4/15 mon. 秘密 [ 拾得物をしたという権利などいらないよ
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5歩ばかり行き進んだが、それが限界だった。道の真ん中にカバンが落ちている。そいつが
「落ちてますよ」 と言わんばかりに後ろ髪をぐいぐいとひっぱる。そのまま行き過ぎることなどとても出来はしなかった。中身は見ずにそのまま交番に持ち込んだ。カバンの中に
「吉田恵のこれでオッケー全バージョン完全版」
などというビデオが入っていたら、良からぬ魔が差さないとも限らないからだ。しかし駐在さんは、カバンの中身を全て僕に見せようとした。何かの義務を果たすように。免許証から保健証、真新しい年金手帳、履歴書、炊飯ジャーのカタログ・・・そして「あなたの知らない安達裕実」と書かれた、いけないアングルのグラビアの切り抜き・・・。何もかもを見せられて、カバンが空っぽなのを確認させられた。カバンの中身から落とし主はすぐに分かりそうだった。それは安堵だった。僕の中では解決した出来事になったので、そのまま駐在さんにまかせて立ち去ろうとしたが、なにやら書類があるという。僕の名前と住所を書いていけという。カバンを拾わなければ発生しなかった誰かとの接点など、出来る事なら消滅させたい。住所と名前は書くが、落とし主には教えないで欲しいと駐在さんに言ってみた。すると・・・「ということは、あなたは拾得物をしたという権利を放棄するという事ですね」
と駐在さんは言ってくる。「ええ、それで結構ですけど」 「あなたにはお礼をもらう権利があるんですよ」
駐在さんは尚も食い下がる。お礼と言っても、最大で2割。財布の中の2割をもらっても、交番の斜め前のバッティングセンターで数ゲーム遊べる程度のものだ。相手に恐縮されながら、そんなお礼をもらいたい人がいるのだろうか。「ならば、この書類のここに、権利を放棄すると記名して下さい」
・・・まあ、大事な事なんだろうなと思い素直に記名した。駐在さんは、なぜかすがすがしいような顔をしていた。
帰宅すると、嫁さんが顔を紅潮させて、「今、警察から電話があって心臓が止まりそうになったよう」
と足をじたばたさせている。さっそく落とし主が現れて、一言お礼が言いたいと、電話の向こうにその落とし主が現れたんだそうだ。何のことか分からず恐縮してしまったようだが、やはり嫁さんもどこかすがすがしいような顔をしていた。
小心者の僕は、もしも布袋みたいな奴に追いかけられたらどうしようと、少し心がざわざわしていたというのに。
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