Blind Spots in material viewpoints
regarding pollution
環境汚染常識の死角
○
世俗常識 1
車や飛行機、刃物でも大勢の人達が殺されている。
化学物質や農薬だけが特別騒がれるほどの事ではない。
国が管理している以上、あとは法に任せておけばよい。
世俗常識 2
後進国に比べれば、先進国日本の公害は大したことない。
世俗常識 3
汚染なら、先ず工員が真っ先に皆、病気になっている筈だ。
従業員達が大丈夫なのに、公害などある筈がない。
世俗常識 4
化学物質過敏症は、過敏な人に起きる化学アレルギー
であり、その人自身の弱い特異体質が問題である。
世俗常識 5
化学物質による病気は、精神か自律神経の問題であり、
可逆的であって、治る。
世俗常識 6
排ガスによる公害なら、当然、戸外で臭いが強い筈。
室内で臭いが強いなら、それはシックハウスである。
検 証
■ 世俗常識 1
車や飛行機、刃物でも大勢の人達が殺されている。
特に車では、もっと多くの人達が死んでいるのだから、
化学物質や農薬だけが特別騒がれるほどの事ではない。
国が管理している以上、あとは法に任せておけばよい。
その死角:
それらを同一に論じるのは、とても一面的です。
世間のリスク論で必ず持ち出されるのが、自動車との同一視です。
「自動車にはリスクが付き物なのに、社会に許容されているではないか。
化学物質に伴う汚染にも、それと同じ発想が必要だ。」という論法です。
「化学物質のリスクに過剰に反応するのはおかしい。」という批判です。
では、自分が深刻な被害者になった時のことを考えてみて下さい。
事故や刃物なら、打撲や出血など、被害の歴然たる証拠があります。
保険の対象にもなり、負傷なら、一応の治療を受けられます。
不充分とは言え、犯人は、かなりの確率で捕まり、何らかの形で、法によって
裁かれます。
しかし、化学的な慢性毒性が累積した場合には、連日、死ぬほど苦しいのに、
MRIで脳を見ても異常なし、通常の血液検査でも異常なし。
異常が見つかった時には、化学中毒ではなく、癌か脳卒中か心臓病など、
ありとあらゆる病名に振り分けられる。最初から最後まで、自分の責任に
される。冷酷なものです。死角だらけの世界です。
化学物質と疾病の関連は証明されても、その工場との関連まで立証できる
医師はなかなかいませんし、急性病と違い治療法すら確立されていません。
残酷な痛み一つ治せる医薬品はありません。
人工化学物質を避けることが最大の治療ですが、それは至難のことです。
化学疾患に詳しい医師は極めて稀であり、北里大学のような専門医の診療
は、予約して3ヶ月以上も待たされ、厚生省の規定で保険診療の対象にさえ
なりません。
勤務先で化学毒に冒された場合でも、労災認定さえ至難であり、やがて首を
切られ、苦しんでいる人達は大勢います。乗り物や刃物と違い、目に見えず、
手で掴めず、測定も不完全な気体相手が多く、実際に測定されるのは、ごく
一部の化学物質のみです。
そのうち、死んだとしても、化学毒との関連や工場排煙との関連は完全無視
され、「成人病」あたりで済まされます。
女性なら環境ホルモンで生殖器疾患に苦悶し不妊症になって泣いても、
関連性の立証は難しく、他の原因だってあり得る、と逃げられます。
逃げ道だらけの世界です。
人工化学物質によって人体にどれほど深刻な影響が及ぶかは、諸外国で
立証されていても、実際にそれで因果関係を立証するのは、国内では至難
の業。だから、住民達の悲鳴と苦悶の中で公害裁判になっても、何十年も
かかって最高裁まで行って無罪放免が多いとのこと。有罪でも仰天するほど
罰則は軽く、時代錯誤の法律で全く話しにならないのが、公害犯罪に関する
罰則規定と医療補償です。
車でも、刃物でも、傷害保険がおりるようですが、化学物質によって傷害保険が
おりますか?何十年も費やしたあげく相手は無罪か、かろうじて和解、
それが現実です。多くの被害者は、それまでに息絶えています。
公害は、人々の人生どころか、未来まで奪うほど、犯罪性、公共性が高い
にもかかわらず、被害者達はなかなか救済されず、医療補償さえ至難です。
完全犯罪が容易に成立する分野、と言われ、私もまさかと思ったのですが、
非加熱濃縮製剤の裁判と言い、どうなのでしょうか?
化学汚染で人々を地獄に突き落としても、ザル法では殆ど適用されず、
1970年にできた、極めて軽い処罰規定では、公害犯罪の歯止めとして
さえ、まるでおぼつきません。
車や刃物による被害なら、警察の守備範囲ですが、化学汚染の被害なら、
警察は、公害犯罪に関する法律さえ、あったかな、という程度に過ぎません。
弁護士に相談しなさい、と逃げられるのがオチです。法の番人どころでは
ありません。法のたらい回しです。
どの公的機関も、たらい回しで済まそうとします。
化学汚染の問題は、実態解明のための調査、情報公開や対処が極めて
遅れており、その点、最新の犯罪捜査や事故調査技術、機動力を備えた
分野とは大きな隔たりがあります。
ローラー作戦が化学汚染対策で導入されますか?
車や刃物の場合には、多くの場合、加害者、実行者は単独、もしくは少数
であり、ボロを出しやすいのですが、化学物質の場合には、多くの場合、
加害者は企業であり、最初から弁護士がついており、簡単にボロを出しは
しませんし、保健所も組織には実に寛大です。
一流企業はそんな悪いことをしませんよ、と言った保健所の環境課職員も
います。まさに、なれ合い行政そのものです。
ところで、ここに、農薬を巡る悲痛な記録をご紹介します。
あなたが被害者となった時、どれくらいの期間をかけて、どう扱われるか、
ご自分の事としてご判断下さい。
「駅前への農薬工場の突然の進出が、周辺住民家族の将来を奪ってしまっ
た。複合汚染に長期間曝され、慢性中毒にも苦しんできた被害住民の訴え
は、どのように受けとめればよかったのか。毒性化学物質を扱う工場は、
工場による危害を取り締まるべき行政は・・・」
「農薬は毒薬:イラクで化学兵器工場の建設が疑われた時、フセイン大統
領は、農薬工場と言い張った。」
三西化学農薬被害事件裁判資料集
「農薬工場による健康被害の実態、企業・行政・学者の無責任な対応、
さらには被害者を切り捨てた裁判所の論理や構え方など」
「福岡県久留米市での『三西化学』の農薬被害事件」
次は、農家の長男が農薬散布後に死亡し、その20年近く後に和解が
成立した農薬裁判について、次の記述があります。
「ニッソールは、日本曹達が1966年から低毒性を歌い文句に大々的に売り
出した農薬であった。当時考えられる最も完全な服装で作業したにもかか
わらず中毒するならば、農薬をまいた者の責任ではなく農薬の安全性に問
題があるとして、悟君の親である松本武さんは裁判を決意する。」
京大農薬ゼミ 農薬裁判の経過
「農業高校の3年生が農薬散布作業後に死亡」
京大農薬ゼミ(続き) 農薬裁判から省農薬栽培
★上記サイトは外圧、情報操作等により抹消される可能性があります。
近くの農薬工場から異臭が漂ってくると、息苦しくなり、胸が痛み、頭痛が
ひどくなります。
私に、もしものことがあったなら、公害殺人以外の何物でもないので、
全てを公開してくれるよう、国内外の友人達に遺言を託しました。
遺体は、法医学教室で化学分析にかけることも。
車でも排気ガスという気体相手の難しい面が確かにありますが、道路は
全国に網の目のように張り巡らされているので、全国的な問題として
取り組みも総合的になり易く、ディーゼル車の黒煙にしても、まず誰にも
実感として解り易いのです。
車や刃物の怖さは、多くの人達が身近に実感しています。
しかし化学工場からの排出ガスとなると、影響を受けている人達は限られ、
新たな化学物質や複合汚染の人体への作用など、まだ広く知られておらず、
その深刻さが共通の実感として理解されず、解決はどんどん延期され続け
ます。
自分に非が無いのに被害に遭った時、それが
車や刃物による被害なら、人々は被害者として扱ってくれるでしょう。
被害の証拠は、一目瞭然です。
化学汚染による被害なら、人々は厄介者として扱うでしょう。皮肉と侮蔑を
浴びせるでしょう。
被害の証拠として医師の診断書を見せても、何をしても、企業や自治体、
保健所に深刻さは通じないでしょう。あなた自身の問題だ、とまで言われる
でしょう。それほど無知な分野であり、冷酷な扱いです。
各地で、同様のことが起きています。
汚染の測定結果で異常値が出てさえも。
あなたが化学汚染による苦しみの万分の一を語っても、化学物質への
恐怖を煽っているとしか見ない人達が大勢いるでしょう。
車や刃物に対しては、夜間でも休日でも取り締まりや巡回が当然のこと
として実施されますが、化学汚染には、そのようなことは行われません。
夜や休日は無法地帯と化しても、放置され続けます。深夜や休日は工場
を調べないのですか、と保健所の環境課職員達に聞いても、返事があった
試しはありません。
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■ 世俗常識 2
後進国に比べれば、先進国日本の公害は大したことない。
その死角:
発展途上国と比較し、まだマシだと被害者達に説得するのは、よく使われる
狡猾な手です。
実際はですね、被害者にとっては、自分達を散々苦しめておいて、解決を
どんどん延期し、死にまで追いやるような組織と国は、まさに野蛮な後進国
そのものの姿なのです。
公害汚染に関しては、昔は作っている製品が限られ、生産規模は比較的
小さく、生産量も新製品も少なく、臭いが単純でした。
しかし、今はですね、一化学工場で作られる製品の種類が膨大、多岐に及
び、生産規模は非常に拡大し、生産量も新製品開発も実に多く、臭いが極め
て複雑、多様化しています。
昔は何年も同じ臭いだったのが、今は不気味な新種の臭いが出現しています。
新たな農薬が次々生まれ、大量に作られ、やがて危険が判明して製造中止
に次々となっています。 つまり、周辺住民や使用者がまるで人体実験に供
されるようなスケールは、大きくなっています。刺激臭一つにしても。
新製品は次々と開発され、臭いはますます多様化し、環境測定され得ない
化学物質が続々と増え、たとえ個々の物質は何とか測定上は規定値内に
収め得たとしても、全総量自体が途方もない種類と量です。
従って、今、住民苦情に多い意見は、こうです。昔と違い、臭いが多様化し、
とても長時間刺激臭がするようになり、刺激も強まり、工場排出ガスが
家の中にこもって、なかなか抜けなくなった。という切実な変化があります。
先進国どころの話ではありません。逆行です。耐え難くなっているのです。
家全体が化学漬けのようになってしまうため、公害ではなくシックハウスの
問題にすり替えようと躍起になる工場や自治体の責任回避の傾向もあり
ます。 それが、企業城下町の悲劇です。
膨大な生産量と製品開発に対し、浄化設備への投資が追いつきません。
アメリカでも近年、大気、水、土壌への汚染物質排出が増大しているという
深刻な最新データが出ています。
先進国が大量に排出するのは二酸化炭素だけではありません。
製造量の増大に応じて、排ガス処理過程は、複雑化する必要があり、
排ガス処理に要する費用も、充分に負担することが必要です。
しかし、実際は・・・・
排ガス処理装置があっても、膨大な排出量に追いつかず、排ガスを充分に
処理する事さえ難しいのに、省エネ推進の掛け声に乗じて排ガスの燃焼
処理に要する燃料を極端に節減し、ますます処理不充分な刺激性ガスを
大量に排出することが起きているようです。
極端な省エネは、企業にとっては実に儲かることであり、住民にとっては、
実に由々しき事態です。
しかし、排ガス処理に於ける省エネの深刻な弊害が真剣に検討されたり、
調査されている様子は、全く見られません。
被害者にとって、地獄は地獄であり、それが先進国のであろうと、後進国の
であろうと、地獄は地獄、苦悶は苦悶、死は死です。
化学公害に関しては、実感として、劣悪にして野蛮としか言いようのない
暗黒の現実があります。夜陰に紛れて・・・の世界です。
苦悶する被害者に対して、先進国論議で煙に巻くのは通用しません。
世界の中で、日本の公害と人権の問題は、まさに後進レベルです。
公害犯罪への罰則規定は、ザル法であり、飾り物の軽い罰則では、歯止め
にさえなりません。医療保障も受けられず、泣き寝入りならぬ、泣き死にする
被害者が全国で後を絶ちません。
今後も、新製品が続々と作られ、得体の知れない刺激臭がますます累積し
ていきます。法的、医療的、人道的ケアもお粗末なままに。
「先進国」「国際企業」という慢心こそが、甘い危機管理に拍車をかけ、人命
が軽んじられる深刻な結果を招来しています。
化学毒は、目に見えなくても、じわじわと効いてきます。そこが怖いんですよ。
あなたも化学毒にやられたと気付いた時には、きっと何を試みようと、
公務員倫理も企業倫理も基本的人権も医療の進歩も、どこかよその国の話
に思えることでしょう。
そして公害犯罪の法律とその適用状況一つにしても、あなたは
紛れもなく後進国か「経済優先・全体主義」の真っただ中に
いる自分を発見し、命と人権の軽さに戦慄することでしょう。
それほどまでにして経済的利益を最優先してきた日本政府が、経済破綻の
危機にあるとは、どういう事でしょう?
ということは、経済的利益を最優先する一流企業も同じ運営を辿る、という
示唆なのでしょう。
公害問題で被害者を救済できない産業国家は、先進国の名に価しません。
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■ 世俗常識 3
先ず住民達が刺激臭で苦しむなんて変だ。
汚染なら、先ず工員が真っ先に皆、病気になっている筈だ。
従業員達が大丈夫なのに、公害などある筈がない。
その死角:
水俣窒素肥料工場、三西化学農薬工場などで、被害者の中心となったのは、
工員達でしょうか?高い煙突群から出る煙が大挙して襲来するのは、その
風下であり、煙突の真下ではありません。
汚水で苦しむのも、主に下流や周辺で生活する人達です。
各プラントの操業は全てコンピューター制御されていると工場側が言う以上、
各煙突の下で働く人達が、全煙突の排出ガスを一身に浴びる状況にある
でしょうか?
工員達は、3交代制、週休2日で、煙突の下で働いています。
年のうち、何時間そこに居るのでしょう?
しかし住民は、住むのに交代性ではなく、休日にもそこにいます。
多くの煙突から排煙が流れてくる所で暮らしています。圧倒的に長時間
大量に曝される影響は全く考慮されませんし、言っても通じません。
こうい住民側の累積要素を頭から無視する論法に固執するということは、
よほど都合の悪いことを隠したくて仕方ないのでしょうか?
企業側が責任回避に使う常套句に、自治体の環境課や保健所までもが、
口裏を合わせる画一的発言は、滑稽を通り越して不気味です。
保健所の職員、所長は、警察同様、必ず頻繁な人事異動が必要
であり、同一地域に長く勤務するようでは、死活問題である環境
衛生を守れるでしょうか?なれ合い行政が問題になる中。
悪代官の悪代官たる由縁は、常に癒着であり、不公平でした。
聖域無き行政改革は、保健所や地方自治体とて例外ではない
筈です。
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■ 世俗常識 4
化学物質過敏症は、過敏な人に起きる化学アレルギー
であり、その人自身の弱い特異体質が問題である。
その死角:
決して過敏でも病的でも特殊でもなく、健康そのものの元気な人達が、
人工化学物質の曝露によって突然発症するのは、珍しくありません。
誰もが発症する可能性に曝されています。
健康溌刺の選抜されたスチュワーデスが殺菌後の機内で突然発症し、
働けずホームレスになったり、アスレチッククラブのインストラクターが
発症したり、元気そのものだった子供が殺虫剤に曝露された後、急変
し、やがて亡くなったり、急激な変化に戸惑う人達は珍しくありません。
海外では既に、化学疾患をアレルギー説で理解するのは無理があり、
非常に問題であると言われています。
アレルギーとは基本的に異なり、区別が必要だというのです。
アレルギー:通常無害な外来物質に対する過剰反応。
化学疾患 :本来有害な外来物質に対する正当反応。
アレルギー:有害な物質と無害な物質の識別能力が欠如した状態。
化学疾患 :有害な物質と無害な物質の識別能力が向上した状態。
アレルギー:免疫系が誤った方向に進み、非毒物と戦っている状態。
化学疾患 :免疫系が正しい方向に進み、有毒物と戦っている状態。
では、アレルギーではなく、何と言うのでしょう?
化学中毒(chemical poisoning)です。
そして、その後遺症です。
しかし、アレルギーと化学中毒を分けて考えたくない人達がいます。
化学中毒をアレルギーと同一視すると都合の良い人達がいます。
あくまでも個人の体質的な問題であり、病的な異常者だと見なすこと
によって、原因である化学物質や汚染源に焦点を向かわせないように
する人達がいます。
しかし、実際は、個人の問題以上に社会の問題であり、皆に先駆けて
異常を感知し、身を挺して警鐘の役目を担う人達です。
彼らを異常視して抑え込むのではなく、原因を問題視して早急に解決
することこそが、次の犠牲者を防ぐためにも急務です。
化学毒の発生源を放置し弁護し続けて、患者を異常視することは、
怠慢な役人達の得意とするところですが、発生源にこそ目を向けな
ければ、本末転倒であり、元からの解決になりません。
化学物質過敏症患者を前にした時、
化学毒と汚染源を問題視するか、患者を異常視するか、によって、
その人の姿勢が問われます。
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■ 世俗常識 5
化学物質による病気は、精神か自律神経の問題であり、
可逆的であって、治る。
その死角:
ならば、サリン中毒で自由を失った河野さんの奥さんは、とっくに回復している
筈です。農薬で神経・免疫・ホルモン系をやられて、日々症状が悪化している
患者の家族に、アメリカで専門医が覚悟を言い渡すこともない筈です。
確かに回復した人達もいます。完全回復ではなく、代償機能の発達による
場合もあるでしょうが。ただ、その人達が世間で人工化学物質にその後も
曝露され、一気に悪化し、繰り返し苦戦しているのも事実です。
そして、忘れてはならないのは、化学物質が脳細胞や神経に不可逆的な
損傷、死滅をもたらすことがあり、それは不幸にして実際に体験した者なら
痛感することです。また、それを研究した専門家でないと、なかなか認めたく
ない事実です。遺伝子や生殖器系、目などへの影響も深刻です。
化学物質による影響は可逆的だというなら、もしそれほどまでに人間に
強靱な再生力があるなら、サリン中毒で自由を失った河野さんの奥さん
の元に、ボランティアで駆けつけて、回復させて上げるべきです。
化学物質に関する甘い予測は、命取りになります。
きちんと裏付けを取らず、思いこみで判断する人達は、人間の取り返しの
つかないデリケートな生命が解らず、自分達の工場が、化学排出物によって
住民に多大な苦痛を与え、雑草ではなく相手の人生を根こそぎにしている
ことさえ考えも及ばず、公害汚染の惨劇がいつまでも繰り返されています。
農薬工場によっては、排出ガス中に殺人ガスとさえ呼ばれる成分も含まれ
ていて、その累積が信じられないようなダメージと苦痛を残します。
それを、あくまでも精神か自律神経の問題だと思う人達は、自分か家族が
取り返しのつかない地獄に堕ちた時、現実をありのままに認識し、恐れ
おののく事でしょう。
全てが不可逆的だと言うのも無責任ですが、全てが可逆的だと言うのは、
それ以上に無責任です。
精神や自律神経だけで済ませるほど、単純ではありません。
化学物質過敏症は、複合化学物質過敏症と言い、
体外に於いては、さまざまな化学物質に鋭く反応し、
体内に於いては、さまざまなシステムに鋭く影響し、
それだけに、ことは想像以上に、はるかに深刻です。
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■ 世俗常識 6
排ガスによる公害なら、当然、戸外で臭いが強い筈。
室内で臭いが強いなら、それはシックハウスである。
その死角:
地場産業を擁護する環境課のお役人達にお得意の単純な発想です。
屋内や車内のように、ある程度閉ざされた空間に窓の隙間などから流れ
込み続ける異臭は蓄積され、臭いが強くなりがちです。
戸外なら悪臭だけでなく新鮮な空気も大量にあり、風もあって拡散し、臭い
が比較的気にならなくても、隙間などから屋内に入り込む悪臭は、とても
こもって、換気扇を回しても、なかなか追いつきません。
風向きが変わり、それが持続すると、屋内はウソのように臭わなくなります。
風向きにより、窓の開け閉めは微妙です。
以前、庭で枯れ木を燃やすと、窓を閉めていても煙が屋内に流れ込み、
外よりも屋内に煙が充満して、居たたまれないのを体験しました。
窓をきちんと閉じていても、隙間から簡単に入り込みます。
体内のダイオキシンを測定する場合、血液中のダイオキシンと、ダグラス窩
にある腹水中のダイオキシンとでは、平均してダグラス窩の方がグンと濃い
そうです。
血液中のダイオキシンだけで判断すると、判断を誤ります。
流れる血液中では、ダイオキシンが拡散され薄められる傾向があり、一方、
停溜気味のダグラス窩の腹水では、ダイオキシンが濃厚になりがちです。
臭気に於いても、同様のことが言えるでしょう。
周到な裏付けを取らぬ単純な決めつけが、一刻を争う公害問題の解決を
延ばし続け、保健所は悪代官さながらだ、と人々に言わしむる要因と
なっています。いつ、汚名を返上するのでしょう?
なお、悪臭公害の場合、室内の方が危険だという様々な事実は、杉並病の
被害者達からも具体的に指摘されています。
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