豊後竹田と入田小学校同窓会 Since.1999/01/05〜
ようこそ23会へ

豊後竹田の入田小学校同窓会・昭和23年卒

関アジ関サバを食べる会

平成21年5月14〜16日

詳しくは右”NEWふるさと味覚の旅”をクリックしてください。平成20年の阿蘇から竹田市内の総まくりの掲載を忘れていました。左の”花の咲く季節”をクリックしてください。

<近況です・一年経つと差換え>

会員の皆様の日常生活

東北への旅

仲間と日光東照宮、中禅寺湖の男体山、華厳の滝、福島県の 裏磐梯(五色沼)大内宿、塔のへつり、鬼怒川温泉、などの 写真です

もう、遠出はこれが最後かも、(二度三度行った所ばかり) でも、其のつど、違った発見があり楽しかったです

もう三枚追加します、東北の写真で一番よかった”塔のへつり”と大内宿などご覧ください。おすすめします
 雪景色の頃、もう一度行って見たいです

これおまけ・会員の皆さまへ

またまた中津へ

マイカーで中津、耶馬溪、山国と廻ってきました
山国町では、案山子ワールドなどと、あちこちとカカシだらけ で面白かったです 

松原のぶえがおすすめの田舎の食堂でからあげ定食を、美味しかったです(村上食堂)

写真は青の洞門とその景観、愉快なカカシなど中津の方々はユーモアがありますね

高岡城へ・加賀;7.14


梅雨明けとともに蝉の声を聞くようになった 暑い火曜日(14)、高岡へ行ってきました。

加賀二代藩主前田利長公が築いたとされる高岡城、 現在は古城公園となって多くの施設が整っています。 21 万平方メートル?東京ドームの4,5倍という広大 な広さで、3割は水濠というほど内、外に壕が作られ ている中、本丸、二の丸、鍛冶丸、三の丸、明の丸 が在りました。

5千平方メートルという本丸広場
朝暘橋から内壕に浮かぶ中ノ島
本丸北に建つ前田利長公の騎馬像

市街地には今も路面電車が走っていました。 次に訪ねたところは<瑞龍寺>です。

加賀二代藩主前田利長公を祀る瑞龍寺を訪ねる。 長い参道を経て先ず「総門」を潜り両脇に回廊を備え た国宝「山門」が在る。そこからみどりの芝生の中に 国宝の「仏殿」が正面に建立。右に重文の「大庫裡」 が建ち、反対側に「禅堂」が建っている。仏殿を過ぎ ると銅板葺の国宝「法堂」が堂々としている。総檜造 りという立派な建造物でした。

瑞龍寺参道
国宝 山門
大庫裏(重文)
禅堂の回廊(左側)
仏殿(表)
総檜造りの国宝 法堂

麻生

阿夫利神社;5,25


一週間前から天気を見てきたが「26日(金)は曇り」と 予報はつづいていました。が、前夜になって快晴の予報に 変わりました。

しかし現地は昼まで曇りでしたが暑かったですね。昼過ぎ ごろから雲が減り日射しが強くなりましたが、山腹は風が 有り登る途中は幾分涼しかったです。山の展望見晴らし台 に着いた頃は日射しが強く暑かったです。でも折角の眺望 も霞み、よく見えませんでした。

なるほど雨降山だから阿夫利神社というのですね

大山の石段には閉口しました。 石段一つ一つが高いので跨ぐのがタイヘン、急勾配で歩幅が 合いません。多い石段、長〜い石段、昔の人たちは小柄でも 平気で登ったのでしょうね。女坂を行きましたが、男坂は もっとキツイ石段だと聞きました。また、登りたいと思う 気持ちにはなれないです。  

下の写真は阿夫利神社から石段を見下ろしているところ、 近代的なコンクリート造りになっていましたが急勾配で長い 階段した。

麻生

一段が高く、息切れ
神社本殿
青息吐息の参道

久住山の山開き;6.7


梅雨前の晴れ間の一時、運よく晴れの日になりましたので、第57回くじゅう山開き に登ってきました。今年は山開きの日とミヤマキリシマの満開時期が重なって、全山ピンクのジュータンを敷き詰めたような景観でした。
少しずつ体力の衰えを感じつつ、若い人には先に道を譲りつつゆっくりと登り、そして下山しました。家でのビールのうまさはは格別でした。野仲

横浜開港150周年記念;4.29


ベイサイト・エリアに行ってみました ゆっくり見たのは巨大クモだけです。 会場に鎮座していたので詳細に写真にしてみました。そのほかの場所は土産物売り場だけですがあとは6月になってから充実してくるのでしょう。

梅雨があけ真夏になったらますます観光客と車で関内一帯は埋め尽くされるのではないでしょうか・・・余計なことを心配した浜徳利

YouTubeなどではクモの上半身だけを映していますが重機にクモを取り付け各足は油圧式の工事現場の重機です。足一本につきオペレーターが一名付いていました

嵐山の旅;4.3


京都の洛北、嵯峨野と嵐山を 訪ねて歩いてきました。
桜が満開といいたいところ ですが、少し早かったようです。

麻生

桂川の舟下り
保津峡下流の舟下り
大河内山荘の門
トロッコ電車の嵐山駅
嵯峨野の古道
渡月橋

海たまご(水族館)と高崎山


水族館(海たまご)から高崎山のおさるの電車でおさるさん見物をしてきました
  何年かぶりで結構楽しくて面白かった。 おもちゃの電車に乗ってみたいでしょう(^−^)

               

クリックすれば拡大します

山梨・昇仙峡;3.18


 昇仙峡、影絵の森美術館、甲州名物「ほうとう体験道場」 へ行って来ました。

「ほうとう」はたっぷり野菜や小麦粉が原材料で腹もちが よく、栄養価の面から冬期の夜には最適の食べ物、その まま煮込むのでムダがなく経済的であるとか・・・ うどんとすいとんを混ぜ合わせてような、大分のだんご汁 にも似たような味噌仕立てです。

「影絵の森」 内海桂子どどいつ絵画展、東ひづる戦争とドイツ平和村 の子どもたち原画展、山下清 日本のゴッホ展、水木しげる ゲゲゲの鬼太郎特別展以上開催中

すこし詳しくご説明しますね

<昇仙峡>
昇仙峡は武蔵、相模、信濃、駿河の4つの国と堺を接して いる奥秩父の国師ケ岳や金峰山に源を発し、荒川(笛吹川) 中流の峡谷。激しい流れが花崗岩を削り、寝食して出来た 天然の回廊である。仙娥瀧から長瀞橋まで5キロメーットル の間に沢庵和尚の弟子覚円が修業をしたという主峰の覚円峰 、天狗岩、人面岩、登竜岩、猿岩などの奇岩や甌穴、桂状摂 理、滝、瀞渓流の変化が多く新緑と紅葉が見事である。

<覚円峰>
昇仙峡の主峰でその昔、覚円が畳数枚敷ける広さの頂上で修業 したと伝えられている。

<郷土料理ほうとう>
武田の時代に野戦食として食べられ、地元では「武田汁」とも 言われる。野戦陣中で材料を調理する際、伝家の宝刀を使った ことから「宝刀」の名が付いたとされる。

<影絵の森美術館>
世界的影絵の巨匠/藤原精治氏自ら監修、設計をした世界で はじめての影絵美術館。作品がより美しく見えるよう自然光 の入らない地下展示である。 (以上パンフレットから)

昇仙峡の高いところから撮った「覚円峰」

影絵ノ森美術館 ほうとう体験道場 ほうとう作りました

麻生

さよなら富士号;3,14

さようなら特急寝台<富士号>

浜松駅に到着しました。これから大分へ向かいます

写真は麻生氏寄贈

お世話になった「富士」ですね 最初に上京したとき、利用していたと思っていたけど当時は特急がなくて急行だけだったのですね。 たしか大分から東京へ32時間くらいかかったのが記憶にあります。 特急は料金が高くて鈍行や急行で帰省したこともありました。 同僚と食堂車で定食を注文してパンをナイフで切ろうとして皿から落としたことは忘れません。 あの頃は三段ベッドで最上階は設定したままでしたから最初に休めて最後まで寝ていたっけ
                小高野

東海道線から九州へたった1本の寝台特急がなくなるのは寂しいですね。新幹線が開業して からもよく利用しました。寝ている間に九州に近づき、食堂車を利用するのも楽しみでした。 仕事を退いてからは早朝、散歩中の出会いなど想い出が多い列車です。 昨日の朝は十数名の人たちと上り線のホームで写真撮影をしたが、昨夜の下り線ホームはいっぱ いの人出でたいへん、停車してからの先頭車撮影はできませんでした。
                麻生

特急富士、懐かしい想い出が一杯、消えていくのが本当に寂しいですね、 ついこの前、修ちゃんたち4人 で名古屋までが最後の乗車です  関東、東海にお住居のお方にも思い出が沢山あるようですね 大分から 乗り換えなしで行けるのも魅力でしたね いつも元気な安ちゃん、沢山の:特急富士:の雄姿をありがとうございました 実は誰かが撮ってくれるのでは と、ズルイ思いで密かに期待していたとこです(^−^) 今現代は家の近くの電車基地で静かにお休みをしてい ます  お疲れ様と。 鹿児島は山桜が満開でした 福岡気象台ではそめいよしのの開花宣言がありましたね  いよいよ桜の季節 ですかね
                                         堤

寝台特急富士が13日でもって最終便として大分駅を16時43分(実際は4〜5分遅れ)で沢山 の列車マニアに送られ満席で東京へ向けて発車したということが報道されていました。 安ちゃんは浜松駅で写真を撮られたのですね。大分発の富士ならば14日の午前6時30分頃通 過していることになるのですね。最後の富士が大分に着くのは14日の午前11時17分となっ ていますので、浜松駅は13日の21時30分発ですね。このときの写真だったわけですね。 有難うございました。

私も何度かこの寝台特急を利用したことがありますが、最後の利用は修 ちゃんと一緒に利用した時で東京駅で乗り遅れて新幹線で名古屋まで追いかけて乗り合わせた ことでした。懐かしい思い出になっています。いつの日か寝台列車の復活があるで しょうか。
             野仲

 東京へ出たころは「高千穂」という急行列車でした。 正月など帰省の時もこの列車を利用しましたが、正月 や夏休み(盆)は乗客が多いので混雑しました。 特急「富士」は結婚してから乗る機会が増えました。 東京に午前10時ごろ着くので早いなぁ〜と感じました。 急行高千穂号は東京へ着くのが夕方でしたから丸一日 乗っているので疲れましたね。
麻生

麻生

特別賞を頂きました平成20年10月24日

特別賞

受講生の中では私が最高齢のようで、作業も手緩いので、若い女の子(講師)から丁寧にしますね、といつも冷やかされています。 そんなことで作品の数も少なく個展など夢の夢です。

重石

美智ちゃんの提供です

 

橿原神宮;安ちゃん提供です

早春賦ですね;2.5

今日は、ポカポカ陽気につられて天竜川の土手を 散策しましたが、スイレン、ギシギシ、それにもう タンポポが咲いてました。スイセンは珍しいもので はありませんが・・・  

 えほう(恵方)巻を頬張った節分の翌日(4日)は 立春、その立春の昨日から今日と気温が上がり春が 近いような暖かな日中でした。

麻生

NHKに刺激され中津へ;12.18

先日、中津市山国町まで、N HKの番組で 知り、門松つくりの体験をしてきました 

温泉もありお泊りも出来るので一泊して、田舎の雰囲気を楽しんできました 朝、回り一面、真っ白の雪かと惑うほどの霜、こんな風景は久しぶりでしたね

帰りに小鹿田焼きの里にも、 コットン、コットン、の響きと小川のせせらぎ、登り窯の煙、素焼きを干したり、土を水で漉したりと、伝統の焼き物を続けている姿は美しく素晴らしい風景でした 

広島から四国へドライブ;11.18

重石

さらば小豆島;11.5

24の瞳をスライドで

スライドが早く動体視力のテストを兼ねています
<さらば小豆島>

       

寒霞渓の紅葉は10〜15日ほど遅くなるようでした。 でも610メートル余りの山頂に在る展望台からの眺望に 満足でした。またロープウェイから観る奇岩の渓谷は名勝 とされるだけあって見応えのある景観でした。  

あの映画村は後の映画(田中裕子)で使用した処だそう ですね。私はあとからの映画は観たことがありません。 木下恵介記念館にある映像も昔(高峰秀子、笠)の映像 です。

麻生

薩摩富士と富士の山;11,18

鹿児島方面に出かけてきました。シルバー人材センターの互助会主催の一泊旅行でした。写真は開聞岳です。

           
野仲

谷川岳から;11.1

谷川岳は動画で撮ったりしてみたので、送る過程が 面倒で止めます

休日とあって川越の町は狭い通りに人があふれていて、ぶっ かりそうで大変でした  結局、見て廻ったのはほんの一部 お菓子横丁、祭り会館、時の鐘、商家、城跡そんなものです 『道りゃんせ」 ここは何処の細道じゃ・・♪に歌われた神社 なのですか? 時間が限られているので、なかなかね〜

八海山のブナ林
清津峡
渓谷柱状の岩
川越の町
時の鐘
川越屋台会館

味見会にて ;10.26

先ず酒蔵の入口でコップを貰って酒樽の前へ進み、でき立ての生酒を注いで貰う

酒造会社の酒蔵前に座り込んで小宴会の始まり 酒造会社から溢れ出て路を塞いだ人たち 飲み友達でつくる[四(酔)人会]のメンバーですが、

私を除く三悪友は酒豪です???

麻生

七つ森古墳;10.1

10月11日から13日まで大分県の大分市、別府市、佐伯市で第8回全国障害者スポーツ大会が行われました。
写真は11日の開会式の模様です。障害者と呼ばれている方々には、いろいろな障害が含まれています。聴覚障害(耳が聞こえない)だけでもいろいろな段階があります。 聴覚障害だけで他にどこも悪くない人は、走、跳、投など健常者に劣らぬ実力を持っています。視覚障害(目の不自由な方)の人も、走るのに音だけの誘導や伴走者付きで走る方も記録は普通の健常者と変わらぬぐらいの記録を発揮します。

このように弱、強、重度等のランクがありそれぞれのランクによる競技がもたれるわけです。私のボランティアの担当は、全選手の競技終了後の解散場所でのチェックと貸出用具の回収の仕事でしたので、全選手がこの関門を通過するわけですので、一応全選手を見ることができるわけでした。

メタルを貰って笑顔で通過する選手、負けて悔し涙を流す選手や鳴き声を上げながら介助員に支えながら立ち去る選手と悲喜こもごもの場面を目にするのでした。閉会式には最後の演出として西条秀樹氏のオンステージがあり若い選手は大変な盛り上がりようでした。

野仲

七つ森古墳;10.1

それでは・・・と私は予定どうりに七つ森古墳に行って来ました  安ちゃんが言われたとおり丁度見ごろででしたし見物人もちらほらでした  というのも各地では運動会や村祭りがあり、緒方5千石祭、朝地もお祭りでした  菅生から荻に出て神原までドライブしましたら偶然にもここもお祭りで、神原神社は村中の人盛り、そこで珍しい(はぐま)小高野が昔やっていたものと同じで懐かしく、しばらく拝見して帰りました  お神楽もあるよ〜見て行って〜と でも時間がなくて帰りましたが懐かしかったですね〜 、、蕎麦の花、

古墳の彼岸花
蕎麦の花
はぐま
はぐま(その2)

ふと幼き頃を;9.30

 セミ(ツクツクボウシ)の声を聴きながら、周囲を眺めて いましたら、学校帰りの児童が通りかかり、餓鬼の頃を 思い出しました。

重石

東尋坊へ;9.26

金曜日は越前の東尋坊へ雨の中を出掛けました。
雨の多い北陸だけに覚悟をしていたが止んで呉れたの傘 を使わないで済みました。先ず福井県坂井郡三国町安島 という地へ着きました。 <朱塗りの雄島橋と雄島>

伝説と神秘に満ちた島「雄島」は噴出した流紋岩の岩石 島で、越前で一番大きく標高27メートル、周囲2キロ。土地 の人は昔から神の島として崇めているようです。朱塗りの 雄島橋を渡り78段の石段を上がるとヤブニッケイやタブの 樹木が林立する中に大湊神社が建っていました。

遊歩道沿いには樹齢100年を超える大木や海食による崖など あり、時計廻りに島を一周してから三国海岸の「荒磯遊歩道」 をウォーキングで東尋坊へ着きました。

島の北海岸には板状の岩
三国海岸壁
東尋坊の大池
輝石安山岩の柱状摂理
北東に望む雄島

麻生

自宅の庭で;9.18

庭のグロリオサの花に、アゲハチョウが止まりました。

重石

藤のノ木古墳;9.17

奈良を訪ねた時、斑鳩町の「藤のノ木古墳」を見学しました。
斑鳩はスズメ科の鳥で大きさはムク鳥ぐらいの大きさで頭と羽は光沢のある黒色、その他は灰色。クチバシは太くて黄色。翼に白い斑点があることから「斑鳩」の名があり、生息していたそうです。

古墳では出土品に興味をもっていたけど入口から少しのところに扉があり、石棺までは遠く離れていてガラス越しの観賞でした。肉眼で見えても写真ではガラスに反射して よく撮れませんでした。

<藤ノ木古墳>
<古墳正面入口>
<古墳内の様子>
「石棺内の状況」
「出土した金具など」

麻生

駒ヶ岳の千畳敷カール;7.25

金曜日に行った駒ケ根市中央アルプス・駒ヶ岳の千畳敷カールほかの写真があり、遅くなりましたが載せたいと思います。

中央アルプスの内「千畳敷カール」は、例年7月ともなると雪はないが、今年だけは多く残っていると聞いていました。 いわれた通りたくさんの雪が残ってありましたね。

 そう言えば富士山も静岡県側の表富士も富士宮口と御殿場口は土木建機を使って取り除いたが須走口は富士山山開きに間に合わなかったようです。

昨年5月に登った時は銀世界、すべてが雪に覆われ何処をみても真っ白でしたが、夏山は碧とたくさんの高山植物が茂り、冷たい空気がいいですね。

一作年ですか。訪ねられた修ちゃんの奥さまも懐かしく思い出されるでしょうね。

ホテル前から望む宝剣岳
「宝剣岳」2.931メートルの近景
千畳敷カールに建つ記念標柱
八丁坂辺りから急な坂道と
残雪も多くなった
カールを後に頂上を目指し
て登って来る人たち

酷暑の下界を離れてすばらしい景色をいただき感謝します。もう少し拡大とは・・・でもHPの容量も限界に近づきましたのでこれで良いのでしょうね

乗越浄土の頂きに立って
「宝剣岳」を背景にポーズ
木曽中岳2.925メートル

竜ヶ岩洞(鍾乳洞)へ

洞内を行くのは母ちゃん、
成長は止まらず横へ伸びています
垂れ下がる鍾乳石、
100年で1センチとか
「鳳凰の間」

浜松から北西に在る「竜ヶ岩洞」というとこへ行き、洞内の乳石や地下水に触れ400メートルを歩いてきました。

麻生

東北の旅;6.6

東京→東北新幹線を乗り継ぎ盛岡駅へ、 バスで盛岡市内→発荷峠→十和田湖→十和田市子の口 →奥入瀬→樹海ライン→滝ノ沢→黒石市→田舎館村 →弘前→中津軽・西目屋村→西津軽・鯵ヶ沢町→ 西津軽・深浦町→白神山地→能代市→秋田→田沢湖 →盛岡を廻ってきました。

岩手県雫石町の農家のもので曲り家の常居・左側居住部分の一番奥に当たると ころ 曲り家の右側に当たる厩、他に農機具置場、藁仕事場など盛岡・初夏の風物詩資料から 馬の産地として知られる岩手県は主として軍馬や騎馬として使われていたが、 寛政年間(1789)から農耕用として農民が家族同様の愛情を注いで飼うようになり、 人と馬がひとつ屋根の下で暮らす「南部曲り家」が造られたそうです。侍で人馬一体と 言いますがお百姓さんも同様だったのですね。
写真は

南部曲り家・茶の間と盛岡・初夏の風物詩
五能線(水森かおりの歌にもありますね)の日本海側を歌の文句のような場所の観光もし たのですね。地図を開いて地名と場所を探しました。西津軽那深浦町風合瀬では五能線の 線路、海岸線に日本海良く撮れていましたね

これはおなじみのチャグチャグ馬っこと南部鉄の巨大な鉄ビンです こうした愛馬精神から自然に生まれたのが馬の神をまつる『駒形 (蒼前)神社』で旧暦5月5日に仕事を休み、神社の境内で一日を過ごしたのです。

<南部鉄器>盛岡の鋳物は、始まりが慶長年間(1596〜1615)の盛岡藩歴代藩主 庇護の下、育まれてきたのが盛岡の南部鉄器の歴史です。

<国無形民俗文化財「盛岡チャグチャグ馬コ」>
<「南部鉄器/鉄瓶」直径120cmx高さ155cmx容量 360lx重量350kg>

チャグチャグ馬っこ
南部鉄ビン
十和田湖で〜す

天気予報が的中し、酷い雨の中、発荷峠の展望台から 望む十和田湖は視界が悪くよく見えなかったです
<発荷峠展望台から望む十和田湖>
<発荷峠展望台>秋田県小坂町
<休屋の湖上遊覧船着場>十和田市奥瀬

降りしきる雨の湖上遊覧で好い写真がありません。 <湖上遊覧の船から望む半島の奇岩「六万石」>
<湖上を行き交う遊覧船>
<中山半島の突端に生茂る「見返りの松」>

渓流がきれいなのは、十和田湖は湧き水だったのですね。 「八甲田山の雪中行軍遭難」「八甲田山死の彷徨」等などは 在職中、企業が社員教育で創造力、統率、即断力などに活用 しましたね。一冊与えられレポートを提出させられたことも ありました。しかしあれらの本は事実に基づくものとされて いますが、フィクションのようですね。

<梅雨の雨に濡れる「乙女の像」>
<奥入瀬川への放流口の湖面> 十和田湖子ノ口にて・・・
湖上遊覧で見る半島や島々 の碧が 紅葉にかわれば、また、よい眺めだろうと思いました。 奥入瀬渓流ウォークも雨の中でしたが、石ケ戸から 上流を目指してスタートし、子の口まで2時間余り 歩きました。

<奥入瀬遊歩道>
<奥入瀬渓流>
<銚子大滝>しばし渓流を散策します

『黒石よされ』の由来 起源は、山岳宗教が盛んであった500年から600年前で、 盆踊りの時の男女の恋の掛け合い唄であったといわれている。 黒石の盆踊りが盛んになったのは、天明の頃(約200年前) 時の家老、境形右衛門が城下町に人を集める商工振興対策と して力をいれてから、今に受け継がれている。幕末の頃の 黒石の盆踊りは「金正日記」によると「つづみ、太 鼓、三味線、 その数を知らず」とあり、その盛況さがうかがわれる。 徳島の阿波おどり、岐阜の郡上おどりと共に三大流し踊り とされる。(資料)

<津軽こけし館>
<こけし造り>実演
<日本一の「木地だるま」>

平成15年4月記念事業として木地だるまを制作したもので ある。 原木は津軽森林管理署が調達し、特製の綱引きロクロは地元 企業の協力によって設置された。だるまの描彩は津軽こけし 工人会が担当し、表情は津軽系こけしの創始者 盛秀太郎翁 の型をモデルにした。(資料)

 「田舎館村役場の庁舎」だそうです。>南津軽郡田舎館村(い なかだてむら)にて <@>

■<青森ねぶたの由来  

青森ねぶた祭は、七夕様の灯籠流しの変形であろう。七夕まつりは 七月七日の夜に、けがれを川や海に流す禊の行事だが、ねぶた祭も 同様に七日目にはねぶた人形を川や海へ流す習わしがある。 七夕まつりの行事が全国各地でいろいろと型を変え、その土地独自 の祭になったわけで、それらの中でも日本海側にねぶた祭に似た祭 りが多い。

日本海沿岸各地に伝わるこれらの祭りは共通点が多い。昔、京の都 の文化は日本海を伝わって、津軽へ運ばれたという。京都祇園まつり の宵山は、山、鉾に提灯を飾るもので、珠洲の「キリコ」魚津の 「たてもん」に似ている。また、提灯の配列は秋田の「竿燈」の 下げ方と同じ、など北上するにつれて祇園まつりの飾り山が簡略され ている。しかし、その運行方法は囃し方、曳き方、車方など同様である。 果たしてこれらの祭りは「祇園まつり」が源流なのであろうか・・・。 (資料から)

■<岩木山>

青森県弘前市および西津軽郡鯵ヶ沢町に位置する 標高1,625メートルの成層火山。円錐形の山容から 津軽富士とも呼ばれる。津軽平野の何処からでも 見ることができる独立峯で青森県の最高峰。山頂部 は、岩木山、鳥海山、厳鬼山(岩鬼山)の3つの峯 で形成されている。

■「りんご畑」弘前市にて

夕方、宿の窓から見る「岩木山」、天気は悪く無いのに山全体(後ろ の山)が見えていない霧に覆われ、別の名を津軽富士とも呼ばれる、早朝(5;43)の 「岩木山 (1,625m)」を鯵ヶ沢町の宿から望む
宿の前庭にて(西津軽郡鯵ヶ沢町長平)

ブナ林のシダ
ブナの巨木
白神山地をトレッキング
吹払い式防雪棚
米代川

チャンチャン

■後日談
「白神山地のブナ林は素晴らしいですね。熊の爪痕や小鳥の巣もあるブナの木は見ごたえがあることでしょう。ご存じと思いますが九州の田舎ではブナのことを「はだこ」と言って、炭にした時は火力が弱くすぐに無くなってしまうようでしたね。白い幹なので白樺の木と間違える人がいるかもしれません。祖母山にも沢山のブナはありますが、白神山地のブナ林とは雲泥の差がありますね。野仲

麻生

熊野三山;5.21

孝ちゃんの行かれた熊野三山に朝地の幸ちゃんと6人で行ってきました
深い山や階段、いにしえの熊野詣でが偲ばれますね 6人で賑やかに勢いで登りましたが流石に今日は足のふくらはぎが痛いです 苦行?はもう限界かも・・・ 写真は熊野古道・橋杭岩、熊野詣・那智の滝(後の二枚はクリックしてね)をバックに

九十九島;5.20

5月19日と20日九隣会佐世保大会に修ちゃんと一緒に佐世保に行ってきました。
全国各地から42名の同級生が集まりました。二日目の観光は九十九島遊覧船観光でした。 その島々の写真です。

野仲

箱根登山;5.6

5月8日は、予定通り金時山に登ってきました。 静岡(市)の「帆掛山・梶原山」登山以来2年振り でしたが、何とか皆(同行者)に遅れることなく登ることができたというか、 狭く険し山道を一列になって登るので、立ち止まると後ろに迷 惑するし、下方から追われるように登って行きました。

写真は金時山から見た名門、仙石原ゴルフコース・仙石原町と芦ノ湖の遠望。頂上の金時山立札。♪懐かし坂田の金太郎=足柄山にて

麻生

金時山々頂から
金時山の立札
坂田の金太郎像

傾山やま開き;4.29

傾山の山開きに登ってきました。あけぼのつつじ、ぞうざんつつじ、しゃくな げ等の花を見ることができました。天気に恵まれ楽しい山登りでした。記念に頂いたバンダナと一緒に

野仲

バンダナ広げて

ふるさとで同窓会;4月3日から5日まで

阿蘇ホテルにて=23会会員一同

待ちに待った記念樹前での撮影が無事終わりました
次回の同窓会はたぶん喜寿になるのでしょうか、
ちょっと長い気もしますがそれだけに気持も体も健康
維持に努めることにもなり一石二鳥か・・・

写真は大分合同新聞に掲載されたものです(重石)

ここが豊後竹田=総まとめ

タイトルをクリックしてご覧ください。 この三日間は子供じみた興奮状態で下手な記事はなしにしたほうが景色が壊れないと思います。
列車が駅を発車するときに流れる音楽は<荒城の月>・・・また帰りたいナ 熊本城

あっという間に3日間がすぎてしまいました
昭和23年豊後竹田・入田小学校卒業の戦前・戦中・戦後を切り抜けてきた仲間の集まりです。写真は熊本城・宇土櫓で慶長期に加藤清正公の築造とされています(麻生)

小生は羽田から空路大分空港へ、大分駅では重石さん、堤さんのお出迎えをしていただき 行ったこともない祖母の実家(普門寺)まで案内していただく アルプス 雪舟の筆になる「沈堕の滝」=鎮田瀑として有名。今は跡形もない我が家の傍のトンネル冬になると大人の体サイズのつららが下がった。

天気は晴れ、下界の景色もおぼろげながら垣間見のワンショット(携帯電話)で白い化粧のアルプス山脈です 待ち合わせ場所には時間どおりに皆さん到着、玉来から阿蘇外輪山から阿蘇のふもとへ。つづきは総まとめ


<豊後竹田駅>

<朝倉文雄の彫刻>

<沈堕の滝>

<沈堕の滝由緒>
<広瀬神社>
<キリシタン礼拝所>
<岡神社>
<懐かしいトンネル>
<同チュウリップ畑>
<原尻の滝1>
<原尻の滝2>
<同水車>

大分で;3,23

こちらでは昨日公園を歩いてみたのですが一〜二輪、今日、明日あたりは開花になるのでは?といった感じです
見つけました 竹の子、いつもの公園です お店では見掛けますがこちらに届くのはまだ先になりそうです

修ちゃんの作品も立派で周りを圧倒していました 益々腕を磨いて 挑戦してほしいですね。他に同級生平井さんの作品もありました
あと十日、なんか信じられないくらい速く感じますね

普賢岳の昨今;3,15

♪君の名はと〜撮影場所になっていたのでしょう(管理人)

小豆島・宮崎へ;2、25

まとめて掲載しました。

暖かかったり寒かったりと季節の変わり目は大変ですね
東に南にと忙しく飛び回って来ました 女性4にんで小豆島に行ってきました。自転車に乗った女先生、24の瞳の岬の分校や寒霞渓は、瀬戸の島でありながら頂上は雪景色、遠く屋島や淡路島と眺めは最高でした

先日は午後出発して宮崎まで、一泊してソフトバンクのキャン地、孫を下ろして宮崎県庁、日南海岸とエネルギッシュに、帰着は次の日の午前2時、近くの温泉で疲れを取って家に着いたのは午前3時でした

若者と行動をすると不思議と疲れも半分(^−^) 宮崎県庁の人気は大変なもの、一日に千人くらいとか、この日も県外ナンバーが沢山、物産館も賑わっていました

大分県も「なんとかせんといかん!」 そんな感じ!

24の銅像
日南海岸

蓬莱に聞かばや伊勢の初便り

元日はお伊勢参りをしてきました 内宮、外宮、滋賀県の多賀大社の三社参りです
途中雪にも見舞われましたが無事お参りをすることができました。 どこも大変な人出で大分弁で一寸ずり寒いどころか熱いくらいの熱気でしたね

今年も無事にあけ早三日 また月日はどんどん過ぎていくことでしょうね  本年も何とぞよろしくお願いいたします
     内宮前の混雑ぶりです 


河宇田・早吸社
同窓会・吉良宅・昭和29年
還暦・別府・平成8年
古希前・金閣寺・平成16年
古希・博多・平成18年
阿蘇にて平成20年

管理人

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