は在りなぬ何処何処に高館山に友と語らふ
      安倍氏より清原氏より清衡は夢を紡いで爰に古都建つ
      軍(いくさ)なき永久の都を夢想せる清衡眠る金色堂は
      毛越(けごし)なる地に基衡は忽然と浄土の庭を出現せしむ
      秀衡は我が後の世も奥州は平和であれと光の寺建つ
 

66 T生さんへ 投稿者:管理人  投稿日:11月 5日(日)17時19分11秒

      T生さん

      こんにちわ。
      たいへん心温まるメールいただきありがとうございます。
      ふと賢治が学生服姿であの高舘に上った時のことを思いました。
      そしてあの茫洋とした景観を目前にし、あんぐりと口を開いて、
      「こごで義経さん腹切ったんだよな、何で・・」と強い印象を胸に刻んだことで
      しょう。T生さんの表現の中にある「寡黙でいて雄弁な平泉の景色」とありますが、
      本当ですね。景色というものは、何も語りません。それだけに見る者の感性が問
      われているのだと思います。
      芭蕉さんが涙を流そうが、その前に西行さんが印象の強い歌を残そうが、賢治の
      憤りを理解できない人々にすれば、「何故、道路があれば、便利でねーのが」と
      いうことになるのでしょうが。少なくても私はそんな感覚の方が理解できないので
      す。今後とも、このHPを応援してくださいね。
 

65 宮沢賢治と高館 投稿者:T生  投稿日:11月 5日(日)13時26分49秒

      こんばんは。
      私は岩手県の北上市で育った者です。
      北上市は典型的な盆地で、四方に山並みが迫る
      ところです。
      かつて、宮沢賢治も修学旅行で訪れた平泉には
      何度となく足を運びました。
      賢治は、いわゆる「奥州征伐」を行った源頼朝を
      平泉から多くの宝物を略奪した「大盗」と
      感想を持ったり、「にせものの像を指差し〜」と
      「物」に執着していた感がありますが、
       私にとっては、北上市では見ることが出来ない、
      一面に広がる平野の風景がとてもすばらしいものに思えました。
      「高館にのぼれば桜川(日高見川)、南部より流るる大河なり」と
      名著奥の細道で表した芭蕉の気持ちがわかるような気がします。
      そこに何も無いからこそ、夏草に幾多の将兵の無念さが感じられたのでしょうし、
      私も、貞任や清衡、泰衡の苦悩の万分の一でも感じられるような
      思いがあります。

      とにかく、私はあの物悲しいような、
      寡黙でいて雄弁な、平泉の風景がとても好きです。 
 

64 詳しくない者ですが 投稿者:ガクジ  投稿日:11月 4日(土)12時16分34秒

      平泉の景観問題に詳しくない者ですが、印象程度のものを簡単に述べます。
      10月16日、高館に登り工事現場を見ましたが、平泉町からの代表的な景観が壊されて
      いくようにしか僕には映りませんでした。
      その後、柳御所資料館に行き、バイパス・堤防関係の資料をいくつか見ました。しかし、
      これまでに諸氏より指摘されているとおり、進行中の計画が最善の策だと納得するには
      至りませんでした。現在生じている問題を具体的にとらえ、有効な対策を考える、という
      手続きがとられたとは感じ取れなかったからです。危機感を強調しても、事業内容を
      正当化できないのは、みなさんがおっしゃるとおりだと思います。
 

63 奈良平城京にも高速道路が、文化観念の欠如のなせるワザ? 投稿者:管理人  投稿日:11月 1日(水)09時41分08秒

      皆さまおはようございます。

      昨晩、奈良の「平城京・宮跡を串刺しする」ような形で進められている高速道路の件で
      「考える会」の代表をしておられる方にお電話しました。
      現在、地下にボーリングの最中とかで、工事は中断、結論は2年後(?ママ)位
      になるそうです。何とこの反対運動には、名著岩波新書「奈良」を執筆されている
      直木孝二郎京大名誉教授も参加されているそうです。教授は既に81歳とか。
      頭がさがります。ユネスコ世界遺産に登録されている奈良の平城京がこの通り
      ですから、日本の公共事業の感覚は、文化遺産なんて関係ないと一緒ですね。
      文化丁は何しているんでしょう。
      色々情報交換しながらやりましょう、というお言葉をいただきました。
 

62 高館からの風景をそのままに 投稿者:三行法師  投稿日:10月31日(火)17時44分57秒

      広重が描いた清水みなとは海の向こうに富士山が浮かび日本平からのながめは絶景そのもののはず。
      それがいまでは工場が建ち並び景色や歴史を無視している様はグランドデザインなき国家そのもの。
      芭蕉がうたう、夏草や...とは自然そのものであり、高館の景観をかえることはよくないやめましょう。
 

61 「まちづくり」としての「高館問題」 投稿者:管理人  投稿日:10月31日(火)17時31分42秒

      岩手大都市研究室 様

      大変貴重な問題提起ありがとうございます。
      都市計画(まちづくり)としての全体のコンセプトあるいはグランドデザインが何よりも大切であると痛感します。
      特に、宿泊施設の天守閣風の建物など、古都平泉の景観にそぐわないものは、条例などで規制する必要があります。
      例えば、名前を出して悪いのですが、観光地熱海の今日の衰退は、あの熱海城に代表される、まったく地域にそぐわ
      ない景観が出現するなど、野放しの温泉地開発が遠因となって、起こっていると考えられます。
      採掘跡はかなりよくなってはいますが、私はあそこにこそ人の手を加えて、往時の桜川を復活させてたいと思う一人です。
      また「音景観対策」「修景」という文言にもいちいち納得させられました。
      今後、インターネット上で、「平泉景観問題」のシンポジウムの開催も考えておりますので、その節は、是非お力をお貸しください。
 

60 平泉の景観デザインについて 投稿者:岩手大学都市工学研究室  投稿日:10月31日(火)16時44分07秒

      当研究室のエコミュージアムのホームページをご紹介頂きありがとうございます。
      現在も早池峰エコミュージアムの実現に向けて、住民のみなさんと一緒にがんばっています。
      ところで、平泉の景観に関しては当研究室でも大きな関心を持っています。
      平泉は、日本の中世時代を代表する風景であり、毛越寺のやすらぎ感・金色堂の美しさなどは表現できません。
      このような中、景観が大きく変化し、問題がみられると思われるところは、
          ・国道沿線の景観の変化
        ・宿泊施設(天守閣風の建物・・・あのような地形のところには天守閣はあったのでしょうか)
        ・北上山系側の採掘跡の眺望(かなり目立たなくなってきてはいますが)
        ・金色堂の参道入口周辺の景観の変化
        ・参道の主要な視点場からの北上川の眺望(4号線の自動車の騒音、つまり、音景観対策の必要性)
      などがあげられるでしょう。
       往時の平泉の風景を彷彿させるトータルとしての再生まちづくりが、必要であると思われます。(歴史的にみて正確に再現させることが大切
      でしょう。)
       高館問題に関しては、修景のためのコンセプトを検討する必要があるのではないのでしょうか。
 

59 痛々しいです 投稿者:ふたえみ  投稿日:10月30日(月)17時02分24秒

      こんにちは、ふたえみです。

      私も写真拝見しました。
      1年前の写真を見た時に、やはりただ美しいと言うだけじゃなく、心に響いてくる何かを感じました。
      それがどうでしょう。たった1年しか経ってないのに、工事が進むに連れ、高館が高館じゃなくなり、
      赤土がまるで皮を葉がされた動物の皮膚ように感じます。
      止められるのは、今が最後のチャンスだと思います。何としてもあの景観を守らなくては・・・。

      http://www.geocities.co.jp/Foodpia-Olive/2107/index.html
 

58 参考写真を見て 投稿者:むつみ  投稿日:10月29日(日)19時25分26秒

      写真拝見しました。写真を見ながら、いろいろ考えさせられました。平泉という古都から水害という問題は切り離せないのですね。
      自然が作り上げた平泉の景観は、やっぱり大切だと感じます。川を移すのは仕方ないにしても道路はやめていただきたい。この景観は二度と蘇
      らなくなってしまいます。
 

57 高館の参考写真を掲載しました 投稿者:管理人  投稿日:10月29日(日)16時55分55秒

      平泉高館の景観を考える上での写真集を作成致しました。
      この問題を考える参考にしたいと思います。
      徐々に増やして行きます。
      もし自分で撮った写真で是非載せたいという人があれば、掲載考えます。
      メールで下さい。

      http://www.geocities.co.jp/NatureLand/6455/takadati_photo.html
 

56 講演会の情報 投稿者:あんく  投稿日:10月28日(土)23時14分46秒

      こんばんは。
      11/11(土)に奈良の飛鳥で行われる講演会の情報です。奈良付近に住まれている方がいらっしゃるかどうか分かりませんが、一応お知らせしま
      す。

      第四回講演会 飛鳥と飛鳥池・酒船石遺跡を考える(飛鳥池・酒船石遺跡を考える会 主催)
       千田 稔氏「飛鳥の景観と保存問題」
       坪井清足氏「考古学からみた明日香」
        飛鳥池遺跡と新亀石をめぐる最新情報・討論会
      日時 11月11日(土) 午後1時 受付開始
      会場 飛鳥村中央公民館(明日香村川原9)

      私は行けないのですが、もし良ければどなたか行ってみてください。
 

55 独立の景観問題サイトを立ち上げました 投稿者:管理人  投稿日:10月28日(土)15時08分45秒

      皆さま 

      この度、この景観問題の重大性を考え、「平泉景観問題を考えるホームページ」を
      立ち上げることとなりました。
      徐々に「義経伝説」からコンテンツを遷して参ります。
      と同時にこの問題の背後に横たわっている根本的な問題も浮き立たせるようなサイト
      にしたいと考えておりますので、よろしくおねがいします。
      当サイトを運営する上では、皆さまのお力が是非とも必要になります。
      ボランティアをしていただく有志を募りたいと思いますので、その方はメール下さい。
      お待ち申し上げます。

      http://www.geocities.co.jp/NatureLand/6455/index.html
 

54 川と治水 投稿者:橘次  投稿日:10月27日(金)14時47分47秒

      こんにちわ。 
      「治水」について、歴史地理学の分野から、長年「輪中」の研究をされてきて、長良川河口堰設置に最後まで反対されていた、伊藤安男先生の
      御著書から引用します。

      治水とは、河川の氾濫などから流域住民の生活の安全を少しでも守ることを目的とするものである。
      しかし治水は、直訳的には「水を治める」ことであり、現代人の多くは、「治める」を「支配する」と解釈して、治水とは河川を堤防などの物
      理的な構造物によって完全にコントロールすることであると考える傾向が強い。
      また、治水とは即工事であるというアクティブなもののみをさし、その流域住民の河川に対する思惟、思想を等閑視しがちである。治水がその
      住民の水防意識によって支えられていることは、現在でも変わらない。
      (伊藤安男著『治水思想の風土【近世から現代へ】』、古今書院)

      川は、昔自分が通っていた流れを覚えていて、氾濫すると、昔の流路にもどるそうです。
      名古屋の大洪水も、その周辺は、昔、川だったと名古屋の友人から聞きました。
      日本列島改造論時代に計画された、治水工事は、大丈夫かな。
 

53 Resetさんに感謝 投稿者:べるたん  投稿日:10月26日(木)22時28分54秒

      Resetさんに同意します。このことを知ってからずっと感じていたことです。うまく言えませんけど、(高館の問題はエゴじゃないかって思うこ
      としばしばです)もっといろんな人の意見が聞きたいです。
      ただ、今のままでいくと高館の景観は遠からず変わっていく、それも人の手で、
      だから、見つめていたいと思うのです。
 

52 衣川方面からの景観模型 投稿者:管理人  投稿日:10月26日(木)22時12分17秒

      橘次さん
      ご要望にお応えしているかどうか、分かりませんが、衣川の背後から高館・柳の御所方向を鳥瞰した写真を貼付させていただきましたのでご参
      照ください。

      Resetさん

      貴重な書き込みありがとうございます。確か梅原猛先生が、環境問題に関して生産力主義では駄目だというような意見を洩らされたことがある
      と思います。本質的には、人間が自然を征服するなどというおごった考えは、21世紀のエコロジーの時代にはそぐわないと感じます。
      Resetさんのご意見は、しっかりした哲学をもって、この問題を考えていかないと、いずれいきずまるよ、というご意見と理解させていただいて
      よろしいですか?

      http://www.st.rim.or.jp/~success/takadate.html#6
 

51 もっと多くの意見が聞きたい 投稿者:Reset  投稿日:10月26日(木)21時10分40秒

      前置きさせてもらいます
      僕の書き込みはここのディスカッション全体に感じる反論になるかもしれません m(..)m
      文化財の保護はすばらしいことだと自分でも思いますが
      僕の中では二次的なものであるべきだと思っています
      人間がが自然と共存していく中で作り上げられていくべき進歩でないと
      いずれ成り立たなくなって行きはしないでしょうか
      確かにそこに住む人たちの意見が反映されるなら
      それはその時点ではよいのかもしれません
      ですが将来を想うとその考え方すら良いのかと疑っています
      個人的には資本主義すらもどうかと思っているですが
      まずは、より幅の広い意見を聞ける場になってほしいと想います
      自分の、エゴと戦って行きたいと思う今日この頃です
 

50 平泉全体の問題 投稿者:橘次  投稿日:10月26日(木)16時56分14秒

      こんにちは。管理人さん、景観模型の写真、ありがとうございます。
      できましたら、景観模型の平泉全体部も見せていただけませんか。
      あんくさんのおっしゃるとおり、平泉全体で考えましょう。
      このHP、町の方、どれだけご覧になっているのでしょうか?
      ぜひ見ていただきたいですね。
 

49 景観模型の写真を紹介します 投稿者:管理人  投稿日:10月26日(木)09時38分35秒

      みなさま おはようございます。

      資料5として、柳の御所資料館に展示されている。景観模型の写真を紹介致しますのでご覧下さい。

      ○あんくさん、はじめまして、これからの奈良の景観保護保全の先輩として、貴重な情報お教え下さいね。

      ○おとみさんいつもありがとうございます。
      書き込みの中の、「 最低限、遊水池を取り囲む周囲提は必要」という箇所面白いと思うのですが、詳しく説明いただけますか。

      ○北上のとんぼさんにも、ひとつお伺いします。
      吉野川も大変な暴れ川として有名なのですが、今回の北上川流域で適応できる考え方などありましたら、ご教授ください。

      http://www.st.rim.or.jp/~success/takadate.html#6
 

48 哀しい・・・。 投稿者:あんく  投稿日:10月26日(木)01時15分49秒

      はじめまして、奈良在住のあんくと申します。
      高館の景観が変わると知りビックリしました。もうずいぶん前になりますが、旅行で高館に行って、その景色に感動して帰ってきたの
      に・・・。あの場所って、一番ひたれる場所だと私は思うのですが・・・。もう既に破壊が始まっていて哀しい限りです。

      ただこれは通りすがりの人間の思い。地元の人たちがどう思うのかが問題だと思います。地元ではどうなっているんでしょうか? それから本
      当に道路は必要なのでしょうか? この掲示板に書き込んでいる何人かの地元の方は必要ないように書かれていますが、もし必要であるならば
      どういう道路を造るべきなのか、バイパスは本当に必要なのかどうか・・・。

      景観や遺跡の問題に絞ろうと言う意見もありますが、私は道路問題とこの問題は一緒に考えるべきだと思います。ただ単に景観・遺跡の問題を
      取り上げるだけでは、住民は「景観・遺跡の犠牲になっている」という事になりかねません(奈良の明日香のように)。この町にとって何が大切
      なのか、どういう町づくりをするかを、みんなで(勿論住民が中心に)考えるべきではないでしょうか。景観も文化財も、そして道路について
      も、すべてどういう町づくりをするかにつながってくる問題です。何を町の目玉にするか、どういうコンセプトで町をつくり活性化するか。お
      のずからこの高館景観問題への答も出てくるでしょう。そのためには幅広い人の意見の交換が必要です。景観・歴史・文化財に興味のある人だ
      けではなく、道路・環境・町づくりに関わっている人たち、そして何より地元の人たちと(奈良には奈良町という所があるんですけど、町づく
      りに関して奈良町振興財団を中心に奈良町倶楽部とか地元の人たちが頑張ってます。勿論町並みなど昔ながらの奈良町のよさを生かす町づくり
      です)。

      奈良の平城京地下トンネル計画案に私は勿論反対ですが(道路そのものの計画が不要と思ってます)、
      この問題を普段の生活の中で話題にした場合、関心のある人と関心のない人の間には大きな溝があります。意識というか、価値というか、
      認識というか・・・、とにかく溝は深いです。
      平泉の場合も同じではないですか。奈良町のようにどうにかこの溝を埋めれたら良いのですが・・・。

      初参加なのに長文で、しかも好き勝手言ってスミマセン。
 

47 京都の都市計画に学びましょう 投稿者:佐藤  投稿日:10月25日(水)22時07分46秒

      べるたんさん
      この位でびっくりされては困りますよ。
      人類の文化遺産に登録してもらうって考えている文化都市平泉がみみっちいことを考えたら登録なんてしてくれませんよ。昔から日本人にはグ
      ランドデザインという発想が、脆弱でした。都市計画という面で極端に言えばそれは京都以外になかったと言って良い。京都だけは、はじめに
      都市計画がバーンとあった。個人的に、阿弖流為、母礼を殺害した張本人の桓武天皇は好きにはなれません。しかし彼が都市計画でやったこと
      はやはりすごい発想だ。京都にも町の中央を鴨川が流れている。上流には賀茂川、高野川が流れ、下鴨神社のある辺りで合流する。風水によっ
      て、考えられた平泉のお手本だ。幾多の治水事業を経て、千年の古都に成長した。京都に行けば分かるが、あの川をうまく利用した景観は、ま
      さに京都人の知恵の結晶といえる。あれほど美しい川の川縁の空間を私は海外でも見たことがない。その兄とも言うべき京都が見事に川を都市
      に取り込んだ情緒を醸し出しているのに、わが平泉が出来ないはずがない。グランドデザインというものはみみっちく考えると飛んでもないつ
      まらないものになる。京都のように千年の先を考えるような気持ちが必要ではないですかね。運河の高瀬川にしても、琵琶湖疏水にしても、実
      によく考え抜かれ、歴史的空間にマッチしている。もちろん疏水については、開発当初賛否両論あったことは知っていますよ。だから平泉だっ
      て負けてはいられませんよ。
      どうですか、皆さん?平泉を二千年の古都にするという計画は?
 

46 佐藤さんの意見にびっくり 投稿者:べるたん  投稿日:10月25日(水)20時23分28秒

      佐藤さんのご意見にはびっくりしちゃいましたが、おとみさん提供の完成予想図はあれでいいみたいです。あの予想図は、柳御所遺跡とその南
      側を中心に描いたものらしく、高館は描きこまれていないようです。高館はあの絵のさらに右側になるんじゃないかな。
      あの絵の中心はバイパス沿いに作る道の駅と復元予定の柳之御所遺跡の建物群ですね。
      それから、北上川の河道変遷の話が出ましたが、12世紀にどこを流れていたか、まだ解明されていません。このことについては、別にお話し
      たいですが、平泉古図の川の位置も、最近の研究者がパノラマで描いてる復元創造図の流路も科学的な根拠はないものです。
      おとみさんがおっしゃるとおりで、堤防は必要だと思います。高館付近で北上川の水位が平常で標高20メートル位ですけど、堤防は最終的に
      は標高30メートル、つまり岸から10メートルかさあげする予定です。建設省さんの説明では、この30メートルのラインは、やっぱり10
      0年に一度の水害を予測してのことでした。地元の感覚では100年に一度の大水害に備えた大堤防より、今現在の水害に対応した堤防を早く
      ほしいってのが本音なんですね。
      それから、以前建設省東北地方建設局で発行した「北上川」っていう本で読んだんですが。北上川の遊水地事業の計画自体は、なんと昭和16
      年までさかのぼるそうです。上流部のダム計画と一緒だったみたい。戦後のアイオン、キャスリーン台風の大水害(これが100年に一度クラ
      スの水害なんですが)の時、一関市が大変な被害を受けて、その辺が現在の治水事業に繋がる大きな原動力になっています。
      やっぱり堤防は必要でしょう。もしかすると今度の100年一度は、もっとでかい水害かもしれないよね。なにせ人間様はここ50年で大分好
      き勝手やってきましたからね。自然遊水地だった低地はほとんど埋めちゃったし、田んぼも大分宅地になっちゃったし、山も崩して、小河川も
      改修しちゃったし。あぶないですよホント。
 

45 11月18日、一ノ関で北上川近代改修フォーラム 投稿者:管理人  投稿日:10月25日(水)20時03分58秒

      皆さま本日の書き込みありがとうございます。

      今日の書き込みの中で「北上のとんぼ」さんの意見非常に示唆に富む内容で参考になりました。確かに走り出したから、工事の中止は無理とい
      う時代ではありません。超法規的な住民投票という形で、見事に住民の意思を行政に反映した皆さんがいるというのは、勇気付けられました。
      ありがとうございます。

      さてみなさまに今日の岩手日々新聞に掲載された。
      「北上川近代改修120周年を記念〜一関で11月18日にフォーラム」のニュースをお知らせします。それによれば、建設省の主催で、十一月十八
      日、一関市狐禅寺の市総合体育館(ユードーム)で開催する。ということになっている。これには中尊寺貫首の千田孝信氏と作家の高橋克彦氏
      との対談。パネルディスカッションではNHK解説委員の平野次郎氏をコーディネーターに、作家で元文化庁長官の三浦朱門氏、県人作家の三
      好京三氏、国立歴史民俗博物館教授の平川南氏、エッセイストの千葉万美子氏、「世界水ヴィジョン川と水ユニット」事務局長の尾田栄章氏の
      五人がパネリストになるようだ。

      ここに先ほど選ばれた景観コーディネーターが参加するのであろうか。11月18日をお忘れなく。
 

44 私の北上川改修工事論 投稿者:佐藤  投稿日:10月25日(水)19時47分04秒

      とびうおさん書き込みありがとうございます。
      しかし、少し話がずれておりませんか。
      灌漑工事は必要なのは、前から指摘する通りです。私たちは灌漑には反対しません。

      もちろん工事自体に問題はあります。これについては、これまであえて伏せて来ましたがここで私個人の意見を付言させていただきます。
      もし根本的にやるならば、現在高館・柳の御所方面に蛇行している北上の流れを、束稲の方向にもっとずらして、まっすぐにするというもので
      す。
      こうなると昔の北上の流れに戻すやり方ですが、おそらく現在農地になっていて、地権者の問題もあり、結局少しだけ、東にずらしたにすぎな
      いのです。そうすれば昔の桜川と呼ばれていた時代に戻すことができると同時に、川底の高さを確保して、水害の危険も回避し、現在長い年月
      を経て、形成された高館や、中尊寺の東物見からの歴史的景観も21世紀に継承することができます。これはお金の問題ではありません。文化
      の問題です。文化の保存継承にはそれなりの金がかかるのは当然です。

      以前、毛越寺の藤里大僧正にお会いした時、このように言われたことを思い出します。
      「若い人は正しい考えを持って、正しいことを進めなさい。悪い心をもってはだめだ。今バブルなどと言われて、かけ声ひとつで何百億を動か
      す人がいると言う。怖ろしい世の中です。ご覧のように毛越寺は、ほとんど遺構が焼けてしまってありません。これだって、彼らが動かす資金
      のなん%かで、ものすごいものが復元出来るのですよ。だから正しい心をもって、歩んでくださいね」これを聞いたとき、目頭が熱くなってジ
      ンときてしまいました。
      私は、この毛越寺が大好きで、何とか毛越寺の昔の景観を復活させたいと考えている人間のひとりです。だから護岸工事も本気でやる気なら
      ば、地元の地権者ともしっかり話して、奥州藤原氏の時代の景観をそのまま復活させるくらいの気概でやりたいと思いますがいかがでしょう。
      机上でどのくらいの予算で出来るか、試算してみるのも、必要かもしれません。

      さて、ここからがこの書き込みの本題ですが、今の工事の最大の問題点は、文化としての高館の景観や柳の御所の遺跡というものを傷つけるも
      のな点です。だから水害問題や、交通渋滞緩和はどうするなどという、問題にすり替えて欲しくないのです。いったん破壊された景観は、おい
      それと元のいは戻りません。ノルウェーの文化観光主義の9原則をご覧なさい。あのくらいの取り組みがなされなければ、日本中から文化景観
      と名の付く、景色は消えて
      いきかねませんよ。バイパスが柳の御所を傷つけ、よりにもよって高館の真ん前を通るなんてひどいですよ。これは。
      おとみさんが、少し前、紹介いただいた完成予想図見ましたけど、あれ、少しずれていませんか、あれをみると高館の前は通っていない。だか
      ら資料1に添付してあるあの図面の方が正しいと思いますよ。おそらく計画変更(というより調整か?)がなされたのではないでしょうか?
 

43 水害の実体 投稿者:おとみ@会社  投稿日:10月25日(水)18時57分21秒

      水害は乱開発だけで生じているのではなく、地形的な問題で低地に人が住むようになった江戸時代から慢性的におきている事を申し添えます。
      北上川は平泉・一関から下流は丘陵地を縫うように宮城県境まで進むため、川幅が1/2に減ります。この丘陵地帯へ流れ込む量と流れ出す量
      のバランスが逆転すると急激に水かさが上昇し、一関・平泉地区に逆流し氾濫します。過去の事例では一ノ関駅が人の背丈以上冠水していま
      す。

      遊水池計画は約30年ほど前に打ち出されたもので、わざと川から水を溢れさせ、丘陵地帯への流入量を減らし、急激な水位上昇と氾濫を押さ
      える計画です。川の両側をがっちり堤防で固めるものではありません。ただし、遊水池と市街地などは堤防で区切って居住地を溢れた水から守
      る必要があります。当然遊水池にあたる農地は洪水の度に冠水しますが、人命には変えられません。
      今回の堤防工事は、そのわざと溢れさせた水が平泉市街地に流入しないようにするための堤防工事です。遺跡保存運動により計画は10年ほど
      遅れていますし、河道移動という大規模な工事になってしまいました。

      現在、周囲堤が完成している部分では水害の被害は最小に押さえられていますが、周囲提が未完な地域は毎年のように冠水の被害があります。
      平成10年には、中尊寺第二駐車場は冠水して一時閉鎖で、高館橋は通行禁止になっています。
      昨年や今年も隣の川崎村で床上浸水になってボートで避難している様が全国版でTV報道されています。
      そこらへんの「100年に一度の水害に耐える」工事とは違い、「100年に一度だけでなく毎年の水害に耐える工事」であることを留意願います。

      もしこの間の名古屋のような規模の集中豪雨が発生したら皆さんが大事にしておられる高館自体も、そこから見える景観自体も削りかねない氾
      濫が発生します。
      また、現在の国道4号線の衣川橋付近から瀬原付近は冠水して通行止めになるでしょうし、現在の堤防の一端になっているJR路線も不通にな
      り、南北の動脈は寸断してしまいます。
      発生してからでは遅いのです。

      最低限、遊水池を取り囲む周囲提が必要な事は理解していただけるでしょうか?
 

42 (無題) 投稿者:とびうお  投稿日:10月25日(水)17時11分49秒

      少し間を空けたら、沢山の書き込みがあって、、、スゴイですね。
      読んでて少し疑問に思ったことを書かせてもらいます。

      現地住民の方々はどんな水害になやんでいるのでしょう?
      現地住民の方々は道路が出来た方が便利なのだろうか・・・??
      通れる車の車両規制をかけるくらいなら、そもそもその道路は必要なものなのか?
      すでに進められているプロジェクトでも、必要だと感じたのは10年前の
      ことなので、今現在では10年前と同じ価値観で機械的に工事を進めていくことが
      後世の為になるのか・・・否とおもったら即取りやめてもいいのではないか?
      などと思いました。
      「あの景色を壊さないで」と思うのが我が儘なら、現代社会に適応するように土地を変形させて
      いくのも人間の我が儘だと思っています。
      どなたか、ご意見聞かせてください。

      PS:急いで書いたので乱文ですみません!!
 
 
 
 

41 困った!こまった! 投稿者:北上のとんぼ  投稿日:10月25日(水)12時22分11秒

      非常に残念!!
      何度も足を運び高館から北上川を観た時を振り返ると何故か寂しくなる。
      あの「高館からの景観」は知る人ぞしる最高の景観である。本当に残してほしい
      もう、諦めなくては成らぬのか?いや、出来る限りの行動を!!といいたい・・が…?
      時期的な問題も確かに有る…どうでしょうか?内容的にも多少の違いは有れども・・
      今年の初めに、徳島吉野川可動堰での住民運動…
      2000年1月23日、吉野川可動堰計画をめぐる住民投票が行われた。知ってのとうり、地域住民はNO!投票前、「投票率が50%未満な
      ら、開票なし」という異例の「50%ルール」も決められた。推進派による棄権運動もあった。建設省は全国への波及を懸念、中山建設相も
      「治水は政治の問題。住民投票になじまない」と牽制球。結果はいかに。徳島市民は、50%を越える投票のうち90%以上が反対票に投じ
      た。

      1.吉野川河口堰計画とは?
      今から250年前(江戸時代中頃)、吉野川に農業用水をひくために第十堰がつくられた。松のくいを打ったところに石を入れたかごを積み、
      表面に地元産の青石を並べたものだ。戦後、下流で過度の砂利採堀のため、川底が低くなり、補修工事が必要になった。そこで、県や建設省は
      コンクリートブロックを積み、表面をコンクリートで覆う工事を行った。砂利採堀が禁じられてからは、川底の低下はおさまった。
      1980年代、建設省はこの第十堰が洪水時には流れを妨げて危険だとしてこの堰を撤去し、すぐ下流に約1000億円を投じて巨大堰(可動
      式ダム)を造る計画を立てた。
      1998年7月、建設省の事業審議委員会は「計画妥当」と答申。

      2.この計画に対して当地の徳島市民は?
      こうして、計画は実行に移されようとしたが、徳島市民の多くがこの計画を喜んだのだろうか?否。徳島市民は「ダム・堰にみんなの意見を反
      映させる県民の会」を結成、「住民投票で民意を問うべき」と主張し、99年1月、49%(10万人を越える)もの署名を添えて条例制定を
      直接請求した。その後、紆余曲折を経て、この住民投票が2000年1月行われることになった。結果は、50%を越える投票のうち90%以
      上が反対票だった。
      「第十堰住民投票の会」の佐野さんは「わたしたちが住民投票で問いかけたことは、政策決定は誰がするのか?本当の公共事業とはなんなの
      か?ここは誰のものなのか?ということだ」という。この結果の数字はなにを意味するのか。「政策決定に民意を反映させろ!」という声であ
      り、「本当に必要な公共事業なのかどうかを、住民が判断できる材料をきちんと提供すべきだ!」「ここは子孫を含めた皆のものだ!」という
      声である。

      3.こうした住民の声は行政に反映されるのだろうか?
      近年、建設省は、公共事業の計画に住民の意見を反映させる「パブリックインボルブメント」を推進し、社会資本整備を国民と一緒に行い、積
      極的に説明責任を果たす「コミュニケーション型行政」に乗り出していると聞く。また、計画から長年たった公共事業を見直す「再評価」や事
      業の効果が本当にあったのかを検討する「事後評価」の手法も取り入れていると聞く。
      竹村建設省河川局長は「建設省としては、説明責任を果たすべく、流域住民の安全のために事業が必要なことを説明する」といい、「最大限地
      域の意向をとりいれて事業にとりくむ」と言う。今回の住民の声は行政に反映されるのだろうか?

      4.公共事業のあり方を変えなければだめだろう
      法政大学の五十嵐敬喜教授は、それだけでは不十分であり、本当の意味で、地方分権を進めなければだめだという。なぜなら「今は政府が財源
      をしばって、無理矢理、自治体に公共事業を押しつけている。」という。「自治省は、経済新生対策で、国の補助事業を実施するために地方債
      を発行する場合は、その発行条件をゆるめ、返済を地方交付税でまかなうことにした。つまり、自治体にとって、公共事業は「ただ」なのだか
      ら、無駄に思えようと見直そうという声はあがらず、1度決まった公共事業は続けるという構造になっている。
      こうした住民運動とともに、真の地方分権を進めていかなければいけないのかも知れない。
      ながくなりましたが…!

      北上川は、今のままでいいし、もちろん高館もその景観も、このまま残すべき重要な我々の財産です。何年にも渡ったこの計画が文化やその他
      の水害や交通事情も考えた上の措置と本当に言えるのでしょうか?もう一度、見直せるなら・・もう少し早ければ…?
      難しい問題ですが、最後まで「頑張って!」下さい。応援致しております。
 

40 この9原則を元にお考え直しを 投稿者:筆武将  投稿日:10月25日(水)10時13分51秒

      一筆計上 筆武将
      ノルウェーの文化遺産に対する9原則を謹んで拝読させていただきました。
      私が最後に訪れたのは2年前、義経公生誕810年祭に参加したおり、
      毛越寺貫主が公をしのび読教。あの高舘に上り弁慶が見た最後の風景、
      あの平泉文化を人の手により壊そうとするのか。あまつさえわれわれの
      孫子の代に何と言って釈明しようや、この9原則を元に是非お考え直しを。
 

39 ノルウェーの「文化観光主義の9原則」に学ぶ  投稿者:管理人  投稿日:10月25日(水)09時51分49秒

      資料集に新たに「ノルウェーの文化観光主義」の9原則をあげました。
      示唆に富む内容です。是非見てください。
      尚、この資料は、「エコ・ミュージアムの旅」(大原一興著 鹿島出版会1999年12月刊)p165を参照させていただきました。

      1.私たちの文化遺産は、人間に帰属する。私たちはそれらの遺産に対し責任をもつのであり、同時にそれらの遺産に対するすべての権利を有す
      るのである。
      2.あなたは、どのような文化遺産をも傷つけたり壊したりすることはできない。
      3.私たちはみな、神聖なままに保ちたいと思う場所を持っている。あなたには、他人の神聖な場所を侵すことはできない。
      4.生きた文化と文化遺産は多様性に富んでおり、それらは保護され尊敬されるべき資源である。「あなたがこれまでやってきた『習慣』を尊敬
      しなさい」。
      5.生活文化や文化遺産を壊したり減少させたりするような開発行為や活動に対しては、これを支援してはならない。」
      6.地域の人たちの顔の表情や笑顔をよくみて、あなたの存在が歓迎されるものかどうかを見極める。地域コミュニティーが喜んで再訪を受け入
      れてくれるようようなマナーをもって振る舞いなさい。
      7.お土産物資本性というものは、知識や本や写真の中にのみあるべきである。価値のある骨董品や遺産をお土産と称して無節操に破壊したり分
      解したりするような買い手は、その破壊行為に対して責任を取るべきである。
      8.あなたは、あなたが一人の人間として、そこに訪ねることによって、その地域の生活文化と文化遺産を何らかのものを得ることができるよう
      に、責任をもって行動すべきである。
      9.文化観光主義とは、時間を消費することである。あなたが何を得るかは、遺産を吸収したり理解したりするあなたのあなたの能力に依拠して
      いる。真の文化的観光者というものを即時に理解することは出来ないし、それになるための近道などない。

      http://www.st.rim.or.jp/~success/takadate.html#5
 

38 涙が出た 投稿者:みゆりん  投稿日:10月25日(水)07時42分55秒

      先日、死ぬまでに1回は訪れたいと思っていた願いが叶い、高館に行く事が出来ました。その日は小雨が降り他に観光客はひとりもいなかった
      のですが、その静かな佇まいにとても感激しました。昔、義経が色々な想いを込めてこの景色を見ていたかと思うと涙が溢れ止まりませんでし
      た。
      工事が進んでいるということをこのHPに訪れ初めて知り詳しい事は全然解らないのですが、あの素晴らしい景観が少しずつでも壊れていくと
      いうのは残念でなりません。
      でもその考え方は私が別の場所から訪れた観光客だからで、地元の方にしたら実際道路が出来るということは利便性が良くなってうれしいと感
      じているのかな?と思うと「あの景色を壊さないで」という考え方はわがままなのかな?と思い少し複雑な気持ちです。
 

37 平城京の真下に高速道路? 投稿者:管理人  投稿日:10月25日(水)00時33分13秒

      みなさま、
      奈良にお住まいと思われる方よりメールいただきましたのでご紹介致します。

      *****************

      今、奈良では、平城宮の真下に高速道路を通すという建設省案が出て、
      大問題になってます。地下遺構に害を及ぼさないために、深いトンネルにすればするほど、
      入り口や出口に傾斜が必要で、総長5kmになる。とすると、奈良市より南に出入り口ができる。
      しかも、この間の排気ガスは、どうするのか。地下遺構は壊さないといっても、貴重な木簡などは、
      地下水で守られているため、地下水位が低下すると、木簡に悪影響がでる。
      などなど、これに関する話し合いが何回か行われています。
      だから、トンネル自体は、できないことはないのです。しかし、問題もあるのです。
      また、飛鳥では、万葉ミュージアム建設に伴い、飛鳥遺跡という古代官営工房(富本銭や工芸品の製造場所)
      が壊されてしまいました。飛鳥は、早くに明日香立法という名の文化財保護をやってきたため、
      住民にとって、文化財は「悪」でしかないのです。笑えるでしょう。
      文化財の先進地域と思われてる奈良がこの調子なのだから・・・。
      平城宮も、道路も問題、平泉も道路の問題、日本全国にある問題です。

      ***************

      このように見ますと、文化財保全と道路敷設という問題は、極めて今
      日的な問題ということに成りますね。
 

36 高舘と平泉 投稿者:百瀬  投稿日:10月24日(火)13時00分46秒

      ここ5年ほどで10回ほど平泉に行っています。最近は、7月20日に行きました。高舘の下流での河川工事は折に触れてみていますが、残念なこ
      とに高舘には登ったことがありません。
 

35 誤解の無いよう書きますが 投稿者:おとみ@会社  投稿日:10月24日(火)12時46分14秒

      みなさんはどのぐらい工事の進み具合を把握して意見を出されているのでしょうか?
      新高館橋の橋梁工事は始まっていますし、バイパス自体も柳の御所南まで完成しています。北上川移動工事も移動予定地を掘削するところまで
      進んでいます。
      バイパスの北端にあたる衣川以北の部分も工事が進んでいます。

      私は、こういう後戻りが難しい今の時点でバイパス不要論を唱えて工事を覆すのはかなり難しいと思います。
      ただでさえ、計画修正で10年ほど遅れているのです。それに加え、修正案によって工期が25年かかる大工事になりました。また、工事を滞
      らせることは、水害に悩む現地住民をまた再び待たせることにもなります。

      私は、こういう根本的な景観保存議論は平成6〜7年の修正案が出来た時点やその前から行うべきことだと思っています。
      前にあげた完成予想図は目新しい物ではなく、実は平成3年頃から出ていた計画です。
      建築業者だけが一方的にあげた計画ではなく、史学者や地元の有識者も参加した上で5年ぐらい話し合って決めた計画です。
      もしバイパスが不要であったら、この時点で史学者などに排除されていたでしょう。必要と認めたから、計画に組み入れたのです。

      私も出来るだけ、今の景色は残したいと思っています。
      動いてしまった計画を覆そうとしても、工事してしまったところを元に戻すだけでも大変ですし、水害に悩む現地住民をこれ以上待たすことも
      出来ません。
      今進みつつある計画の中で、どれだけ軌道修正が可能なのかを論じることが実のある論議だと思っています。
      これが、現在の私たちに実行できる事だとおもいますよ。

      「桜に排ガスを吸わせていいか」との意見もありましたが、排ガスを吸わせない努力も同時に必要でしょうね。過積載の取り締まりとか、ディ
      ーゼル車の迂回とか。ここら辺は条例でも作っていただくしか無いかと思います。車社会になってしまった今、自動車の存在自体を否定する事
      は出来ません。結局、どこかが車の通行を受け入れなければならない現実も直視しなければなりません。
      高速道路みたいにトンネル掘って衣川方面に流しますか?
      衣川の眺めも平泉同様好きなのでそこでも景観問題や遺跡保存問題が浮上すると思います。必ずどこか車社会の犠牲になります。
      現在は中尊寺前信号が犠牲になっています。
      車の通行を全否定するのではなく、効率良く共存出来る方法を導き出す方が現実的な意見だと思います。
 

34 排ガスetc 投稿者:しゃこ  投稿日:10月24日(火)12時44分40秒

      >平泉の町のことを考えず、通過する利便性を求める不平不満に聞こえます。
      ここのところ反論させてください。
      渋滞で長時間車が発進、停止をくりかえすのと同じ台数の車がすんなりとおりぬけるのと
      どっちが排ガスが少ないでしょう?交通量も極端には増えないようにも思えます。
      中尊寺観光以外の人が中尊寺前を通過しないというのはめでたいことのように思えますが如何でしょう?
      通過する利便制向上による地元の方のメリットはゼロでしょうか?
      以上反論おしまい。

      遺跡や観光資源が地域住民に及ぼす影響は正負様々です。
      あちらたてればこちらが立たず。
      すべての人の利害を一致さるのは不可能ですが、地元のみなさんが
      なっとく出来るような結論がでるといいですね。

      私なんか原子力発電や山の景観をぶち壊す高圧線を憎みますが電気は使いたいし
      自然破壊は反対ですが、自然を破壊して作ったスキー場ですべるのは大好きです。
      まったくもって矛盾に満ち溢れてます。

      確かに多賀城はひどいです。というよりも宮城県はこういったことに関して
      レベルが低いと思います。従ってそこに住む私のレベルもしれようというものです。
      多賀城の件は政庁あとのあたりのことをおっしゃっているのだと思いますが、
      「末の松山」「沖の石」なんか現地に行っても「これですか?」という感じです。

      http://www.pref.miyagi.jp/tagajo/guide1.htm
 

33 岩手大学都市工学研究室URL 投稿者:管理人  投稿日:10月24日(火)12時02分25秒

      大変失礼。
      岩手大学都市工学研究室のURLは以下の所です。

      http://cp.cande.iwate-u.ac.jp/eco/index.html
 

32 新しい地域開発の発想・地元住民の視点 投稿者:管理人  投稿日:10月24日(火)11時54分31秒

      yasu さんご意見ありがとうございます。
      確かに多賀城には、私もがっかりしましたね。かつての政庁の面影がみじんもありません。大きな博物館とかは、建っておりますが、
      私はどうも馴染めません。もっと景観を大切にした地域開発はないものでしょうか。平泉もあのようにならないともかぎりません。幸い
      中尊寺、毛越寺があるから心配ない面もありますが、無量光院は、どうなるのでしょう。既に柳の御所は、ずたずたにされて、反対方
      に「「資料館」なる無味乾燥な灰色の建物が出来ました。私はどうも好きになれず、まだ行っていません。その柳の御所の上にバイパ
      スが通るという。しかもその道路は、高館の下をかすめて北に延びて行くのです。地下を掘ってトンネルという計画もかつてあったと聞
      いたように思うのですが、経済的な面から没になったのでしょうか。ともかく平泉も多賀城のようにならないよう気を付けなければなりませ
      ん。

      おとみさん、資料館のパンフ添付いただきありがとうございます。
      論争の機軸となっておりますので、ご意見よろしくどうぞ。

      橘次さん
      初めまして。おっしゃること。一々ごもっともです。確かに車で通る人ばかりという言い方はきつい一撃でした。
      視点の違いで、白も黒に見えるという意味ですね。車に乗っていると、歩行者のんびり歩いているようで、思わ
      す「早く行けよ」と腹の中で叫んでしまう。逆に歩行者にしてみれば、なんであんなスピード出す必要があるん
      だ、と考えてしまう。こうして視点の違いが立場の違いになる。だから史跡保存の視点一辺倒でもだめ。たまに
      訪れる観光客の視点でもだめ。行政の視点でもだめ。やはり、今回の問題は、地元の人々の住環境の問題と
      史跡保存の問題(景観問題もこの中に包含される)を同時に考えなければいけませんね。肝に銘じます。

      そこで私はエコ・ミュージアムという考え方がずいぶん前から提唱され、世界各地でこの考え方にそった総合的
      な地域開発がなされていますが、最近平泉より一足早く、ユネスコ「文化遺産」に登録された白神山地一帯であ
      るとか、あるいは早池峰山の開発でもこの考え方が取り入れられているとききます。そこでいいHP(岩手大学都
      市工学研究室)を見つけましたので、ご紹介いたします。
      そこにエコ・ミュージアムの基本的な発想が平明に書かれておりますので、これを参考に平泉の景観の問題の
      原点を捉えてみたいと思います。

      橘次さんのような平泉の地元の皆さまの腹を割ったご意見お待ちいたします。
 

31 平泉の町づくり 投稿者:橘次  投稿日:10月24日(火)08時57分37秒

      はじめまして。なんか、この投稿欄をみていると、平泉を通り過ぎる人の意見ばかりのような。
      おとみさん、貴重な完成予想図のご提示ありがとうございます。
      これをみて、初めてバイパスの西に桜などを植樹するという意味がわかりました。あくまでも、平泉の中心区から、国道4号線から、バイパス
      を見えないようにする処置なのですね。桜はみえても、駒形山、束稲山、観音山は、見えなくなる。夏の大文字焼き、どこで見るんだろ。
      ところで、この図面には、新高館橋からまっすぐに平泉の町中に向かって道路がみえますね。
      バイパスだけでなく、バイパスや新しい橋を造るということは、それに取り付ける道路も造るということ。計画図面を見てください。小さな平
      泉の町は道路が縦横無尽に走るターミナルになるのですね。

      当たり前のことだけど、道路が造られると交通量が増える。高速を使おうかと思っていた人、あるいは使用していた人も、皆、バイパスを通る
      でしょう。交通量の増加=廃棄ガスの増加。それを桜に吸わすのですか。中尊字前の坂通発進するダンプの廃棄ガスどころではない。
      町中も同じ。ましてや、それだけの交通量となると、住民の方々は日々の生活が危険にさらされる。よっぽど気をつけないと、
      交通事故が今以上に増えるでしょうね。バイパスと、高館景観問題だけではない、平泉の町づくりの問題です。

      平泉を通過することのみを考えるなら、道路は必要でしょう。しかし、平泉に滞在し、平泉を歩いてまわる町にするなら、びゅんびゅん車が走る町は      危険がいっぱい。生活されている方ならなおさら。通過する車は大きく迂回させるべきです。今でも、道を知っている地元の方は、川東を通るでし       ょう。新しい広い大きな、頑丈そうな橋もできたことだし。平泉の町のことを考えず、通過する利便性を求める不平不満に聞こえます。
      平泉を、どういう町にするのか。平泉が日本全国で特別なのは、やはり藤原氏の遺産が残っているという事実です。ただでさえ、年間何千万の
      人間が観光に訪れる。でも泊まって、お金を落としていかない。毛越寺、観自在王院、無量光院、柳の御所、そして、高館で景色をながめて、
      休息。中尊寺へといったコースを、すべてまわっても、一日かかる。これ以外にまだまだ隠れた魅力は盛りだくさんあります。NHKのウオー
      キング講座にも出てましたよね。

      町中に道路が我が者顔に通る前に、平泉の町のあり方を考えましょうよ。 町に住んでる人の意見、観光で訪れる人の意見、これから行こうと思う人      の意見、何回も繰り返し行っているリピーターの意見など。いかがでしょう。
      ごめんなさい。せっかく問題を絞ろうとされた矢先に。
      今、平泉は、1200年まえの律令国家や800年前の源頼朝の侵攻よりも、かなりひどい状態で蹂躙されようとしている。日本全国にいえる
      ことだけど、国と県と町が、それぞれ勝手に平泉の町を違うコンセプトでいじっている。
      800年前、ここは、治外法権を持った一つの国だった。
      彼らが守り通してきたものを、20世紀の我々は、科学の粋をあつめたハイテクをもって壊しにかかっている。   
      違いますか?
 

30 完成予想図。 投稿者:おとみ  投稿日:10月24日(火)00時04分16秒

      著作権あるのかどうかしらないけど柳の御所資料館のパンフに掲載されている柳の御所周辺の完成予想図です。
      この工事が柳の御所以北にも適用して欲しいものです。
      ↓

      http://www.toride.com/~otomisan/yanagi.jpg
 

29 私(よそ者)の意見 投稿者:しゃこ  投稿日:10月23日(月)23時31分32秒

      中尊寺前は通りたくないポイントの一つです。
      夏油で午前中滑った帰りに高速にのるかどうかの判断材料になってます。
      堰作って生態系が変わるとかの問題がある訳じゃないならば、川の流れの変更に関して
      私は反対ではありません。

      川を下ってみると川の問題点が見えてくるなんてことを言う人がいます。
      わたしも実際にカヌーで川下りしたことがありますが、その人の意見に共感できます。
      おおげさにいうと自治体の罪と自分の罪を実感できます。
      不本意ながら自分も河川汚染に参加しているのです。

      芭蕉の話をするならば私の地元、多賀城市の芭蕉の足跡は、芭蕉ファンが見たら
      驚くかもしれません(泣くかも)。しかし、形は変われども芭蕉の気持ちは、案外廃れずに
      残っているのではないかと私は思ってます。
 

28 景観サポーターに関する内部情報いただきました  投稿者:管理人  投稿日:10月23日(月)18時47分39秒

      ある方より個人的なメールをいただきました。

      それによると、
      岩手日々新聞(10.18)に報道された「平泉周辺の景観づくりアドバイス〜サポーターに
      13人を委嘱」という記事の真相は、どうも、

      「県や町でやってる景観形成の懇談会や住民参加型の協議会では、決定済みの公共事業については、議論の内に入れてないみたいです。つま
      り、はじめにバイパスありき、その中で屋根の色やら外壁の色やら、看板の規制やら話し合いましょう、っていうスタンス」

      なのだそうです。
      やはり県も、町も町長選挙が関係しているわけではないと思いますが、行政は動き辛い様
      子ですね。やはり地方の時代、地方自治の時代とはいっても、国の意向には逆らえないの
      でしょうか。
      バイパスを造っておいて、桜を植えるから手伝えというような感じなら、意味がないと思
      いますが、皆さんどうでしょう。
      管理人として思うのですが、この際、灌漑問題はどっちみち必要でしょうから(もちろん
      形状、工法にも問題はありましょうが)バイパスと景観問題に一本に絞った議論をすると
      いうのは、どうでしょう。
      色々な地域の皆さま、それとご専門の皆さまのご意見を頂戴したいと思います。
 

27 エコの時代にふさわしい計画に 投稿者:佐藤  投稿日:10月23日(月)15時00分13秒

      くまがいさん
      こんにちわ。
      今持ち上がっている問題は、今から二十年以上も前に構想されたことであり、
      計画自体が時代にそぐわなくなっている気がしています。
      時代は明らかに、生態系(エコの時代)や、文化としての景観、という問題を考えることなしに
      どんな計画も単なる箱や、コンクリートの遺物を造るということになってしまいます。
      自然は壊れるからいいのです。木は腐るからいいのです。
      高館は、平泉全体を守る大堤防の役割を長年はたしてきました。そのため、水圧によって侵食され小さく
      なってしまいました。
      かつて高館は、昔は、大きなタッコ(こんもりとした山)だったのです。相原友直翁の「旧蹟志」の書かれて
      あるのを見ますと、昔の高舘は東西460件というから現在80間の5.75倍もありました。また南北には130間
      もあったといいます。現在、80間というから二割五分も侵食されているのです。高さは50間というからこれもま
      たずいぶん低くなっていますね。こんなことを考えても、確かに灌漑工事は必要なことは明らかです。
      だからといって、これと高館の前に道を造り、あえてこの掛け替えのない景観を台無しにすることは、考えなければ
      いけないということです。

      現在の高館の地形とそこからの景観は北上川の氾濫によって形成されたものと言ってよいでしょう。
      伊達氏の時代にも、北上川の灌漑事業は、幾度となく大事業として取り組まれました。そしてやっと現
      在の形に落ち着いたのです。
      周知のように氾濫のモデルは、衣川と太田川、それに磐井川が北上川に一気に集中することで大体
      起きますね。そのため、高館の前から衣川から古戦場や東に束稲山に掛けての地形は、地形を生かし
      た遊水地の役割を果たしていたのです。かつてここは、水鳥たちが遊ぶ格好の湿地帯となって
      いた時期もあったと考えらます。芭蕉が、夢の跡として観た高館の茫洋とした景観は、かつてつわもの
      (侍)達ここに住んでいた時代を思い、哀れを催したのかもしれませんね。
      ともかく文化は、一度壊されたら復活させるのは容易ではありません。
      どんなことも、人間のすることですから紆余曲折は当然です。
      エコの時代に相応しい計画に我々で作り直す運動をしていくというのが、私の基本姿勢です。
 
 

26 複雑な気持ち。 投稿者:くまがい  投稿日:10月23日(月)11時21分27秒

      こんにちは。
      私は高舘へ実際行ったことがないと思うので(思うというのは
      知らないで、通っているかも知れないので。)高舘の景観が、
      どれほど素晴らしいものか、わからないのですが、佐藤さんから
      の掲示板への「知ってください、高館景観問題!」を読んで、
      とても素晴らしいところなのだと想像しています。 
      …が、今年の北上川の氾濫で知り合いが水害にあっています。
      複雑な気持ちです。
      高舘の景観をこわす事無く、工事ができれば良いのでしょう
      が・・・。
 

25 アメニティーってこと 投稿者:べるたん  投稿日:10月22日(日)10時34分54秒

      アメニティーって言葉の意味、以前歴史的景観についてのシンポジウムで聞いたんですけど。
      よく快適な居住空間って言葉に置きかえられてますが、本来の意味は、「こうあってしかるべきもの」ていう意味だと、あるパネラーがおっし
      ゃってました。(おとみさんあたりがくわしそうだけど)
      例えば、梅雨のころ雨にぬれたアジサイの葉っぱの裏っかわにカタツムリがいるみたいな、夏の夜の田んぼにホタルが舞ってるみたいな。もし
      かすると、そのパネラーの先生独自の解釈かもしれないけど、そういう自然と共存するなかでの人の住まい方の普遍性っていう意味?そのお話
      きいた時、すごくしっくりきたんですね。失われていくことへの感傷っていうより、やっぱりきちんとそういう普遍性を認識しながら守ってい
      くことって、大切なんだなあって。
      モズクガ二さんの投稿読んでいて、そういやあ「ガニバット」久しく食ってないなあ、これがまたうまいんですよねこれが。ガニバットは秋の
      味覚なんでしょうか。
      どうなんでしょ、高館からの景観って、平泉ならではのアメニティーじゃないのかしら。
      もちろん、西行さんが見た平泉でも、芭蕉さんが知ってる高館でもないけど、
      束稲山で巨大風車が回ってるわけだし、山頂にはアンテナ塔も立ってるし、砕石工事で山も傷ついたけど、高館からの景色ってやっぱり気持ち
      いいし、歴史のロマンを感じるよね。
 

24 住むところがない。 投稿者:モズクガニ  投稿日:10月22日(日)06時14分58秒

      ボク、北上川に住むモズクガニです。
      秋頃、たくさんの小舟が出てきて、ボクたちと知恵比べが始まるんだ。なかなかスリリングさ。
      でも、今年は違う。ボクたち住むところがなくなったんだ。
      川底からながめる高館の景色はいいよ。絶景だった。ボクのじいさんたちは、よく自慢したもんだよ。漁師さんたちとの格闘と、衣川合戦をだ
      ぶらせてさ。義経役を取り合ったらしいよ。
      ボクたち、急に道路で埋められて、どんどん高館から追い払われてるんだ。
      ここ、もとボクたちの家があったあたりだけど、バイパスが通るんだってさ。
      じゃあ、川底からだと高館は見えないんだ。
      北上川はいいところだよ。ときどき怒って暴れるけど。おかげで土地が肥えて、このあたりのお米はうまいんだ。そういえば、遊水池になるっ
      てとこの田んぼを、広くしてるって聞いたよ。ウルグアイラウンドだっけか?世間じゃあ減反政策とかいってるのに、お米王国岩手は違うね。
      でも、水に浸かっていいって場所なんだろ?遊水池ってさ。おかしくないかい?
      「エジプトはナイルの賜物」っていう言葉があるらしいけど、平泉(岩手県かな?)は北上川の賜物だよ。どうして人間は、恩恵を受けてる北
      上川との共存を考えないんだろう。
      それは、自然と共存することだよ。
      ナイル川もさ、アスワンハイダムってのができて、ダメになったって聞いたよ。
      この辺は自然がいっぱいあるから、マヒしてるのかな。
      どじょうすくいのオヤジ、どうするんだろ。今年は、もう来ないか。危ないもんな。
      交通事故にあっちまうよ。
      おいおい、ボクたちは、どこへ行けばいいんだい?
 

23 見に来ました 投稿者:弥七郎  投稿日:10月22日(日)05時59分07秒

      高館の景観について、ホームページ内にある文章を拝読させて頂きました。
      弥七郎は当地に行ったことがないので、
      個人的に残して欲しい感情が起きるかどうかは分からないのですが、一つだけ。

      便利、必要を追求していくと、東京のような街になってしまう気がします。
      弥七郎は生まれも育ちも東京ですし、仕事の事を考えると今離れるわけにはいきません。
      だから東京のような存在の必要性は充分に知っています。
      だけど、「東京なんて人が住む所ではない」と平気で放言する人もいるのに、
      自分が便利になると思うと何故「このくらいは大丈夫」に変わってしまうのでしょうか。

      数十年は「便利」な点が目立つかもしれませんが、
      便利な場所があれば人は集まってきます。
      そして行き着く先は、人家の密集、渋滞、排気ガス、また道路工事・・・の繰り返しです。

      あくまで一般論になってしまって申し訳ないのですが、
      こうなる可能性を見極めた上で、どうしても必要だと地域住民と行政が考えたのなら
      当地で交通の不便さに困っている人達に、遠方から「我慢しなさい」とは言えません・・・。

      だけど、一度壊したら元に戻らないものもあるんですよね・・・。
      そう考えると、こうやって働きかける、話し合うというのはとても大切だと思います。
      便利さと景観の豊かさとが共存出来るようにと、
      関係者全員が常に考えていてくれれば一番良い結果に結びつくのでしょうね。

      http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/1182/index0.html
 

22 「景観」の捉え方 投稿者:管理人  投稿日:10月21日(土)10時56分29秒

      おとみさん貴重なご意見深謝致します。ただし他の人の意見に「生産性のない不平不満」
      などという言葉を使用するのは、ルール違反です。あなたの主張も充分筋が通っておりま
      すので、皆さんで議論しようとしております。その辺の言い回しには充分配慮いただけま
      すか。それこそかみ合う議論を致しましょう。

      さてここで少し視点を変えさせていただきます。
      というのは、現在各地で、「景観」ということが叫ばれるようになってきており、岩手県でも
      以下のような資料が配付されております。
      また岩手日々新聞(10.18)によれば、「平泉周辺の景観づくりアドバイス〜サポーターに13
      人を委嘱」という記事が出ておりました。
      それによれば、「県が景観形成の重点地域に指定した「平泉周辺」の景観づくりに参画する景観サポーターに、平泉町と一関市、前沢町、衣川
      村の隣接四市町村の住民十三人を委嘱し十七日午後、一関市竹山町の一関地区合同庁舎で登録証が交付された。
      サポーターは、歴史を感じさせ
      る周辺地域の景観の保全、創造に提言を寄せたり、活動や行事に参加し、景観づくりに一役買う。」
      ということだそうです。
      やはり、県も平泉の景観に対する配慮の動きが出てきていると思うのですが、この辺の事情に
      詳しい行政の内部におられる方、匿名でかまいませんので、是非差し支えのない範囲でお聞かせ
      願えませんか。
      またサポーターになられた方のご意見もお伺いしたいですね
      *************
      資料2
      最近都市の景観ということが全国的に叫ばれており、各地で景観を損ねないための景観ウォチャーなどの言葉も使用される時代になりつつあ
      る。
      岩手県でもそのような取り組みがなされ、
      「平泉周辺景観形成重点地域の指定について」といった資料が公開されている。
      是非今回の高館の景観問題を考える基本資料のひとつとしたい。
      そのURLは以下の所である。
      *************

      http://www.pref.iwate.jp/Press/200003/20000328t4.html
 

21 最新のパンフ持っています。 投稿者:おとみ  投稿日:10月21日(土)02時27分56秒

      工事現場も見ています。完成予想模型も見ています。

      束稲山に桜が無くなってからは西行が詠んだ往時とは景観が異なりますし、芭蕉が来た頃とは異なり、山野裾野に民家のカラフルな屋根が見え
      る状態です。
      景観とは日々刻々変化するものです。
      河道移動工事はもう着工して、最低限河道が変更になって堤防が出来て景観が変わるのです。
      どうせ工事着工前の景観の維持は出来ないのだから、マイナス面をつっつき回して空回り・堂々巡りの議論をするより、何かをプラスしてより
      よい景観を作りましょうよ。
      北上川を桜川と呼ばせるような景観作りを。十年、百年、千年先にそれが史跡・景勝地になるような。
      且つ、しっかり用をなす。
      これが私のスタンスです。

      高館の下に川に沿って車やアスファルトを隠さんばかりの桜並木や欅を想像してみてください。

      一石(堤防上の道路の脇に並木をつくる)四鳥(堤防強化+交通の利+防風壁+景観創作)の意味は、高館の景観が「犠牲」になると思ってい
      る限りは理解できないと思います。

      なにもない平日のラッシュ時でもない時間帯に、中尊寺信号手前で500m進むのに4回信号を待つ。
      いらだった大型車はクラクションを鳴らし、坂道発進でまき散らされる排ガス。
      それに対する不平不満を考えずに、高館の景観を守るためだけにバイパス反対を唱えているのならば、無責任な不平不満と捉えられてもおかし
      くはないです。

      上記問題を解決するためにはどこかにバイパスを通さなくてはならない。
      沖積地にトンネル掘るのは河道移動以上に難しい技術で且つ防災上かなりの問題を抱える。
      川東にバイパスを通すにしても、遊水池ですから結局堤防並みに盛り土をするので対岸の眺めを悪くする。

      遊水池計画、バイパス計画、遺跡保存、これに景観維持を加えて考えるには、一方が我を張っているだけでは話が進みません。

      生産性のない不平不満だけを言い合う場であったら、もういうことはないです。
 

20 問題の本質 投稿者:べるたん  投稿日:10月21日(土)00時32分03秒

      私は、この問題、非常に単純に考えているんです。現在の工事が終わった後、高館の直下を車がブーブー通る様になるってのはどうなんだろ
      う。利便性のためであればやむを得ないことなんだろうか、それでいいんだろうか。だって、そんな高館って、全然魅力ないんじゃないかっ
      て、そう思うんです。
      堤防よし、バイパスよし、だけど、高館のあののどかな景観って、宝物じゃあないですか。それもただのどかだってだけじゃあない。歴史もあ
      る。その歴史ってのが、800年前の義経のことだけじゃあない。芭蕉さんが「夏草」に感じ入り、また多くの文人墨客がおもいをはせた歴史
      ですよ。
      これって、心のふるさとみたいなものじゃあないですか。考古遺跡万能時代にあって、史跡にもなってないけれど、高館って、本来的な意味で
      の史跡の代表みたいなものでしょう。
      あの雄大な景観と静かなたたずまい、つまり視覚と聴覚に訴えてくる歴史の重みですよ。
      バイパス道路はどんなに修景しても、やっぱり道路です。車がブーブー通るためのものでしょう。
      北上川まで動かしちゃうような大土木技術を持っているんだったら、車は川底でも走れるんじゃないだろうか。高館の佇まいって、それぐらい
      のことしてでも残す価値はあるんじゃないだろうか。って思うんです。すごく単純に。それでこそ技術大国日本の心意気ってもんだと、そうも
      思うんです。
      とにかく、バイパスをどこに通すかとか、そんな技術的な議論じゃあなくて、あの歴史的環境を残していく意義こそ問われたいと思います。す
      っごく単純なことだと思うんです。
      みんなが気に入らないことは止めようって、計画って、不都合がわかったら、その時点でいくらでも修正可能でしょう。国家プロジェクトった
      って、所詮人がやってることだもの。
 

19 平泉バイパスの説明図 投稿者:管理人  投稿日:10月21日(土)00時23分53秒

      皆様書き込みありがとうございます。
      貴重な意見ですので、皆様で考えてみたいと思っております。
      おとみさんからは、バイパスに肯定的と思われる意見も出て参りました。
      バイパスができて、一石三鳥と言われている意味が分かりませんが、そこの
      ところで、高舘景観は犠牲になるわけですか。
      どのようにバイパスが通るのか、おとみさんは知っていらっしゃいますか。
      そこで、建設省のHPより、バイパスの説明図を借りてきて、資料をページを
      作りましたのでまずはごらんください。

      http://www.st.rim.or.jp/~success/takadate.html
 

18 書き忘れ 投稿者:おとみ  投稿日:10月20日(金)22時49分28秒

      堤防に根の張る樹木を植えると堤防の強度が増すんですよ。自然にできる自然堤防と呼ばれる地形は水辺に根づいた木々によって侵食から取り
      残された地形です。
      景観+人工自然堤防(?)の一石二鳥だと思うのですが。
      防風壁の性格を加えたら一石三鳥!
      桜並木の新しい名所としての性格を加えることが出来たら一石四鳥!

      植樹祭があったら参加したいですぅ!!

      http://www2.neweb.ne.jp/wc/Otomisan/index.html
 

17 バイパスの必要性 投稿者:おとみ  投稿日:10月20日(金)22時40分23秒

      堤防はともかくバイパスを通すことに疑問をもっておられる方がいるので一言

      道路マップを見ていただくと分かり安と思いますが、一関−水沢の間を山を越えずに行くには、
      1. 国道4号線
      2. 県道14号線
      3. 東北自動車道
      しかありません。
      県道14号線はカーブが多く、所々道幅が狭く大型車は頻繁には通行できません。また、国道から県道へ行くには橋を渡らなくてはなりません
      が、橋は結構狭いです。
      4号線は中尊寺駐車場と隣接しているため、駐車場が満車になると空き待ち渋滞が発生します。また、観光旅行者が歩道橋や信号付きの横断歩
      道を使わず横切ることもあって危険です。
      じゃぁ、東北自動車道を使えと思うでしょうが、高々20km進むだけに有料道路を使う人がどれだけいるでしょうか?
      必然的に4号線を利用することになります。
      4号線を片側2車線、計4車線にする案もあったのですが、平泉は掘れば必ず出てくるところですので、問題は堂々巡りになるでしょう。

      そこで、北上川の遊水池堤防の上にバイパスを通すことになり、発掘調査が行われた次第です。
      この段階では、通称柳の御所は既に北上川に侵食されてもう無くなっていると思われていました。
      (古文書の平泉図や昔の観光案内誌では柳の御所の位置は現在の川の東ぐらいの位置感覚で書かれています)

      ところが、堤防予定地に遺構があり、それが歴史的に重要な平泉館とわかると、保存運動が始まりました。
      現在の工事は、一関遊水池計画、国道バイパス計画、遺跡保存運動の中庸策で再計画されたものです。工事期間中はかなり見苦しいかもしれま
      せん。
      しかし、これ以上柳の御所や高館が侵食されないためにも必要な工事でもあります。
      (高館北東の絶壁は河川侵食によるものです)
      また、平泉町内を安全に散策できるようにする工事でもあります。

      景観問題については、かつて対岸の長島地区の採石場の問題がありました。
      今でこそ木々に覆われてよく見えませんが、束稲山の中腹(大文字焼きの下あたり)に採石場があって岩肌が見えてていました。
      西行の句にも詠まれた束稲山が無残な姿になっていくのを堪り兼ねて、地元で採石場反対運動がおき、採掘場は閉鎖されました。
      (因みにもう少し南側にある岩肌が見えている山は観音山で、大夫岩という天然の岩の絶壁です)

      私としては、中尊寺前の大型車通行による喧噪を避けるためにもバイパス案は賛成ですが、バイパスにありがちな無造作な看板やコンビニ、パ
      チンコ店が乱立するのだけは制限して欲しいですね。
      文化遺産にしたいのならなおさら。
      日本初かもしれない、品のある国道バイパスを作ったら如何でしょうか?
      バイパス西がわに道が見えなくなるぐらいの桜並木や銀杏、躑躅、欅並木にするとか。
      ここは冬は衣川合流地点ではとくに西風が強いので、下手な防風壁を作るよりも美しいと思います。
 

16 治水事業 投稿者:Reset  投稿日:10月20日(金)22時39分37秒

      はじめまして
      大工をやっておりまして某HPをみてきました
      僕は歴史的な背景等は解りませんが
      これまでのどちらかというと経済中心主義的な考え方を直してほしいと思っております
      治水事業にしてもあまりにも自然に逆らうようなやり方では疑問を感じるのです
      仕事柄、木などを扱うので山などにも関心はあり川の主な元でもある
      山林などにも気を使うべきではとも思います
      植林も解りますがもう少し水分を蓄えやすい広葉樹なども混ぜてすすめるなど
      地道な事も検討してもらいたいと思います
      無理矢理コンクリートで固めたような治水もどうかと思います
      勝手な意見でしたが今一度自然との共存を考え直す時期ではと思っております
 

15 べるたんさんの高舘問題の最初の説明 投稿者:管理人  投稿日:10月20日(金)21時44分34秒

      みなさん 管理人の佐藤です。
      べるたんさんの最初のメッセージが、この問題を知る上で分かり易いので、義経伝説の
      通常掲示板から移しておきます。是非お読みください。

      **********

      最近の高館の景観に心痛めているものの一人です。ただ、この問題は非常に根っこが
      深いのです。あの工事の内容は大きく分けると二つの要素が絡み合っています。ひと
      つは、大河北上川の治水問題、もうひとつは、国道4号バイパス道路計画です。実は、
      高館の南東部に柳之御所遺跡という史跡がありますが、今から10年ほど前に、その
      遺跡の保存問題が発生しておりまして、その時も、治水堤防とバイパス道路の建設予
      定地が重要な遺跡だということで、大規模な遺跡発掘(記録保存して破壊する)が行
      われ、結果として、やっぱり遺跡を残そうということになったのです。
      それで、遺跡を残しながら、堤防と道路も造るために、北上川を移動させようという
      ことになったのです。今急ピッチで行われているあの工事には、そんな経緯があって、
      一応国では、重要な遺跡(柳之御所)は保存して、堤防も道路もつくろうと、つまり、
      その時、高館からの景観とかその辺を切り捨てちゃったんですね。
      現在北上川の東側を削っているのはそのためなのです。今までの川幅分くらいを東に
      移動して、今の川を埋めると、柳之御所遺跡や高館直下に空地ができます。そこに堤
      防と道路をつくろうというものなんですね。理屈はわかるんですが、とにかくその結果、
      高館下に道路が出来て、車がガーガー通っているっていうのは、なんともやるせないで
      すよね。ほんとなんとかならないんでしょうか。地元の平泉町や岩手県では、平泉を世
      界文化遺産にしようって、がんばってるんですが、高館の景観が壊れちゃったら、文化
      遺産どころじゃないんじゃないかって、思うんですけど、
      **************
 

14 高館の前にバイパがそもそも必要なの? 投稿者:匿ちゃん  投稿日:10月20日(金)17時56分38秒

      平泉の周辺に住む者ですが、匿名なので匿ちゃんで失礼します。
      バイパスの計画ですが、確かにお正月とかは、平泉の前が大変込みますが、
      それ以外はあんまり込みませんよね。するとあの高館を横切って、バイパスを通す意味がないような気がします。
      みなさんどうですか。私は道路より景観を残した方が良いと思いますよ。
 

13 平泉というグランドデザインからやり直しては?! 投稿者:筆武将  投稿日:10月20日(金)17時48分50秒

      一筆計上 筆武将

      ご無沙汰致し居り候

      源大将軍源義経公最期の地の景色が変わることもさることながら、
      文化としての景観を大事にしない国民性に憤りを感じます。
      景観も含め日本文化の伝統そのものを無視した工事はもう一度
      白紙にもどし、そのグランドデザインからやり直した方がいいのでは?
      そのようにことによってのみ、ユネスコ「文化遺産」もはじめて具現化
      するのではありますまいか。
      ドイツのハイデルベルグ城のように永久にたたえられ世界中から讃え
      られる古都「HIRAIZUMI」と、なってもらいたいものです。
 

12 (無題) 投稿者:とびうお  投稿日:10月20日(金)16時49分41秒

      べるたん様、詳しく説明していただき、ありがとうございます。
      私もすこしピントのズレた解釈をしてしまったようで、すみません。。。
      あの景観が失われてしまうのかと思ったらついつい熱くなってしまいました。

      工事を進めている行政の方々にも、早くあの場所の大切さを知ってほしいと思います。
 

11 早速。 投稿者:上田のカリメロ  投稿日:10月20日(金)16時32分30秒

      いままで、住民の反対などはなかったのでしょうか?
      観光だけでなく、生活の便利さなどで、バイパスが通るのか、それとも行政側のことなのか・・・。
      文化遺産としてだけでは、解決出来ない問題も多々あるとは思いますが、無くしてはならないもの。というものがあると実感しています。
 

10 芭蕉さんと曾良さんが愛した高館 投稿者:管理者 佐藤  投稿日:10月20日(金)13時13分01秒

      いま自分の大好きな景色が消えようとしている。
      平泉の高館からみる奥州の景色は絶品だ。ここで義経さんが811年前に妻子を先立たせて、
      腹を切って死んだと思うと、何かこの景色が胸にしみてくる。
      だから芭蕉さんも、ここに来て涙を流してこんなことを句を詠んだ。

          夏草や兵どもが夢の跡

      弟子の曾良も負けずに詠んだ。

          卯の花に兼房みゆる白毛かな 

      芭蕉さんの句は言うまでもなく、僅か17文字の中に、この高館の儚さとこの景観を
      切り取った名句である。。奥の細道の旅の目標は、この平泉に来て、かつての奥
      州の栄華と義経さんの面影を追う旅だったさえ言われている。芭蕉さんは、この山
      に来て、ただ山と川だけがあるこの景観に感動を覚え涙をながした。

      弟子の曾良は、あえて師匠とは視点を変えて、裏方にある自分のイメージをだぶらせ
      て、義経さんという悲劇の英雄をずっと陰で支えてきた兼房の苦労を詠んだのであっ
      た。兼房は、義経の乳父(めのと)だったと言われているが、あまりはっきりはしていな
      い。ただ幼い頃から、義経さんに付き従い、最後には義経さんの首を介錯(かいしゃ
      く)し、その後を追って、館に火を放ち、次ぎに主君に一礼をして、エイッとばかりに腹
      を切り、目の前の主君義経さんの御首(みくび)を自分の臓物を除けて、納めて、前の
      めりに命つきた人物である。もちろん想像上の人物かも知れないが、確かにこの兼房
      という人物に近い人物がいたことだけはたしかなようだ。
      曾良は、将来目前にいる芭蕉が、義経さんのように有名且つ伝説上の人物になること
      を知っていてこんな句を残したのかもしれない。義経さんも素晴らしいが、乳父兼房の
      苦労も忘れてくれては困りますよ。そんな思いがどこかにあったのかもしれない。

      ともかく芭蕉さんが愛し、曾良さんが感慨に耽ったこの高館の景観が消えてゆくのは忍び
      ない、と思うのは私だけだろうか。 
 

9 平泉町に対するご質問状の公開 投稿者:管理者 佐藤  投稿日:10月20日(金)11時17分36秒

      本日、平泉町のHPの「町政ご意見箱」に以下のような内容の意見を送付させていただきましたので
      皆さまに公開させていただきます。

      ****************
      高館の前をバイパスが通るということをききました。 
      するとこれまでのあの芭蕉さんが「夢の跡」と詠った景観がまったく台無しになってしまいます。
      何とか治水とこの高館の景観を共に守るような形の治水工事のあり方はないでしょうか。
      もしも一旦道路が出来てしまったら、覆水盆に返らず、という状況になるのは、明らかです。
      百年の禍根を二一世紀目前にして残すことにもなりかねません。
      ユネスコ「文化遺産」の運動もしている以上、このことについては、
      細心の注意を要する問題ではないでしょうか。
      平泉町としてのご意見をお聞かせください。
      **********************
 

8 残しておいて! 投稿者:雪? 命  投稿日:10月19日(木)22時49分40秒

      はじめまして。
      雪? 命と申します。

       私は3年ほど前に行ったきりなのですけど、景色が良くて、またいつか行って見たいと思っている場所になりました。そんな場所が変わるの
      はなんだかイヤな気持ちになります。
       治水工事が必要ならば、なにか方法があるはずです。
       あの場所は義経公終焉の土地でもあり、北条氏の繁栄の土地でもあるのですから。

       今現在の工事状況を考えるとどうしても不安が残るんです。(治水工事に限らず)様々な分野で問題が起こってますよね?それが高舘でも起
      きないと言いきれません。その工事によって逆に破壊される可能性もありえるのですから。

       私は「もう一度行きたい」と思えるような場所になかなか巡り合えたことはないんです。だからこそ。残しておいて欲しいと強く願います。
 

7 高館問題の続き 投稿者:べるたん  投稿日:10月19日(木)18時53分04秒

      とびうお様へ、それから、みなさんへ。前の私の投稿を読んで、「空いた土地ができたので道路をつくるんだ」という風に解釈されたのでした
      ら、それは私の言葉が足りませんでした。お詫びします。つまり、川を動かして堤防と道路を通す土地をつくるのです。なんかうまく説明でき
      なくてすみません。もともとの計画は、柳之御所遺跡の上に堤防と道路を作ろうとするものだったんですね。だから、それは止めた。遺跡は残
      されたわけです。でも、堤防と道路の計画は残っているわけで、それで遺跡の脇を埋め立てて作ろうと、そうなると遺跡の脇は北上川ですか
      ら、それを埋め立てた分だけ川を東に(束稲山の方に)寄せてつくるんですね。それから、堤防は灌漑のためでなく治水事業です。この治水事
      業については、また書きますが、いずれにせよ、そのことに深入りしても論点がみえなくなるだけだと私は思っています。
      問題は、高館の景観を今、この21世紀を目前にして、改変してしまうことです。それも自然災害とかそういうことでなしに、人工的に、それ
      も国家プロジェクトとして。この問題は、後代に対しての、私達全員の共同責任でもあります。なんでこんなことしたんだろう、ってずーっと
      後悔しそうな。悪い予感がしています。取り急ぎ修正して終わります。

6 残すべきもの 投稿者:ふたえみ  投稿日:10月19日(木)13時01分39秒

      こんにちは、ふたえみです。
      ご無沙汰してます。ってのんびり挨拶してる場合じゃないですか!!

      今回の「高館問題」皆さんの意見を読んで、心を痛めている一人です。
      私も6月に行って、実際に素晴らしさを実感したばかりなんです。
      私は、東京で生まれ育っているので、田舎というものがありません。
      だから高館からの眺めは、初めての経験でした。初めての感覚でした。
      何もないからこそ、素晴らしい・・・。
      だからこそ、このまま一生保存しておくべきだ、と感じました。

      それなのに、「世界遺産」とも言えるべき場所を破壊しようとしているなんて許せないです!!
      だからといって、私に何か出来るわけではありませんが、とても黙ってはいられませんでした。

      どうか、お願いです。
      あの高館の景観を21世紀に残してください!!

      http://www.geocities.co.jp/Foodpia-Olive/2107/index.html
 

5 高館景観問題を問う 投稿者:管理者 佐藤  投稿日:10月19日(木)12時13分16秒

      義経ファンの皆さま、並びに平泉を愛する全ての皆さまに緊急にお知らせします。

      平泉高館は、周知のように義経公終焉の地であり、義経堂がある最重要な史跡であります。そ
      してあの松尾芭蕉が、「夏草やつわものどもが夢の跡」と詠んだあの場所なのです。あの場所に
      一度でも行った人間は、芭蕉でなくても、歌のひとつも詠みたくなってしまうような独特の雰囲気
      があります。今、その雰囲気は無惨にも壊されようとしています。確かに平泉は、北上川の氾濫
      の被害にあったきました。今年の四月も大水がでました。ですから灌漑事業が必要なのはわか
      ります。でも日本の宝とも言うべき、高館の景観を保存しながら治水事業を進める方法を模索す
      ることはできないものでしょうか。今岩手県、平泉町は、ユネスコの「世界文化遺産」に登録され
      るべく運動をしていると聞きます。もしも文化遺産として考えるならば、やはりあの高館の景観は
      、最大限配慮されてしかるべきだと考えます。

      これにつき皆さまのご意見をお伺いすべく「平泉高館景観問題」と題する掲示板を立ち上
      げましたので、どうぞ忌憚のないご意見をお寄せください。
 

4 やっぱり悲しいです。 投稿者:とびうお  投稿日:10月19日(木)11時58分27秒

      詳しく教えて頂き、ありがとうございます。
      ますます深まる疑問は、川を移動して空き地が出来るから堤防と道路を造るって・・・・
      堤防は必要でしょうが、道路は本当に必要なんだろうか???
      広大な土地を遊ばせて置くことはできない、ということなのでしょうか・・・?
      なんだか世界文化遺産に残そうとしている土地と地元の人達の心をユンボが砕き、
      ダンプカーがふみつけていくような、悲しい光景に思えてなりません。
 

3 高館問題の難しさ 投稿者:べるたん  投稿日:10月19日(木)11時20分57秒

      最近の高館の景観に心痛めているものの一人です。ただ、この問題は非常に根っこが深いのです。
      あの工事の内容は大きく分けると二つの要素が絡み合っています。ひとつは、大河北上川の治水問題、もうひとつは、国道4号バイパス道路計
      画です。実は、高館の南東部に柳之御所遺跡という史跡がありますが、今から10年ほど前に、その遺跡の保存問題が発生しておりまして、そ
      の時も、治水堤防とバイパス道路の建設予定地が重要な遺跡だということで、大規模な遺跡発掘(記録保存して破壊する)が行われ、結果とし
      て、やっぱり遺跡を残そうということになったのです。
      それで、遺跡を残しながら、堤防と道路も造るために、北上川を移動させようということになったのです。今急ピッチで行われているあの工事
      には、そんな経緯があって、一応国では、重要な遺跡(柳之御所)は保存して、堤防も道路もつくろうと、つまり、その時、高館からの景観と
      かその辺を切り捨てちゃったんですね。
      現在北上川の東側を削っているのはそのためなのです。今までの川幅分くらいを東に移動して、今の川を埋めると、柳之御所遺跡や高館直下に
      空地ができます。そこに堤防と道路をつくろうというものなんですね。
      理屈はわかるんですが、とにかくその結果、高館下に道路が出来て、車がガーガー通っているっていうのは、なんともやるせないですよね。ほ
      んとなんとかならないんでしょうか。
      地元の平泉町や岩手県では、平泉を世界文化遺産にしようって、がんばってるんですが、高館の景観が壊れちゃったら、文化遺産どころじゃな
      いんじゃないかって、思うんですけど、
 
 

2 疑問です。 投稿者:とびうお  投稿日:10月19日(木)10時31分03秒

      平泉の高館へは、私も行ったことがあります。今年の6月頃でしたが、
      雄大な景色で、何も無いのに華やかに感じる様な、不思議な贅沢さがある場所だと
      記憶しています。

      高館より眼下に広がる北上川の流れを眺めながら、
      「この川は義経公も眺めていたし、この川も義経公の生き様を静かに見守って流つづけて
      いるんだなぁ・・・」と川の流に歴史の深さを感じました。

      ただ、その時も眼下に数台のトラックやユンボなどが散らばっていて、少し滑稽でしたが、
      そのときは大水で北上川が溢れた後だということで、「川を守る作業をしているんだ」
      と思って見ていました。

      それなのに・・・・・
      バイパスを通す作業だなんて、なんだかすごく裏切られたような気持ちでいっぱいです。
      だいたい、あの場所に道路なんて必要なんでしょうか?
      あそこに道がなくてはどうにもならないくらいに渋滞するんですか?
      高館の川向こうでも良いのではないでしょうか?きれいに舗装された橋もあるんですし・・・

      あの場所はあのままであることが財産なのだと私は思っています。

      あの工事、なんとかしてやめていただくことはできないんでしょうか・・・・・。
 

1 平泉高館の景観が台無しになるとしたら?? 投稿者:佐藤  投稿日:10月18日(水)22時46分29秒

      皆さまに緊急に聞いていただきたいことがあります。
      それは平泉高館の景観が工事によって、台無しになりかけているということです。
      ある研究者の先生から、このようなメールをいただきました。
      *****************
      一関遊水池計画による、堤防とバイパスの工事のため、
      北上川は、流れを変えられ、高館の下は、バイパスを通すために、道が造られ、
      しかも、弁慶の立ち往生の場所といわれた衣川の方に向かって、
      道路が建設途中なのです。
      見るも無惨、ダンプとユンボが休む間もなく動きまわり、騒音で、芭蕉の句も、
      義経主従への思いも何もありません。
      *****************
      私は高館に今年二回行っています。一度は大水が出た翌日でした。束稲山から高館をみました。
      日本で一番好きな景色です。その時は、北上川が溢れ、田圃との境がないほどの状態でした。
      その後、高館に行ったのですが、眼下に横倒しになっているユンボを二機みました。その時は、
      堤防の修理の為にあるのかな、と軽く考えて居りましたが、どうやらそうではなく、大々的な工事の
      前触れだったようです。二度目は確か、七月でしたが、まだ高館は大丈夫でした。以前のまま
      ずっと何百年も変わらないあの何もない高館の景色でした。
      これほど贅沢な景色はありません。
      以前「ある」と「ない」という感じで下の小文を書いたこともあります。
      皆さまの忌憚のない、ご意見をお伺いします。
      高館景観問題に注目下さい。

      http://www.st.rim.or.jp/~success/takadati_ye.html 



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2000.10.24 
2000.11.25管理人佐藤