8/1 thu. [ ゴキブリの穴 第一回戦 ]

仕事から帰宅し玄関のドアを開けると、家の中は、息を塞ぐような熱気に占拠されていた。状況はまさに 「バックドラフト」 。僕は、重たい足から靴を落とし暗い家の中へと突入した。カバンを置き、部屋の電気を点け、腕時計を外して、奥の窓を全開に開ける。そしてエアコンの電源を入れようと、右手の人差し指を壁に掛かっているリモコンに向け・・・
「さ、さ、34度!? 家の中が34度!?」

眉間に集まったシワが、緩んで垂れて、ためいきとなって口から出た。まさに焼け石に水だな、こりゃ・・・。気休め程度の仕事しかしてくれないであろう、エアコンのスイッチを入れて、僕は風呂場へ向かった。生存可能な場所は、風呂場以外には思い当たらなかった。

風呂場のドアを開けると、またしても黒い物体が、僕にあわてて右往左往を始めていた。そして黒い物体は、シャンプーなどが入ったカゴの下へと隠れ場所を見つけ身を潜めた。あれほど前後左右にクルクル振り回していた触覚までもピタッと止めてゴキブリは身を隠している。妙に感心した。ゴキブリは、僕の視線を意識している。ゴキブリは、僕がゴキブリに気がつかず、この場を去っていくのをドキドキしながら待っているのだ。僕は完全に優位に立ったような気がした。「命」 の価値が、急に小さく思えたような気さえした。

「俺は風呂のお湯を入れる。半身浴だから、5分足らずで湯はたまるだろう。アイルビーバック!その時おまえがまだそこにいるのなら、命の保証はしない」

声に出して言ってみた。もしかしたら、ゴキブリ相手にバカかもしれないが、そのバカの手に、 「命」 が一つ握られていることに違いはない。

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