平泉・高館・景観問題・掲示板バックナンバー E

E2001.04.15〜5.02

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187 世界遺産の選考基準と平泉の個性 1 投稿者:佐藤  投稿日: 5月 1日(火)19時02分37秒

        世界遺産とは、いったい何か、ということを、考えて見たい。今、世界遺産委員会では、遺産登録の前提となる暫定リストを作成するにあた
        って、次の三点のことを留意するように呼び掛けている。

        すなわち?世界遺産リストに十分に十分登録されていない新たな分野に焦点をあてる。?資産の価値を厳格に捉え、登録数の多い国は
        推薦を自粛する。?推薦国政府が保護に対してその持てる限りの手段で全力を注いでいることの証明を示す。

        私はまずこの?を考えて見たい。ここで今後世界遺産とされるものの登録基準示されているということである。その基準とは、世界遺産にこ
        れまで登録されていない貴重な新分野であることである。もうどこかにありそうな場合は登録から除外されるということを意味している。ともす
        れば、かなり名のある学者でも、平泉は京都の社寺をコピーし奥州平泉に移築しただけの文化というような誤った考え方を取る人が多い。
        そうすると京都が世界遺産に登録されてしまっており、世界遺産としての稀少性が消えてしまうのである。

        平泉と京都の違いは、明らかにある。平泉の都市の造形には、山河を成形する場合でも、自然の流れというものを京都以上に重要視して
        造られている。これは初代清衡公が最初に考えたグランドデザインの影響力が強く反映しているためであろう。都市京都にあって都市平泉
        にないものは、朝廷の住まう御所であり天皇の権威である。逆に平泉にあって京都にないものは、その都市全体が館としての性格を持ちな
        がらも、随所に遊び心が施され、自然を愛でる空間が、至る所に存在していたことである。三本の川から溢れる清水を街全体に血流の如く
        這わせながら、水の都の如き景観を造っていた個性のある都市空間であったと想像される。

        鎌倉という中世都市の景観が、平泉の社寺の範を取っていることは、平泉の歴史を囓っている人で在れば知っていることである。また現代
        において京都の景観の代表格のひとつと呼んでよい金閣寺や銀閣寺とその周辺の景観は、京都文化の発展という側面を持ちながら、中
        尊寺金色堂周辺の景観により強い影響を受けていると思うがどうであろう。

        平泉の文化は、1189年を最後に、奥州藤原氏という後ろ盾がなくなり、一旦消え失せるかに見えた。しかし清衡公の中尊寺供養願文に守
        られた思想は、どのような状況になっても、微塵も揺るぐものではなかった。驚くべきその精神性は、彼らが死した後にも、秀衡公(?)の御
        霊が頼朝の妻政子の枕辺に立ち「金色堂を守れ」と訴えるほどであった。

        ともかく都市平泉の特徴として、真っ先に上げらるべきは、三つの川(衣川、太田川、北上川)から溢れくる水を景観に生かした園池構造の
        都市だったことは、この10年で更に進んだ考古学の成果が、我々に教える所である。要は「平泉は都市として、京都のコピーに過ぎない」
        という説は、間違っていたというべきである。さらに批判を怖れずに言えば、清衡公以降の藤原三代が行った都市平泉の建設には、現代
        に通じるような、環境に優しい考え方が取られていたというようなことも云えるのである。(つづく)

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186 4.28岩手日報”「夢の跡」がなくなる”の記事  投稿者:佐藤  投稿日: 5月 1日(火)18時28分42秒

        「平泉景観問題HP」が、さる4月28日に「岩手日報」紙上に取り上げられ、危機にある「高館の景観」が”「夢の跡」がなくなる”というタイトル
        で掲載されました。

        この中で、注目されることは、国土交通省岩手工事事務所の佐藤宏明所長が、本年度の早い時期に「高館環境検討委員会」(仮称)を設
        立し、学識経験者や、地元の世界遺産登録推進協議会のメンバーらから、意見を聞く方針と、発言したことでしょう。

        但し、彼自身「工事は中尊寺付近の渋滞緩和や、洪水から住民の生命を守るために唯一の対策、仮に堤防がない場合、柳の御所遺跡が
        水に浸かる危険もある」と脅しとも取れるようなステレオタイプの発言をしていることは非常に残念です。

        今、大変失礼な言い方かも知れないが、県が主体となって「景観サポーター」というシステムが、立ち上げられ、何度か、意見を具申してい
        るようだが、この制度が思うように機能しているとは、到底おもえないのです。その第一の理由は、この制度自身が、ひとつの住民に十分審
        議して貰ったというステップに過ぎないようなものとしてあるからです。大事なことは、ひとつの方向に様々な意見を収れんしていくためのアリ
        バイ作りではなく、未来に禍根を残さない景観を造るための真摯な意見交換の場であると思うがどうでしょう。

        まず提案したいのは、まず即刻に現在のバイパス工事を中止し、もしも先の「高館環境検討委員会」(仮称)で中止という意見が大勢を占め
        た場合は、「工事の全面中止」もありうるという覚悟を以て委員会を立ち上げるべきであると思うがどうでしょう。

        皆さまのより幅広い意見を採り上げながら、未来に通ずる選択をしてゆく、第一歩にしたいと思います。

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185 春の高館歌の旅7 投稿者:佐藤  投稿日: 5月 1日(火)16時07分49秒

        高館を守るひと

        大きなシベリアンハスキーが、睨みを利かせる道を伝って、瀟洒(しょうしゃ)な造りの母屋に辿り着いた。チャイムを鳴らすと、奥から優しい
        お顔の奥さんが現れた。

        「川縁にある船はこちらのお宅のでしょうか。川の漁についてお話をお伺いしたいのです。川の漁師さんはご在宅でしょうか?」と私が言う
        と、奥さんはクスクスと人なつっこい笑顔を浮かべながら、奥に向かって、「川の漁師さんに話だと」と言うと、奥から、太い眉に古武士の風貌
        のご主人が現れ、こちらをまじまじと見て、「・・・まずは、あがらっしぇ」と言われた。

        話を聞けば、確かに漁はしているが、それはあくまで趣味であって、漁で生計を立てている訳ではないことを知った。ご主人は小野寺亀一
        さんと言う人物で、以前国鉄(現JR)に勤務していた人物であった。朝の三時半頃には起きて、川縁にある船を駆って釣りの漁に出かける
        のを習慣とされている。奥さんが「川の漁師さん」と言った時に、クスクスとされた意味が初めて呑み込めた。

        北上川で獲れる魚と言えば、鯉、鮒、鰻、鮎、鮠(はや)モズクガニ、などであったが、最近は改修工事の進行に伴って、捕獲量に大きな
        変化が見られている。特に鰻とモズクガニは、ここのところ余り取れなくなってきていると、小野寺さんは話された。

        川縁にある魚小屋に案内された。そこには囲炉裏が設えてある。例年この魚小屋では例年二月に近くの町民が集まって、獲れた魚を囓り
        ながら、一杯呑むのだと言う。鴨居の横に弁慶が在り、今朝獲れたばかりのアカハラ(鮠をこの地ではキグと呼び、さらに春の産卵時期に
        は、メスの腹が赤くなることからこの名称がで呼ばれる)が二十匹ばかり、串刺しにされている。

        その鮠の大きさを見て驚いた。一尺(30.3cm)を越える大物が数匹いる。それは北上川という川の豊かさを象徴しているようにも思われ
        た。しかし3時半から漁をして、このくらいでは、商売にはならないことは明らかだ。「どう食べてみるが、すぐに焙ってあげる」と言われたが
        遠慮した。

        最後に、小野寺さんにカスリン(昭和22年、9月14〜16日)、アイオン(昭和23年9月15〜17日)、両台風の時の水の上がり具合を聞いた。
        「どうでした。大変でしたでしょうね。」と聞くと、
        「この崖の3分の1位まで水が来たかな。」とあっさり答えられたのが印象に残った。

        きっとこの小野寺さんという家は、この高館の麓の柳の御所を守る家として連綿と中世よりこの地に住んでいるのであろうか。そんな風に自
        然に考えることができたのも、小野寺さんの表情の何処かに見え隠れする「この地を守るぞ」というような凛とした精神に触れたからかもしれ
        ない。

        小野寺さんの家は、平泉バイパスの計画路線内にあり、土地の一部が、道路用地として、引っかかっているとのことだ。奥さんがしみじみと
        言われた。
        「このような場所に住んでいるので、色々とあって、大変なんです。ただ静に暮らしたいですよ。ホントにね・・・」(つづく)

         高館を守る家(や)の在りて千年の栄枯見据えし岸辺の旧家

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184 新聞を読んで 投稿者:盛岡市民  投稿日: 4月29日(日)02時38分04秒

        新聞を見て驚きました。
        私は平泉がとても好きです。
        このバイパスを造るにあたって、私にはわからないいろいろな問題があるのでしょうが、
        あの景観が無くなってしまう事が本当に残念でなりません。
        昔をしのんで芭蕉が「夏草や・・」と詠った地。
        更に長い年月を経て、現代の人達がそれをしのんで訪れているのです。
        堤防やバイパスの必要性はわかります。
        だけど、別な方法が考えられないものなのでしょうか?
        この景観だって重要な文化だと思います。
        人為的にその景観を損ねようとしている事が恐ろしい・・・。
        本当にこれでいいのでしょうか?どうしても納得いかない。
        私は悲しくてなりません。

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183 問題の整理 投稿者:一関市民B  投稿日: 4月28日(土)10時40分46秒

        匿名で失礼いたします。
        今朝の新聞を読んで感じたことですが、堤防の問題とバイパスの問題を一度切り離して
        考えた方がよいのではないでしょうか。
        前から気になっていて、今回の新聞読んだときにも感じたのですが、
        国が「渋滞緩和と洪水」を一まとめにして、「唯一の対策」という、その発想に疑問を感じます。
        今の計画が本当に「唯一」なんでしょうか。
        そこらあたりからこの問題を整理してみることが重要ではないかと思うのですが
        それから、このHPの過去の記事を読む限りでは、800年前の風景を保存したり復元しよう
        という話ではないんですよね。
        景観が長い間に変貌することは自然なことだと思います。
        けれど、人為的に景観をいじくる時には、やはりいろいろと考えるべきでしょうね。
        ましてや、平泉のような特殊な地域はなおさらのことだと思います。
        繁栄と衰退の長い歴史を刻む土地ですから、その周辺に暮らす私たちも、もっと真剣に
        考えてもいいのではないでしょうか。    

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182 新聞を読んだ感想 投稿者:橘次  投稿日: 4月28日(土)10時20分22秒

        岩手日報は私も読みました。最後の工事事務所の所長の言では、「中尊寺付近の渋滞緩和と洪水対策を兼ね備えた唯一の対策」とあり、
        このままでは柳の御所さえ水につかるとも。ここでは、2つに問題がごっちゃにされています。北上川遊水池計画と平泉バイパスは別々の
        問題から派生した計画です。日報でも、バイパス問題について「本当にこれでいいのか」ではないのでしょうか?
         ゆえに、高館附近が浸食されるという問題と、堤防の問題と、バイパスの問題は別個に議論されるべきであり、これらすべてを洪水問題と
        置き換えるのはおかしいと思います。

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181 新聞を読んで 投稿者:一関市民  投稿日: 4月28日(土)09時27分21秒

        岩手日報に「本当にこれでいいのか」という問題提起された高舘についてお伺いします。高舘からの景観は、館跡から北上川を望んだ場
        合800年前と同じでしょうか?違います。崖は浸食され、長くない時間に館は崩壊するでしょう。当時の北上川は東側を流れていたので
        す。何もしないことが保存でしょうか?800年前については、10年20年単位で考えても良いのではないでしょうか。アイオン・カサリンの水
        害で家を流された一関市民としての意見です。

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180 春の高館歌の旅5 投稿者:佐藤  投稿日: 4月28日(土)08時33分42秒

        寂しきもの

        この北上川には、昔から川の漁で暮らす人々が居たと聞く。しかし今回の大規模な川の流れを束稲山に移動させるような大規模な河川工
        事により、川での漁は不可能になった。工事道路を遡ると、岸辺に留めてある一艘の船が、私の目に飛び込んできた。船の結んである左
        方には、高館山を登って粗末な階段のようなものが、設えられてある。それを少し登り、板を渡しただけの橋桁を越えると、この船の持ち主
        と思われる人の家が建っていた。

        高館に川の漁師の舟見えて魚影は見えず抉られし河
        悲しくも無用の舟となりたるや川の漁師は何もて生きむ

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179 春の高館歌の旅5 投稿者:佐藤  投稿日: 4月28日(土)00時29分15秒

        神々しきもの

        高館橋の下から北上川に沿って北に伸びている工事用道路を歩く。流石に工事用の道路と云うべきか、舗装などはされておらず、砂利が
        無造作に敷き詰められただけの荒れ果てた道である。対岸から土を運ぶダンプが何度もこの道を往来し、対岸から掘削した土を、高館前
        に運んで、例の盛り土を造り上げたのである。現在、盛り土を運ぶ作業は、中断しているが、工事が再開されたことが脳裏をよぎって悲しく
        なった。もうもうとダンプが土煙を上げながら、行き来する光景など、見たくはない・・・。川縁には黒い細かなネットが廻らされていて、路肩
        が崩れない細工がされてあるようだ。

        ゆっくりと高館の方角に向け更に歩いていく。道路の遙か彼方には、白銀の雪の衣を頂きに纏った奥羽の山々が連なって聳えている。この
        荒れた道とその奥にある神々しい神の座の余りの景観の違いは、いったい何なのだろう。(つづく)

         白き嶺彼方に聳え我が歩く工事道路の砂利道の荒れ

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178 春の高館歌の旅4 投稿者:佐藤  投稿日: 4月25日(水)22時29分39秒

        道をめぐる十年

        私は「柳の御所資料館」を通過し、旧高館橋前を左折して「柳の御所」の前に車を止めた。

        以前は遺跡発掘の跡も痛々しかったのだが、大分草が生えて来ている。タンポポがそこかしこに咲いている。川の向かって歩いて行くと竹
        垣が設えてある。そこから、眼下に目をやれば、以前堤防だった所には平泉バイパスの工事用道路が無造作に切られ、北上川を遡って伸
        びている。この道に沿って高い高架橋のような姿でバイパスがこの柳の御所と高館を掠めて、再び四号線と交わるように計画されている。
        川をみると燕が一羽、川面すれすれに飛んび上空に舞い上がって行った。

         燕(つばくらめ)盛土を運べ己が巣に高館バイパス造れぬように

        そこから工事用道路に降りていくと、北上川の岸辺が無惨にも削り取られ、川というよりは、巨大な排水溝のようになっていることを思い悲し
        くなった。川面を見ながら、平泉バイパス計画の嵐のような10年の歳月のことを考えていた・・・。

        しみじみとこの十年の道騒動工事現場の岸辺に思ふ

        10年程前、この平泉の政庁としての「柳の御所」の上をバイパスが通過するというとんでもない建設省の計画が持ち上がり、心ある人々が
        中心となって、平泉の歴史的遺跡の保存運動が巻き起こった。そしてついにこの余りにも歴史遺産を無視した無謀な計画は変更されること
        となったのであった。当然と言えば当然だが、今度はその計画を諦めきれない建設省は、道路本体を、柳の御所の東側を掠める形で通す
        やり方に計画を変更し、再度平泉バイパスの実現を図ろうとしている。

        しかもその為に今回は、北上川の流れを束稲山の方角に流れ位置を変えるという大がかりな工事を余儀なくされている。この計画に対し
        て、「文化を守る為によくぞ、そこまでやるものだ、りっぱだ」という考え方をする人もいるようだ。しかし文化とは一体何であろう。この工事を
        「立派だ」とする考え方の背景には、「人間の文化の為には、自然そのものを成形しても良いのだ」という奢った人間中心主義があるように
        思えてならない。山河は、確かに人間の心に憩いと安らぎをもたらしてくれる。今流行の言葉で言えば、癒しである。しかし我々は忘れては
        ならない。自然とは人間の為に存在するのではなく、人間そのものが自然という母なるものから生まれてきた存在そのものであるということ
        を。

        とすれば人間は母なる自然というものに対してもっともっと謙虚さと崇敬の念を持ってしかるべきではないだろうか。私はこの十年の平泉バ
        イパス計画の流れをざっと見ながら、「上を通すのが駄目なら、位置をずらし、川の流れを変えれば問題ない」という非常に安易な思考の推
        移が見て取れて残念である。「じゃーどうすればいい。水害が起きても知らないぞ」とおそらく単純な反論をふっかけてくる計画推進派の人
        がいるであろう。ここでこそ私は「文化」という概念を持ち出したいと思う。私が言うところの「文化」とは、歴史に根ざした意味のある「文化」の
        ことである。川を成形し道路を造り新しい景観を想像するという建設省の計画に少なくても歴史性はない。大切なことは、歴史性があり、し
        かもそれが世界の文化としての価値あるものでなくてはならない。

         奥州の山河はここに比類なきこの風景を消してはならず

        我々が是非とも平泉を世界遺産に登録する運動にしていきたいのはこの為である。よく国土交通省が出している完成予想図を見ていただ
        きたい。このどこに平泉らしさがあるであろう。世界遺産として恥ずかしくない景観と云えるのだろうか。世界遺産として、平泉が登録されるに
        当たっては、、茫洋としたまさに俳聖松尾芭蕉が詠んだ夏草生い茂る高館からの景観こそがもっとも重要であることは議論の余地のないと
        ころである。にもかかわらず、あたかも多摩川縁を見るようなあの完成予想図の高館からの景観は、歴史的遺産を破壊するような野蛮極ま
        りない行為そのものである。このようなものを新たな景観創出と呼んで憚らない人々の美的感覚を疑わない訳にはいかない。

        歴史と文化的必然性を平泉に残すためには、「何が何でも平泉バイパスを造る」という観念を一旦捨ててかからねばならない。すべての計
        画をご破算にして、この地に遺すべき景観を平泉の在るべき未来として考えるのでなければ、何度でも同じ間違いをしてしまう恐れがある。
        (つづく)

         道とはな人歩むべき道にして未来に通ずる道にしなくれば

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171 春の高館歌の旅3 投稿者:佐藤  投稿日: 4月25日(水)18時27分23秒

        消えゆくもの

        もう一度、北に目をやり、工事中の新高館橋の端より、しみじみと旧高館橋見る。傍らの桜が風にそよぎ、花びらは大河に架かる橋にむか
        って流れていく。このまま工事が進むと、この新高館橋の橋桁に合わせて、大河は東に移動させられることになっている。すると哀れにもこ
        の古き良き高館橋は、無用の長物となり、消えゆく運命にある・・・。(つづく)

        花吹雪消えゆく橋を憐れむや桜の衣となりて散りぬる
 

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170 東北自動車道を利用する案 投稿者:橘次  投稿日: 4月24日(火)11時25分16秒

        先週放映された「北上川フォーラム」を見ていた友人が、「番組の最後には高館からみた工事風景をよけた光景が映し出された。カメラマ
        ンが構図として選んだのは、工事中のバイパスではなく、いわゆる高館からの風景なんだと思った」と感想をもらしておりました。覚えてらっ
        しゃいますか?最後のシーンを。高館からの風景はすでに北上川や平泉、そして岩手の風景として万人に承認されている、絶景なのでは
        ないでしょうか?
         さてさて、では一体今後どうしていったらいいのでしょうか?バイパスが要望されているのも事実です。平泉町のHPで町長の所信表明が
        載せられていますが、「平泉バイパスの早期開通を町ととして強く要望する」とあります。平泉のグランドデザインをどのようにお考えか、町長
        さんには聞いてみたいものです。現在の技術では地下トンネルも可能です。しかしそういう声がなくては実現しません。堤防とバイパスが同
        義で実行されていることがおかしいのです。堤防だけなら、JRぎりぎりにもっていけば、高館の景観はのいくらかは回復できるでしょう。なの
        に四車線の道路ですよ。ここは発想を変えて道路公団に一関前沢間を無料にしてもらうというのはどうでしょう。「タダ」なら、車は町内へ流
        れこまずにそちらを通るでしょう。無理な話なのでしょうか?バイパスを造る国税を考えたら、安いと思うのですが、いかがでしょうか?公共
        事業が見直されている今、使えるものは使うというのも一案ではないでしょうか?もし無理ならなんでか?理由をお聞かせ願いたいです。
 

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169 春の高館歌の旅2  投稿者:佐藤  投稿日: 4月24日(火)10時11分12秒

        新高館橋をしみじみと見ながら、その先にある高館橋に目をやった。古いものは新しいものにとって代わられるのが世の常だが、一抹の寂
        しさが漂う。その上に須川嶽(栗駒山)から吹き下ろす風が花を吹き散らしているのだから一層感傷的な気分になってしまうのだ。

        悲しきそ高館橋に散る桜工事道路に無造作に落つ

        目を束稲山に移す。奥州藤原氏初代清衡公が滾(たぎる)るような思いを持って、この起伏に富んだ山河に平和の楽土を築こうとしたことを
        しみじみと考えた。そしてあの束稲山には、吉野山をも凌ぐような規模で、山桜が植林された。その下を目の前にある北上川が櫻川という
        異称で呼ばれていたとも伝えられている。今は無き、その時の情景を頭で想い描いた。西行が、「聞きもせじ束稲山の櫻花吉野の外にか
        かるべしとは」と詠んだ気持ちを反芻(はんすう)した。よく見れば、束稲山は、所々に地肌が露出し、荒れている。少しみた限りでは桜の花
        が確認できない。(つづく)

        束稲山桜は見えず傷つきし山肌悲し採掘の跡
 

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168 佐藤さんの見たバイパス 投稿者:べるたん  投稿日: 4月23日(月)14時49分41秒

        驚くなかれ、佐藤さんが車で通ったバイパス、その道幅は完成時のまだ半分らしい。
        計画では、片側二車線、つまり、のぼりくだりで4車線の道幅になるらしい。

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167 春の高館歌の旅1 投稿者:佐藤  投稿日: 4月23日(月)13時00分34秒

        長閑な春の一日、一ノ関からレンタカーを借りて、四号線を平泉に向かった。すでに平泉の桜は、散り始めている。遠くを見れば奥州の連
        山が白い雪を乗せて北へ連なっている、平泉町に入ると国道四号線を、左に曲がって噂の平泉バイパスを走る。その道の広さは、現在の
        4号線の3倍くらい在りそうだ。ほとんど通る車はない。

        実に味気のない道だ。人の息づかいがまったく感じられない。なだらかな傾斜になって、新しく北上川に建設中の新高館橋を見るために近
        くに停車した。見れば無数のテトラポットが、秦の始皇帝が自分の兵士達を形土って造らせたという兵馬俑(へいばよう)のように並んでこち
        らを見ているではないか。なりふり構わぬバイパス工事はその全容を見せ始めているようだ。

        私はこのテトラポットが大嫌いである。静岡の日本平から美保の松原へと続く海岸にテトラポットが並んでいるのを見たときは、その余りの無
        神経に吐き気を催したほどだ。あるそのテトラポットが、北上川にも、すでに運び込まれているのだ。ただ経済性と安全性だけを追求したこ
        の恐るべき無神経は、平泉の景観を一発で容赦なく潰してしまうに違いない。(つづく)

         新しき高館橋の工事場にテトラポットの群れておぞまし

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166 平泉に散る花を悲しむ歌九首 投稿者:佐藤  投稿日: 4月23日(月)10時24分13秒

        平泉に散る花を悲しむ歌九首

        花館の廃寺の跡の一隅の桜散り染む苑池悲しも
        花立の池に散り染む桜花戦火絶えなき奥州思ほゆ
        秀衡の寺に詣でて何気にも散りながら咲く桜(はな)在るを知る
        散りながら咲く桜(はな)在りき秀衡の無量光院知る人なきや
        花冷えの無量光院風吹けば礎石に桜花(はな)の降りかかりけり
        秀衡が桜花(はな)は涙か風吹けば散りつつ咲けり無量光院
        三代目秀衡公は悲しくも滅びの御館(みたち)と呼ばれけるかな
        北上の岸辺に花の舞い降りて高館橋を春たちはゆく
        花館の廃寺の跡の一隅の桜散り染む苑池悲しも
        悲しきそ高館橋に散る桜工事道路に無造作に落つ

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165 真実を見る!! 投稿者:佐藤  投稿日: 4月20日(金)20時25分37秒

        べるたんさん
        お久しぶり。
        どんどん書き込んでください。

        橘次さん
        秀衡桜の話どうも。
        じんときました。
        これも菅原さんや北上風さんの写真がいっぱい送られてきたからでしょうね。
        実に多くのことを考えさせられました。
 

        真実の力は大きいです。

        最新写真の衝撃映像にかき立てられた歌十二首です。

        *********************************************
        野生をばまるごと奪い取られける百獣の王に高館見ゆる
        囚われし束稲山は悲しけり涙の雲に抱かれ眠る
        浚渫に底は掘られて川岸は葦の一本残っておらず
        黒雲の俄に湧きて高館に集まり来り遠雷の音
        高館に黒雲湧きて風起こり義心に篤き兵(つわもの)やもし
        弁慶の住まいし家は此処いらに確か在りけり誰か知るらむ
        東より陽は昇りけり盛り土から判官見ゆる光りの中に
        この盛り土誰の奥津城なるものか三代の御霊光堂に在るに
        赤き土盛り土となりて川と町遮断せるかな近代工法
        古のギリシャの民の失策を学び尽くせよ陸奥人は
        はげ山となりたるギリシャの神の山思い起こさす束稲連山
        永遠の都とすらむ平泉人死して尚かの地は遺る
        *********************************************

        写真集5が完成しました。以下のURLにあります。

        http://www.geocities.co.jp/NatureLand/6455/takadati_photo05.html

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164 平泉の桜 投稿者:べるたん  投稿日: 4月20日(金)15時33分33秒

        ご無沙汰しております。
        ここ3〜4日平泉は桜が見ごろでした。
        今日からちらほらと散りはじめておりますが、桜に限らず百花繚乱というところです。
        先日久々に高館に登ってみましたが、随分と様変わりしてまして、
        日本の土木力を見せつけられました。北上風さんならずとも、まさに圧倒的
        対岸の造成もなかなかなものです。減反だ遊水地事業だという時に、その現場が立派な水田に
        なっていくというのも不思議ですが、
        平泉町は、様々な土木事業の実験場みたいでして、特に道路工法などでは新たな取り組みが
        様々行なわれています。
        バイパスだけでなく、町内のいたるところがウオ―キングトレイルとかいって、カラー舗装したり
        今までは人があまり入り込まなかった場所まで遊歩道が(それもいろいろな舗装方法で)つくられています。
        それらは、ジリ貧の町には似つかわしくないほど立派なもので、もちろん国や県からの援助があっての事業なのでしょうが、どこか無駄な感
        じがしています。
        不景気な時代ですから、ハイリスクな工事はそれなりに意味〔うまみ〕があるのかもしれません。
        でもそれこそが、無駄な公共事業として、近年やり玉に挙げられているわけですし、
        あんな高価な舗装工事が町を豊かにしているとは、誰も思っていません。
        極論言わせてもらいますけど、国が滅びるぐらい不景気になったほうが、環境破壊もなくなるんじゃないでしょうか。
        今の時代は、古いものをそのままほおって置くことが難しい。
        とにかく一度破壊して、その上で新しく造り直すとかそういうことに価値を見出そうとしている、
        そういう原理でものごとが動いている。
        そんなことをぼやきながら、花を見るこのごろです。

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163 平泉は今ギリシャの景色を連想させるほど荒廃が進んでいる1  投稿者:佐藤  投稿日: 4月20日(金)15時28分48秒

        北上風さんの一連の写真を拝見しながら、私はどうしようもないやるせない気持ちに襲われた。これは直感だが、ギリシャに訪れてアクロポ
        リスの丘に登った時の感じに近いものだった。ギリシャの景観に一種の憧れを抱いての旅行だったが、その期待は見事に裏切られた時の
        嫌なイメージが沸々とわき上がってしまった。

        ギリシャは西洋思想の源流であり、人間中心の考え方で、西洋人の心のふるさととも言うべき土地である。しかしその人間主義という発想
        は、やはりどこかに欠陥があったのであろう。ギリシャの山々から木は切り倒され、緑豊かな山ははげ山となった。その結果起こったことは、
        山から土が流出し、固い岩肌がむき出しとなった。そのためにギリシャ山々から背の高い木は皆無の状態となり、土の間に生える僅かに生
        える低木ばかりの死んだ山になってしまったのである。

        ギリシャに行ってがっかりした理由は、アクロポリスにの丘にあるパルテノン神殿に少しも神聖さが感じられなかったことだ。西洋の神々の源
        流とも云えるゼウスやアテナイなどの神をしり目にして現代のギリシャ人は、パルテノンを神の坐す座と見ていないのである。それは過去の
        祖先の遺跡であり、観光資源でしかないように思えた。近くには、異民族の神であるキリストを祀るギリシャ正教会の教会が、聳えている。

        哀れなパルテノンは、夜遅くまで、煌々とした赤白青黄の信号のようなライトに浮かび上がっていて、涙が溢れてきた。ギリシャからこうして、
        神は去り、かつて神聖だった都市は、つまらない観光すがる哀れな存在に堕落してしまったのである。

        梅原猛氏もギリシャに行った時の感想を次のように言っている。長文であるが、大事なことが書いてあるので引用させていただく。
        「ギリシャn旅は、青年時代を想起させるような感傷に私をさそったが、旅行中ずっと私の心を悲しませたことがある。それは、ギリシャの自
        然のあまりの荒廃である。ソクラテスやプラトンの当時の当時のギリシャは、森に囲まれた国であったという。おそらく、すでに文明が発展し
        自然の破壊のいちじるしいメソポタミアやエジプトと違って、ギリシャはまだ文明の後進国であり、豊かな森が残されていたのであろう。しかし
        いま、ギリシャに立ってみると、ほとんどははげ山で、草さえ生えていない大地は、穀物もとれず家畜も養えない。ギリシャにおける家畜は、
        ほとんどヤギにかぎられている。ヤギは木の根っこまでたべるので、少々の荒れ地で放牧可能である。このような荒れ地は、雨が降ると、土
        砂が流れ、岩山だけの山が残るのである。それゆえ川にはほとんど水はない。そして海には、このようなアルカリ性の土壌が雨とともに流れ
        入るので、海岸線はずっと進み、アルカリ性の土壌が流れ込み、しかし植物の養分が運ばれないため、海には生物が育ち憎い。・・・海の
        色はまさに美しい紺碧であるが、その海は命を育む海ではない。(中略)

        また私は、ソクラテスが神託を聞いたというデルフォイのアポロ神殿の跡を訪ねたが、そこは、ちょうど日本の長谷のように谷間に囲まれた
        泉のある聖地であった。・・・しかしこのアポロの聖地も、いまはまったくのはげ山で、もちろん泉も湧いてはいない。(中略)

        ギリシャは・・・小麦農業と牧畜の上に立った都市文明を発展させた。その都市文明は華麗な精神文明を生み出した。ギリシャの建築、彫
        刻それに叙事詩や悲劇や哲学などは、ギリシャが後世に残したすばらしい文化遺産である。しかしその文明はけっきょく、自然を破壊する
        ことによって衰亡したということができる。文明は、森のあるところで発展し、森を食いつぶして滅亡する、ということがここでもいえるのえあろ
        うか。」(季刊「仏教」No28特集「森の哲学」所収の同氏論文「環境と文明」より一部を引用)下に続く

        http://www.st.rim.or.jp/~success/greece_ye.html

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162 平泉は今ギリシャの景色を連想させるほど荒廃が進んでいる2 投稿者:佐藤  投稿日: 4月20日(金)15時27分23秒

        おそらくこのままのような状態で、平泉が無制限な都市化が進められれば、夏草が鬱蒼と生い茂っていた川辺の景色は一変し、土ぼこりも
        立たないアスファルトと定番の芝が敷き詰められた堤防の町になることは明白だ。同時におそらくは、束稲山の荒廃が進み、次第に地肌が
        露出して、一見ギリシャの山々を思わせる土色の死んだ山になってしまうに違いない。束稲山も間違いなく開発による荒廃と酸性雨による
        森そのものの侵食は進んでいるのである。

        この問題は、ただひとり平泉だけの問題ではない。現に少し北上川を遡ると、胆沢ダムの建設工事が進められていると聞く。いま世界が脱
        ダムの流れに向かいつつある時、原子力発電所同様、日本の行政官庁は、周囲の流れを無視して、旧態依然とした思考のもとに、河川行
        政を押し進めているとしか思えない。

        特に写真27をみると、この空と川の青さと土塊の乾いた茶色のコントラストは荒廃しきったギリシャの廃墟を思わせてたまらなく悲しい気持
        ちになるのである。しかし平泉とギリシャでは決定的に違うことがある。ギリシャは、森林が破壊され、見る陰もない有様だが、平泉には、少
        し荒廃しているとは言え、周辺には、栗駒山をはじめとする広大な奥羽山脈の水源が拡がっているのである。水害を起こさぬためには、も
        っと森の木を大切にすることが大事だ。森林の保水力を奪ったのは、つまるところ、原始林を切り開き、経済原則を優先した森林開発を進
        めれば、あのカスリン台風やアイオン台風のような人知の及ばぬ自然の猛威がやってきた時明治以降せっせと行ったツケがまわってきた
        のである。川は、曲がり淀みが在るからこそ良い。自然に手を加え、治水などと奢ったことを言ったところで、自然の圧倒的な力をくい止め
        ることは不可能だ。自然に学ぶ謙虚さこそがなによりも大切である。

        いま間違いなく加速しつつある平泉の荒廃は、平泉バイパス工事に象徴されるような、平泉の伝統と文化に根ざさない開発という名の「景
        観破壊」が、無造作に進められていることに起因していることは明白である。平泉を世界遺産にするためにも平泉がギリシャのような荒廃し
        た都市にならぬようしっかりと考え抜かれた取り組みが絶対に必要である。

        http://www.geocities.co.jp/NatureLand/6455/takadati_photo04.html

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161 秀衡桜・・・ 投稿者:橘次  投稿日: 4月20日(金)10時44分17秒

        紀州には秀衡桜という名の桜があります。熊野古道の中辺路にひっそりと佇むこの桜の由来は、藤原秀衡が熊野へ参籠の途中、乳岩で
        産み落とした子供の無事を願う秀衡の妻が植えたとされます。一説には秀衡が杖代わりにしていた桜を檜に接ぎ木して見事に育ったとも。
        現在は三代目となったこの桜は、例年周囲の桜とは遅れて咲くのです。和歌山はご存じのように関西の南、開花宣言が三月終わりです
        が、四月の半ば以降に満開を迎えます。それはちょうど平泉で桜が咲くのと時を同じくするかのように・・・場所が千キロ以上も離れていても
        主を想って咲くのでしょうか?
        バイパス建設のため切り倒された桜並木を想い、かろうじて難を逃れた満開の桜の写真を見て感慨深く想いました。平泉は桜の名所。八
        〇〇年前、西行が驚いた束稲山の桜。そして現在でも関西では見られない色んな色や形の桜が咲きます。とても美しい風情です。
        紀州で語り伝えられた伝説は平泉と熊野の緊密性を物語っています。
         伝統を継承するとは、目に見えないものを敬い、大切にするということ
        これは、西陣の呉服屋さんの女将さんのお言葉です。先人が守ってきた、ここまで持ちこたえてきた高館の風景を、今、21世紀の我々が
        破壊しようとしている現実を直視すること。平泉の人たちが田畑として使い、生活してくれていたからこそ守られた文化遺産。今我々がなす
        べきことは、それらを開発という名目で抹殺するのではなく、継承し後世に伝えることではないでしょうか?
        秀衡桜は平泉を想い、私たちにメッセージをつたえているような気がしてなりません。
 

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160 現在の高館の景観はこうなっている!! 投稿者:管理人  投稿日: 4月20日(金)00時08分47秒

        皆さまに至急お知らせします。
        平泉近辺に在住の北上風氏より、以下のようなeメールと共に多くの平泉の写真が
        送られて来ました。資料価値の高い貴重な写真ですので、遠慮なく使用させていた
        だきます。まだ全部を貼り切れてはいませんが、20日の夜には完成させるつもり
        です。北上風さん本当にありがとう。掲示板の書き込みも御願いしますね。
        写真は下のURLにリンクしてください。(資料写真集4)

        管理人様

        高館の悲しい写真を送ります。
        全国の平泉を愛する皆さま、現在の平泉がどうなっているか、
        是非両目を開いて見てください。
        悲惨です。余りにも悲惨です。
        是非使ってください
        撮影日はすべて4月18日昼のものです。

        北上風

        http://www.geocities.co.jp/NatureLand/6455/takadati_photo04.html
 

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159 菅原さんへ 投稿者:木村 清高  投稿日: 4月18日(水)15時10分55秒

        昨年はお会いできませんでしたが、今回のGWにはお会いできる事を楽しみにしております。
        楽観論という話もありましたが
        菅原さんは純粋に世界遺産になる平泉を写真に撮り、そのままをお書きになったのでは
        ないでしょうか。私は菅原次男さん撮影の写真を見ながらまぶたが、熱くなりました。でも
        バイパスはパスにしてもらいたいと思います。
 

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158 高館の殺風景を憂うる歌八首 投稿者:管理人  投稿日: 4月18日(水)14時25分21秒

        「東方に在り」の表紙の平山郁夫氏の高館の素描を見た後に国土交通省岩手事務所発表した「高館から見た堤防とバイパス完成予想図」
        を見て詠める歌八首
         
         味気なき完成予想図指し示し未来へ繋ぐ景観と云う愚
         味気なき完成予想図手に取りて風情を知らぬ「殺風景」を笑う
         夢跡の素描悲しき夏草は跡形もなく剥ぎ取られけり
         バーミアンの巨大石仏 高館と氏の描く景色消えゆくも悲し
         ユネスコの親善大使せる人の描きし古都は消え失せにけり
         誰知るや緑溢れし高館の剥ぎ取られたる大地の痛み
         いずくにもどこにもなきぞ高館にみゆる景色の静なる風情
         「東方に在り」を読みてしみじみと知るかけがえのなきもののこと

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157 楽観論ではありませんか、菅原さん!? 投稿者:管理人  投稿日: 4月18日(水)12時11分46秒

        先の菅原氏の見解に対し個人的友情は別にして、私はいささか疑問である。

        北上川治水事業と一体になってなって、進められている平泉バイパスを歴史的文化事業と捉えていいものか。
        いささか氏の見解は楽観論である。騒音対策と景観対策が済めば、平泉バイパスは容認ということになる。
        一度コンクリートの道路が出来てしまえば、それこそ平泉のかけがえのない歴史的景観は永遠に失われてしまうのである。
        氏の話を聞けば、この工事に国土交通省だけではなく文化庁や県、町などが一体になって、良い方向に行けばよい、
        ということになってしまうが、その辺の事情を改めて問うてみたい。

        菅原さんその辺の見解を含めてお知らせください。
        これは極めて重要なことだと思います。このサイトをご覧になっている皆さんにも広くご意見をお伺いしたいと思います。

        氏の撮った写真と見解は、下のページの「写真集3」に掲載しております。

        http://www.geocities.co.jp/NatureLand/6455/takadati_photo03.html

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156 北上川東岸から見る高舘 投稿者:菅原次男  投稿日: 4月18日(水)12時03分21秒

        1999年8月28日、高舘の舘主である源義経公が810年の時空を経て帰ってきた。
        1189年閏4月30日、義経公はこの高舘で自害した後、御首は鎌倉腰越の浦で首実検され、藤沢市白旗神社首塚に葬
        られた。一方、御骸(胴体)の方は藤原家の家臣であり義経公の友人である沼倉小次郎高次が引き取り、高次の領内
        (宮城県栗駒町)で、かっての軍事訓練をした陣所判官森に葬ったと言う。
        810年の歳月を経て初めて、両市民の手で御首と御骸の御霊を合わせ祀る鎮霊祭が斉行されました。そして、合わせ祀
        られた御霊土(みたまつち)は1999年6月13日神奈川県藤沢市の白旗神社、7月25日宮城県栗駒町判官森御葬礼
        所、そして8月28日岩手県平泉町高舘の義経堂の3カ所にそれぞれ納められたのでありました。

        いま800有余年を経て平泉は世界遺産の登録申請と北上川遊水池工事の歴史的な文化的事業と治水事業がすすめら
        れているが、関係プロジェクトの横の連絡検討の体制ができて、景観対策と騒音対策を示し、日本の水準の高さを世界に
        アピールするのに大変良い機会ではないでしょうか!しかし、いつ見ても不思議なエネルギーをあたえてくれる、高舘の
        原風景ですね。

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155 川とは何か?1 投稿者:管理人  投稿日: 4月17日(火)11時01分13秒

        今日(2001.4.16)の朝日新聞に、「川をよごしているのは」と題して日本の川が生活排水、工場排水、農薬のたれ流しによって、極めて
        ひどい状況になりつつあることをレポートしている。このレポートを見る限り、いかに浄水処理された水とは言ってもとても水道水を飲む気分
        にはなれないほど、日本の川の汚れはひどいようだ。

        これでは、生きているはずの川が、まるで大きな下水道の役割を担わされているも同然だ。本来は川は陸と海の間を循環する地球の血管
        の役割を果たしていた。地球の生態系は、まさに川という血管を通して、奥まった陸地まで運ばれながら保たれているのである。

        ところが、人間の作った文明は、この気の遠くなるような長い時間をかけて形成されてきた生態系を僅か5000年という地球時間で言えば、
        瞬きもしない一瞬において、破壊寸前まできていることになる。人間の文明の発祥の地と言われるメソポタミア(現在シリアやイラクが存在す
        る地域)は、かつては、緑の森が彼方まで生い茂る豊かな土地であった。そこにはチグリス・ユーフラテス川という素晴らしい大河が存在し
        た。

        しかしこの地に発生した文明が、木を資源として切り出し、森が破壊され、牧草地や農業技術が進んで、あっという間に砂漠化してしまっ
        て、我々が知るところのあの湾岸戦争でよく見かける殺伐とした土地と化しまった。あの辺りで、石油が出るのは、昔広大な森林地帯が存
        在したことの証拠である。5000年前にも、そこはやはりチグリスとユーフラテス川が合流しペルシャ湾に注ぐ素晴らしい土地であった。

        森が水を保水し、それが自然にしみ出る形で、川が形成される。森が無いところに良き川は存在しえない。こうしてことは、何もメソポタミア
        に限ったことではない。他の文明もみな、大河の恩恵を得て、文明というものを形成していったのである。

        しかし人間は文明を過信する奢った所があり、文明を一つ所に持続させることはできなかった。そして人間が歴史において行うことは、そ
        の文明を放棄して、別の土地の破壊に向かうことである。こうして次々と人間は、未開の土地を目刺し、そこを食い尽くすと又次の土地を目
        指すという愚を繰り返してきた。この中で、森や川と共存する人々は、文明からは取り残されたが、しかし我々文明人が学ばなければならな
        いのは、森や川と共存共生の関係を、生活の信条として生きている人たちの考え方である。

        今もしもこのまま文明というものの発展の「業」によって、人間の将来の在り方が、決まって行くとしたら、それは人間の文明の崩壊と、人類
        そのものの生存の危機にまで発展する可能性がある。(下に続く)

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154 川の歌十首 投稿者:管理人  投稿日: 4月16日(月)20時00分39秒
 

        北上の川の畔の柳御所誰が植しか枝垂れ桜悲しも
        一本の枝垂れ桜も悲しけり高館橋を砂利トラック急ぐ
        建都せる清衡公の思い知る手掛かりなりや供養願文
        埋れたる土器(かわらけ)拾い継ぎ接ぎて往時の都偲ばれるなり
        海に出る湊なりけり平泉大河に浮かぶ帆船思ほゆ
        風まかせ海の道など行き交いて吉次運びし奥州の黄金(きん)
        狭き道砂の煙りももうもうと高館行き交う砂利トラの群れ
        日高見は母なる川そいつの世も慈母の仏の姿映して
        日高見川(きたかみ)は大蛇(おろち)となりて流れ来る蝦夷の郷土(くに)の奥の奥より
        線細き山女は海に下り行き桜鱒とて川(くに)戻るなり
 

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153 川とは何か?2 投稿者:管理人  投稿日: 4月16日(月)19時42分58秒

        今四大文明の一つである黄河流域でも事態は同じだ。中国の人口の増加と工業生産の発達は、あの大黄河を枯渇せる川にするかもしれ
        ない、と指摘する向きすらある。実際に黄河を流れる水は、1980年代に比べて、23%も減少しており、その原因は、水源の枯渇が原因と
        なっていると、上海紙文匯報は(1999年の5月)伝えている。我々はこうした世界的の川をめぐる現状を素直に受け止めて自国の川の在り
        方を考える一助としたいものである。

        日本は、それほどでもないよ、という人もいるはずだ。確かに消滅はしないかもしれない。しかし汚染は明らかに進んでいる。しかもその汚
        染は想像以上の速度だ。30年前に誰が、水を買って飲むようになる。と予想した人がいただろう。今の日本の水道水は、キケンが一杯
        で、如何に各地の水道局が、安心を高らかに言ったとしても、多くの人は、やはり水の安全にお金を払うのである。

        人間うのぼれてはいけない。日本の川そのものが消滅してしまうようなことにならないのは、日本人の川との関わり方が優れているからでも、
        日本人が川を大事にしているからでもない。それは日本が気候風土が高温多湿で、日本列島の中央には、背骨の如き山脈が聳えている
        からに他ならない。つまり雨が多く降ることにより、山にある木によって水が溜められ、適度にそれがしみ出してきて水源となっているからで
        ある。これは風土による偶然である。有難いことではないか。これほど古代から鉄器を作るために木を伐採しても、雨の多い気候が幸いし、
        森林が蘇生するリズムとよくバランスがとれていたのである。しかしこれも明治以降の急激な森林伐採と、工業化と発電需要の上昇によっ
        て、完全に森林蘇生のリズムは崩れており、日本から次々に水源が消えていくキケンも存在していることは明白である。

        サクラマスという魚がいる。この魚は、山女の中で虚弱なものが、川を下り、海に行って、数年を過ごし、海の養分を沢山吸収して生まれた
        川に返ってくる。鮭と一緒だが、山女がすべて海に下るのではなく、虚弱なものが海にくだるというのが面白い。何年かして、数倍の巨大な
        成魚として名もサクラマスという立派になったかつての虚弱な山女は、やはり川を媒介として、山と海を往来して成長するのである。サクラマ
        スの生態が我々に教えることは、川は、海と山を流れる地球の血管であるということだ。確か宇宙飛行士の毛利さんだったと思うが、大きな
        川が、地球の至る所に血管のように流れていて、印象的であった、というようなことを言っていたと思う。今や地球の血管であるべき川が、
        危険な下水道そのものに成り下がり、あまつさえ人間の排出した汚染された水を海に垂れ流すだけの通路になってしまっている。それでい
        いわけがない。改めて川の大切さを我々は想起しなければならないのである。
 

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152 菅原さんどうも!! 投稿者:管理人  投稿日: 4月15日(日)12時59分32秒

        菅原さん

        写真とコメントありがとうございます。

        世界遺産登録しようとする大切な時に、高館からの見る大切な景観が失われることは
        清衡公が策定した比類ない奥州文化都市構築の精神を放棄することを意味します。
        そうなると水と共生する都市「平泉」は、高い堤防によって水辺と野辺を分断された
        殺伐としたコンクリートの町(水を敵視するような)に成り下がってしまうでしょう。
        こんな状態で、いったい何をもって、世界遺産委員会にアピールするのでしょうか。
        菅原さんの写真を拝見しながら、奥州藤原氏の時代の比類なき水の都平泉の往時を思い
        出しながら、どうしようもない寂しさに襲われました。
        菅原さんの撮った写真は以下のページにあります。

           川の歌10首

           みちのくの雪どけ水を大洋へ大河は運ぶ高館掠めて
           北上川 葦葭茂り遊水の岸辺在りけり古はや
           葦原はついぞ消へゆき一様に流れ定まり北上川は
           昔はや変化に富みし川なれば魚もさぞかし住みよきぞかし
           奥州の照井次郎と呼ばれける日高見川は阿弖流為の川
           照り映える朝陽眩しき北上の岸辺行き交ふユンボ悲しき
           治水なる言葉好かなき奢りたる人の科学の愚かさを問ふ
           太田川高い堤防よそよそし暴れる獣檻入れる如
           魚住まぬ川になりけり太田川うなぎ針など仕掛けし昔
           川淀み深きところの大石に小石を置きてうなぎ針とす

        http://www.geocities.co.jp/NatureLand/6455/takadati_photo03.html

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151 平泉の景観に関する私の意見 投稿者:菅原次男  投稿日: 4月15日(日)00時13分02秒

        北上川の治水問題は私にとって、一ノ関にいたとき何回か水害の体験していたので、
        北上遊水池はごく当然で、自然界の姿としてとらえ、受け入れていたところでありました。

        昨年来、友人の佐藤弘弥氏とは平泉景観問題について電話でやりとりしていましたが、
        是非ご意見をということで、数年ぶりで国道4号線の方から平泉入りをしてみた。
        実は、年に何回かは平泉の友人を訪ねてはいましたが、栗駒より厳美渓、達谷の岩谷を
        通り、太田川沿いに平泉を出入りするので、恥ずかしながら、堤防は目にはいることも
        なく、あまり気にもしていませんでした。

        一ノ関から4号線をくだり、八坂神社をすぎたころから、右側の堤防から城郭のように
        堤防が前方に見えてきた。無意識にうちに4号線を引き返し北上川の堤防バイパス太田
        川新橋にたっていた。そこは見晴らしが良く、平泉の町、北上川、束稲山そして、未完
        の堤防と橋が一望できる。この国営事業は日本の経済力を誇示しているかのようだが、
        バーミアン石仏の破壊を思い出し、束稲山に直行、西行の森から眺めてみた。

        太田川の堤防は北上川の堤防と交わりL字形に平泉の町を囲んでいた。橋の高さで護岸
        工事をしながら高舘の下を通り抜けるというが、景観対策と騒音対策は万全なのか、世
        界遺産の登録申請により、アメリカ大陸発見を促した世界の平泉を世界の文化人は注目
        している。

        ../../SilkRoad-Desert/5551/index.html



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2000.11.26 
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