C2001.01.16〜02.26
平泉の景観問題は、周知のように北上川をめぐる治水事業と深く結びついていますね。
以前にアサヒさんが、朝日新聞(2000年12月18日)の新聞記事を取り上げて、治水工事の考え方が、今後「洪水と共存する治水」へと抜本的転換を図ることになる、というお話をされました。しかし現実の政治には、まだその考え方が反映していません。反映する頃には、平泉は堤防要塞のような町と化している可能性すらあります。それで良いわけがありません。
まさに今平泉で進められていることは、旧態依然とした、治水の考え方に基づいた北上川の堤防工事と架橋工事それと平泉バイパス工事の三位一体の公共工事です。まあ河川局としては、何が何でも工事を終えてしまいたいようでしょうね。そこで北上川フォーラム(2000年11月18日)のような催しを、文化人を集めて開催しました。
しかし今や、高い堤防で、河川と平場を区切るような治水の在り方は、時代遅れなのです。もしもこの工事が押し進められたら、中世都市平泉の復元と修景はおよそ不可能になります。何故なら北上川を固定する形で、30mにも及ぶコンクリートの堤防が築かれてしまうのです。これではまずいと、治水的にも、景観的にも、気づいた時には、復元費用は予想もつかない莫大額になってしまうからです。
我々は一度、欧米諸国が、河川改修の方法を、自然工法に変えつつある現実を直視する必要があります。自然工法は、何も新しいやり方ではないのです。江戸の昔から、我々の先輩たちは川は溢れるものだという前提に立って、遊水池を設け、溢れたものは、一旦そこに集めて、自然に川に返してやっていたのです。平泉の高館の前の夏草生い茂る原風景は、まさにそんな水が遊ぶ場所だったのです。
明治以降、川と平地の分離が始まりました。川を征服できるという治水の考え方です。狭い川幅を規定し、そこに堤防を築きました。その結果起こったことは、一番川幅の狭くなる場所での、堤防の決壊でした。自然は人間が考え得る上を行く大いなるものです。平泉を中心として一ノ関や川崎地区などでは信じられないような洪水が度々襲い、人々の記憶に水の恐怖を植え付けていったのです。それは堤防を作ったことにより、誰も人が住めなかった地域に、人家が出来、田畑が出来たのですから、予想もつかない水が溢れた時には、どうにもならなくなることは明白です。
この河川についての在り方を学ぶ本が、やはり岩波新書「ダムと日本」として、今月出版されています。著者は「天野礼子」氏で、長良川河口堰建設に反対する会の事務局長をされた人物です。
その冒頭に、面白いエピソードがあります。彼女が96年5月にアメリカに行った時のことです。
グレンキャニオン・ダムの水門が開けられている姿を見て、「いいですね。アメリカは、日本はこうはいきません」と言った所、ダムの運用部長から、どやし付けられたらしいのだ。
「何をいっている。アメリカには、日本よりたちの悪いダムを食い物にする連中がいた。それを我々は20年闘ってようやくここまでたどり着けたのだ」と。
この本は、河川の歴史から、立法、運動論まで含めて非常に分かり易くまとめられている好著ですので、これまた皆さまの参考に一読していただきたいと参考文献に加えさせていただきました。
--------------------------------------------------------------------------------
127 岩手のアイデンティティとしての高館景観 投稿者:管理人
投稿日: 2月24日(土)17時37分26秒
2月20日、岩波書店から「公共事業は止まるか」という新書が発売された。
著者は五十嵐敬喜氏と小川明雄氏である。
この中で、岩手県知事増田寛也氏のインタビューがあるので、すぐ読んでみた。この知事は、自由党小沢一郎党首に近い人物と見なされる建設省出身の知事であったが、3年前の98年11月に、十和田八幡平を横切り雫石町に建設中の奥産道と呼ばれる県道工事を、全長16キロの3キロ手前で、中止を発表し、周囲をあっと言わせた人物である。
一ヶ月ほど前、五十嵐先生とお会いした折り、「今度増田知事との対談が本になるから、読んで見てね。」と言われた。また先生は増田知事について、「非常に頭のいい人。財政がどれほどの段階に来ているか、理解している人。公共事業というシステムを止めなければ、財政が破綻して、立ち行かなくなるのを知っている人」と評された。
増田知事は、この道路工事の中止に対する周囲の猛烈な反発に対して、公共事業評価要綱を示し、持論を曲げなかった。そのことについて知事は当時を振り返りこのように言っている。
「必要な必要な事業はできるだけ重点的に行って効果を出す。無駄だと分かった事業は一切やらない」また地元に二度ほど足を運んで、このように説明した。
「奥産道に頼るのではなくて自然とうまく共生する地域のあり方というものを県としてしっかり考えます。云々」その具体化として、グリーンツーリズムを提唱している。グリーンツーリズムはスイスやドイツで提唱された体験型の観光の考え方であるが、都市の人間が農村に宿泊して、田植えや稲刈りをしながら、自然に親しむような観光のことである。現に「昨年遠野で炭焼きツアーの募集をしたら首都圏から応募が殺到した」とのことである。
どうやら知事は、地方としての岩手県のアイデンティティをしっかりもって、東京とは違う「特色ある地域をつくっていこう」としているようである。こうなると、岩手の南の玄関に位置する平泉という町は、計り知れないほどの重要な価値を持つことになる。知事には高館の前を無神経に素通りする平泉高館バイパスも是非止める方向で考えて貰いたいものだ。何故ならば、岩手というよりも日本の文化遺産の中でも、高館から見る景観というものは、最上の文化景観のひとつであり、日本人のアイデンティティを刺激し且つ郷愁を呼ぶ類いまれな景色だと思うからである。
皆さまにも、この新書「公共事業は止まるか」を基礎資料として一読されることをお奨めしたい。
--------------------------------------------------------------------------------
126 北上風さんへ/自制に感謝します!! 投稿者:管理人
投稿日: 2月24日(土)14時06分43秒
先ほど、北上風さんから、お詫びのメールが届き、削除いただきたい、との申し出が
ありましたので、昨日と本日の2通の投稿につき削除させていただきました。
早速のご協力感謝いたします。
尚これに懲りずに投稿くださるようお願い申し上げます。
--------------------------------------------------------------------------------
125 品格と節度のある投稿をお願い致します 投稿者:管理人
投稿日: 2月24日(土)12時39分36秒
皆さま
少し、論争が横道に逸れて、言葉遣い、その他少し品格がなくなりつつあります。
ほんのちょと自制が必要であるように思えます。
--------------------------------------------------------------------------------
124 平泉を助けてください 投稿者:前川
投稿日: 2月24日(土)08時05分11秒
平泉をそっとしておいてくれ。
私は常にそう思ってます。しかし、現実はそうではないのです。
このHPで憂えんでいる平泉バイパスの工事、国道4号線アメニティ道路工事、毛越寺街路の整備、ウオーキング道路事業、いまや、小さな平泉の街中は共通の具体的グランドデザインをもたない国・県・町の事業によってズタズタに破壊されているのです。
その上で今回の世界遺産暫定登録という事実。
このままでは、平泉が平泉でなくなってしまうと危惧するのは私だけでしょうか?
平泉を訪れる人の大半は、やはり「おくの細道」の平泉像を求めて来られると思います。
でも、もうあそこに描かれた平泉はないのです。変化の度合いは日に日に増しています。
平泉を、現在の世界遺産登録地のような現状にしたくない。だから世界遺産には反対だというのも、貴重な意見だと思います。日本の世界遺産に対する警告と受け取れます。このような声が多く挙がれば、日本の体質も変わるのではないでしょうか。
山に人が入れば、山が荒れる。だから自分は登らない。立派な主張です。しかしそうならないための努力も必要だと思うのです。
きれいごとに思われるかもしれませんが、じっとしていては何も変わりません。そっとしておいて欲しくても否応なく開発の手は延びてきます。
どうすれば一番いいのか?一緒に考えてはいただけませんか?そして実行しましょう。
最後に一言だけ平泉の弁護をさせてください。
平泉は、当代の文化技術の粋を集め、東アジア世界をも視野に入れた壮大な都市です。
平泉藤原氏は「ただもの」ではありません。同時期の平清盛に勝るとも劣らない、源頼朝なんて足元にも及ばない存在です。平泉の日本史上における意義はとてつもなく大きいと考えます。
--------------------------------------------------------------------------------
123 (無題) 投稿者:sakuramaya
投稿日: 2月24日(土)01時14分15秒
私は平泉を知らずして反論を述べたわけではない。
芭蕉の「奥の細道」の平泉の一章はは暗誦できるほどだし、毛越寺から中尊寺、高館に至る道、無量光院跡など史跡を巡り、かっての藤原氏の栄華の跡を辿ったこともある。私も東北に実家があって、歴史が天皇家中心のものになっていて、東北がほとんどないがしろにされている事には疑問を持つ一人だ。
しかし、客観的冷静に考えて欲しい。
私は日本全国の史跡、神社仏閣を巡ったが、その比較対照の中で、果たして平泉が日本を代表する史跡と言えるのか。
申し訳ないが、客観的に考えて平泉がそれに該当するとは思えない。
ご当地主義の、自分の故郷をひいきする感覚に過ぎないのではないか。
さらに言うならば、世界遺産に指定された地域が現在どういう状況になっているか知っているのだろうか。
京都、奈良は観光の街だ。白神山は観光か自然保護かでもめている。屋久島だって世界遺産によって多くの観光客が押し寄せて、とんでもない状況になろうとしている。
自分の故郷の歴史と景観が大事だったら、そっとしておいた方がいいではないか。
なぜ、あえて世界遺産にこだわるのだ。そんなブランドは関係ないだろう。
私は登山を趣味にしていて、山の自然はものすごく大事なものだと思うが、それでも自分が山を登ることによる自然破壊の原罪を思う。自分が山に登ることそのこと自体が自然破壊をしているのだということを。
自分が踏み出す一歩が、実は貴重な高山植物の生態系を乱しているかもしれない。また、すばらしかった山の話を他の人に話すことによって、その山を訪れるひとが増える。それはすなわち自然破壊につながる。
そんなことをもっと真摯に考えたらいい。
大事な自分の故郷を、観光客の人並みにうずめていいのか。
どんなに理想的なことを言っても、現実は、世界遺産に指定されたとたんに多くの観光資本がよってたかって、たんなる観光地にしてしまうことは、今まで実績が実証していると思うのだが。
いくら我々のめざしているものは違うといっても、現実にそうなることは目に見えているではないか。
それに対して、どんなことを考えているのかを問いたい。
--------------------------------------------------------------------------------
122 閲覧されている方々と平泉の皆さんへ 投稿者:前川
投稿日: 2月23日(金)15時45分34秒
なんだか本質から離れる議論が展開しておりますね。
世界遺産はブランドではありません。しかるに、ほとんどの人はそう思っても仕方ないでしょう。
かのイコモス(世界遺産の審査をする機関)でさえ、日本の世界遺産のあり方を問題視している。
私は平泉が世界遺産になるかならないかでなく、平泉について現状を議論し、今後のあり方を考える良い機会だと思っています。
平泉は人口9千人あまりの小さい町です。しかし、受け継いだ遺産は大きすぎる。国の史跡が四箇所もあります。そればかりか街全体が都市平泉の遺跡なのです。とても町の年間予算ではどうにもなりません。県の補助金をあてにすると、その事業を受けることになる。穴埋めばかりして、平泉の街はズタズタです。いまや平泉の文化遺産は危機的状況に陥っているのです。
世界遺産は、世界の破壊に直面している危機的な遺産を人類の宝として保護することが目的なわけです。経済大国日本に回すお金があれば、世界の今すぐにでも壊れそうな遺産にこそ手を延べたいという意見もあるでしょう。とどのつまり、日本は文化国家とはいえないのです。
平泉が世界遺産に登録されるか否かは、町の、県の、日本の問題です。全国の皆さんとともに、より良い方向へ、平泉を導いていただきたいのです。
このHPは、そのための意見交換の場だと認識しております。
平泉の方々はこの掲示板をどう思ってらっしゃるのか。
世界遺産推進協議会の皆様、ご意見はございませんでしょうか。
平泉は、平泉だけの平泉ではないのです。平泉に住む人はもちろんのこと、通勤する人、観光のため訪れた人、平泉を研究する人、義経が好きな人、藤原氏が好きな人、芭蕉に共感する人、通り過ぎるだけの人、いろんな人々からの意見を聞いて、一緒に考えたいのです。
いいえ、考えさせてはもらえませんか。
世界遺産講演会も大盛況だったとか。
閲覧されている方々、そして平泉の皆さん、広くご意見をお聞かせください。
--------------------------------------------------------------------------------
121 世界遺産はブランドなどでは断じてない!!sakuramaya
さんへ 投稿者:佐藤 投稿日: 2月23日(金)12時30分31秒
sakuramaya さんへ
世界遺産登録したために返って環境は破壊される可能性はある。
というご指摘面白いと思います。あなた様の言い分ある面では的を得ている点も感じます。
ただそれは日本中で起こっている世界遺産登録運動に対してであって、
我々が平泉という中世の遺構を世界遺産にしようとする運動に対しては、少し的はずれです。
青山先生がこの前、強調された「文化景観」という考え方は、ブランドなどとは、180度違う感覚です。
もちろん世界遺産という考え方は、文化庁が推進する文化保護の考え方ともいささか異なっています。
世界遺産という精神は、どれほどあなた様が理解されているか、分かりませんが、
日本人の一般的な文化観念の先を行っている感覚だと思いますよ。
それは、日本において飛弾白川郷の合掌造り集落が、世界遺産に登録されたことを見ても分かります。
その登録の理由をご存じでしょうか?
それは文化登録の4、5、において選ばれたからです。
では文化遺産登録の基準の4,5とは以下の通りですね。
4.人類の歴史の重要な段階を物語る建築様式、あるいは建築的または技術的な集合体、
あるいは景観に関するすぐれた見本であること。
5.ある文化(または複数の文化)を特徴づけるような人類の伝統的集落や土地利用の一例
であること。特に抗しきれない歴史 の流れによってその存続が危うくなっている場合。
おそらく白川郷がこんなに早く登録されるとは、誰も思わなかったと思います。
ユネスコの世界遺産は、国とか、観光とか、そう言った目的のブランドとしてあるのではありません。
まさに文明の発展という時代の流れに抗しきれずにある人類固有の貴重な遺産を、人類共通の遺産として
保護しようとするものです。よく私が書いたものを読んでいただければ分かりますが、ブランドにしようとか、
観光の目的にして、単なる「町おこし」としてであれば、問題だ、ということを指摘しております。
--------------------------------------------------------------------------------
120 反論 投稿者:sakuramaya
投稿日: 2月23日(金)00時36分49秒
世界遺産の登録がいったいどんな意味があるというのだろうか。それほどブランド名が欲しいということなのか。たとえば、佐藤氏は百名山の批判を行っているが、百名山に登録してくれと言ってるのに似てるのではないのか。いくら否定してもそれに伴う観光化と環境破壊は間違いなく引き起こされるし、その弊害をこそ考えるべきではないのか。
--------------------------------------------------------------------------------
119 ユネスコの文化遺産登録と平泉W 投稿者:佐藤
投稿日: 2月22日(木)20時51分22秒
周知のように、世界遺産には、奈良や京都の寺社のような「文化遺産」と屋久島や白神山地のような「自然遺産」、また特に文化遺産と自然遺産の要素をかねそなえているペルーのマチュピチュやオーストラリアのタスマニアのような「複合遺産」の三つがある。
冒頭の?において、説明した世界遺産登録の基準は、文化遺産についての登録基準であるが、「自然遺産」についての登録基準は、以下の4点である。
?.生命進化の記録、地形形成における重要な進行しつつある 地質学的過程、あるいは重要な地形学的、あるいは自然地理学
的特徴を含む、地球の歴史の主要な段階を代表する顕著な例 であること 。
?.陸上・淡水域・沿岸・海洋生態系、動・植物群集の進化や発展において、重要な進行しつつある生
態学的・生物学的課程を代表する顕著な例であること。
?.ひときわすぐれた自然美および美的要素をもった自然現象、あるいは地域を含むこと。
?.学術上、あるいは保全上の観点から見て、顕著で普遍的な価値をもつ、絶滅のおそれのある種を含
む、野生状態における生物の多様性の保全にとって、最も重要な自然の生息・生育地を含むこと
。
2000年1月現在で、世界遺産登録されている件数は680に及ぶが、内訳は文化遺産480件、自然遺産128件、複合遺産22件と、圧倒的に文化遺産の占める割合が多い。しかも登録基準は、厳正であり、何故それが世界遺産として登録されたかまで明示されている。ちなみに現在の日本の世界遺産の登録件数は10件を数えるがその登録理由は、以下のようになっている。かっこ内が登録理由である。
法隆寺地域の仏教建造物,1993年登録,文化遺産、登録(1)(2)(4)(6)
姫路城,1993年登録,文化遺産(1)(4)
屋久島,1993年登録,自然遺産(?)(?)
白神山地,1993年登録,自然遺産(?)
古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市),1994年登録,文化遺産(2)(4)
白川郷・五箇山の合掌造り集落,1995年登録,文化遺産(4)(5)
原爆ドーム,1996年登録,文化遺産(6)
厳島神社,1996年登録,文化遺産(1)(2)(4)(6)
古都奈良の文化財,1998年登録,文化遺産(2)(3)(4)(6)
日光の社寺,1999年登録,文化遺産(1)(4)(6)
さてこのように考えると、ただ曖昧な形で、「おらが平泉を世界遺産に」などと日本の政治家などに陳情する具合に運動したところで、世界遺産に登録されることはないと断言できる。続く
------------------------------------------------------------------------------
118 ユネスコの文化遺産登録と平泉V 投稿者:佐藤
投稿日: 2月22日(木)19時52分29秒
我々もまた平泉という地域を大切に思い、是非にも世界遺産登録して貰いたいと思っているが、それは自治体の都合に合わせてであったり、何かしらの商売をやろうとして、そう言っているのではない。この平泉という場所が、世界的にみても、人類の歴史の中で、誇りうる文化的都市としての体裁を保持していると思うからそうしているに過ぎないのである。
ところが各自治体の首長や、地元はの大方の意見は、「村おこし」、「町おこし」のレベルで発想しているのである。そこで考えて貰いたいのは、世界遺産に登録されたら、今までのように勝ってな開発行為はできなくなりますよ。そのリスクを理解した上での賛成ですか?と敢えていいたいのである。世界遺産に登録されたら、人類共通の遺産となるのだから、地元のわがままは通らない。開発なんてとんでもないとなる可能性だってある。
つまり世界遺産登録されれば、そう易々とこれまでのように簡単に道路ひとつ作ることができないことを知るべきである。ところが大方の人々は、地元の文化遺産が、「世界遺産に登録されれば、観光客が大挙して押し寄せるだろう。だから世界遺産に何が何でも登録して貰う」という態度が見え見えである。世界遺産とは、本来そういう性格のものではない。
今回の「第一回世界遺産講演会」で青山先生が強調されたこともそのことである。耳障りの良い言葉に酔って、世界遺産登録されれば、棚ぼた式に、お金が入ったり、観光客が来てくれると思ったらとんでもない勘違いである。続く
--------------------------------------------------------------------------------
117 土地の魂 投稿者:べるたん
投稿日: 2月20日(火)17時52分01秒
過日の世界遺産講演会で青山茂さんは
「ゲニウム・ロキ」(ラテン語で「土地の魂」)を大切にとおっしゃった。
その土地にしかない固有のもの、という意味なそうだ。
佐藤さんが語っていることにあい通じる思想ではなかろうか。
案外その土地の人が気付かないこともあるし、
反対にものすごく縛られていることもあると思う。
奈良にも京都にもない平泉の良さとは何か、
平泉の「らしさ」とは、平泉の「誇り」とはなにか、
自覚が必要な時であろう
--------------------------------------------------------------------------------
116 ユネスコの文化遺産登録と平泉U 投稿者:佐藤
投稿日: 2月19日(月)22時43分00秒
大雑把に見てしまえば平泉文化は、京風の移築と言われても仕方の無い側面がある。そこで大事なのは、奥州的なる文化の痕跡である。
そのように考える時、柳の御所の周囲に堀が廻らされているとか、やはり安倍の時代から、いや伊治呰麻呂の時代から戦に備える館としての町の側面である。さて柳の御所や高館、伽羅御所のロケーションもやはり巧みに河川と崖を背景として築かれた城郭都市と言えないこともない。もちろん現在は、北上川の流れの変化によって、なかなか都市の全貌を復元することは難しいが、平泉の原型は、栗駒山(須川岳)の上流の骨寺にあるとする考え方もある。
そこに平泉の京都とは違う都市としての個性があるように思われる。つまり自己を「俘囚の上頭」と規定した初代清盛の精神性が現れていると考えるべきだし、朽ち果てた己をミイラ(死した者をミイラを蝦夷の習俗と見る見方もある)とすることで、京都の文化とは異質な文化に連なっているという、奥州藤原氏のアイデンティティの問題である。
あの画家の岡本太郎が、著作の中で、「金色堂に入った瞬間、異様な気分になった、同時に非常に縄文的な骨太なものを感じた」というようなことを語ったことがある。まさに平泉文化が、京風な文化を脱して、己自身を世界にアピールできうる文化的財産は、この縄文文化に連なる文化的風土なのである。平泉文化の根底には、明らかに縄文的なるものに連なる何かがある。
この平泉文化の中にある縄文的なるものをそれこそ意識的に世界遺産委員にアピールすべきであろう。だとすれば、藤原4代(泰衡も含め)のミイラも重要なアピールポイントであり、柳の御所や高館、泉が城等の周囲の堀や崖を利用した当時の配置を研究し、出来うる限り当時の自景観を復元することもまた重要である。続く
--------------------------------------------------------------------------------
115 ユネスコの文化遺産登録と平泉T 投稿者:佐藤
投稿日: 2月19日(月)21時46分48秒
少し世界遺産登録について、私なりに考えてみたい。
最終的にユネスコの世界遺産登録を決定するのは、世界遺産委員会であるが、その登録する場合の基準はこのように明示されている。
文化遺産の場合
1.人間の創造的才能を表す傑作であること
2.ある期間、あるいは世界のある文化圏において、建築物、技術、記念碑、都市計画、景観設計の発
展に大きな影響を与えた人間的価値の交流を示していること
3.現存する、あるいはすでに消滅してしまった文化的伝統や文明に関する独特な、あるいは稀な証拠を示していること
4.人類の歴史の重要な段階を物語る建築様式、あるいは建築的または技術的な集合体、あるいは景観に関するすぐれた見本であること
5.ある文化(または複数の文化)を特徴づけるような人類の伝統的集落や土地利用の一例であること。特に抗しきれない歴史
の流れによってその存続が危うくなっている場合
6.顕著で普遍的な価値をもつ出来事、生きた伝統、思想、信 仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または実質的関連
があること
1の人間というのは、原文では天才という風になっている。天才とは、ダビンチやミケランジェロのような天才の創造したものという意味である。
2については奥州藤原氏が、京の都から遠く隔たった平泉という場所に、何故此ほどの都市を建築できたのか、その背景と都市のグランドデザインを示しうるものでなければならない。要するに奥州藤原氏の文化風土を良く伝えた遺産をアピールしなければならないことになる。
さて平泉の場合は、状況を厳しく見つめるならば、まず建築物で言えば、残念ながらその当時を伝えるような伽藍は奈良や京都と比較した場合極めて少ない。間違いなく世界遺産になりうる建築物と言えば、奥州藤原氏の繁栄を伝える文字通りの金字塔としての金色堂と鞘堂を於いてはかなり弱いかもしれない。何故ならそのほとんどの建物は、近世か明治以降になって建てられたものである。特に毛越寺の場合は、ことごとく焼失しており、大泉ケ池を含めた景観がその決め手になるしかない。仏像などの宝物は、中尊寺の讃衡蔵を中心に保存されており、世界遺産登録の場合の重要なアピールポイントとなるであろう。
3は重要である。何故なら基本的に平泉という場所は、奥州藤原氏が滅んだ廃墟のような雰囲気を漂わせた町だからである。これを以て「文化的景観」あるいは「歴史的景観」と読んでいいかもしれない。そこで無量光院や柳の御所、伽羅御所の遺構の保存の仕方には、人一倍の気を配らなければならないことになる。現在無量光院は、JRの線路によって、分断されているが、これを何とか、移して、本来の遺構を回復させるべきであると思う。また柳の御所は、ただその横に、資料館が出来て発掘された遺物を展示しているがどうも景観に合わない感じがするのは私だけだろうか。また柳の御所の遺構をただ土塊の原っぱにしておかないで、ローマの遺跡のような見せ方はできないものだろうか。つまり単に遺跡の場所に新しい建物を構築するというのではなく、廃墟を廃墟として見せるものひとつの文化なのである。続く
--------------------------------------------------------------------------------
114 世界遺産講演会に300人 投稿者:べるたん
投稿日: 2月19日(月)09時29分34秒
本日の岩手日日新聞朝刊から
講演会では、講師の青山茂さんが古都奈良の文化財を例に挙げ、「文K財保護法を柱としたわが国の保存の概念と世界遺産のそれとは異なる」と話し、世界の中の文化遺産となることに誇りを持つことの大切さを強調。登録された奈良の文化財は、「これら全体が日本の奈良時代の文化、歴史を今に伝えるもの」説明。具体的な事例をあげてその選定基準が文化財保護法と異なる点を強調された。
また、遺産登録のメリットとして、観光客の増加などをはじめから期待することは世界遺産への冒!、と声を大にして語った。
参加した私の感想ですが、青山先生のお話しで、印象に残ったのは、「文化的景観」という語でした。自然景観、あるいは歴史的景観とも違うユネスコ独特の概念であり、特色でもある「文化的景観」、さて、平泉の、平泉文化の「文化的景観」ってなんでしょう。
また先生は、「最初から国や行政がやってくれたことはない、みんなが声を大にして、守ってきたんだ!」とこれまた声を大にして熱く語っておりました。
平泉の文化的景観に高館が含まれることは、疑う余地がない。これを守っていくためには、やはりみんなが声を大にして訴えつづけることが大切なんだ、と決意を新たにした講演会でした。
--------------------------------------------------------------------------------
113 毛越寺レストハウスに集合!! 投稿者:管理人
投稿日: 2月18日(日)11時10分57秒
皆さま、ご存じのように、本日1時、平泉町の毛越寺レストハウスにおいて、
第1回世界遺産講演会」を開催されます。
お近くの皆さまは、是非ご参加されて、青山茂帝塚山短大名誉教授のお話をお聞きください。
先生の講演は「世界遺産の意義」となっております。奈良の文化遺産保存に造詣
の深い先生のお話は、きっと平泉の世界遺産登録にとって、何が必要で、何が必要
でないか、という点まで明確に言及されると思われます。
参加された方のレポートをお待ちいたします。
--------------------------------------------------------------------------------
112 なつかしく思いました 投稿者:k.kimura
投稿日: 2月16日(金)12時49分43秒
佐藤さんへ
松岡さんのおたより 読みまして懐かしく思いました。
と言うのも10年ほど前になりますが、英国へ行ったおりに、
シェークスピアの生家を求めて
Stratfod on Avon Stonehenge
Bathまでドライブした思い出があります。あのどこまでも行っても草原の
風景は忘れることが出来ません。いつの日かまた行って見たいと思います。
日本もイギリスいやUKを見習って景色を大切にしていきたいと思っている一人です。
毎日のように平泉の景観問題や義経伝説にアクセスしています。今後とも
宜しくお願い致します。
--------------------------------------------------------------------------------
111 イギリス在住の人物からの手紙 投稿者:佐藤
投稿日: 2月16日(金)11時17分33秒
昨日、突然イギリスに在住の人物から心温まるお手紙をいただきました。
ご本人様よりメールの掲載許可をいただき、以下に掲載致します。
*************************
こんにちは、
松岡と申します。現在仕事のため英国に単身赴任しております。
近く、平泉で親族会をするためにどこかレストランをとwebを検索していたらこのHPにぶつかりました。
高館付近バイパスが通る予定とのこと、とても悲しく聞きました。もちろん大反対です。
また、このことに義憤を感じ計画阻止しようとしている佐藤さんにとても尊敬の念を抱きました。
亡き父が愛し眠る美しい平泉の景観をなんとか守ってあげたいと思います。
とおく離れた場所からではお力になれませんが、応援しております。頑張ってください。(以下略)
松岡 伸介
*************************
そこで私は、松岡さんに対して次のようなメールを書きました。
松岡伸介 様
こんばんわ。
大変暖かいご返事をいただき光栄に思います。
なかなか、世の中では、在ってはならないようなことが平気でまかり通ってしまうことがあります。
イギリスでは、ナショナルトラストのようなしっかりした組織もあり運動も出来ているようですが、
我が日本は、文化や遺跡というようなものに価値観を置かない所があり、こまったものです。
それでも、村おこしになると言えば、「世界遺産登録は賛成」
と同時に、まったく景観を損なってしなう「高館前のバイパス」のような
ものを平気で許容してしまうレベルの低さなのです。
何しろ世界遺産の加盟承認でも、出来た時より二十数年経ってから、
中国や韓国などより、遙かに遅れて確か九三年に加盟した位です。
私にとって、平泉の景観は、何ものにも代え難い宝であり、これが平気で
踏みにじられるのを黙って見過ごすことは出来ないという気持ちで、やっております。
それから反対のご署名感謝いたします。
今後とも、是非掲示板の書き込みにご参加していただくよう御願い申し上げます。
本当にありがとうございました。
佐藤弘弥
--------------------------------------------------------------------------------
110 平泉町の職員さんへ 投稿者:すすむ君
投稿日: 2月12日(月)22時04分27秒
こんにちは。初めて投稿します。
私は、このページを以前からちょこちょこ拝見していました。そこで感じたのですが、平泉に住む町民は、この問題に関して、どう思っているのか。また、この工事が国や県の主導で動いているにしろ、町行政マンはどのように関心を持っているかが、わかりません。
この工事(景観問題)が国や県の下で行われているにしろ、町民や平泉町行政はよそを向いている場合ではないと思います。その結果が、工事を肯定するとしても…。
今、地方行政は大きな変化点にさしかかっています。地方分権や市町村の統合問題などです。平泉町もしかりです。地方の特色を出さなければならない時代に入ってきているんです。ここでは住民主導型が一番よいといわれていますが、実際はどこでも行政主導型なんです。
そこで言いたい!!あえて苦言を呈しますが、平泉の行政マンは、自分たちの住んでいる町を将来どのように導いていくつもりですか?町づくりの核となる要素を多く持っているのに、ただ時の流れに身を任せるだけですか。「自分の町をこのようにしたい、こうしたら町民もビジターも喜んでもらえるだろう」というコンセプトを持った行政マンが当町の役場におられることを望みます。
何の特色もない町が、あらゆる知恵を駆使してこの時代を生き残ろうとしています。それに比べれば平泉町は、幸せですよ。色んな方向性を持った町づくりが可能じゃないですか。
なんか景観問題よりも行政対するグチになってしまいましたが、要するに、役場内の新しい町の方向性を持った職員に、もっとがんばってもらいたいんです。
--------------------------------------------------------------------------------
109 世界遺産講演会開催 投稿者:べるたん
投稿日: 1月26日(金)14時21分52秒
平泉町では、来る2月18日、午後1時より、町内毛越寺レストハウスにおいて、
「第1回世界遺産講演会」を開催する予定。参加無料。
講師は奈良市教育委員青山茂氏。演題は「世界遺産の意義」。
聞くところによれば、青山氏は京大法卒、毎日新聞奈良支局で文化記者11年、
その後、大阪本社学芸部で副部長、編集局長まで勤められた方。
現在は帝塚山大学短大名誉教授であり、奈良市の教育委員でもある。
今回の講演会では、質疑応答の時間もたっぷりとっており、この際みんなで大挙押しかけて、
高館の景観が壊れてもいいものか質問してみるのもいいかもしれません。
道路建設 走りだしたら止まらない。 投稿者:アサヒ 投稿日: 1月25日(木)18時31分53秒
1月24日水曜日の朝日新聞朝刊に「歩く解説 道路事業 走り出すと止まらない」という記事がありました。
道路事業は公共事業の中で抜きんでて事業費が大きく、2002年度を目標にする道路整備5か年計画は78兆円にのぼるという。なのに、道路の公共事業を見直されないのは、「特定財源」という独自の財源をもつかららしい。つまり、車のガソリン税や重量税、取得税などが財源となる。また道路は点と点を結ぶため環境破壊もみえにくいらしい。ゆえに「聖域」化して、走り出したら止まらないというのだ。
確かに、我々の中で、部分的に広げられた道路がいつかつながり、びゅんびゅん車が行き交う町になると見通して、住宅地を購入する人はいまい。その広い道路を渡って学校へ通う子供たちは、道路がつながった時、どうするのか?その時、反対運動を起こしてもあとのまつりである。
高館のバイパスの問題もそうだ。いざ、工事がはじまり、あの悲惨な光景を目にして、初めて危機感を感じたのだから。現在の技術なら、トンネル工法も可能である。あるいは、立派な新高館橋ができるのだから川東を通す手もあるのではないだろうか?遊水池といっても、農地整備をしているくらいだから。
「一度計画したら、絶対道路は通す」と、元建設省の姿勢を聞いたことがある。若者はいつまでその計画のゾンビにつき合わされるのか。国土交通などという新名はまさに名の通りだと思う。
しかし、これらの計画は一体いつから始まり、どこまで施工されているのか?日本全体を知りうる人間がいるのだろうか?平泉も、どういう環境になるかご存じか?
以前、扇大臣が、「日本のグランドデザインを」と言っていたが、平泉のグランドデザインを考えるべきではないか?果たして、今の平泉にグランドデザインがあるのだろうか?
世界遺産登録に向けて、民間の推進協議会が発足したとのこと。エライ先生方や、コンサルタントなんかにまかせた、ただのお祭りさわぎでなく、もっともっと議論を深めてほしいものである。
--------------------------------------------------------------------------------
108 岩手の川や鳥が泣いている 投稿者:橘次
投稿日: 1月22日(月)07時27分30秒
22日深夜の、ラジオNHKの「サンデートーク」は、「鳥や獣はいなくていいのか」という内容
パネラーの岩手県宮古市に住む動物文学者の遠藤氏は、「昨年、岩手の北上川流域などでは大量の毛虫が発生」したことを例に挙げた。
理由は、「毛虫を好むカッコウなどの鳥が激減したから」で、「カッコウのパートナーである、オオヨシキリがいなくなったから」だという。カッコウは、オオヨシキリの巣に卵を産み付けるので、両者は関係があるらしい。オオヨシキリが消えた背景には、そのすみかである「葦原がなくなったから」だと遠藤氏は指摘する。都市化、河川改修、河川敷公園、ゴルフ場などと、コンクリートで固めた水辺に鳥たちは住めない。
鳥や獣がいなくなるのは、自然環境が悪化したからだ。そんな誰でもわかることを、去年の毛虫大量発生は、自然界が我々に知らせ、警鐘を鳴らしているのだ。
高館の景観問題は、北上川の河川工事と連動している。バイパス近くには、水辺プラザなるコンクリート固めの施設ができる。そこには、野鳥のすみかである葦原はない。
自然環境の悪化は、人間環境の悪化でもある。我々は、この世界を共有しているのだから。
高館景観問題、平泉景観問題は、岩手の自然環境問題ともリンクするのではないだろうか。
21世紀は「環境」という言葉がキーワードになるようだが、現在進んでいる問題は、時勢に逆行しているのではないだろうか?
うちの近くにも、川はある。しかし岩手の川とは比べ物にならないくらい汚い。だから、少しでも快適に見えるようにコンクリートの河川敷を作り、散策コースを設けたり、魚を放流してみたりする。橋脚の上では車が渋滞し、騒音の中、子供たちは汚い川で遊び、犬を散歩させ、夏にはバーベキューをする親子連れがあり、驚いた。住環境の便利さの代償である。
岩手は、自然が豊富だと自負しすぎているのではあるまいか。豊かな生態系を維持する河川敷をコンクリート張りにすることがなぜ、いいのか。考えてみてはいただけないだろうか。
--------------------------------------------------------------------------------
107 平泉は大雪 投稿者:北上風
投稿日: 1月16日(火)15時06分04秒
北上風です。先週までの大雪で、平泉は一面の銀世界、なかなか趣がございます。
近年平泉で写真を撮るなら、夜討ち朝駆けがもう鉄則でございますが、雪もなかなかにおつなもの
この麗しい歴史的景観を阻害するあらゆる構造物やら造成現場をすっかり隠して静かな佇まい、
ですが、バイパスの工事状況は、もうそんな雪なんかお構いなしでして、最近は、あの貧弱な高館橋の上に大型トラックが5台も乗っかって、すごいラッシュ。とにかくもうやるだけやるという、国土交通省の信念がビリビリと伝わって参ります。
多分、バイパスが完成するころには、新高館橋も出来上がって、さんざんこき使われたあの橋は、そのままお役御免となるのでしょう。
何でも、バイパス計画も、衣川を通過して高速のインター近くにたどり着いたら一応終了との事、どこまでも不幸なのは高館というところでしょうか。
大雪で高速道が通行止めになると、国道4号は大変な渋滞でしたが、これとて平泉バイパスがあってもなくても同じ事、なにせ渋滞の元は平泉・一関間の国道事情によると私はみた。
バイパスできても、渋滞は緩和しまへん。
2000.11.26
2001.02.27 管理人