2003.7.1〜2004.3.4
増田知事の英断に期待したい!下 投稿者:佐藤 投稿日: 3月 4日(木)21時10分12秒
最後になりますが、私は岩手知事の増田さんの手腕と発想を高く買うものであります。2月のはじめにも、確か盛岡近郊の大型ダムの計画縮小
の提案を出されたと思いますが、このような知事がいる限り、私は、この平泉バイパスを縮小し、夏草の景観を取り戻す運動に希望を持っています。増田知事は、月刊「現代」の2002年12月号の「国の威圧には屈しない」(知事決起宣言 司会榊原英資氏)の中で、このように言われています。素晴らしく見識の有る発言なので紹介します。
「旧建設省出身の私が言うのもなんですが、(笑)、『国土の均衡ある発展』という理念一辺倒でいいのか。地方には、地方なりの、貨幣にできない豊かさがあるはずです。(中略)たとえば、治水事業に関して言えば、これまでは曲がりくねった川をまっすぐにしてコンクリートで固めて、海まで一気に流すというやり方をしてきた。しかし瀬や澱みがあるのが、本来の河川で、それを大事にするような河川事業があってもいいのではないか。2006年から人口も減少し始めるのですから、場合によっては、危険な地域から人間の方が撤退する、という考え方もある。また道路についても、目的地につくことだけが優先されてきましたが、昔ながらの曲がりくねった道の方が、風景も楽しめ、人の触れ合いも生まれ、商店街の活性化にもつながるかもしれない。これまでの「作る」ベクトルばかりではなく、自然に戻すために「壊す」公共事業も提起してみたいと思います」
とまあ、こんな具合です。おそらく、増田知事は、旧建設省の官僚だった経験があるからこそ、岩手という豊かな風土を活かしたマスタープランがあってもよい、と本気で思っていらっしゃるのでしょう。何しろ、役人というものは、ご自分の意に反した計画も前任者から引き継げば粛々と進めなければいけない。その重しが取れた知事に期待したいと思うのです。
ところで、最近、アウトドア・ライターの天野礼子さんとあって、こんな話をしました。欧米では、最近、作りかけの道路やダムなどを放置して、自然に戻すというようなやり方をしているというのです。詳しくは、天野さんのインタビューで、少しして紹介いたしますが、考えてみれば、今平泉バイパスは、新高館橋の所まで、完成しコンクリートが打たれてしましましたが、柳の御所から高館をかすめて衣川に至る「夏草の跡(夢の跡)」は、盛り土でコンクリートは打たれていません。ですから、もしも止めるなら、予算が少なくて済むタイミングは今しかないのです。増田知事の言うように危険な地域に家屋を持っている住民には、移転をしてもらう。この方がどれほど、コストが低く済むか。そして何よりも、景観を破壊する公共事業によって、世界遺産委員会のメンバーの心証も大いに上がるのではないでしょうか。今のままでは、おそらく、登録以前の段階で、クレームが付くと思います。世界遺産委員会は、世界遺産になってからも、その登録遺産の開発には、常に監視の目を向けており、当然クレームも付きます。観光という点で、考えれば、まず、私は、平泉という場所は、京都と違った意味での、本当に豊かさを持った「祈りの古都」だけに、観光資源の最大の資産を壊す平泉バイパスは、止めてもらわねばならぬと考えているのです。まとまりのつかぬ
お話になったかも知れませんが、今夜はこんな所で失礼申し上げます。
増田知事の英断に期待したい!上 投稿者:佐藤 投稿日: 3月 4日(木)21時09分43秒
明確な答えなどありませんが、鉄人28号さまのご質問を読んで、次のようなことが頭に浮かびました。ひとつは、現在衆議院議員の岩国さんが出雲市長をされていた時、開口一番に言われた言葉でした。「市は、出雲で一番のサービス企業にならなければいけない」そんな主旨だったと思います。
「企業」で有るからには、赤字を出さないようにしなければいけません。現在日本の大半の市町村は、大赤字を抱えて四苦八苦している。おそらく企業だったら、皆倒産でしょう。それが保っていられるのは、公的な機関だからでしょうか。どんなことがあっても、県や国が助けてくれる。ところが、国家財政が大変厳しくなって、簡単に助けることはできなくなってしまいました。国家財政のブラックボックスとも言える郵貯のフタを開けたら、それこそあるはずのものがない。結局、そこから市町村合併という問題が俎上にのって、否応なしで、全国が合併合併大合唱となる。日本で民主主義が定着しないのは、このムードに流されて、全てのものごとが、訳の分からないうちに進んで行くという現実ではないでしょうか。
私見では、日本の市町村が、このように大赤字を作る背景には、国だけが悪いのではなく、地方自身にも、岩国さんの言うような自立心がなく、国への依存心が強かったためだと思いますがいかがでしょう。
戦後、ずっと地方自治という言葉が叫ばれてきました。でも結局、地方自治は、かけ声ばかりでに終始してきました。そしてよく見ると、旧自治省(現総務省ですか)出身の知事や副知事が日本中にわんさか増えました。それに他の中央官庁出身の知事を数えたら、すごい数になります。私は、地方自治といいながら、実は中央官庁が地方のマスタープランまで口を挟んでくる過保護な日本的地方自治のシステムが限界点に達していると思うのです。
そこで、思い浮かぶのが、どんな姿の国ということになりますが、東京にばかり、人・物・金が集まるようなものでなく、たとえば、大分に湯布院町という小さな温泉町がありますが、あそこの「日本中にわが町の文化を発信してゆくぞ」という姿勢を見習う必要があると思いました。そこの一人の温泉のリーダーとお話しした折り、「大分と言えば、一村一品運動発祥の地ですが、知事さんは偉い人ですね」というと、平気な顔をして、「いや、あの人も、湯布院で我々がやっていることを、手本にしているわけです」と平然と言っておられたのにはびっくりしました。あの町では、平泉ほどの歴史もとりわけ凄い景観をもっている訳ではありません。住民の努力で、音楽祭を重ね、映画祭を重ね、文化人をどんどんと来てもらった。最初は、車代ほどのお金を包んでいたそうですが、今では、名だたる文化人が、友人を伴って、自分のお金で、音楽 祭や映画祭に来て、お金を落として行ってくれるようになった。またそのような人たちが、マスコミにタダで宣伝までするのです。これは住民が、手作りの努力で、温かい血の通った日本一の温泉にするという市民たちの強いポリシーがあってはじめて可能になったのだと思います。
つまり、平泉も、過去の歴史にだけ頼っていないで、文化を発信する何かを考えなければいけないと思うのです。それもプロのイベント企業などに発想を任せるのではなく、市民レベルの発想を活かすことが肝心です。少し前、平泉に歴史博物館を招致するという運動がありました。博物館とはなんでしょうか。それは過去の遺物を集めることであって、新しい文化を発信することではありません。おそらくそれを造っていたならば、ますます町の財政を逼迫させることになっていたでしょう。造った後の採算が計算できて、はじめてハコモノも生きてくる。ところが、ハコモノを造っても、どれほどの維持費が掛かるかの計算がないために、地方が造るこうしたハコモノはみんな市町村のお荷物になってしまっています。
では、平泉は何をやるか。それこそ、平泉が日本中に自信をもって発進できるもの。例えば、「奥の細道芭蕉俳句祭」でも「西行束稲山和歌大会」でも、全国の人々が関心を寄せて、その場に訪れたくなるような手作りの新しい文化の香りのするようなことを、市民サイドの発想で、はじめてみたらどうでしょうか。それもまずはプロに頼らずにまず、やってみることが必要であると思います。そしたら心ある文化人が「面白い。だけど見ていられない」と、それこそ手弁当で集まってくれるでしょう。
そこで、ふたつ目の答えになると思うのですが、奥州藤原時代には、なかったから、直ちに4号線や東北線を無くせというような無謀なことは言いませんし、言えません。景観の修復というものは、最盛期の形をそのまま、取り戻すのではなく、その後に住民が作りあげた風土や景観も大切に活かしながら、運んで行くものだと思います。
教えて下さい 投稿者:鉄人28号 投稿日: 3月 4日(木)18時52分29秒
佐藤様
初めて投稿します。楽しく読ませて頂いております。
そこで若干の質問があります。
1.「小さな町政を敷き、そこで平泉独自の美しい町を創ることは可能です。」
どのようにしたら実現出来るのか具体的に経済面についてのみ教えて下さい。
2.「水辺プラザや道の駅といった歴史的な背景もないごまかしのハコモノよりも、平泉のア イデンティティを感じされる景観の修復こそ、今
一番必要と思います。」
と述べられておりますが、この考えからすると現在の鉄道や国道4号線も清衡時代には無 かった物(歴史的な背景がない)ですので壊さねば
ならないのでしょうか。
以上2点ばかりお教え頂きたくお願い致します。
はじめまして、こんばんは。
皆さんの書き込みは、読ませて頂いております。
先週の木曜日、仕事が休みでしたので、1年ぶり位に平泉に行って参りました。
高館は2番目に立ち寄りました。
まずはじめに、毛越寺。平日の上に朝早く、参拝者は私一人だけ。まるで貸切りを
しているみたいで。おかげで(?)たっぷりと堪能してきました。
続いて高館。ところが、「冬季間休業中」の立て札が。
義経堂への参拝は出来ませんでした。『世界遺産へ』するには、ちょっとどうかな?
ただ、何度も来ている私には関係なく、とりあえず「平泉一」といわれる眺めを、
重機の音で当時を偲ぶ事は出来ませんでした。
松尾芭蕉が来ていたら、あの名句は詠めなかったでしょう。
眼下に流れる北上川の近くを重機が通り、工事のおじさんが地ならしの板で何回も
地面を叩く音が、コンマ5秒ほど遅く聞こえたのは、工事を快く思っていないからか?
ただ、地元住民としては長い間待ち望んでいた堤防と4号線渋滞をなくす工事…。
続いて中尊寺。
讃衡蔵はすっかり近代化。
昔のようにビニール袋に靴を入れ、袋を持ちながら見て歩いたのが懐かしい。
展示品数も減った様に感じました。
来年の大河「義経」の時もこのままなのだろうか?
岩手県一の観光地の将来が不安。
今回最大の収穫は毛越寺参拝の後にちょっと立ち寄った郷土館に展示
されていた。昭和20年頃の朝日新聞の記事。
毛越寺と観自在王院の遺跡を紹介したもの。藤島亥治郎氏の若かりし頃の
写真を見たこと(失言でした。)。
本当に大丈夫か。 投稿者:訪問者。 投稿日: 2月 6日(金)20時54分55秒
はじめまして。大堤防を拝見しましたが、正直に思いましたのは、
はたして、計画どうりに、洪水が防げるのかどうか、ということです。
つまり、平泉に洪水が押し寄せなくても、その下流地域にあるいは
上流地域に水が溢れ出すのではと。
それから堤防はずいぶんと大げさに見えてしまいます。はっきり
言えば、景観の観点からいえば、幻滅です。
。
「平泉」地名を遺すという提案賛成です!! 投稿者:清貧 投稿日: 1月26日(月)19時32分45秒
はじめまして。五十嵐教授のインタビュー拝見しました。とても身につまされました。何とかしなければと思います。日本人は、自分の心から疑ってみる必要があると痛感しました。実は私も相当美しいものを美しいと感じなくなっています。いつも白鳥をみているので、それが当たり
前のようになってしまう。都会から兄弟が帰って来て、「綺麗だね」と言われて、初めて自分の田舎が美しいものだと知った位です。教授の提
案に「平泉」という地名を遺すという提案がありましたが、賛成です。日本中から、消してはいけない地名というものは数多くあるとおもいますが、その中でも、平泉はトップの方にランクされる地名ではないでしょうか。残念ながら、私の町は、消えてしまうことになりました。自分のアイデンティティーが無くなる寂しさを感じますが、これも時流と諦めなければいけないのでしょうか。どこまでも市町村は、大きくならばければいけないのでしょうか。
一連の平泉開発工事は世界遺産の思想に反している!! 投稿者:佐藤 投稿日: 1月26日(月)15時39分24秒
前川 さん
こんにちわ。
五十嵐先生は、学生たちが「美」というものを感じる事の出来ない心に育っていると言われていますが、これは何も学生に限ったことではなく、日本人全体が、日本古来からの美の伝統のようなものに対して鈍感になりつつある情況を言われているようにも感じます。
今流行の言葉で言えば「バカの壁」でしょうか。すなわち「景観」のようなものに対するある種の「思考停止」が見られます。平泉の住民にこれを当てはめてみれば、考えれば、「苦しくなるだけだから、考えないようにする。見ないようにする。聞かないようにする。」という「三猿」を決め込んでしまっているということでしょうか。
五十嵐先生からヨーロッパで撮った写真を色々と拝見しましたが、建築物にしても、都市の佇まいもそれは実に美しいものでした。少なくても、平泉のようにこれから世界遺産に登録されようとする所が、開発の餌食のようになっている姿は、悲しみを飛び越えて、先生が言われたように「漫画チック」ですらあります。
何度も言うように、「ユネスコ世界遺産」の思想は、「開発による破壊から人類共通の遺産を守る」というものです。要するに平泉は、強烈な自己矛盾を抱えながら、「開発も欲しい。世界遺産も欲しい。」と言っているようなものです。本当に世界遺産が欲しい。必要であるならば、往時の平泉を彷彿とさせるような景観を取り戻す気持ちがまずなければいけないでしょう。どんなマスタープランをもって、清衡さんが、この都市を造ったのか。そのことを忘れた世界遺産登録運動は、最初から破綻していると言っても言い過ぎにはなりません。
前川さんは、平泉が「苑池都市」であったという説を主張され、注目されていますが、考古学の研究成果は、往時の平泉が、まるで水に浮かぶ水中都市の様相であったことを徐々に我々に教えているようにも感じます。
そんなことから、最近、私は決定的な矛盾に気付いたような気がしています。往時の平泉の池や淵の配置と全体の構造からみても、水を都市に招き入れ思想をもっていました。ところが、今平泉に行われていることは、まったくその逆のことで、水の遮断です。住民を水害から守るということが、もっともらしく喧伝され、万里の長城を凌ぐ規模の巨大な堤防がバイパス道路と一体になって建設されています。これは平泉の元々の建都の思想に反することです。つまり水を招きそれと共存する都市が平泉だったのが、いつの間にか、水を排除し、これを征服する思想で、新しい「平泉」が造られようとしています。
開発を優先するならば、私は、平泉は世界遺産になる資格はないし、自分から、明確に辞退するのが当然だと思いますが、いかがでしょう。バイパスに温泉付住宅、太田川の大規模河川改修、今始まった衣川河口付近の堤防のかさ上げ工事。など次々と強行される平泉再開発を「世界遺産になるために必要」と考えるならば、それはまったく逆のことをしているに過ぎません。水辺プラザや道の駅といった歴史的な背景もないごまかしのハコモノよりも、平泉のアイデンティティを感じされる景観の修復こそ、今一番必要と思います。これでは、平泉を訪れる観光客の足は、ますます遠のいてしまうでしょう。国土交通省が良かれと思ってやったことは、全て、世界遺産登録にとって、裏目に出るということになりますか・・・。
五十嵐教授のご意見を拝読して 投稿者:前川 投稿日: 1月24日(土)00時06分4秒
五十嵐教授のインタビューを拝読いたしました。現代っ子は日本の本当の美しさは知らないという教授の危惧には同感します。
2000年10月16日、私は大学教授や大学院生の友人らで高館に登り、あの景観破壊を目撃しました。帰京後、すぐに同行した友人に「私が最初に訪れたときに涙した場所です」とこのHPのことを報せたところ、その友人から「前川さんが涙した景色を見たかった」と返事がきました。彼女が生まれて初めて見た高館の景観は、すでに破壊されつつあった景観だったのです。そして今後、多くの人が見る景観は「文化的創造」とかいう耳障りの良いうたい文句で強行されている構造物でしかなくなる。誰がほんの5年前くらい前の景色を想像できようか。教授はヨーロッパの町と日本の町における「美」の違いは「自治」にあると指摘されていましたが、それを読んで、ほんの30年ほど前に日本に「都市論」ブームが起こったころ、「東京は都市ではない」という議論があったのを思いだしました。そのころの都市理論はマルクスやウェーバーが中心で、ヨーロッパの「自治都市」をそのまま日本にあてはめて考えていたのでした。ゆえに中世の後半期には例えば大阪の堺などは自治都市だけれども、古代には都市がなかったという話になり、また現在の大都市もまた都市ではないといわれたのです。
現代平泉の問題も 「自治都市」論に関係するんだなあと感心した次第です。教授が関心をもたれている「民主主義」。平泉に「民意」はあるのか?度重なる洪水問題が解消されれば、「民意」はどうなるのか?それでもバイパスは必要なのか?おそらく平泉だけの問題でなく、佐藤氏も指摘されるように、岩手県、あるいは東北全体のアイデンティティーに関わると、「民意」が自覚する必要があるのでしよう。バイパスの是非以外に議論されませんが、道の駅や水辺プラザの必要性などについても注視すべきです。またバイパスから平泉の町中に入る車に対する規制なども必要でしょうが、それらについての議論もいまのところみられません。合併問題があるからなどと逃げてもらっては困ります。事業は刻々と進行しているのですから。平泉には何か「閉塞感が漂っている」という話も聞きます。その閉塞感とは、外部の意見に耳を貸さないことから生じているように思いますが、いかがなものでしょうか?
さる1月14日、五十嵐敬喜法政大学にお時をいただき、平泉の景観についての見解をいただいて参りました。
昨年、教授は、現代都市研究の一環として、ヨーロッパを回って来られましたので、今回のインタビューでは、特に、日本と西洋の都市の違いを比較していただきました。日本人と西洋人の美意識の違いや、都市の景観に対する考え方など、考えさせられました。一番はっとしたのは、私が「ヨーロッパでは、一万以下の人口の町で、美しい町というものが、結構多いと思うのですが」と聞くと、「佐藤さん。小さくて美しい町 が多いのではなく、ヨーロッパでは、小さい町が美しい町なのです。何故なら、隅々まで、目が行き届くような自治をしているから」と言われた時でした。
日本では、合併というオカミの要請で、渋々、その方向に流れていますが、自分たちの町を自分たちで統治すると考えれば、まったく別の道が 開ける可能性があります。何かあると、国に頼る体質が日本の地方にはありますが、それこそ工夫をして、オカミに頼らなくても、経営できる町にすれば良いのですね。平泉の名を消していいのか、とも教授は言われました。歴史的な地名、何とも言えぬ懐かしさを持つ地名を消さず、それ遺す知恵はないものでしょうか。平泉という地名は、そこに住む人のアイデンティティだけではなく、東北全体のアイデンティティといえるものです。それを消して良いわけがありません。町として、平泉が自立できる道は必ずあると思います。合併だけが唯一の道と考えるのは、短絡です。小さな町政を敷き、そこで平泉独自の美しい町を創ることは可能です。
巨大な道路、橋を造り、あまたの遺跡を復元し、開発を積極的に行って、道の駅を造り、観光客に来て貰う。お金を落として貰う、その為に は、世界遺産にならなければ、というのは、まったくの自己矛盾です。
何故ならユネスコ世界遺産の思想は、開発の抑止を意図しているからです。ですから世界遺産に本当になりたいのならば、開発の思想は、ストップさせなければなりません。世界遺産の考え方は、開発に伴う人類の文化遺産の保全と救済ということなのですから。
教授から、真鶴町の景観条例成立の経緯もお伺いしました。しかし何故これまで、平泉には、景観条例がなかったのでしょう。おそらく、景観に対する無感覚と、開発神話が町政の中にも色濃く残っていたのでしょう。つまり景観条例があると、開発が抑止されるから、開発を優先する人にとっては景観条例は、握りつぶさなければだめなものでした。でも世界遺産になろうとする町が、あの悪名高き温泉付分譲地開発を防げなかったのは、世界遺産登録の中では大汚点ですね・・・。
Takahashi さま
藤沢周平の「蝉しぐれ」の世界いいですね。
古きよき日本人の豊かな人情と本当の意味での智慧がありますね。
平泉の景観だけではなく、日本の田舎の景観というものが、大変化を遂げさせられています。
田んぼだって、みんな真っ直ぐになって、まったく経済効率優先で、美しくない状態になってしまいました。
伊勢太郎 さま
衣川を桜の園にするという運動、是非進めてください。私も尽力惜しみません。
五十嵐敬喜最新インタビューURL
http://www.st.rim.or.jp/%7Esuccess/P_Igarasi_in.html
私の故郷は衣川です。このホームページー写真集26の衣川河口付近ーに載っている護岸、川幅拡張工事中の衣川の風景を見て、身を切られるような思いをしました。
衣川は私にとって、ー前項のTAKAHASHIさんの書かれているようなーなつかしい風景と自然のある心の拠り所です。それが、こんな形でずたずたにされている姿を目の当りにすると、膝がくずれるような喪失感を覚えます。こんな暴挙が平然と行われている現状は、近頃の陰惨な犯罪(特に地方での)の増加と無縁でないような気がします。拝金主義もわかりますが、立ち止まり、人がどういうときに優しい心になれるのか考えたいものです。
藤沢周平の「蝉しぐれ」を読みました。
驚いたことに、ここに描かれる自然や風景描写が実になつかしいのです。それもそのはず、作者は山形県鶴岡市の出身で、描かれているのは私が子供の頃見てきた祖父母の田舎とよく似た風景であったからです。主人公の父助左衛門は普請組という下級武士で、代官の不正防止、土木工事や農村の作付け調査などに携わっています。
暴風雨による川の氾濫の場面があります。この時、助左衛門は増水した川の堤を切り荒れ地に水を誘導して、下流の農地や民家、城下の町を救います。これです、これがこのHPで繰り返
し述べられている自然な治水のあり方だと思いました。なんというおおらかな方法でしょう。川の本来の姿を尊重し、自然をそこねず、共生しています。河川敷をつぶして川辺まで建物が立ち並ぶ人工過密な都市部では不可能なのかもしれませんが。日本の原風景がほとんど失われてしまっている現在、それを知らない世代も増えてきています。できればそういう方たちに読んでいただきたい時代小説と思いました。
二〇〇四年の平泉 投稿者:佐藤 投稿日: 1月 9日(金)11時15分6秒
皆さま。
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。
12月30日に晴天の平泉を歩きましたが、奥州も暖冬と言われておりますが、さすがに北上川を渡る風は耳が千切れるほど冷たいものでした。どうも、世界遺産というテーマが、全面に出ていて、肝心の現在の平泉の景観の問題が、議論されずに店ざらしになっているのを感じます。
町民としては、合併問題もあり、また柳の御所の周辺の住民にとっては、代替地への移転の件もあり、どなたも三猿(ミザル・イワザル・キカザル)で歯切れがすこぶる悪い昨今です。でもそんなことを余所に、平泉の景観破壊の平泉バイパス工事は、柳の御所から高館までほぼ終了してしまいました。
もう「夢の跡」も何もあったものではありません。この余りにも景観を無視した鈍感さで、一方では、「ユネスコ世界遺産」を叫んでいるのですから、丁度これは、タリバンの連中が、バーミアン遺跡を爆破しながら、「早くこれを世界遺産にしろ!!」と主張している笑えない「四コマ漫画」を目にしているような気さえしてきます。
代替え地に関しては、高館の麓にある田んぼが、住宅地に転用されて整備されているのを目の当たりにしました。この辺りも、丁度無量光院と高館の間ですから、掘れば何か出てくる可能性がありますが、どうなのでしょう。
それから衣川と北上川の交わる河口付近にもいきましたが、両岸とも、とても高い屏風のような護岸工事が進んでいて、その護岸には、テトラポッドのようなものが、野積みされていました。一部そのコンクリートがタテに敷き詰められてコンクリートの護岸が出来上がりつつありました。おそらくこの衣川も南の太田川のように、衣川という河を檻に閉じこめて暴れさせないような状況になるのでしょうか。考えてみれば、平泉の平地は、関山と束稲山という周辺を流れる北上川の河の領分を間借りして開いた文化です。それは清衡公がいわば神仏の御心に叶うとして、神仏にお願いして開発した土地です。それを現代の人間は、何を奢っているのか、その土地を私有し、やりたい放題に開発している。すでに太田川は、もはや水路になって、川とは言えなくなりました。太田川は、達谷窟の方まで、河床は、コンクリートであり、何か最近は、地元の声を聞いてか、達谷窟のある西光寺まで「世界遺産のコアゾーン」の候補に入れているそうですが、環境配慮の面から言えば、自然の川をあうことが、コンクリの水路化しているような所が、あれもこれもと、押し込むような形で、世界遺産になろうというのは、まったくおかしな 話です。
衣川もこんな川になってしまってはなりません。衣川村の人々も、世界遺産のチケットをちらつかされて、国土交通省の工事の餌食になっては、歴史文化財の消滅に繋がりかねませんので、是非とも注意していただきたいと思います。
さて、問題の金鶏山に対面する温泉付分譲住宅です。これはひどいものです。この地は、鈴懸の森という所で、遺跡もあるような聖地です。経塚も見つかる可能性があります。そして、毛越寺大泉が池の借景になっている山の裏に辺ります。山頂には、形の良い松が並んでいます。ふと私は思ったのですが、映画のセットで素晴らしい山があったと思ったら、実はハリボテで、裏には、人が住んでいた。そんな感じがしました。なぜこのような重要な歴史文化財とも言える地が、遊園地になって放置され、私有地ということで、開発許可が下りたのでしょうか。日本には、真の意味で「公共」という言葉がない気がしました。明らかな景観破壊、文化財の消滅を食い止める術がないのです。ここには歴史的景観という認識が欠如していた日本の立ち後れた文化政策があると思われます。
しかも、昨年、金鶏山も世界遺産のコアゾーンになるということが、文化審議会で承認されたばかりだったと思います。世界遺産になるトイ面で、山が傷跡のようにズタズタに削られて、分譲されているのです。こんなイメージの悪いことがあるでしょうか。景観に関する条例も策定しない平泉では、今後もこのような儲け第一主義の業者が、法の網の目を潜って、一儲けを企む可能性がないと言えるでしょうか。
ともかく、今平泉は、かつてのゴールドラッシュならぬ「ユネスコ世界遺産ラッシュ」でメチャクチャです。まさに開発の中で、猿年の平泉は、三猿を決め込んで、世界遺産の夢ばかりが語られているのです。
<温泉付分譲住宅のレポートと写真>
http://www.st.rim.or.jp/%7Esuccess/photo/takadati_photo24.html
(無題) 投稿者:Takahashi 投稿日:12月31日(水)16時14分53秒
管理人様、
お久しぶりです。
NHKだけでなく、JR新幹線にそなえつけの雑誌「トランヴェール(だったかな)」の夏の平泉特集号も同様でした。バイパス工事の光景はまった
くのせず、高館からの工事以前の風景のみを載せていました。こうやって現在の景観の状態を隠し認めようとしない態度こそ、バイパス工事で景観が破壊されてしまっている、今の状態では観光客を納得させられないと認めている証拠ではないでしょうか?
佐藤さんの「NHKの報道体質を批判する」に全く同感いたします。
「変わっていない」として映された高館からの景色に、工事中の様子がなかったので、着工以前の景観が映されたのか、あるいは「NHKアーカイブス」も再放送なのかと、勘違いしてしまいました。
昨晩十一時過ぎに友人よりメールで「『義経の道』がNHKで放映される」と教えられ、同番組を見ました。京都から平泉に逃れる道の話かと思って見たところ、違ったのですが、番組としては面白かったです。
NHKの報道体質を批判する!! 投稿者:佐藤 投稿日:12月29日(月)10時24分20秒
昨夜(2003.12.28)の深夜、「NHKアーカイブス」という番組で、26年前の「義経の道」という番組が再放送された。この番組は、史実から離れて、義経が文治5年閏四月30日に実は自害することなく弁慶らの郎等を伴って蝦夷地に逃れたという所謂「義経北行説」の道程を当時 (1977年)の平泉から遠野−宮古−三厩と辿る民間伝承の紹介であった。詩情に溢れたとても面白い映像であったと思う。
気になったのはここからだ。番組終了後に、現在の平泉の景色が紹介された。その時、アナウンサーは、「平泉は、今も当時と少しも変わって いない」と紹介し、映像は、高館から北上川を見る定番の高館の景観を映し出し、次に中尊寺の月見坂、金色堂の内陣と場面転換した。問題は、高館からの景観である。誰が行って見ても、高館からの景観は、余りにも変わってしまって、まったく過去の面影がない。それを北上川に思いっきりズームアップすることによって、現在工事中の平泉バイパスは意識的にフレームから外している。そして最後には「平泉は2007年に世界遺産登録を目指している」とまとめた。
その時私は、素直に思った。「今の平泉バイパス工事は、開発による世界遺産的価値の破壊行為である。そのことが問題にされて、世界遺産のノミネートから外れる可能性だってある」と。
さてドキュメンタリーとは、いったい何か。この事をNHKの当番組取材ディレクターに問いたい。ありのままの平泉の現実を観れば、「少しも変わっていない」はないだろう。誰が行っても、前に高館の景観を観た人ならば十中八九の人が、「随分変わった」というこの高館からの景観を、何故そのように紹介できるのか。二年ほど前にNHKが放送した「奥の細道を行く」という番組でも、今回と同じだった。確かにこの時は、奥の細道という芭蕉の足跡を追う番組の性格上仕方なかった面もあるが、世界を歩き通している森本哲郎氏であれば、もう少し平泉の現実 の問題点を指摘してもよかった。この時も、平泉第一の景勝地高館に付けられた「平泉バイパス」工事の醜い傷跡は伏せられた。
平泉では、開発によって、かつて美しいかった景観が傷つけられ、大きく変化している。誰が見ても明らかな悲しい現実を何故、少しでも紹介 しようとしないのか。NHKという巨大メディアの環境問題あるいは景観という問題に対する認識の欠如を指摘しないわけにはいかない。
「景観問題」の管理人の佐藤さんが提案している、衣川村の長者原から一首坂の古街道を桜並木にしようという発想に触れて、久しぶりに爽快
な気持ちになりました。こういう考えは本当に大切だと思います。管理人さん。ぜひ、やって見ましょう、、。どの季節に植えたらよいのかわかりませんが、今度平泉を旅するときには衣川に立ち寄って苗木を一本植えて来ようと思います。
わたしも驚きました. 投稿者:武井 投稿日:12月 9日(火)11時03分32秒
11月の連休に生まれて初めて新潟から岩手県にやってきました。高館は一度ぜひ訪れてみたかった場所でしたが上に上がって驚きました。そこで生活をしていない人間が口をはさむべきではないのでしょうがあまりにも期待との落差が大きくてしばらく言葉が出ませんでした。もう既に何とかはならないのでしょうね。
残念なことだ。 投稿者:鈴木 投稿日:12月 8日(月)12時57分21秒
今回の大堤防が目の前に立ちはだかるのを見て考えさせられたのは失礼な言い方かもしれないが平泉の町民の人たちにとって中尊寺を中心とする寺院史跡等は他山の石でどこか別の世界の問題であり自分たちの生活とはあまり関係のない事と捉えておられたに違いない。
景観というのはひじょうに重要な要素であり特に観光で食べている地方都市には死活問題になる。最近景観条例が法律化され個人で勝手に屋根の修理や壁の立替さえできない趨勢になってきている。 しかしどう考えても柳の御所のすぐ側を人工的なバイパスが通るのは美的感覚を疑いたくなる。私は柳の御所資料館に行ったのだがその多くのスペースは堤防建設の紹介コーナーになっているのに非常に驚いた。一関遊水地説明資料館と名前を変えたらどうなのだろうか。高舘にこれから登る人たちは目の前に排気ガスを撒いて疾走する自動車を見てあっけにとられるだろう。
もっと残念なのはおそらく多くの人たちがこの町は古い寺しかないので道路のひとつや二つ作ってもたいした事はないだろうなんの目立った反対もしなっかったことだ。
とにかく残念である。
いっそのこと、、、? 投稿者:匿名希望 投稿日:11月29日(土)09時11分22秒
このホームページの写真集20,21の項を見てがっかりしました。
そして、平泉にはもう観光客は戻って来ないのではという思いが、胸をかすめました。
ひどい事になっています。
いっそのこと、発想を変えて、これまで以上に別荘地、宅地造成を拡充するのはどうでしょうか?
規制緩和の時代です。駅前に温泉街をつく り、金鶏山にはカジノを建設するのです。
思い切って、ソープランドの誘致なども良いアイデアでしょう。そういえば、バイパスにはパチンコ屋がよく似合います。
高館から見る風景にパチンコ屋があったら、また一興です。
「平泉を世界遺産に、、!」このフレーズは似合いません。
「東北にラスベガスを、、、!」やはりこの文句の方が無理がなく自然で、しっくりと来るフレーズです。
この現実を余所に、3年前の暮れに降って湧いたように出てきた世界遺産登録ノミネートによって、「世界遺産ブーム」が平泉を席巻している
感がある。世界遺産登録のハードルはけっして低くない。900年の昔に造営された平泉が、いったいどれだけの価値ある都市であったか。理解している人間はどれほどいるのだろうか。残念ながら、「平泉バイパス」という旧態依然とした景観破壊の公共事業が、進められている現状を見るとき、そこには目先の損得勘定しかないように見える。まず平泉固有の景観を破壊し続けているこのことの意味を理解すべきだ。一方ではもっと多くの観光客を呼びたいと言いながら、一方では観光資源としての平泉固有の景観を破壊している現実を関係者は、いったいどのように思っているのか。お金を掛けた開発をすればどんどんと魅力の無い町になっているという現実を「外からの声」(観光客の声)によって素直
に聞き入れるべきではないのか。昨今では、あらゆる雑誌に掲載される平泉の景観は、昔の写真を使うか。さもなくば、平泉バイパスを意図的に切り取ってしまっている現実がある。このことの意味は、平泉が景観として魅力のない町になっている何よりの証拠ではないのか。
4年前に景観問題が、特に外部の声として巻き起こると、とってつけたように景観配慮のガス抜きの「提言」がなされ、今日もまた「平泉バイバス」工事は、続行されている。都市平泉の価値は、単なる観光資源としてあるのではない。初代清衡によって造営された都市平泉は、世界にも類いまれな都市としての世界的価値を持つものである。柳の御所から高館一帯の景観を破壊することは、そのまま都市平泉の思想を消滅させることであり、この景観を破壊しているところに、観光客の減少という原因の一端があることは明白であろう。
以前の高館の景観を知っている人は、今高館に登ったら、一様にがっかりするに違いない。同時に二度と見たいとは思わないであろう。平泉町 が、時の流れに押されて、国の政策を受け入れてゆく姿勢は、この景観問題も町村合併でもまったく同じスタンスと言ってよい。
現在の合併騒ぎは、地方財政の危機というよりは、国家財政の危機の反映に他ならない。これまで、中央集権型の杜撰(ずさん)な分配では回らなくなったから、地方市町村を統廃合し、大型の中核都市を作って予算を削ろうというのが、合併特例法(昭和40年)の真の目的ではないのか。そして村や町は無くして人口最低4万人ほどの市に移行させる。できれば30万ほどの中核都市をその中央に作る。そして特例法を受け入れた合併都市には、ご褒美があてがわれる。一番大きいのは5年間に渡る地方税が免除されるというものだ。また都市の建設整備にあたっては、10年間地方債を起債し利用できるというものなど諸々だ。
政府も、この合併推進にやっきだが、果たしてこのような、地方市町村の統廃合が、今後の日本という「国のかたち」を考えた場合、良き方向に日本人を導く政策となるだろうか。はなはだ疑問という他はない。日本という国は、古代から明治までは、概ね中国や朝鮮などの町作りをモデルとしてきた。そして長い年月の間に日本固有の美しい地方都市や田園風景を形成するに至ったのである。つづく
市町村合併の前に考えるべき事がある?!1 投稿者:佐藤 投稿日:10月 7日(火)14時17分01秒
平泉町は、今市町村合併という「国策」の圧力によって、上をしたへの大騒ぎだ。町長は、知事と国の意向を汲んで、一関を中核とする大型合併の流れ(一関地方任意合併協議会)に参加するといい、議会側が歴史的な経緯から衣川村との合併を優先すべきと譲らない。町が7月5から実施した町民の意向調査では、一関との合併推進が56%、衣川が25.5%と圧倒的に町長が主張する一関との合併を望む声が大きい。
それでも、意向調査は何らの法的な拘束力をもつものではない。方向の見えない合併方針に、この5日、町民の有志が、ついに、一関との合併を推進する直接請求する組織を設立することとなった。報道によれば、毛越寺レストハウスに350人の町民が集まったというから、この問題に対する盛り上がりの凄さが伺える。
町の行政サービスに直接関わることだから、町民の盛り上がりも分かる。でも何か大事な問題意識が欠落していないだろうか。それは、「一関か衣川か」という合併相手を論ずる前に、かつての黄金の都市「平泉」が、現在どのような状況に置かれているかという極めて当たり前の自己認識である。
今、平泉は、過去の栄光(京都に次ぐ黄金の都市平泉)というアイデンティテイを抱えつつも、現実には、過疎化の一途を辿っている。頼みの綱だった「黄金の都市平泉」というブランドも景気後退の煽りか、平泉を訪れる観光客は、年々減少の傾向が著しい。いったい何故そうなったのか。この冷厳な現実から、始めなければいけないのではないだろうか。
本当に平泉は、魅力のある個性在る平泉固有の町作りをしてきただろうか。そうは思わない。はっきり言わせて貰えば、やはり過去の平泉という遺産を売ることしか考えて来なかったのではないだろうか。現に今、一番大事にすべき平泉の景観を守る「景観条例」すらない有様だ。何か奥州藤原氏以外の歴史という以外に、新しい文化的活動をしているだろうか。例えば、日本でも有数の温泉地となった感のある大分の湯布院では、映画祭や音楽祭を計画し、沢山の文化人がそれこそ毎年ボランティアで集まってくるという。平泉と比べれば、湯布院町は、歴史の遺産などは無いに等しい。どうも平泉では、これまで過去の遺産にばかり頼りすぎているのではないだろうか。少し前に歴史博物館を誘致するという運動も、まったく自分たちの力で、この現状を打開するという主体的努力とは思えない。いつも中央政府に頼り、資金をあてにした「町おこ し」でしかない。つづく
五十嵐教授、佐藤弘弥両氏共著の小論を読んで納得がいきました。衣川を含む壮大な平泉の都市の成り立ちについてです。
あまりに強烈な「夏草や、、、」の印象がが小論の主張する清衡公の平和思想を煙に巻いてしまったと言ったら、天にいる芭蕉が口をへの字に
曲げるでしょうか?
平泉のバブル的建設物(熱狂的な平泉ファンの方々、すみません)に僕は予てから首をかしげていました。今でこそ風雪に洗われた枯淡で深い味わいのある中尊寺ですが、当時の視線で物申せば限りなく派手で庶民の度肝を抜いた空間であったはずです。おそらく多くの無邪気な庶民は大金持ちの道楽として喝采を送ったはずです。
実はこの私自身、なんとなくそう考えていました。冷や汗が流れる思いです。
「夏草や、、、」の俳句と共に中尊寺供養願文の意味を世の中に知らしめるべきです。
小論は非常に解りやすくこの都市に込められた清衡公の思いを伝えています。
もうすぐ平泉の美しい秋がやって来ます。中尊寺を訪れる前に小論に眼を通すのも一考と思います。
前川さんの文気骨のある良い主張だと思いました。特に首長の腹のくくりかたなのだとの断言。まさに私もそう思います。先日商用で中国景徳鎮を歩いてきました。バブル真っ盛りの中国。成長の先に我が祖国の破壊的な姿が見えるような気がしました。日本を筆頭にアジアは未熟だというのは周知の事ですが、平泉の公共事業からアジアを変たい。そんなことを思いながら帰国したしだいです。
前川さんがんばれ!
金鶏山の落日と高館からみた北上川・・・これは平泉町が世界遺産推進を世に訴えるポスターの上下にかかげた写真である。世界遺産推進とこれらの風景は実は対極にある。高館からみた北上川の風景は見慣れた対岸の高峰と手前の夏草生い茂る水辺のそれではなく、現在進められているバイパス・堤防工事部分を意識てきにトリミングしたもの。金鶏山の落日はおそらく合成だろう。
高館からみた平泉を代表とする景観がすでに損なわれてしまったのはこのHPにあるとおり。そして金鶏山周辺もまた恐ろしい景観破壊が進んでいる。このHPでも問題にあげた金鶏山裏の温泉付き別荘地だ。平泉対岸の長島からみたとき、平泉丘陵になにやら建設物が立ち並んでいるのが見えた。観光道路を通ると分譲地にはすでに数棟ほどの家が建ちあるいは建設中なのである。柳之御所から真西にみえる金鶏山と裏の聖地が、無量光院と一体化してみるべき金鶏山の裏手に宅地が出来上がってしまったのだ。これでは極楽浄土も何もあったものではない。町の人に尋ねると、「県の開発許可がおりたためどうにもならない」との回答。確かに今にいたってはどうすることもできないだろう。
町の強い要望でバイパス建設は押し進められ、岩手工事事務所や工事を行っている方々は町の人のためにがんばって仕事をしているにすぎない。町中での公共事業もそうだろう。世界遺産推進に取り組む人々も平泉を世界の平泉にするべく苦慮している。それぞれの立場にたてばそれぞれの大義名分があるのだ。しかしなぜかそれらがかみ合わない。個々がかってに平泉をいじくりまわしている。すべては県や町が平泉という 町のマスタープランを描かなかったための悲劇だ。町民はどうなのだろう。世界遺産になるために平泉がこれでいいわけがないと、心の中では思っているのではないか。もしかしたら世界遺産を進めている方々も・・・ それとも合併問題でそれどころではないか?世界遺産登録も合併問題もすべては町の、首長の腹のくくり方ではないか?
世界遺産推進を訴えるポスターに金鶏山と北上川を選んだのは、両者がいままでの毛越寺・中尊寺だけでない平泉の顔と認識したゆえなのか?それとも両者で行われている破壊行為をトリミングして世界遺産推進を進める意思表示なのか?人間の目はカメラのファインダーではない。人の視野から真実はのがれられないのだ。
夏の平泉 投稿者:伊勢太郎 投稿日: 8月10日(日)12時05分47秒
今から50数年前、敗戦下にあった日本を統治していた占領軍総司令官ダグラスマッカーサーは日本人の国民性をこう表した。「近代文明の尺
度で測れば我々は45歳で成熟した人間であるのに、日本人は12歳といったところである」1951年上院の聴聞会での発言である。それにしてもマッカーサーの功績は大きい。表現の自由、天皇の人間宣言、農地解放、普通選挙法の確立、など現在の日本の国の根幹を造った。同時に連合軍に統治されなかった日本を考えるとぞっとする。現在の北朝鮮のようなカルト国家になっていた可能性が十分にあったと思う
からである。
しかし、彼が本気で日本の民主主義を考えていたとしたら、取り返しのつかない大きなミスをした。天皇制はともかく明治以来の官僚制を温存したことである。これには様々な考察が加えられているが、結局は冒頭の彼の発言に帰結する。ー日本人は幼い。物事の善悪の区別さえ付けることができない子供みたいなものだ。多少の傷もあるのが世の常、、、。ー こんなふうに判断したのだろう。日本人としてくやしいと思うが、全面的に否定できないからますますくやしい。かくて、明治以来、いや江戸時代から続く官尊民卑の思想に裏付けられた官僚は巧妙で巨大な機構を作り上げた。まさに世界一優秀な官僚たちである。外部のチェックなど入る余地などまるでない。完璧で
強固な機構をつくった。だが、そこに腐臭を感じるのは私だけだろうか?平泉の破壊的な公共事業については何も云いたくはない。九州の有明海に莫大な費用をかけて作った水門とおなじ構造であるのは云うまでも無い。
平泉を世界遺産にするという。笑止である。まさにマッカーサーの言ったとおりである。ガキのたわごとだ。ローマでは遺跡保存のために莫大な予算を計上している。保存を優先するから道路を地下に埋めたり、高速道路はその効率を最大限に考慮した上で迂回させる。こういった発想を理解している、あるいは理解しようとする土壌は当局にはない。全くない。
平泉を含めて、今日本で行われているこういった所業は確実に西欧先進国とは逆である。マッカーサーの発言からもう半世紀が経つ。自虐的なことは言いたくないが、どれだけ我々は大人になったのだろうか? 夏の平泉を歩いてそう思った。
河北新報の7月27日の社説に思う 下 投稿者:佐藤 投稿日: 7月29日(火)16時53分57秒
一見、正論に聞こえるかもしれない。しかしもう一歩の踏み込みが足りないのは明らかだ。この社説を書いた論説委員には失礼だが、「実際最近の平泉を見て書いているのか」、と言いたい。この論説委員が誰かは知るよしもないが、おそらく、現地には行かず、洪水のように溢れる平泉世界遺産報道の記事を読んで書いているのであろう。それは余りに無責任ではないか。新聞記者は、取材が命だ。少なくても、自分の目で、自分の足で問題の本質がどこにあるのかを、見て書いてもらいたい。耳障りの声は、いらぬ。世間の目をペンの力で醒ますのが、新聞の命ではないのか。
今、平泉という過疎の町で行われていることは、平泉バイパス工事に名を借りた景観破壊である。この地が世界遺産にノミネートされたのは三年前の暮れであったが、その時点での平泉バイパス建設の大義名分は、慢性的な国道4号線の渋滞解消と恒常的に起こっている洪水被害を防ぐというものであった。元々、このバイパス工事は、柳の御所の真上を通るということで、各方面から懸念の声が上がって、大問題となり、設計変更がなされて、真上を通過する案から掠めて通るというものに設計変更がなされた経緯がある。
しかしどんなに設計変更されても、バイパスの高さが十数m、幅が20数mで、柳の御所から束稲山を望む平泉の代表的な景観や、松尾芭蕉が 「夏草や兵どもが夢の跡」と詠嘆した平泉第一の景勝地高館からの景観を台無しにしてしまうことに変わりはない。いったい平泉という過疎の町が、このバイパスの代償として得るものは、何なのか。四号線の渋滞解消と言ったところで、その横に敷設されている東北自動車道は、いつも空いているのだ。後は堤防をかさ上げすることで、実現する洪水被害からの開放か。しかしこれだって、今後は、さらに下流の狭窄部(きょうさくぶ)の堤防をかさ上げしないことには、洪水問題の解決にはならない。すると平泉バイパスの対価としては、埋め立てた北上川の辺に建つ道の駅や水辺プラザのモダンな建物しかないことになる。
そして景観が破壊された跡に聳える現代の万里の長城の如きバイパスは、その後、国土交通省の計らいで出来た景観委員会なる組織の提言を入れて、バイパスののり面の植生や道路の高さを堤防より下げるなどの細工がなされることになった、しかし平泉の大切な景観が破壊されることに変わりはない。
柳の御所や無量光院にかけては、この一帯に住む住民を移転させて、史跡公園にする計画だと聞く。史跡公園の中に、無量光院の再建する計画があるかどうかは、これまで世界遺産のバッファゾーンと見なされていたが、北上川を段丘沿いに建つ柳の御所や高館周辺は、単なるバッファゾーンではない。まして世界遺産になるために住民を移転させるような例は、世界でも聞いた例しがないと社会運動家の天野礼子氏も言ってい た。世界遺産とは、人間の営みそのものも当然のように含まれるのだ。だから無量光院であれば、かつてそこに宇治の平等院鳳凰堂より一回り大きな鶴翼の阿弥陀堂が聳えていたと感じさせる礎石と中島が田野の畦となってそのままあることが、世界遺産そのものなのだ。確か「開発や戦争のようなもので失われる人類共通の遺産を保護する云々」と世界遺産条約には記している。先頃、アフガンのバーミヤン遺跡などが、急きょ世界遺産に登録されたが、平泉も同じ意味で、これ以上の「和製タリバン」(原理主義者)に遺跡や歴史的文化景観が破壊されないために、世界遺産委員は、平泉の失われつつある景観をつぶさに見て歩くべきだ。
世界遺産への登録という耳障りの良い響きが続く裏で、世界遺産の理念とは、まったくかけ離れたことが今日も粛々と現実に続行されている。それはもちろん平泉バイパス工事のことだ。今や柳の御所の辺りは、どろんこの世界が果てしなく拡がっている。いったいこの平泉のどこに世界遺産に相応しい精神があるのだと思いたくなる・・・。
世の新聞社は、河北新報に限らずに、この現実をもっと世の中に正しく伝えるべきだと思う。残念だが、現実を観ている者として、先の社説は、やはりもう一歩の踏み込みが足りないというしかない。現在平泉で行われている「平泉バイパス」は、世界遺産条約の懸念する乱開発そのものであり、環境破壊であり、その精神とは真っ向から反していることは明らかだ。
河北新報の7月27日の社説に思う 上 投稿者:佐藤 投稿日: 7月29日(火)14時59分38秒
こんな主旨の社説が7月27日(日)の河北新報に掲載された。
タイトル「平泉と世界遺産/東北一丸となり取り組もう」
「岩手県平泉町は、2008年6月の世界遺産登録を目指している。平泉の文化遺産は、東北全体で世界遺産登録に取り組んでしかるべき存在だ。だが、(平泉町は)人口1万人足らずで財政面など悩みも多い。1億2000万円ほどかかる登録申請費用は企業や個人の寄付金で賄う計画で、基金を創設した。平泉町への支援活動は今年1月、気仙沼市で起きた。3月には270万円を平泉町に贈った。大船渡市も支援活動を始めた。周辺市町村が支援する背景には、世界遺産登録による観光地としてのグレードアップや経済効果が広域的に及ぶことへの期待がある。文化遺産を観光資源として生かすことは大事なことではあるが、気を付けたいのは観光政策上のメリットや経済効果の追求に走りすぎないことだ。安易な観光開発は文化財や環境の破壊につながりかねない。世界遺産条約の精神は貴重な遺産を守り、次の世代へと引き継ぐことだ。幸い、平泉町には、学者の研究や市民の協力とタイアップしながら多くの発掘調査や整備を進めてきた実績がある。世界遺産登録運動が平泉研究のさらなる発展にも連動するよう期待したい。」つづく
柳の御所の「しだれ桜通信」1 投稿者:佐藤 投稿日: 7月 7日(月)19時45分23秒
2003年7月5日。柳の御所のしだれ桜が伐られるかもしれない、というので、一関から車を飛ばして、平泉に向かった。いつもならラジオ などを付けるところだが、とてもそんな気分にはなれない。結局、無音のまま、目的地に乗り付けた。
今まさに平泉バイパス工事は、平泉の歴史的景観破壊のピークとも言える柳の御所から高館直下の工事に差し掛かっている。そして、工事の邪 魔ということで、残されるとばかり聞かされていた御所前のしだれ桜が、国土交通省によって、伐られるとのニュースが昨日入ったのだ。行って見れば、柳の御所は、信じられないほど変貌していて、これがあの柳の御所かと思うほどになっている。それにしても日本の中でも有数の史跡が、バイパス工事やら発掘やらで掘り起こした土や一輪車や得体の知らない紙袋が散乱していて、一見するところ、何やら巨大なゴミ集積所のように見えるのだ。しかしその中に在って我がしだれ桜は、少しも威厳と気品を失うことなく凛として立っているではないか。正直、胸をなで下ろす思いであった。
桜の木無事で居てよと念じつつ柳の御所にたどり着きたり
今、平泉は、ユネスコ世界遺産にノミネートされている最中の大事な時期である。この一本の桜の木が、たった一人でこの理不尽な景観を破壊する工事に抵抗を示しているように思えて目頭が急に熱くなった。ふと盛土になった土塊の中に、白い石を見つけて、手にとってみた。その石は泥だらけになりながら、必死に私に何かを語りかけているように思えた。泥を少し払って耳に押し当ててみると、石の冷たさが、伝わってきて、物言わぬ平泉の自然たちの悲しみが、白い雲のイメージとなって、心の中に湧き上がってきた。ふと空を見上げれば、今にも泣き出しそうな雨雲が柳の御所に集って来るように感じだ。
御所の石ひとつ拾いて桜の木なぜに伐るかと天ふり仰ぐ
東に北上川を見れば、もうすっかり川は遠ざかり、土塊の原っぱが、遠くまで拡がっている。不自然なほど巨大な新高館橋の袂に道の駅と水辺プラザが造られるということだ。そちこちに工事用具が散乱し、また注意の立て札が並んでいる。土日には、観光客の貸し自転車での走行を考えてか、残土を運ぶトラックは、走らないことになっているようだ。それにしても汚い。これで世界遺産になろうと言うのだから、何か感覚がマヒしているのではないか。平泉をこんなゴミ溜状態にして、水鳥たちは、住処を失って、どこかへ飛び去ってしまったようだ。一方で、どんなところにでも巣を作るというカラスたちが、不吉な鳴き声で、群れをなしているのが、最近極端に目立つようになった。カラスの棲息が目立つということが、いかに平泉の水辺の状況が、急速に悪化しているかの証明である。
日々壊れ日々に不毛の地に落ちて高館直下カラス群れなす
恐ろしいとは思いませんか 投稿者:櫻 三武朗 投稿日: 7月 2日(水)16時46分56秒
柳の御所のしだれ桜を切るとは、およそ人間の資格のあるものの行為とは思えません。
神様に私のシダレザクラをかいせと言われたら、どう答えましょうや。
閻魔大王に責められたら、なんと答えましょうや。考えただけでも恐ろしいとは思いませんか。
奥州人さま
こんにちわ。
柳の御所のしだれ桜の伐採の件につき、ご意見ありがとうございます。
感性というお言葉、まさに仰せの通りだと思います。
本日の朝日新聞に、アフガンの「バーミヤン遺跡」の話題が載っていました。 周知のように01年にタリバーン政権によって破壊されたあの遺跡のことです。日本のユネスコの委員をしている平山郁夫画伯が熱心にその保存について、運動を起こされていることで、日本でも知らない人はいないと思うのですが、急きょ、この遺跡が世界遺産登録されることになりそうです。パリのユネスコ本部で世界遺産委員会が開かれた折、世界遺産の検討が始められ、早ければ7月3日にも遺産登録が決定する運びだそうです。
私が何を言いたいかということは、何故このように早くバーミアン遺跡が世界遺産に登録されるのかという根本を考えて欲しいからです。アフガンは、まだ戦争の傷から癒えていません。観光のために早く登録される日本の各地の候補地とは、根本的に違うのです。そそれは世界的な遺産が、一部の者による盗掘などの被害を受けないようにするためになされるのです。
そこでユネスコの松浦晃一郎事務局長が、「国家が遺産を保護する能力を再建しなくてはならない」と語ったそうです。この人は、確か日本の外務省から派遣されている官僚上がりの人物ですが、とても大切な意見だと感じます。
さてこの意見をわが平泉の場合に当てはめるならば、日本という国家は、国の遺産を保護する能力を有しているでしょうか。私ははなはだ疑問だと思います。日本という国は、ユネスコ世界遺産条約が1972年に採択されたにもかかわらず、現在の不良債権問題の原因でもある日本列島を根こそぎ公共事業その他で開発し尽くす政策を推し進めるあまり、1992年まで、30年間これを批准しなかった国です。まあはっきり言えば、世界遺産という思想に対しては後進国なのです。
多くの日本人の、世界遺産という価値に対する考え方は間違えていると言わざるを得ません。つまり日本人は、開発優先の思想で、世界遺産というものを見ている。世界遺産は、失われつつある人類共通の遺産を、開発と破壊の現実から守るためにこそ登録されるものなのです。だか ら、今回、緊急に「バーミアン遺跡」は、登録されることになるのです。日本人の考え方からすれば、修復して、あの大仏を復活させて観光客に一杯来て貰おうとなりがちだが、まったく違う考え方がそこにはあるのです。
現在、世界遺産に登録されているモーツアルトの生家があった「ザルツブルク」という都市がありますが、そこでは市当局が、開発を進めようとしたら、世界遺産委員会からクレームが来たそうです。世界遺産委員会というものは、そのような機関であり、平泉がもしも間違って、世界遺産に登録されたとしたら、今のような破滅的な景観をまったく無視した道路工事などは、完全なクレームの対象になるはずです。もしも開発したい。利便優先というのであれば、登録を自主的に辞退した方がいいと思いますね。その方が自由に勝手に好きなところに住宅を堤防を保養地や道の駅などというインチキな構築物を造ることが可能になるのです。
世界遺産の場所では、木一本あれば、新たに造る道路は、その木を避けて、曲がりくねって造らなくてはなりません。それが世界遺産です。地元の小さな利益や、ゼネコンの倒産を助けるような思想で、開発を推し進めたいのであれば、即刻世界遺産などというまことに面倒な登録は諦めて好きなだけ開発をすればいいのではありませんか。
その意味で、私も奥州人さんの意見に賛成です。絶対に桜を切ってはいけない。伐らせてはいけない。奥州に住む人々の感性が問われているのです。
桜を切るなら、即刻世界遺産登録の辞退を!! 投稿者:奥州人 投稿日: 7月 1日(火)10時27分32秒
柳の御所の桜が切られるとのことですが、
いったい関係者は、何を考えてそのような決断をしたのでしょう。
その方々の美意識や感性を疑います。
地元の人も、もしもそれを許しておいて、それでも、
「世界遺産になりたい!!」というのであれば、
「感覚がマヒしていますよ」といいたい。
そして即刻、自分の住む里を自由に開発できるように、
「世界遺産登録を辞退する」と宣言すべきかと思います。
とても、とても、開発者も地元もこの感性は、
世界遺産になるようなレベルではない。
情けない限りだ。
もし平泉を世界遺産に本気でしたいのなら、
まず自分の感性を世界遺産の精神にシフトすべきではないですか?!
2000.11.26
2004.12.15 管理人