
明治23年から24年にかけて居宅を新築しました。巨大な粗削りの自然木で枠組みを仕上げました。備後の工が渾身の力で持ち上げた様子がうかがえます。

2尺に及ぶ梁の側面に関わった大工・左官・建具屋の名前と竣功年月日が墨書されています。大工棟梁は本村の金近満助と書かれています。その他は本村の金近伍三郎.高山新三郎.寺本植吉.白太の延安周一.古川藤松.三郎丸の内海卯三郎.内海六右ヱ門.大町の内海文四郎.藤原甚太郎.浅田甚吉.丸門田の山下保太郎の名前が書かれています。

明治23年4月から翌年の4月に至る居宅普請の建設記録が2冊残っています。主として支払の明細が記されています。

先祖が嫁とりをした時嫁入り道具として持参した長持の数々です。歴代の嫁は死んでしまったが形は残っていると思います。

同様に江戸・明治の時代の箪笥が残っています。