OCEANの『せいくらべ』
 
 

  せいくらべとは身長を比べることである。

  私と他人、他人と他人、身長がどちらが高いかを比べる。一体何のために?  目的などない。ただ人間の身長を調べ、比べる。

  日本では、小学校の頃から高校を卒業するまで、身体測定とは実に長い付き合いを余儀なくされるが、これは実際は何の意味もない行事なのだ。

  身長を知り、体重をはかり、座高を調べて胸囲を出す。何のためにこれらの測定が学校という公共の場で行われるのか、誰か教えて欲しい。統計を取る意外にどんな意味があるのだろうか。

  色覚検査は現在ではあまり行われていないだろう。意味がないからだ。何かそれに関わる職に就くという場合は意味がないでは済まないが、少なくとも学校生活を送るのに色盲かどうかなど全く重要ではない。

  それはしかし、身長や体重にしてもいうことが出来る。色覚検査が差別に繋がるというのなら、身長や体重だって同じことである。自分の体重にコンプレックスを持つ人間は身体測定の日が苦痛で仕方がないだろう。身体測定は、そこから差別が始まるという、差別助長の役割すら果たすかもしれないのだ。

  せいくらべとは、本来何の意味もないのだ。背が高ければ高いところに手が届く。高い視点を持つことが出来る。それだけだ。これらの要素は、人間が生存するために必要とするものではない。

  せいくらべという言葉は、比喩的に身長以外の場合にも用いられるが、それらこの言葉が用いられるすべての場合において、せいくらべは無意味である。

  せいくらべをして順位を付け、そしてその順位に価値を見出すのは人間なのである。価値とは人間が生み出すものなのだ。

  つまり、せいくらべとは本来、馬鹿馬鹿しいことなのである。

 

 
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