平泉・高館・景観問題・掲示板バックナンバー L

 K2002.4.28〜2002.9.2

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  (無題) 投稿者:キヌガサ  投稿日: 9月 2日(月)15時57分12秒

 洪水の心配をなくす、渋滞を解消する、歴史的景観を保存する、3つの解決策が「ない」のであ
れば、本当に「ない」のかさらに考える、がとるべきことかと思います。
 鹿野さんも、3つの問題を区別して考える、との方向に移られたかとお見受けいたしました。そ
もそも初めから、複数の問題を整理した上でどれを優先してどのように解決すべきか、という形で
開かれた議論をしていれば(優先されなくても固有の意味はなくならないでしょうが)、また違った
展開になっていたと想像します。築堤の緊急性については仰るとおりで、これ自体を否定する人は
誰もいないと思います。ただその方法について「心配」する声があると私には見えております。
 人命・財産に関わる深刻な問題を抱える平泉に対して、多くの方々が意見を出されるのは、「な
い」と断ずるには早く、より理想に近い解決策を、との望みを捨てきれないからだと思います。高
館から景観については、岩手県の殺風景大賞に選ばれたり、新聞記事になったりしているようです
が、町域とその周辺でも惜しむ声が少なからずあるのではないでしょうか。鹿野さんは「地元住民
がそれを強く望む以上、これ以上の議論には最早意味がないのではないか」と述べられました。こ
れに対し、私が書き込みしましたのは、一つの景観に町内外の人々が意見する「異常な」事実もま
た重く受け止めるべきかと思ったからです。
 
 

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誰のための道路? 投稿者:Takahashi  投稿日: 9月 2日(月)14時18分57秒

国道4号線と平行に走っているあの高速道路、この道はいったい何のための道路なのでしょうか?何のために莫大な費用をかけて作ったのでしょうか?
おそらく渋滞解消の為であったはずです。
それを活用せずに、また新たにバイパスを作らねばならないこと自体がおかしいのでは。
しかもそのバイパスでは、インターからもさらに多数の車両が流れ込んでくることで渋滞するのは必須であり、逃げ場のない膨大な数の車両が、合流地点でつまって逆行性に4号線も渋滞することになり、結局渋滞は解消されません。

ご存じかと思いますが、高額な高速道路料金を通行者が払うのは日本だけのようです。少なくとも、カナダ、ドイツ、フランス、イギリスでは違うようです。国定公園の有料道路の料金とて微々たるものでした。車両は一般道路から高速道路へ自由に出入りしていました。高速道路特定財源だか何だか知りませんが、日本の高速道路の実態は異常です。いったい誰のための道路なのでしょうか?
平泉周辺の渋滞も、高速料金の問題がなければ、高速をもっと活用できればより改善するのではないでしょうか。
そのために、史跡保護地域としての特別措置ということで、平泉を通過していく車両は、次の前沢インターまで無料で高速にのれるとかできれば。(平泉直前で、高速に連結する道を造れば、無料区間はさらに短くなり現実的になりますが。)
そうすれば、バイパスの必要性自体、柔軟に再考することが可能になると思いますが。

脱線したかも知れませんが、なぜ、わざわざ新たにバイパスを造るというような案が生じたかについての考察です。
 
 

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莫大な費用はかけないで 投稿者:平和の一庶民  投稿日: 9月 2日(月)12時14分38秒

私は来春、大学受験する娘をかかえ、必死のやりくりで生活をしているものですが、納税者と
しては莫大な費用はかけないでほしいと思います。
 
 

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それでは4号線の混雑は一層激化する?! 投稿者:佐藤  投稿日: 9月 2日(月)11時24分23秒

鹿野さん
お考えには賛成できないですね。これでは当初の渋滞緩和どころか、バイパスの為に返って渋滞がひどくなる可能性がありますね。しかも対岸の長島地域の人たちの通勤通学にかかる時間的負担と危険は想像しただけでも大変になるのではありませんか。

つまりあなた様の案では、まずバイパスから道の駅だか、水辺プラザですか、そこに入るために渋滞が生まれる。すると、当初バイパスとして構想されたものが、実はバイパスではなくなり、平泉観光の人たちの駐車場にいくための専用道路になりかねない。後の結果は歴然としている。通過者は、平泉バイパスを避けるようになり、一層4号線の混雑は激化するでしょう。

経済用語に「逆選択」という言葉があるそうですが、良かれと思って構想されたことが、まったく逆の結果を生むことだそうですが、まさに平泉バイパスは、このような結果になってしまうのではありませんか?

大体、「道の駅」だとか「水辺プラザ」って史跡の目と鼻の位置にそんなものを置くことこそ不遜ではないでしょうか。北上川を成型してまで、そのような施設をつくって、返って世界遺産の価値を落とし込める結果になるのは分かり切っている。

昨日、天野礼子氏が講演の中で、「平泉は北上川という掛け替えのない野生の川を持っている独特の景観をもっている。北上川の生態系を総合した形で、世界遺産の「文化遺産」での登録というよりは、「自然文化複合遺産」としての価値を十分持っているのだから、その辺りも考慮にいれても良いのでは」と言っておられた。

確かに日本には、世界遺産のうち、文化遺産と自然遺産に登録されたものばかりで、「自然文化複合遺産」登録された地域はないので、面白い提案ではないかと思った。それは周辺に棲息する鳥の種類だけでも、百数十種を数え、また川魚も豊富、海からスズキやボラまで遡上してくる川なのです。モズクガニだっている。こんな様々な生き物を育む川は、おそらく日本の川の中でも、北上川だけかも知れません。単なる清流というだけではなく、海の連なっていることを強く意識させる川なのです。自然文化複合遺産の価値は十分に備えている。

そのような稀少な川を堤防で大地と川をしきってしまったら、生態系はまったく狂ってしまう。そこで敢えて誤解を恐れずに言わせて貰えば、水害常襲地帯にある家屋を、安全な地域に移すようなことをすべきかもしれません。そうすることによって、本当の野生の川の北上川と古都平泉が初めて誰もが美しいと感じる世界中何処にもない景観が、現れてくるのではないでしょうか。日本中至るところに造られている駐車場の「道の駅」や「水辺プラザ」なんて平泉の「平準化」に繋がるような所作はしないが肝心だと思います。もし仮に駐車場を造るとしても、渋滞を招くバイパスとの直結は避けた方が良いと思いますが・・・。
 
 

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町中の交通量軽減案 投稿者:鹿野  投稿日: 9月 1日(日)21時58分49秒

橘次様
確かに、バイパスから町中へ観光で回る車が多くなれば問題ですね。これに関しては、私は、道の駅を無料駐車場として活用すればいいのではないかと考えます。車を道の駅に置き、徒歩、あるいは自転車(無料貸し出しのものを用意する)で町内遺跡を回ってもらう、ということです。町内の遺跡集中範囲はそれほど広くなく、無量光院や観自在王院、白山社などは駐車場もありません。観光するにも、車より自転車で回る方が都合がいいと思います。
 
 

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優先すべきこと 投稿者:鹿野  投稿日: 9月 1日(日)21時44分23秒

キヌガサ様
洪水の心配をなくす、渋滞を解消する、そして歴史的景観を保存する、この3つを全て実現する方法が、今現在あると思われますか?。北上川の氾濫をそのまま受け入れ、沿岸部を水の遊ぶ遊水池にする、確かに魅力的な論かもしれません。しかし、それを今現在の平泉で実行すれば、現実に多くの人間が泣くことになるのです。
清衡公の時代や、江戸時代とは、基本的に山の保水力が大きく劣るため、水害の頻度と被害の大きさは比べ物になりません。何も対策を講じなければ、まず低い地域である北上川東岸には毎年のように水がつき、比較的規模の大きな洪水時には、多くの低地が入り込んでいる北上川西岸も浸水します。今年の7月の水害では、平泉中の田はもちろん、多くの人家が浸水し、道路は何日も遮断されました。こうなれば、人命を失う危険もあります。
最近は各地で大きな水害が起きています。温暖化の影響か、昔と比べて雨の降り方が違い、異常な集中豪雨が多くなっているそうです。災害の危険は増しています。そして今も、地元の人間は災害の危険と隣り合わせの生活を送っているのです。躊躇している暇はありません。
歴史的景観は貴重なものです。しかし、高館と柳之御所遺跡も川の浸食を受けているという問題もあり、これが進めば、それ自体の消滅もあります。
地元では、現実に生きている人間が日々災害の危険にさらされています。対策の決断に一刻の猶予も許されない状況で、しかも住民の安全と財産を保障しつつ、景観を存続し得る代替案が何ひとつ出ていないとしたら、キヌガサさんはまず何をとるべきだとお考えになりますか?。
 
 

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町の計画は? 投稿者:橘次  投稿日: 8月31日(土)11時42分40秒

キヌガサさんの弁に、住民全員が世界遺産を望んでいるというわけではなく、むしろ一部の人たちが推進しているように思いあたります。しかし、町の方針が、世界遺産登録であるなら、堤防・バイパス工事を元計画のまま進めるのではなく、検討し直す必要があるのではないかというのが、このHPのねらいでもあるのではないでしょうか?
上下線4車線道路のバイパスから道の駅や、柳之御所へのアクセスがあれば、かなりのスペースをとってインターが必要となります。国史跡の脇にですよ。そして、柳之御所地域から中尊寺や毛越寺方面へ観光でまわろうかという人達も出るでしょう。彼らに加えて長島方面から、あるいは長島へいく生活道路でもある。現状とは違った状況が町中で生まれるのではないかと危惧するのです。
鹿野さま、どうでしょう、そのあたり町の計画はどのようになったいるのでしょうか?町は当然世界遺産登録を見据えた町のプランをもっているはずですよね。
 
 

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(無題) 投稿者:鹿野  投稿日: 8月30日(金)19時07分12秒

橘次様
平泉付近の4号線では頻繁に事故が起こっています。特に通学中の児童が事故に逢うケースが多く、大変危険です。これは、4号線の幅が狭く、交通量が多いこともさることながら、車のマナーの問題があると思います。
4号線に比べてバイパスは道路幅も広くなりますが、新高館橋との合流点では、やはり危険があると思います。この問題は、バイパスを走行する車に対して、注意を呼びかけるとともに、その付近での制限速度を抑える、などの対策が必要だと考えます。
また、長距離大型トラックなど、平泉を通過するだけの車が、バイパスから町中に入って
くるとはあまり思えませんが、平泉に来られる皆様は、是非、遺跡を愛護するのと同じ思いやりを持って、歩行者や自転車には十分ご注意頂きたいと思います。
 
 

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悲願 投稿者:キヌガサ  投稿日: 8月30日(金)18時29分49秒

私には、佐藤さんやTakahashiさん、紹介される先生方のお考えが、夢物語とは思えません。
高館からの景観を積極的になくしたいと思わないのであれば、
洪水の心配をなくす、渋滞を解消する、ともう一つ、歴史的景観を保存する、も悲願に加えて
いいかと存じます。
これらの実現に向けての議論には、大きな意味があると信じております。
 
 

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平泉の町中は・・・ 投稿者:橘次  投稿日: 8月29日(木)23時20分21秒

堤防・バイパス建設の是非について議論されているようですが、堤防・バイパス建設がされ、住民の悲願が成就したときの平泉を想像できますか?バイパスは平泉をノンストップで走るだけの道ではありません。柳之御所の近くには道の駅が造られ、水辺プラザとかも建設されるとか。当然、柳之御所へのアクセスも可能。そして新高館橋があの位置にある以上、平泉の町中へは現在使用されている中尊寺通りへぶつかる道路を通ることになるでしょう。その交通量はどれくらいと算出されているのでしょうか?ちなみにバイパスの計画図では、新高館橋から町中へ直線的に延びる道路が都市計画上設定されています。そこは伽羅御所跡です。バイパスから平泉へ入るアクセスはどうなのか?それが大変気にかかります。新高館橋は長島方面への生活道路であり、自転車で走る子供達もいるのでしょう。バイパスを建設することによって、4号線は交通量も減り、安心して歩いて史跡巡りができる町になるというふれこみもあります。本当に、そうなるのでしょうか?バイパス建設は国の仕事。アクセスは町の都市計画の問題と切り離されて、いざバイパスが完成したあかつきに、あちこちから車が出てくるなんてことになりはしないのですか?現在柳之御所から中尊寺通りへ出て、右に曲がれば無量光院の旧境内内です。現在史跡追加指定で住民移転の問題があがっている場所ではないのでしょうか?
町が、町中をこのように活用するというプランがないまま、工事を進めていてはつぎはぎだらけの町になるのではないでしょうか?いざ高い立派な橋ができても洪水では役に立たないとか、勾配が激しすぎるとかいうことを身にしみて感じてられる方は多いのではありませんか?町中へは生活者と観光客だけ入らせるというような4号線自体を迂回させるくらいの気合いをもって望まなければ、平泉は縦横無尽に道路が造られるターミナルになってしまいませんか?道路は造れば自然と交通量は増えるものです。

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総合的に考えて最善の道 投稿者:鹿野  投稿日: 8月29日(木)21時38分26秒

佐藤様
様々なご指摘、興味深く拝聴いたしました。しかし結局、北上川の治水に関して、佐藤さんは平泉は現状のままにしておくべきだと言われるのですね。(4号線を堤防にすることが出来ない理由は先日述べました)
何も手を加えないとすれば、平泉の人間は、この先ずっと水害に苦しみ続けるでしょう。私は、現在生きている人間の生命と財産を守るこの堤防工事は、全てに優先されるべきだと考えます。世界遺産に関連して言えば、この堤防は柳之御所遺跡、そして高館をも守るものです。柳之御所遺跡の東岸はすでに大きく川の侵食を受けており、高館も同様です。このままでは一層侵食が進むことは明らかです。遺跡が無くなっては、景観以前の問題だと思いますが。
また、平泉北上川東岸の第2遊水地、そして一関の狐禅寺付近の第1遊水地は、一際低い地域であり、これまでも洪水になれば真っ先に水をかぶってきました。遊水地といっても、佐藤さんの言うように水害になるのをそのままに見過ごすものではなく、遊水地内の田は周囲堤で守られます。まだ周囲堤が完成していない第2遊水地はここ数年毎年のように水がついていますが、第1遊水地ではすでにそれが完成し、築堤前と比べて治水に大きな効果が上がっています。平泉の第2遊水地も、一刻も早く築堤が完成することを望みます。
そして、何度か述べているように、これらの遊水地は、高館裾野を通る本堤防と一体のものです。柳之御所遺跡を保存するために、その部分のみ東に川岸を張り出し、地形を変えていますが、遊水地に関しては、自然地形の川の蛇行そのままに合わせて設定してあります。遊水地の周囲堤を越える洪水時(概ね10年に1度の規模以上)には、水の勢いを和らげて市街地に水流が直撃するのを避けるため、遊水地内に水を逃がします。この時最後の砦の役目を果たすのが本堤防であり、病院をはじめとする公共機関、道路、人家の集中する市街地を守るものです。ですから、大洪水時には、柳之御所の東岸部分をいくらか地形改変したために水の勢いが増したとしても、遊水地の水調節量でそれを解消することが出来ると考えます。また、同じくそれはこれより下流地域へ流れる水の速さに対しても、むしろ緩和の方向に作用するのではないでしょうか。大切なのは全体のバランスです。私は、この遊水地事業は、一関、平泉の北上川狭窄部、またそれ以下の地域の治水に関して、総合的に見て水害時の被害を大きく軽減し得るものだと考えています。何と言われようとも、これから先、洪水が来るたびに平泉が水害にあうのを黙って受け入れるわけにはいきません。北上川沿岸を自然に水の遊ぶ遊水池にすることは、現実問題として、不可能です。また、川の沿岸に町の機能がほぼ集中している平泉にとって、これらを全て移転するなどという案は、町を捨てろというに等しいものです。
次にバイパスに関してですが、4号線から高速道路に入る道はすでに平泉市街地から南北とも5km程度にあります。それでも今現在平泉の交通量が多いという実情から、やはりバイパスは必要です。そして、以前述べたように、この位置は今のルートが最も妥当と考えます。
これまで、平泉にとってこの堤防、バイパス工事がどうしても必要な理由、そしてそのルートが現在進行中のルート以外考えられないことを訴えて来ました。地元住民にとって、その完成は悲願です。当事者である地元住民がそれを強く望む以上、これ以上の議論には最早意味がないのではないかと考えています。
 
 

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清衡公の治水に習えば 2 投稿者:佐藤  投稿日: 8月28日(水)19時45分03秒

それが出来ない、山の保水力もまだだとしたら、我々はやはり、水と共存し、起きる洪水をやり過ごすような仕方で、やるしかないのではないでしょうか。かつてこの地に都を遷した清衡公は、北上川から溢れた水を猫間が淵や、鈴沢の池でしたか、そのようなものを巧みに活用して、ベニスとはひと味違う水に浮かぶ如き水中都市を造ったと思われます。そうだとしたら、その智慧をホンのちょっと受け継いで、水と共存する古都平泉を復活してこそ、世界遺産としての特異の価値が出てくるのではないでしょうか。鹿野さんの言うように平泉にとって、農業が大事なのは分かります。しかしもっと未来を見るならば、観光客が、本物の奥州に花開いた中世都市を見たくて、この地に来るのですから、この地に足を運ぶ人の気持ちというものを考察にいれない町づくりの発想は、内向きものになってしまうと思うのです。何も農業を捨てろなどと言っているのではありません。誤解しないでくださいね。

おそらく清衡公や秀衡公の時代にも、洪水が発生したことはままあったでしょう。きっと高館の前や柳の御所の下側からも、その時、水は都に入って来ていたでしょう。でもそれを受け止める池が次々とあってそれを受け止めていたのかもしれません。もちろん推測ですが、多くの池の遺構は、このようにして穿たれていたのではないでしょうか。中尊寺供養願文に「高きに依りては築山し、窪に就いては池を穿つ。龍虎は宜しきに協(かな)い、即ちこれ四神具足の地なり。」とありますよね。

何を悠長なことを、と思っている人がいるかもしれません。しかしいまエコロジーということを入れない発想では、世界遺産は愚か世界に通じる「美しい町平泉」と言われることはないと思います。しかもこの考えは何も私が考えたものでも新しいものでもないのです。900年も前に、初代の清衡公が、町づくりのマスタープラン、あるいは哲学として考えたことなんです。だからこそ平泉という町は素晴らしいと思うのです。

この発想を少し取り入れるだけで、まったく違った発想が出てくるように思えますがいかがですか。私は堤防を何処にするかと言えば、ひとつの方法として、4号線の高さを上げて、これを堤防として遊水池としての水の溜まるエリアを大きく確保してやることが必要だと考えています。
 
 

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清衡公の治水に習えば 1 投稿者:佐藤  投稿日: 8月28日(水)19時44分40秒

皆さま、示唆に富む自制の利いた書き込みを頂きまして感謝申し上げます。
是非このHP上では、多数少数に関わりなく、論議を重ねて参りたいと思いますのでこれからも忌憚なく思ったことをお書きいただきたいと思います。

さてTakahashiさま。
私は、当初から渋滞問題と堤防は分けて考えるべき、まったく別の問題と考えておりましたので、お説には賛成です。ご指摘の通り、現在のままであれば、まず中尊寺へ流れる地点で、まず新しい渋滞が生まれ、渋滞の解消になるとは当然思えません。更に先に行って四号線と合流する辺りでも渋滞が生まれ、東京の首都高速の合流地点の箱崎のように慢性渋滞地帯になってしまう可能性だってあります。皆さんがご承知のように渋滞の原因の多くは、長距離トラックなどが多く、これら平泉を素通りする車両については、これを高速で吸収する形にしなければ、目論見通りの渋滞解消とは行かない確立が高いと思われます。

聞くところによれば、高速の東北道を造る折にも、交通渋滞解消というものが掲げられて、泣く泣く敷地を手放したという地権者があったといいます。要するに当初の目的のように渋滞解消ができなかった訳で、またぞろ、バイパスを造るにあたって、交通渋滞解消とは、少し安易ではないでしょうか。以前どなたか、特別な車両に関して、平泉のような世界遺産の地域を素通りする車両に関して、この間の走行にかんして、特別料金にしてというようなアイデアを話された方があったと思いますが、とにかく、せっかくの高速が、がらがらで、無賃の四号ばかりが渋滞では、どうしようもないですからね。特に事故が発生した時には、まるで東京の環七と錯覚する事態も起こりますからね。

そして何よりも、渋滞解消の目的を果たせない可能性の高い堤防としての機能を付与された平泉バイパスですが、世界遺産登録の際のバッファゾーンとして極めて重要な景観である平泉館(柳の御所と高館)からの景観が、台無しになってしまうという最悪の結果を招来してしまうわけです。再三私は指摘してきましたが、これでは、平泉の世界遺産は、日光と同じく、寺社という極めて限定された狭いエリアになってしまう可能性が高いと思います。中尊寺の金色堂と経蔵の周辺、そして毛越寺の大泉が池、厳密に言えばこれだけになってしまうのではないですか。

今になって、道路で台無しになってしまうかもしれぬ柳の御所を史跡公園にしたところで、過去の図がないので、想像図しか書けない以上、御所を復元することは、返って遺跡としての価値を低めてしまうことにもなりかねません。周知のように世界遺産は、復元に当たっても材質から形状まで、厳密にチェックされるようですね。それは無量光院でも同じことが言えます。藤島亥治郎先生が復元予想図のようなものを描かれていますが、これを元にして、復元したところで、世界遺産登録としては、返ってマイナスになる可能性さえあります。むしろローマのフォロ・ロマーノのように廃墟公園として、礎石と中島の形状などをそのままに、平泉の場合は、むしろ田畑として、その後も活用されている姿を見せた方が世界遺産の遺跡としての点数は高いと思いますが、いかがでしょうか。要するに、要らぬ小細工は返って歴史的文化財としての価値を低めてしまうことになります。

そこで堤防の件に成るわけですが、現在の私からすると異常なほど高い堤防は、これまで4号線の向こうまで、水が逃げる形状で、遊水「池」の役割を果たしていた高館直下から衣川の対岸までの地帯から水の遊び場を、大幅に奪うことになって、狐禅寺から川崎村の狭窄部に水が達する速度を早くしてしまうことは明白です。それから高館直下の水の溜まるエリアを奪われた水流は、当然のように束稲山の下の地帯にその遊び場を求めるでしょうから今計画上で第二遊水地と言われる箇所が氾濫常襲地帯となるのではないでしょうか。。ですから砂鉄川の辺りから上流の東山町の辺りの洪水の危険性は、この堤防と北上川の直線化という一関遊水「地」計画によって飛躍的に高まる可能性が強いと思われます。私は、今回の六号台風の東山町の洪水被害を思って、ますます堤防を高くし、水の遊ぶ範囲が小さくなれば、もっと大規模な洪水が、あの狭窄部一体を襲うのではと懸念しています。ですから堤防を高くすれば、と推進派の人々が考えるのとは逆のことを思っているのです。もしも本気で、あの狭窄部のことを思い、百年に一度の洪水を想定するというならば、予算化は別にして、利根川の流れをふたつにして、太平洋に流した徳川家康のような大規模かつ根本的な治水工事こそが必要かもしれません。

つづく
 
 

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河岸段丘 投稿者:Takahashi  投稿日: 8月28日(水)10時08分01秒

新潟県津南地方に大規模な河岸段丘があります。
長い年月の間に、川はこれほどに流れを変え移動するものなのかと、その光景に自然の川の激しい生命力を見せつけられました。
平泉の地元の被害にあわれた方々には大変申し訳ない言い方ですが、論の上ですのでどうぞお許し下さい。今現在水が溢れる場所が、川自身が決め自然の遊水池なのではないかと感じられます。
これを無視して、川を削り人工的に流れを変えても、果たして予想通りに水は流れてくれるでしょうか?人間の決めた遊水池にちゃんとおさまってくれるでしょうか?
言うことをきかせるためにどんどん工事の規模を大きくしていくことになるでしょうか。川がずっと長い年月その枠内におさまっていてはくれないのではないか、あるいは川自体が滅ぶかのどちらかの結果になるのではと不安を感じます。
 
 
 
 

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理想の北上川 投稿者:バク  投稿日: 8月27日(火)23時28分30秒

議論の腰をおるかもしれません。理想的な北上川は、何にもはばからず氾濫するときは氾濫し自由に流れ、周囲には多くの動植物がすみ共生している状況でしょう。一大プロジェクトの一関遊水池計画にかかった、あるいはこれから予想される莫大なお金を、水害常襲地に土地を持つ方々の移転費用に当てる。アメリカのミシシッピ川のように。今の日本では夢物語でしょうか?
 
 

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(無題) 投稿者:鹿野  投稿日: 8月27日(火)22時59分31秒

Takahashi様
ご指摘になった堤防工事についての幾つかの疑問について、私なりに考えてみました。まず、この堤防の規模と構造についてですが、以前述べたように、平泉周辺の一関遊水地事業は、北上川の蛇行した自然地形に沿って、小堤防に囲まれた3つの遊水地を設定しています。堤防工事で地形を変えるのは、柳之御所の東辺部分の本堤防のみです。これは、遺跡を残すためにとった処置で、やむを得ないことだと考えます。この部分の地形変化でどの程度水質汚濁があるのか判りませんが、それ以下の下流において浄化出来ることを期待します。
また、小堤防は大きな洪水時には、逆に遊水地の中に水を逃がす構造になっており、それによって、水の勢いを和らげることが出来ます。この堤防構造ならば、それより下流の地域に対して、より大きな被害をもたらす可能性は少なく、大水害時にはむしろ一種の盾の役目を果たし得るのではないかと考えます。
最後に、問題のバイパスと併設される本堤防ですが、これは小堤防を越える水害時、最後の砦の役目を果たすもので、そのために高く設定されています。規模の基準になっているのは、過去の一関、平泉周辺の洪水で最も被害の大きかった昭和22年、23年のアイオン、カスリン台風時の水位です。ちなみに今年の7月に起こった水害は、この両水害に次ぐ史上3番目の規模のものでした。堤防の規模は決してむやみに高く設定されている訳ではないのです。地元住民にとっては、せっかく作る堤防なのだから、よりしっかりと、大洪水でも守ってくれるものをと望むのは当然ではないでしょうか。
 
 
 

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素人の推察 投稿者:浅野  投稿日: 8月27日(火)22時33分14秒

>私たちの地域も、バイパスではだめで、高速道路に連結させることで、やっと渋滞が改善しまし
>た。現実は、予想通りにはいかないことも多々あります。

仰る通り、人間のやることに絶対なんてことはありえません。
やってみなくてはわからないのは何でも同じです。しかし、
バイパスでかなりの渋滞が緩和されるようなきがします。
私が平泉で会った渋滞の経験(かなり少なくてもうしわけありませんが)
で言わせていただきますと、渋滞といっても地元の人たちが困る程度
でよそ者にしてみれば、30分も我慢すればOKくらいのもので
バイパス一本で充分なレベルのように思います。

また耐久性の問題を云々するなら、ちかよらんほうが良い建物はゴマンとありますよ。
まともな家屋におすまいであれば、表に出ないほうが賢明な可能性も。。。
 
 

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(無題) 投稿者:鹿野  投稿日: 8月27日(火)18時23分55秒

Takahashi様
誤解していた面があり、言い過ぎました。申し訳ありません。確かに世の中には、利益のみを目的に、大規模開発で自然を破壊している工事もありますね。そのような工事に対しては、意義を唱えてしかるべきです。ただ、平泉のバイパス、堤防工事は、実際にどうしても必要なものなのです。
高速道路への連結についてですが、現在、4号線から東北自動車道への入り口は南は一関、北は前沢にあります。平泉に立ち寄らず、急ぐ車はそちらに回っているのかもしれませんが、それでも4号線の交通量は多い(長距離大型トラックが多いようです)のです。この交通量を減らすには、やはりバイパスが必要だとと考えます。
 
 

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少数派の見解 投稿者:Takahashi  投稿日: 8月27日(火)17時13分06秒

民主主義では多数派意見に少数派は従うものだとは、極端だと思います。
薬害エイズ事件で、血液専門医が非加熱製剤の危険性を訴えたにもかかわらず、少数派意見として抹殺され、そのために多くの人々が犠牲になり苦しみました。現在の体制を、一度走り出した流れは変えるのが困難であろうという理由だけで、少数派意見を排除するのは、誤った方向へ邁進する危険性をはらんでいると思います。多数派が必ずしも正しいとは限りません。

少数派意見の中でもマイナーな意見を述べさせていただきます。
堤防=バイパスと考えている方々にはとんでもない意見に聞こえるかもしれませんが、
堤防からバイパスを切り離して述べさせていただきます。

私は今の平泉バイパスのやり方では、渋滞は解決しないと思います。私の住んでいる地域がそうでしたが、膨大な数の車両をそのままに、渋滞している道路から出て、渋滞している道路に戻すだけの路線では、合流地点で再び渋滞してしまい、渋滞は結局は改善されません。車両をより素早くはけるような大きな道路に逃がす必要があります。私は、それで高速に早めに連結してはどうかと述べたのです。ドレナージという考えです。
私たちの地域も、バイパスではだめで、高速道路に連結させることで、やっと渋滞が改善しました。現実は、予想通りにはいかないことも多々あります。

次にバイパスを兼ねた堤防について抱く不安です。
複数の機能を兼ねたものは、本体に支障をきたすと、複数の機能を同時に失うことになります。シンプルな方が対策も講じやすいものです。万一水害で堤防に故障があれば、道路機能もともにだめになります。
さらに、ハイウェイを兼ねた堤防の耐久性です。膨大な車両の重量と振動につねにさらされ、さらに洪水時におしよせてくる水量とに、果たしてどれぐらい耐えられるでしょうか。コンクリートや鉄柱は永久に品質が不変ではありませんし、経年変化による劣化もさらに加わります。劣化した堤防で果たして大洪水は防げるのでしょうか。

バイパスの振動により、北上川の水は濁り、今の美しい水流は失われるでしょうし、人工的に強引に流れを変えることも加わって水質汚濁もすすむことでしょう。植裁したからと、どうにでもなるものではありません。当然、稲にも影響すると思います。

繰り返しますが、バイパスに異をとなえたからといって
水害予防の堤防工事自体を否定しているのとは違います。堤防工事を個別に考えた方がよりよい方法を模索しやすいのではないかと考えます。その上で考察してみてはと提案しているのです。
水害予防のなんらかの堤防工事は必須ですが、地形を変形する程のそこまでの大規模工事が果たして必要なのか、それによるひずみで予想外の地に大水害がおきる可能性はどうかなどを考えています。

それから、このHPは、立場を越えて自由な発想で意見を出し合っていくためのHPではないのですか?
本質から逸れ、ことばの端々の揚げ足をとって反対者を罵倒するためのものではないと思いますが。
 
 
 

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管理人様へ 投稿者:M  投稿日: 8月27日(火)00時54分06秒

私は平泉が世界遺産暫定リストに登録されてすぐに平泉を訪問した者です。そしてその風景が世界遺産になるにはまだまだの状況であると感じました。国内の多くの世界遺産地域の景観は、外国の世界遺産都市の景観と比べ物にならないくらいひどいので、決して平泉のみを非難しているつもりはありませんが、しかし平泉歴史地域の現状はよくないです。

あなたは、柳の御所の保存運動によりバイパスルートが変更になり現在のような形になったと、いとも簡単に言っていますが、一度決まった計画やルートの工事変更手続きがいかに大変なものであるか知っているのですか? 私は世界遺産登録に関わらず柳の御所はどうしても残すべき場所であると考えておりますので、この計画変更をむしろよくやったと評価したいです。

ご指摘のように、堤防とバイパスの工事によって高館の景観は大きく変わってしまうでしょう。しかしもし堤防がなければ、周辺住民の生命財産が危機にさらされるばかりでなく、貴重な遺跡も破壊される不安もあります。管理人のこれまでの意見は、感情的には理解しますが、全く具体性がなく、主張の本質は「現状維持」であると判断しました。もし現在の状況に災害という重大な問題の存在を認識しておきながら、感情のみで平泉の景観問題を語るのはおかしいと思いませんか? 「幼稚」という表現が気に障るのでしたら、あなたの意見は「説得力に乏しい」のです。鹿野様の方がはるかに論理的です。だれも好き好んで堤防建設を希望しているのではないのです。それを行政が悪いだの、業者が悪いだの、何を根拠にそう申されるのですか。

また山野の保水力がなくなったために洪水の危険性が江戸時代より大きくなったことは確かでしょう。しかし江戸時代でも台風被害は深刻でした。むしろ今以上に危険だったでしょう。現在の土木技術をもってしても、広葉樹を河川流域のどこに、どのくらい植えれば何ミリの集中豪雨まで大丈夫か、といった不確定要素の多い問題は全く解明されていません。かっての四万十川は広大な広葉樹の森があってしかも河川周辺に人家が少なかったから、見かけ上、森が治水機能をうまく発揮したと見られているに過ぎません。一方、愛知県の濃尾平野は江戸時代にたえず洪水被害に遭いました。ですから平泉周辺の山林に治水機能を持たせるための努力は、治水事業の抜本的解決策にはならないのです。

それと立ち退き住民の件ですが、私は立ち退きは当然ではないかと考えております。それくらいすばらしい遺構だと考えております。天野礼子氏は、講演の中で「世界遺産になるから立ち退いてくれ、などというのは、日本だけ、」と申したそうですが、私は住民が立ち退かないために世界遺産になれない遺跡のほうがはるかに多くあると思います。また、文化財が完全に保護されることこそ世界遺産の大前提であると考えていますので、「そこに住む人がいて、遺跡があってこそ世界遺産」という天野礼子氏の真意は理解できませんでした。

最後に、民主主義の原点は、真摯で理性的な議論と討論と多数決であると考えますので、もし議論しても議事が平行線なら多数意見に少数意見は従うべきです。平泉の世界遺産化は賛成住民がほとんどで、反対する人はわずかです。住民の合意形成のないまま進められているという主張の方が私には信じられませんでした。
 
 

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過去の批判のみではありません 投稿者:Takahashi  投稿日: 8月26日(月)22時39分00秒

鹿野様、
私の論調が性急であり、過去形を用いすぎたために、少々誤解をなさっていると思います。
冷静に読んでいただければ、過去の工事のいきさつを批判だけしているわけではなく、それを教訓として今後の方向付けにつなげていければと言う願いの裏返しであることがおわかりいただけると思います。行政批判に偏向しているはではありません。
バイパス工事と堤防工事を分離すれば、高館周辺の保護にも水害防止にももっと良い解決方法の可能性が開けるのではないかという点を言いたかったのです。
私の現在住んでいる地も国道の渋滞には悩まされていました。バイパスだけではだめで、高速道路にも連結することで改善しました。急ぐ車は渋滞をさけて高速にのっています。

鹿野さんが現在の工事計画に賛成であるように、私は今の工事計画には異議を感じています。それぞれの偽りのない意見であると思います。
しかし、平泉の人々を尊重する気持ちは同じと思います。
 
 
 
 

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よそ者の感想 投稿者:浅野  投稿日: 8月26日(月)22時16分21秒

久しぶりに興味深く読ませていただきました。
鹿野さんの意見は非常にわかりやすく。説得力と当事者の迫力を感じます。
前向きに水害対策を行うつもりなら、過去のいきさつはさておき
現時点の回答としては堤防治水工事と平泉バイパス工事の同時実現が
金銭面でもっとも有利ではないのでしょうか。

水没するとダメになっちゃう稲を犠牲にして遊水池でございますなんてことは
ちょっと厳しい意見のように思います。
自分の仕事を数年に一度、無に帰させるような犯罪を犯しに来るやつがいるのに
防犯対策をしない人はいないでしょう。仮にそれを許さない法的仕組みがあるなら
それは悪法と言えるのでは?
ぜーんぶまるごと保証してもらえる仕組みが整ってるなら別ですがね。
それと、よそ者はカネ出して高速通りなさいというのはちょっと現実的ではないのではないでしょうか。

一年くらい前に、河北新報の投書欄に平泉の主婦のかたが、
「日に日に高くなる堤防を心強く見つめてます」と書かれていたのが印象的でした
地元のみなさんが水害の心配から解放されることをお祈り申し上げます。
 
 

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(無題) 投稿者:鹿野  投稿日: 8月26日(月)20時46分33秒

Takahashi様
一体、このHPの主旨は何ですか?ただやみくもに公共工事に対する批判をしたいだけのものなのですか?Takahashiさんの文には、利権とか、推進側の意図、とかいう言葉がよく出てきますね。確かに、これまでの治水に対する行政に問題があったことは確かかもしれません。しかし、今大切なのは、主張の立場は違っても、今後の平泉に最善の方法は何かを議論することのはずです。私はそう思ったからこの掲示板に投稿したのです。行政を、しかも過去のそれを批判するだけでは、何の前進もありません。議論の主旨がずれているのではありませんか?
そもそも、公共工事だろうが、民間工事だろうが、良いものは良く、悪いものは悪いと思います。人それぞれ、その工事がなされることで、何がどうなるのか、よく考えて自分の意見を決めればいいだけではないですか。
私は、過去の行政に必ずしも賛同しませんが、これからの平泉にとって、バイパス、堤防工事は総合的に考えて、良いことだと考えます。また、平泉に立ち寄らない人間は高速道路を使えば良い、という意見にも賛同しかねます。高速道路は料金がかかりますし、現在平泉を通過するだけのために4号線を通っている車が、そちらに回るとは思えません。それでは、4号線の混雑が少しも解決されないということになります。
 
 
 

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歴史と文化で今後平泉は発展するのでは?!2 投稿者:佐藤  投稿日: 8月26日(月)20時31分30秒

さて、あなた様は最後の処でこのように書いておられる。
「私も行ってみて、平泉に点在する民家にそのような努力の跡はありませんでした。所詮ただの田舎です。実際、現在の平泉の生活道路のほとんどは、義経や芭蕉の頃には存在しない道です。その批判はせず、新しくつくる道、それも防災を兼ねた必要な(私は必要と考えている)道のみ批判するのはなぜですか?」

ただの田舎とは、表現が少し乱暴な気がしますが、あなた様の認識なのでしょうか。歴史の町という平泉の文化的側面は見ないのでしょうか。文脈から察するにMさんあなた様は、平泉の方ではないようですが、努力とは、地元の皆さまが、景観を守る運動をしてこなかったことを言っておられるのでしょうか。今まで、何もしてきもせず、声も上げなかった者が何を今さら、公共工事が始まってから、何を言っていると言われているのでしょうか。

これまできっとあなた様もおそらくご存じなように、柳の御所の保存運動でも頑張って来られた方は大勢おりました。その中で、バイパスルートが変更になり、現在のような形になったことは、先刻承知なことと思いますが。ただ、前にあれだけ反対して、あのようにルートが変更になったのだから、あまり強くは言えないというのが、多くの人々の本音かもしれません。またルート変更により、代替え地(換地)を貰い補償も受けた手前強く言えないということもありますでしょう。そうした諸々のしがらみがあって、このようなことになっているのではないでしょうか。そして今又、世界遺産の史跡公園になるから、立ち退いてくれと言われている住民の人も居ると聞きます。

この前、天野礼子氏は、講演の中で、明確に、「世界遺産になるから立ち退いてくれ、などというのは、日本だけ、そこに住む人がいて、遺跡があってこそ世界遺産」と言われました。まったくその通りだと思います。まず世界遺産になるような町は、屋根の形状から高さ色、全体の統一性などそれは素晴らしく吟味しているものですが、平泉には景観条例はあっても、そこまで厳密に古都平泉の風情を守りまた作りだしていく文化は育っていません。万事そのようなマスタープランのない都市計画のために、住民の生活の質が著しく低下しているのを感じます。ご存じかもしれませんが、「そんなんだったら、平泉には世界遺産なんて要らない」と話される人を私は知っております。これから分かることは、工事から始まって世界遺産登録の推進にしても万事がとにかく住民の合意形成のないまま進められているところにこそ、問題の本質があるのではありませんか。はっきりと言わせていただければ、行政、寺、住民すべての方が、腹に何かを抱えながら、牽制し合っているそのように私には見えてなりません。その辺りを解消することが先決ではないでしょうか。この前の8月20日の町づくり講演会において、五十嵐敬喜法大教授は、声を大にして、「総ぐるみで議論を」という事を言われました。この際皆さん腹にあることを思いっきりぶちまけたらどうでしょう。民主主義の原点は、そこにあるのではありませんか。 
 
 

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歴史と文化で今後平泉は発展するのでは?!1 投稿者:佐藤  投稿日: 8月26日(月)20時26分30秒

この度Mさんより、「偏っている」「言葉使いが汚い」「幼稚」である。「だから開発者側の手玉にとられる」というご指摘を受けました。なるほどと思うこともあります。順を追って反論すれば、「偏っているのは」あなた様が、平泉バイパス推進派の意見をお持ちだという単純なポジションの問題であり、その批判は当たらないと思うのですがいかがでしょうか。

またこの掲示板を通じて、十分公平さは担保しており、真摯な批判であれば、いかなる発言も削除したり、隠蔽したりしてはおりません。私自身、最近の鹿野さんのご発言、じっと耳を傾けておりまして、根本にある日本の川の問題を真剣に勉強させていただいております。

次に「言葉が汚い」という問題ですが、このHPを主宰するに当たって、美しくない乱暴な言葉や相手を罵倒したような言葉使いについては、特に掲示板に書かれた場合は注意しておりまして、今後ともそのようなことがないように務めて参りたいと思っております。

次に「幼稚」ということでありますが、何をもって幼稚なのでしょうか。例えば、対案を出さないから「幼稚」ということでしょうか。幼稚で取るに足りないHPであれば、あなたさまの見識をもって、見ずに放置されればよろしいのではありますまいか。「だから推進派に手玉に取られる」ということでありますが、あなた様も推進派であられるのですから、ちょっと違いますよ、と言いたいと思います。というのは、我々は本質的に立場としては、少数派に過ぎず、HPという手段しか持ち得ないものですから、必死で写真を撮り、それを全国の人に見ていただき、活動しているのです。幸いこの写真の反響が多く、役所などにも投書などが多く届いているようですが、是非「過去ログ」(バックナンバー)を見ていただければ、代替え案とまでは行かないかも知れませんがアイデアはいっぱい出ております。またこれからも何らかの形で、我々のイメージで、平泉に住む人々も、また観光で来られる人々も、納得できるようなものを考え続けて参ります。
 
 
 
 

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書き込みありがとうございます 投稿者:管理人  投稿日: 8月26日(月)20時05分30秒

皆さま。貴重なご意見をお寄せいただきありがたく思います。

皆さまの主張は、異なっておるようにみえますが、決してすり合わせのできない不毛な論争であるとは思っていません。私どもは、当初は、「あの義経公と芭蕉のゆかりの地の高館の景観が失われてしまう」という単純な憤りから、全国の皆さまに、その現状を伝えて参りました。と同時に、単純な憤りの奥にある根本的な問題を精査しつつ、様々なご意見を伺いながら、議論を深化させて参ったと思っております。今後とも、反論する人物に対する敬意をもって、言葉使いには十分注意の上、活発な発言をしていただくように御願い申し上げます。特に、平泉の住民の皆さまや、観光客として何度か来られている皆さまの投稿歓迎いたします。
 
 

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バイパスと堤防治水工事の分離 投稿者:Takahashi  投稿日: 8月26日(月)19時28分07秒

鹿野さん、ご回答をありがとうございました。
私の申し上げたいことは、キヌガサさんのご指摘どおりです。バイパス(道路)を兼ねない堤防治水の考え方の方が柔軟かつ自然な発想が広がると思います。
1. 私はバイパス工事と堤防治水工事は分離すべき、いや最初から別々にすべき事項であったと考えます。同時に解決しようとすることで、むしろ事態が複雑化、混乱し進展を妨げているのです。
複数の地域にまたがる大工事、しかもバイパスも同時になど、様々な利権がからみ問題解決が長期化するのは当然です。
私は子供の頃、4 年間に2度も水害にあった加茂市にちょうどその頃住んでいました。その際の市の対応は迅速でした。翌年には、堤防工事が開始されました。市民と市を守るというただひとつの目的のためになされる工事は素早いものでした。この堤防工事に反対者などあり得なかったことでしょう。
平泉の場合も、真に町民と町を守るつもりなら、すぐに堤防に応急処置をとるべだったでしょう。何も地形を変えるほどの大型工事に始めからこだわる必要はなかったと思います。堤防を少しいじる程度ででも良かったのではと思います。応急の対策を講じておきながら、その間に本質的な問題点(例えば山の保水能力低下の問題、土砂流入による川床の上昇?etc.)の解決を計るということも可能であったはすです。
今まで費やしてきた数十年の間に。

2. 次にバイパスですが、もともと平泉に用のない人々が通過していくための道路ですから、国道に平行して走らせる必要などないでしょう。平泉に入る前にさっさと高速道路に連結する道路を造るのが一番容易な方法だと思います。

平泉の人々を水害から守ることに異を唱える人はおそらくいないと思います。バイパス工事とセットになっていることで、問題がいびつにねじれ、解決法をせばめていると考えます。
 
 
 

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(無題) 投稿者:キヌガサ  投稿日: 8月26日(月)12時17分22秒

Takahashi さんのご質問について私見。堤防治水工事と平泉バイパス工事を区別して考えた方が、
多様な解決策を思いつけるようになるのでは、との意味が含まれているような気がします。
 
 

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(無題) 投稿者:鹿野  投稿日: 8月26日(月)01時29分36秒

これまで主張してきたように、私は、平泉の実情から、問題の堤防、バイパス工事はやはりどうしても必要と考えます。北上川の狭窄部である一関、平泉付近は長い間水害に苦しめられ続けてきました。現在も、規模の大小はあれ水害の危険が毎年のようにあるのです。また、このような堤防を作らなければならない背景には、かつての乱開発による山の保水力の低下により、水害の被害の大きさ、頻度が自然にまかせた河川工法ではどうにもならない所まできているという本質的原因があります。問題は単純ではありません。
確かに高館の景観は、かつて芭蕉や西行などの旅人が愛でた、貴重な文化的、歴史的景観です。バイパスが北上川沿岸を衣川方面に延びて行く風景は、芭蕉が歌に詠んでいるそれとは違った姿になるでしょう。私達は、高館の景観という犠牲を忘れるべきではないと思いと思います。失われるそれに対して出来ることは、地元の人間はもちろん、高館を訪れる人も、この景観を見て、なぜそうせざるを得なかったのかを、考え続けることではないでしょうか。
 
 

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(無題) 投稿者:鹿野  投稿日: 8月25日(日)22時10分46秒

Takahasi様
私は、地元に生きる人間として、平泉にとって今何が一番大事なのかを自分なりに考え続けた結果、この堤防、バイパス工事がやはり早急に必要なものである、という結論に達しました。
私の考えとして、ご質問に答えさせて頂きます。まず、堤防とバイパスがなぜセットでなければならないのか、ですが、もし他に今のルートより本当に良い案があるのなら、無論ルートを変更すべきです。しかし、私には、今のルートが妥当であると考えます。バイパスルートに関して、この掲示板ではいくつかの案が出ているようですね。まず、北上川東岸に大きく迂回する案ですが、高館からそれが見える限り、それが景観に関わるのは同じです。私は、芭蕉が高館から眺め、愛でた風景は、高館直下よりむしろ、悠然と連なる束稲山をはじめとする山々、そしてその麓の田園風景ではなかったかと思います。その意味で、北上川東岸へのルート変更は、いたずらに距離を伸ばしただけで何のメリットも無いと考えます。
次に、逆に大きく西に迂回する案ですが、この場合少なくとも毛越寺より西にして、山
を通す形になります。これは、今すでに出来ているルートを根本から変更するのみならず、そのルートでの工事は大変な難工事となることが予想されます。しかも、確かにこの案では高館の景観にこそ影響ありませんが、それはそれで新たな環境破壊につながることは明らかです。このように考えると堤防と併設する、という今のルートが最も妥当、ということになります。
また、バイパスによる大気汚染、振動に関してですが、国道4号線の渋滞の状況から、それはバイパス建設に関係なく、すでにある問題です。4号線は道幅が狭く、混雑して、事故などあった時には緊急車両の移動さえ危険な程です。混雑の緩和のためにバイパスを作って、それで大気汚染、振動が増加する、というものでもないでしょう。その問題は、むしろバイパス沿いに多く木々を植えるとか、大きく考えれば自動車の構造自体を変革するなどの対策が必要だと思います。
最後に、何度も述べてきたように、平泉の実情から、堤防は是非とも必要なものです。そして堤防のルートも、私には今のルート以外考えられません。ご存知の通り堤防は、柳之御所跡を保存するために東に変更されました。柳之御所跡より西には、すぐに人家が多くあります。先日の佐藤さんの案では、4号線に堤防の役割を果たさせては、というものでしたが、4号線と北上川の間には、駅と鉄道があり、何より中尊寺通りに並ぶ商店街をはじめとして多くの人家があるのです。佐藤さんの案では、これらを堤防の外に出すということになりますね。堤防建設の第一義は、現実に生きている人間の生活を守ることにあります。このように考えて私は、堤防、バイパス建設に関して今のルートが最も妥当という結論に達しました。
高館の景観を失うということは、確かに大きな犠牲です。しかし、今現在の平泉に生きる人々を守るために、この工事はどうしてもやらなければならないことだと考えます。

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(無題) 投稿者:Takahashi  投稿日: 8月24日(土)19時32分36秒

鹿野さんに質問させていただきます。

1. なぜ、平泉の堤防治水工事と平泉バイパス工事がセットになっていなければいけないのでしょうか?
なぜ、バイパスが堤防を兼ねなければいけないのでしょうか?
バイパスは別の問題であり、治水工事とは関係ないと思いますが。
私は始めから平泉の関係者の方々のこの考え方が理解できません。
バイパスの経路は必ずしも現在計画中の場所でなければならない必然性はないと思います。
最初からこのふたつの工事を強引に連結したやり方に、推進側の意図がにおいます。
バイパスをどうしても現在の予定地に通さなければならない根拠は、治水堤防工事の理由からでは説明されていませんが。

2. また、現在計画中の堤防治水工事方法が、現実問題水害予防にどれほど有効かという保証はあるのですか?
莫大な費用と大きな犠牲をはらって行うにしては、工事推進者たちの理論を鵜呑みにしてはいないでしょうか。もっと本質的な解決すべき問題を見逃している可能性はありませんか。あくまでも大規模工事に固執する点にダム政策との類似点を見いだしませんか。
川は生き物ですから、人工的な強引なやり方によって川自体を殺すこと、自浄作用を奪い去ることも予想できます。
バイパスによる大気汚染、振動、北上川の水質汚濁、これらによる大切な稲の品質低下という結果もあり得るのでは。
 
 
 

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本質的な質問 投稿者:M  投稿日: 8月24日(土)19時00分03秒

このHPの管理人の主張は偏っていると感じます。また文章中に汚い発言が多い。主観と論理がごっちゃです。あまりそういう発言が目立つと誰もこのHPの主張に耳を傾けなくなる恐れがあります。一方的な意見は不愉快なので、もう少し理性的・分析的なHPに修正されることを希望します。

私の質問です。HP冒頭での管理人の主張である、
「平泉にとって高館は必要です。高館の景観は必要です。ですがバイパスは、ルートを再考するとか、知恵を出し合えば何とか解消する問題です」
についてです。

では管理人はどうすればいいとお考えですか? 今の日本人には政府や役所がするというだけで反対する人がいますが、もし本当に具体案があるのなら、反対の前にすることがいくらでもあるでしょう? 具体案を早急にこのHPに提示していただきたいと思います。でないと議論が前進しません。現在のこのHPの状況は批判ばかりで堂々めぐりです。これは管理人が代替案を人任せにしているからです。批判するなら工事推進派が納得するような代替案を出すべきです。たとえそれが最初は幼稚な主張でも、このBBSを読んだ来訪者がきっといい意見を教えたりして、徐々に現実的な意見に進化されてくるでしょう。それが議論というものです。一方的な反対意見だけ述べて人がついてくると考えるほうが甘い。おそらく私のような質問は今までにたくさん寄せられているのでしょうが、管理人自信が答えられないから、イライラを行政批判で紛らわせているのではないですか?

もう一つ質問です。私は、平泉の景観が破壊されるという皆様の主張にとても偽善を感じております。それはこういう世界遺産運動や堤防建設以前の皆様は、世界中の人が納得するくらいの景観遵守義務を実行されていたのでしょうか?? それを実行した上で今回の大規模土木工事に反対されているなら、筋は通ります。ですが私も行ってみて、平泉に点在する民家にそのような努力の跡はありませんでした。所詮ただの田舎です。実際、現在の平泉の生活道路のほとんどは、義経や芭蕉の頃には存在しない道です。その批判はせず、新しくつくる道、それも防災を兼ねた必要な(私は必要と考えている)道のみ批判するのはなぜですか? あなた方の意見が幼稚だから、開発者側の手玉にとられるのですよ。
 
 
 

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議論の整理 投稿者:鹿野  投稿日: 8月24日(土)03時34分17秒

議論が熱くなってきましたが、問題となっている堤防、及び平泉の治水事業について一度整理してみたいと思います。平泉周辺で行われている一関遊水地事業の計画では、一関、平泉の北上川狭窄部に第1から第3までの遊水地を作り、それぞれの遊水地の間に2段階の高さに別れた小堤防を築きます。これは、問題の本堤防に比べて低く、もしその堤防で防ぎ切れない洪水が来た時には、逆に遊水地に水を逃がすことで水の勢いを和らげることも出来るものです。その意味で、平泉の堤防事業によって最後まで守られるのは北上川西岸にある人家の密集する市街地と鉄道、国道、田、及び支流である衣川や太田川の両岸に広がる田です。北上川東岸は、束稲山の麓部分が第2遊水地ということになっています。治水事業に関しては、佐藤さんが言うように、川を高い堤防によって狭く真っ直ぐに押し込めるだけのものではないと思うのですが。
 
 

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(無題) 投稿者:鹿野  投稿日: 8月24日(土)00時42分43秒

佐藤様
「治水は治山である」という部分には同感です。戦後の高度経済成長期、東北においても山の乱開発、伐採が行われて来ました。保水力に優れた広葉樹が伐採され、代わりに成長の早い杉が隙間なく植えられ、山には光が通らず、植物の根が十分に張りめぐらされてはいません。江戸時代に比べて、山の保水力はすでに大きく劣ります。北上川に限らず、現代の川がしばしば大きな水害を引き起こすのは、過去の失政による人災である面が大きいのは確かです。しかし、これから山に広葉樹の森が再生し、十分な保水力が再生するには数十年という年月がかかります。また、北上川沿岸の全ての市町村でその努力がなされなければなりません。それまでの長い年月、平泉の人間に対して「洪水と水害は違う、謙虚に耐えろ」と言われるのですか。
平泉は山が多く、川の沿岸の平坦部に田が集中しています。農業が主体の平泉にとって、北上川沿岸部は生命線ともいえます。その生命線に、北上川の氾濫による水害は容赦なく襲い掛かります。江戸時代と違って山に保水力が無い現代、水害の被害の大きさと頻度は比べ物にならず、水は稲の背を越えて場合によっては数日引きません。平泉で農業を営む多くの農家にとって、このような水害は何より恐ろしく、憎むべきものなのです。とても北上川沿岸を自然に水が遊ぶ氾濫源にする、などという余裕が無いのが現実です。私には、佐藤さんの理論は地元の現状に沿わない理想論と思わざるを得ません。
平泉でも、若者の農業離れが進んでいます。これからの平泉を担う青少年に、この先数十年、水害を甘んじて受け入れる、という負担を強いるのですか。農業は国の礎です。水害の問題だけではありませんが、安心して農業にいそしめる環境を作らなければ、平泉はもとより、日本の将来もありません。全ての人間には、安定した生活を営む権利があります。平泉の人間も、財産、生命を脅かされない精神上の安定を含めて、それはあるのです。
もし、将来山に保水力が完全に復活すれば、堤防を破棄することも可能かもしれません。江戸時代のように、山の保水力が川の氾濫を調整する役割を担い、平泉の農家が水害に泣かず、逆にそれを恩恵として受け取れる日がくればいいと思います。しかし、現時点では現実に生きている人間の痛みを無視することは出来ません。私は、やはり平泉に堤防は必要であると考えます。
最後に、平泉では国指定史跡となった柳之御所遺跡の保存に関連して、バイパスのルートが変更されました。それによって川が真っ直ぐになり、そのことが他の狭窄部への水害に影響する、という可能性については確かにありえるかもしれません。これについては、平泉だけの問題では無く、北上川、支流を含めた沿岸地域が一体になって、出来るだけ水害の被害を少なくする、市町村が協力し合った治水が必要であると考えます。山の保水力を再生しつつ、現時点ではやはり狭窄部においては堤防を築く必要があるのではないでしょうか。
 
 

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バイパス問題の根源にあるもの 2 投稿者:佐藤弘弥  投稿日: 8月23日(金)22時28分03秒

さて、鹿野さんは「堤防は平泉町だけが作っているものではないし、平泉部分だけ低くするわけにもいかないと思います」という事を言われています。

今平泉の周辺にて、一関遊水地計画として行われている工事は、堤防を100年に一度の洪水にも耐えるということで、あのような30mもの高さの堤防を柳の御所から衣川過ぎて伸びる平泉バイパスとして、一石二鳥的に実現しようとする計画に見受けられます。それに付随して、北上川は、東に100mほど移動し、しかも屈曲は解かれ、真っ直ぐな形状になされつつあります。すると素人目にも浮かぶことは、今回の6号台風で、甚大な被害を受けた川崎村の狭窄部に対して更に早いスピードで、川の水が流れていくことになりますね。

要するに平泉バイパス工事は、6号台風のような集中豪雨があった場合は、今回の被害以上の水害を被る危険が増大しているということにはなりませんか。敢えて言わせていただければ、モグラたたきのように、平泉バイパス工事が、狭窄部の新たな危険性を生んでいるとは言えないでしょうか。今回の6号台風の教訓をくみ取ると言えば、私はやはり、時間は掛かるかも知れないけれども、川の両岸に遊びを造り、平泉でいうならば、高館直下のあの辺りは、やはり、雨が降ったならば、自然にそこに水がたまり、やがて流れて行くような遊水「池」にすべきだと思うのです。これは何も堤防を造るなと言っているのではなりません。4号線の流れに沿って、四号線の道路の高さはある程度確保されなければならないと思います。それが堤防の役割を果たすことになるような設計になればと思いますがいかがでしょう。とにかく、狭窄部への前線としての平泉周辺の川辺に遊びがなく、早く狭窄部に水が到達するようなものではかえって、危険が増大することは明白であると思うのです。

人間は自然を征服することなど、不可能です。自然の一部をほんのちょっと借りて、生涯を送る。そのように謙虚になって考えることが大切ではないでしょうか。
 
 

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バイパス問題の根源にあるもの 1 投稿者:佐藤弘弥  投稿日: 8月23日(金)22時13分57秒

鹿野さま

ご自身のお立場でのご発言と感慨深く拝見いたしました。改めて現在の平泉の置かれている難しい問題の根源に「川」あるいは「治水」という問題が横たわっていることを強く感じました。その意味で、あなた様の「理想論では済まないシビアな問題」というご指摘肝に銘じつつ反論をさせていただきたいと思います。

さて今年の7月に来襲した6号台風による被害は、本当に予想を越える凄まじいもので、被害に遭われた皆さまには大変なことだったと思います。特に砂鉄川の逆流により、70億円を越す甚大な水害に遭われた東山町の皆さまには、心からお見舞いの言葉を申し上げたいと思います。平泉の方でも、衣川と4号線が交錯する地点で氾濫が起こり、しばらく交通が遮断するほど大変な状態だったことは承知いたしております。

北上川の狭窄部に注ぐ支流の砂鉄川の逆流は、今に始まったことではありませんが、これに対して、先日8月20日の平泉郷土館において、行われた「美しい町の哲学から見た古都平泉」五十嵐敬喜法大教授勉強会において、ご一緒に来られた天野礼子氏が注目の発言をされました。(氏は周知のように、かの開高健氏の弟子で、世界中の川を歩き、また川を巡る環境問題に造形の深い社会運動家であります)

その発言は、私の記憶違いでなければ、こんなものでした。
「江戸期において、北上川の狭窄部をそのままにしたのは、実は肥沃な水を、砂鉄川の上流に供給し、良い米を収穫するための方法ではなかったのか」なるほど、と思いました。目から鱗が落ちたような気がしました。

我々の先輩たちは、洪水と水害を分けて考えて、洪水を土地の肥やしとし、また一方では水害をやり過ごす術を知っていたのではないでしょうか。つまりは、先の天野氏の発言が事実であるとすれば、先人たちは、砂鉄川の逆流を利用していたということになりましょうか。

周知のようにこと治水において、江戸期、仙台藩は徹底したことを実行しました。古川から栗原のような平坦地域においては、鳴瀬川や迫川のような、洪水常襲地帯を見事な米所に変えました。また収穫した米を運ぶための運河も造成しました。そんな治水の優れた土木技術をもった人々が放置した狭窄部の存在はそれなりの考えがあってそうなったということになりましょうか。その結果、大都会江戸の米の過半数は、仙台藩の米と言われるようなものになったのでした。うまい米の獲れる所は、概ね洪水が肥沃な土を運ぶ洪水常襲地帯に形成される傾向にあります。これはササニシキに対抗するコシヒカリを生んだ新潟でも言えることだと思います。

結局、理想論に聞こえるかもしれませんが、治水の根本は、河村瑞軒(1617-1699:江戸初期の商人)の言うように「治水は治山にあり」ということになるのではないでしょうか。
河川工学の権威でおられる安藝皓一(あきこういち)先生も、その著「水害の日本」(昭和27年 岩波新書 青版 青-0104 絶版)の中で、このように話されています。

「災害を防ぐには、まず直接これから守るための河川工事が必要である。しかしこれだけでは目的は達せられない。一般に河川を堤防で囲もうということだけでも、よほど注意して川幅を定め、適当な流れを与えて下流へできるだけ土砂を流してしまうようにしないと、多くの場合、氾濫が堤防で止められる結果、土砂は河床に堆積しがちである。もしこれに上流から送られてくる土砂が増加したりすると川床は一層高くなりますます堤防を高くしなければならないことになる。(中略)これには何と言っても山に木を植えておくということが大切である。もちろん山の崩壊を防ぐ為には護岸や床固めを施すことも必要であり、土砂を貯溜するためのダムを造ることも大切である。しかし要は山を緑にしておくことである。」と。

つづく
 
 

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現実問題 投稿者:鹿野  投稿日: 8月22日(木)00時18分44秒

佐藤様
おっしゃる理論は、大変魅力的に聞こえます。しかし、やはり私には対岸で語る机上の理論(すみません、怒らずに聞いて下さい)ではないかと思うのです。平泉に生きる人々の多くは農業によって生計を立てています。もし水害で稲が駄目になれば、それは即明日の暮らしに関わります。悠長な理想論では済まないシビアな問題です。
確かに、もし、山に保水力が十二分にあり、北上川の氾濫をある程度抑止し得る状態であれば、おっしゃるように自然の川に任せ、堤防を築く必要もあるいは無かったと思います。しかし、今現在の山はそれだけの保水力を持ちません。数年に一度は稲の収穫に差し支える程度の水害があるのです。また、堤防は平泉町だけが作っているものではないし、平泉部分だけ低くするわけにもいかないと思います。現実問題として、景観を取るか、人の生命、財産を守るかとなれば、やはり堤防は必要です。
 
 

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堤防は高ければそれで良いのか? 投稿者:佐藤弘弥  投稿日: 8月21日(水)22時31分24秒

鹿野さま

貴重な書き込みありがとうございました。

大きな誤解があるようなので反論させていただきます。地元の人間の生活を守るということは、その為に、水害に逢わないための堤防が早急に必要ということも判ります。いままで、あの一関遊水池計画で、2500億の資金が投入されていますが、果たして、現在の遊水池計画で、本当に水害のない平泉町が出来上がるのでしょうか。堤防を30mの高さにしたからといって、水害に遭わない補償はあるのでしょうか。

ヨーロッパ特にドイツやチェコでは水が猛威を奮っていますが、ついにはダムも決壊するような事態が起こっています。さてあれはやはり堤防が低すぎたせいでしょうか。だとすれば、ドイツの河川改修は、更に堤防を高くすることになるのでしょうか。先頃ドイツのシュウレイダー首相は発言したそうです。「あれは、温暖化問題であり、川を真っ直ぐにしてきたせいだ」と。既にアメリカでは、10年ほど前のミシシッピィー川の洪水被害の反省から、ダムや堤防で、水害を防ぐやり方から、元々あった自然の川に戻すことで、川の蛇行を取り戻すやり方に河川行政が転換されつつあるのです。

ドイツのライン下りをしたことがありますが、ドイツの川は、狭い領域に押し込められ、遊びがない状態で、河岸の左右には、道が通り、店が所狭しと軒を並べていました。確かに美しい印象は強いのですが、川そのものが、生きている感じはまったくしないのです。北上川は、ドイツの川とは違って、川の左右には田畑が、東西の山並みまで、づっと続いています。これは実に素晴らしい光景です。これは昔から、氾濫する川の豊かな栄養分を肥やしとして、むしろ恵みとして取り入れることによって、お米作りをした、名残ではないでしょうか。

水害を良しと言っているのではありません。もう少し、自然というものに敬意を払って、過去にどのように我々の祖先たちが川というものと関わって来たかを謙虚に学んでも良いのでないでしょうか。洪水に対して、堤防を高くする。湖岸工事によって、ますます水は狭い川幅の中に押し込められ、身動きが取れなくなってはしまわないでしょうか。

先のドイツの洪水被害に対して、「世界自然保護基金」(WWF)という非政府組織は、17日に「ダムや堤防によって川が狭く押し込められてしまった」という声明を発表しました。その対策として、?洪水を一時的にためる氾濫原の再生。?河川の水量調整河川沿岸国の協力強化。?温暖効果ガスを減らすための風力エネルギーなどの普及。などをサミットの場で至急話し合うべき。(朝日8.20)

要するに現在、平泉の周辺でやられている工事は、世界の河川対策から言えば、少し遅れているのではないでしょうか。私はは一関遊水「地」計画を、根本的に考え直して、先の「世界自然保護基金」が言っているように「氾濫原の再生」を促すべきだと思います。それは取りも直さず、遊水「池」を方々に再生するということに他なりません。

簡単言えば水と共存する都市「平泉」を取り戻せば良いと思うのですがどうでしょう。松尾芭蕉が来た平泉に来た時、確か大雨の翌日でした。高館の直下は、おそらく自然に水がたまり茫洋とした夏草に包まれていたことでしょう。その古き良き、あり方を取り戻した時、水の中に浮かぶように存在した清衡公の思いが、新しく現代に蘇るような気がするのです。今のように自然の川をオリに閉じこめるような敵対的な河川工法は、限界に来ていると思うのです。

けっして我々は、地元の住民の傷みを景観のために我慢しろ、などというつもりはありません。貴重な文化的歴史的景観と住民の住み心地が一致するようなマスタープランあるいはグランドデザインはないものかと考えているだけです。
 
 

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(無題) 投稿者:鹿野  投稿日: 8月20日(火)21時18分48秒

私は、地元の人間です。この掲示板の意見を見て感じることは、本当の意味で地元の人の身になって考えて述べられた意見がどれだけあるか、という悲しさです。つい先日、大雨にによる北上川の氾濫で平泉もまた大きな被害を受け、道路が寸断され、多くの田が水底に沈みました。水害の被害は現在の平泉に生きる人々に容赦なく降りかかります。一刻も早い堤防の完成が必要だと考えます。バイパスに関しても、国道4号線の慢性的な渋滞の実情から、やはり必要なものです。
高館の景観を失うことが、どうでもいいわけではありません。地元の人間こそ、それを失う寂しさは大きいのです。それでも、それを犠牲にしても守らなくてはならないのが今生きている人間の生活です。それを考えてみて欲しいと思います。わが身のこととして考えて、財産を失い、あるいは命を危険にさらされたとして、それでも高館の景観を守れ、と誰が言えますか。景観をそのままにして尚、地元住民の安全と財産の保障される具体的、現実的な方法がすぐに提示できないなら、今のルートの工事を速やかに進めるべきです。
高館の景観に関して、それを失う感傷を歌うことはかまいません。しかし、地元住民の痛みを知らずに、高館の景観を失うことを軽んじている、というような批判は、許されないと思います。
 
 
 

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藤里慈亮師に謹んで捧げます 投稿者:佐藤弘弥  投稿日: 8月 5日(月)21時32分11秒

高館において1999年8月「義経公810年祭鎮霊法要」に際し大変お世話になった藤里慈亮貫主に謹んで九首の歌を捧げます。

○蓮咲けば思い出すかなその人の「良き思い持て」との諭しの言葉
○団扇持つ手も止まりける記事のあり「藤里貫主逝き給うなり」と
○大乗の心を今に伝ゑつつ師は旅立ちぬ夏の盛りに
○忘れ得ぬ師の面影を高館に偲びて泣かむ判官像と
○声明を唱える貫主(ひと)の一途さを我も学ばむ灯明として
○どしゃ降りの中で御神楽じっと見る貫主(ひと)の人柄永久に忘れず
○法要の記念の「散華」取り出して今に偲ばむ810年祭を
○むらさきの菖蒲の花を奥州は浄土の池に根付かせし貫主(ひと)
○師の思い浄土の池のおちこちに花と咲きなむ菖蒲の花と

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平泉のふたりの巨星墜つ 投稿者:佐藤  投稿日: 8月 1日(木)20時10分03秒

平泉にとって、かけがえのない「二人の巨星が墜ちる」との知らせが届きました。ひとりは藤島亥治郎氏東大名誉教授。もうひとりは、毛越寺藤里慈亮貫主です。

藤島氏は盛岡生まれの日本建築史学の第一人者でした。戦後荒廃が進んでいた平泉の文化財をいち早く、保護しようと活動を始められ、中尊寺、毛越寺、柳の御所など埋もれた遺跡の数々を常にその先頭にたって調査研究を続けられ、まさに平泉にとっては大恩人のごとき人物でありました。藤島氏は、ご自宅の東京世田谷において亡くなられたました。103才の大往生でありました。すでに個人の遺言でありましょうか、身内での密葬は終えられ、10月5日に「送る会」が日本建築学会ホールで執り行われることになっているようです。ちなみに毛越寺の庭園の前に大きな伽藍の復元図が掲示されておりますが、あれは確か藤島氏の手になるものであったと思います。このような業績により、氏は町民の信頼を一身に集められ昭和43年には名誉町民に推挙されました。

一方、藤里貫主は、七月三十一日、肺炎にて、一関の磐井病院で亡くなられたました。享年八十六歳でありました。貫主は、荒廃していた毛越寺を何とかしようと、思い立たれ、若い頃には、国鉄職員として働かれたこともありました。戦後、藤里貫主は、藤島氏という最良のブレーンを得て、本堂の建設や、浄土庭園の整備で遣水を復元するなど、今日の毛越寺の繁栄の礎を築かれたのでありました。また貫主は、国鉄時代には菅原次男氏の大先輩で、さる平成11(1999)年の源義経公810年祭の際は、自ら義経堂の法要を取り仕切られ、南部神楽の奉納から直来が終わるまで、「皆さんは良いことをした。これからも良いことをする気持を持って励みなさい」と熱弁をふるわれました。バブル絶頂時代には、「皆さん、今お金があれば何でもできるという風潮があるが、いけません。もしもそんなお金の少しでも、出していただいたら、毛越寺の焼失した伽藍は、復元することだってできるんです。いいですか、常に良いことを心懸け、良い思いをもって、行動してくださいよ」と諭されたこともあります。

ここにお二人の素晴らしい生涯に敬意を表し、謹んでお悔やみを申し上げるとともに、お二人が歩み、そしてここまで立派に復元された平泉という奥州の古都を、未来に向けて、より良い形で発展継承させるという思いをもってその大きな御霊をお送りしたいと思います。

おそらく今頃は、西方浄土の美しい庭園の前に、お二人で立たれて、現世の思い出話に花が咲いていることでありましょう。お二方の御霊に心からのご冥福をお祈り申し上げます。
 
 
 
 

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愚かさや・・・ 投稿者:関東の旅人  投稿日: 6月25日(火)20時36分04秒

表紙の写真を拝見し、とても悲しい気分になりました。
これでは世界遺産の精神に逆行している行為ではないでしょうか?
「愚かさや」という歌の言葉が胸にしみます・・・。
もう、どうにもならないのですか?
 
 

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変貌する高館を悲しみて詠める歌七首 投稿者:佐藤  投稿日: 6月25日(火)10時54分00秒

変貌する高館を悲しみて詠める歌七首

高館の変貌振りを如何に観む茂れる青葉に慟哭の雨
愚かさや変貌せらる夏草の景勝の地は観るほど悲し
人の智慧愚かなるかな、かけかへの無き夢跡に砂利は積まれて
愚かさやかけかへのなき夢跡に砂利は積まれて夏草もなし
あるがまま目を背けずに愚かなるバイパス工事の顛末を観む
笑わすな世界遺産の名の下に裏で進みし破壊の企み
愚かさもここに極まりちらほらと景観破壊に諦念の声
 
 

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(無題) 投稿者:Takahashi  投稿日: 6月24日(月)16時30分23秒

高館に関するつたない和歌?を詠みました。

(義経公の)
 降る涙おおみずとなり押し流せ夏草枯らす害虫どもを

(高館のX年後の風景?)
 人知らずこのハイウエイの真下こそ夏草深き夢の跡なりしを
 
 

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高館の変貌と「馴れ」の問題 投稿者:佐藤  投稿日: 6月24日(月)15時46分23秒

高館の景観の変貌と「馴れ」の問題

人間にとって、何より怖ろしいのは「馴れ」という問題であろう。何故こんなことを思ったかと言えば、昨日平泉の高館に登り、日々あの松尾芭蕉が、「夢の跡」と詠嘆した北上川の夏草の川縁が壊されているのに、それが自分の中で、徐々に異様な変貌と思えなくなっているような気がして来たからに他ならない。怖ろしいことだ。これが「馴れ」というものであろうか。私の中で「馴れ」は、心のどこかに芽生えて来ているようだ。

「馴れ」とはいったい何であろう。初めての時には、心臓の鼓動が飛び出さんばかりに興奮するような事でも、「馴れれば、手のひらに止まった蚊を打つような気持で、人を殺せたりもするものさ。」そんなことを、旧日本軍兵士だった知り合いの老人から聞いた。

その人は、いつもは、どこにでもいるような人の良いおじいさんであるが、戦争の日々を語る時には、別人のようになる。目がらんらんと輝き、当時の戦争の記憶が脳裏に蘇って来るのだろう。空間の一点を見据えて、異様な体験を静かな声でしゃべり出すのだ。

その内容は、とてもここに書けるようなものではない。異常すぎる。しかしどんなに我々のような戦争を知らない世代にとっては異様に聞こえる話でも、現にこの人間の歴史の営みの中で間違いなく起こったことなのである。

いつしか戦争を起こした世代のほとんどは死んでしまった。更に知らずに戦争に巻き込まれた世代もまた、戦争について口をつぐんだまま、あの世に旅立っている。第二次大戦の禍害の記憶を、あれはでっち上げだとする人たちの一団がいる。この人たちの周囲では、被害の記憶だけが、蓄積され、戦争とは、いつの世にもあり、何も日本だけが悪いわけではない。という聞こえの良い論理がそよ風のように日本中を吹きまくっている。

これもまた「馴れ」だ。初めは「それはちょっと」と思えた論理でも、何度も聞かされいつの間にか、耳障りの良い小鳥のさえずりのように聞こえて来るのだ。「馴れ」。この「馴れ」の論理に巻き込まれない為には、きっちりとした自分なりの倫理観や正義感というものがいる。初めの時の、胸の鼓動を忘れずに、敢えて「馴れ」を拒絶する位の覚悟を持てば、魔のように忍び寄る「馴れ」という時の悪魔から自由になることができるのだろうか。

それにつけても、高館のかけがえのない景観は、どうなってしまうのか、不安と悲しみが、湧き上がってきてどうしようもない。
 
 

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高館景観が第一回岩手殺風景大賞に選ばれる!!  投稿者:佐藤  投稿日: 5月31日(金)13時07分28秒

先ほど、NPO、風景の生命(いのち)を守る地域づくりネットワーク事務局に
問い合わせをしたところ、「高館の景観」が第一回の「岩手殺風景大賞」に選ば
れた事実を確認いたしました。厳正な調査資料をもってなされた結果だとは思い
ますが、どこか複雑な気持ちが致します。

と、申しますのは、このような賞を授賞することは、高館の景観が失われつつある
との何よりの証明そのものだからです。ユネスコの世界遺産の趣旨も実は、失われ
て行く人類共通の財産としての景観をそのまま遺して行きたいということから始ま
ったのです。それがいつのまにか「ユネスコ世界遺産」という形でブランドイメー
ジ化し、それをネタに観光商売に結びつけようと奔走する連中の招致運動となって
いるのです。別に観光地として、多くの人がみえるのは悪いことではありません。
しかしユネスコ世界遺産の本来の趣旨を十二分に理解した上でなけらば、やはり平
泉のように、観光地としてバイパスが必要。遊歩道が必要。サイクリングロードが
必要。大きな道の駅が必要。となりがちであり、それはユネスコ精神とは違います
よ。と言いたくなるのです。何度も言っていますが、あの高館の景観は、義経・芭
蕉という人類の中でも類いまれな天才が関わり、そして何とも表しがたい独特の雰
囲気がある地域です。これを遺さずして、いったい何を残すというのでしょう。

ともかく今回の殺風景大賞受賞が、多くの人に、失われゆく「高館景観」の何たるか
を察知させる役割を果たし、現代に生きる我々が今何をすべきなのか。そのきっかけ
となりとなることを願うばかりです。

またこの問題が単なる平泉一地域の問題という次元ではなく、人間という存在の命の
尊厳まで遡るような大きな問題を孕んでいることを世間に問いかけることになること
を信じて疑いません。
 
 

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殺風景大賞の件 投稿者:管理人  投稿日: 5月31日(金)11時21分04秒

橘流 さまへ

ご指摘の「高館景観が第1回岩手殺風景大賞を受賞」とのお話ですが、
当方では、まだ確認できておりませんが、本当でしょうか。
もしも詳しいことが分かれば、お教えいただけますか?
ただ、ひとつ言葉使いには十分ご配慮願えますか。
今後とも、どうぞよろしく御願い致します。
 
 

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恥を知れ 投稿者:橘流  投稿日: 5月30日(木)19時31分34秒

恥を知れ
高館景観が第1回岩手殺風景大賞を受賞したそうな
恥を知れ
世界遺産
恥を知れ
今度は全国殺風景大賞受賞だ
明日は全国ネタだ
恥を知れ
 
 
 

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故郷の川に立ちアザマロとアテルイの御霊に捧げる歌  投稿者:佐藤  投稿日: 5月28日(火)17時43分41秒

アザマロやアテルイ見ゆる山の端に奥州人の雄姿果てなし
勇者とは己が欲をば虚しくし人の為とぞ奮い立つこと
この川をあの山こそを砦とし命燃やして散りし勇者よ
懐かしき故郷の川北上に生きる力を貰ふ気のする
夏川に羽根を傷めし白鳥のぷかりぷかりと漂ふもおかし
侘び寂びと知った口聞く者も見よ銀色に染む日高見の川
北上に光り揺らめき奥州の短き夏は今生まれ来し
 
 

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歴史観なき国土開発思想 投稿者:佐藤  投稿日: 5月16日(木)18時37分56秒

昨日、沖縄の歌手の喜納昌吉氏に会う機会があった。村山直儀氏の新作「永訣の月」を見るためにホテルの一室で、高館の景観について、喜納氏は「夢の跡と芭蕉が表現したのは流石だね。実に素晴らしい」と言われた。そこでその「夢の跡」が今や風前の灯火のような有様になっていることを「なんで」と言われた。そして「永訣の月」の月明かりに照らされた部分をしばらく眺められていた。

この景観についてどうするかの委員会が開かれているが、そこに歴史を研究する学者が入っていないことを話すと、即座に喜納氏は言われた。「日本のエコ(環境)運動の限界は、そこだね。歴史観がない。」それで私も「同じ事を菅原次男氏も、委員会レポートで『何故この委員会の中に、文化庁関係者が入っていないのか』という疑問を書いておられますよ」というと、納得されていた。

考えてみれば、日本の公共工事を推進するものにとっては、歴史的な遺跡や文化財は一種のタブーのようなイメージがあるかもしれない。平泉の場合もそうであった。平泉は掘れば必ず遺跡が出没するような歴史的な場所であり、その為に、10年ほど前に柳の御所に差し掛かった時点で、工事はストップとなり、計画変更を余儀なくされた。柳の御所は遺跡だから、そこを避けて少し東方にずらせば済むと工事を推進する建設省(現在の国土交通省)は単純に考えていた。そして、その為には大規模な浚渫工事によって川を100mばかり東に持っていくということになった。今度は大丈夫かと思ったら、今度は、景観問題が浮上した。はじめから歴史の研究者や文化庁の関係者を参加させて計画を練っていれば、こんなことにはならなかったはずだ。

すでに10年前に、柳の御所の遺跡保存だけではなく、歴史都市としての平泉を考えなければ、問題だ、と当時発掘に参加された研究者の方は指摘していた。当時の新聞記事を読めばそれは一目瞭然である。しかし何故か、計画の変更は歴史研究者や住民抜きで進められた。その結果、降って湧いたように高館景観問題が発生したのである。折から平泉がユネスコ世界遺産登録にノミネートされている中でもあり、そんな中で平泉第一の景勝地である高館の景観が完全に損なわれるならば、微妙に世界遺産登録の範囲は、中尊寺と毛越寺という限定された「日光」方式のような形になるか、取りやめになる可能性だって捨てきれないことになる。

要するにこれはエコ運動だけではなく、日本の国土開発計画の思想の中に、地方色を盛り込むとか固有の歴史観というものを付加する考え方が、なかったから起こっている弊害であろう。したがって公共事業そのものが、道路でも橋でも没個性の平板な姿にならざるを得なかったということであろう。

今日の朝日新聞には、与党が「自然再生推進法」というものを立案中との報道がなされた。「開発で損なわれた河川や干潟などの自然を元に戻す」という趣旨は素晴らしいが、それも公共事業であれば、壊すことで利益を得た事業主が、今度は再生を請け負って一儲けをするという自作自演劇のような雰囲気がしないでもない。ただもしもこれが正しいチェックを経てなされるというのであれば、是非考えるべきであろう。もちろんこれにも正しい歴史観をもった学者及び文化庁関係者がきっちりと計画当初から参加することが前提になることは言うまでもないことだ。義経終焉の地の高館は、幸い工事が中断している。今なら再生予算は、少なくて済む。英断を下すべき時ではないか。
 
 

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平泉が「21世紀・芭蕉のみち」の三十選に選ばれた意味?! 投稿者:佐藤  投稿日: 5月10日(金)20時13分25秒

このほど、平泉が、「日本旅のペンクラブ(辻真先代表会員)」主催の「21世紀・芭蕉のみち」の三十選に選ばれたようである。大変結構なことだとうれしく思う。

「奥の細道」を書いた芭蕉にとって、平泉とりわけその中でも源義経公終焉の地高館は真っ先に訪れた場所である。同クラブが、芭蕉が訪れた日本中の中から平泉を選んだことの意味を考えれば、失われゆく日本の古き良き景観を惜しみ、未来永劫伝えて行かねばならないとの思いを新たにさせられる。

やはりこの地域に関わるすべての人々は、この稀少な景観を保護整備をし、そのままありのままの姿で、未来の人々に古都平泉を渡すべきではないだろうか。

歩道やサイクリングロードは不要である。小さな草深き小道こそ、稀少なのだ。その小道を歩き、夏草の生い茂る高館こそ、遺すべきだ。少なくても、私は、この栄誉をそのように解釈したいと思う。



 

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2000.11.26 
2002.4.30 管理人