御蔵島
Gallery: Forest Old Trees Flower

黒潮の流れる洋上にそびえ立つ火山島であり伊豆七島に属する御蔵島は、四方を断崖で取り巻かれ、平地はほとんどみあたらない。
一見厳しそうにみえる環境だが、そこに住む生き物たちにとっては楽園のようなところなのだ。そして、島に住む人達は、海と山の豊かな恵みを上手く活かして島とつきあっている。そのせいか、外部の人におだやかな表情と強靱な意志を感じさせてくれる。
2002年5月の3日間、この魅力的な島に初めて訪れ、観て聞いて触れてきたものを紹介します。
旅日記
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条件付出航と脅されて旅が始まったものの、静かな波のなか定刻通り御蔵島到着のアナウンスが船内に流れて目覚める。初めての御蔵島は朝陽を浴びて輝いていた。
上陸後、予約していた宿の車で断崖の上にある唯一の集落にある宿に荷物を置かしてもらった後、軽装になって山に向かう(部屋は前泊組の荷があるので入れなかった)。
1日目(山登り) 島を西に廻る舗装路を新緑に輝く照葉樹林を撮影しながらたどり着いた鈴原湿原入口から、山道へと入っていった。 笹原に覆われた歩道の脇にホウチャクソウや、シチトウスミレ、ハチジョウチドリなどが咲いている。1時間30分程歩くと、笹原に覆われた木道が現れ鈴原湿原を示す道標が立っていた。この湿原に対してはこのシーズンどんな花が咲いているのかと密かに期待していたのだが、御蔵小笹が木道際まではびこっていて、他の植物を確認できない。周囲を見渡すとところどころにツゲやイヌツゲ、ツツジ類の灌木が島のように茂みを作っていた。
湿原を過ぎてまもなくすると、島第一の標高を誇る御山(850.8m)との分岐を示す標に出逢う。まだ時間があるのでまっすぐ進み第二の山清滝山を目指すこととする。
再び森に入り沢に降りると道際にコンクリートで囲った枡がおいてあり清水が溜まっている。脇委にはアルミの器もおいてあって、島に来る間に呼んだガイドブックに中で、この島の山にはいるのに水筒入らないと記してあったのを想い出す。たまりの上澄みをすくって口に含むと少し腐葉土の苦さを感じた。
森の中の道には一箇所分岐があったが、標が壊れていてどこに向かうものか解らない。そのまま進むと、これまでのシイの暗い森を抜け水滴で濡れそぼったヤマグルマやオオシマツツジの低木林が広がっていた。霧が立ちこめる中、朱や桃色に染まったツツジの花は蛍光に浮き上がり足下は、歩道の真ん中までマイヅルソウで埋まっている。
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たまに霧が晴れると、谷筋に咲き乱れるツツジを浮きだし山頂の輪郭を露わにする。その頂を足で確認した後、来た路を戻る。行きに通り過ぎた分岐を入っていくと森の中の急峻な坂の後笹原の緩地を登り詰めたところに御山山頂の碑が建っていた。
最初にみた標はなんだったのか。山頂から分かれる路は乙女峠に降りる路の他は見あたらない。強いて言えば笹を刈り払った後が見えるだけだが、新しく切り開いた新道だったのだろうか。
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下りの路は、ツゲやイヌツゲなどに覆われたトンネルをくぐっていく。ところどころツツジの花が汗にまみれ疲れが溜まってきた体と心をいやしてくれる。路際は厚く苔に覆われていて、様々な草木のゆりかごのようになっている。次第にシイの森に変わっていくと、雨が降っているわけではないのにぴたっ、ぴたっと滴が地表を軽やかに打つ音がする。水蒸気をたっぷり含んだ霧が、枝葉に捉えられ水滴になって落ちてくる樹雨(きさめ)だ。この雨は、開けた場所の雨と違って地表を幼い樹々の根本を痛めることはない優しい天の恵みだ。天気に関わらず濡れた枝は苔むし、着生シダが新たな芽を出している。場所によっては、立派な椎の老樹のはるか頭上で育ったツツジが、見事な花を咲かせていた。
舗装された路に出てみると南の強い陽射しが、紺碧の海と常葉の森をを照らしている。森が雲を生み、水を育んでいるのを目の当たりにした一時だった。
まだ陽が高いことから、そのまま帰路につかず赤沢の森への路へと下っていった。このコースは島で神の通り道として崇められている。神の路ならば消失していることはあるまいと判断して降りていったのだが、永く人が通った形跡は無くシダやアザミの大株をかき分ける羽目となった。それでもところどころに新しい疑木の階段が現れ、見捨てられている訳ではないと思いつつ下って行き(典型的な遭難パターン)、もう後には戻れないと思った頃、小石が敷き詰められた路となり赤沢の鳥居に出た。
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分布の限られたオカダトカゲ |
鳥居の周囲だけは、やぶが払われ明るくなっている。風化しかかった石垣に西陽が当たる。ほおを朱に染めた褐色の蜥蜴が数匹日光浴をしていた。
小石の路は、森の中に入ると再び獣道様と化す。下草が乏しくなった辺りから、周囲至る所に横穴が開いている。オオミズナギドリのコロニーだ。一生の大半を洋上で暮らす彼らだが、一大繁殖地となっているこの島では、森の中に穴をうがって繁殖する。翼は立派な鳥だが体が重くてすぐには飛び立てないため、崖や海側に傾斜した大木をくちばしと足でよじ登り駆け下りてグライダーのように風を受けて海に出ると聞いている。
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赤沢からぼろ沢にかけての森 |
巣穴を崩さないように気を付けながら歩を進めるが、深く複雑に掘られた穴にはまりかけること数回。こんなところで足をくじいたら一大事と、更に慎重になる。巣穴の密集地帯を過ぎ一安心するが、その先で地図上の路は次第に不明瞭になりやがて森の中に消えていた。しかたがないので来た路を戻り、手前にあった分岐から直登するかたちで斜面を上がり舗装道にたどり着くことができた。結果的には赤沢に下ったことは時間の短縮どころか、1時間以上のロスを生んだのはまずかった。後に聞いたと頃によると、地図上の路は、何年も前に崩れて通行不能になっていたらしい。
集落に戻る途中、ラピュタの森と名付けられた、数年前の台風による崩壊地の植林地を通った。オオバヤシャブシという成長が早く土壌を健康にする働きを持った樹が2メートルほどの丈にまで成長しており、植えた子供達の名を書いた名札が根本に挿してある。 植林困難な奥地は、今だそのままに裸地化していて痛々しい。森の中の路が通れなくなったのもその台風が原因だったのだろうか。
2日目(巨樹巡り) 宿を通してお願いしてあった森のガイド の車に乗り、集落の反対側にある南郷へ向かう。この日は昨日の快晴と違い山からどんよりとした厚い雲が覆っていて、照葉樹の新緑もその輝きをアピールできないでいた。
南郷は、戦後廃村になりかなり年月が経っていると聞いていたが、今はその一棟を使って野外活動の拠点としているらしい。そうは言っても廃屋が風雨に朽ち蔓にまみれた空間を横目に観ながら斜面についた山道を行く。ときどき現れる歳を重ねた古樹に出逢うたび感嘆の声を挙げるが、こんなので驚いてはいけないと先に行くことを催促される。着きましたよと言われた正面に永い風月を絶えてそれでもすべてを受け入れて今の風貌を育ててきた一本の老樹が目に飛び込んできた。
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どっしりとした面構えに感動したのは勿論のこと、それが育ててきた、つまり寄り添い頼り活きてきた生命の多いこと。森林生態系とはいうけれど、それに育まれた一本の樹が預かっている生態系の複雑なことにただただ見とれるばかり。ぐるりと一周しながらその存在を一番伝えられるポジションを探りシャッターを押し続けた。
ガイドが言うようにこの樹を観れば他の樹は大したことは...というものの紹介される巨樹のすべてがそれぞれの存在をアピールし、カメラを向かせないではいられないでいる。
あと数千年経ったら、この樹も海に呑まれると言っていたガイドの言葉に納得しつつも、それまでは人為的な(愚かな)作用で失われることの無い様願うばかりだ。
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3日目(ドルフィンウォッチング) この島がイルカと遊べることで有名なのは以前より知っていた。それでも予想外の親密ぶりに水の中では弱気な人間としては圧倒されることになった。
天気は良かったが海上は風があり、我々を案内してくれる船長=宿の主人は思うようにイルカが現れないことをいぶかっている。こんなものかと気にはならないが、それ以上に久しぶりの海面近くというシチュエーションに、船酔いのほうが気になりはじめていた。
酔いがきつくなった頃イルカの群れが現れ始め、 船長が海に入れという指示を出す。慌てて準備をするうち気持ちが悪くなったので、諦めて船上から近づき同乗者と遊ぶイルカを撮影していた。といって、揺れる船上から上手く追えるものではない。寄ってきたイルカが離れていくまでの間が5分から10分程。それでも移動するたびにイルカの歓迎を受ける。3度目のチャンスに覚悟を決め海に入った。久しぶりの海と酔いで水中でとまどうか、そんなことはお構いなしにイルカは次々とやってくる。こっちにまっすぐやって来て目の前で反転し、ヒトを観察している。こっちがとまどっているとすぐに行ってしまけれども、泳いでいくと少しの間は横に来て付き合ってくれる。あぁ、癒されるなぁ。何度目のチャンスだったか、海面に浮かんだ紅い海草の切れ端を口に軽く加えて仲間同士で取り合いっこ(と言うよりもパスまわしか...)をしている。それをみていたら、なんど私のほうに近寄ってきて、目の前に放ってくれるではないか。これには感激した。なんていいやつらなんだ。
結局島を一周してくれて、海には行った回数も6、7回だろうか。途中100m以上の断崖を一気に海まで落ちる滝を見学しながら、帰航した。