OCEANの『色眼鏡』
 
 

  デパートの眼鏡売り場にて、色のついた眼鏡をかけて遊んでみた。

  青い眼鏡。人間が青い青い。世界が青い。

  赤い眼鏡。人間が赤い赤い。世界が赤い。

  「お客様、迷惑ですので・・・」。店員の目がそう言っている。そう私には見える。そういう色に見える。色眼鏡。

  何でも最近の大学生は遊んでばかりでまともに勉強しないそうだ。そういう話を聞いた。すると街行く大学生が皆、遊び人に見えてくる。色眼鏡。

  髪を染めている人間は不良ばかりだ。実際にそう考えた人間の目にうつる茶髪の人間は、本当に不良ばかり。色眼鏡。

  ならば色眼鏡ではない真実とは何だ。絶対的価値を持ち、究極的に普遍的な客体というもの、そんなものが存在するのか。

  存在しない。すべては無意味無価値。ただ、価値を付加する人間あるのみ。

  カント認識論によれば物自体は認識不可能なのだ。ただ人間は現象を認識するのみ。さらにカントは自らの立場を「経験的には実在論、超越論的には観念論」としている。つまり人間は色眼鏡を通さずに対象を認識することはできないのだ。

  世の中のすべてはそれ自体として存在するが、人間は色眼鏡によってしか、それを認識することはできない。つまり時間空間も含めた世界は色眼鏡によってあり、物自体と認識との合致と定義された真理は、一切この世には存在しない。

  色眼鏡の上に色眼鏡をかけ、さらに色眼鏡を重ねてみる。

  真実がますます見えなくなる?  真実など初めから見えないのなら構わないではないか。

  ある日のことである。私は色眼鏡を十も二十も重ねた上で世界を見てみた。

  そこには、私の世界ができていた。

 

 

 
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