K2002.1.22〜2002.4.29
第4回平泉・高舘環境検討委員会
掲げられた「永訣の月」について
村山画伯がこの平成の義経公の新しい肖像画を書き上げたのが4月19日東京での出来事。それが4月24日には、平泉毛越寺
レストハウスで開催された平泉・高舘環境検討委員会会場中央に飾られての初公開。なにやら,この義経公、忙しくなってき
そうな様子だ。
委員会の議事
4月24日(水)15時から平泉毛越寺レストハウスにおいて、平泉バイパス工事に関する、第4回平泉・高舘環境検討委員会
が開催された。最初、議場の正面に飾られた絵「永訣の月」と作者村山直儀氏についての紹介があった。
検討委員17人中11人出席、主催者の進行により前回までの経過報告と確認事項の説明の後、課題の検討にはいった。
1、歩車道の分離について
前回委員会における、「歩行者はなるべく車道から離れたほうがよいのではないか」という意見に対応し、歩車道の分離に関
する基本的な検討を実施した。
3種類の断面図を提示し説明する。
☆歩車道の分離により、擁壁ができ、町からの眺め、ドライバ−の視点において、圧迫感が高まる。
☆高館義経堂からの眺めにおいて、沿道に擁壁が出て、歩道が小段状になり景観的に問題。
☆北上川を眺める快適な歩行空間は堤防天端が利用できる。
以上を勘案すると、あえて歩車道の分離を行う必要性は少ない。
地元意見 歩道利用者が少ないと思う
委員長意見 高館から衣川までのサイクリングなどの観光利用できるのでは?
平泉町長 観光利用者は少ないと思う
菅原委員 ないよりあったほうがよい
2、ド−ム状の構造物について
☆設置可能な区域
平泉バイパスは、堤防との兼用施設であるため、堤防の中に構造物の基礎等を入れることができないという制約がある。この
制約条件が適用されない、構造物の設置可能な区間は、堤防よりも背後地 が十分に高い高館義経堂の下部区間に限定され
る。
☆施設規模と景観的問題点
歩道や車道には、道路構造令により建築限界が定められているため、高館側の歩道端部で2.5mの高さ、車道で4.5mの高さを
とる必要がある。そのため、上部に緑化をし得る最も規模の小さい施設でも以下のようなシエッド構造となり、車道や歩道、
堤防から見ると、かなりの圧迫感や人工的印象を与える。
3、柳之御所付近における騒音予測の条件と予測結果
平泉バイパスは、本来、環境影響評価法(新アセス法)の適用が遡及しない事業であるが、、高館義経 堂と並んで、多くの
利用が考えられる柳之御所付近において、今回新たにバイパス完成後の騒音予測 を行った。その結果、騒音予測値は環境
基準値を十分下回っており、大きな環境悪化を招くことはない ことが確認された。
金丸委員発言 時速70km時の測定値というが、柳の御所付近は交差点であるので、加速時の騒音予測値は?
当局 調べていないが、騒音値は速度に比例するので、低いのでは?
4、植栽について
(1)植栽に係る基本的な方針
植栽については、これまでの委員会での検討により、以下の方針が決まっている
☆高水敷
河岸のヤナギ等に代表される現在の姿を尊重し、あまり手をかけない。新たに造
成される高水敷は、自然の復元を図る。
☆バイパス・堤防
疎林的なランダムな植栽を行う。
理学博士 植栽により構造物、騒音等を包み込み、景観を守れるのではないか。
5、提言について
景観形成推進協議会の委員から、「この委員会の提言、意見がどれほど効力があり、
工事計画に反映されるのか疑問がある。」冒頭に出されたのが印象深い。
以上16時30分で事情により退席。
6、疑問点として以下の6つが浮かんだ
1、遺跡のなかに遊水池堤防と国道バイパス工事計画されたこと
2、世界遺産登録申請されている
3、平泉市街地と北上川が遺跡の上にある
4、平泉町、岩手県、文化庁等の遺跡保存(景観保存)、遺跡利用計画ができていない
5、委員会のメンバ−に文化庁関係者が入っていない
6、世界遺産の関係で、世界から文化財取り扱いの水準が問われる
「永訣の月」が委員会の席に運ばれた訳は?! 投稿者:佐藤
投稿日: 4月26日(金)13時50分49秒
下記の検討委員会に、一枚の絵が飾られました。その絵は「永訣の月」という題で、源義経公最期の夜を描いた油絵です。作者は肖像画の巨匠「村山直儀」先生です。高館の景観が一本の道(平泉バイパス)よって喪失するということを話すと、何とかならないものか、と、絵筆をとられたのでした。この絵は、ある種の祈りです。この稀少なる景観を時代を越えて未来永劫残したいとの祈りなのです。何もないではないか、そこに道路を堤防を兼ねて通すのが、何故悪いという人もいます。でもよく心の眼で見てください。何もないけれども、素晴らしい場所なんて、そうそうあるものではありません。
村山先生は、奥州藤原氏の作り上げた文化というものを、直感として「これは大げさに聞こえるかもしれないけれども、日本の奈良京都というよりは、理念としてはエジプトの文化に通じるものがある」と語られました。それは中尊寺の金色堂を見た瞬間に頭の中で閃いた感じだそうです。
一概に人が来世で生きるために、自分の体を腐蝕させまいとする技術と思いは、まさに奥州藤原氏とエジプトに共通する発想です。何でも奥州藤原三代が、不滅の体となるためには、その奥方が、一年も掛けて、毎日その遺体を洗ったということも云われています。その思いはいったいなんでしょう。そんなもの凄い奥州文化を伝える高館の景観は、芭蕉によって、「兵どもが夢の跡」と呼ばれました。もちろん兵とは直接的には義経公とその家臣たちであり、深くは奥州に生死をかけて亡くなった命そのものです。そこには敵も味方もありません。それが中尊寺の供養願文に刻印された平和の理念であり、中尊寺蓮(泰衡蓮)に象徴されるものなのです。またそれこそが、世界遺産として登録されるべき、古都平泉の文化的歴史的景観を支えてい
る平和の理念ではないでしょうか。この永訣の月には、一葉の古代蓮が描かれています。それはもちろん中尊寺蓮なのですが、村山先生は、「季節的には、少し合わないかもしれないけれども、この時は咲いたのです。今年の桜だって、一ヶ月も早く咲いたでしょう。」と云われましたが、まさにこれは平泉がユネスコの世界遺産に登録される理念の華なのだと思います。是非この絵に込められた村山直儀という芸術家の思いを感じ、改めて高館という文化景観が今喪失の危機にあることを認識していただきたいと思います。
永訣の月は以下のURLにあります。(但し4月11日現在のもので、完成品とは若干違います)
http://www.st.rim.or.jp/~success/A_tenjikan.html
第4回平泉・高館環境検討委員会 投稿者:管理人 投稿日: 4月23日(火)11時26分10秒
心ある皆さまにお知らせします。
明日、第4回平泉・高館環境検討委員会が以下の要領で開催されることになっております。
********************
期 日 4月24日(水)午後3時から
場 所 毛越寺レストハウス3階
議事予定
第3回委員会議事録確認
第3回委員会での課題整理
景観検討について
******************
一般の人の傍聴が可能なので、是非足をお運びいただきたいと思います。
故郷「平泉」のイメージの源泉 投稿者:佐藤 投稿日: 3月30日(土)11時55分07秒
Takahashiさんと伊勢太郎お二人のふるさと論争を拝見しながらこんなことを考えました。
故郷とはいったいなんだろう。
遠く離れていても、いつでも帰りたくなる場所。
あるいは苦しい時、死ぬほどの悩みを抱えつつも、
そこに行って、里の山河をみれば、何かしら雪が溶けるように苦悩を抜け
出す道が見つかるような気がしてくるような場所。
東京生まれの恋人が出来ると、すぐに連れて行きたくなるような場所。
大切な人を失った時、帰って行きたくなる場所。
結婚し子供ができると、その子にまずは見せたくなるような場所。
親兄弟友人たちが、どんな時でも、やさしく迎えてくれる場所。
日常の会話の中に、ふと故郷の言葉が混じり、思わず笑ってしまう場所。
周囲の標準語の飛び交いにどこか違和感を持って、何故か無性に帰りたくなる場所。そのように考えていくと、故郷とは、東京とは、まるで違う文化伝統を持ち、
言葉を話し、風景を持ち、親兄弟、友人、神さまが存在するような所とでも言えるのでしょうか。様々なことを思いながら、日本の「故郷事情」というものを思い起こすと、妙に寂しい気持ちとなってしまいます。
何故これほど、日本という国が、東京にすべての機能が集中するような一極集中的なシステムを造ってしまったのだろう、と考えてし
まったのです。「東京への一極集中」、すべての弊害がここにあると言っても過言ではないかもしれません。言葉は悪いのですが、まるで
「東京にあらねば都市にあらず」と言った雰囲気がどこかにあるような気がします。もちろんこれは、明治以降百年の年月を
持って、我々の心の中に出来上がっていった幻影のような観念かもしれません。このような明治以降、国家として欧米の列強諸国に追いつけ追い越せを標榜した為政者たちの発想は、第二次大戦後も、さも
当然のごとく引き継がれてしまいました。アメリカの民主主義が無批判に移植されたものと言えるでしょう。戦後の政権でも
底流にある東京中心の国家建設の理念は、いささかも崩れなかったのです。そしてその結果、東京と地方の二極化が急速に進みました。東京は、まるでオキアミを一網打尽にするクジラのように地方の
人間たちを呑み込んでいったのです。特に地方の村落の過疎は深刻で、かつては貧しくとも賑わいと潤いのあった地方の村々
からは若者が消えて、高齢者ばかりが残ることともなりました。地方は、完全に取り残され、うち捨てられた築何百年もの日本家屋が、廃屋となって取り壊され、消えて行った。その代わり
に建てられたものは、おこぼれのような税金で造られる田舎の風景にはそぐわないようなモダンな姿の現代建築だ。それらの
建物は、おおむね中央官庁主導設計監督のバケモノのように大型で、少しも周囲の風景にとけ込むことなど念頭にないような
殺風景な外観を特徴とするのです。でも結局、地方がうち捨てられた分だけ、古い故郷のイメージは、たとえば平泉のような場所に残ったということに他ならな
いのです。つまり平泉に訪れた人が、何とも言えないようなある種の故郷のイメージを平泉に持つのは、これまで平泉が、東
京中心の国家建設の発想の中では、まったく開発の対象外の場所であったからに他ならないのです。もっと厳密に言えば、平泉に故郷のイメージが残ったのは、たとえ国家の発想がどうであれ、為政者や公権力とは別の次元
で、平泉という里に中尊寺や毛越寺のような古刹があり、神仏を守っている人々が目には見えなくても自らの心の文化圏のよ
うなものをしっかりと形成し、言うべきことを言うような時代に入ったからだと思うのです。たとえば、10年ほど前、中央官庁の
発想では、古都平泉の政庁である柳の御所ですら、平泉バイパスの犠牲にしようとしましたね。まさに平泉バイパス計画という
発想は、歴史文化よりも交通渋滞の緩和を重視するような発想が今でも厳然と存在することの証明です。結局、心在 る人々
の声の力によって、柳の御所の位置を少しずらすということになったのはひとつの成果ですが、その根底にある発想はまった
く変わっているとは思われません。結局平泉バイパスの計画が存続されており、その完成が、平泉の故郷の景観を一変させ
てしまうことは、もはや誰の目にも明らかです。更に今、ユネスコの世界遺産に平泉をという声がわき上がり、急速に平泉の文化としての価値や意味が喧伝されるようになり
ました。残念ながら、日本は、「黒船」の来襲に象徴されるように、内からは変わりません。いつも外からの刺激や圧力によって
しか、変わらない特徴を持っているような国家です。今こそ東京対地方の対立構造を特徴とする国家日本のビジョンこそが、
まずもって見直されなければならないと思うのですが、皆さんいかがでしょう。
投稿追加 投稿者:ちゃ 投稿日: 3月26日(火)23時33分26秒
平泉は私にとって特別な思い出があります。
今の妻と最初に行った所であり、最近些細な事から別居した際にも
お守りを得るべく足を向けた地であります。
本来の趣旨にまったく触れることなく投稿したことは失礼であったかと
思いこの追加投稿をさせて頂きましたが。
景観問題となっていますが、敷地内は良き物を残そうと一部の方々が必死になり。
近隣で駐車場や食事どころが商売だけを考えていることの共存に問題があるでは??
と思います。
http://www.ne.jp/asahi/dear/moon/toppage.html
やはり僕もそう思います。平泉に行くたびに破壊が進み、無残なコンクリートの塊があちこちに散乱しているのには、怒り
を通り越してあきらめに近いものが沸きあがります。
ただ、地元の人に聞くと、それほど、破壊に危機を感じていない様子です。変えて良いものと、残して後世に伝えねばなら
ないものとの基準がはっきりしていないようなのです。
僕の考えではやはり物質的発展は必要です。雨のぬかるんだ道路ではやはり舗装しなければ、生活が大変です。ですが、古
来からの不動な(ここが判断のつきにくいところとは思います)桜山(束稲山)の展望、あるいは名も知れぬ貴人の墓石の位
置している杉林など、絶対に手を加えてはならない個所が多数あるのです。
やはり、今確実にそれらは蝕まれています。結局、そういう大事なものを判断する土壌ができていないのだと思います。
エラソーなことを言いますがやはり啓蒙が大事と思います。
ちゃ 様
平泉景観問題に書き込みいただきありがとうございます。
せっかくの書き込みはありがたいのですが、平泉の景観に対するあなた様の
ご意見も是非聞かせてください。
一方的に自己のホームページを知らせるというのであればどうでしょう。
この掲示板の書き込みに相応しくないのではないでしょうか。
この書き込みは、後に残るものです。永遠に残すものです。
場合によっては要望書と一緒に盛る書き込みなのです。
そこで大変申し訳ないのですが、一日だけ、お待ち致しますので、
下の書き込みに代わる景観問題に触れたあなた自身のご意見を再度書き込み頂けませんか。
書き込みがない場合は、残念ながら、下の書き込みは削除させて頂きます。
当HP及び掲示板の趣旨をご理解ください。
こんばんは。
最近、みなさまのホームページを巡回する事に生き甲斐を感じ
てあちこちのホームページを見入っています。
こちらのようなセンス良いまとまりを自分のホームページにも盛
り込めればと思っての行動ですが(笑)、周りは暇な人とささやか
に笑っているようです。
一方的に自分の話題を書かせて頂きましたが是非、時間があり
ましたら猫と私が唯一成功した【ダイエット】をテーマにしたホーム
ページにもお越し頂ければと思っております。
http://www.ne.jp/asahi/dear/moon/toppage.html
場違いな書き込みと思われましたら大変申し訳ありません。
失礼しました。
http://www.ne.jp/asahi/dear/moon/toppage.html
伊勢太郎様、私とあなた様との考えに共通項がありますでしょうか。
私が求めるものは故郷です。それは古くからの日本の田舎の風景に通じます。「平泉憂ひの歌」にもあったように心静かに暮
らせる場所です。おそらく誰もが精神的に疲労し脆くなっている時に、求め思いだし、癒される場所です。
しかし、それが今、日本のあちこちで破壊されています。公共事業と称する一部の政治家と一部の建設業者の癒着によって。
破壊しては建てを繰り返し、みるみる変貌していく町並みに住民たちにはなすすべもありません。
外国の町並みにあこがれたこともありました。「赤毛のアン」の島、プリンスエドワード島を旅した時、田舎家の二階の板敷
きの床を踏みしめ歩いていた時、不意に気付きました。ああ、これは日本の田舎家と同じだと。祖父母の住んでいた、日本の
田園地帯に建つ、かやぶき屋根の田舎家と同じなつかしい匂いを感じました。わざわざ、こんな遙か異国の地に来るまでもな
く、自分の求める故郷は、日本の身近な農村にあったのだと。
この日本の伝統的な田園風景もどんどん破壊が進んでいます。あの美に気付いた時はもう手遅れでした。ところが、それが、
岩手県にはまだ残されていました。とてもうれしくなりました。そう思ったのもつかのま、ここにもまた公共事業の魔の手が
延びています。
もはや、日本全国、開発造成の名の下に進行する破壊は防ぎようがないのでしょうか。この景観をこのまま変えないで欲しい
と、未来の子供達にも心和む故郷の風景を伝えてあげたいと願うのは、実際そこに住み生活していない者のエゴなのでしょう
か。
何とも矛盾していますが、何か手だてはあるはずと思います。 投稿者:伊勢太郎 投稿日: 3月20日(水)23時30分01秒
初老成性のうつ病でしょうか。つい、自虐的なことを書き記してしまいした。
takahashisさん、それと三行法師さんの言葉、痛み入ります。
心の奥底にある微かな記憶、それは実に大切なものです。人間、絶えられない窮地に陥った時、 助けになるのは実はそう
いうものと考えています。
takahashiさんの記事を拝読するたびに、共感を覚えています。求めている先が同じような気がすると言ったら僭越でしょう
か。
三行法師さんの言う通り、人は未来に突き進む理念が必要と今更のように思うしだいです。
何か手だては? 投稿者:Takahashi 投稿日: 3月19日(火)17時43分02秒
幼い頃から川の流れる町や市に生まれ育ったので、川のない街の景観は考えが及びません。私にとって、川は日々の生活とも
幼い頃の思い出とも切り離せないものです。
故郷の風景そのものの魚野川、河川の氾濫の恐ろしさを思い知らされた加茂川、異国情緒の
サン・ローラン川、そして現在の実家のわきを流れる汚く臭いどぶ川まで。
このどぶ川は、昔は水量も多く水もきれいで泳いだりもしたそうですが、今は生活排水等で汚染され水量も水流も少なく、夥
しいごみが堆積しています。10年位前?(はっきり記憶にありません)に市が川幅を狭め、川底も周りもコンクリートで固め
てしまいました。工事の責任者とおぼしき役所の人に、これで本当に川の水量が増え流れもよくなり、ごみがたまらなくなる
のかと質問したところ、むっとしたように「大丈夫です」と断定していました。しかし、実際にはほとんど変わりませんでし
た。川には川底に住む微生物等による自然の浄化作用が存在するのに、コンクリートで固めてしまってはそれもなくなり、川
の命を奪ってしまうことになるのではないかとその当時思ったのですが、そんなことぐらいわかった上で工事を決めたのだろ
うかとも思い、黙っていました。しかし、それは全く間違っていました。相変わらず水量は少なく水流も遅くごみが堆積し、
魚もいません。実は下水工事しか解決法は無かったのでした。経年変化で酸化劣化したコンクリートは醜悪そのものです。川
としての潤いは全く失われ、これではただの大きな排水路に過ぎません。何も自然の生態系や科学的知識も持たない人々のし
わざだったのでした。その後も、公共工事とはそういったものだったと何度も何度も思い知らされました。
平泉町の高館景観検討委員会の構成員も、なんだか一方に偏った考え方を持つ人々が集まっているかのような印象を受けま
す。何が何でも工事をしたいというあたまであれば、異なる意見など最初から聞く耳を持たないことでしょう。どういう選考
基準で誰の手によって、こういったメンバーが選出されるのか疑問です。住民の意思はいったいどこにあるのでしょうか?
一般市民は、いかにしてこういった強引なやり口に対抗できるものでしょうか。
どうかと思う 投稿者:三行法師 投稿日: 3月18日(月)15時13分58秒
伊勢太郎さんへ
平泉の未来に悲観的になるのは、どうかと思います。
未完成から完成への希望があるからこそ、
人間は苦しみや楽しみを乗り越えていけるものだと確信します。
平泉憂いの詩について 投稿者:伊勢太郎 投稿日: 3月17日(日)13時46分03秒
実は私平泉の未来には悲観的です。日本が民主主義に目覚めるのに多大な犠牲を払ったように
次の新しい価値観を持つ時代への代価を今、破壊という形で払っているのだと思います。
人間とは愚かな動物です。失って初めてその重さに気がつくという一種の業を背負っているような気がしてなりません。
一度失ったら二度と取り返すことのできない物を、今失おうとしています。
平泉憂ひの歌 投稿者:奥州の魂 投稿日: 3月14日(木)11時46分49秒
平泉はどこへ行くのか。
国土開発の波に呑まれ、
今また世界遺産登録という新しい波に翻弄され、
右に左に北上川に浮かぶ木の葉のように彷徨うばかり。
時に欲深い者たちの餌食となり、
やれ開発だ、
やれバイパスだ、
今度は世界遺産だ、
と声高き者が采を振るう姿は、
悲しくもあり、滑稽でもある。
その度に山は崩され、
川は埋められ、
かつての古き良き夢の跡は
見る間に面影を失っていく。
平泉の住民はどこへ行くのか。
徳川の治世そのままに、
クルクルと猫の目の行政に翻弄されて、
あっちだこっちだと住居移転を強いられた挙げ句、
お前は欲張りだとの噂を立てられて疲弊する。
やれ貴重文化だ、
やれ世界遺産だ、
今度は市町村合併だ、
と声高き者が我がもの顔で叫ぶ姿は、
仕方ないでは済まされない。
ただ静に暮らしたいとの住民の声は、
砂利トラックの往来の砂煙にまかれて、
かつての古き良き夢の跡は
見る間に面影を失っていく。
平泉はかぐや姫か。
かつて奥州に花開いた大輪の蓮が、
世界遺産近しと聞くや、
めざとい周囲の首長たちは、
我こそはとかぐや姫に言い寄る頭中将となる。
明確な未来へのビジョンもなく、
流れのままの合併騒ぎは、
財政破たんの日本を映す鏡そのもの。
声高き者の怒声に無視される
住民のこころは、
形ばかりの委員会のアリバイの前に、
かき消される・・・。
かつての古き良き夢の跡は、
見る間に面影を失っていく。
誇るべき我が奥州の都は・・・
いったいどうなってしまうのだ平泉は・・・。
いったい川とは何だろうか?
2月28日、高館環境検討委員会が開かれたらしい。そこで岩手日報を読むと、
”協議では「川沿いの区域は植樹せずできるだけ手を加えないほうがよい」「川べりの木は洪水の度にビニールのごみが絡
み景観上問題だ」などの意見が相次いだ。”とある。
これはまったく不思議な意見だ。この意見を述べた委員は、北上川を水路とでも考えているのだろうか。確かに手を加えられ
た日本の川は、コンクリートで固められ、元々の蛇行の曲線は直線化し、保湿も浄化も顧みられることなく、ただ生活排水を
海に流すだけの死んだ川のようになっていることが多い。北上川も例外ではない。
さらに呆れるのは、川べりに木があるとビニールがまとわりついて、美観が損なわれる。景観が損なわれるという意見が出た
というのである。これはまったく川本来の機能を分かっていないとしか言いようがない。元々この周辺の計画は、**遊水池
計画とあったはずで、高館の前、すなわち衣川と北上川が交差する当たりは、元々水が自然にたまってしまう場所であるか
ら、あそこをまっすぐに流してしまったら、どこかで必ず水は暴れることになるはずである。だからこそ、あの場所は、湿地
として、鳥たちが喜んで住めるような環境を作り上げれば、高館からの景観は、それこそ芭蕉さんが、詠嘆した「夏草や」の
情景が、出来上がってくるのではあるまいか。
川と人間が共存していくためには、やはり川の機能というものをしっかりと保持し、手のかかるものであることを認識すべき
である。草狩が大変、増水の後のビニールを取るのがめんどくさいというのであれば、この平泉の地も北上川も稀少な町ある
いは稀少な川とは永遠に言われないであろう。本当にそれでよいのだろうか。
第3回平泉・高館景観検討委員会開催予定 投稿者:橘次 投稿日: 2月27日(水)11時58分55秒
第3回、平泉高館景観検討委員会が28日に開催されるもようです。
下に岩手工事事務所HP掲載の記者発表資料を載せます。
それにしても、平泉の新聞も町のHPも取り上げないのは、どういうことでしょうか?
記者発表資料
平成14年2月25日
岩手工事事務所
--------------------------------------------------------------------------------
第3回平泉・高館環境検討委員会の開催について
--------------------------------------------------------------------------------
平成13年6月26日に、平泉堤防及び平泉バイパス事業を進めるにあたって
世界文化遺産の登録に向けた平泉の町づくりという視点に立ち、今まで以上に景
観を含めた環境面に対して配慮していくための課題・問題点及び対応策について
意見をいただき、できる限り事業に反映させるべく、学識経験者、地域住民から
なる「平泉・高館環境検討委員会」を設立・開催をしました。
今回、第3回平泉・高館環境検討委員会を以下のとおり開催し、前回までの委
員会での課題整理と今後の景観整備の方向性等について意見等をいただきたいと
考えております。
なお、委員会は一般傍聴可能となっておりますが、会場等の都合により人数多
数の場合は、先着順とさせていただきます。
開催日時:平成14年2月28日(木)9:00〜12:00
開催場所:JAいわて南平泉支店2Fホール
西磐井郡平泉町平泉字志羅山12−6
0191−46−2311
--------------------------------------------------------------------------------
問い合わせ先
国土交通省 東北地方整備局 岩手工事事務所
住所:盛岡市上田4丁目2−2
電話:019−624−3131
河川担当副所長 阿部幸雄(内線204)
道路担当副所長 菊地重徳(内線205)
工務第二課長 高橋武美(内線411)
工務第三課長 加藤武男(内線321)
平泉の未来!! 投稿者:管理人 投稿日: 2月 4日(月)15時49分43秒
皆さま。
この度、昨年二回ほど開催された「平泉・高館環境検討委員会」の議事録が概要ではありますが、平泉町のHPに掲載されて
います。全文掲載されない理由は分かりませんが、ともかく一歩前進と前向きに評価致したいと思います。是非お読みいただ
きご率直な意見など頂戴したいと思います。
http://www.town.hiraizumi.iwate.jp/scripts/mgrqispi.dll?appname=hiraizumi&prgname=MakeHiraizumi
大切なことは、何事も隠すことなく話し合い、その内容が、多くの人々の耳目に触れ、それに対する意見を多くの人が言える
ようなことではないかと思います。もしもそこで誰かの意見が、自分の意見と合わなければ、議論によって、その改善を計
り、さらに良いアイデアが生まれることだってあるでしょう。
ともすればこれまでの地方自治のイメージはどこか市町村議員や役所任せのところが多分にあったと思います。もはやそのよ
うな時代ではありません。やはりこれからは一人一人の町民が、自分の町のあり方に対して真剣に関わりを持つという自治に
対する強い姿勢が大切なのではないでしょうか。何事も人任せにせず、何事も自分の意見を持って、接するようになれば、そ
れこそが、地方政治の基本であり、民主主義であると思います。そして近い将来、町民の中から、「平泉・高館環境検討委員
会の議事録は、堂々と名前を出して、しかも全文を掲載すべき」という声がわき上がってくることを期待したいと思います。
未来というものは、今生きている大人の為というよりは、これから成人する若者や、やがて生まれてくる子供たちのためにこ
そあると思います。その為にも、素晴らしいと歴史的文化と景観を遺して置きたいと強く思います。湯布院町の佐藤さんが言
うように、このHPを見ている中学生・高校生の諸君の率直なご意見を是非お聞かせください。
若者の皆さん。
あなたたちは、かつて黄金の都と言われた平泉をどのように町として未来に遺したいか?
夢や希望を聞かせてください!!
昨年11月に、17年ぶりに私の母が、里帰りもかねて九州に行きました。
湯布院の思い出として、芝居を観た話しをしておりました。佐藤さんの言われるように
時代を担う将来ある子供達に、先輩諸兄の意志を継承してもらいたいと私も思います。
佐藤 晶 様
本日は突然お電話を致しまして失礼いたしました。
様々な、湯布院の町づくりのお話を聞き、率直に言って感動いたしました。数十年をかけて湯布院町の皆さまが作り上げて来
られたことのご努力に敬意を表します。今まさに「湯布院」のイメージは、日本の温泉町が目指すべきひとつの大きな指針と
なっているような感じさえ受けます。
関東ではご存じのようにかつての新婚旅行の人気スポットであった熱海が、大型ホテル化と熱海城のようなまったく歴史に根
拠をもたない、非文化的な構築物を作って、不人気をかこつ温泉街になってしまいました。
これらの町はその元気な時、人気のある時に、次世代に向けた文化的な取り組みを怠ったツケが出てきているのだと思いま
す。人気のある時には、それこそ黙っていても、お客様が来ていたから、工夫も何もすることがなかったのでしょう。しかし
観光客も馬鹿ではありません。せっかくお金を払うのですから、少しでも心休まるほのぼのとした休日を過ごし、また文化の
香りに浸れる場所を選んで出かけるのだと思います。
湯布院町の取り組みは、すべての町にも通じる地域活性化の取り組みのように思えました。映画祭や音楽祭を通じ、それぞれ
の実行委員会が独自の活動を展開し、アイデアを出し、それを行政に追認いただくというようなやり方は、時になるほどと思
いました。これはビジネスにも通じますね。かつて飛ぶ鳥も落とす勢いだったスーパーのダイエーが、巨体を揺すって苦しん
でいます。これも売り上げ第一主義と顧客の一人一人に対する真心のこもった応対をおろそかにしたことのツケがまわって来
ているように思います。
現在、庶民が欲しているものは、大量消費時代そのままの画一的で単なる安価というような商品やサービスではなく、本当
に、そこに行ってしか味わえない真心のこもった「特別な何か」だと思います。かといって「特別」と言ってもそれはお金に
換算するようなものではなく、ふっと和む真心のこもった「地方訛りの挨拶と笑顔」のような気も致します。
私は、地方が活性化する大きなヒントが、自分の町のことは、自分で考えて、計画も練る様々なグループが別個に活動してい
るという湯布院町の皆さまの日々の活動の中に、あるように感じました。これを機会に色々お教えいただきたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。
はじめまして 投稿者:佐藤 晶 投稿日: 2月 1日(金)16時12分25秒
佐藤さん、お電話ありがとうございました。早速、HP開かせていただきました。
地元の人の思いや平泉の景観を危惧する皆さんたちの動きに敬意を表します。「便利さ」と「快適さ」とは、反比例する。ま
さに、地元に暮らす方々にとっては、賛否両論が立ち上がり、なかなか難しい問題だと思います。要は、目の前の現実に妥協
するか、それとも次の世代の子供たちに自信をもって、誇れる自分たちの町を継承できるのかという、住民の意思、選択では
なかろうかと思います。先人が守りつづけたもの、それは慣習や伝統だけではないのでは。そこに暮らすという安らぎ、暮ら
しを取り巻く環境や景観。今あるものに目を向けて、残さねばならぬものは残す。変えていかねばならぬものは変える。高速
道路ができる便利さと、歴史に裏打ちされた誇れる景観を天秤にかけることはできません。しかし、このHPを見る限り、絶
対に景観破壊は許されるべきでない、未来へ向けた残すべき遺産であるとわたしも思いました。人間には知恵があるはずで
す。ルート変更などを含め、もう一度白紙に戻した上での議論が必要であると思います。それも、エライ学者先生やお役人な
どの意見のみではなく、次の世代を生きていく若い人たちの意見、主張を深く探って欲しいものです。湯布院も形態こそ違
え、景観の問題をずーっと抱え、議論し、行動してきました。一番強いのは、そこに暮らす住民のエネルギーだと思います。
時間のない中、また国や自治体レベルでは既決事項であろう大事な問題、何らかの解決方法かないものかと遠く九州からため
息のでる想いです。これまでの経緯や現状について、ほんの僅かな情報しか持っていない自分ですが、「守るべきものは守
る」頑なさをみなさんに期待します。平泉の歴史の遺産というだけでなく、日本の文化遺産であることをもっと多くの人々に
アピールできればと願っています。若輩、微力ですが何らかのお手伝いができればと考えています。「自治の町、平泉を」の
タイトルで佐藤さんのレスを読みました。自分の住む湯布院町もそんなに大した町ではありませんが、「いらないものはいら
ない」と言ってきたワガママナ湯布院の資料などを後日送らせていただきます。参考になるものはナイかもしれませんが、み
なさんの活動を支援する「小さな元気」の塊としてお目通しいただければ幸いです。
無量光院さん
あなた様の素敵な名に因みまして、HPの表紙に無量光院の冬景色を掲載させていただきました。
あなた様の正直なご意見、深く心に沁みました。クルクルと猫の目のように変わる行政の動きで、右往左往する住民姿が浮き
彫りになって見えます。つい最近まで、行政は「世界遺産登録」ではなく「**博物館誘致」にやっきとなっておりました
ね。確か戴いた平泉の方々の名刺にも必ず、その「決意アピール」のような文言がプリントしてありました。それが今は、す
っかり「世界遺産登録」にすり替わってしまいましたね。
その度に、住民はそれが行政トップの方針ということで、右へならいさせられてきたのです。しかし「**博物館」を平泉に
という問題は、拝見した時から疑問を感じておりました。何故、それが平泉という場所になければならないのか、私自身の中
で理由が見つからなかったからです。やはり大切なことは、平泉という土地の歴史と文化にしっかりと根ざしたものでなけれ
ばならないのではないでしょうか。確かにそのような所謂「ハコモノ」を建てれば、一時的に建設費などで、お金は落ちるで
しょう。しかし長期的視野に立てばその収支を合わせることは容易ではありません。どこでも以外に簡単に当初の建設費は集
まるものです。しかしその維持は、どこの自治体でも、非常に苦しんでおり、大多数が赤字に喘いでいる実体があります。
何故そのようになってしまうかと言えば、長期的な視野を持たない町のトップが、簡単に県や国の言いなりになって、大きな
プロジェクトに乗ってしまうからではないでしょうか。それは何も平泉に限ったことではありませんが、その挙げ句、日本と
いう国家は、ついに莫大な借金を抱える国家となってしまいました。
ところで、湯布院という大分にある温泉町をご存じでしょうか。人口1万1千5百人ほどの小さな町です。この町では、町民
自身が、湯布院映画祭など独自の感覚で、独特のイメージ活動をして、日本中の温泉街が、深刻な不況で喘いでいる中で、非
常に人気のある温泉街として、つとに名を馳せています。この町にこんなエピソードがあります。94年に別府温泉の大型ホ
テルが進出を計画し、湯布院温泉組合の人々が「別府温泉の歓楽的なイメージが持ち込まれれば、湯布院のイメージ低下に繋
がりかねない」として反対運動を展開したというものです。このホテルの建設用地は、町のシンボルでもある海抜1584m
の湯布岳を望む山の中腹で、景観にもおおきな変化が起こることは必至でした。もちろん大型ホテル側は、条例などの規制を
すべてクリアしていると、一歩も引かない構えでした。問題は町の「まちづくり審議会」にかけられました。結局このホテル
は、計画そのものを断念せざるをえなかったようです。
自治の町「平泉」を!!下 投稿者:管理人 投稿日: 1月31日(木)20時19分38秒
このエピソードをよく考えると、湯布院という小さな温泉街が、日本でも有数の人気を誇る理由が分かったような気が致しま
す。それは自分の町は自分で造り、守っていくのだ、という自治の気概が溢れていることにあると思います。この湯布院に比
べると、平泉町は観光の町としての条件的はより多く恵まれていると思います。それは平泉町が、少なくても北日本では並ぶ
ものもないような歴史的建造物と景観を持つ町であるという強力な武器を持っていることです。
ですが現在どう考えても、平泉の人々は、大変生意気な言い方で申し訳ないのですが、受け身的で、自分の町は自分で造る
ぞ、という気概が欠けているのではないか、と思うのです。先ほどの湯布院は、苦肉の工夫を持って「映画と小さな温泉の
町」というイメージを何十年もかけて努力の果てに作ってきたのです。それに引き替え、平泉は押しも押されもしない奥州藤
原氏四代・義経・西行・芭蕉と言った歴史的人物を偲べる構築物や趾や景観がでんと、そこに構えているのです。これは大き
な違いです。ですからこれを活用して、平泉という町の特徴を生かした町づくりをすれば、日本中から人が訪れるような素敵
な町が出来上がると確信いたします。
その為にも、町民は、もう少し町づくりに積極的に関わり、意見を大いに発するべきだと思うのです。ところで、95年に
「地方分権推進法」なる法律が制定されておるのをご存じでしょうか。この法律にこのように書いております。
「(第一条)この法律は、国民がゆとりと豊かさを実感できる社会を実現することの緊急性にかんがみ・・・(第二条)地方
分権の推進は・・・国民及び地方公共団体が分担すべき役割を明確にし、地方公共団体の自主性及び自立性を高め、個性豊か
で活力に満ちた地域社会の実現を図ることを基本として行われるものとする」と。
無量光院さん。是非とも、目先の損得にまどわされず、本当に平泉の将来を憂いている人々と手を携えて、言うべき事、こう
あるべきではないか、ということを言えるような雰囲気を持った、自治の町平泉を実現していただきたいと思います。その為
には、私たちも及ばずながら出来うる限りのご支援をさせて戴きたいと思いますので。
無量光院様、
あなたのおっしゃる通り、現実は甘くありませんし、きれいごとではありません。
見たくも聞きたくもないような現実の汚い面も、事実存在します。ある年齢以上になれば、ほぼ誰もがそれを思い知らされ、
それでも生きていかなければなりません。
本当にうちのめされておられるのですね。
このHPで平泉の貴重な歴史を語ることが夢物語にしか感じられないほどに。
確かに、私自身も実際に追いつめられ切羽詰まった精神状態にある時は、過去や未来のことよりも「今」の状態にあがき苦し
むばかりでした。「今」しか見えませんでした。
そのような精神状態では、なかなか他のことを考えることはできないものです。ほかのすべがあることなど考えもおよびませ
ん。完全に閉塞状態です。
しかし、もし少しでも心にゆとりが生まれたなら、考えてみてください。
今の平泉の混乱はなぜなのかを。
なぜあなたにとって、いやな平泉になってしまったのかを。
敢えて言わせていただけば、
私には、真に平泉の価値を知り住民のためを思う人々が計画を推進しているわけではなく、
長期的展望を持たないいきあたりばったりのやり方が原因のようにも思えますが。
知らないこと 投稿者:無量光院 投稿日: 1月30日(水)21時43分08秒
管理人様へ
平泉で世界遺産のためどんなことなってるか知ってますか
よそのことは知らないけどここで話してるような夢とかじゃなくもっと現実の話進んでる
わたしの家もそのためにどッか知らないけど移らなきゃダメみたいで
なんか知らないけどそういうこと知ってますか
うちではそれで損かトクか話したりします
どっちにしてもここには住めないしわたしは平泉がいやです
多分外から見るのとなかではいろんなことが全然ちがうと思います
いろいろわかんないけど友達もこの町きらってます
全然きれいごとないとおもいます
このごろとくにいやです
匿名さま 投稿者:橘次 投稿日: 1月30日(水)14時34分43秒
平泉がやっていること、あなたは賛成ですか?平泉は何をしようとしているのでしょうか?何がしたいのかよくわかりませ
ん。方向性がみえないのです。教えてください。
どういうお立場のお方かは分かりませんが、地元平泉の方と思われる「匿名氏」から次のふたつのご質問がありましたので、
ごく簡単にお答え致します。
?どうしたいの?
?平泉のやっていること一部でも賛成することないのでしょうか?
まず?ですが、平泉バイパス工事で、平泉随一の景色と謂われる高館からの景観が損なわれる現実を、工事完成前に見直して
いただきたいと考えています。
次に?ですが、ユネスコ世界遺産に登録されるという町を上げての、流れを支持します。そこで改めてユネスコ世界遺産とは
何か、という問題を問い直して貰いたいと思います。
というのは一方では、平泉バイパスという形で、「夏草や」と芭蕉が詠んだ義経公ゆかりの高館景観を無視した形で工事を進
めるというものはいかがなものでしょう。もしも今のまま平泉バイパス工事が進んだ場合、柳の御所を含む世界遺産のコアゾ
ーンに含まれるはずの歴史的史跡とその景観の中に、コンクリートの構造物が否応なく侵入することにより、平泉の世界遺産
の範囲は、大幅に縮小されて、中尊寺の寺社と毛越寺の浄土庭園に限定される可能性が大きいと思います。これは日光の杉並
木が、登録から外されて、寺社のみになったことを考えれば容易に想像できることです。
平泉バイパスは、確か水害対策と交通事情緩和のふたつの面から計画された道路でしたね。つまりその時には、平泉が世界遺
産に登録されるという概念は在りませんでした。今平泉において世界遺産登録の問題は極めて大きい課題であるから、だとす
れば、世界遺産には不釣り合いな構築物の計画は、再考すべきなのではと思いますが、いかがでしょうか?
幸いにも、太田川を越えた所で、工事は取りあえずストップしています。今ならば、間に合います。
最後になりますが、されば匿名氏は、素晴らしき平泉の遺産を未来にどのような形で遺すべきだとおかんがえでしょうか?
一部でも賛成することはないのでしょうか
どうしたいの? 投稿者:町民 投稿日: 1月28日(月)14時17分10秒
どうしたいの?
この度、「文学でたどる世界遺産奈良」(浅田隆・和田博文編著 風媒社2002年1月刊)という本が刊行されました。編
著者は、共に奈良大学の教授で、世界遺産に造形の深い人物だけに、非常に示唆に富む内容なので、是非皆さまに一読をお勧
めしたいと思います。この中で、特に目を惹いたのは、世界遺産奈良の中に、春日山の原始林が登録されていることでした。
一見この場所は、自然景観であり、文化遺産というよりは、自然景観であるはずなのに、文化遺産として、世界遺産に併せて
登録されたのです。
ユネスコの世界遺産の価値としての範囲が、例えば「広島の原爆ドーム」などの登録を経ながら、少しづつより深い方向へ変
貌をしていることの証左でありましょう。このあたりの世界遺産の傾向が巻頭の編著者お二人の対論で明らかにされていま
す。
また最後に書かれている「「世界遺産登録と今後の課題」(猪岡章全氏:奈良市役所経済部世界遺産室)は、必読であると思
われます。やはり登録に至るまでの奈良市の関係者の苦心惨憺が言外ににじみ出ております。まず感じたのは、京都の寺社に
続いて、奈良が世界遺産に推薦して貰うにあたり、京都の世界遺産とどこが違うのかという相違点を明確に説明しなければな
らないという登録にあたっての大きな関門のことでした。
同じ事が、平泉の場合も間違いなく言えると思います。「いったい京都や奈良と平泉はどこが違うのか」ある人は、「平泉は
京都をそっくり模倣した都市だ」という人もいます。で我々はそこで初代清衡の建都の精神を言い「中尊寺供養願文」の話を
持ち出しますが、その辺りの根本的なる違いを、単に平泉と藤原氏だけではなく、蝦夷に連なる人々、(安倍氏あるいは清原
氏)の歴史も踏まえて、説明する必要があろうかと思います。つまり平泉模倣都市説を唱える論者にこう言われかねないと思
うのです。「駄目だよ、それだって、撰文を書いたのは京都の貴族でしょう。仏像だって、京都の仏師、寺社の設計だって同
じではないか」と。だからこそ単に平泉町だけではなく、衣川にまで至る場所を緩衝地帯(バッファゾーン)とすることで世
界遺産としての平泉の価値が、より鮮明に浮上するということになると思うのですがいかがでしょう。
この猪岡氏の文章を読ませていただいて、改めて平泉ももう少し遺産の周囲の環境整備をしないと、世界遺産の範囲は、今、
平泉町が考えているよりは、著しく狭まってしまう危険が高いのではないかと、正直不安になりました。どんなに考えても、
平泉バイパスのあの平泉という景観に不釣り合いな構築物が、柳の御所を掠めて、斜めに高館前方を素通りする姿は、世界遺
産とは相容れないものです。
同時にそれは、高館を史跡として認めていただき、柳の御所と一帯のものとして、登録されるべきであると思います。柳の御
所の跡をどのように整備するかは別にしても、高館からの景観を芭蕉の句「夏草やの文化景観」として、世界遺産に推薦して
もらうことだって、可能ではないか、と思いました。考えても見てください。春日山の原始林が世界遺産として、ちゃんと登
録されるのですから、俳聖芭蕉が、「夏草や」と絶唱した地を柳の御所と一体として整備して、是非とも世界遺産登録の方向
に向けて欲しいと思います。
様々な世界遺産が、登録されるに至っていますが、この本を読んで、改めて世界遺産の精神が何であるかを考えさせられまし
た。ともすれば、どうしても世界遺産というものが、村おこし・町おこし・観光開発という次元で考えられがちですが、そう
ではないことをつくづく知らされた次第でした。
只、無言の美しさへ 投稿者:伊勢太郎 投稿日: 1月22日(火)22時49分14秒
悲しい宿命とはわたしたちの背負っている業です。恨み辛み、経てしてわたしたちの日常は
悪意と偏見に満ちています。
時に、自然は厳しくそんなわたしたちを戒めるのです。
ふざけるんじゃねえ。両足をそろえてしっかりしろと。
そんな、厳かな触れ難いメッセイジを自然がわたしたちに提示する瞬間があります。
七日市場の雪をただえた栗の木にそんな印象を受けるのはわたしだけでしょうか。
「まちづくり」の思想と平泉 投稿者:佐藤 投稿日: 1月22日(火)21時38分37秒
岩手日報を聞いて複雑な気持ちとなった。
去る2002年1月16日、平泉町で、新たに猫間が淵と金鶏山周辺地域の合計18ヘクタールに及ぶ史跡指定候補区域が発
表された。併せてそこに居住する40世帯の住民が、移転の対象となることで住民説明会が行われた。この40世帯について
は、猫間が淵の住民がすべてであるという。その中には柳の御所の遺跡発掘や無量光院の発掘に絡んで、以前に移転を経験し
ている住民もあると聞く。代替え地は、町の北西部に広がる水田地帯だが、町側が宅地造成し、代替え地とする予定だとい
う。
説明会に出席した約70名の住民からは、「そこまでして世界遺産に?」という声も聞かれたという。実にもっともな話だ。
そこの住民とすれば、ただ閑かに暮らしたいのに、やれ遺跡発掘、やれ世界遺産指定と言われ、代替え地を用意するからと言
われても、複雑な気持ちになるのは、当然だ。
世界遺産登録という問題は、確かに柳の御所の発掘調査以降、俄に持ち上がった問題だから、住民の意思とは一切関係ない所
で、右に左に生活の場を振り回されているようなものだ。
そこで思うのは、やはり一本筋道の通った「町づくり」の思想の必要性である。歴史を少し遡り、平泉の周辺地域の開発しを
紐解けば、時の流れに翻弄される古都平泉とそこに住む住民のやるせない思いが聞こえてくるような気さえする。
戦後すぐに大きな台風が、連続してこの地を襲い、官民あげて洪水の起こらない町づくりを目指し、次々とダムというもの
が、周辺の上流地域に造られていった。それから日本列島は、経済の高度成長の波に乗り、田中角栄のような人物が「列島改
造」という大言壮語を持って、土建国家さながらに高速度路や新幹線を造り、日本列島を乱開発列島とした。その結果、列島
は都市と農村の経済格差というゆがんだ形で分断させられた。若者には、都市に対する憧れという幻想が生まれ、農村には老
人だけが残り、彼らはこぞって都市に流入し、地方は過疎化した。
高速道路は、多くの地方都市をただ通過するだけの都市に代え、平泉のような小さな町は、ただ疎外のされた農村地帯とし
て、開発対象から外れた地域として、閑かに生きてきたのである。しかし平泉には、奥州の人々が誇るべき黄金文化の遺跡が
眠っていた。考え方によっては、開発の対象外になるような地域だったからこそ、地下に眠っていた遺跡が守られたと言え
る。
我々がもし、日本中の人々が列島改造の熱に浮かれている時に「平泉バイパス工事はストップすべき」と言ったら、「何を言
っている」と強烈な罵声が四方八方から飛んで来て、あっという間にその反対の声は潰されてしまっただろう。しかし今や、
開発対象外に置かれた偶然の幸いによって、生き延びた平泉の昔ながらの大いなる風景の価値を見て「確かにそうだ」と共鳴
の声を発してくれる人が確実に、増えてきている。
我々はこの平泉バイパスが昭和56年(1981)に事業着工されたことを想起すべきだ。昭和56年と言えば、ユネスコが
提唱した世界遺産条約など、日本人が眼中には一切なかった。日本がこの世界的な文化保存運動に参加するのは、1992年
(世界遺産条約批准)になってからである。この一つをみても、明らかに、着工当時から、平泉を取り巻く状況が変わってし
まったことを国も県も町も、もちろん住民も考えなければならないのである。
もしも本当に渋滞がひどいとすれば、4号線の道幅を拡げることで解消するであろう。せっかく奇跡的に残った高館からの掛
け替えのない景観を削って、台無しにしてまで、通過の為の道路(バイパス)を造る価値があるとは思えない。
今こそ、平泉の住民が、自分のこととして、「まちづくり」を考えるべき時ではあるまいか。つまりつねに降って涌いたよう
に繰り返される上からの「まちづくり」ではなく、自分の町としての「まちづくり」だ。その上で、わが町平泉が世界遺産と
いうものになるのであれば、「世界遺産平泉」という響きが心から嬉しく実感されるのではないだろうか。
見てきたようにこれまでのこの地域の「まちづくり」は場当たりでしかなかった。その結果が、10数年程の間に、二度も移
転をするような馬鹿な、「御願い」も起こるのである。これからは真に住民の声がより強く反映するようなシステムの導入が
是非とも必要だ。いったい平泉をどのようなグランドデザインを持って、建設するか。平泉の歴史をしっかりと理解した上
で、官民がしっかりと呼吸を合わせれば、この国家財政逼迫の時だけに、逆に官意と民意が一つになり易いと思うがいかがで
あろう。
さて平泉町は来る1月23日にも他の地域で住民説明会を開催する予定らしい。是非とも、住民の生の声が聞きたいものだ。
2000.11.26
2002.4.30 管理人