平泉・高館・景観問題・掲示板バックナンバーB

B2000.11.26〜01.15

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106 破滅の方向にひた走るか?現代文明 投稿者:管理人  投稿日: 1月15日(月)18時50分30秒
 

橘次さん
こんばんわ。
「ガラスの地球を救え」というタイトル自体、現在の地球環境の危うい現状を
よく言い得ているタイトルですね。
確かに今の子供、これから生まれてくる子供は悲惨ですね。
すっかりと、子供が、自然に触れる機会がすくなくなり、テレビやケータイといった
無機的なものに囲まれて成長するというのは、少し異様な感じさえ受けます。
かつての子供は自然に触れ、学び、自然に抱かれて成長しました。
ケータイの打つのがいといってそれが自慢になるのでしょうか。
子供がよい感性を持ち、よい自然観を持つためにも、ありのままの自然が、そこに
あるような社会にしなければと思います。同感です。

一ノ関シンジ さん
こんばんわ。
現代文明は破滅に向かってひた走っているのでしょうか。
とてつもなく、危険な兆候を感じざるを得ませんね。
日常茶飯事化した異常気象と、それでも使い捨ての社会思想を改めようとしない
日本という国家。温暖化を阻止するためになされた二酸化炭素削減をしようと決められた京都議定書
の精神ももまったく意味をなさない有様。自国の利益優先のわがままな国家ばかりでは、地球の未来
は、本当に暗いとしか言いようがありません。本当に高館の大地の叫びを聴いて欲しいですね。
ありませんね。

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105 大地の声を聴け!! 投稿者:一ノ関シンジ  投稿日: 1月15日(月)12時56分46秒
 
多くの人は、地球環境というものを誤解しているように思えてならない。宇宙飛行士が、空から地球を見た時の感想をこのように言った。
「漆黒の宇宙に浮かぶ地球は、青くて形容しがたいほど美しかったが、同時に非常に弱々しいというか危うい微妙な感覚を持った」と。
これはどういう事かと言えば、地球というものが、この広大無辺な宇宙に存在すること自体が奇跡のようなものであり、その美しさは、自然というものの微妙なバランスによって保たれているのであって、決して不滅なもの、永遠にそこに存在するものではないぞ、という意味であろう。
確かにこの地球の生命現象は、一種の奇跡かもしれない。大気があり、海があり、山があり、そこに動植物が誕生し、智恵が生まれ文明が発生した。確かにそこまでは良かった。でも人間の知恵としての文明には、どうしようも限界があった。つまり発展に発展を重ね、それがどうしようもないパンパンの風船のように膨らみ、破裂寸前になってしまっていることに薄々気づき始めた人が、いてもそれは人間の知恵を信じるきる生産力至上主義の前では、全然話にならない懐古趣味だと足げにされてきた。
そもそも現代文明が、西洋文明の主導のもとに生み出されたものである限り、自ずと地球環境が破滅的な方向に向かっていることは確かだったのだ。
何が、文明だ。山を崩し、河を埋め、木を切り倒し、そこにコンクリートの建物や道路を造ることがそんなに尊いのか。今、文明の名のもとになされつつある高館の景観の破壊は、現代文明の悪しき側面を象徴している。耳を澄ませて、よくよく高館の大地の叫びを聴いて欲しい。


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104 未来のこどもたちへ 投稿者:橘次  投稿日: 1月13日(土)23時05分12秒
 

ABC放送の「ガラスの地球を救え」という小番組のCM
 女の子がコンクリートのマンホールに座っている。
 「お父さんは、ここで昔カブトムシを採ったといった。
  お母さんはそこの川で遊んだといった・・・
  私もここで遊びたかった。」
 女の子のほほに涙が一筋流れる。
言葉は正確ではないかもしれませんが、このような内容でした。
こんな経験、お持ちの方もいらっしゃるのではありませんか?
「高館の景色を私も見たかった。どうして?」と子供たちに言わせるのですか?


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103 平泉バイパスの鳥瞰写真を見る 投稿者:佐藤  投稿日: 1月13日(土)11時09分47秒
 

皆さま
平泉バイパスの鳥瞰写真を写真集2に掲載致しましたのでごらんください。
これは櫻川の前の看板に掲載されているものを写真撮影したものです。
同時に、そこに書かれている文章もデジタル化致しましたので、ごらんください。
この河川事業とバイパス事業が、どんな歴史的経緯のうちに計画されたもので
あるか、よく分かります。
やはりこのような公共工事の姿勢は、時代に合わなくなっていることは明確です。
河川工事にしても、その見直しが叫ばれておりますが、今すぐにこの計画をストップし、
もう少し自然の景観を生かした計画に変更したならば、工事予算も大幅に減らすことが
出来るでしょうし、そうすれば財政危機が叫ばれている昨今の流れにも乗ることができる
と思うのですが、どうでしょうか?
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/6455/takadati_photo02.html


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102 平泉町長選無投票当選が決定的 投稿者:佐藤  投稿日: 1月 9日(火)12時11分09秒
 

新年早々の九日、平泉町長選挙が告示され、予想通り、県の農政部次長の千葉和夫氏の
無投票当選が確定的となった。

無風の中、盛り上がらない選挙となったが、古都平泉の町長となる以上は、百年後にも
通用するような哲学をもって、町政に取り組んで欲しいものである。
幸い増田岩手県知事も、公共事業には、かなりシビアなスタンスで取り組んでおられる様子であり、
千葉新町長にも思い切った古都平泉、世界遺産候補に相応しい平泉の有り様を模索してもらいたいものだ。
町政にあたってもらいたいものである。


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101 本年一年どうもありがとうございました 投稿者:管理人  投稿日:12月30日(土)13時20分27秒
 

お書き込みいただいた皆さま、本年一年どうもありがとうございました。
来年が皆さまにとって最良の年となりますよう、お祈り申し上げます。
併せて、本サイトが、全国の心ある皆さまに支えられて、高館バイパスが
高館の前から消滅することを祈念し、ご挨拶といたします。

どうか良き新世紀と良きお年を。

管理人

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100 表層と深層の乖離 投稿者:べるたん  投稿日:12月29日(金)15時12分50秒
 
今年も残すところあとわずかになってきました。
ちょうど高館の話し合いが始まったころ、約2メーター位かさ上げされていた工事現場も
先日行ってみたところでは4ないし5メーター近くまで築かれていました。
高館下の町道沿いにはちょっとしたポケットパークが作られており、完成予想図の看板が
立ててありました。この町道は明治初期に新設された国道で、
その後、廃止されて旧国道と呼ばれてきた道です。かつては、衣川をわたる橋もあったのですが、
昭和初期の国道付け替えに伴って、橋ははずされて、道も行き止まりになりました。
この道の両脇には古い桜の並木があって、花のころには見事な場所でした。
今年の春先でしたか、やはりバイパス工事にともなって、
この古木の多くが切り倒され、残念な思いをしたものです。
その道の、古木を切り倒した道端に作られたポケットパーク、
多分工事の進展ですぐになくなるんでしょうけど、いまいましい思いがいたします。
この投稿欄にも、たくさんの意見が寄せられてきて、問題の本質が見えてきているように感じています。
そして、やはり私は、この問題の一番根っこにあるのが、技術の問題ではなく、
ビジョンの問題であり、人間のセンスの問題だとも感じています。
あの景観を残したいと感じる人、壊してもっといいものをつくりたい人、
そんなこたあどうでもいい人、
水害で困っている人、高見の見物を決め込んでいる人、堤防完成を見越して低地に家を建てた人
谷起の低地に数百年暮らしてきたが、遊水地内ということから、移転を余儀なくされた人、
カヌー遊びを楽しんで自然に触れ合う、高館近くに水辺プラザが早く出来ればいいという人、
そんなものはもってのほかじゃという人、
川は人が管理するものときっぱり言う人、
自然遊水を大事にしろという人、
北上川なんてどこもかしこも人の手が加わっているんだから、何を今更という人、
義経が自害したのは高館じゃあない、歴史的にあそこは大事じゃあないという人、
高館は半分以上削れちゃって、芭蕉さんの時とは景色が違うという人、
バイパスなくて迷惑してんだぞと言う人、
将来は交通量が今の3倍以上になりますんで、バイパスは必要でしょうという人、
エネルギー問題やら、環境問題で、車は減らさなきゃという人、
国道そんなに混んでないよという人、
道路はなんぼあっても足りない、幅も足りないという人、
たくさんの意見を地元の人から、あるいは関東、関西の友人知人から聞き、
どれももっとも、ごもっともな言い分なのです。
それで、高館はどうなんの、というと、一様に困った顔、
何のことはない、結果オーライ。
私たちの奥底に潜む保守性は以外に手ごわい、表にあらわれた現実には、
どれもごもっともな正論が語られるが、本当は自由じゃない。と思う。
個人と、社会の、表層と深層の乖離は、いよいよ増して、
分裂していく。
多分、それは高館のことだけじゃない。
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99 アサヒさんに 投稿者:管理人  投稿日:12月29日(金)12時14分49秒
 
アサヒ さん

2月18日の記事は注目に値します。漠然とした記事ではありますが、国の河川行政と治水に対する考え方に見直しの時が迫っております。この前、この河川審議会にも関係しておられる法政大学の五十嵐敬喜先生(参考文献参照、「公共事業をどうするか」及び「都市計画」の著者)にお会いして参りました。先生は、諫早湾の干潟問題や吉野川問題や長良川問題でも、住民側の理論的支柱となられた方で、先生のお話しでは”もう現在の日本の財政システムでは、これまでのような公共事業を支えきることは不可能である。だから河川の問題ひとつにしても、国家全体のシステムとして、見直す以外にない状況なのだ”という旨のお話をいただき、いちいちそのもっともな言い分に納得致しました。

余談では、”いま堤防ひとつにしたって、コンクリートで、これ見よがしの高い堤防をつくるなど、愚の骨頂だ、今外国では、自然工法によって、川の命を戻すような作りをしている”と言われました。それを思うと、かつて平泉高館の地が、芭蕉が訪れた時に、目の前が、茫洋として夏草しか見えなかったのは、あの場所が北上川の遊水池であり、また束稲山の麓まで、その情景は拡がっていたのです。それがいつの間にか、遊水池から誰かの目に留まり、開発をすれば、金を生む、などというせこい発想のもとに、様々なことが画策されるに至ったのです。川は氾濫するものです、川が氾濫したら、その氾濫した水を逃がして、貯める場所を、前もって用意しておく、それがこれまでの治水の考え方でした。

しかし近代の土木建築の技術の発達により、そんな考え方は、いつの間にやらどこかへ押しやられ、傲慢な形でのコンクリと鉄による、無骨な治水工法が主流となって来たのです。結果として、それにより、日本中の自然の景観は、急激に変化してしまいました。それを田村麗丘氏(参考文献参照)は、「殺・風景」と呼んでおられます。田村氏は、このことを「公共事業による「風景」に潜む生命の抹殺」と言っております。田村氏よりこのほど、メールを戴き、貴重なアドバイスなどを戴きました。やはり我々は、この高館バイパスの背後にある根本的な問題をしっかりと捉え、より広範な形での高館バイパス反対の運動を展開していかなければならないと思います

アサヒ さん
さる18日の新聞報道に、私はアサヒさん同様勇気をもらいました。まさにこれまで完全に時代遅れと考えられていた、遊水池という発想、川は時として氾濫するものであり、その氾濫をも大きな形で包み込み治水のあり方が、実は最も新しい発想なのであり、その発想によってしか、平泉の景観はおろか、日本の風景は救えないのだ、ということになると思います。高館バイパス問題もその治水の考え方の中に包含される問題だと思います。今後とも、この記事内容の推移を注目して参りたいと思います。

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98 治水、はんらん前提に 投稿者:アサヒ  投稿日:12月21日(木)14時40分18秒
 
12月18日(月)の朝日新聞朝刊の一面に次のような記事がありました。

建設相の諮問機関、河川審議委員会(古川昌彦会長)は十九日に開く総会で、
ダムや堤防だけに頼らず、川はあふれるという前提に立って流域全体で治水対策を講じるべきだ、
とする提言をまとめ、建設相に答申する方針を固めた。降雨は早く安全に川から海に流すことが明
治以降の近代治水の前提だったが、「洪水と共存する治水」へと抜本的転換を図ることになる。

これにより、遊水池計画も見直されるのでしょうか?

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97 地方自治と平泉町長選   投稿者:管理人  投稿日:12月19日(火)23時09分22秒

こんばんわ
今夜、このような歌を詠みました。

  長き夜や地方自治など夢のよで雪降り止まず熱き酒飲む

先頃、前平泉町長は、酒酔い運転で辞職いたしましたが、公示日を、一月九日に控え、町長になるような
人物がなかなか手を挙げない様子。誰かに支援されなければ、立候補できないのか、どうか、じりじりして
いました所、県の職員であるT氏が、立候補するとの情報が、先頃の岩手日報に出ておりました。現農政
部次長のT氏は、平泉出身で、五十五才とのこと。
まあ、地元でも、県とのパイプがあれば、地元の意見も通しやすいとの思惑が働いていると思われますが、
実に寂しい選択ではないでしょうか。私は、是非「この平泉という町をどのようにしたい」というヴィジョンを
持っている人物こそが、我こそはと手を上げて、立候補すべき類のものであると思う。
これではいつまで経っても、地元の意見というものが、中央に通らないし、地元の意見の形成もできない
であろうと、ただただ残念で仕方ない。

「町民A」さんや「とびうお」さんのような意見は大変貴重であり、今後このような意見を集約して、是非とも、
町長選に立候補しようとする人物にぶつけていきたいと思う。それにつけても、立候補者がひとりで、最近
各地で頻発している各党相乗りの無投票当選だけはぜひ避けて欲しいものです。

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96 願わくば・・・ 投稿者:とびうお  投稿日:12月19日(火)17時09分41秒
 
「町民にはどうしようもできない、国主導の施工で進めた工事ならば、
世界遺産登録に向けて、国主導のもと、現地を元通りに復元してほしい・・・」
という気持ちでいっぱいです。
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95 (無題)      投稿者:町民A  投稿日:12月19日(火)13時35分14秒
 
なぜ、今ごろ、世界遺産なのかと思います。
なぜなら、高館のバイパス問題、遊水地堤防が、国の権力により推し進めている状態で、
この無残な状態で、どうして世界遺産になれるのだろう?なろうとするのだろうか?
反対のことをいうと、世界遺産がもっと早くに決まっていたなら、
バイパスはあそこに設計されなかったのではないでしょうか。
私たち町民には、どうしようもできない、国主導の計画・施工だと感じます。
こんなに変化してしまった平泉、町民として悲しいです。
どうにかならないでしょうか。
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94 平泉で世界文化遺産登録推進協議会を設立か!? 投稿者:管理人  投稿日:12月 8日(金)13時28分03秒
 
平泉町は7日、平泉の文化遺産の世界遺産暫定リスト入りが内定したことを受け、
平泉町世界文化遺産登録推進協議会(仮称)の準備会議を開いた模様。正式登録に向けて平泉町が
積極的に動くことになる。同会の設立総会を、来年1月20日に開催することになる模様。全ては新町長が
決まってからということであろう。委員は地元の役場や寺院、又民間団体関係者ら14人で構成がされる見込み。
(岩手日報12.8を参考に再構成)
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93 一念巌も通す 投稿者:天狗  投稿日:12月 8日(金)08時23分54秒
 
昨夜、NHKプロジェクトXを観ました。
正直感動しました。
あそこに三人の屋久島の男性とそれを支えた一人の女性が登場しました。

丁度昭和40年代の列島改造全盛の頃に、東京に出てきた二人の若者が
自分のふる里の屋久島の原生林が、異常なほどに切り開かれ、驚き嘆く、
何とかしようと思う、これまでの300年分の森林伐採が進んでいる。
ところが屋久島はほとんどが国有林で、林野庁に支えられて暮らしてい
る人が多く、反対するにも、なかなか地元からは声が上がらない。
二人の若者は、決意して、屋久島に戻る。運動を展開しようとするが、厳
しい現実が二人を包んでいる。二人は、愚痴っぽくなるが、そこで一緒に
地元に戻ることに黙ってしたがった妻が二人を叱責する。
「いい加減にしなさい。こんなことのために戻ったんじゃないでしょう」
二人は目覚めた。
そこに一人の老人が登場する。あの屋久島の樹齢「7千年」という幻の
屋久杉である通称「縄文杉」を探し歩いている老人だ。彼の協力をえて
仲間が徐々に増える。地元で、討論会を実施し、運動の本質を訴えていく、
県え訴え、政治家に訴え、遂に国家で取り上げられる。
県の中に協力者が現れる。
「あなたは、本当に屋久島の原生林を見たことがあるのか」
そんな言葉が、県の課長の耳に残った。彼は自分の足で、屋久島を歩き、その
環境と景観が、掛け替えのない人類の財産であることに気づく。
それらの人々の協力によって、屋久島の伐採計画が、禁止となったのだ。
そして平成5年、屋久島は日本初のユネスコ世界遺産第一号となったのである。
一念巌も通す。

是非、皆さん頑張ってください。

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92 毛越寺藤里貫主からお言葉を頂戴した!! 投稿者:管理人  投稿日:12月 4日(月)19時59分38秒
 
本日、毛越寺藤里貫主にお電話をさせていただきました。

八十歳を有に越えられたはずの師は、「高館問題」に触れ、慎重な言い回しをされながら、

「平泉の歴史や文化は、けっしてお寺だけではありませんよ。大事なものは、他にもあります。皆さんでその辺りを考えていただければいいですね。」

と言われた。もうそれで十分だった。師のお人柄と、平泉のこれからに寄せる思いが、そのゆったりとした言の葉の端々に溢れていた。
何とか、せねばいけません。これは損得勘定や経済の遙か上にある存続さすべき文化の問題なのですから・・・。

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91 文化の軽視政策の根本にあるもの 投稿者:佐藤  投稿日:12月 2日(土)12時20分31秒
 
入間田先生

書き込みありがとうございます。
先生の書かれた「艮櫓」という文言ひとつで、頭の中で花火が炸裂したような思いがいたしました。それは「艮櫓」問題も「高館バイパス」問題も、文化と歴史の軽視という共通の問題がその問題の根っこに横たわっていると感じたからであります。

考えてみれば、日本中が、このように正面を切って、文化を軽視する風潮となったのは、日本列島改造などという大言壮語を持って、公共事業中心の景気浮揚を考えた国家のあり方に問題があったのかもしれません。

ちなみにユネスコの「世界遺産条約」が、制定されたのは丁度列島改造を日本が強引に押し進めていた1972年でした。当然の如く、日本の為政者たちは、この条約を批准しませんでした。無視したと言ってもいいでしょう。それは当然でした。歴史的景観や文化などと言っていたら、橋や道路がおいそれとできないからであります。一時、公共事業の効果は大変な威力を発揮したかに見えました。世界も羨むほどの好況を迎えた日本人は、鼻高々となりました。しかし奇跡と言われ、脅威と思われた日本経済は、実はそうたいしたものではないことが、間もなく九〇年代に入ると、バブルの崩壊という形で明かとなりました。しかもその繁栄の背後ではとんでもないことが起こっていることに日本人は気づくことになります。それは驚くほどの日本文化と歴史的景観の軽視とその破壊です。そこで日本人は、はたと気づきました。いったい日本とは何なのか、日本人の文化と歴史とは、どんな特徴があるのか、と。そこでは特にこれまで国家中心の思想としてあった歴史と文化のが、各地方の個性ある文化として認識すべきとの意識の転換が見られました。

やがて日本は、ユネスコの「世界遺産条約」を批准しました。1972年に出来上がってから、実に20年目の調印でした。調印した順番で言えば、実に百二十数番目の遅いものでした。この事から見ても、日本の為政者の文化と歴史に対する態度を端的に物語っていると思います。

したがって、我々は、文化と歴史という問題を、単に為政者に任せるのでなく、我々自身がこの問題を考え、政治や政策に反映させていく努力をしていかなければならないと思うのです。それは簡単に言えば、自らで、文化のあり方や地域の歴史的景観をどうすべきかと考えて、それを政治に反映させることだと思います。ですから問題の根っこにある文化と歴史に対する立場を共通にする皆さんと地域立場を越えて、共に考え行動していくようにしたいと思うのですが、いかがでしょうか。

それから、近々にインターネット上で「歴史景観と高館バイパス」(仮称)なるシンポジウムを開催したいと思いますので、ご協力のほどお願い申し上げます。これによって、平泉町長選に立候補する人物に問題を提起して参りたいと思って居ります。

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90 はじめまして   投稿者:入間田 宣夫  投稿日:12月 1日(金)22時54分30秒
 
ずしりと重い内容に考えこんでしまいました。こちらでは、仙台城艮櫓復原と石垣保存問題で大忙しです。

両方に共通する今日的問題の所在について、自分なりのペースで、解き明かして行きたいと思います。

貴重な教えに感謝しつつ。

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89 平泉町長選挙1月14日に決まる/高館の景観問題選挙戦の争点に?! 投稿者:管理人  投稿日:11月29日(水)22時03分38秒
さて皆さま、こんばんわ

町長の辞任騒ぎで、急展開を見せる平泉町政は、さる28日の町長辞任が、議会で承認され、
町長選挙は、慌ただしく、1月9日公示の14日選挙になることが決まった模様である。
立候補者は、まだ名乗りを上げていないようだが、おそらく高館の景観問題は、重要な町政の争点となるはず、
これからの平泉の動きからは目が離せない。
注目しましょう。

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88 千年の・・・平泉に    投稿者:橘次  投稿日:11月28日(火)18時54分34秒
 
一関シンジさん、京都は見かけや宣伝されるイメージと、内実は大きく異なるのですよ。
人口も多い分、外人(京都生まれではない人)が多い。今日の新聞にも、町屋の隣に高層ビルが建つ、京都の町中の風景が取り上げられていました。祇園祭りの開催さえ、年々危ぶまれているのですよ。
でもね、以前書いたように、「京都ブランド」は、皆さんがイメージされるものなのです。だから、それにそぐわなければいけない。体裁だけでも整えなければならないのです。
世界文化遺産になったといっても、海印寺さんがおっしゃるように地域指定であるにもかかわらず、各寺院こそが指定されたように宣伝されるのは、地域としての京都の面影はないからだと思います。もちろん、東山の風景や嵯峨野はいいところですよ。でもそれはビルや町の中を通って到着するところです。今時、民家から五山の送り火なんてみません。三〇年前は、見えたらしいですけどね。この三〇年間にどれだけ、瓦屋根の家が無くなったことか。バブルの時は、どんどんビルを建て、買い占めた民家跡地は、バブル崩壊後、駐車場になっています。情けない。京都のように人が多く、京都人以外の人間が多数を占めると、利害関係しかないようですよ。もちろん、町並みを保存しようとか、いろんな活動はされてきています。でも、大きくは変えられない。だけどね、京都は日本の「ブランド」だから、良くも悪くも、皆さんのイメージ通りなのですよ。私は、かつて、応仁の乱で中止された祇園祭りが復興したように、京都人の底力を信じてますけどね。だってみんな、京都は好きやもの。
平泉と京都はね、住民の問題意識自体はそれほど変わりませんよ。平泉の人は他地域の人より「鼻が高い」ということも聞きますしね。それは、藤原氏の文化があるからでしょう。もっともっと自信をもつべきです。京都と平泉の差は、今までこんなことを考える環境があったかなかったかの違いに過ぎないと思います。今こそ、平泉の価値を再評価する時だと思うわけです。
千年の都といっても、千年、都であり続けるためには、大変なのですよ。観光客のイメージも大切にしなきゃいけないし、生活はあるし・・・。ね、同じでしょ。
だから、ともに考えましょうよ。どういう平泉がいいか。
千年・・・古都平泉になるように。藤原氏はまさか九〇年で無くなると思って平泉を造ったわけではないでしょう。
私は、二一世紀にも、この先にも、高館の風景、平泉の景観は残し続けたいと願います。
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87  平泉と京都との温度差     投稿者:一ノ関シンジ  投稿日:11月28日(火)10時30分35秒
 
海院寺さん
ご意見地元に住むものとして耳が痛い思いです。
昨今地方自治とか何とか、盛んに喧伝されておりますが、地方自治の基礎は、やはり地元に住まう人々の意識の高さがあって初めて成り立つものだと思います。京都と平泉の違いは、残念ながら、この住民の意識の違いにあることは否定できません。
京都人は、本当に京都の町の古い形の価値を大切にすることが伝統として、千年に渡って受け継がれてきたものです。それに対して、都市としての平泉文化は、一度鎌倉時代に、大きな痛手を蒙り、途切れてしまいました。その間、かつての威光を伝えて来たのは、中尊寺、毛越寺というお寺でした。しかし今平泉は、岩手でも後ろから数えた方が早い過疎の町となっています。この辺りにのこともあり、古都平泉の歴史的価値や景観というものに対する価値観が、住民の間で十分に定着していないのだと、思います。ですから、まず自分達の住んでいる平泉というものの歴史的な価値を理解し、そのことにアイデンティティと誇りを持つことから、始めなくてはならないと思います。

田舎ではこれまで、橋や道路というものは、お上が造り、それに浴することで、地域は近代化するものだ、という観念がどこかに存在します。またそれが逆に言えば、諦観となって、長いものにはまかれてしまう、封建的な住民感情を醸成してしまったのだと、思っております。地方自治の基本は、やはり自分達の町のことは、自分で決めて、橋を造り、道路を造る、ということでなければなりません。京都の人々が、自らの町並に大いなる関心を持ち続け、景観の保存に努力を続けたからこそ、あのような美しい町並みが保存されてきたと思います。我々平泉住み、また心の故郷とする者にとって、この京都の人々の努力を見習うことが必要なように思います。

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86 世界遺産と各自治体 投稿者:海院寺  投稿日:11月27日(月)18時10分01秒
 
各地で世界遺産をねらっている人がいる。
「日本の文化財や景観から世界にアップすれば、各地はもとより世界的な観光地になる。」との思いからか。
先日の三都フォーラムの事前学習会の時、講師が3人いました。

海院寺は京都の埋蔵文化財について話をしましたが、伊藤正春氏も講演者でした。
氏は文部省とか文化庁を動かして、日本で世界文化遺産を登録する制度化に尽力された方との紹介でした。
氏の話では、世界文化遺産は地域指定であり、たとえば京都では銀閣寺や東寺など個別の文化財が指定されたようになっているが、実はユネスコからの正式な文書では、個別寺院などは載っていないとのことでした。
個別の寺院は、文化庁からの2時的な文書を全面に出しているとのことでした。
京都は、市内と宇治や比叡山などが地域としてあがっています。
したがって、平泉では中尊寺などの寺院は重要な役割をしますが、高舘からの景観なども同等の意味を持つわけです。
もう少し、勉強すればもっと具体的に書けるのですが。
今回は、世界遺産はあくまでも地域の文化財や景観が主体ということで、終わらせていただきます。



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2001.01.15 管理人